第2回    行政法とは何か

 

 

 1.公法と私法との区別

 それでは、行政法とは何か。

 行政法を「行政に関する法」、より詳しく言うならば「行政の組織・作用・統制に関する法である」と定義することも可能である。あれこれと難しいことを考えるのでなければ、定義としてはこれで充分かもしれない(それでも「難しい言葉」が入っているが)。

 しかし、例えば県庁において事務用品・備品を購入する際に、(会計法などによる規制は別として)民事法(とくに民法)による規律が妥当すべきである。道路や学校校舎などの建設についても、やはり民事法の請負契約が基本的に妥当すべきである。このような場合にまで、行政法という必要はない。

 そこで、日本の行政法学は、伝統的に、公法と私法の二分論を採用し、行政法を公法に位置づけた上で、行政法は「行政の組織及び作用並びにその統制に関する国内公法」であると定義してきた

 ※田中二郎『新版行政法上巻』〔全訂第二版〕(1976年、弘文堂)24頁。

 まず、行政法は、国内における法であり、条約などの国際法とは区別される。そして「行政の組織及び作用並びにその統制に関する」とされるのは、同じ国内公法である憲法と区別するためである。憲法は、国家を中心にし(従って、立法および司法を含む)、国家の組織および国家の作用に関する根本的な事柄を定めているのである。そして、行政法が公法とされるのは、民法や商法などの私法とは異なる、特殊な、そして固有の法であることを主張するためである。

 もっとも、公法と私法との区別については、何を基準にするかによって見解が分かれ、両者の区別は相対的である。公益・私益を区別の基準とする説(利益説)もあるが、これだけでは区別できない。また、少なくとも一方の当事者が国または(地方)公共団体である法律関係を規律する法が公法であり、私人間の法的関係を規律する法が私法であるとする説(主体説)がある。これは、説明としてはわかりやすいが、国または(地方)公共団体が私人間の法的関係と同じ性質の法的関係を私人と結ぶときには私法であるとしなければならないし、かえって区別の規準が曖昧になるおそれがある。

 そこで、日本の行政法学は、ドイツの行政法学の影響を強く受けて、国家と私人との権力関係を規定する法が公法であり、(私人間の)対等な関係を規定する法が私法であるとする説(権力説)を採用する。

 しかし、実際に、何が公法であり、私法であるかを判断することは難しいし、実益があるかも問題である。公法は基本的に権力関係を規律する法であり、私法は対等関係を規律する法であるというのであるが、実際には、権力関係において私法の規定が適用される場面が存在する。具体的な例をみることとしよう。

 

 2.民法第177条は、行政法関係に適用されるのか

 民法第177条は、不動産の物権変動における対抗要件としての登記に関する規定である。ここでは、基本的に対等の当事者同士が或る不動産の所有権について争っている場合に、自己の所有権を主張し、それを裏付けるようなものとして登記が必要であるとされている。それでは、行政による権力的行為については、やはり登記という対抗要件が必要になるのであろうか。

 (1)最三小判昭和31年4月24日民集10巻4号417頁

 事案:原告が訴外A社から土地を購入し、代金を支払った上に、土地を自己の所有物とする財産税の申告をU税務署長に行ったが、所有権移転登記手続を済ませていなかった。A社が租税を滞納していたことがきっかけで、Y1(税務署長)はこの土地をA社名義のものとして差し押さえ、登記名義も変更した上で、Y2を競落人とする公売処分を執行した。そして土地の登記名義もY2になった。Xは、Y1に対しては一連の処分の無効確認を求め、Y2に対しては所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起した。一審ではXが敗訴したが二審ではXが勝訴したため、Y1およびY2が上告した。最高裁判所第三小法廷は、以下のように述べて破棄差戻しの判断を示した。

 判旨:「国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであつて、滞納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法一七七条の適用があるものと解するのが相当である」。その上で、「国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当るかどうかが問題となるが、ここに、第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法四条、五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである」(強調は引用者による。以下、毎回における判例からの引用について同じ)。

