税法・財政法試験問題集・その52 解説など
T.計100点満点〈〔設問1〕40点/〔設問2〕30点/〔設問3〕20点。誤字脱字は1点減点〉
●本問は、千葉地判平成2年10月31日訟務月報38巻5号888頁および東京高判平成3年6月6日訟務月報38巻5号878頁(歯科医院親子共同経営事件)を題材としたものである。両判決は、税務調査の違法性に関する事案に対する判断を示すとともに、所得税法第12条に定められる実質所得者課税の原則についても判断を示しており、本問は、基本的にこの実質所得者課税原則の適用の有無を問うことを狙いとしている(但し、後に述べるところに注意)。また、設問1および2に示されたところを基にして適切な場合分けを行いうるか否か、設問3に示されたような場合にいかなる判断を行うのが妥当であるか、これらの点に関する思考をも問うものである。
なお、本問においては平成23年度分の所得が問われている。Aは同年4月からX内科クリニックで診療に従事しており、同年9月にA名義の個人事業の開業届が提出されている。従って、厳密に考え、Aに関しては4月から開業届の提出までの時期と、提出以降の時期とに分けるべきである。
〔設問1〕既に述べたように、本問においては、開業届の提出の前後において、Aの立場が変わるか否か、変わるとすればどのように変わるのかに注意をすべきである。従って、開業届の提出の前についてはAの事業専従者としての地位を認めざるをえない。その上で、開業届の提出後にAが共同事業者としての地位を認められるか否かが問題となる。
まず、開業届の提出前については、少なくとも租税法上、Aに事業所得者としての地位を認める訳にはいかない。そのため、本設問の条件からするとAは所得税法第56条にいう「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」に該当することとなる(なお、本問においてはXが「青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている」か否かが明らかにされていない)。5点。
開業届の提出後についてまず言及されるべきであるのは実質所得者課税の原則(所得税法第12条)である。この原則は実のところ難解であるが、課税要件の帰属に関係する原則であり、名義と実体とが異なる場合には実体に即して課税を行うという考え方である。
このように捉えた場合、見解としては大別して二つの説が考えられる。一つは、課税物件の法律上の帰属〔ここにいう法律上の帰属とは私法上の帰属を意味する※〕の名義と実体とが異なる場合に、実体に即して課税すべきである、とする見解である(法律的帰属説)。もう一つは、課税物件の経済上の帰属が法律上の帰属と異なる場合には前者に即して課税すべきである、とする見解である(経済的帰属説)。経済的帰属説を採ると、納税義務者の予測可能性などを害するおそれがあり、税務行政にとっても執行が実際上困難になるであろう。学説の多くは法律的帰属説を採り、判例の多くも同様である。
本設問においては、まず、この実質所得者課税の原則に照らし、X内科クリニックの総収入がXに帰属するのか、Aに帰属するのかについて論じられる必要がある。
(1)実質所得者課税の原則の内容を説明しているか。15点。なお、条文をあげて説明しているが、見解の相違に触れていないものについては10点とする。
(2)実質所得者課税の原則に関し、判例や学説に照らした上で、収入の帰属に関する基準を示すことができているか。前掲千葉地判平成2年10月31日(前掲東京高判平成3年6月6日も引用)は、最二小判昭和37年3月16日集民59号393頁を参照しつつ「収入が何人の所得に属するかは、何人の勤労によるかではなく、何人の収入に帰したかによって判断されるものである」と述べている。この趣旨に照らして、本設問についても判断をすることとなる。10点。
なお、この基準によらないことも考えられるが、その場合には判例などに対する説得力のある批判および理由付けが必要である。これについては、論述内容により5点まで加点する。
(3)設問にある「条件」を前述の基準に当てはめ、本問の事案でXとAのいずれに総収入が帰属するのかを論じることができるか。既にあげられている二つの「条件」からでも解答を導くことは可能あるため、5点とする。その他の「条件」もあげている場合には、内容により、5点まで加点する。
なお、前述の基準を設問の「条件」に当てはめるならば、Aが収入に貢献していることは否めないものの、元々はXが単独で行っていた事業にAが加わった場合に該当するため、「特段の事業のない限り、父親が経営主体で子は単なる従業員としてその支配に入ったものと解するのが相当であ」り(前掲千葉地判平成2年10月31日)、X内科クリニックの総収入はXに帰属すると判断されることとなる。これに対し、Aにも半分が帰属するという結論を導くためには、前掲最二小判昭和37年3月16日などに依拠する見解よりも強度な説得力を持つ理論展開をなす必要がある※。
