サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第11編

  

  前回記したように、別府市議会観光経済委員会は、サテライト日田問題について「継続審査」とすることを可決しました。議会の多数派を占める自民党会派の動きにもよりますが、おそらく、最終日(18日)の本会議においても、この判断は覆ることがないものと思われます。そのためでしょうか、この数日間、日田市のホームページなどを見ても、この問題に関する意見は少なくなりました。

  今回は、古川氏から御教示をいただいた「長沼答申」、「吉国答申」、「場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示」および「場外車券売場の設置に関する指導要領について」に関する検討を行います。

  まず、確認の意味を込めて記しておきます。自転車競技法には、場外車券売場を設置する者は設置場所となる市町村やその住民の意見を聞かなければならない、と規定しておりません。それに対して、古川氏は、上記答申や指導要領に場外車券売場はみだりに増やさないこと、および地域社会の同意を得ることと書かれていることをあげ、今回のサテライト日田設置許可が上記に示された基準に違反すると主張されました。

  しかし、まずこの件についてですが、私が反論として日田市の掲示板に記したことを引用しておきます。

  「通産省の告示については、問題が残るのですが、審議会の答申には、法的な拘束力がありません。同じことは、指導要領にもあてはまります。/従って、内部の基準にはなりえますが、外部に対して許可などをする場合、参考資料並みの扱いにしかなりません。裁判でも、解釈の一資料としての意味を持ちますが、必ずしもそれらに沿った解釈が要請される訳ではありません。/但し、他の件についてはこれらの基準に適合しているのに、この件だけは、という場合は、問題となります。」(2000年12月10日14時28分)

  そもそも、答申というものは、行政庁の諮問に対する専門的判断でありますが、行政法学上、答申は尊重されなければならないとしても、行政庁を法的に拘束するものではありません。情報公開制度を例に取れば、都道府県および市町村で情報公開条例を施行しているところには「情報公開審査会」(または類似の名称)があります。情報公開条例の実施機関(例、県知事、市長)が非公開決定を下し、これに対する不服申立てがなされた場合、実施機関は、裁決または決定を下す前に「情報公開審査会」に諮問するように規定されています。そして「情報公開審査会」の答申が出されます。しかし、実施機関が裁決または決定をする際に、この答申は尊重されなければならないとしても、必ずしもその内容通りに裁決または決定をしなければならない訳ではありません。以前、某市情報公開室長から伺った話ですが、「情報公開審査会」の答申は全面公開であったにもかかわらず、一部非公開の決定を下した例が存在するのです。なお、情報公開法第18条および第21条も参照して下さい。

  ここで「長沼答申」を見ましょう。たしかに、5.として「馬券、車券等の場外売場については現在のものを増加しないことを原則とし、設備及び販売方法の改善(例えば売場数を増加し、これをすべて屋内にすること等)に努力する」ことがあげられております。この答申は自転車競技法など関連法律の改正などに係るものであり、それに従って法律などが改正され、運用なども改められることが望ましいのです。しかし、私自身もよくわからないのですが、全てこの答申の通りに法律が改正された訳ではないかもしれません。しかも、12.として「法律の規定が細部にわたり過ぎると認められる点が少なくないので、出来るかぎり政令に委任する等法律の簡素化をはかる」ことがあげられております。これは、本来であれば法律に規定すべき設置基準が政令、省令などに規定されうることを意味します。政令や省令であれば、これらは法規命令ですから、法的拘束力を持ちえます。しかし、訓令・通達などの行政規則に委ねられた場合、行政内部であれば法的拘束力を持ちえますが、外部に対しては持ちえないとするのが、最高裁判所の判例でもあり、行政法学の通説です。従って、「長沼答申」は、第一義的には法律改正のための参考意見であって、場外車券売場設置許可のための基準となりがたいものであり、あるいは内部基準となりうるものであっても、それ以上のものではありません。仮に「長沼答申」に従わないで許可がなされたとしても、直ちにそれを違法として裁判所において争うことはできない、と解釈すべきでしょう。

  同様のことは、基本的に「吉国答申」にも妥当します。この答申自体、「ここで述べた意見については、その実施を図るため、さらに関連する問題を含めて検討する必要のあるものがあり、それらについては、政府において積極的に検討を深めることを期待する」とかかれておりますから、これが内部基準として完全なものであるか否かについては即断しがたいと思われます。

