第20回    行政調査

 

 

 1.行政調査とは何か

 行政調査とは、簡単に言えば行政活動の一環としての調査のことであるが、厳密に定義がなされている訳ではない。行政調査を広く捉えるならば、 国勢調査などの統計調査も含まれるが、行政法学や租税法学でとくに問題となるのが、税務調査など、特定の具体的処分の前提となる(あるいは関連する)ものである。調査には質問・立入・検査などの態様があり、任意調査(事実行為)、実効性が刑罰によって担保されるもの、物理的実力行使が認められるものなどがある

 ※かつて、行政調査は即時強制の箇所において扱われていた。しかし、最近は、租税法学の影響もあり、行政調査を独立した項目として扱うのが一般的である。行政調査の中には、後に触れるように、「直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現すること」という即時強制の定義に沿うものもあるが、沿わないものもあるので、即時強制とは異なる制度として扱うのが妥当であろう。なお、現在は行政調査を情報の収集・管理の一環として理解することも多い。

 

 2.行政調査の種類

 既に述べたように、行政調査について厳密な定義がなされていないこともあって、行政調査と位置づけられるものは多い。ここで、宇賀克也『行政法概説I行政法総論』〔第5版〕(2013年、有斐閣)148頁を参照しつつ、一応の分類を試みる。

 @純粋な任意調査

 法的拘束力を欠き、相手方が調査に応ずるか否かを任意に決めることができるものである。事実行為に留まり、相手方には何らの協力義務もないため、行政作用法上の根拠を必要としない。

 A相手方について調査に応ずる義務が法定されているが、その義務を強制する仕組みがないもの(警察官職務執行法第6条第2項など)

 B相手方が調査を拒否した場合には給付が拒否されるというもの(生活保護法第28条など)

 C相手方が調査に応じない場合、または応じたとしても十分な資料を提示しない場合には、相手方自身に不利益な事実があったとみなされるというもの

 D間接的強制調査(準強制調査)

 相手方が調査を拒否した場合には罰則(刑罰など)が適用されることにより、間接的に調査の受諾を強制するものである。言い換えれば、質問検査権の行使の相手方は、質問に答えるか否か、検査に応ずるか否かについて、一応の自由を有するが、検査の拒否、妨害または忌避に対しては刑罰が科される。実効性が罰則によって担保されることにより、行政調査の妨害が防止されるのである。

 注意しなければならない点は三つある。第一に、あくまでも間接的に調査の受諾を強制するものであるから、相手方の抵抗(質問への無回答、資料の提示・提出の拒否など)を排除して調査を継続し、臨検、捜索、押収などをなしうるものではない。

 第二に、間接的強制調査の権限を犯罪捜査のために行うことは許されない※。

 ※なお、国税犯則取締法第1条もこの種の調査を規定するが(罰則は国税犯則取締法第19条ノ2で、間接国税に限られている)、上記のものと違い、当初から犯則調査を目的としている。この場合、検査の相手方には受忍義務が課されることとなるが、その相手方に直接、検査を強制する方法は規定されていない。

 第三に、実効性を罰則により担保するという性格を有するため、行政作用法上の根拠を必要とする。

 この種の行政調査を代表するのが、国税通則法第7章の2(第74条の2以下)に規定される税務調査であり、罰則は同第127条第2号および第3号に定められる。ここでは、第74条の2、第74条の8および第127条を紹介しておく。

 第74条の2:「国税庁、国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の当該職員にあつては、消費税に関する調査を行う場合に限る。)は、所得税、法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件(税関の当該職員が行う調査にあつては、課税貨物(消費税法第二条第一項第十一号(定義)に規定する課税貨物をいう。第四号イにおいて同じ。)又はその帳簿書類その他の物件とする。)を検査し、又は当該物件(その写しを含む。次条から第七十四条の六まで(当該職員の質問検査権)において同じ。)の提示若しくは提出を求めることができる。

 一 所得税に関する調査 次に掲げる者

  イ 所得税法の規定による所得税の納税義務がある者若しくは納税義務があると認められる者又は同法第百二十三条第一項(確定損失申告)、第百二十五条第三項(年の中途で死亡した場合の確定申告)若しくは第百二十七条第三項(年の中途で出国をする場合の確定申告)(これらの規定を同法第百六十六条(非居住者に対する準用)において準用する場合を含む。)の規定による申告書を提出した者

