第10回    行政行為論その2:行政行為の附款

  

   

 1.行政行為の附款(Nebenbestimmungen zu Verwaltungsakten)とは 

  行政庁が行政行為に示した主たる意思作用に付加される定めで、その内容が別に法律で定められていないものを、行政行為の附款という。法律において「条件」を付することができるとされることがあるが、この「条件」が附款である。

 法律において行政行為の効力の期限などが定められている場合に、これを法定附款と表現することがある。国家公務員法第59条第1項や地方公務員法第22条第1項に定められる条件附任用、道路交通法第92条の2に定められた自動車運転免許の有効期限がその例であるが、この概念を不要とする見解もある(私がその立場にある)。

 行政行為の附款は、日本の行政法学においてあまり論じられてこなかった部分であり、本格的に論じられるようになったのは1980年代に入ってからのことであるが、現在においても研究は少ない(この点、ドイツ行政法学は対照的である)。このこともあって、附款の概念や種別について、論者によって差があるものの、意識的に論じられることはほとんどなかった。

 

 2.附款の種別について

 附款の類別などについては説が分かれるが、理由などは論じられていない。最近は、次のうちの(1)〜(4)をあげる見解が多い〔私は(1)〜(5)を附款の類型と考えている)。

 (1)期限(Befristung)

 行政行為の効果を、将来発生することの確実な事実(期限事実)の発生(期限の到来)にかからせる意思表示である。「始期」(期限の到来によって行政行為の効果が発生するもの)および「終期」(行政行為の効果が期限の到来まで存続するもの)とがある。

 いつ発生するかはわからないが、発生することは確実であるという事実にかからせる意思表示も期限である。例えば、不吉な例だが「Aが死ぬ日に免許が失効する」という場合、Aの死そのものは確実に起こる。このようなものを不確定期限という。

 (2)条件(Bedingung)

 行政行為の効果を、将来発生することの不確実な事実(条件事実)の発生(条件の成就)にかからせる意思表示である。

 条件には、停止条件と解除条件との区別がある。停止条件は、条件の成就によって行政行為の効果が発生する場合をいい、解除条件は、行政行為の効果が条件の成就まで存続する 場合をいう。

 これとは別に、単純条件と随意条件との区別がある。重要なのは随意条件で、行政行為の効力の発生または消滅を、行政行為の相手方による何らかの行為にかからしめるものである。例えば、旧地方鉄道法の下で、免許を申請した会社が一定の期間内に路線の建設に着手しなかった場合にはその路線の免許が失効するという趣旨の解除条件が付され、実際に工事に着手できなかったために免許が失効したという事案が多い。負担とは異なる意味において、随意条件には相手方に対する義務づけの機能が認められる訳である。

 (3)撤回権の留保(Widerrufsvorbehalt)

 文献によっては「取消権の留保」と表現される場合もある。しかし、ここで留保されるのは撤回権であって取消権ではない。

 撤回権の留保は解除条件の変種であり(ドイツにおいては当然のこととされている)、行政行為の効力の消滅を行政庁の撤回にかからしめるという意思表示である。この撤回は、当然、将来の不確定の時点におけるものであり、撤回されないということもありうる。すなわち、あらかじめ、撤回の可能性をほのめかしておくという訳であり、相手方に対する拘束力は最も強いとも言える。

 (4)負担(Auflage)

 民法では負担付贈与(同第551条第2項、第553条、第1038条)に登場する程度であり、総則においてもあげられていないので、あまり利用されることがないものと思われるが、行政法では事情が異なり、よく利用されるものである。

 負担とは、主たる行政行為の相手方に対して何らかの義務づけ(作為・不作為・受忍・給付など)を行うものをいう。主たる行政行為の効力と負担の効力は同時に発生し、負担の不履行は当然に行政行為の効果の消滅につながる訳ではない(撤回の理由にはなりうる)。

 実際には、日本の法令において負担も「条件」と表現されていること、「条件」の文言において行政庁の意思が十分に示されない場合が多いこと、などの理由により、概念上は条件と負担とを区別しうるとしても、実際には区別がつきにくいことが多い。

