第14回    行政契約

 

 

 1.行政契約の意義

 行政契約(Verwaltungsvertrag)とは、簡単に言えば、行政主体が締結する契約のことである。行政主体と私人との間で行われる権利変動の行為形式の一つで、双方行為の性質を有する

 ※芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕(2006年、有斐閣)238頁が指摘するように、行政行為は行政庁の行為とされ、行政契約は行政主体(国、都道府県、市町村など)の行為とされる。なお、芝池義一『行政法読本』〔第3版〕(2013年、有斐閣)183頁を参照。

  現在の行政法学では行政契約または行政上の契約として一括されるが、かつては公法契約と私法契約とに分けられるのが一般的であっ た。公法契約は、その名の通り、公法による契約のことで、公務員の勤務契約、公共用地取得のためになされる土地収用法上の協議などが該当する。これに対し、私法契約は、やはり名前の通り、私法(民法など)による契約のことで、物品納入契約、建築請負契約、交通・郵便・電話などの利用関係などが該当する(但し、特別法の規定があれば別である)

  ※国または地方公共団体の契約についての第一の参考書として、碓井光明『公共契約法精義』(2005年、信山社)をあげておく。

 実は、現在も、公法契約と私法契約との分類は、行政事件訴訟法第4条・第39条において公法上の当事者訴訟が予定されていることから、全く無意味ではない。しかし、両者の区別は困難である。また、公法上の当事者訴訟があまり利用されておらず、民事訴訟と区別しがたい点もある。

 行政契約の例としては、次のようなものがあげられる。

  @都営地下鉄、都営バスなど:事業主体は東京都交通局であり、請負契約(運送契約)ということになる。

 A官公庁などの建物の建築工事 :民法上の請負契約による。

 B水道事業 :水道法により、給水契約という方式による。

 C道路などを建設するための用地取得:ほとんどの場合は民事上の売買契約による(それでも取得できないときに、土地収用法に基づく収用裁決という行政行為が登場する)。

 D開発などの際に納入を要請される負担金:これは、宅地開発要綱などに基づく行政指導の結果として、開発業者などが行政主体に対して支払うものであるが、贈与契約の形をとることとなる。

 また、行政契約でも可能と考えられるものの例をあげておく。

 @補助金の交付 :これは法律の定め方による。現行の補助金適正化法は、補助金の交付決定を行政行為と位置づけている。

 A公務員の任用(採用): 現在では一般的に相手方の同意を要する行政行為(特許に該当する)と考えられているが、公法上の契約と解する考え方も少数ながら存在する(ちなみに、民間企業の場合、労働基本法によって契約とされている)。

 

 2.行政契約の種類・分類

 行政契約には様々な種類があり、分類の方法も論者によって異なる。以下は、塩野宏『行政法T』(第五版補訂版)〔2013年、有斐閣〕189頁以下の分類による。

 @「準備行政における契約」

  「物的手段を整備する行為」に関する契約のことであり、基本的に民法上の手法が利用される。売買契約や請負契約である

 ※芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕240頁にいう「行政の手段調達のための契約」や「財産管理のための契約」も、塩野教授のいう「準備行政における契約」と同旨と思われるが、「公務員の雇用契約」や「私人への事務の委託の契約」が「行政の手段調達のための契約」に含められている。なお、芝池義一『行政法読本』〔第3版〕184頁の分類も参照。

  但し、土地収用法が利用される場合もあり、会計法・国有財産法・物品管理法・地方自治法というような特別法が適用される場合もある。また、公金の支出を伴うため、入札など、民法上の契約の原理が修正されることがある。従って、契約の締結に際して行政主体の裁量権が問題となる場合がある 。

 ●最三小判平成16年7月13日民集58巻5号1368頁 (T―5)

 事案:名古屋市は、1989(平成元)年に世界デザイン博覧会を開催した。同市は財団法人世界デザイン協会を設立しており、その会長には名古屋市長が、副会長には市助役が、監事には市収入役が就任した。この博覧会は、当初の予想よりも入場者数が下回り、赤字が予想されたので、博覧会で使用された諸施設や諸物件の売却のための契約が、市と同協会との間で結ばれた。その際、議会の議決を回避するために50の契約に分割されている。

