第29回    国家賠償法第2条

 

 

 1.国家賠償法第2条の意義

 (1)規定の意義

 国家賠償法第2条は、公の営造物(例、道路、河川)の設置または管理に瑕疵があり、これによって損害が他人に生じたときに国あるいは公共団体が損害賠償の責任を負う、と定める。第1条と異なり、公権力の行使とは言えない「公の管理作用に基づく損害」についての国または公共団体の損害賠償責任を規定するのである(第25回の講義内容も参照のこと)。

 同条は、基本的には民法第717条の特別法であるが、次のような違いがある。

 @国家賠償法第2条の「公の営造物」は、民法第717条の「土地の工作物」より広い概念である。通説・判例によると、「公の営造物」には、不動産だけでなく動産も含まれる(例として、公用自動車、電気かんな、拳銃、警察犬など)。

 ここで注意しておかなければならないのは、「公の営造物」の意味である。この「公の営造物」は、行政法学上の営造物を意味せず、基本的には公物を意味する。従って、行政法学上の営造物のうち、施設的部分である有体物のみを指す。無体財産や人的施設は含まれない(大阪地判昭和61年1月27日判時120896頁)。

 ▲ここで、営造物と公物について説明を加えておく。

 行政法学上の営造物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される人的施設および物的施設の総合体である。例として、国公立学校、病院、図書館などがあげられる。

 これに対し、行政法学上の公物とは、行政主体(国や公共団体など)によって公の目的に供用される有体物である。国家賠償法第2条には、例として、人工公物としての道路、および自然公物としての河川があげられている。

 A民法第717条には占有者免責条項があるが、国家賠償法第2条にはない。ちなみに、「公の営造物」の設置・管理は、事実上の状態があればよいとされる。法律上の管理権や、所有権など法律上の権原を必要としない。

 B国家賠償法では第3条になるが、費用負担についての独自の規定がある。

 国家賠償法第2条にいう責任は、一般に無過失責任と言われているが、その内容は必ずしも明確でない。

 (2)国家補償法第2条の瑕疵の意味

 設置・管理の瑕疵の解釈については争いがある。まず、学説の状況を概観しておこう。

 国家賠償法第2条のもつ特殊性を強調するのが、通説でもある「客観説」である。この説は、設置の瑕疵を、設計や構造の過程に不完全な点があること(原始的な瑕疵)と解し、管理の瑕疵を、維持・修繕・保管等に不完全な点があること(後発的な瑕疵)と解する。

 一方、折衷説は、公物の物的欠陥(客観説の内容)に公物管理者の行為責任(安全管理義務)を含める。折衷説によると、例えば名古屋高判昭和491120日判時76118頁(飛騨川バス転落事件)のように、山崩れなどによって通行に危険が生じることを的確に予想せず、通行止めなどの措置をとらなかったために事故が発生したという場合にも、賠償責任が生じることになる。

 また、民法第715条との密接な関係を重視して不法行為責任と解する「義務違反説」は、公物管理者の安全確保義務違反を瑕疵と考える。この見方によると、公物に物的欠陥があったとしても、公物管理者の安全確保義務違反が存在しなければ賠償責任を問えないことになる(この説を採ると考えられる判決として、最判昭和50年6月26日民集29巻6号851頁などがある)。

 このような状況であるが、判例は、事案などによって見解を異にするようであり、決定的な見解はない。また、どの説が妥当であるかということよりも、事案の妥当な解決に向けた解釈を採用すべきであろう。

 とりあえず、一般論として、次のことを指摘しうる。

 a.国家賠償法第2条に定められた責任は単なる結果責任ではない。

 b.従って、条文上は、瑕疵を判断する際に、公物の客観的状態以外の要素も考慮しうる。

 c.公物の状況や性質により、瑕疵の有無や性質は異なりうる。

 もし、公物の本来の用法に従えば損害は生じない(つまり、本来の用法に従わなかったために損害が生じた)場合であれば、設置または管理に瑕疵はないことになりうる。例えば、道路の防護柵に設けられた手摺に後ろ向きに座り、その結果として転落事故が発生した場合(最判昭和53年7月4日民集32巻5号809頁)や、中学校校庭内のテニスコートにある審判台に昇った者が、背当ての鉄パイプを両手で握って後部から降りようとしたため、審判台が転倒し、下敷きとなって死亡した場合(最三小判平成5年3月30日民集47巻4号3226頁。U―248)には、設置または管理の瑕疵が認められない。一方、公物の本来の用法に従えば、利用者にとっての損害は生じないが、第三者(例えば近隣住民)に被害が発生した場合には、設置または管理に瑕疵はあるということになりうる。

 d.その上で、次のように定式化されている。

 @「営造物」(公物)が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性がある状態にあれば、瑕疵が存在すると言いうる〔すぐ後に取り上げる大阪空港訴訟最高裁判決において述べられていることで、大東水害訴訟最高裁判決( 最一小判昭和59年1月26日民集38巻2号53頁。U―245)においても述べられている〕。

 Aこのような瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」である(これは最判昭和53年7月4日民集32巻5号809頁において述べられていることで、前掲大東水害訴訟最高裁判決においても述べられている)。

