第28回    国家補償法制度、国家賠償法第1条

 

 

 1.国家補償法という用語

 国(および地方公共団体)の活動によって私人の側に損失が生じることがある。この損失を填補し、私人を救済するための制度が必要となる。

 この損失であるが、大別して二つの場合が考えられる。国家(および地方公共団体)の適法な活動による損失と、違法な活動による損失である。後者の場合は、損失というより損害と表現したほうが妥当であり、行政法学などにおいては実際に損害という用語が使われる。しかし、いずれの場合についても、私人を救済しなければならない、すなわち、私人の財産権に対して何らかの補償を行わなければならないという点においては共通するのである。そのため最近は、損失補償制度と国家賠償制度とを合わせて国家補償法制度と称することが一般化しつつある。

 もとより、損失補償制度と国家賠償制度は、性質を異にし、憲法上の根拠や理論の発展という点においても異なる。

 (1)国(および地方公共団体)の活動が適法な場合

 国(および地方公共団体)は、土地収用法に基づく土地収用など、適法に私人の財産権を制約ないし剥奪する活動を行うことがある(財産権以外の人権については問題がある)。この場合、適法な活動に基づく適法な人権制約ではあるが、放置すれば公平負担の理念に反してしまうので、私人の損失を補填する必要がある。そこで、損失補償制度が存在するのである。

 損失補償制度の憲法上の根拠は、第29条第3項である。これは一般的な根拠であり、第40条は刑事補償の根拠である。行政法学においては憲法第29条第3項を念頭に置いて考察する。最近では、土地収用法をはじめ、少なからぬ法律において損失補償に関する規定が用意されているが、仮にそのような規定が法律にない場合には、直接、憲法第29条第3項を根拠として損失補償を請求することができる〔最大判昭和431127日刑集22121402頁(U―260)〕。

 ●最大判昭和43年11月27日刑集22巻12号1402頁は、砂利採集業を営む被告人が河川附近地制限令第4条第2項に違反したとして起訴されたという事件に関する判決である。この判決のポイントは、次の点にある。

 @河川附近地管理令第4条第2項に定められる財産権の制限は、公共の福祉のための一般的な制限であり、特定の人に特別な財産上の犠牲を強いるものではないから、損失補償を要件とするものではない。

 A法律に損失補償に関する規定が存在しないからといって、直ちに違憲無効となる訳ではない。

 B法律に損失補償に関する規定が存在しない場合には、実際に受けた損失を主張立証した上で、憲法第29条第3項を直接の根拠として損失補償を請求しうる。

 そして、損失補償は、経済的自由権への侵害に対する補償の性質を有し、必ずしも訴訟を経なくてよいため、受益権または国務請求権としてではなく、経済的自由権の一環として扱われることになる。

 損失補償制度については、第30回において扱う。

 (2)国(および地方公共団体)の活動が違法な場合

 法律による行政の原理に従う限り、国家(および地方公共団体)が違法な活動を行うことは許されない。しかし、現実には違法な活動がなされ、そのために私人の側に損害が生ずる こともある。そうであれば、私人に対する賠償の必要性が生じる。国家賠償制度の存在理由は、ここに存在する。

 国家賠償制度の憲法上の根拠規定は第17条である

 ※現在では国家賠償法が存在するのでとくに問題とならない。しかし、日本国憲法制定後で国家賠償法が施行される前の事件については問題となった。法律がない場合には憲法第17条を直接の根拠として請求をなしえない、とするのが通説であった(すなわち、第17条はプログラム規定である、ということになる)。最判昭和25年4月11日集民3号125頁も、憲法第17条についてプログラム規定説をとっている。

 そして、国家賠償請求権は受益権または国務請求権として扱われ、主に訴訟を通じての請求による。また、損失補償と異なり、経済的自由権に限られず、生命、身体、名誉なども対象に含まれる。

 (3)国家補償の谷間

 例えば、予防接種による死亡事故のように、国(および地方公共団体)の活動自体は適法であるが、違法な結果が生じた場合など、上の(1)にも(2)にも該当しない場合がある。例えば、文化財の修理自体は適法であるが損失が生じた場合などである。文化財保護法などのように、立法的に解決している例もあるが、規定が存在しない場合などにどのように理解すべきなのか。 すなわち、このような場合に求められるのは損失補償か国家賠償か、という問題が存在する