  ロ 所得税法第二百二十五条第一項 (支払調書)に規定する調書、同法第二百二十六条第一項から第三項まで(源泉徴収票)に規定する源泉徴収票又は同法第二百二十七条から第二百二十八条の三の二まで(信託の計算書等)に規定する計算書若しくは調書を提出する義務がある者

  ハ イに掲げる者に金銭若しくは物品の給付をする義務があつたと認められる者若しくは当該義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭若しくは物品の給付を受ける権利があつたと認められる者若しくは当該権利があると認められる者

 二 法人税又は地方法人税に関する調査 次に掲げる者

  イ 法人(法人税法第二条第二十九号の二(定義)に規定する法人課税信託の引受けを行う個人を含む。第四項において同じ。)

  ロ イに掲げる者に対し、金銭の支払若しくは物品の譲渡をする義務があると認められる者又は金銭の支払若しくは物品の譲渡を受ける権利があると認められる者

 三 消費税に関する調査(次号に掲げるものを除く。) 次に掲げる者

  イ 消費税法の規定による消費税の納税義務がある者若しくは納税義務があると認められる者又は同法第四十六条第一項(還付を受けるための申告)の規定による申告書を提出した者

  ロ イに掲げる者に金銭の支払若しくは資産の譲渡等(消費税法第二条第一項第八号に規定する資産の譲渡等をいう。以下この条において同じ。)をする義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭の支払若しくは資産の譲渡等を受ける権利があると認められる者

 四 消費税に関する調査(税関の当該職員が行うものに限る。) 次に掲げる者

  イ 課税貨物を保税地域から引き取る者

  ロ イに掲げる者に金銭の支払若しくは資産の譲渡等をする義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭の支払若しくは資産の譲渡等を受ける権利があると認められる者」

 (長らく、税務調査は、所得税法第234条第1項、法人税法第153条、相続税法第60条第4項など、個別の租税実体法に規定されていた。)

 第74条の8:「第七十四条の二から前条まで(当該職員の質問検査権等)の規定による当該職員の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない。」

 (かつては所得税法第234条第2項、法人税法第156条、相続税法第60条第4項などが、この旨を定めていた。)

 第127条:「次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 一 第二十三条第三項(更正の請求)に規定する更正請求書に偽りの記載をして税務署長に提出した者

 二 第七十四条の二、第七十四条の三(第二項を除く。)、第七十四条の四(第三項を除く。)、第七十四条の五(第一号ニ、第二号ニ、第三号ニ及び第四号ニを除く。)若しくは第七十四条の六(当該職員の質問検査権)の規定による当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又はこれらの規定による検査、採取、移動の禁止若しくは封かんの実施を拒み、妨げ、若しくは忌避した者

 三 第七十四条の二から第七十四条の六までの規定による物件の提示又は提出の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じず、又は偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類その他の物件(その写しを含む。)を提示し、若しくは提出した者」

 (かつては所得税法第242条第8号、法人税法第162条第2号、相続税法第60条第1項など個別の租税実体法に罰則が定められていた。)

 E実力行使が認められる強制調査(純粋な強制調査)

 物理的な実力行使が認められる、すなわち、相手方の抵抗を排除して行いうる調査である。当然のことながら、行政作用法上の根拠を必要とする。

 国税犯則取締法第2条第1項:「収税官吏ハ犯則事件ヲ調査スル為必要アルトキハ其ノ所属官署ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ノ許可ヲ得テ臨検、捜索又ハ差押ヲ為スコトヲ得」

 同第2項:「前項ノ場合ニ於テ急速ヲ要スルトキハ収税官吏ハ臨検スヘキ場所、捜索スヘキ身体若ハ物件又ハ差押ヲ為スヘキ物件ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ノ許可ヲ得テ前項ノ処分ヲ為スコトヲ得」

 同第3項:「収税官吏第一項又ハ前項ノ許可ヲ請求セントスルトキハ其ノ理由ヲ明示シテ之ヲ為スヘシ」

 同第4項:「前項ノ請求アリタルトキハ地方裁判所又ハ簡易裁判所ノ裁判官ハ臨検スヘキ場所、捜索スヘキ身体又ハ物件、差押ヲ為スヘキ物件、請求者ノ官職氏名、有効期間及裁判所名ヲ記載シ自己ノ記名捺印シタル許可状ヲ収税官吏ニ交付スヘシ此ノ場合ニ於テ犯則嫌疑者ノ氏名及犯則事実明カナルトキハ裁判官ハ此等ノ事項ヲモ記載スヘシ」

