第26回    国家補償法制度、国家賠償法第1条

 

 

 1.国家補償法という用語

 国(および地方公共団体)の活動によって私人の側に損失が生じることがある。この損失を填補し、私人を救済するための制度が必要となる。

 この損失であるが、大別して二つの場合が考えられる。国家(および地方公共団体)の適法な活動による損失と、違法な活動による損失である。後者の場合は、損失というより損害と表現したほうが妥当であり、行政法学などにおいては実際に損害という用語が使われる。しかし、いずれの場合についても、私人を救済しなければならない、すなわち、私人の財産権に対して何らかの補償を行わなければならないという点においては共通するのである。そのため、最近は、損失補償制度と国家賠償制度とを合わせて国家補償法制度と称することが一般化しつつある。

 もとより、損失補償制度と国家賠償制度は、性質を異にし、憲法上の根拠や理論の発展という点においても異なる。

 (1)国(および地方公共団体)の活動が適法な場合

 国(および地方公共団体)は、土地収用法に基づく土地収用など、適法に私人の財産権を制約ないし剥奪する活動を行うことがある(財産権以外の人権については問題がある)。この場合、適法な活動に基づく適法な人権制約ではあるが、放置すれば公平負担の理念に反してしまうので、私人の損失を補填する必要がある。そこで、損失補償制度が存在するのである。

 損失補償制度の憲法上の根拠は、第29条第3項である。これは一般的な根拠であり、第40条は刑事補償の根拠である。行政法学においては憲法第29条第3項を念頭に置いて考察する。最近では、土地収用法をはじめ、少なからぬ法律において損失補償に関する規定が用意されているが、仮にそのような規定が法律にない場合には、直接、憲法第29条第3項を根拠として損失補償を請求することができる。このことは、後掲最大判昭和43年11月27日に示されている。本来は第28回において扱うべきものであるが、進行の都合上、今回扱う。

 ●最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁(河川付近地制限令違反事件、U―260)

 事案:被告人であるY1(株式会社)の代表取締役であるY2は、宮城県知事の許可を受けずに名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。別の被告人であるY3も名取川河川付近で砂利を採取し、河川付近地を掘削した。これらの事実が河川付近地制限令第4条第2項などに違反するとして、被告人らは起訴された。仙台簡裁昭和37年8月31日刑集22巻12号1411頁は被告人らを罰金刑とし、仙台高判昭和37年11月30日刑集22巻12号1416頁は被告人らの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷も上告を棄却した。

 判旨:⑴「河川附近地制限令4条2号の定める制限は、河川管理上支障のある事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものである。このように、同令4条2号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令4条2号の規定が所論のように憲法29条3項に違反し無効であるとはいえない」。

 ⑵「同令4条2号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に受忍すべきものとされる制限を定めた同令4条2号およびこの制限違反について罪則を定めた同令10条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない」。

 ▲この判決のポイントは、次の点にある。

 @河川附近地管理令第4条第2項に定められる財産権の制限は、公共の福祉のための一般的な制限であり、特定の人に特別な財産上の犠牲を強いるものではないから、損失補償を要件とするものではない。

 A法律に損失補償に関する規定が存在しないからといって、直ちに違憲無効となる訳ではない。

 B法律に損失補償に関する規定が存在しない場合には、実際に受けた損失を主張立証した上で、憲法第29条第3項を直接の根拠として損失補償を請求しうる。

 そして、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 (2)国(および地方公共団体)の活動が違法な場合

 法律による行政の原理に従う限り、国家(および地方公共団体)が違法な活動を行うことは許されない。しかし、現実には違法な活動がなされ、そのために私人の側に損害が生ずる こともある。そうであれば、私人に対する賠償の必要性が生じる。国家賠償制度の存在理由は、ここに存在する。

 国家賠償制度の憲法上の根拠規定は第17条である※。

 ※現在では国家賠償法が存在するのでとくに問題とならない。しかし、日本国憲法制定後で国家賠償法が施行される前の事件については問題となった。法律がない場合には憲法第17条を直接の根拠として請求をなしえない、とするのが通説であった(すなわち、第17条はプログラム規定である、ということになる)。最判昭和25年4月11日集民3号125頁も、憲法第17条についてプログラム規定説をとっている。

 そして、国家賠償請求権は受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求による。また、損失補償と異なり、経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども対象に含まれる。

 (3)国家補償の谷間

 例えば、予防接種による死亡事故のように、国(および地方公共団体)の活動自体は適法であるが、違法な結果が生じた場合など、上の(1)にも(2)にも該当しない場合がある。例えば、文化財の修理自体は適法であるが損失が生じた場合などである。文化財保護法などのように、立法的に解決している例もあるが、規定が存在しない場合などにどのように理解すべきなのか。 すなわち、このような場合に求められるのは損失補償か国家賠償か、という問題が存在する※。

 ※かつて、故今村成和教授は(3)を結果責任に基づく国家補償と呼び、(1)を適法行為に基づく財産権侵害に対する損失補償、(2)は違法行為に基づく権利侵害に基づく国家補償と呼んだ。これは現在も通用しており、この講義でも今村説に基づいているが、(3)を必ずしも結果責任の問題としてまとめきることはできないのである。

 

 2.国家賠償法第1条

 〔1〕国家賠償法の位置づけ

 大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ掛テ受理スルノ限ニ在ラス」と定めていたが、国家賠償に関する扱いについては不明確であった。第60条に従い、行政裁判所法が制定されたが、同法は、行政裁判所への国家賠償請求を規定しておらず、このためもあって憲法上不可能とされた。そして、国家無答責の法理(主権無答責の法理)が支配的であり、権力的行為についてはこの法理が貫徹され、民法による不法行為責任も認められなかった。他方、徳島市遊動円棒事件に関する大判大正5年6月1日民録22輯1088頁以来、権力的活動でない行為については民法による不法行為責任が認められた。

 日本国憲法は、国家無答責の法理を否定し、第17条によって国家賠償請求権を規定した。もっとも、既に述べたようにこの規定自体はプログラム規定であると理解されたのであるが、国家賠償法が制定され、特殊な場合を除いて法的に解決をみた。

 ここで、国家賠償法の規定を簡単にみていくこととしよう。

 ▲第1条は、国(および地方公共団体)の公権力の行使に携わる公務員(行政主体そのものという場合もある)が違法な行為を行ったことが原因で私人に損害が生じた場合の規定である(後に説明する)。これは民法第709条および第715条に対応するが、これらの規定に対する特別法であるか否かについては議論がある。いずれにせよ、国家賠償法第1条第1項が適用される場合には、民法第709条または第715条の適用がない。

 ●最一小判平成19年1月25日民集61巻1号1頁(U-239)