 なお、この判決には小林俊三裁判官の反対意見が付されている。同裁判官は「国といえども、ひと度租税債権者として納税人と私法の支配する関係に入つた以上、その特殊の性質から出て来る事項を除いては、法律の解釈適用についてすべて他の当事者と同等の地位に立つべきものである」と述べている。

 民法第177条の適用という点からすれば、民法において先取特権が規定されており、国税徴収法第19条ないし第21条、同第23条、同第26条などにおいて先取特権や質権などとの調整に関する規定が存在すること、地方税法第14条の13、同第14条の14、同第14条の17などにも国税徴収法と同種の規定が存在することから考えてみても、前掲最判昭和31年4月24日の論旨は妥当である。

 (2)最一小判昭和35年3月31日民集14巻4号663頁(T−10)

 事案:前掲最三小判昭和31年4月24日により差し戻された事件である。名古屋高判昭和32年6月8日民集14巻4号708頁でXが敗訴したため、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷はXの上告を認容し、前掲名古屋高判昭和32年6月8日を破棄した。

 判旨:「本件のような場合国が上告人の本件土地所有権の取得に対し登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないという為めには財産税の徴収に際し前控訴審判決の認定したような経緯、詳言すれば、上告人は前示差押登記前である昭和二一年二月一五日魚津税務署長に対し本件土地を自己の所有として申告し、同署長は該申告を受理して、上告人から財産税を徴税したという事実だけでは足りず、更に上告人において本件土地が所轄税務署長から上告人の所有として取り扱わるべきことを強く期待することがもっともと思われるような特段な事情がなければならない」。本件において認定された事実などを勘案すれば、所轄税務署長が本件土地をXの所有物として取り扱うべきであることをXが「強く期待することが、もっともと思われる事情があったものと認めるを相当と考え」られるのであり、Y1はXの「本件土地の所有権取得に対し登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないものと認むべき」である。

 (3)最大判昭和28年2月18日民集7巻2号157頁(T−9)

 事案:Xは訴外Aから農地を購入していたが、所有権移転登記手続を済ませていなかった。農地改革の折、地区の農地委員会は、農地の所有者は登記名義人であり、かつ不在地主のAであるとする認定を行い、買収計画を定めた。Xは、地区の農地委員会に対する異議申立て、および県農地委員会への訴願を行った。Xは、県農地委員会の裁決の取消しを求めて訴えを提起した。一審判決および二審判決はXの請求を認容したので、県農地委員会が上告した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、農地買収処分が権力的な手段による強制的な買い上げであり、民法上の売買とは本質を異にするから、自作農創設特別措置法による農地買収処分に民法第177条の適用は認められないという旨を述べ、上告を棄却した。これに対しては、真野裁判官の補足意見、霜山裁判官の少数意見、および井上裁判官・岩松裁判官の少数意見がある。

 ※なお、最二小判昭和41年12月23日民集20巻10号2186頁などは反対の趣旨を述べている。

 ここで、公法と私法との区別が念頭に置かれていたのか否かについて疑問が生じるが、少なくとも、最高裁判所の判例においては、権力関係であるから公法の分野の事件であり、私法は適用されない、というような思考方法を採っていないことは明らかである。結局は、事案の性質、法律の趣旨などに照らし合わせて考えなければならないであろう。

 

 3.消滅時効(会計法第30条と民法第167条第1項など)

 (1)最三小判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁(T−37)

