税法・財政法試験問題集・その2 解説など
1.について
給与所得控除は、所得税法の中でも最も身近なものの一つであり、また、大きな問題を抱えるものである。しかも、これは憲法学においても平等の問題として取り上げられるものである。
所得税法は、所得について正面から定義を下していないが、所得を10種類に分類した上で、基本的に一年間の収入金額から必要経費を控除した額としている。しかし、給与所得の場合は必要経費(実額)ではなく、定額控除である給与所得控除額を控除したものとされている。その理由として、必要経費の個別的な認定が困難であり、概算経費による控除を認める必要があること、給与所得の担税力が資産性所得などより低いこと、給与所得の捕捉率が他の所得より高いこと、給与所得が原則として源泉徴収されること(所得税法第 183条以下)があげられる。
たしかに、給与所得の場合に必要経費についての具体的な判断が困難である場合は多い。また、通勤費や転勤費なども、完全に給与所得者が支出するのではなく、雇傭者が支出することも多いために、必要経費と認められないこともある。
現行の給与所得控除額は比較的高く設定されているため、通常は問題にならないが、仮に必要経費が法定の給与所得控除額を超えた場合であっても、実額控除が認められない。給与所得の捕捉率が事業所得などよりも高いこともあって、実額控除を認めないのは憲法第14条第1項に違反するのではないかという見解が根強い。これに対し、給与所得の場合は必要経費の範囲が不明確であること、給与所得に必要経費による実額控除を認めると税務行政に混乱を招くおそれがあること、などを理由として、憲法第14条第1項に違反するものではないという見解もある。
判例としては、憲法の判例としても有名な大島サラリーマン税金訴訟(最大判昭和60年3月 27日民集39巻2号247頁)がある。ここで事案などを概観しておく。
私立大学の教授であった原告(・控訴人・上告人。上告後に死亡)は、給与所得とは別に雑所得があったが申告しなかった。このため、被告税務署長は、無申告加算税などの賦課決定処分をした。原告は不服申立てをしたが認められず、出訴した。原告は、給与所得課税について、必要経費の実額控除が認められない(事業所得などにおいては認められる)、給与所得控除が認められるとしてもその控除額が必要経費を下回っていること、源泉徴収制度によって給与所得の捕捉率が他の所得に比して著しく高いこと、給与所得以外の所得者に対しては租税特別措置による利益が与えられるなどを主張し、著しく不公平な所得税負担を課すものであると主張した。
最高裁判所大法廷は、まず、「租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができない」から憲法第14条に違反しない旨を述べた。そして、給与所得者に関して必要経費と家事上の経費などとの区別が困難であること(支出形態や支出額が各人によって異なる)、給与所得者が非常に多く存在するので各自の必要経費の額を個別的に認定して実額控除を行う方法などが技術的に困難であること、給与所得に関して概算控除制度を設けたのは事業所得者などとの租税負担の均衡を図るためであること、給与所得における必要経費の額が給与所得控除の額を明らかに上回ると認めるのは困難であることなどを理由として、原告の請求を棄却した。
あとは、自説を展開していけばよろしい。
なお、大島サラリーマン税金訴訟最高裁判決が出された後、第 57条の2が新設され、給与所得者の特定支出について控除の特例が認められている。特定支出控除制度といわれるもので、通勤費、転居費、研修費、資格取得費、帰宅旅費の合計が給与所得控除額を超える場合に、給与所得控除額とともに超える部分をも控除できるというものである。しかし、適用例が非常に限定されているという問題点が存在する(このことについては、別に答案に記す必要はない)。
2.について
気づかれた方もおられると思うが、この問題は、基本的に「税法・財政法試験問題集」その 1として載せた西南学院大学法学部・税法(最終)レポート課題〔2004年9月1日出題〕の(2)と同様のものである。
@について
Aについては仕入額を考慮していないので、売上額1万円に対する消費税額は500円となる。
BはAから10500円で甲を仕入れている。そして、売上額が2万円となっているから、消費税額は1000円となる。しかし、仕入れの段階での税額を控除できるから、納付すべき消費税額は500円となる。
CはBから21000円で甲を仕入れている。そして、売上額が3万円となっているから、消費税額は1500円となる。しかし、仕入れの段階での税額を控除できるから、納付すべき消費税額は500円となる。
DはCから31500円で甲を仕入れている。そして、売上額は4万円となっているから、消費税額は2000円となる。しかし、仕入れの段階での税額を控除できるから、納付すべき消費税額は500円となる。
Eは消費税の納税義務を負わない。しかし、実際には、最終的な負担がEに帰せられている(そのために、問題文に「消費者Eが最終的に負担させられる額」と記した)。消費者は2000円を負担させられるから、結局、A、B、CおよびDが納付すべき税額の合計と同じことになる。
Aについて
簡易課税制度は、消費税法第37条に規定されるものである(問題文では参照条文として付しておいたが、ホームページに掲載するにあたっては省略した)。これは、消費税の納税額の計算を簡便にするために導入されたものである。現在では、課税売上高が5000万円以下である事業者について認められており、実額控除制度との選択に委ねられている。
消費税の場合、課税売上額と課税仕入額をそれぞれ別個に計算しなければならないが、簡易課税制度を用いると、仕入額を売上額の一定割合(これは、消費税法施行令第57条に定められており、みなし控除率という)として控除をなしうる。