 事案:Xは、平成4年1月10日、Y1(愛知県)が行った児童福祉法第27条1項3号に基づく措置(3号措置)により、Y2(社会福祉法人)が運営する児童養護施設に入所した。平成10年1月11日、Xは同施設に入所していた他の児童から、後遺症が残るほどの暴行を受けた。そこで、Xは、この施設の施設長および職員が保護監督義務を懈怠したとして、Y1に対して国家賠償を、Y2に対して民法第715条に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した。名古屋地判平成16年11月12日民集61巻1号41頁は、Y1に対する請求の一部を認め、Y2に対する請求は棄却した。名古屋高判平成17年9月29日民集61巻1号67頁は、Y1に対する請求については前掲名古屋地判の判断を支持したが、Y2に対する請求については一部を認容した。最高裁判所第一小法廷は、Y1の上告を棄却し、Y2の上告を認容した。

 判旨:国家賠償法第1条第1項の適用に関して:児童福祉法の規定および趣旨に照らすと、「3号措置に基づき児童養護施設に入所した児童に対する関係では、入所後の施設における養育監護は本来都道府県が行うべき事務であり、このような児童の養育監護に当たる児童養護施設の長は、3号措置に伴い、本来都道府県が有する公的な権限を委譲されてこれを都道府県のために行使するものと解される」から、「都道府県による3号措置に基づき社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員等による養育監護行為は、都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である」。

 民法第715条の適用に関して:「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし、公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される」〔最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(U−242)および最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(U−235)を参照〕。従って、「国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても、当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して同項に基づく損害賠償責任を負う場合には、被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である」。

 ▲第2条は、公の施設(法文では「営造物」)の設置または管理に瑕疵があった場合の規定であり、民法第717条に対する特別法である。これについては、第27回において扱う。

 ▲第3条第1項は、事業の管理主体と費用負担者が異なる場合に、その両者に対して国家賠償請求をなしうるとする規定である(道路法や河川法などを参照)。また、同第2項は求償権に関する規定である。

 ●最三小判昭和50年11月28日民集29巻10号1754頁(U―250)

 事案:Xは、某県にある某国立公園特別地域内にある周回路を歩いていたが、その周回路の途中にあった橋から足を踏み外して転落し、複数の後遺症が残る重傷を負った。Xは、周回路の設置・管理に瑕疵があったために転落事故の被害を受けたとして、Y1(国)、Y2(三重県)およびY3(熊野市)に損害賠償を請求した。大阪地判昭和46年12月7日下民集22巻11・12号1175頁はXの請求を認めた。大阪高判昭和46年5月30日判時717号56頁はY1、Y2およびY3の控訴を棄却したが、Y1については国家賠償法第3条第1項による責任を認めたため、Y1が上告した。最高裁判所第三小法廷は、Y1の上告を棄却した。なお、事実認定によると、周回路自体はY2の設置・管理に属していたが、Y1が補助金として負担した費用は二分の一ほどの割合であった。

 判旨:国家賠償法第3条第1項にいう「設置若しくは管理の費用を負担する者」には、「当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であつて、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる者も含まれると解すべきであ」る。従って、「公の営造物の設置者に対してその費用を単に贈与したに過ぎない者は同項所定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置をなしうることが認められている国が、自らこれを設置するにかえて、特定の地方公共団体に対しその設置を認めたうえ、右営造物の設置費用につき当該地方公共団体の負担額と同等もしくはこれに近い経済的な補助を供与する反面、右地方公共団体に対し法律上当該営造物につき危険防止の措置を請求しうる立場にあるときには、国は、同項所定の設置費用の負担者に含まれるものというべきであり、右の補助が地方財政法一六条所定の補助金の交付に該当するものであることは、直ちに右の理を左右するものではないと解すべきである」。

 ▲第4条は、民法の適用に関する規定である。また、他の法律を適用する場合について、第5条の規定がある。

 ▲第6条は相互保証に関する規定である。ここで相互保証とは、日本国内で外国人が被害者である場合、その被害者の国籍国に日本と同様の賠償制度が存在する場合に限って日本の国家賠償法を適用することをいう。

 〔2〕国家賠償法第1条に規定される責任の本質

 国家賠償法第1条は、国や公共団体の公務員が公権力の行使にあたる際に、すなわち、職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合に、国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負うとする規定である。

 要件として、条文に掲げられたものをみたし、かつ第三者が「損害」を被り、そしてその損害と公務員の違法な職務遂行との間に因果関係がなければならない。違法性の判断は、事実関係、経験則、社会通念を総合することによる。そして、因果関係は相当因果関係をいう。

 規定および上記説明を改めて読み直していただきたいが、公務員が職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合には、その公務員個人ではなく、国または公共団体が損害賠償の責任を負うと定められている。そのため、ここでいう責任の性質について議論がある。

 通説は代位責任説をとる。これは、元々は公務員個人が負う責任を国が代位したとする考え方である。公務員個人の主観的な責任要件(故意または過失)の充足が規定されていること、第2項において求償権が規定されていることに着目する。代位責任説は、救済を重視した考え方でもあり、公務員の萎縮を防ぐ考え方でもあるが、 この説によれば、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を請求者の側が立証しなければならない。

 これに対して、自己責任説も有力である。これは、国自身の責任を認めたものとする考え方であり、代位責任を明示する文言が第1条第1項にないことなどに着目する。自己責任説は、公務員が偶然に違法な職務行使を行ったに過ぎず、公務員がいわば機関として国または公共団体の職務を行ったに過ぎないと捉える。また、この考え方によると、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を、請求者の側が(少なくとも厳密に)立証する必要はなくなる。

 〔3〕公共団体の意味

 地方公共団体以外に、特殊法人や指定法人などであっても、加害行為が公権力の行使にあたるような場合には、公共団体として扱われる。

 〔4〕公務員の意味

 国家賠償法第1条にいう公務員は、身分上の公務員ではなく、公権力の行使を委ねられた者のことである。従って、身分上の公務員であっても公権力の行使としての行為をなさなければ、同条の適用はない。逆に、弁護士会の懲戒委員会委員のように、身分上は公務員でなくとも公権力の行使を委ねられている場合には、同条にいう公務員に該当する。

 ●前掲最一小判平成19年1月25日

 「判旨」の「国家賠償法第1条第1項の適用に関して」の部分を参照すること。

 ●最二小決平成17年6月24日判時1904号69頁(U―6)

 事案:A社(他3名。以下、A社のみ記す)は、横浜市内にマンションの建設を計画し、指定確認検査機関(建築基準法第6条の2、同第77条の18以下)であるB社に建築確認を申請した。B社は、平成14年5月1日付でA社に対して建築確認処分を行い、同年7月8日付で計画変更確認処分を行った。近隣住民であるXらは、同年12月6日付で、B社を被告として建築確認処分および計画変更確認処分の取消を求める訴訟を提起した。しかし、訴訟係属中に建築物完了検査が終了し、訴えの利益が消滅してしまった。そのため、Xらは、上記建築確認処分および計画変更確認処分の帰属先である横浜市を被告として、請求の基礎を同じくする損害賠償請求訴訟への変更を行った(行政事件訴訟法第21条第1項を参照)。横浜地決平成16年6月23日判例集未登載は変更を許可したため、横浜市が抗告したが、東京地決平成16年10月5日判例集未登載は抗告を棄却した。横浜市は最高裁判所に抗告(上告)したが、最高裁判所第二小法廷は抗告を棄却した。