 同第5項:「収税官吏ハ前項ノ許可状ヲ他ノ収税官吏ニ交付シテ臨検、捜索又ハ差押ヲ為サシムルコトヲ得」

 この規定から明らかであるように、「収税官吏」は、裁判官の許可(令状。許可状という)を得て収税官吏が臨検や捜索、または差押えを行う(最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁を参照。この場合は、行政事件訴訟法により、差押えの処分に対する取消訴訟を提起しなければならないことになる)。

 国税犯則取締法第2条による手続は、実質的に刑事訴訟法による手続と同質のものである。しかし、「証拠の収集と判定について特別の知識と経験を必要とすること」、および「犯則事件の発生件数がきわめて多く、その処理を検察官の負担にまかせることが実際問題として困難なこと」から、収税官吏により行われるものとされている※。

 ※金子宏『租税法』〔第二十版〕(2015年、弘文堂)1001頁。

 また、最一小判昭和63年3月31日判時1276号39頁は「収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許される」と述べる。すなわち、国税犯則取締法に規定される犯則調査により得られた資料を課税処分のために用いることは許される

 

 3.任意調査の範囲

 ●最三小判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁

 事案:本件の被告人は、東京都内で手製爆弾を警察官らに対して投げつけて傷害を負わせた他、鳥取県某市内のA銀行B支店で金銭を強奪し、逃走した。被告人は岡山県に逃走したため、同県のC警察署は緊急配備体制を敷いたところ、被告人が乗用車でD交差点付近を走行していたので、C警察署は検問を行い、被告人に対して免許証の提示を求め、職務質問を行った。被告人がボーリングバッグとアタッシュケースを持参していたため、警察官らは開披を求めたが被告人が拒否したため、被告人にC警察署への同行を求めた。警察官が被告人の同意を得ずにボーリングバッグとアタッシュケースを開けたところ、A銀行B支店の帯封がなされた札束などが見つかり、被告人は緊急逮捕された。

 東京地判昭和50年1月23日判時772号34頁は被告人に対して懲役17年の判決を言い渡した。被告人が控訴したが、東京高判昭和52年6月30日判時866号180頁は控訴を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、被告人の上告を棄却した。

 判旨:「警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである」。本件の場合は、被告人が「警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為である」。

 ●最一小判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁(T―112)

 事案:警察官が、覚醒剤中毒者と疑わしき人物Xに対して職務質問を行い、所持品の提示を求めた。Xは目薬などをポケットから出したが、警察官は他に疑わしきものがあるとして提示を求めた。Xは拒んだが、警察官はポケットに手を入れ、注射針と粉末入りのちり紙の包みを出した。この粉末を検査したところ、覚醒剤であることが判明し、Xを覚醒剤不法所持の現行犯として逮捕した。

 この事件において、Xは覚せい剤取締法違反の他に有印公文書偽造、同行使、道路交通法違反に問われていた。裁判では、警察官がXの承諾を得ないままポケットを捜索して差し押さえた物の証拠能力が争われ、大阪地判昭和50年10月3日刑集32巻6号1760頁および大阪高判昭和51年4月27日刑集32巻6号1765頁は証拠能力を否定してXを無罪としたが、最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて本件を大阪地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである」(前掲最二小判昭和53年6月20日を参照)。本件の場合はXに対する所持品検査の必要性および緊急性は是認しうるが、許容限度を逸脱したものと解すべきであり、「右逮捕に伴い行われた本件証拠物の差押手続は違法といわざるをえない」。但し、職務質問の要件は存在し、かつ所持品検査の必要性および緊急性は認められており、許容限度を僅かに超えていたのであって、「令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、また、他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても相当でないとは認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである」。

 ●最三小決昭和55年9月22日刑集34巻5号272頁(T―113)

 →第4回において扱った。自動車の一斉検問の法的根拠を警察法第2条第1項と解する。

 

 4.行政調査の要件や手続の問題

 @行政手続法には、行政調査に関する一般的規定は存在しない(行政手続法第3条第1項第14号を参照すること)。

 A任意的手段による限りであっても、所掌事務と関係のない調査は許されない。この点において、一部の省庁で行われている、情報公開法に基づく開示請求に際しての法定事項以外の請求者の属性調査・情報収集は所掌事務の範囲を超えており、 情報公開法の趣旨に反するため、違法ではないかと考えられる。