 ※かつて、故今村成和教授は(3)を結果責任に基づく国家補償と呼び、(1)を適法行為に基づく財産権侵害に対する損失補償、(2)は違法行為に基づく権利侵害に基づく国家補償と呼んだ。これは現在も通用しており、この講義でも今村説に基づいているが、(3)を必ずしも結果責任の問題としてまとめきることはできないのである。

 

 2.国家賠償法第1条

 (1)国家賠償法の位置づけ

 大日本帝国憲法第61条は「行政官庁ノ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ属スヘキモノハ司法裁判所ニ掛テ受理スルノ限ニ在ラス」と定めていたが、国家賠償に関する扱いについては不明確であった。第60条に従い、行政裁判所法が制定されたが、同法は、行政裁判所への国家賠償請求を規定しておらず、このためもあって憲法上不可能とされた。そして、国家無答責の法理(主権無答責の法理)が支配的であり、権力的行為についてはこの法理が貫徹され、民法による不法行為責任も認められなかった。他方、徳島市遊動円棒事件に関する大判大正5年6月1日民録221088頁以来、権力的活動でない行為については民法による不法行為責任が認められた。

 日本国憲法は、国家無答責の法理を否定し、第17条によって国家賠償請求権を規定した。もっとも、既に述べたようにこの規定自体はプログラム規定であると理解されたのであるが、国家賠償法が制定され、特殊な場合を除いて法的に解決をみた。

 ここで、国家賠償法の規定を簡単にみていくこととしよう。

 第1条は、国(および地方公共団体)の公権力の行使に携わる公務員(行政主体そのものという場合もある)が違法な行為を行ったことが原因で私人に損害が生じた場合の規定である(後に説明する)。これは民法第709条および第715条に対応するが、これらの規定に対する特別法であるか否かについては議論がある。

 第2条は、公の施設(法文では「営造物」)の設置または管理に瑕疵があった場合の規定であり、民法第717条に対する特別法である。これについては、第29回において扱う。

 第3条は、事業の管理主体と費用負担者が異なる場合に、その両者に対して国家賠償請求をなしうるとする規定である(道路法や河川法などを参照)

 ※この規定の適用例として、最三小判昭和501128日民集29101754頁(U―250)がある。これは、国立公園特別地域内にある周回路の設置・管理に瑕疵があったために転落事故の被害を受けた原告が、国、県および市に損害賠償を請求した事件に関する判決である。

 事実認定によると、周回路自体は県の設置・管理に属していたが、国が補助金として負担した費用は二分の一ほどの割合であった。判決は、営造物の設置費用について別の者が本来の負担者と同等かそれに近い費用を負担し、実質的には両者が事業を共同して執行しており、かつ、補助金を交付するなど営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる者(本件の場合は国)が国家賠償法第3条にいう費用負担者に該当するとした。

 第4条は、民法の適用に関する規定である。また、他の法律を適用する場合について、第5条の規定がある。

 第6条は相互保証に関する規定である。ここで相互保証とは、日本国内で外国人が被害者である場合、その被害者の国籍国に日本と同様の賠償制度が存在する場合に限って日本の国家賠償法を適用することをいう。

 (2)国家賠償法第1条に規定される責任の本質

 国家賠償法第1条は、国や公共団体の公務員が公権力の行使にあたる際に、すなわち、職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合に、国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負うとする規定である。

 要件として、条文に掲げられたものをみたし、かつ第三者が「損害」を被り、そしてその損害と公務員の違法な職務遂行との間に因果関係がなければならない。違法性の判断は、事実関係、経験則、社会通念を総合することによる。そして、因果関係は相当因果関係をいう。

 規定および上記説明を改めて読み直していただきたいが、公務員が職務を執行する際に、故意または過失によって違法な行為を行い、私人に損害を与えた場合には、その公務員個人ではなく、国または公共団体が損害賠償の責任を負うと定められている。そのため、ここでいう責任の性質について議論がある。

 通説は代位責任説をとる。これは、元々は公務員個人が負う責任を国が代位したとする考え方である。公務員個人の主観的な責任要件(故意または過失)の充足が規定されていること、第2項において求償権が規定されていることに着目する。代位責任説は、救済を重視した考え方でもあり、公務員の萎縮を防ぐ考え方でもあるが、 この説によれば、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を請求者の側が立証しなければならない。