〔設問2〕本設問については、開業届の提出前についてはあまり問題とならないであろう。開業届が提出されていない以上、本設問の「場合」を問う必然性がないからである。従って、開業届の提出後について論ずることとなる。
前掲千葉地判平成2年10月31日および前掲東京高判平成3年6月6日によると、本設問の「場合」であっても「収入が何人の所得に属するかは、何人の勤労によるかではなく、何人の収入に帰したかによって判断されるものである」ということになる(この部分について10点)。従って、設問1と同じ結論となるであろう。但し、これだけでは論述としても短すぎる。
「平成23年4月より現在に至るまで、XとAとで診療方法が異なり、また、Xの患者とAの患者とを明確に区別でき、どちらの診療による収入であるかを区分できる場合」と書かれているので、その他の条件次第ではAも共同経営者の一員と判断しうる可能性を残している。その可能性に言及した上で(すなわち、Xの主張ないし請求が認められるべきである、という見解に言及した上で)、本問の事案について論ずべきであろう。
・Xの主張ないし請求を認めるべきとする見解に言及している:5点。
・その上で、本設問についてXの請求の可否を論じている:15点。
〔設問3〕この設問では、前掲千葉地判平成2年10月31日および前掲東京高判平成3年6月6日と異なり、X(の夫婦)とA(の夫婦)が生計を一にしていないという条件が出されている。
まず、開業届の提出前については、所得税法第56条の適用はない。但し、これはXがAに給与等を支払った場合に問題となるのであって、Aを事業者として扱うべきか否かの問題とは無関係である。
次に、開業届の提出後について所得税法第12条を適用すると、設問1および設問2と本設問とでは結論が異なるか。
講義などにおいて前掲千葉地判平成2年10月31日および前掲東京高判平成3年6月6日を学習した場合には、親子が生計を一にしているものと認められるような場合に同条の適用があると思われるかもしれない。しかし、両判決を仔細に読むと、世帯が同一であるか別であるかは一つの判断材料にはなるとしても、決定的な要素となる訳ではないことがわかる。むしろ、本設問の場合には、設問2で示された場合(「患者を明確に区別でき、どちらの診療による収入であるかを区分できる場合」)を、検討における重要な要素と考えることが可能である。この場合分けを行って論じたことについて10点。
もっとも、X(の夫婦)とA(の夫婦)とが生計を一にしていないとしても、Xが単独で行っていた事業にAが加わったことに変わりはなく、「特段の事業のない限り、父親が経営主体で子は単なる従業員としてその支配に入ったものと解」されるから、「収入が何人の所得に属するかは、何人の勤労によるかではなく、何人の収入に帰したかによって判断されるものである」という基準に照らして判断すべきであろう。この点について10点。
U.計100点満点〈〔設問1〕40点/〔設問2〕40点/〔設問3〕20点。誤字脱字は1点減点〉
●本問は、最二小判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁(弁護士顧問料事件)、京都地判昭和56年3月6日行集32巻3号342頁および大阪高判昭和57年11月18日行集33巻11号2316頁(大嶋非常勤講師報酬訴訟)を題材としたものである。いずれも所得の区分が争われた事案に関する判決であり、本問も、所得の区別に関して基本的な理解力をみることを狙いとしている。また、設問1および設問2に示されているように、或る収入に関して△△所得であると主張する―しかも、判例や通説とは異なる趣旨の主張をする―際にいかなる論拠、理由付けを行うことができるか、という点も狙いの一つである。
〔設問1〕本設問に対して解答をなす際には、給与所得の定義、事業所得の定義、および両者を区別するメルクマールについての論述から始める必要がある。20点。
前掲最二小判昭和56年4月24日は、弁護士が複数の会社から受け取る顧問料を事業所得と判断したが、原告(控訴人・上告人)は給与所得であると主張した。その理由として、顧問契約が継続的労務供給契約であるとすることをあげており、その上でさらに次のように述べていた(いずれも、一審の横浜地判昭和50年4月1日行集26巻4号483頁による)。
・「所得税法は二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受ける場合を規定している(―引用者注:所得税法第121条第1項第2号)から、身分的に専属的に業務に従事することはその対価たる報酬が給与所得として扱われるための要件ではない」。