 ●大阪空港訴訟最高裁判決(最大判昭和561216日民集35101369頁。U―157・249)

 大阪空港(伊丹空港)近隣住民が、大阪空港の夜間(21時から翌日の7時まで)の使用差止め、および、過去および将来に係る損害賠償の支払いを求めた民事訴訟である。大阪地方裁判所および大阪高等裁判所は近隣住民の請求を認めたために、国が上告した。

 最高裁判所大法廷は、差止請求については、国営空港の運営に、運輸大臣(当時)に与えられた「航空行政権」という公権力の行使を本質的内容とする権限があり、民事訴訟による請求は認められないと 述べて、国の上告を認容し、近隣住民の請求を却下した。一方、損害賠償請求については国の上告を棄却し、近隣住民の請求を、過去の分についての損害賠償に関してのみ認容した。国家賠償法第2条第1項にいう瑕疵については「営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいう」とした上で、次のように述べる。

 「そこにいう安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、ひとり当該営造物を構成する物理的、外形的な欠陥ないし不備に」より危害を生じさせる危険性がある場合のみでなく、「その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者に対してのみならず、利用者以外の第三者に対するそれをも含むべきである。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくとも、これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置、管理には瑕疵があるというを妨げず」、国家賠償法第2条の責任が免れられうる訳ではない。

 〔「航空行政権」を理由として近隣住民の請求を却下した点については、4人の裁判官による反対意見がある。なお、この判決のためであろうか、新潟空港訴訟(第26回で扱った最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁。U―170)では、行政事件訴訟法に定められる取消訴訟が用いられた。〕

 この判決によると、営造物利用の態様および程度が一定の限度に留まる限りにおいては危害が生ずるおそれがなくとも、その限度を超える利用によって危害が生ずるおそれがある状況が存在する場合も、営造物の設置・管理に瑕疵があるといえる。そして、公共性の高い事業が地域住民にもたらした公害について国の損害賠償責任を認めたが、将来の損害賠償請求については否定している。また、騒音被害が著しくなってから転入した者の慰謝料請求も否定している。

 ●最三小判昭和61年3月25日民集40巻2号472頁(U―247

 大阪環状線福島駅のホームから視力障害者の原告が転落し、電車に轢かれて重傷を負った。原告は、当時(昭和48年)、この駅に点字ブロックが設置されていなかったことが事故につながったなどとして、国鉄に対して損害賠償を請求した。大阪地方裁判所は請求を一部認め、大阪高等裁判所は全面的に認めたが、最高裁判所は破棄差戻判決を下した。安全性については、事故当時、点字ブロックが相当程度に標準化されて全国、そしてその地域における道路や駅のホームなどへの普及の程度、事故の発生の危険の程度、設置の必要性の程度、設置の困難性の有無などを総合考慮して判断すべきである、とした。

 ●尼崎道路公害訴訟(最二小判平成7年7月7日民集49巻7号1870頁・2599

 尼崎市内の国道43号線および阪神高速道路を走行する自動車による騒音、振動、大気汚染によって被害を受けたとして、近隣住民が騒音や二酸化窒素の侵入差止めや損害賠償を請求したものである。差止請求については近隣住民の請求が棄却され、過去に関する損害賠償については被告の国および阪神高速道路公団の上告が棄却された。

 (3)道路の設置・管理の瑕疵

 道路については、通常有すべき安全性の他、無過失責任および予算抗弁の排斥が原則とされる。

 ●最一小判昭和45年8月20日民集24巻9号1268頁(U―243

 国道56号線の或る区間においては落石が頻発しており、某日、崩土と落石が生じてトラックの助手席に座っていた青年が即死した。その両親が原告となって国と香川県に対して損害賠償を請求した。この判決において、無過失責任、および予算抗弁の排斥が明確に述べられた。

 ●最三小判昭和50年7月25日民集29巻6号1136頁(U―244

 和歌山県内の国道に故障車がおよそ87時間にわたって放置された(このことを警察署は知っていたが、土木事務所は知らなかった)。この故障車に時速60キロメートルで走行していた原動機付自転車が衝突し、運転していた青年が死亡した。その両親が、故障車の持ち主や国道を管理する和歌山県などに対して損害賠償を請求した。判決は、故障車の放置が道路の安全性を著しく欠く状態であるとした上で、安全性の保持のための措置を全く講じていなかったことが瑕疵にあたるとして、損害賠償責任を認めた。

 ●最一小判昭和50年6月26日民集29巻6号851

 或る県道で工事が行われており、現場には工事標識板、バリケード、赤色灯標柱が設置されていた。しかし、それらが先行する車によって倒され、赤色点滅灯も消えていた。そこを通りかかった車の運転者が気づいてハンドルを切ったが間に合わず、道路付近の田に転落するという事故が発生した。判決は、道路の安全性の欠如を認めたが、時間的に安全性を回復させるための措置をとることが困難であったとして、道路管理の瑕疵を否定した。

 この他、飛騨川バス転落事件(名古屋高判昭和491120日判時76118頁)、日本坂トンネル事故訴訟(東京高判平成5年6月24日判時146246頁・73頁)がある。