 これに対して、自己責任説も有力である。これは、国自身の責任を認めたものとする考え方であり、代位責任を明示する文言が第1条第1項にないことなどに着目する。自己責任説は、公務員が偶然に違法な職務行使を行ったに過ぎず、公務員がいわば機関として国または公共団体の職務を行ったに過ぎないと捉える。また、この考え方によると、違法な職務行使を行った公務員の故意または過失を、請求者の側が(少なくとも厳密に)立証する必要はなくなる。

 (3)公共団体の意味

 地方公共団体以外に、特殊法人や指定法人などであっても、加害行為が公権力の行使にあたるような場合には、公共団体として扱われる。

 (4)公務員の意味

 国家賠償法第1条にいう公務員は、身分上の公務員ではなく、公権力の行使を委ねられた者のことである。従って、身分上の公務員であっても公権力の行使としての行為をなさなければ、同条の適用はない。逆に、弁護士会の懲戒委員会委員のように、身分上は公務員でなくとも公権力の行使を委ねられている場合には、同条にいう公務員に該当する。

 (5)公権力の行使

 この言葉については様々な問題がある。判例を概観しつつ、若干の検討を行う。

 @ 公権力の行使の範囲については、最広義説、広義説、狭義説がある。最広義説は、国、公共団体の全ての活動を指すとする説であるが、これによると私法上の活動などにも妥当することになり、広きに失する。他方、狭義説は、統治権に基づく優越的な意思の発動としての活動のみを指すとする説であり、文言には忠実かもしれないが、事実上の権力的活動などを除外してしまうことになり、学校の教育活動や行政指導が含まれなくなることで問題が生じる。通説、判例は広義説をとり、国の私経済作用、国家賠償法第2条の対象となるものを除いた全ての活動を指すとする。広義説が妥当である(学校の教育活動や行政指導も含まれるからである。行政行為と同義に解する必要性もない)。

 A 不作為(権限の不行使)

 公権力の行使と言えば、通常は作為を想起することになるであろうが、権限の不行使、すなわち不作為も、当然ながら私人の権利・利益を侵害しうるものである。そのため、不作為を公権力の行使から除外すべき理由は見当たらない。以下、若干の判例を紹介する。

 ●最判昭和57年1月19日民集36巻1号19

 ナイフを所持していた男について警察署内で質問や身体検査をした警察官がナイフを持たせたまま帰宅させたところ、その男がナイフで傷害事件を起こしたという事件である。判決は、警察官がナイフの一時保管を行わなかったことが職務上の義務に違背し違法である、と述べた。

 ●最判昭和59年3月23日民集38巻5号475

 投棄された砲弾類が海浜に打ち上げられていて島民が絶えず爆発による人身事故の危険にさらされていた場合に、それを通常の手段で除去することができず、放置すれば生命や身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもって予測されるような状況の下、警察官がこれを容易に知りうる状況にあったときには、警察官がこうした人身事故の発生を未然に防止する措置を取らなかったことは職務上の義務に違背し違法である。

 ●最二小判平成元年1124日民集43101169頁(宅建業法事件。U―229

 某不動産会社によって損害を受けた原告が、この会社に免許を付与した京都府が業務停止処分や取消処分などの規制権限を行使しなかったとして争ったものである。判決は、宅建業法が宅建業者の人格や資質などを一般的に保証し、個々の取引関係者が受ける具体的な損害を防止して救済を図ることを目的とするものとは解しがたいとした上で、免許の更新自体が直ちに国家賠償法第1条第1項にいう違法な行為にあたらないとした。また、個々の取引関係者が具体的な損害を受けた場合であっても、権限の不行使が著しく不合理であると認められない限り、この権限の不行使は国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではない、と述べている。

 ●最二小判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁(クロロキン第一次訴訟。U―230)

 クロロキン製剤の副作用によって深刻な病気に罹った患者およびその家族が提起した損害賠償訴訟である。判決は、厚生大臣(当時)が薬事法によって医薬品を日本薬局方から削除し、または製造の承認を取り消す権限を有すると述べた上で、医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法という評価を受けるものではなく、権限の不行使が許容限度を逸脱して著しく不合理であると認められる場合には違法という評価を受ける、と述べた(結局は請求を棄却)。