 事案:訴外Aは陸上自衛隊員として某駐屯地に勤務していたが、昭和40年の某日、駐屯地内の武器隊車両整備工場において、訴外Bが運転していた大型自動車に轢かれ、即死した。Aの両親であるXらは、国家公務員災害補償法第15条による補償金として76万円を受領していたが、自動車損害賠償責任保険法による強制保険金と比較して補償額が低いことなどから、同法第3条に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。東京地判昭和46年10月30日民集29巻2号160頁はXらの請求を棄却したため、XらはY(国)の安全配慮義務違反による債務不履行責任の主張を追加して控訴したが、東京高判昭和48年1月31日訟務月報19巻3号37頁は控訴を棄却した。Xらが上告し、最高裁判所第三小法廷は控訴審判決を破棄し、東京高等裁判所に事件を差し戻した。

 判旨:「会計法三〇条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき五年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の五年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法三〇条所定の五年と解すべきではなく、民法一六七条一項により一〇年と解すべきである。」

 (2)最二小判平成17年11月21日民集59巻9号2611頁

 事案:平成11年の某日、Yの次男Aは自動車を運転していたが、松戸市内で赤信号を見落として某交差点に進入した結果、横断中のBに衝突して転倒させ、重傷を負わせるという事故を起こした。Bは松戸市立病院に搬送され、入院治療を受けた。Bの診療費等の負担に関してX(松戸市)に交付された入院証書の連帯保証人の欄には、Yの実印による印影が示されていた。Yは、診療費等の負担についてXとの間で連帯保証契約を結んでいないと主張し、また、仮に連帯保証契約を結んでいたとしても、本件の訴状がYに送達されたのが平成15年8月30日であるから、それより3年以上前に発生した診療費請求権は時効消滅するとして、消滅時効の援用を主張した。これに対し、Xは、松戸市立病院が地方自治法第244条第1項にいう公の施設に該当することなどから、消滅時効期間は同法第236条第1項に規定される5年と解すべきであると主張した。千葉地松戸支部平成16年8月19日民集59巻9号2614頁はXの主張を認めたが、東京高判平成17年1月19日民集59巻9号2620頁は、前掲最一小判昭和59年12月13日を参照しつつ「公立病院の施設自体は,中核をなす診療行為に付随する利用関係にすぎないのであって,公立病院と病院利用者との間の法律関係は,基本的には私立病院と利用者の間の法律関係と異なるところはないから,その使用料は私法上の債権と解すべきである」として、Xの請求の大部分を棄却する判決を下した(3年の消滅時効にかからない部分のみ請求を認容した)。Xが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「公立病院において行われる診療は、私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく、その診療に関する法律関係は本質上私法関係」であり、「公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は、地方自治法236条1項所定の5年ではなく、民法170条1号により3年と解すべきである」。

 4.公営住宅の利用関係

 (1)最一小判昭和59年12月13日民集38巻12号1411頁

 事案:被告Yは昭和30年代から某都営住宅に居住していた。公営住宅法第21条の2、同施行令第6条の2など、および東京都営住宅条例第19条の3(いずれも当時)によれば、都営住宅を引き続き3年以上使用しており、かつ、一定の月額収入を超える者は割増賃料を支払う義務を負っており、Yはこれに該当していたが、割増賃料を一切支払わなかった。また、Yは、東京都の許可を得ることなく増築を行った。東京都は、これらが住宅の明渡事由に該当するとして、使用許可を取り消し(実際には撤回である)、割増賃料相当額の支払、増築した建物の収去、および土地の明渡を求めて出訴した。

 東京地判昭和54年5月30日下民集30巻5〜8号275頁は、東京都の請求のうち、割増賃料相当分の支払に関する請求のみを認容した。東京都が控訴し(請求の一部を変更している)、東京高判昭和57年6月28日高民集35巻2号159頁は東京都の敗訴部分を取消し、Yに土地の明渡を命じた。Yが上告したが、最高裁判所第一小法廷は、Yの上告を棄却した。

