行政法試験問題集・その56

 

筑波大学大学院ビジネス科学研究科法曹専攻(法科大学院)「地方自治」2016年度期末試験〔2016年9月28日出題〕

 

〔問題〕 以下の事案について、次の設問に答えなさい。

 A市議会のB会派およびC会派は、平成▲▲年にA市から政務活動費の交付を受けた。B会派は、政務調査費のうち、25253410円を所属議員個人の事務所の賃借料および光熱費の支出に充て、12879834円を所属議員個人の自動車リース料の支出に充てていた。また、C会派は、政務調査費のうち、20952870円を所属議員個人の事務所の賃借料および光熱費の支出に充て、10874598円を所属議員の家族旅行の支出に充てていた。弁護士XらA市の住民が組織するNPO法人(以下、Xらとする)は、上記の事実に関する情報を入手し、政務活動費の一部が不当利得に該当するとして、翌年にA市監査委員に対して住民監査請求を行ったが、監査委員は、監査請求の対象の特定を欠くとして、Xらの請求を却下した。このため、同年、Xらは、A市のY市長に対し、B会派およびC会派に上記金額の支払い(返還)を請求するように求める住民訴訟を、A市が所在するE地方裁判所に提起した。

 <設問1>(配点40

 A市監査委員がXらの住民監査請求を却下した理由として、いかなるものが考えられるか。また、これについて、裁判所はいかなる判断を下すべきか。参照条文1を読み、判例、学説に照らしつつ、論じなさい。

 <設問2>(配点60

 Xらが提訴するや否や、A市の政務調査費問題は大きく報道され、世間の関心を惹くに至った。このような中、まさにE地方裁判所に係属している最中に、Y市長はA市議会を招集し、「A市議会の政務調査費の交付等に関する条例」(参照条文2を参照)の一部を改正する条例案(以下、条例改正案)を提出した。その中には、政務調査費の交付の要件等を厳格にする規定が含まれる一方で、附則に、仮に今回の訴訟で(控訴、上告を含めて)Y市長に上記金額の支払い(返還)を請求するように命ずる判決が下され、確定したとしても、A市は損害賠償請求権または不当利得返還請求権を放棄する旨の規定を入れた。A市議会は条例改正案を賛成多数で可決したため、改正条例案は成立し、公布されるに至った。

 さて、A市議会の議決は、適法と言いうるであろうか。適法説、違法説のそれぞれの論拠を示しつつ、裁判所としていかなる判断を下すべきかについて論じなさい。

 

 

 ●参照条文

 

 1.地方自治法より

96条 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。

 一 条例を設け又は改廃すること。

 (第2号から第9号まで略)

 十  法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか、権利を放棄すること。

 (第11号以下略)

第100条 (第1項から第13項まで略)

14 普通地方公共団体は、条例の定めるところにより、その議会の議員の調査研究その他の活動に資するため必要な経費の一部として、その議会における会派又は議員に対し、政務活動費を交付することができる。この場合において、当該政務活動費の交付の対象、額及び交付の方法並びに当該政務活動費を充てることができる経費の範囲は、条例で定めなければならない。

15 前項の政務活動費の交付を受けた会派又は議員は、条例の定めるところにより、当該政務活動費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出するものとする。

16 議長は、第14項の政務活動費については、その使途の透明性の確保に努めるものとする。

(第17項以下略)

138条の2 普通地方公共団体の執行機関は、当該普通地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基づく事務及び法令、規則その他の規程に基づく当該普通地方公共団体の事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う。 

(住民監査請求)

242条 普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。

2 前項の規定による請求は、当該行為のあつた日又は終わつた日から1年を経過したときは、これをすることができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

3 第1項の規定による請求があつた場合において、当該行為が違法であると思料するに足りる相当な理由があり、当該行為により当該普通地方公共団体に生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、当該行為を停止することによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがないと認めるときは、監査委員は、当該普通地方公共団体の長その他の執行機関又は職員に対し、理由を付して次項の手続が終了するまでの間当該行為を停止すべきことを勧告することができる。この場合においては、監査委員は、当該勧告の内容を第一項の規定による請求人(以下本条において「請求人」という。)に通知し、かつ、これを公表しなければならない。

4 第1項の規定による請求があつた場合においては、監査委員は、監査を行い、請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない。

5 前項の規定による監査委員の監査及び勧告は、第1項の規定による請求があつた日から六十日以内にこれを行なわなければならない。

6 監査委員は、第4項の規定による監査を行うに当たつては、請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならない。

 監査委員は、前項の規定による陳述の聴取を行う場合又は関係のある当該普通地方公共団体の長その他の執行機関若しくは職員の陳述の聴取を行う場合において、必要があると認めるときは、関係のある当該普通地方公共団体の長その他の執行機関若しくは職員又は請求人を立ち会わせることができる。

8 第3項の規定による勧告並びに第四項の規定による監査及び勧告についての決定は、監査委員の合議によるものとする。

9 第4項の規定による監査委員の勧告があつたときは、当該勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員は、当該勧告に示された期間内に必要な措置を講ずるとともに、その旨を監査委員に通知しなければならない。この場合においては、監査委員は、当該通知に係る事項を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない。

(住民訴訟)

242条の2 普通地方公共団体の住民は、前条第1項の規定による請求をした場合において、同条第4項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第9項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第4項の規定による監査若しくは勧告を同条第5項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第9項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。

 一 当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求

 二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求

 三 当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求

 四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第243条の2第3項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求