 決定要旨:「建築基準法6条1項の規定は、建築主が同項1号から3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合においてはその計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて建築主事の確認を受けなければならない旨定めているところ、この規定は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを確保することが、住民の生命、健康及び財産の保護等住民の福祉の増進を図る役割を広く担う地方公共団体の責務であることに由来するものであって、同項の規定に基づく建築主事による確認に関する事務は、地方公共団体の事務であり(同法4条、地方自治法2条8項)、同事務の帰属する行政主体は、当該建築主事が置かれた地方公共団体である。そして、建築基準法は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて、指定確認検査機関の確認を受け、確認済証の交付を受けたときは、当該確認は建築主事の確認と、当該確認済証は建築主事の確認済証とみなす旨定めている(6条の2第1項)。また、同法は、指定確認検査機関が確認済証の交付をしたときはその旨を特定行政庁(建築主事を置く市町村の区域については当該市町村の長をいう。2条32号)に報告しなければならない旨定めた(6条の2第3項)上で、特定行政庁は、この報告を受けた場合において、指定確認検査機関の確認済証の交付を受けた建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認めるときは、当該建築物の建築主及び当該確認済証を交付した指定確認検査機関にその旨を通知しなければならず、この場合において、当該確認済証はその効力を失う旨定めて(同条4項)、特定行政庁に対し、指定確認検査機関の確認を是正する権限を付与している。

 以上の建築基準法の定めからすると、同法は、建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについての確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で、指定確認検査機関をして、上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると、指定確認検査機関による確認に関する事務は、建築主事による確認に関する事務の場合と同様に、地方公共団体の事務であり、その事務の帰属する行政主体は、当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である。

 したがって、指定確認検査機関の確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体は、指定確認検査機関の当該確認につき行政事件訴訟法21条1項所定の『当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体』に当たるというべきであって、抗告人は、本件確認に係る事務の帰属する公共団体に当たるということができる。」

 〔5〕公権力の行使

 この言葉については様々な問題がある。判例を概観しつつ、若干の検討を行う。

 (1)公権力の行使の範囲

 まず、いかなる活動を公権力の行使と言いうるかという問題がある。換言すれば、公権力の行使の範囲の問題である。

 これについては、最広義説、広義説、狭義説がある。最広義説は、国、公共団体の全ての活動を指すとする説であるが、これによると私法上の活動などにも妥当することになり、広きに失する。他方、狭義説は、統治権に基づく優越的な意思の発動としての活動のみを指すとする説であり、文言には忠実かもしれないが、事実上の権力的活動などを除外してしまうことになり、学校の教育活動や行政指導が含まれなくなることで問題が生じる。通説、判例は広義説をとり、国の私経済作用、国家賠償法第2条の対象となるものを除いた全ての活動を指すとする。広義説が妥当である。この説によれば、学校の教育活動や行政指導も含まれるからである。公権力の行使を行政行為の場合と同義に解する必要性もない。

 ●最二小判昭和62年2月6日判時1233号100頁(U−223)

 事案:横浜市立某中学校で体育の授業としてプールでの飛び込みの練習が行われていた。Xは、教諭の指導に従って飛び込みを行ったが、体のバランスを崩してプールの水底に頭部を激突させた。そのため、Xは重傷を負い、下半身不随などの状態が続くようになった。そこで、Xおよびその一家は、横浜市を被告として損害賠償を請求する訴訟を提起した。横浜地判昭和57年7月16日判時1233号100頁はXらの請求をほぼ認めた。横浜市が控訴したが、東京高判昭和59年5月30日判時1119号83頁は控訴を棄却した。横浜市が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「国家賠償法一条一項にいう『公権力の行使』には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当であ」る。

 ●最一小判平成5年2月18日民集47巻2号574頁(T−103)

 第15回において扱った。宅地開発要綱に従って建設業者に教育施設負担金の納付を求める行政指導について、「指導要綱所定の教育施設負担金を納付しなければ、水道の給水契約の締結及び下水道の使用を拒絶されると考えさせるに十分なものであって、マンションを建築しようとする以上右行政指導に従うことを余儀なくさせるもので」あって「教育施設負担金の納付を事実上強制しようとしたものということができる」から、「本来任意に寄付金の納付を求めるべき行政指導の限度を超えるものであり、違法な公権力の行使であるといわざるを得ない」と述べた。

 ●最一小判昭和57年4月1日民集36巻4号519頁(U−237)

 事案:税務署職員のXが某年の定期健康診断を受けたところ、レントゲン写真に初期の肺結核に罹患していることを示す陰影があった。しかし、税務署長はXに対して何ら指示をせず、事後措置も行わなかった。このため、Xは従来通りの勤務を続け、翌年の健康診断で結核罹患の事実が判明するまでに病状が悪化し、長期療養を要する状態にまで至った。Xは、国に対して損害賠償を請求した。岡山地津山支判昭和48年4月24日判時757号100頁はXの請求を一部認容した。広島高岡山支判昭和51年9月13日訟務月報22巻9号2198頁もほぼ同旨の判断を示したが、最高裁判所第一小法廷は本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す旨の判決を下した。  判旨 「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもつて国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であ」る。「しかしながら、この法理が肯定されるのは、それらの一連の行為を組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行為にあたる場合に限られ、一部にこれに該当しない行為が含まれている場合には、もとより右の法理は妥当しない」。本件の場合は、「レントゲン写真による検診及びその結果の報告を除くその余の行為が」税務署長などの職員の行為であって「それらがいずれも上告人国の公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為であることについては特段の問題はな」いが、「右のレントゲン写真による検診及びその結果の報告は、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であつて、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、特段の事由のない限り、それ自体としては公権力の行使たる性質を有するものではな」く、本件の場合も「健康診断の過程においてされたものとはいえ、右健康診断におけるその余の行為と切り離してその性質を考察、決定することができるものであるから、前記特段の事由のある場合にあたるものということはできず、したがつて、右検診等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でない」。

 (2)不作為(権限の不行使)

 公権力の行使と言えば、通常は作為を想起することになるであろうが、権限の不行使、すなわち不作為も、当然ながら私人の権利・利益を侵害しうるものである。そのため、不作為を公権力の行使から除外すべき理由は見当たらない。以下、若干の判例を紹介する。

 ●最三小判昭和57年1月19日民集36巻1号19頁

 スナックで酒に酔い、所持していたナイフを客に見せつけるなどの行為をした男が警察署に連れて行かれたが、警察官がナイフを持たせたまま帰宅させたため、男が再びスナックに入って傷害事件を起こした。最高裁判所第三小法廷は、この警察官が男にナイフを提出させて一時保管の措置をとるべきであり、それを怠ったことは職務上の義務に違背し違法であると述べた。