 これに対し、名古屋市の住民が契約の不当性を主張して、市長、市助役、市収入役、同協会を被告として住民訴訟を提起した。一審判決は、各契約(一部を除く)が民法第108条の類推適用によって無効であると判断し、損害賠償請求、不当利得返還請求を認めた。二審判決は、契約については名古屋市議会の議決が行われたことで追認があったとした上で、契約の一部に裁量権の逸脱・濫用があったと認め、同協会の残余財産を限度とする損害賠償責任を認めた。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、一部を破棄自判し、一部を破棄差戻しし、一部について上告を棄却した。判決理由においては、普通地方公共団体の長が普通地方公共団体を代表して契約の締結を行う際には民法第108条が類推適用され、さらに普通地方公共団体の長が相手方をも代理または代表して契約を締結した場合には同第116条が類推適用される、と述べられている。そして、市が同協会に委ねた事務を処理するために必要とされ、同協会の基本財産と入場料収入などのみでは賄い切れないものを補填することが不合理でないとも述べられている。そして、結局、行政契約の締結についても一定の裁量権を認めている。 

 A「給付行政における契約」

  「特別の規定がない限り、契約方式の推定が働く」が「法律の特別の規定において、契約ではなく、行政行為による権利変動が予定されていることがある点に注意しなければならない」 (塩野・前掲書190頁)。

  行政行為とされている例として、補助金適正化法による補助金交付決定、地方自治法第244条の2による公の施設の利用関係、国民年金法第16条、厚生年金保健法第32条がある。介護保険法においては行政行為、行政契約などの複数の行為形式が組み合わされている。

 契約による場合であっても、平等原則が適用され(差別的取り扱いの禁止)、供給義務を課す場合がある。この場合は、契約の解除についても法的な制約が課されることになる。なお、私企業であっても、同じような義務が課される場合がある (電気事業法第18条、電気通信事業法第25条、ガス事業法第16条、水道法第15条)。

 この点で、とくに問題とされてきたのが、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の解釈である。

 ●最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13

 事案:福岡県糟屋郡志免(しめ)町は、福岡市に隣接しており、人口が急増していたが、地形の関係などにより、水道の水源を新たに確保することが難しいという状況にあった。このため、志免町は給水規則を改正し、一定の戸数を超える共同住宅などについては給水を拒否するというような規定を置いた。不動産会社のXは同町内にマンションの建設を計画し、420戸分の給水契約を申し込んだが、志免町はこの契約の締結を拒否した。そこで、Xは、この給水拒否が水道法第15条第1項にいう「正当の理由」に該当しないとして出訴した。福岡地方裁判所はXの主張を認めたが、福岡高等裁判所はX敗訴部分を取り消したので、Xが上告した。

 判旨: 最高裁判所第一小法廷は、「正当の理由」について「水道事業者の正常な企業努力にもかかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指す」と述べた上で、給水契約の申込みが、水道事業者である町の「適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないものである場合」には給水契約の締結を拒否することの「正当の理由」があると述べた。結局、 Xの上告は棄却されている。

 判決において、水道事業者には第一に給水量を可能な限り増やすことが求められると述べられているが、それでも深刻な水不足が不可避であるような場合に、給水拒否を認めることの「正当の理由」がある、ということになる。第15回において取り上げる最二小決平成元年11月8日判時132816頁と比較していただきたい。

 また、給付行政については、民間委託が行われることが多いが、その委託も契約によりなされる (最一小判昭和481210日民集27111594を参照)。

 B「規制行政における契約」

  規制行政において、基本的には行政行為が多用される。また、法律による行政の原理が強く妥当する分野については、行政契約を用いることはできないというのが原則である。 しかし、行政契約を規制行政の場で用いることが全く不可能であるという訳ではない。

