06    租税回避と納税義務

  

 

  租税法の解釈および運用を考える際に厄介な問題として、租税回避(Steuerumgehung)がある。これは、租税法律主義や納税義務とも深い関係を有する。実際の租税法において不確定概念が多用されることの原因の一つとして租税回避があるからである。

 租税回避の典型的な事例としては、次のようなものが考えられる。地主Bが不動産管理会社Aを設立し、B所有の土地および建物の管理をAに委任し、その対価として不動産の賃貸料として得られる収入の合計額の半分をAに支払う、という契約をAと締結する。このように、管理費を通常より高額にすることにより、必要経費を増やし、所得税の負担を低くしようとするのである

 ※この例は、三木義一編著『よくわかる税法入門』〔第6版〕(2012年、有斐閣)15頁[佐々木潤子担当]に登場するものであるが、東京地判平成元年4月17日訟務月報35102004頁の事案を基にしている。

 また、別の事例として、複雑であるが次のようなものをあげることができる。土地の所有者Cが、ただ譲渡所得に対する税負担を免れたいため、Dに土地を譲渡するのではなく、土地に非常に長期間にわたる地上権を設定する。次に、土地の使用および収益に関する権利をDに移転し、同時に、Dから土地の時価に等しい金額の融資を受ける。その融資の弁済期を地上権の終了時期とする。そして、この二つの契約をいずれかの当事者の希望により更新可能とし、地代と融資の利子を同額とし、しかも両者を相殺する。これにより、Cは、実質的に土地をDに譲渡したことになるのであるが、譲渡所得は発生しない、というのである

 ※これは、金子宏『租税法』〔第十七版〕(2012年、弘文堂)117頁に登場するものであるが、最三小判昭和49年9月20日民集28巻6号1189頁の事案を基にしている。

 いずれの例も、脱税(Steuerhinterziehung)には該当しない。脱税は、課税要件の充足を全部または一部秘匿し、仮装する行為であり、違法な行為である。しかし、上の二つの例は、いずれも、違法な行為を用いていない。私法上は適法・有効な行為である。

 それでは節税(Steuerersparung)に該当するかといえば、それとも異なる。節税は、租税法に従って税負担の減少を図る行為である。企業が法人税などを支払う代わりに経費として会社の名義で登録された自動車を購入することなどは、節税に該当する。しかし、上の二つの例は、租税法が予定している行為であるとは言えない。とくに2番目の例から明らかであるように、通常の取引では採用しないような異常な、しかも、多くの場合は複雑な行為形式を選択し、租税負担を免れようとしている。

 そのため、租税回避は、納税義務者が通常では選択しないような異常な行為形式を選択し、それによって通常の行為形式を選択した場合と同一の経済的目的を達成し、かつ、租税負担の軽減を図ることを指す、ということになる。もっとも、このように定義しても、実際の事例に照らすと、脱税、租税回避、節税の区別は容易なことではない。

 租税回避が行われた場合に、当事者の行為をそのまま容認して、それに基づいて課税を行うべきであるという考え方も成立するが、これを放置すれば納税義務者間に租税負担の不公平が生じる。そのため、当事者の行為が私法において有効であることを認めつつも、租税法においては無視し、通常用いられる行為形式に対応する課税要件が充足されたものとして取り扱うことが主張される。これを租税回避行為の否認という。上の第一の例では、管理委任契約そのものを有効と扱いつつ、Xが支払う管理料については通常の相場価格の分のみを認定する(所得税法第157条を参照)。この場合、Aについては、契約に従って支払われる管理料がそのまま認定されて課税される。次に、第二の例では、地上権の設定などの一連の行為が無視され、土地がCからDへ譲渡されたものとみなされて、Cには譲渡所得税が課されることとなる(所得税法施行令第80条・第79条)。

 租税回避は、課税主体にとって望ましくないことは当然であるのみならず、納税義務者の間に不公平をもたらすという点において問題がある。しかし、当事者が選んだ行為形式が私法において適法であることから、租税回避行為を規制することは困難である。対処するための一つの方法は、ドイツの租税通則法42条のように租税回避行為の否認に関する一般的な規定を置くことであるが、日本においては租税回避の否認を定める一般的な規定が存在しない。そのため、個別の租税法規において租税回避の否認を規定するが、規制の性質上、不確定概念が用いられざるをえない

 不確定概念を用いる規定の代表的な存在が法人税法第132条であり、同族会社などの行為や計算のうち、容認すれば不当に法人税の負担を減少させる結果になると認められるとき、課税主体がそれらを否認して更正または決定をなしうる旨を定める※※。その他、所得税法第33条第1項・所得税法施行令第79条、法人税法第22条第2項・第34条などがある。

 ※法人税法第2条第10号によると、株主等の3人以下、ならびに、これらと一定の特殊な関係の或る個人および法人が有する株式の総数または出資金額の合計額が、その会社の発行済み株式の総数または出資金額の50%超に相当する会社のことをいう。なお、平成18年度改正により、同族会社は三種に分類されることとなった。詳細は、第三部において扱う。

 ※※同族会社の行為または計算の否認などについては、所得税法第157条、相続税法第64条第1項、地方税法第72条の43などにも存在する。日本に存在する企業の大部分が同族会社であることから、租税回避がなされやすいという理由により、こうした規定が存在するものと思われる。

 通説・判例は、租税回避を否定するなど、租税負担の公平を確保するためには不確定概念の使用もやむをえない場合がある、と考えている。その場合、裁判所における合理的かつ客観的な解釈により内容を確定しうるものであることを要求するようである。行政法学にいう法規裁量と類似する思考方法である、と言えるであろうか。しかし、第一次的には課税主体の判断に、最終的には裁判所の判断に委ねるというのでは、納税義務者や税理士にとっては、納税義務が長らく確定しないという不安定な状況に置かれ、望んでいない紛争に巻き込まれることになる。

  租税回避の否認に関する規定が存在する場合は、その規定に従うことになるが、存在しない場合に否認をなしうるか否かについては、見解が分かれる。最高裁判所の判例は今も存在せず、下級裁判所の判決では肯定例と否定例とに分かれる。租税法律主義を徹底させるのであれば、法律の根拠がないのに租税回避の否認を認めることは妥当でないものと思われる

  ※なお、租税回避に関する詳細な研究の代表として、清永敬次『租税回避の研究』(1995年、ミネルヴァ書房)がある。とくにドイツの学説・判例の状況を分析しているものなので、参照されたい 。

 

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(2011年3月16日掲載)

(2011年3月21日修正)

(2011年3月31日修正)

(2012年8月5日修正)