 B間接的強制調査

 このような場合、調査手続の問題もあるし、憲法第31条、第35条、第38条に違反するかも問題となる。税務調査についての事案が参考となるので、ここで取り上げておこう。

 ●最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁(川崎民商事件、T―109)

 事案:当時の川崎税務署長は、川崎民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いを抱いた。そこでYの帳簿書類などを検査しようとしたが、Yはこれを拒んだ。そのため、Yは所得税法に規定される検査拒否罪で起訴された。第一審、第二審ともにYを有罪としたので、Yは上告したが、最高裁判所大法廷は、次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:「憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」。しかし、税務調査が「あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはでき」ない。また、税務調査は、専ら「所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもな」く、公益上の必要性と合理性が認められる。さらに、「憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべき」であり、「右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする」が、税務調査は「憲法三八条一項にいう『自己に不利益な供述』を強要するものとすることはでき」ない。

 ●最三小決昭和48年7月10日刑集27巻7号1205頁(荒川民商事件、T―110)

 事案:荒川税務署は、荒川民主商工会員の被告Yの所得税確定申告に過少申告の疑いがあるとして調査官を派遣した。しかし、Yは息子とともに、調査官に対して調査には応じられないとして調査官を追い返したため、所得税法に規定される不答弁罪および検査拒否罪にあたるとして起訴された。第一審はYを無罪としたが、第二審は有罪としたため、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷は、決定で次のように述べて上告を棄却した。

 判旨:所得税法第234条第1項は「客観的な必要性があると判断される場合に」職権調査の一つとして質問や検査を行う権限を認めたものであり、「質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされているものではない」。

 ●最三小判昭和59年3月27日刑集38巻5号2037頁

 憲法第38条第1項が供述拒否権(黙秘権)の告知を義務づけるものではないと理解した上で、国税犯則取締法に供述拒否権(黙秘権)に関する規定がなく、収税官吏が質問の際にあらかじめ供述拒否権(黙秘権)の告知をしなかったからといって、憲法第38条第1項に違反するものではない、と述べている。同趣旨の判決は他にも存在する※。

 ※現在、国税通則法には「納税義務者に対する調査の事前通知等」を定める規定として第74条の9が置かれている。同第74条の10もあわせて参照されたい。

 C質問検査権の行使(間接的強制調査)と犯則調査(実力行使を伴う強制調査)との関係

 既に引用したところから明らかであるように、国税通則法第74条の8は、質問検査権を犯罪捜査のために利用してはならないという趣旨の規定である。すなわち、当初から犯罪を捜査するために税務調査を行ってはならないのである。しかし、質問検査権を行使して税務調査を進めるうちに、何らかの犯罪容疑を裏付ける事実が発見されることもありうる。このような場合、行政調査によって得られた資料を犯則調査に利用することが可能であるのかが問題となる。

 このような行政調査(税務調査)について、犯罪捜査のために行うことは許されないという前提があるからには、仮に行政調査(検査の拒否、妨害または忌避に対する罰則を伴う)によって得られた資料を犯則調査に利用できるとすれば、憲法第38条第1項の趣旨に反することになるため、税務調査で得られた供述を犯則調査に利用し、さらに刑事裁判で証拠とするのは許されない、という考え方もある

 ※川出敏裕「税法上の質問検査権限と犯則事件の証拠」ジュリスト1291号200頁、およびそこに掲げられた諸文献を参照。

 しかし、判例は異なる態度をとる。

 ●最二小決平成16年1月20日刑集58巻1号26頁(T―111)

 事案:X1社、X2社の統括管理者は、X2社の代表取締役にしてX1社の実質的経営者であるX3と共謀し、両社の売り上げを一部除外した上で架空の経費を計上するなどの方法によって所得を秘匿し、平成元年から平成4年までの事業年度にわたり、合計で2億9000万円ほどの法人税を免れた、として起訴された。

