行政法小演習室・その12 解説
1.これは、行政行為の効力、とくに公定力および不可争力を確認するための問題である。
(1)公定力の定義は、次のようなものである。
行政行為が違法である場合であっても、無効である場合を除いて、取消権限のある者(行政行為をした行政庁、その上級行政庁、不服審査庁、裁判所)によって取り消されるまで、何人もその行為の効力を否定できない、という効力をいう。
ポイントは次のとおりである。
@行政行為が違法であっても、無効である場合を除いて効力が存在するということ。
A違法と無効とは区別されるということ。より正確に言えば、違法であっても有効であることが原則であり、無効であるのは例外であるということ。
B取消権限のある者のみが行政行為を取り消しうること。言い換えれば、行政行為の相手方である私人のほうから取り消すことはできないということ。
(2)公定力の法的根拠は、行政事件訴訟法に定められる取消訴訟制度である。同法第3条第2項において「処分の取消しの訴え」が定義され、第8条以下においてその手続が定められている。
行政行為をした行政庁自身が職権により取り消す場合などは別にして、私人が行政行為を取り消してもらいたいと思って裁判所に訴えるならば、取消訴訟制度によらなければならない。このため、取消権を有する者でなければ、私人であれ裁判所であれ他の行政庁であれ、その処分の効力を否定することはできないということになる。
(3)まず、損害賠償請求との関係については、行政行為によって私人が損害を受けた場合、直ちに国家賠償請求訴訟を提起してよいとする(取消訴訟を先に提起する必要はない)。刑事訴訟との関係については、行政行為に違反した者が刑事訴追を受けた場合、行政行為が違法であると主張するに際して、刑事訴訟において主張すれば足りる。以上の趣旨が示されていればよい。
(4)行政行為の不可争力(形式的確定力)とは、一定の期間を経過すると、私人の側から行政行為の効力を争うことができない、という効力である。この根拠も、一般的には行政事件訴訟法第14条および行政不服審査法第14条に求められる。
注意しなければならない点は二つある。
@無効の行政行為に不可争力は存在しない。
A行政庁の側からの職権取消や撤回を妨げない。
2.正答はCである。前問の(3)で正しく解答できれば、この問題は簡単であったはずである。
@は誤り。これは典型的な「ひっかけ」である。「その違法が重大又は明白であるときに無効となる」のではなく、「その違法が重大かつ明白であるときに無効となる」とするのが判例である。
Aも誤り。この文章自体がおかしなものであることは、少しばかりの注意を払えばすぐにわかるであろう。そもそも、行政行為が無効であれば、わざわざ取り消しを請求する必要がない(無効を確認してもらう必要はあるので、無効等確認訴訟が行政事件訴訟法に規定されている)。取消訴訟は行政行為を取り消すための訴訟であるから、行政行為が違法であれば裁判所はその行政行為を取り消すことができる。
Bも誤り。無効確認判決は、文字通り、行政行為が無効であることを確認する判決である。無効な行政行為は当初から効力がないのであるから、そのような行政行為には何人も従う必要がない。なお、無効確認判決については、行政救済法の講義において勉強していただきたい(常にこの訴訟を提起することができる訳ではないからである。行政事件訴訟法第36条を参照)。
Dも誤り。瑕疵ある行政行為を行政庁が取り消すこと(これを職権取消という)は、明文の根拠がなくともできる。その理由については見解が分かれるが、法律による行政の原理から説明するという説が比較的多いであろうか。この原理からすれば、違法な状態はできるだけ速やかに除去されることが望ましいからである。
3.これは、最一小判昭和48年4月26日民集27巻3号629頁を題材にした問題である。事例が特殊なものであるとも言え、重大明白説が適用されていない点に注意が必要である。
正答はCである。この選択肢に書かれていることを繰り返すが、課税処分は課税行政庁と被課税者との間のものであり、土地の所有権の移転などが関係する訳ではないから、第三者を考慮する必要がない。そのため、課税処分がもたらす不利益を甘受させることが著しく不当であると認められるような例外的な事情がある場合には、課税処分を当然に無効であると解すべきである。
@は誤り。課税処分は、その処分の存在ないし存続を信頼する第三者の保護の要請を伴わないのが一般である。
Aも誤り。違法であるから当然に無効であるという訳ではない。違法な行政行為、すなわち瑕疵ある行政行為のうち、その違法性(瑕疵)が重大かつ明白である場合に、初めて無効と言いうる。
Bも誤り。正答についての解説を参照。
Dも誤り。既に述べたように、この事例は特殊とも言えるものであって、瑕疵の明白性を要件にしていない判決はあまりない。むしろ、判例は、瑕疵の重大性および明白性を無効の要件とする態度を基本としている。
4.正答はCである。行政行為の中には、異議申立てに対する決定や審査請求に対する裁決のように、事実関係や法律関係についての争いを公権的に裁断することを目的とする行政行為がある。このようなものが簡単に職権で取り消されたりすると、事実関係や法律関係の安定を欠くことになり、問題がある(裁判所が確定判決を取り消したらどうなるかを考えてみるとよい)。そこで、この種の行政行為については不可変更力が認められ、行政庁が職権で取り消すことが認められなくなる。