  「吉国答申」V1.は「競技場所在地の近隣市町村については、競技の円滑な実施と運営の責任体制の確保に留意しつつ、財政事情等を考慮して、一部事務組合への参加の拡大等により、公営競技による収益が地域社会の実情に適合して配分されるよう努めること」をあげております。また、W1.は「場外売り場の設置については、ノミ行為の防止にも効果があると思われるので、弾力的に検討してよいが、地域社会との調整を十分に行うこと」、X2.は「地域社会との融和を図るとともに周辺の交通公害の解消を図るため、競技場又は場外売り場周辺の環境整備に努めること」をあげております。

 ここで直接関係するのはW1.およびX2.です。W1.の趣旨が自転車競技法第4条の規定に、少なくとも明文の規定として生かされていないことは明らかです。しかも「弾力的に検討してよい」と書かれており、解釈および運用の方法によっては「地域社会との調整を十分に行うこと」という要件と矛盾します。また、X2.は努力義務であり、しかも、この努力義務を監督官庁に課すものであるのか設置許可申請者に課すものであるのかが判然としません。仮に監督官庁に課すものであるとするならば、行政指導の基準とはなりうるでしょう。しかし、行政手続法の規定が存在する現在において、行政指導はあくまでも相手方、すなわち設置許可申請者の任意の協力によって実現されるべきものですから、行政指導に従わないことを理由とした不許可または許可の留保は、許されるものではありません。また、この努力義務が設置許可申請者に課されるものであるとするならば、設置許可申請者は誠実に努力する義務を負いますが、その結果として「地域社会との調整を十分に行うこと」ができなかったとしても、義務に反する訳ではないのですから、監督官庁も、そのことを理由にして不許可処分をなすことは許されないものと考えられます(但し、この点に裁量の余地も考えられます)。

  「場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示」は、場外車券売場の設置基準を定めております。告示の性格については争いがあり、例えば文部省による学習指導要領については、法的拘束力を認めるのが判例の傾向と考えてよいでしょう。それでは通産省のこの告示はどうでしょうか。少なくとも、設置許可申請者に対して許可要件を示す基準としての意味は或るものと思われます。しかし、この告示には、設置場所となる市町村の同意について規定されておりません。

  最後に「場外車券売場の設置に関する指導要領について」を取り上げます。ここにも、2.において「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所の属する地域社会との調和を図るため、当該施設が可能な限り地域住民の利便に役立つものとなるよう指導すること」となっており、4.において「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」となっております。

  これは、実際に場外車券売場の設置を許可する際の基準として機能しているものと思われます。従って、他の設置許可に対してはこの基準の通りに処理されているのに本件のみについては処理されていないというような場合には、平等原則違反として問題となりえます。しかし、これは指導要領であって、内部基準に留まり、外部に対する拘束力を持ちえません(持ちうるとしたら逆に問題となります)。また、指導要領ですから、これに基づいた指導に設置許可申請者が従わないとしても、行政手続法の規定に従えば、あくまでも任意的協力が前提となることは、前述の通りです。

  以上が、「長沼答申」、「吉国答申」、「場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示」および「場外車券売場の設置に関する指導要領について」に関する私見です。このことから、特別の事情がない限り、法的な見地からすれば、サテライト日田設置許可は、法的にみても違法でないこととなります。

  さらに、古川氏は、日田市ホームページの掲示板で「政府が定めている指針からみても、サテライト日田の設置許可は不当である」と記されております。これに対し、私は「たしかに、正当であるか否かは重要な問題なのです。しかし、行政事件訴訟法にも出ていますように、正当でないから違法であるとは即断できないのです。それが裁量というものなのです」と記しました。古川氏は「ただちに違法ではいえないからといっても、正当とはいえません」と記されました。

  私は、あくまでも行政法学者として意見を述べております。正当か不当であるかが直ちに適法か違法かの問題につながる訳でないことは、行政法の専門家であればお分かりのことであると思います。私以外の行政法学者にも、御意見を伺いたいところです。

  なお、掲示板にも記しましたが、サテライト日田問題は、いよいよ、東京放送(TBS)により、全国的に取り上げられることとなりました。詳細は後日に記しますが、現在のところ、私も取材を受けることになっております。

 

(2000年12月)

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