 (4)河川管理の瑕疵

 道路は人工公物であるが、河川は自然公物であると、一応は分けることができる。国家賠償法第2条には河川が例示されているが、水害については設置・管理の瑕疵を認めることは可能であろうか。そして、河川は自然公物であることから、人工公物である道路などとは性質が違うということになるのであろうか。

 ●前掲大東水害訴訟最高裁判所判決

 大阪府大東市にある未改修河川が集中豪雨のために氾濫したため(溢水型水害)、床上浸水などの被害を受けた住民が、河川管理者である国、河川管理の費用負担者である大阪府、および排水路の管理者で大東市 に対して、国家賠償法第2条および第3条により損害賠償を請求した。大阪地方裁判所および大阪高等裁判所は三者の管理責任を肯定したが、最高裁判所は破棄差戻判決を下した。

 判決は、次のように一般的前提を述べる。「河川は本来自然発生的な公共用物であ」り、「自然の状態において公共の用に供すべき物であるから、通常は当初から人工的に安全性を備えた物として設置され管理者の公用開始行為によって公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異に」する。すなわち、河川管理に道路などの営造物の管理とは異なる特質およびそれに基づく諸制約があることを強調する。

 そして、いわゆる大東基準が述べられる。これは、次に示すものである。

 国家賠償法第2条第1項にいう「営造物の設置又は管理」の瑕疵とは、「営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、このような瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである」。そして、河川が「通常予測し、かつ、回避しうる水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはできず、河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りる」。さらに、河川の管理についての瑕疵の有無は、「諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理に置ける財政的、技術的および社会的諸制約の下での同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである」。

 これを要約すると、次のようになる。

 a.「営造物の設置又は管理」の瑕疵は、「営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態」である。

 b.瑕疵の存否は「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきものである」。

 c.河川が「通常予測し、かつ、回避しうる水害を未然に防止するに足りる安全性を備えるに至っていないとしても、直ちに河川管理に瑕疵があるとすることはでき」ない。従って、「河川の備えるべき安全性としては、一般に施行されてきた治水事業の過程における河川の改修、整備の段階に対応する安全性をもって足りる」。

 d.河川の管理についての瑕疵の有無は、「諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理に置ける財政的、技術的および社会的諸制約の下での同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである」。

 この判決から、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、その計画が上記の基準に照らして格別不合理なものと認められないときには、特段の事由が生じない限りは、その部分について改修が未だ行われていないとの一事を以て河川管理に瑕疵があるとすることはできない)、ということになるであろう。

 大東基準は「改修の不十分な河川」の溢水水害に関するものである。それでは、この基準が、改修済み河川、あるいは改修完了部分において発生した破堤水害にも適用されるのであろうか。

 多摩川水害訴訟(最一小判平成2年1213日民集44巻9号1186頁。U―246

 テレビドラマにもなった有名な事件である。豪雨によって多摩川が増水し、同水系の工事実施基本計画により改修や整備が必要とされていなかった箇所の堤防が計画高水流量の規模の洪水により破壊され、家屋の流出などに至った(破堤水害)。本件は大東水害と異なり、改修済み河川あるいは改修完了部分において発生したが、控訴審判決(東京高判昭和62年8月31日判時1247号3頁)は大東基準をストレートに適用して住民の請求を棄却したために住民側が上告し、最高裁判所は破棄差戻判決を下した。

 この判決は、一般論として大東基準を承認するが、ストレートに適用していない。その上で、次のように述べる。

 a.工事基本計画が策定され、その計画に準拠して改修・整備がなされ、またはその計画に準拠して新規の改修・整備の必要がないものとされた河川の改修・整備の段階に対応する安全性とは、「同計画に定める規模の洪水における流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足りる安全性をいう」。

 b.「許可工作物の存在する河川部分における河川管理の瑕疵の有無は、当該河川部分の全体について、前記判断基準の示す安全性を備えていると認められるかどうかによって判断すべきであ」る。

 c.「本件における河川管理の瑕疵の有無を検討するに当たっては、まず、本件災害時において、基本計画に定める計画高水流量規模の流水の通常の作用により本件堰及びその取り付け部護岸の欠陥から本件河川部分において破提が生ずることの危険を予測することができたかどうかを検討し、これが肯定された場合には、右予測をすることが可能となった時点を確定した上で、右の時点から本件災害時までに前記判断基準に示された諸制約を考慮しても、なお、本件堰に関する監督処分権の行使又は本件堰に接続する河川管理施設の改修、整備等の各措置を適切に講じなかったことによって、本件河川部分が同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を欠いていたことになるかどうかを、本件事案に即して具体的に判断すべきである」と述べた。

 d.「基本計画の下で改修が完了した河川部分」を「改修の不十分な河川」と同一視しえない。

 e.管理の対象が許可工作物であるか河川管理施設であるかによって河川管理の特質、および、これに伴う諸制約の程度に著しい差異があるとはいえない。

 このことから、大東基準は破堤水害には適用されない部分がある、ということになる。

 

(2013年5月27日掲載)

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