 ●最三小判昭和59年3月23日民集38巻5号475頁

 投棄された砲弾類が海浜に打ち上げられていて島民が絶えず爆発による人身事故の危険にさらされていた場合に、それを通常の手段で除去することができず、放置すれば生命や身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもって予測されるような状況の下、警察官がこれを容易に知りうる状況にあったときには、警察官がこうした人身事故の発生を未然に防止する措置を取らなかったことは職務上の義務に違背し違法である。

 ●最二小判平成元年11月24日民集43巻10号1169頁(宅建業法事件。U―229)

 某不動産会社によって損害を受けた原告が、この会社に免許を付与した京都府が業務停止処分や取消処分などの規制権限を行使しなかったとして争ったものである。判決は、宅建業法が宅建業者の人格や資質などを一般的に保証し、個々の取引関係者が受ける具体的な損害を防止して救済を図ることを目的とするものとは解しがたいとした上で、免許の更新自体が直ちに国家賠償法第1条第1項にいう違法な行為にあたらないとした。また、個々の取引関係者が具体的な損害を受けた場合であっても、権限の不行使が著しく不合理であると認められない限り、この権限の不行使は国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではない、と述べている。

 ●最二小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁(クロロキン第一次訴訟。U―230)

 クロロキン製剤の副作用によって深刻な病気に罹った患者およびその家族が提起した損害賠償訴訟である。判決は、厚生大臣(当時)が薬事法によって医薬品を日本薬局方から削除し、または製造の承認を取り消す権限を有すると述べた上で、医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではなく、権限の不行使が許容限度を逸脱して著しく不合理であると認められる場合には違法という評価を受ける、と述べた(結局は請求を棄却)。

 ●最三小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟。U―231)

 当時の通商産業大臣が、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度を、じん肺法の制定以後も26年間にわたって存続させ、通商産業大臣がじん肺法制定以後も規制権限を行使しなかったことが争われたものである。上記の二判決と同じ趣旨の一般論が述べられた上で、国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価した。

 ▲なお、下級審では、危険の切迫性、予見可能性、回避可能性、補充性、国民の期待などを要件としているようである。

 (3)立法行為および裁判作用

 国家賠償法第1条は「国又は公共団体の公権力の行使」と定めており、行政活動に限定していない。そのため、立法行為や裁判作用も同条の適用の対象となる。このこと自体は認められているが、実際に国家賠償請求が認められた事例はほとんどない。

 ●最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁(U―233)

 事案:かつて、公職選挙法は在宅投票制度を規定していたが、悪用されたために廃止された。身体に障害を持ち、車椅子による移動も困難となった原告は、在宅投票制度の廃止によって選挙権の行使の機会を奪われたとして、在宅投票制度を復活させる法律を制定しなかったことが国会議員による違法な公権力の行使であるとして損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地小樽支判昭和49年12月9日判時762号8頁は原告の請求を一部認めたが、札幌高判昭和53年5月24日判時888号26頁は原告の請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷は原告の上告を棄却した。

 判旨:立法行為が国家賠償法第1条第1項の適用において違法となるか否かは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したか否かの問題であり、立法の違憲性とは別であり、立法の内容が憲法に違反するとしても直ちに違法の評価を受けない。そして、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない」。

 ●最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁(在外投票制限違憲訴訟。U―215)

 事案:平成10年改正前の公職選挙法は、海外在住の日本国民に対し、衆議院議員総選挙の小選挙区と参議院議員選挙の選挙区について在外投票を認めていなかった。日本国外に居住するXらは、これを違憲であると主張し、国家賠償請求などの訴訟を提起した。東京地判平成11年10月28日判時1705号50頁はXらの請求を却下・棄却し、東京高判平成12年11月8日判タ1088号133頁も控訴棄却や却下の判断を示した。最高裁判所大法廷は、一部請求を却下したが、国家賠償請求の一部を認容した。なお、この判決には1名の裁判官による補足意見、2名の裁判官による反対意見、1名の裁判官による反対意見(前記反対意見とは別)が付されている。

 判旨:「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである」。Xらも「国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、この権利行使の機会を確保するためには、在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず、前記事実関係によれば、昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの、同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから、このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり、このような場合においては、過失の存在を否定することはできない」。

 この他、立法不作為の違法性を認定したものとして、熊本地判平成13年5月11日判時1748号30頁を参照。

 ●最二小判昭和57年3月12日民集36巻3号329頁(U―234)

 債務不履行による損害賠償事件(民事訴訟)に対する判決の違法性が主張された国家賠償請求訴訟である。判決は、裁判に瑕疵が存在していたとしても直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたというような、明らかに趣旨に背く権限の行使をしたと認められるような特別の事情が必要とされる、と述べる。

 ●最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(U―235)

 火薬類取締法違反などに問われたXが、刑事訴訟の控訴審で無罪判決(確定)を受けたことを受け、捜査や公訴提起に故意または重過失があったとして国や検察官などを被告として損害賠償請求を行ったものである。判決は、刑事事件において無罪の判決が確定したという事実によって直ちに逮捕、勾留、公訴提起などが違法となる訳ではなく、むしろその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りにおいて適法であるとした。

 ●最二小判昭和57年3月12日民集36巻3号329頁(U―234)

 債務不履行による損害賠償事件(民事訴訟)に対する判決の違法性が主張された国家賠償請求訴訟である。判決は、裁判に瑕疵が存在していたとしても直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたというような、明らかに趣旨に背く権限の行使をしたと認められるような特別の事情が必要とされる、と述べている。

 ●最二小判昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁(U―235)

 火薬類取締法違反などに問われたXが、刑事訴訟の控訴審で無罪判決(確定)を受けたことを受け、捜査や公訴提起に故意または重過失があったとして国や検察官などを被告として損害賠償請求を行ったものである。判決は、刑事事件において無罪の判決が確定したという事実によって直ちに逮捕、勾留、公訴提起などが違法となる訳ではなく、むしろその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りにおいて適法であるとした。

 〔6〕主観的要件としての故意または過失、客観的要件としての違法性

 客観的に違法性が存在しているとしても、故意または過失が認められなければ、国家賠償法第1条第1項によって違法と評価され、損害賠償責任が生じるという訳ではない。しかし、民法でも複雑な状況にあり、国家賠償法第1条の場合はさらに複雑である。

 まず、違法性と故意・過失の二段階の審査をする場合が存在する。行政行為(行政処分)によって生じた損害について 違法性の判断を行い、次に故意・過失の認定をなすのである。この場合、行政行為(行政処分)に対する取消請求は認められても、国家賠償請求は認められないことがある。また、権力的な実力行使についても、違法性と故意・過失は別個に判断される。

