12    収入金額と必要経費

 

 

 1.所得の構造

 「11 所得税法における所得の分類」において、所得税の課税対象となる所得について概説を試みた。その説明において、収入金額、必要経費、控除、所得という言葉が用いられており、原則として、収入金額がそのまま所得金額になる訳ではないことを示しておいた。所得によって計算方法などが異なるため、煩雑な印象を与えたかもしれないが、これは、それぞれの所得が有する性格に適切に対応するためのものであり、実は、基本構造はどの所得であれ全て同じなのである。数式化すると、次のようになる。

 〔(総)所得(金額)〕=〔収入金額〕−〔必要経費〕

 ここで、収入金額、必要経費、控除のいずれも0以上の正の数(基本的には整数)が代入される。左辺にある〔(総)所得(金額)〕が負の数で示されることはありうるが、その場合には納税負担が生じないこととなる。また、基礎控除の額などを下回れば、所得が正の数であっても納税負担が生じない。実際には、上の所得からさらに所得控除がなされた上で課税総所得金額が定まる。従って、次のようになる。

 〔(総)所得(金額)〕−〔所得控除〕=〔課税総所得金額〕

 

 2.収入金額(所得税法第36条)

 所得税の納税に際して、収入金額が不明確では納税義務を確定することなど不可能である。そこで、ここで収入金額について簡単に説明しておく。

 まず、収入は、通常の場合であれば金銭によるものであるが、必ずしもそれに限られず、資産、権利などの経済的利益であってもよい。金銭以外のものであれば、その収入を時価で評価することとなる。なお、所得税法は「その年分」と定めており、1月1日から12月31日までの間に発生した収入が対象とされる。

 次に、収入(所得)の帰属年度が問題となる。これには大別して、現実に収入があった時点を基準とする現金主義と、現実に収入があるか否かを問わず、所得が発生した時点を基準とする発生主義という二つの考え方があるが、第36条は「その年において収入すべき金額」と規定しており、現金主義ではなく、発生主義、さらに言えば、発生主義のうちの権利確定主義を採用するものと理解されている。権利確定主義は「法律上の権利が確定したときに、所得金額の計算の基金となる益金が確定するという考え方をいう」から※※、資産を譲渡した場合には、資産の所有権が相手方に移転して代金債権が成立した時点が所得の発生した時点である、ということになる。これは、一括払いの場合のみならず、分割払いの場合にも妥当することになる。所有権が移転されれば、権利が確定したと言いうるからである※※※

 ※「16 法人所得その1」において述べるが、権利確定主義は、国税庁の旧所得税基本通達などにおいて定められていた。現在の所得税基本通達は権利確定主義を明定していないが、収入の性質などにより様々な規定を置いている。

 ※※増田英敏・加瀬昇一編『確認租税法用語250』(2009年、成文堂)41頁[四方田彰担当]。

 ※※※ストック・アワードの権利行使によって経済的利益を得たとされる時点について、大阪地判平成20年2月15日判時201733頁、および大阪高判平成201219日訟務月報56巻1号1頁を参照。

 但し、常に権利確定主義が妥当するという訳ではないことには、注意が必要である。第67条は、青色申告者である小規模事業者のうち、一定の要件を満たしたものについて現金主義を採ることを認めている。

 

  3.必要経費(所得税法第37条)

 所得を得るためには一定の支出が必要な場合が多い。この支出を必要経費という。所得税法に規定される所得のうち、不動産所得、事業所得、山林所得および雑所得には必要経費が認められる。

 必要経費は、事業活動(など)と直接的な関連を有し、事業(など)の遂行において必要な経費でなければならない。37条は、売上原価、一般管理費などを例として示しているが、人件費、公租公課、旅費、修繕費、賃借料、借入金の利子、減価償却費なども必要経費に含まれる。

 これらの多くは、法人税法にいう損金にも含まれているが、所得税法の必要経費と法人税法の損金とは、範囲などについて若干の違いがある。

法人税法にいう損金と異なり、必要経費には資産損失が含まれないのが原則である。資産損失は、事業用固定資産等の取り壊しや滅失などによる損失のことであり、所得の減少と言えないからである。しかし、第51条第1項により、不動産所得、事業所得または山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産などの取り壊し、除却、滅失などにより生じた損失は、必要経費に含まれることとなっている。同様に、同第2項は、売掛金、貸付金、前渡金などの債権の貸し倒れなどによって生じた損失を必要経費に含めることとしている(同第3項ないし第5項も参照)。第63条に規定される、事業を廃止した場合の必要経費の特例も、本来の意味における必要経費に該当しないが、必要経費に算入する場合の一つである。

 また、日本の場合は、違法あるいは不法な支出も、架空の経費を計上するために行う支出などを除いて、必要な経費に含まれると解されている。

 なお、45条は必要経費に算入しないものを定めている家事上の経費(衣服費、食費、住居費、娯楽費など)、家事に関連する経費で所得税法施行令第96条に定められるもの、国税および地方税の一部、罰金および科料ならびに過料、損害賠償金、課徴金、賄賂などである。もっとも、家事関連費であっても、必要経費と家事費との両方の性質を併せ持つ場合がある。それについては、主たる部分を明確に区分でき、業務の遂行に必要なものであると認められるならば、必要経費として算入できる(所得税法第45条、所得税法施行令96条を参照)。これは、家事費なのか事業上の経費であるのかを明確に区分できない場合が多いためである。

