サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第1編

 

  大分県の西部、福岡県筑後地方に接する日田市は、江戸時代に幕府の天領として栄え、小京都として有名な都市です。一方、別府市は、鉄輪、亀川、観海寺、浜脇などの温泉や城島高原を抱える観光都市です。今、この両市の間で激しい争いが繰り広げられています。大分合同新聞2000年7月2日付朝刊朝F版23面の記事を参考にしつつ、検討してみましょう。なお、以下の引用文は、注記がない限り、その記事に拠ります。

  福岡市に本社を置く溝江建設は、別府競輪場の場外車券売場「サテライト日田」を、日田市南友田に建設することを計画しました。既に、予定地には大型浴場やパチンコ店などの複合型レジャー施設が開発されており、 溝江建設は、場外車券売場設置の監督官庁である通商産業大臣の許可も得ております。別府市にとっても、別府競輪場の売上減少に歯止めをかけるために、宇佐市に続く日田市での場外車券売場の設置に期待をかけているようです。

  しかし、この計画に、まずは日田市民が反対しました。前掲記事に載った市民団体「サテライト日田設置計画反対連絡会」が「日田の町づくりの目標は文化、教育の薫り高いアメニティ都市」であると主張しております。日田市議会も、自転車競技法に定められた許可手続では「民意が反映されず、地方分権の流れに逆行する」という旨の意見書を採択しております。

  「サテライト日田」については、通商産業大臣から設置許可が出されておりますが、6月12日、日田市長は別府市役所を訪れ、設置断念の要望書を提出しましたが、別府市長が面会しなかったため、両市の対立が激しくなりました。

  6月27日、日田市議会は「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」案を可決し、即日公布・施行しました。これにより、日田市は「サテライト日田」の設置を阻止する構えです。これに対し、別府市は、条例に疑義を示した上で、あくまでも設置手続を進めるとしております。

  この条例に関するコメントを、前掲記事から紹介しましょう(掲載順)。

  「条例は自転車競技法で定められていない『市長の同意』などを求めている。市が条例を制定できる範囲を超えている疑いがある」〔大分大学教育福祉科学部の森稔樹講師(行政法)、すなわち、私です〕

  「町づくりに対し、住民が意思表示をする権利を持つ、というのが地方分権の基本原理。法制度はまだ不十分だが、地元の民意を反映するならば、地方自治体が国や県と違う独自の条例を制定することがあってもいいのでは」〔大分大学経済学部の高島拓哉助教授(地域社会学)〕

  実を申しますと、私も、日田市の条例制定に理解を示すことができますし、街づくりという観点からは一定の評価をしております。しかし、今回の地方分権の趣旨からしても、日田市の条例制定には、法的にみて問題があると考えております。

  まず、憲法第94条において、地方公共団体が条例を制定できるのは「法律の範囲内」であることを明言しております。これを受ける形で、地方自治法第14条第1項は、地方公共団体が条例を制定できるのは「法令に違反しない限りにおいて」であると定めております。この条文は、地方分権推進一括法においても改められておりません。

  のみならず、私が「日本における地方分権に向けての小論」(大分大学教育学部研究紀要第20巻第2号、1998年)においても述べたように「地方分権推進委員会は、憲法第94条の存在を理由としてあげつつ、あるいは強調しつつ、条例制定権については基本的に変更することを考えていないようである(中略)地方分権推進委員会は、国の立法を原則とする趣旨を一貫して主張しており、条例制定はあくまでも国から委任された範囲に限られる旨を述べている」のです。今回の地方分権においては、地方公共団体に権限の移譲をすることに主眼が置かれているのであり、どちらかと言えば住民自治が軽視されていることも、忘れてはなりません。

  この点については、自治体問題研究所編・地方分権の「歪み」(1998年、自治体研究社)に掲載されている白藤博行「歪み続ける『地方分権』論」および重森暁「地方分権と税財源問題」が参考になります。

  次に、前記の事柄を前提として、自転車競技法を参照してみましょう。「サテライト日田」に直接関わる条文は第4条ですが、ここに登場する者は、場外車券売場の設置者と通商産業大臣であり、場外車券売場の設置を予定された市町村の長や住民は登場しません。競走場の設置又は移転に関する第3条を参照しても、通商産業大臣が設置許可をする前に「関係都道府県知事の意見を聞かなければならない」(第2項)、都道府県知事が意見を述べる前に「公聴会を開いて、利害関係人の意見を聴かなければならない」(第3項)と規定されておりますが、「関係都道府県知事」であれ「利害関係人」であれ、同意を必要としておりません。

  なお、平成7年4月3日、通商産業省機械情報産業局長名で発せられた通達「場外車券売場の設置に関する指導要領について」の4は「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」となっております。これは、設置者に対しての指導の基準であって、設置場所となる市町村の長を当事者とするものではありません。

  これらの規定を検討すれば、次のような結論が得られます。別府競輪場が日田市に移転するというような場合であれば、日田市(長)の意見は、第3条第3項にいう「利害関係人の意見」であり、当然、設置許可にあたって尊重されなければなりません。しかし、第3条においても、市町村長の同意は必要とされておりません。今回の問題は場外車券売場の設置であり、第4条の各項を参照しても、設置場所となる市町村の長の同意は規定されておりませんし、「利害関係人の意見」として扱われることも予定されておりません。従って、日田市の条例は、自転車競技法の趣旨に反して上乗せ規制を行おうとするものであり、条例制定権を逸脱し、自転車競技法に違反します。

  勿論、このような結論が、各市町村の街づくりに大きな制約を課し、住民自治の発展を損なわせるものであることは、正直に認めなければなりません。しかし、現行の法律を解釈するならば、仕方のないことであるとしか言いようがありません。

 

(2000年7月)

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