・「弁護士である原告が前記各会社と締結した本件顧問契約の場合、その業務内容(法律相談等)の特殊性から、労務の提供の方法が場所的、時間的に使用者に拘束されない点で一般の労働者と異なるにすぎず、右各会社から求められた相談、鑑定等を理由なく拒否できない点で拘束されており、その拘束に対する対価として、実際に労務の提供がなくても定時に定額の顧問料を受ける」。
・「顧問料収入は自己の危険と計算に基づく所得ではなく、本件各顧問契約による労務の提供が原告事務所において、ほとんど電話によつてなされるのであり、必要経費を認めることも妥当でない。」
以上を基に(または以上とは別に)給与所得であるとする論拠をあげているならば、最大で15点。
また、次の設問2とも関わるが、Xに支払う顧問料を弁護士報酬として源泉徴収(所得税法第204条第1項第2号)の上で定額を払うことは事業所得と判断するメルクマールとはなるが、健康保険法、厚生年金保険法などによる保険料が源泉控除されていないこと、夏期手当、年末手当、賞与の類のものが一切支給されていないことは、顧問料による収入を事業所得と解する十分な根拠とならない※。この点を指摘している答案には5点を加点する(設問2でも記すことになるが、重複することに問題はない)。
〔設問2〕本設問に対して解答をなす際には、雑所得の定義、雑所得と給与所得とを区別するメルクマールについての論述から始める必要がある。雑所得は、所得税法第35条から明らかであるように、同法に定められた他の9種類の所得のいずれにも該当しないものとされているので、記述がやや困難かもしれないが、第28条の給与所得と比較すれば、雑所得が「雇用又はこれに類する原因により非独立的に提供される労務の対価」という性質を有するものでないことが明らかとなるであろう。25点。
前掲京都地判昭和56年3月6日および大阪高判昭和57年11月18日は、大学の非常勤講師の収入を給与所得と判断したが、原告は雑所得であると主張した。その理由として、次のような点をあげている。
○非常勤講師に支払われる「手当」には固定性および継続性が欠けている(講義時間数に応じた対価である、ということ)※。
※但し、この点を含め、非常勤講師の労働環境などについては、大学によって少なからぬ差異があることを記しておく。
○非常勤講師の地位は、次の諸点から、委嘱する大学に対する従属的服務関係にあるとはいえない。
・健康保険をはじめ、失業保険、厚生年金保険等の各種保険の対象とされず、共済組合の組合員資格もない。
・労使関係を前提とする職員組合の組合員にもなれず、就業規則の適用下になく、また、退職金も支給されない。
・担当する講義に対して実質的に経費に該当する研究室、研究費等は一切与えられない。
・教授会への出席権も出席義務もなく、ただ大学が定めたカリキュラムの一部を委嘱されるにすぎず、その編成義務もない。
・非常勤講師の講義内容は、専門分野における知識の提供であり、その労務内容は非代替的な性格を有するから、前記の従属的服務関係の概念になじまない。
・非常勤講師が得る収入は、雑所得とされる講演料と実質的に同じ性格である。
以上を基に(または以上とは別に)給与所得であるとする論拠をあげているならば、最大で15点。
〔設問3〕以下においては、判例および通説に従い、F税務署長による認定が妥当なものであるという前提に立った上での基準を示している。
(1)顧問料収入に関して
設問1への解答において述べられた給与所得の定義、事業所得の定義、および両者を区別するメルクマールを援用し、本件に当てはめて判断することとなる。その際、給与所得であるとする主張に対しては、顧問料を発生させる職務が「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務」であることを論証する必要がある。10点。
(2)非常勤講師として大学から得た報酬について
設問2への解答において述べられた雑所得の定義、および雑所得と給与所得とを区別するメルクマールを援用し、本件に当てはめて判断することとなる。非常勤講師は、たしかに一般的な従業員などと比べれば時間的な拘束などは少ないかもしれないが、カリキュラム、時間割には拘束される訳であり、その点において大学の一般的な指揮監督に服するから、非常勤講師は大学に対して従属的服務関係に置かれることとなる。従って、非常勤講師の報酬は「非独立的に提供される労務の対価」として性格を有することとなる(結局はこの点が最も大きな理由であろう)。10点。
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