 判旨:まず、最高裁判所第一小法廷は、公営住宅法および東京都営住宅条例の規定の趣旨から「公営住宅の使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定しえない」としつつも、「入居者が右使用許可を受けて事業主体と入居者との間に公営住宅の使用関係が設定されたのちにおいては、前示のような法及び条例による規制はあつても、事業主体と入居者との間の法律関係は、基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはなく、(中略)公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである」と述べる(強調は引用者による)。その上で、Yによる増築に関して前記東京高判が信頼関係の法理が適用されないとした点を誤りとしつつも、増築の規模が大きかったなどの理由により、結論として前掲東京高判を支持した。

 (2)最一小判平成2年10月18日民集44巻7号1021頁

 事案:訴外Aは、昭和20年代に某都営住宅に入居し、原告の東京都に賃料を払っていたが、某日に死亡した。その日以降、Aの孫であるY1は、Aから代襲相続によってこの都営住宅の使用権を相続したとして、占有を続けていた。また、Y1の甥であるY2は、Y1から承諾を受けたとしてこの都営住宅に同居していた。東京都は、Y1が東京都営住宅条例第14条の2(現在は削除されている)に規定される使用権の承継の許可を得ていないとして、建物の明渡を請求した。

 東京地判昭和63年12月22日民集44巻7号1026頁は東京都の請求を認めたのでY1およびY2が控訴したが、東京高判平成元年9月18日民集44巻7号1033頁は控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて、Y1およびY2の上告を棄却した。

 「公営住宅法は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであって(一条)、そのために、公営住宅の入居者を一定の条件を具備するものに限定し(一七条)、政令の定める選考基準に従い、条例で定めるところにより、公正な方法で選考して、入居者を決定しなければならないものとした上(一八条)、さらに入居者の収入が政令で定める基準を超えることになった場合には、その入居年数に応じて、入居者については、当該公営住宅を明け渡すように努めなければならない旨(二一条の二第一項)、事業主体の長については、当該公営住宅の明渡しを請求することができる旨(二一条の三第一項)を規定しているのである」から、「入居者が死亡した場合には、その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はないというべきである」。

 ▲既に、公法は国家と私人との権力関係を規定する法であると記したが、実は、公法は管理関係というものをも規律する(この場合は伝来的公法関係とも称される)。権力的な関係ではないが、契約締結の自由などが存在しない、または著しい制約を受けているという点において私法とは異なる関係のことで、主に国民の生存権の確保などを目的とするものである。

 

 5.契約の当事者の一方が行政法規に違反している場合の、私法上の効力の有無

 公法と私法との関係ということでは、「行政法規に違反する行為は、私法上、効力を有するのか?」という問題も重要である。よく引き合いに出される例として白タクの話がある。或る駅でタクシーを待っていたら、無許可のタクシー(白タク)がやってきて、それに乗ったところ、通常のタクシーより高い料金を支払わされた、とする。ここで、権利濫用(民法第1条第3項)や公序良俗(同第90条)などを問わないとすると、白タクに乗車して目的地まで行ってもらうという契約は有効なのであろうか。

 ここで、判例による考え方を示しておくと、公共の安全や秩序の維持を目的とする警察取締法規に違反した行為の場合は、私法上の効力は否定されない。これに対し、契約や取引の自由を規制することを目的とする統制法規に違反した行為の場合は、私法上の効力は否定される。

 (1)最二小判昭和35年3月18日民集14巻4号483頁(T−12)

 X社は、A社(食品衛生法による許可を受けている)の代表取締役であるY(食品衛生法による許可を受けていない)に対して精肉を売り渡した。しかし、Yは内金を支払ってはいたが、代金のうちの残りの部分を払っていなかった。Xは、その残りの部分と遅延損害金の支払いを求めた。これに対し、Yは、自らが食品衛生法による許可を受けていないこと、取引の当事者はXとAであってYではないことなどを理由として、売買契約が無効であると主張したが、判決は、食品衛生法を警察取締法規と理解した上で、この法律による許可を受けていない当事者との取引は、私法上の効力を否定されないと判示した。

 (2)最二小判昭和30年9月30日民集9巻10号1498頁(T−13)