 ●最一小判昭和61年2月27日民集40巻1号124頁(U―224)

 速度違反としてパトカーに追跡された自動車が信号無視を繰り返した上に現場交差点に進入したことにより、多重衝突事件が発生して死傷者が出た。負傷したXは、パトカーによる追跡方法などに問題があったとしてY県に国家賠償を請求した。判決は、パトカーの追跡行為が違法であるというためには「右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、または逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである」と述べた。

 ●最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(U―227)

 所得税の更正処分および加算税賦課処分の一部が判決によって取り消され、確定したことによって提起された損害賠償請求訴訟である。判決は、税務署長が行う所得税の更正が所得金額を過大に認定したとしても、直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、「税務署長が資料を収集してこれに基づいて課税要件事実を認定し判断する過程において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り」違法の評価を受ける、と述べている。

 次に、違法性と故意・過失を一体的に審査する場合が存在する。これは、国公立学校における事故(とくにクラブ活動や課外活動における)についての国家賠償訴訟や、公権力の行使の不作為についての国家賠償訴訟が該当する。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号101頁

 事案:Y町立学校に在学していたXが、体育館の倉庫からトランポリンを無断で持ち出して遊んでいた。クラブ活動中のAが、活動の邪魔になるとして注意したがXが反発したため、AはXを体育館の倉庫につれて殴打した。これが原因でXは失明した。Xは、この事故がクラブ顧問教諭の監視指導義務の懈怠という過失により発生したとして、Y町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。那覇地名護支判昭和54年3月13日判例時報1074号52頁はXの請求を棄却したが、福岡高那覇支判昭和56年3月27日民集37巻1号117頁はXの請求の一部を認容した。最高裁判所第二小法廷は、本件を福岡高等裁判所那覇支部へ差し戻した。

 判旨:「課外のクラブ活動であつても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭を始め学校側に、生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務のあることを否定することはできない」が、「課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることに鑑みれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当である」。

 さらに、過失の客観化などが認められる事例も存在する。次の判決が代表例と言いうる。

 ●最二小判平成3年4月19日民集45巻4号367頁

 事案:Xは生後六か月の時に種痘の予防接種を受けたが、当日は感冒の治療のために解熱剤等を服用していた。予防接種の10日ほど後に、Xは脊髄炎を発症し、重度な後遺障害が残ることとなった。Xおよびその両親は、Xが予防接種禁忌者に該当するにもかかわらず、保健所職員Y1が視診を行ったのみで問診や触診を行わなかったことが原因であると主張し、Y1、Y2(国)、Y3(小樽市)などを相手取って損害賠償請求訴訟を提起した。札幌地判昭和57年10月26日判時1060号22頁はY2およびY3の損害賠償責任を認める判断を示したが、札幌高判昭和61年7月31日判時1208号49頁はXの請求を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を札幌高等裁判所に差し戻した。

 判旨:「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である」。

 〔7〕国家賠償法第1条第1項にいう職務

 ここにいう職務について、判例は外形(標準)説を採用している。但し、根拠や射程距離は不明である。

 ●最二小判昭和31年11月30日民集10巻11号1502頁(U―236)

 警視庁に勤務する警察官が、非番の日に制服と制帽を着用し、拳銃を携帯して隣県の某駅に赴き、職務質問を装って金品を奪おうとしたが、騒がれたため、被害者を射殺した。被害者の遺族は東京都に対して損害賠償請求を行った。最高裁判所第二小法廷は、公務員の主観的意図はともあれ客観的に職務遂行の外形を備えた行為によって他人に損害を与えた場合には、国または公共団体が損害賠償責任を負うのが相当であると判断した。

 (8)公務員の個人責任は認められるか?

 改めて、国家賠償法第1条第1項を読んでいただきたい。果たして、国家賠償とは別に、公務員個人の損害賠償責任は認められうるのであろうか(念のために記しておくが、国家賠償請求が可能な場合である)。

 有力説である自己責任説の立場から、国の責任と公務員の責任とは別の問題であるから、公務員の個人責任は認められうる 、とする考え方が主張される。下級審判決にも、故意または重過失を要件とするものがある。しかし、自己責任説であれば公務員の個人責任を問わないとする結論のほうが自然である。

 最高裁判所の判例は、国家賠償法第1条第1項が適用される場合に、公務員個人は被害者に対して直接責任を負わない、とする。その代表例が、次に示す判決である。

 ●最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(U―242)

 事案:熊本県の某町農地委員会において委員同士が対立し、事務が停滞した上に複数の委員が辞職するに至った。そのため、県知事は町農地委員会に対して解散命令を発した。これに対し、町農地委員会委員長および複数の委員が解散処分の無効確認を求め、さらに県知事および県農地部長に対して慰謝料の支払を求めて出訴した。熊本地判昭和27年6月16日行集3巻5号1047頁は請求を棄却し、福岡高判昭和28年4月15日民集9巻5号554頁も控訴を棄却し、最高裁判所第一小法廷も上告を棄却した。なお、無効確認請求については訴えの利益がないと判断している。

 判旨:上告人らの請求は「被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。従つて県知事を相手方とする訴は不適法であり、また県知事個人、農地部長個人を相手方とする請求は理由がないことに帰する。のみならず、原審の認定するような事情の下においてとつた被上告人等の行為が、上告人等の名誉を毀損したと認めることはできない」。

 ▲通説も最高裁判例と同じ立場である。国家賠償法第1条第2項に求償権に関する規定が存在することからしても、最高裁判例が妥当であろう。なお、求償権の要件は、公務員の故意または重過失である。

 

 

 3.取消訴訟における原告適格

 (1)原告適格とは

 行政事件訴訟法第9条は、処分の取消について「法律上の利益」を有する者に、取消訴訟の提起を認める。取消訴訟の原告となりうる資格を与えられるということで、原告適格という。行政事件訴訟法第9条第1項により、「法律上の利益を有する者」に認められるが、具体的な範囲が問題となる。

 まず、処分または裁決の相手方は、それらの法律上の効果により、直接的に権利を侵害され、または義務を課される者である。そのため、処分または裁決の取消について「法律上の利益」を有すると認められるから、取消訴訟の原告適格を有する。

 次に、処分または裁決の相手方ではないが、実質的な当事者である者も、やはり「法律上の利益」を有すると認められるから、取消訴訟の原告適格を有する。最一小判昭和57年4月8日民集36巻4号594頁(第二次家永訴訟最高裁判決)などがその例である。

 問題となる場合の一つは、処分または裁決の相手方ではなく、実質的な当事者でもない第三者(近隣住民など)が、処分(当事者にとっては授益的なもの)または裁決によって不利益を受ける場合である。もう一つは、道路の公用廃止などの一般処分によって不利益を受ける場合である。果たして、この双方の場合、いかなる範囲において原告適格が認められるのであろうか。