 規制行政における行政契約の典型例として、公害防止協定がある。これは、元々、国の環境保護法などが不十分であった時代に、大気汚染などの拡大を防止するため、関係企業と締結したものである。現在は法的拘束力を認める見解が有力であるが、契約違反の故に刑罰を科したりすることはできない。また、実際には協定において職員の立入検査権や操業の一時停止などの措置を規定する例が存在するが、ここまで認めるならば、契約によって公権力の行使の場を生み出すことになり、問題がある。

 別の例としては、宅地開発許可の際に要請される開発協力金・開発負担金の納付契約や、公用負担契約がある。

 ※開発協力金や開発負担金については、地方公共団体が要綱に従って行政指導を行い、相手方の協力によって実現するというのがこれまでの一般例であった。

 公用負担契約とは、私人の土地の上に公共施設を設置する場合の契約で、土地の所有者である私人の承諾を受けた上で契約を締結し、所有権について公用目的を達成する限りにおける制約を課するものである。

 C「行政主体間の契約」

 これについては、いくつかの種類がある。

 まず、民事法の契約である場合が存在する。例として、国有財産である土地を地方公共団体に売却する場合(払い下げ)をあげることができる。

 次に、行政主体間における事務の委託(事務委託)が存在する。一般的な規定として地方自治法第252条の14があり、個別分野の例として学校教育法第40条第1項がある。

 この他、地方公共団体の事務を共同で処理する方法がある。地方自治法には、組合(第284条)、協議会(第252条の2)、委員会などの共同設置(第252条の7)などが規定されている(契約ではなく、合同行為という性格を有する)。

 ※合同行為とは、公益法人の設立などにみられるように、複数の当事者が同一の目的・利益のために行う法的行為のことである。

 

 3.行政契約と法律の根拠

  行政契約に法律の根拠が必要か否かは、一概に言うことができない。場合を分けた上で考察をなす必要がある。ここでは、上述の分類に従い、検討を進める。

  @「準備行政における契約」

 基本的に民法の法理論が適用されるので、個別の契約について法律の根拠は必要とされない。但し、国有財産や公有財産の管理については特別の法律が存在する (国有財産法など)。

 A「給付行政における契約」

  これについても一概に言えないが、補助金交付契約については原則として法律の根拠を必要とするという考え方がある(芝池・前掲書245頁。妥当な考え方であろう)。

 B「規制行政における契約」

  基本的には行政行為によることになるが、契約が許される場合(例、公害防止協定)には、法律の根拠は不要であると解されている。これに対し、宅地開発許可の際に要請される開発協力金・開発負担金の納付契約のようなものについては、法律の根拠が必要であると考えられている。

 C「行政主体間の契約」

 まず、民事法の契約による場合には、法律の根拠は必要とされない。但し、国有財産法、会計法、地方自治法などによる規律をうけることとなる。

 次に、事務委託は、民法上の委託とは意味を異にし、事務処理の権限が全て受託者に移る。すなわち、法律による権限配分に変動を及ぼすことになる。このため、法律の根拠を必要とする。

 

 4.行政契約と訴訟

 行政契約を裁判で争う場合には、原則として、民事訴訟か公法上の当事者訴訟による こととなる。抗告訴訟は行政庁の「処分」を争うものであり、行政契約は「処分」に該当しないからである。しかし、形式的行政処分として、法律の規定により取消訴訟によらなければならない場合があり、さらに、取消訴訟を提起する前に行政不服審査を経なければならない場合もある。

 

 5.Private Finance Initiative (PFI)

 これは、元々イギリス法の制度であり、公共施設の設置・管理を、設計から管理に至るまで民間事業者に一括して委ねる方式である(従来は、建設、管理などが分断的な形で委託されていた)。 日本においては、 民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(平成11年法律第117号)が制定され、この法律に基づいてPFIが行われることとなる。但し、この法律においては「準備行政における契約」および「給付行政における契約」の領域のみが対象とされている。

 

(2013年4月23日掲載)

(2013年5月1日修正)

(2013年12月26日修正)

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