たとえば、(講義の教科書に従うと)売上額の90パーセントを控除した金額、すなわち売上額の10パーセントの金額に対して消費税がかかるものとして計算することができる。売上額がわかれば納付すべき税額がわかるという点は、たしかに長所である。しかし、業種によって割合が決められているため、実際には仕入れ率によって益税の問題が生じる(逆も生じうる)。
事例に即してみる。まず、Dは甲を3万円で仕入れて4万円で売っているのであるから、仕入れ率は75パーセントとなる。しかし、簡易課税制度を適用し、みなし控除率を80パーセントとすると、
4万×(1−0.8)×0.05=4万×0.2×0.05=400
従って、400円が納税額となる。これは、次のように考えてもよい。Dは、売り上げに際して2000円を受け取っているから、
4万×0.05−4万×0.8×0.05=4万×0.05−3万2000円×0.05=2000−1600=400
しかし、実際にはEから消費税額として2000円を受け取っており、Cに1500円分を消費税分として支払っている。そのため、
2000−1500−400=100
100円がDの手元に残ることとなる(益税)。これは、実際の仕入れ率がみなし控除率より低いために生じる。
逆に、簡易課税制度を適用し、仕入れ率が70パーセントであると、
4万×(1−0.7)×0.05=4万円×0.3×0.05=600
従って、600円が納税額となる。これは、次のように考えてもよい。Dは、売り上げに際して2000円を受け取っているから、
4万×0.05ー4万×0.7×0.05=4万×0.05−2万8000×0.5=600
しかし、実際にはEから消費税額として2000円を受け取っており、Cに1500円分を消費税分として支払っている。そのため、
2000−1500−600=−100
Dは100円を余計に納めなければならなくなる。これは、実際の仕入れ率がみなし控除率より高いために生じる(損税と表現しておく)。
また、簡易課税制度は、納税義務者の選択に委ねられているが、消費税法第37条に示されているように、原則として届出書を提出した日の属する課税期間の次の課税期間から適用することとなっており、適用をやめようとするときには、原則として、適用の初日から2年以上が経過した日でなければならないこととなっている。
3.について
気づかれた方もおられると思うが、この問題も、基本的には「税法・財政法試験問題集」その 1として載せた西南学院大学法学部・税法(最終)レポート課題〔2004年9月1日出題〕の(1)と同様のものである。
講義でも述べたが、相続税法は法定相続分課税による遺産取得税方式を採用する。遺産取得税方式に遺産税方式を加味した制度となっており、これが不合理をもたらしているのである。
まず、●として示した事例について記しておく(なお、以下では、実務において用いられる簡易型計算法を用いない。超過累進課税の基礎を理解していただくためである)。
当初の合計課税価格は3億円であるから、基礎控除は、5000万円+1000万円×3=8000万円である。
従って、課税遺産額は3億円−8000万円=2億2000万円 となる。
ここで、法定相続分で分割すると仮定する。
Bは、2億2000万円×1/2=1億1000万円
C、Dは、それぞれ、2億2000万円×1/4=5500万円
ここで、Bについて超過累進税率を適用すると、
1000万×0.1+(3000万−1000万)×0.15+(5000万−3000万)×0.2+(1億−5000万)×0.3+(1億1000万円−1億)×0.4
=100万+300万+400万+1500万+400万
=2700万(円)
同様に、C、Dのそれぞれについて超過累進税率を適用すると、
1000万×0.1+(3000万−1000万)×0.15+(5000万−3000万)×0.2+(5500万−5000万)
=100万+300万+400万+150万
=950万(円)
B、C、Dの分を合算すると、
2700万+950万×2=2700万+1900万=4600万(円)
これを実際の相続割合で按分すると、
B:4600万円×1/3=1533万3333.33……円
事例ではCおよびDの相続分も同額であるから、Bと同じ額になる。
そして、新たに2億円の遺産が見つかったから、合計課税価格は5億円となったとしておくと、
基礎控除は同額なので、課税遺産額は5億円−8000万円=4億2000万円になる。
これを法定相続分で分割すると仮定する。
B:4億2000万円×1/2=2億1000万円
CおよびD:4億2000万円×1/4=1億500万円
それぞれに超過累進税率を適用する。
B:1000万×0.1+(3000万−1000万)×0.15+(5000万−3000万)×0.2+(1億−5000万円)×0.3+(2億1000万−1億)×0.4
=100万+300万+400万+1500万+4400万
=6700万(円)
CおよびD:1000万×0.1+(3000万−1000万)×0.15+(5000万−3000万)×0.2+(1億−5000万円)×0.3+(1億500万−1億)×0.4
=100万+300万+400万+1500万+200万
=2500万(円)
B、C、Dの分を合算すると、
6700万円+2500万円×2=1億1700万円
これを実際の相続割合で按分すると、
BおよびC:1億1700万円×2/5=4680万円
D:1億1700万円×1/5=2340万円
こうしてみると、Dの実際の相続額には変化がないのに、相続税の負担額は800万円ほど増えることがわかる。
法定相続分課税による遺産取得税方式は、この事例で言えばCが単独で相続したとしても相続税の総額が変わらないという長所もあるが、合計課税価格が上昇または減少した場合、相続人の相続分に変化がなくとも相続税の負担額が増減するという問題をはらんでいるのである。今回の試験問題では、時間の関係もあり、計算結果などを示す必要はなく、法定相続分課税による遺産取得税方式の問題点を論じればよいようになっている。
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