@は誤り。第2問のDについての解説において述べたように、行政行為の職権取消については、授益的行政行為であるか侵害的行政行為であるかを問わず、法律の根拠を必要としない。その理由として法律による行政の原理が援用される。法律に従った、すなわち適法な行政活動が要請されるのであるから、違法な行政行為があれば、適法な状態に戻すためにもできるだけ速やかに行政行為が取り消されることが求められる、という訳である。
Aも誤り。職権取消の効果は、明文の有無にかかわらず、遡及するのが原則である。ただ、授益的行政行為の場合にこの原則を貫徹すると相手方及び第三者の信頼を著しく害する場合があるので、信義誠実の原則により、将来に対してのみ取消の効果が発生すると理解しているにすぎない(しかも、常にそうであるという訳でもない)。
Bも誤り。上級行政庁は下級行政庁の権限行使などを監督する権限を有する。しかし、下級行政庁の行政行為を上級行政庁が取り消すことができるかについては議論がある。通説は、法律の根拠の有無にかかわらず、上級行政庁による取消を認める。また、実際に、上級行政庁が監督権の行使として下級行政庁の行政行為を取り消すことを明文で認めている法律が存在する。なお、このことと、上級行政庁による下級行政庁の権限の代替執行禁止とは、別の問題である。
Dも誤り。憲法第31条の趣旨からすれば、行政行為の取消についても聴聞手続を経ることが望ましいことは否定できない。行政手続法第13条第1項第1号イも、許認可等を取り消す「不利益処分」について聴聞手続が必要であると規定する。しかし、同条自体が例外を認めるほか、行政手続法第3条において適用除外を定めており、別の法律で適用除外を定めることもあるので、必ず聴聞手続を経なければならないとは言えない。
5.正答はDである。既に取り上げた行政手続法第13条第1項第1号イにいう「取り消す」には、職権取消の他、撤回も含まれる。
@は誤り。行政行為の撤回を行いうるのは、当該行政行為を行った行政庁のみである。
Aも誤り。たしかに、侵害的行政行為の撤回は自由に行うことができると言える。しかし、懲戒免職のような確定力を生じる処分についても自由に撤回することができるのであれば、安定性を欠くことになってしまうので、このようなものについては自由に撤回することができない。
Bも誤り。一概に、授益的行政行為の撤回は許されないとは言えない。勿論、相手方の信頼や利益を保護するため、一定の制約はあると解されている。そして、相手方の同意があった場合には撤回することができる。
Cも誤り。とくに明文の規定がある場合は別であるが、行政行為の撤回は遡及効を有しない(もし有するとするならば有害な結果が起こりかねない)。撤回理由が相手方の責に帰すべき事由があるときであっても、遡及効を有しないのである。
6.正答は@である。まず、行政上の強制執行の前提として、義務の履行を行政行為によって命じておく必要がある(直接、法令によって義務づけられる場合もある)。その義務が履行されない場合に強制執行に至るのであるが、義務の履行を強制するために人の身体または財産に対し新たな侵害を加えることを内容とするから、先の行政行為とは別に法律の根拠を必要とする。また、行政上の強制執行は裁判所の判決を必要としない。
Aは誤り。行政上の即時強制は、事前に行政法上の義務違反がある必要はない。従って、事前に義務の履行を促すような行為を必要としない。
Bも誤り。行政代執行法上の代執行については、裁判所に訴えを提起し、確定判決を得る必要がない。むしろ、行政上の強制執行が可能な場合であれば、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されない、とするのが判例である(最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁)。
Cも誤り。即時強制は急迫の不正を除くことが目的である。そのため、人の身体または財産に強制を加えるものであるとは言え、裁判官の発する令状を必要としないとも考えられるであろう。また、判例も、即時強制に際して令状主義が適用されるとはしていない。
Dも誤り。行政代執行法第2条を再度確認していただきたい。代執行は代替的作為義務のみを対象とする。非代替的作為義務(他人が代わってなすことのできない作為義務)および不作為義務は代執行の対象とはならない。
7.正答はAである。この選択肢の記述は代執行の定義そのものである。
@は誤り。代執行、執行罰および直接強制が強制執行として規定されていたのは行政執行法である(同法には強制徴収に関する規定もあったが、旧国税徴収法の規定によるとしていた。第6条。従って、強制徴収を強制執行の一種として規定していたとは言えない)。行政執行法は日本国憲法の制定に伴って廃止されており、現在の行政代執行法は代執行のみを定めている。執行罰および直接強制は、とくに法律の規定が存在する場合にのみ可能とされており、強制徴収の場合は国税徴収法の規定の例によることとなる。
Bも誤り。これは引っ掛け問題である。そもそも、執行罰は、「罰」と記すものの強制執行の一種であって罰ではないから、行政罰とは異なる。執行罰は、非代替的作為義務または不作為義務の不履行がある場合に、一定の期限を示して義務者に義務の履行を促し、それまでに履行しないときには、一定額の過料を科するものであり、刑罰としての科料を科すものではない。