 Xは煮干し鰯の売買について、当時の臨時物資需給調整法などによる資格を得ていなかった。XはYに煮干し鰯千貫を売り渡し、引渡しも済ませたが、Yが代金を支払わなかったので、Xが訴えを提起した。判決は、臨時物資需給調整法などを経済統制法規と理解した上で、この法律に定められた登録などを行っていない無資格者の取引は、私法上の契約としても無効である、と述べた。

 しかし、最近では、警察取締法規と統制法規との区別を絶対視しないという傾向がある。すなわち、警察取締法規に違反する行為が常に私法上有効であるとは限らないし、経済統制法規に違反する行為が常に私法上無効であるとも限らない。

 

 6.公法の規定により認められる(または禁止されていない)行為が私法に違反する場合の、私法上の効力の有無

 上記とは逆に、公法の規定において認められる、または禁止されていない行為が私法に違反する場合に、私法上の効力の有無が問題となる。例えば、建築基準法第65条に基づき、準防火地域において耐火構造の外壁による建築物が建てられたが、その建築物が民法第234条に違反する(境界線から外壁まで50cmも離れていなかった)という場合、その効力はどのようになるのであろうか。この問題については、次の二つの考え方が成り立ちうる。

 @建築基準法第65条は民法第234条に対する特別法であるから、相隣者の同意などがなくとも、建築基準法第65条に規定される要件を満たせば、民法上も建築は許される。民法第234条が木造建築物しかなかった頃に制定されたこと、建築基準法第65条は一定の要件の下で許容する規定の形であり、規制の形をとっていないこと、建築基準法に接境建築を禁止する規定が存在しないことなどが、理由としてあげられている。

 A建築基準法第65条は民法第234条に対する特別法ではない。従って、建築基準法第65条と民法第234条とは性質が全く異なる。建築基準法は行政法規であり、主に建築主事による建築確認の基準という意味を有するのに対し、民法は私人間の権利関係を調整するための基準という意味を持つ。そのため、前者によって許される建物であっても、後者に違反してはならない。民法第234条の目的は、隣地建物の建築や修繕の便宜、延焼の防止、日照や通風や採光などの環境利益の確保である。また、@の考え方をとると、結局、建物の建築や修繕に際して早い者勝ちということになる。

 この問題については、次の判決が参考になる。

 ■最三小判平成元年9月19日民集43巻8号955頁(T−8)

 事案:Yは、大阪市内の商業地域に土地を有していた。この地域は準防火地域(都市計画法第8条第1項第5号)であったため、Yは自己の所有地上において、外壁が耐火構造となっている建造物の建築に着手した。これに対し、隣地を所有するXは、Yの建造物が境界線から50センチメートル以上の距離を置いておらず、民法第234条に違反するとして、建物の一部収去および損害賠償などを求めて出訴した。これに対し、Yは上記@の見解を採って抗弁した。

 大阪地判昭和57年8月30日判時1071号95頁は、Yが「建築基準法六五条との関係においては、本件(一)建物の外壁を隣地境界線に接して建築することができる」としつつ、「民法二三四条一項と建築基準法六五条との関係についてみると、建築基準法六五条は防火という公共的観点から定められたものでありながら、同時に私人間の生活関係の規律に密着するものであり、一方、民法二三四条一項の規定は、接境建築の建物によって、隣地の採光、通風、隣地上の建物の築造、修繕の便宜、その他利用上の障害を与えないという相隣土地所有権者相互の土地利用関係を調整するために定められたものである。そうだとすれば、建築基準法により防火地域又は準防火地域として指定を受けた市街地内にある建築物で、その外壁が耐火構造のものについて、それだけで直ちに民法二三四条一項の適用が排除されるものではなく、土地の高度、効率的利用のため、民法二三四条一項が保護する前記相隣者間の生活利益を犠牲にしても、なお接境建築を許すだけの合理的理由、例えば相隣者間の合意とか、民法二三六条の慣習等がある場合に限ってはじめて、建築基準法六五条が民法二三四条一項に優先適用されるものと解するのが相当である」と述べ、本件については「接境建築を許すだけの合理的理由」がないと判断した。Yは控訴したが、大阪高判昭和58年9月6日民集43巻8号982頁は控訴を棄却した。そのため、Yが上告した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷(多数意見)は、次のように述べて上告を認容し、Xの請求を棄却した(上記@の見解を採ったこととなる)。