 (2)原告適格に関する二つの説

 原告適格については、理論的にいくつかの説を想定することができるが、一般的には二つの説が主張されている。

 一つは、 法律上保護された利益説である。これは判例が採用する説である(学説においても通説と言いうると思われる)。これは、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かによって 、原告適格の有無を判断する考え方である。この説によると、法律に誰の利益を保護するかが示されない場合(日本の立法には極めて多い)、第三者たる原告の訴えはほとんど却下されかねない。

 もう一つの説として、 法的保護に値する利益説がある。これは有力説と考えてよいであろう。この説は、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かではなく、権利や利益の侵害の実態に着目し、救済すべきとみられる状態にあるときに原告適格を認めるべきである、とするものである。そのため、事実上の利益であっても原告適格が認められうることとなる。

 もっとも、後にみるように、法律上保護された利益説の射程距離は拡大する傾向にある。基本的枠組みは変わらないが、処分の根拠規定のみならず、その法律の目的規定や関連規定まで視野を広げ、原告適格を判断する傾向が見られるようになったのである。これが、平成16年改正法により追加された第9条第2項につながる。

 第9条第2項は、原告適格について、次の事柄を考慮し、判断することを求めている。「法律上の利益」を、 処分または裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによるのではなく、

 a.当該法令の趣旨および目的を考慮し(前段)、

 b.その上で、当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮すべきである(前段)。

 c.処分または裁決の根拠となる法令の趣旨および目的を考慮するにあたって、その法令と目的を共通にする関連法令があるときは、その趣旨および目的をも参酌すべきである(後段)。

 d.当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮するにあたって、当該処分または裁決がその根拠となる法令に違反してなされた場合に害されることとなる利益の内容および性質、ならびに害される態様および程度をも勘案すべきである(後段)。

 (3)判例の傾向―従来の傾向と、法律上保護された利益説の拡大傾向

 ●最判昭和34年8月18日民集13巻10号1286頁

 質屋営業法による新規参入業者への営業許可に対して既存の業者が無効確認を求めた事件。最高裁判所は、既存の業者の原告適格を否定した。

 ●最一小判昭和37年1月19日民集16巻1号57頁(T―19)

 知事YはAに対して公衆浴場の営業許可を与えた。しかし、Aの公衆浴場とXの公衆浴場との距離が条例の定める距離制限に満たず、利用圏内の利用者が2000人を割り込んだため、Xは他の業者とともにAに対する営業許可の無効確認を求めた。最高裁判所第一小法廷は、Xらの利益が単なる事実上の利益に留まらず、公衆浴場法により保護される法的利益であると解した。

 ●最三小判昭和43年12月24日民集22巻13号3254頁(東京12チャンネル事件。U―180)

 事案:Xは第12チャンネルのテレビ放送局の開設を企図し、郵政大臣Yに免許申請をしたが、この申請は五者の競願になった。Yは、審査の結果、Aに予備免許を与え、他の申請を拒否した。Xは自己に対する免許拒否処分とAへの予備免許処分の取消しを求めてYに異議申立てをしたが棄却されたので、Xはこの棄却決定の取消しを求めて出訴した。東京高等裁判所はXの請求を認容したので、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷はYの上告を棄却した。

 判旨:AとXは競願関係にある。Xの異議申立てに対する棄却決定が違法とされた場合、Yは改めて審査をなし、異議申立てに対する決定をなすべきである。Yによる再審査の結果次第で、Aへの免許を取消し、Xに対し免許を付与することもありうる。そのため、Xの訴えの利益は否定されない。

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(U―141)

 第23回に取り上げた。一般消費者に原告適格を認めない判例の代表例でもある。

 ●最一小判平成元年4月13日判時1313121頁(近鉄特急事件。U−172)

 事案:訴外A(近畿日本鉄道)は、昭和55年2月16日にY(大阪陸運局長)および訴外B(名古屋陸運局長)に対し、特急料金改定(値上げ)のための認可申請を行った。これに対し、Yは同年3月8日、当時の地方鉄道法第21条第1項に基づき、Aに対して認可処分を行った。Aの大阪線、奈良線、南大阪線の特急を通勤のために利用するXらは、この認可処分が違法であるとして取消訴訟を提起するとともに、国を被告とする損害賠償請求訴訟も提起した。一審判決(大阪地判昭和57年2月19日行集33巻1・2号118頁)は、原告の請求を棄却したものの、Yの処分を違法と宣言した。X、Yの双方が控訴し、控訴審判決(大阪高判昭和59年10月30日行集35巻10号1772頁)は一審判決を取り消し、XのYに対する請求を却下した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「地方鉄道法(大正八年法律第五二号)二一条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく、他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである」。

 ●最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁(新潟空港訴訟。U―170)

 法律上保護された利益説の拡大傾向を示した判決として重要なものである。

 事案:運輸大臣Yは、新潟―小松―ソウル間の定期航空運送事業免許を訴外航空会社に付与した。これに対し、近隣住民のXが、騒音による健康や生活上の利益の侵害を主張し、取消しを求めて出訴した。最高裁判所第二小法廷は、結局のところXの請求を棄却したが、原告適格は認めた。

 判旨:「法律上の利益を有する者」は「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に」該当する。この判断は「当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分を通じて右のような個々人の個別的利益をも保護しているものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきである」。航空法第1条の目的には騒音の防止が含まれ、飛行場周辺航空機騒音防止法が運輸大臣に騒音防止のための権限を与えていることからすれば、新規路線免許により生ずる航空機騒音により「社会通念上著しい障害を受ける者には、免許取消しを求める原告適格が認められる」。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。U―171)

 事案:旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団)が敦賀市に建設した高速増殖炉「もんじゅ」の設置許可について、周辺住民が無効訴訟などを提起したもの。原告適格の有無と範囲が争われた。最高裁判所第三小法廷は、事案を福井地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「法律上の利益を有する者」の範囲については、新潟空港訴訟最高裁判決と同旨で、無効確認訴訟についても同様と解した(本件の場合は核原料物質等規制法第24条第3号・第4号)。そして、原子炉からおよそ29〜58キロメートルの範囲内に居住する者に原告適格を認めた。

 なお、名古屋高金沢支判平成15年1月27日訟務月報50巻9号2541頁は設置許可を無効とする判断を示したが、最一小判平成17年5月30日民集59巻4号671頁は、設置許可に違法な点があるとは言えないとする判決を出した。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250頁

 事案:業者Aは、川崎市内の急傾斜地にマンションを建築する計画を立て、都市計画法第29条に基づく開発行為の許可の申請を行い、市長Yが許可処分を行った。これに対し、この開発区域の近隣に居住するXらは、開発行為によってがけ崩れや地滑りなどによる生命や身体および生活に関する基本的権利などが侵害されるとして、この許可処分の取消しを求めて出訴した。一審、二審ともXらの原告適格を否定したが、最高裁判所第三小法廷は事件を地方裁判所に差し戻した。