2 前項の規定による訴訟は、次の各号に掲げる期間内に提起しなければならない。

 一 監査委員の監査の結果又は勧告に不服がある場合は、当該監査の結果又は当該勧告の内容の通知があつた日から30日以内

 二 監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員の措置に不服がある場合は、当該措置に係る監査委員の通知があつた日から30日以内

 三 監査委員が請求をした日から60日を経過しても監査又は勧告を行なわない場合は、当該60日を経過した日から30日以内

 四 監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員が措置を講じない場合は、当該勧告に示された期間を経過した日から30日以内

3 前項の期間は、不変期間とする。

4 第1項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができない。

5 第1項の規定による訴訟は、当該普通地方公共団体の事務所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する。

6 第1項第1号の規定による請求に基づく差止めは、当該行為を差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない。

7 第1項第4号の規定による訴訟が提起された場合には、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実の相手方に対して、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員は、遅滞なく、その訴訟の告知をしなければならない。

8 前項の訴訟告知は、当該訴訟に係る損害賠償又は不当利得返還の請求権の時効の中断に関しては、民法第147条第1号の請求とみなす。

9 第7項の訴訟告知は、第1項第4号の規定による訴訟が終了した日から6月以内に裁判上の請求、破産手続参加、仮差押若しくは仮処分又は第231条に規定する納入の通知をしなければ時効中断の効力を生じない。

10 第1項に規定する違法な行為又は怠る事実については、民事保全法(平成元年法律第91号)に規定する仮処分をすることができない。

11 第2項から前項までに定めるもののほか、第1項の規定による訴訟については、行政事件訴訟法第43条の規定の適用があるものとする。

12 第1項の規定による訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは、当該普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる。

(訴訟の提起)

242条の3 前条第1項第4号本文の規定による訴訟について、損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合においては、普通地方公共団体の長は、当該判決が確定した日から60日以内の日を期限として、当該請求に係る損害賠償金又は不当利得の返還金の支払を請求しなければならない。

2 前項に規定する場合において、当該判決が確定した日から60日以内に当該請求に係る損害賠償金又は不当利得による返還金が支払われないときは、当該普通地方公共団体は、当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟を提起しなければならない。

3 前項の訴訟の提起については、第96条第1項第12号の規定にかかわらず、当該普通地方公共団体の議会の議決を要しない。

4 前条第1項第4号本文の規定による訴訟の裁判が同条第七項の訴訟告知を受けた者に対してもその効力を有するときは、当該訴訟の裁判は、当該普通地方公共団体と当該訴訟告知を受けた者との間においてもその効力を有する。

 前条第1項第4号本文の規定による訴訟について、普通地方公共団体の執行機関又は職員に損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合において、当該普通地方公共団体がその長に対し当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟を提起するときは、当該訴訟については、代表監査委員が当該普通地方公共団体を代表する。

 

 2.A市議会の政務調査費の交付等に関する条例

 

(政務活動費を充てることができる経費の範囲)

10 政務活動費は、会派及び交付対象議員が行う政務活動(調査研究、研修、広報、広聴(市民相談を含む。)、要請、陳情、各種会議の開催、各種会議への参加等市政の課題及び市民の意思を把握し、その内容を市政に反映させる活動その他の住民の福祉の増進を図るために必要な活動をいう。次項において同じ。)に資するため必要な経費に対して交付する。

2 政務活動費は、別表に定める政務活動に資するため必要な経費に充てることができるものとする

(収入及び支出の報告等)

11 会派の代表者及び交付対象議員は、規則で定めるところにより、前年度の交付に係る政務活動費の収入及び支出についての報告書(以下「収支報告書」という。)を作成し、毎年4月30日までに議長に提出しなければならない。

別表(第10条関係)

経費の区分

支出できる経費

内容

種類

1 調査研究費

会派又は交付対象議員が市の事務、地方行財政等に関して調査研究をするのに要する経費

会場借上料、委託料、講師謝礼、食糧費、印刷製本費、消耗品費、資料購入費、旅費、バス等借上料、出席負担金等

2 研修費

会派又は交付対象議員が研修会を開催し、又は他の団体等が開催する研修会に参加するのに要する経費

会場借上料、委託料、講師謝礼、食糧費、印刷製本費、消耗品費、資料購入費、旅費、出席負担金等

3 広報・広聴費

会派又は交付対象議員がその活動若しくは市政について市民に広報し、又は市民の要望、意見等の聴取若しくは市民相談を行うのに要する経費

会場借上料、印刷製本費、ホームページ等製作費、食糧費、送料、旅費等

4 要請・陳情活動費

会派又は交付対象議員が国等に対する要請又は陳情の活動を行うのに要する経費

印刷製本費、旅費等

5 会議費

会派又は交付対象議員が各種会議を開催し、又は他の団体等が開催する意見交換会等各種会議に参加するのに要する経費

会場借上料、委託料、食糧費、印刷製本費、消耗品費、資料購入費、旅費、出席負担金等

6 資料費

会派又は交付対象議員がその活動に必要とする資料を購入し、若しくは利用し、又は作成するのに要する経費

印刷製本費、委託料、図書雑誌購入費、新聞購読料、データベース利用料等

7 人件費

会派又は交付対象議員がその活動の補助者を雇用するのに要する経費

報酬・日当、交通費、社会保険料等

8 事務費

会派又は交付対象議員がその活動に係る事務を処理するのに要する経費

消耗品費、事務機器・備品等賃借料、事務機器・備品等購入費、電話料、送料等

9 事務所費

会派又は交付対象議員がその活動に必要な事務所の設置及び管理に要する経費

事務所賃借料、維持管理費等

 (注:「川崎市議会の政務活動費の交付等に関する条例」と全く同文ですが、同議会と試験問題における事案とは一切関係がありません。あしからず。)


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