 「建築基準法六五条は、防火地域又は準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物について、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法二三四条一項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である。けだし、建築基準法六五条は、耐火構造の外壁を設けることが防火上望ましいという見地や、防火地域又は準防火地域における土地の合理的ないし効率的な利用を図るという見地に基づき、相隣関係を規律する趣旨で、右各地域内にある建物で外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができることを規定したものと解すべきであって、このことは、次の点からしても明らかである。すなわち、第一に、同条の文言上、それ自体として、同法六条一項に基づく確認申請の審査に際しよるべき基準を定めたものと理解することはできないこと、第二に、建築基準法及びその他の法令において、右確認申請の審査基準として、防火地域又は準防火地域における建築物の外壁と隣地境界線との間の距離につき直接規制している原則的な規定はない(建築基準法において、隣地境界線と建築物の外壁との間の距離につき直接規制しているものとしては、第一種住居専用地域内における外壁の後退距離の限定を定めている五四条の規定があるにとどまる。)から、建築基準法六五条を、何らかの建築確認申請の審査基準を緩和する趣旨の例外規定と理解することはできないことからすると、同条は、建物を建築するには、境界線から五〇センチメートル以上の距離を置くべきものとしている民法二三四条一項の特則を定めたものと解して初めて、その規定の意味を見いだしうるからである。」

 これに対し、伊藤正己裁判官は「建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途について公益の観点から最低の基準を定めているのであり(同法一条)、公法上の見地から規制を加えているのであって、法律全体としてみれば、私人間の権利を調整しているわけではない」と述べ、多数意見に反対した。

 

 7.公法と私法の区別についての小括

 以上のように、公法と私法という分類には、公法の適用範囲とされる事案について私法の適用があるのかという問題があり、適用される場面が少なからず存在するということになると、行政法は公法であるという主張の妥当性が疑わしくなってくる。そのため、最近では、公法と私法との分類を否定する見解が勢力を増しており、とくに、戦後生まれの世代による学説の多くが、こうした説を採るように思われる(定着したという評価も多く見られる)。少なくとも、かつてのように公法・私法二分論が強調されることは少なくなっている。

 例えば、公法上の不当利得というような観念は、無用のものである、公権論についても同様である、というような説明がなされている。行政事件訴訟法には、公法上の当事者訴訟という訴訟類型が規定されているが、制度的・手続的に民事訴訟と大差なく、利用件数も少ない。私も、公法・私法二分論には疑問を抱いているが、それでは行政法の特質とは何かという問題に、公法・私法二分論批判説が十分に答えているとも思えない。

 たしかに、公法・私法二分論によって全てを割り切ることはできない。行政法学においても、従来からの行政行為論などとともに、行政契約論、その他、私法的行為に関する議論がなされざるをえなくなっている。

 しかし、行政法において、民法や商法などと異なる部分が存在することは、否定のしようがないところであろう。少なくとも、行政法は、民法などの私法と異なることが多い。例えば、自動車の運転免許証の交付を、私法における契約などと同じように考えることはできない。対等な当事者間における関係は、運転免許証の交付という場面においては見られない。むしろ、自動車の運転は、本来ならば国民の権利・自由に属する行為とも考えられるが、安全・秩序の維持という観点から、法律によって一般的に禁止し、一定の要件を充たす場合に、その禁止を行政が運転免許証の付与によって解除するのであり、この点において行政側が国民に優越する位置に立っているのである(行政法学における許可)。このように、行政法は、それなりに民法などとは異なる法なのである、と言うことはできる。