  判旨:この判決においては都市計画法第33条第1項第7号および第2項が参照されており、第33条第1項第7号の趣旨・目的、開発許可を通じて保護しようとする利益の内容や性質などに鑑みると、「同号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである」と述べた。

 ●最三小判平成13年3月13日民集55巻2号283頁(U―175)

 事案:業者Aは、岐阜県内の山林をゴルフ場として造成するための開発行為を計画した。そしてY(県知事)に森林法第10条の2に基づく林地開発許可を申請した。Yは許可処分をした。これに対し、近隣住民(居住者の他、立木等所有者、営農者)のXらが、この隣地開発許可処分の取消しを求めた。

 判旨:この判決は、前掲最三小判平成4年9月22日および最三小判平成9年1月28日を引用しつつ、森林法第10条の2によれば周辺住民の生命や身体の安全などの保護を法益として考えることはできるとして、Xらの一部については原告適格を認めた。しかし、同条の規定が周辺土地の所有権など財産権まで個々人の個別的利益として保護する趣旨を含むと解することは困難である、と判断した。

 ●最三小判平成元年6月20日判時1334号201頁(伊場遺跡訴訟。U―173)

 事案:浜松市にあった伊場遺跡は、浜松駅に近く、駅前再開発および鉄道高架工事のための代替地の候補となっていた。そのため、静岡県教育委員会は、同県文化財保護条例に基づき、伊場遺跡の指定解除処分を行った。これに対し、学術研究者Xらが指定解除処分の取消しを求めて出訴した。一審、二審ともXらの原告適格を否定し、最高裁判所第三小法廷も原告適格を否定した。

 判旨:文化財享有権が法律上の具体的権利と認められないことを述べた上で、文化財保護条例などに県民などが史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益を個々人の個別的利益として保護すべき趣旨を示す規定は存在せず、むしろそのような利益は公益の中に吸収解消されていると述べている。そして、文化財の学術研究の利益についても、一般の県民などが史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益を超えて保護を図ろうとする趣旨は条例などから見出されないと述べられている。

 ●最一小判平成10年12月17日民集52巻9号1821頁(国分寺市パチンコ店営業許可事件。U―174)

 事案:東京都公安委員会Yは、Aに対し、パチンコ店の営業許可処分を行った。これに対し、近隣住民のXらは、このパチンコ店の駐車場が第一種住居専用地域(都市計画法第8条第1項第1号。東京都風俗営業適正化法施行条例により、風俗営業所の設置禁止区域に指定されていた)にはみ出しており、違法であるとして、営業許可の取消しを求めて出訴した。東京地方裁判所、東京高等裁判所は、いずれもXらの原告適格を否定した。最高裁判所もXらの原告適格を否定した。

 判旨:この判決においても前掲最判平成4年9月22日および最三小判平成9年1月28日が引用されており、その上で風俗営業適正化法第1条の目的規定から「風俗営業の許可に関する規定が一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取る」のが困難であるとされた。また、同法第4条第2項第2号による営業の制限地域の指定についても、公益的見地を超えて居住者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているとは解しがたいと述べる。

 なお、事案の性質は異なるが、最三小判平成6年9月27日集民173号111頁は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律四条二項二号、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行令六条二号及びこれらを受けて制定された風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行条例(昭和五九年神奈川県条例第四四号)三条一項三号は、同号所定の診療所等の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務を運営するという利益をも保護していると解すべきである」と述べて、パチンコ店営業許可の取消しを求める開業医の原告適格を認めている(結局は請求を棄却している)。

 ●最二小判平成12年3月17日集民197号661頁(大阪府墓地経営許可事件)

 事案:大阪府知事Yは、宗教法人Aに対し、墓地経営を許可する処分を行った。大阪府の墓地等の経営の許可等に関する条例は住宅等から300メートル以上という距離制限を原則としていたが、Xらは300メートル以内に居住しており、この許可処分が条例に反するとして取消しを求めて出訴した。大阪地方裁判所、大阪高等裁判所は、いずれもXらの原告適格を否定した。最高裁判所もXらの原告適格を否定した。

 判旨:墓地、埋葬等に関する法律第10条第1項は許可の要件についてとくに規定しておらず、許否の判断を知事の広汎な裁量に委ねている。これは公益的見地によるものと解される。このことから、同項が周辺住民の個別的利益を保護しているとは解しがたい。また、大阪府上記条例についても、距離制限の解除が「専ら公益的見地から行われるものとされている」ことからすれば「ある特定の施設に着目して当該施設の設置者の個別的利益を特に保護しようとする趣旨を含むものとは解し難い」。

 

 4.取消訴訟における(狭義の)訴えの利益

 (1)狭義の訴えの利益とは

 客観的訴えの利益ともいい、原告が請求について本案判決を求める必要性、その実効性を意味する。「処分」が取り消されたとき、現実に法律上の利益を回復することができなければ、訴訟を提起する意味はない。また、取消判決によって現実的な救済を与えることができなければ、取消判決の意味がない。そのため、協議の訴えの利益の有無は、原告が、具体的に訴訟において処分の法律上の効果を法律の規定に基づいて現実に受け、取消判決が下された場合に原告の具体的な権利や利益が回復するか否か、という問題となる。

 行政事件訴訟法第9条第1項は、狭義の訴えの利益についても 定めている(条文中にある括弧書きの部分である)。そして、狭義の訴えの利益についても「法律上の利益」の有無が問題となる。

 (2)「処分」の効果が完了した場合

 この場合には、狭義の訴えの利益が消滅する。

 ●最二小判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁(U―183)

  訴えが提起された時点において問題とされている建築物が完成している場合、建築基準法による建築確認の効果も完了しているので、訴えの利益は消滅する。

 ●最三小判平成11年10月26日集民194号907頁

  都市計画法第29条に規定される開発許可による開発行為の工事完了後には、開発許可の取消しを求める利益も消滅する。

 ●最三小判昭和48年3月6日裁判集民事108号387頁

 代執行の戒告に対する取消請求がなされた場合であっても、建物が除却されてしまうと、取消請求の利益も消滅する。

 (3)期間の経過によって「処分」の効果が完了する場合

 処分や裁決の効果が、期間の経過などの理由によって消滅した後には、当然に訴えの利益も消滅する、とも考えられる。実際に、行政事件訴訟法制定以前にはこのような考え方も存在した。

 しかし、これは単純に過ぎる。本体たる「処分」の効果がなくなっても付随的な効果が残る場合が存在するからである。

 例えば、或る地方議会の議員が除名処分を受けたとする。この議員が除名処分の取消しを求めて出訴したが、係争中に任期が満了したという場合には、除名処分を取り消しても、既に任期が満了しているために議員たる身分を回復することはできない。しかし、 「処分」に付随する効果として、任期満了までの歳費請求権が残っている。 これは立派な法的効果であり、除名処分が取り消されるならば、任期満了時までの歳費請求が可能であり、地方公共団体には歳費を支払う義務が再び発生することとなる。