 

 4.所得税法第56条

 既に「10 納税義務者と課税単位」において、日本の所得税法が個人単位主義を基調としつつも、夫婦単位主義や家族単位主義の要素を織り込み、いわば折衷的な制度を作り上げていることを指摘した。83条に規定される配偶者控除はその代表的なものであるが(10 納税義務者と課税単位」を参照)、第56条もその一つであり、個人単位主義に対する例外を示す規定であると考えることができる。この規定は10 納税義務者と課税単位においても扱ったが、ここでは問題点などを簡単に述べることとしておく。

 ※岡村忠生=渡辺徹也=高橋祐介『ベーシック税法』〔第7版〕(2013年、有斐閣)168頁[岡村忠生担当]は、第56条を「個人単位課税を家族単位的に変更している」規定であると評価する。なお、1988(昭和63)年改正まで、所得税法第96条は資産合算制度を規定していた。これは、居住者の家族構成員の資産所得を居住者の所得に合算して税額を計算するという制度であったが、税額の計算が複雑になるという理由により、廃止された。

 第37条の趣旨からすれば、居住者が営む事業による対価の支払いは、相手方が配偶者などの親族であるか否かを問わず、必要経費として認められるべきである。しかし、居住者が、その営む事業に従事する親族に対価を支払うことは、納税義務者の所得を親族に分割することを意味するから、上述のように租税回避が行われることにつながりかねない。

 そこで、第56条は、第37条以下に規定される必要経費に関する例外として、居住者(納税義務者)と生計を一にする配偶者などの親族が、居住者の営む事業に従事したことなどによって給与などの対価を得た場合には、居住者の事業所得などの金額を計算するにあたって必要経費に算入されない旨を規定する。この点において、法人税の場合と扱いが異なる。法人税法第22条第2項(損金の一般規定)、同第34条(役員給与の損金不算入)、同第35条(特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入)も参照し、比較検討されたい。

 所得税法第56条の規定はやや読みにくいので、次のように分解して理解するとよい。

 居住者(納税義務者)と生計を一にする配偶者その他の親族が、不動産所得、事業所得または山林所得を生ずべき居住者の事業に従事したことなどによって給与などの対価を得た場合には、

 @居住者の事業所得などの金額を計算するにあたって必要経費に算入しない。

 A親族が得る対価に関する所得金額の計算の上で必要経費に算入されるべき金額は、居住者の事業所得などの金額を計算するにあたって必要経費に算入する。

 B以上の場合において、居住者の各所得の金額の計算上、次の金額はないものとみなされる。

 (a)その親族が支払を受けた対価の額、

 (b)その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額。

 以上を整理すると、居住者が個人で事業を営み、配偶者などの親族がその事業の被用者となって給与を受けている場合、または居住者が親族から金銭などの資産貸付を受けた場合には、居住者は支払った対価(給与、利子、賃料)を必要経費に算入することができない。そして、その対価分は居住者の所得として課税されることとなる。そのために、親族が給与、利子または賃料を受け取ったとしても、その必要経費は親族ではなく、居住者の必要経費となる。他方、その親族は、実際には給与所得があっても所得税法上は給与所得がないものとみなされるし、その他の所得―利子または賃料による―についても必要経費が認められないこととなる。

 但し、親族が得る対価に関する所得金額の計算の上で必要経費に算入されるべき金額は、居住者の事業所得などの金額を計算するにあたって必要経費に算入する。

 また、第57条により、専従者控除が認められる。これは、納税義務者と生計を一にする親族のうち、その納税義務者が営む事業に従事するのみの者が受け取る給与について、必要経費として認める、というものである。

 第56条については以前から問題が指摘されている。ここでは、最三小判平成1611月2日訟月51102615頁(弁護士夫婦事件)を取り上げる。

 Xは弁護士で、東京都港区に事務所を開設している。その妻であるAも弁護士であるが、Aは新宿区に事務所を開設している。Aは、Xの弁護士事務所が行う事業に従事した労務の対価として、3年間に弁護士報酬を受けた。そして、Xは、確定申告の際、Aに支払った報酬を必要経費として計上していたが、税務署長Yは、これを必要経費と認めず、更正処分および過少申告加算税賦課処分決定を行った。Xは、本件のような場合に第56条が適用されることはなく、また、仮に適用されるとなれば憲法第14条第1項に違反すると主張した。一審(東京地判平成15年6月29日税務訴訟資料253号順号9382頁)、二審(東京高判平成151015日税務訴訟資料253号順号9455頁)ともXの請求を棄却した。

 最高裁第三小法廷は、所得税法第56条の「趣旨及びその文言に照らせば、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである」と述べ、第57条とも照らし合わせると第56条は憲法第14条第1項に違反しないと結論付け、上告を棄却した

 ※この趣旨は、東京高判平成16年6月9日判時189118頁および最三小判平成17年7月5日判例集未登載(弁護士・税理士夫婦事件)においても述べられている。

 これに対し、東京地判平成15年7月16日判時189144頁(弁護士・税理士夫婦事件)は、「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」は、「親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で参加するか、又は事業者に雇用され、従業員としてあくまでも従属的な立場で労務又は役務の提供を行う場合や、これらに準ずるような場合を指し、親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の上記要件に該当しない」と述べる。

 

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(2011年3月16日掲載)

(2011年7月4日修正)

(2012年8月6日修正)

(2013年4月25日修正)

(2013年5月1日修正)