 

 8.行政法の基本類型

 この回の最後に、行政法の基本類型をみておく。これは行政法学の体系上のものであり、多くの行政法学の教科書がこれに従っているものである。

 (1)行政組織法(機構法)

 法律制度の枠組自体を規律する法が組織法(機構法)である。例として、国家行政組織法、裁判所法をあげることができる。また、憲法も、国家の基本組織を定めるという意味において、これに含まれる。地方自治法も、組織法の一つである。

 行政組織とは、行政主体が行政を行うために設置した組織である。行政組織法は、国・公共団体などの行政主体の組織(単位たる行政機関の設置・廃止・構成)・権限、機関相互間の関係に関する規律、国・公共団体などの行政主体相互間の規律(行政主体相互間の事務の分担)を内容とする。また、厳密に言うならば行政組織に関する法とは言い難い部分もあるが、公務員に関する法も、行政組織法の一部である。

 なお、行政法学においては、行政活動を行うものと行政活動の相手方との法的関係を中心に据える。その場合の行政活動を行う側が行政主体である(行政体と表現する論者もある)。国、地方公共団体の他、行政事務を行う公法人(日本銀行など)、法律などに基づいて組合員のために特定の事業を行う公法人(土地改良区、土地区画整理組合など)も行政主体である。但し、行政主体であるか否かの判断が困難な場合もある。民生委員や行政相談委員は、公の活動を行うが行政主体でない。逆に、日本放送協会は、放送法などを通じて国の監督権を受ける(予算も国会の決議の対象となる)が公の活動を行うとは言えない。

 (2)行政作用法

 一般的に、社会において行われる個々の行為を規律する法が行為法(作用法)である。行政作用法は、国・公共団体などの行政主体と私人との間の、公法上の法律関係に関する規律を内容とし、行政が私人に対していかなる行為をなしうるか・なすべきか・なさざるべきかを規律する。

 行政作用法は、総論と各論とに分けられる。一般的に言われる行政法総論は、行政作用法総論を中心とする(論者によって、また、大学のカリキュラムによって範囲に違いがあり、行政法総論に行政救済法や行政組織法総論が入ることもある)。この講義ノートは、行政作用法のうち、総論を扱う。

 行政作用法総論は、各行政分野において用いられる作用または手段の共通性に着目し、これらを取り上げて研究をなそうとする分野である。行政裁量、行政行為、行政立法などを扱う。これに対し、行政作用法各論は、各行政分野(警察行政、財務行政、社会保障行政など)毎に行政作用を扱い、研究の対象とするものである。一般には行政法各論と言われる(実際には行政組織法各論というべき部分も入ってくる)。現在では独立した分野として扱われる租税法や教育法なども、元来は行政作用法各論として扱われていた。

 (3)行政救済法

 行政活動は、憲法・法律・条例に従って適切に行われなければならない。しかし、常に適法かつ正当に行われるとは限らない。違法または不当な行政活動によって国民の権利・自由が侵害されたり、侵害されるおそれが存在することもある。そこで、このような行政活動から国民の権利・利益を救済し、行政活動を統制するために作られるのが行政救済法である。行政救済法は、主に行政活動の事後的な統制に関する法である(国家賠償法、行政不服審査法、行政事件訴訟法など)。

 (4)行政手続法

 行政活動の事前的な統制に関する法である。行政行為がなされる段階を基準とすれば、事前的な段階における行政手続と事後的な段階における行政手続とが考えられるが、一般的には事前的な段階における行政手続を指し、行政手続法もその段階を規律するものと理解される。従来、行政法の基本類型の中に行政手続法は含められていなかったが、行政手続法は純粋な行政作用法と言い難いし、行政救済法とも異なる。そのため、ここでは、行政手続法を一つの基本類型としておく。

 

(2015年9月22日掲載)

(2017年10月26日修正)

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