 例えば、公衆浴場の営業許可に「許可の日より一年以内に釜の構造を送り込み式又は男女別二本差込式に改造すること」という「条件」が付いたとすると、この「条件」の性質は条件なのか、負担なのか。

 停止条件であるとすれば、許可を受けた者が1年以内に改造をしなければ、許可の効力は生じない(このような趣旨の停止条件を付す場合は僅少と思われる)。

 解除条件であるとすれば、許可を受けた者が1年以内に改造をしなければ、許可は失効してしまう。但し、改造しなかったからといって強制執行の対象になったり撤回の対象になったりはしない。

 負担であるとすれば、営業許可自体は許可の日から効力を生じる。そして同時に改造の義務を負う。改造が命じられたにすぎないから、1年以内に改造しなかったからといって直ちに許可が失効する訳ではない。改造しなければ、強制執行の対象となるか、撤回の対象となるかということはありうる。

 (5)負担留保(Auflagenvorbehalt)

 行政庁が行政行為をなす際に、事後に負担を付すこと、または行政庁が既に行政行為をなす際に付加した負担を事後に変更し、もしくは別に負担を補充することを留保するというもの。将来の或る不特定の時点において行政行為の相手方に何らかの義務づけをなすものである。ドイツの連邦行政手続法第36条第2項第5号によって規定されて おり、日本においては河川法第75条の例がある。

 (6)法律効果の一部除外

 主たる行政行為に付加して、法令が一般にその行政行為に付した効果の一部の発生を除外するものと説明される。とくに法律の根拠が求められる。以前から附款としない説が多く、最近ではその傾向が強いが、時折、国家U種や地方上級などで登場することがある。

 

 3.行政行為に附款を付しうる場合

 この点についても、学説や判例においてあまり論じられていないが、一般的に説かれているところを記しておく。

 (1)附款も行政庁の意思表示であるため、法律行為的行政行為にのみ付しうる(伝統的な見解)。

 (2)行政行為の附款は、行政による裁量権行使の一環として論じられる。従って、裁量行為に関する一般的な制約がそのまま妥当する。

 (3)法律によって「条件を付することができる」と定められることが多いが、明文の規定がなくとも行政庁の裁量が認められる場合には附款を付しうる。但し、法律の規定に抵触してはならないし、法律の定める目的を逸脱してはならない。また、行政行為本体の目的に照らして必要な限度を超えてはならない。

 なお、行政行為の附款について、詳細は、次の拙稿を参照。

 「行政行為の附款の法理・序説」早稲田大学大学院法研論集第75号(1995年)297

 「行政行為の附款の境界―『制限』の体系と行政行為の附款―」早稲田大学大学院法研論集第76号(1996年)201

 「行政行為の附款の機能」早稲田法学会誌第46巻(1996年)99

 「行政行為の附款の許容性(一)―行政裁量論の一環として―」早稲田大学大学院法研論集第77号(1996年)237

 「行政行為の附款の許容性(二)―行政裁量論の一環として―」早稲田大学大学院法研論集第78号(1996年)195

 「行政行為の附款の許容性(三)―行政裁量論の一環として―」早稲田大学大学院法研論集第79号(1996年)287

 「行政行為の附款の許容性(四・完)―行政裁量論の一環として―」早稲田大学大学院法研論集第80号(1997年)329頁

 

 4.附款と争訟

 (1)附款が違法である場合に、行政行為本体も違法とされるのか。

 (2)附款が違法である場合に、附款だけの取消を請求することは可能か。

 学説の議論もあまりないし、判例も非常に少ない。一般的な学説によると、附款と行政行為本体とが不可分一体というようなものであれば、附款の違法は行政行為の違法につながるということになる。従って、附款だけの取消を請求することはできないということにある。これに対し、負担は、行政行為の本体との関係がそれほど密ではないので、行政行為本体とは独立して違法性を生じ、負担だけについての取消請求も可能であると解される。

  

(2015年11月30日掲載)

(2017年12月20日修正)

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