 ●最三小判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟。U―231)

 当時の通商産業大臣が、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度を、じん肺法の制定以後も26年間にわたって存続させ、通商産業大臣がじん肺法制定以後も規制権限を行使しなかったことが争われたものである。上記の二判決と同じ趣旨の一般論が述べられた上で、国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価した。

 ▲なお、下級審では、危険の切迫性、予見可能性、回避可能性、補充性、国民の期待などを要件としているようである。

 B  立法行為および裁判作用

 国家賠償法第1条は「国又は公共団体の公権力の行使」と定めており、行政活動に限定していない。そのため、立法行為や裁判作用も、国家賠償法第1条の適用の対象となる。このこと自体は認められているが、実際に国家賠償請求が認められた事例はほとんどない。

 ●最一小判昭和601121日民集39巻7号1512頁(U―233)

 かつて、公職選挙法は在宅投票制度を規定していたが、悪用されたために廃止された。身体に障害を持ち、車椅子による移動も困難となった原告は、在宅投票制度の廃止によって選挙権の行使の機会を奪われたとして、在宅投票制度を復活させる法律を制定しなかったことが国会議員による違法な公権力の行使であるとして損害賠償請求訴訟を提起した。

 立法行為が国家賠償法第1条第1項の適用において違法となるか否かは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したか否かの問題であり、立法の違憲性とは別であり、立法の内容が憲法に違反するとしても直ちに違法の評価を受けない。そして、「国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない」。

 なお、最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁(在外投票制限違憲訴訟。U―215)を参照すること。この判決は、公職選挙法が海外在住の日本国民について衆議院議員総選挙の小選挙区と参議院議員選挙の選挙区について在外投票を認めていなかったことについて、憲法第15条などに違反すると判断し、慰謝料の支払いを命じたものである。但し、この判決には1名の裁判官による補足意見、2名の裁判官による反対意見、1名の裁判官による反対意見(前記反対意見とは別)が付されている。

 また、立法不作為の違法性を認定したものとして、熊本地判平成13年5月11日判時174830頁も参照。

 ●最二小判昭和57年3月12日民集36巻3号329頁(U―234

 債務不履行による損害賠償事件(民事訴訟)に対する判決の違法性が主張された国家賠償請求訴訟である。判決は、裁判に瑕疵が存在していたとしても直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたというような、明らかに趣旨に背く権限の行使をしたと認められるような特別の事情が必要とされる、と述べている。

 ●最二小判昭和531020日民集32巻7号1367頁(U―235)

 火薬類取締法違反などに問われたXが、刑事訴訟の控訴審で無罪判決(確定)を受けたことを受け、捜査や公訴提起に故意または重過失があったとして国や検察官などを被告として損害賠償請求を行ったものである。判決は、刑事事件において無罪の判決が確定したという事実によって直ちに逮捕、勾留、公訴提起などが違法となる訳ではなく、むしろその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りにおいて適法であるとした。

 (6)主観的要件としての故意または過失、客観的要件としての違法性

 客観的に違法性が存在しているとしても、故意または過失が認められなければ、国家賠償法第1条第1項によって違法と評価され、損害賠償責任が生じるという訳ではない。しかし、民法でも複雑な状況にあり、国家賠償法第1条の場合はさらに複雑である。

 まず、違法性と故意・過失の二段階の審査をする場合が存在する。行政行為(行政処分)によって生じた損害について 違法性の判断を行い、次に故意・過失の認定をなすのである。この場合、行政行為(行政処分)に対する取消請求は認められても、国家賠償請求は認められないことがある。また、権力的な実力行使についても、違法性と故意・過失は別個に判断される。

 ●最一小判昭和61年2月27日民集40巻1号124頁(U―224)

 速度違反としてパトカーに追跡された自動車が信号無視を繰り返した上に現場交差点に進入したことにより、多重衝突事件が発生して死傷者が出た。負傷したXは、パトカーによる追跡方法などに問題があったとしてY県に国家賠償を請求した。判決は、パトカーの追跡行為が違法であるというためには「右追跡が当該職務目的を遂行する上で不必要であるか、または逃走車両の逃走の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし、追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するものと解すべきである」と述べた。