 問題となったのは、この起訴に至る経緯である。高松国税局調査査察部は、X1社およびX2社に対して内偵立件の決議を行い、この両社と取引関係にある者の課税実績に関する情報を収集していた。X3は税理士と相談し、その税理士が今治税務署に行き、修正申告の可否などについて相談を行った。同じ日に、今治税務署副所長と統括国税調査官が協議を行い、2名の税務署職員を調査に赴かせた。彼らは税理士の立会いの下、X1社およびX2社の事務所において調査を行い、質問などを行うとともに帳簿を預かり、預金残高に関するメモや集計票の写しを受け取り、今治税務署に戻った。統括国税調査官は、査察による調査が必要であると判断し、高松国税局調査査察部の統括主査に対して過少申告などを報告した。高松国税局調査査察部は、査察立件決議を行い、高松簡易裁判所に、X1社およびX2社の事務所などを臨検場所とする臨検・捜索・差押許可状の発布を請求した。高松簡易裁判所が許可状を発布し、その翌日に高松国税局調査査察部は証拠品を押収した。

 この事件においては、最初に税務調査が行われ、そこで得られた資料を基にして国税犯則調査が行われていたことになる。そのため、税務調査が国税犯則調査の手段として利用されたとして、法人税法第156条・第163条、憲法第31条・第35条・第38条に違反するという主張が、弁護人からなされた。しかし、松山地判平成13年11月22日判タ1121号264頁は弁護人の主張を退け、X1社、X2社およびX3の全員を有罪とした。高松高判平成15年3月13日判時1845号149頁は全員の控訴を棄却し、最高裁判所第二小法廷も全員の上告を棄却した。

 判旨:「法人税法(平成13年法律第129号による改正前のもの)156条によると、同法153条ないし155条に規定する質問又は検査の権限は、犯罪の証拠資料を取得収集し、保全するためなど、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使することは許されないと解するのが相当である。しかしながら、上記質問又は検査の権限の行使に当たって、取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに、上記質問又は検査の権限が犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行使されたことにはならない」。

 しかし、このように理解した場合、手続面での人権保障の意味がどうなるのかという疑問が生じよう。

 また、この決定では、税務調査の結果として得られた資料を犯則調査の資料として利用することがどこまで許されるのか、明確に述べられていない。当初から犯則調査のために税務調査をするのでなく、税務調査の結果として犯則調査に至るのは許されるということなのであろうか。しかし、これでは行政調査と犯則調査とを厳格に分離しなくともよい、という結論に至らないであろうか。

 ●最一小判昭和63年3月31日訟月34巻10号2074頁

 事案:不動産販売業のX社は青色申告の承認を受けていたが、Y税務署長はX社の売上原価の伸び率が高く、借入金および未払いの発生が多額であったことなどから税務調査を行った。他方、X社には売上原価について架空の原価を計上した疑いがあり、東京国税局査察部は査察官をX社に派遣し、臨検、捜索、差押えなどを行い、質問調査なども行った。その後、Y税務署長は前記査察調査に基づく課税資料を入手し、税務調査を行った。その結果、Y税務署長はX社への青色申告承認を取消す処分を行い、税額更正処分および重加算税賦課決定処分も行った。X社はこれらの処分の取消を求めて出訴したが、東京地判昭和61年11月10日税務訴訟資料154号458頁は請求を棄却し、東京高判昭和62年4月30日税務訴訟資料158号499頁もX社の控訴を棄却した。最高裁判所第一小法廷もX社の上告を棄却した。

 判旨:「収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許されるものと解するのが相当であ」る。

 なお、行政調査という主題から離れるが、参考までに、最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁(T―124)を取り上げておく。

 事案:新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる成田新法。現在は成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法)の第3条第1項に定められた工作物使用禁止命令の合憲性が問われたものである。この規定には、命令の相手方に対する告知、弁解、防御の機会を与えるという趣旨が盛り込まれていない。Y(運輸大臣)は、毎年、Xに対し、空港の規制区域内所在のX所有の小屋につき、暴力主義的破壊活動者の集合や活動などへの供用を禁止する処分を繰り返した。Xは処分の取消および国家賠償を求めて出訴したが、千葉地判昭和59年2月3日訟月30巻7号1208頁は、取消請求については却下し、国家賠償については棄却した。東京高判昭和60年10月23日民集46巻5号483頁は、千葉地方裁判所判決の一部を変更したものの、やはりXの請求を一部却下し、一部棄却した。最高裁判所大法廷も、Xの請求を一部却下し、一部棄却した。

 判旨:「憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」が、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」。

 

(2015年9月22日、第22回として掲載)

(2015年10月20日、第20回に変更)

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