 かつて、行政事件訴訟特例法には、このような場合に関する規定が存在しなかった。そのためもあって、上の地方議会の議員のような事例について、最大判昭和35年3月9日民集14巻3号355頁は、訴えの利益を否定した。しかし、行政事件訴訟法が制定され、第9条第1項(制定当時は第1項しかなかった)の括弧書きにより、このような問題については狭義の訴えの利益を認めることとした。最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁は、この規定を適用して狭義の訴えの利益を認めている。

 この他の事例を概観しておく。

 ●最三小判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁(U―181)

 Xが運転免許停止処分を受けた。Xはこの処分の取消しを求めて出訴した。その際、Xは、免許停止処分が期間の到来によって抹消されたとしても処分を受けたという事実は残り、事実上の不利益な取り扱いや名誉などに関する不利益を被るおそれがあると主張していたが、判決は、Xのこうした主張を認めなかった。事実上の不利益な取り扱いや名誉などに関する不利益は、法律上のものではないから、という理由による。

 (4)取消判決を出したとしても原状回復が困難である場合

 ●名古屋地判昭和53年10月23日行裁例集29巻10号1871頁

 公有水面の埋立免許について争われている間に埋立が完成した場合には、原状回復が不可能であるから狭義の訴えの利益がなくなる。

 ●最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁(U―184)

 事案:知事Yは、A町営土地改良事業の施行認可処分を行った。A町はこの認可の後に工事に着手し、完了させ、半年後には換地計画を定めた上でYに換地計画の認可を申請した。Yは約3か月後に換地計画を認可し、A町が換地処分を行った上で登記を完了した。これに対し、Xは、この事業が国道バイパス建設のためのもので土地改良法第2条第2項の事業に該当しないことなどを理由として土地改良事業施行認可処分の取消しを求めた。

 判旨:土地改良事業施行認可処分の後に行われる換地処分などの手続および処分は施行認可処分の有効性を前提としており、施行認可処分が取り消されれば換地処分などの法的効力が影響を受ける。そして、施行認可処分が取り消された場合に事業施行地域を原状に回復することが「本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条 (事情判決に関する規定)の適用に関して考慮されるべき事柄であ」り、Xの法律上の利益は消滅しない。

 ●最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ訴訟。U―182)

 航空自衛隊基地の建設に伴う保安林指定解除処分について、保安林の代替施設が完成し、洪水や渇水の危険が解消されて保安林の存続の必要性がなくなったと認められるに至れば、保安林指定解除処分の取消しを求める狭義の訴えの利益は失われる。

  (5)原告が死亡した場合

 ●最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟。T―18)

 生活保護請求権は一身専属的な権利であり、相続が認められない。

 ●最判昭和49年12月10日民集28巻10号1868頁(T―123)

 公務員の免職処分を争っている間に原告が死亡した場合、その公務員の給与請求権が相続の対象となるため、訴えの利益は消滅しない。

 ●前掲最三小判平成9年1月28日

 この判決は、訴訟の最中に死亡した一部原告の遺族による訴訟承継を否定している。本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は一身専属的であり、相続の対象にならない、という理由による。

 

 5.被告適格

 行政事件訴訟法第11条に定められる。平成16年度改正前は、被告が行政庁とされていた。行政庁は権利主体ではないが、とくに被告としての当事者能力を認められていた。そのため、原告は、権限ある行政庁を被告として、そして処分後に権限の承継があった場合には、前行政庁の事務を承継した現行政庁を被告として、取消訴訟を提起しなければならないとされていた(行政事件訴訟法旧第11条第1項)。

 平成16年度改正により、被告適格は、次のように改められた。

 行政庁が国または公共団体に属する場合:その行政庁が属する国または公共団体(第1項)。この場合には、訴状に行政庁を記載する(第4項。そして、第5項により、被告が行政庁を明らかにしなければならない)。

 行政庁が国または公共団体に属しない場合:その行政庁(第2項)。行政庁が指定法人(法律によって一定の行政事務を行うものとして行政庁から指定を受けた法人。民法上の法人である)である場合などが該当する。

 被告とすべき国もしくは公共団体または行政庁がない場合:処分または裁決に係る事務の帰属する国または公共団体(第3項)。この場合も、訴状に行政庁を記載する(第4項)。

 なお、被告を誤ったことについて善意かつ無重過失である原告には、出訴期間に関して救済される旨の規定がある(同第15条第1項・第3項)。

 

 6.出訴期間

 行政事件訴訟法第14条は、取消訴訟の出訴期間を定める。この期間を経過してしまうと、私人の側から訴えを提起することは出来ず、提起したとしても却下される。

 出訴期間には、主観的出訴期間と客観的出訴期間とがあり、前者が原則となっている。

 平成16年度改正前の第1項は、主観的出訴期間を「処分又は裁決があつたことを知つた日から三箇月以内」と規定していた。しかも、旧第2項により、不変期間とされていた。改正後の第1項は、原則として「処分又は裁決があつたことを知つた日から六箇月」以内とし、「正当な理由があるときは、この限りでない」と定めている。

 主観的出訴期間は、当事者(処分の相手方など)が「処分又は裁決があつたことを知った日」の翌日から起算する〔最一小判昭和27年11月20日民集6巻10号1038頁(U―188)〕。そして、「処分又は裁決があつたことを知った日」とは「当事者が書類の交付、口頭の告知その他の方法により処分の存在を現実に知った日を指す」が、「処分を記載した書類が当事者の住所に送達される等のことがあって、社会通念上処分のあったことを当事者の知り得べき状態に置かれたときは、反証のない限り、その処分のあったことを知ったものと推定することはできる」(同判決)。

 客観的出訴期間は、現在の第2項(旧第3項)により、原則として、処分又は裁決の日から1年間とされている。これも、「正当な理由があるときは、この限りでない」。このときも初日は算入しない。

 また、第3項は特殊な(?)出訴期間を定める。これは、審査請求をすることができる場合、または誤った教示によって審査請求がなされた場合に、実際に審査請求がなされたときの規定である。なお、この場合は「裁決があったことを知った日」あるいは「裁決の日」を初日とし、期間に算入する。

 なお、ここで、取消訴訟の管轄に触れておく。

 行政事件訴訟法第12条第1項は、取消訴訟を被告の所在地を管轄する裁判所、または処分もしくは裁決をした行政庁の所在地を管轄する裁判所に属するものとした。但し、不動産・特定の場所に関わる処分の取消訴訟は、その所在地の裁判所にも提起できる(同第2項)。また、処分に関し、事案の処理にあたった下級行政機関所在地の裁判所にも提起してよい(同第3項)。以上に関し、民事訴訟法の準用がある(同第7条)。なお、行政事件訴訟は、地方裁判所本庁に提起することとされるのが一般である。

 

(2017年10月26日掲載)

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