 ●最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(U―227)

 所得税の更正処分および加算税賦課処分の一部が判決によって取り消され、確定したことによって提起された損害賠償請求訴訟である。判決は、税務署長が行う所得税の更正が所得金額を過大に認定したとしても、直ちに国家賠償法第1条第1項の適用において違法であると評価される訳ではなく、「税務署長が資料を収集してこれに基づいて課税要件事実を認定し判断する過程において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り」違法の評価を受ける、と述べている。

 次に、違法性と故意・過失を一体的に審査する場合が存在する。これは、国公立学校における事故(とくにクラブ活動や課外活動における)についての国家賠償訴訟や、公権力の行使の不作為についての国家賠償訴訟が該当する。

 ●最二小判昭和58年2月18日民集37巻1号101

 Y町立学校に在学していたXが、体育館の倉庫からトランポリンを無断で持ち出して遊んでいた。クラブ活動中のAが、活動の邪魔になるとして注意したがXが反発したため、AはXを体育館の倉庫につれて殴打した。これが原因でXは失明した。Xは、この事故がクラブ顧問教諭の監視指導義務の懈怠という過失により発生したとして、Y町に対して損害賠償請求訴訟を提起した。第一審はXの請求を棄却したが、控訴審は請求の一部を認容した。最高裁判所第二小法廷は破棄差戻判決を下した。

 学校の教育活動の一環として行われるものである以上は、課外クラブ活動であっても、教諭や学校に、生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務は存在する。しかし、課外クラブ活動の趣旨からして、何らかの事故が発生する危険性を具体的に予見することができるような特段の事情がない限り、顧問教諭が個々の活動に常に立会い、監視指導すべき義務までを負うものではない。

 (7)国家賠償法第1条第1項にいう職務

 ここにいう職務について、判例は外形(標準)説を採用している。但し、根拠や射程距離は不明である。

 ●最二小判昭和311130日民集10111502頁(U―236

 警視庁に勤務する警察官が、非番の日に制服と制帽を着用し、拳銃を携帯して隣県の某駅に赴き、職務質問を装って金品を奪おうとしたが、騒がれたため、被害者を射殺した。被害者の遺族は、東京都に対して損害賠償請求を行った。最高裁判所は、公務員の主観的意図はともあれ客観的に職務遂行の外形を備えた行為によって他人に損害を与えた場合には、国または公共団体が損害賠償責任を負うのが相当であると判断した。

 (8)公務員の個人責任は認められるか?

 改めて、国家賠償法第1条第1項を読んでいただきたい。果たして、国家賠償とは別に、公務員個人の損害賠償責任は認められうるのであろうか(念のために記しておくが、国家賠償請求が可能な場合である)。

 有力説である自己責任説の立場から、国の責任と公務員の責任とは別の問題であるから、公務員の個人責任は認められうる 、とする考え方が主張される。下級審判決にも、故意または重過失を要件とするものがある。しかし、自己責任説であれば公務員の個人責任を問わないとする結論のほうが自然である。

 最高裁判所の判例は、国家賠償法第1条第1項が適用される場合に、公務員個人は被害者に対して直接責任を負わない、とする。その代表例が、次に示す判決である。

 ●最三小判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁(U―242)

 某町農地委員会において委員同士が対立し、事務が停滞した上に複数の委員が辞職するに至った。そのため、県知事は町農地委員会に対して解散命令を発した。これに対し、町農地委員会委員長および複数の委員が解散処分の無効確認を求め、さらに県知事および県農地部長に対して慰謝料の支払を求めて出訴した。第一審判決、控訴審判決ともに請求を棄却し、最高裁も上告を棄却した。なお、無効確認請求については訴えの利益がないと判断している。

 町農地委員会委員長および複数の委員による請求は県知事および県農地部長の職務行為を理由とする国家賠償請求と解すべきであり、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、公務員個人も責任を負うものではない。

 通説も最高裁判例と同じ立場である。国家賠償法第1条第2項に求償権に関する規定が存在することからしても、最高裁判例が妥当であろう。なお、求償権の要件は、公務員の故意または重過失である。

 

(2013年5月27日掲載)

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