Cも誤り。「目前急迫の行政違反の状態を排除するために緊急の必要がある場合に、あらかじめ国民に義務を課することなく、行政庁が国民の身体や財産に実力を加えて行政目的を実現すること」という説明は、即時強制に関するものである。直接強制は、予め義務が課されていることを前提としており、その義務が履行されない場合に、直接、義務者の身体または財産に実力を加え、義務の内容を実現する手続である(強制徴収の例を考えるほうがわかりやすいかもしれない。強制徴収が直接強制の一種であるためである)。
Dも誤り。この選択肢の前半は正しいが、「国や地方公共団体の金銭債権であれば、個別の法律による授権がなくとも行うことができる」という部分が誤っている。国税については国税徴収法の規定が一般的に適用されるが、それ以外のものの場合は国税徴収法で定める滞納処分の例によることを、法律の明文の規定で定める必要がある。
8.正答はBである。代執行は代替的作為義務を対象とするものであるから、行政庁が自ら行うことも可能であるし、第三者に行わせることも可能である。そして、その費用を徴収するものである。これらのことは行政代執行法第2条に定められている。
@は誤り。代執行の戒告は文書で行わなければならない(行政代執行法第3条第1項)。但し、非常の場合または危険切迫の場合には、戒告の手続を経ないで代執行を行うこともできる(同第3項)。
Aも誤り。行政代執行法第2条は、他の手段によって義務の履行を確保することが困難であることを、代執行の要件として求めている。
Cも誤り。行政代執行法第3条第2項の規定からではわかりにくいかもしれないが、代執行令書を交付するのは行政庁であって、裁判所ではない。そもそも、行政庁による代執行は、裁判所での手続を不要とするものである。また、戒告と同様、非常の場合または危険切迫の場合には、代執行令書の手続を経ないで代執行を行うこともできる(同第3項)。
Dも誤り。行政代執行法第2条をしっかりと読み、定義を覚えておきさえすれば、この選択肢の記述が誤っていることはすぐにわかるはずである。不作為義務は代執行の対象にならない。
9.代執行が可能なのは@である。住宅を取り壊す義務は代替的作為義務であるから、行政代執行法第2条に定められる要件を満たせば、代執行を行うことが可能である。
Aは可能でない。営業停止の勧告は行政指導であり、行政行為などではないから、何らかの義務づけを行うものではない。むしろ、行政指導に従うかどうかは乙の任意による(行政手続法第32条を参照)。なお、営業停止が不作為義務である点にも注意を必要とする。
Bも可能でない。デモ中止命令に従う義務は、デモ行進を継続している乙のみが履行することが出来るのであって、乙以外の者が乙に代わってなしうるものではない。
Cも可能でない。立ち退き要求は、非代替的作為義務を命ずるものの典型である。立ち退きは、退職後も公務員宿舎を継続して使用する乙にしかなしえない。
Dも可能ではない。そもそも要綱は行政規則の一種であって外部的な効果を有しない。そのため、国民に対して要綱によって何らかの義務づけをなすことはできない。また、指導や勧告も事実行為であって何らの法的効果も有しないから、いかなる義務づけもなしえない。
10.これは、問題用紙に示したように平成元年度の国家T種の問題であり、やや発展的なものである。そのため、難しかったかもしれない。しかし、国家U種や地方上級などでも、時折ではあるが国家T種レヴェルと思われるものがあるので、注意していただきたい。
正答はDである。賃借人にとっては酷な話なので、妥当でないように思えるのであるが、代執行の目的を達成するためには違法建築物の除去をしなければならない訳であり、賃借人の家財道具を搬出せざるをえない。このため、賃借人の家財道具の搬出は、代執行に伴う行為として認められると理解されている。なお、この点に関する最高裁判所の判例は存在しないが、札幌地判昭和54年5月10日訟務月報25巻9号2418頁があるので、参照されたい(但し、事案は選択肢に書かれているものとは異なる)。
@は誤り。営業停止処分は不作為義務命令であるから、行政代執行法に規定される代執行を行いうる場合に該当しない。営業所を閉鎖するというのであれば、別の法律によって直接強制が認められていなければならない。
Aも誤り。強制検診や強制入所は、既に命じられた義務を履行しない場合に行われるものであり、直接強制の例である。仮に、義務を命じることなく、予告をなすこともなく行政庁が実力行使をするのであれば、即時強制に該当する。
Bも誤り。選択肢には「履行が不可能であること」と書かれているが、別に不可能でなければならない訳ではない。行政代執行法第2条によれば、代執行を行うには、単に義務者が義務を履行しないことのみではなく、「他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるとき」でなければならないから、履行の確保が困難であればよいこととなる。
Cも誤り。これについては、公法と私法との区別に関して有名な最一小判昭和35年3月31日民集14巻4号663頁は、国税滞納処分による差押について民法第177条の適用を認めている。
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