税法・財政法試験問題集・その7 解説など
収入は給与の分の1000万円しかないということになっている。利子所得や配当所得があるかもしれないが、実際には源泉分離課税なので無視している。また、退職所得や山林所得は当初から分離課税なので無視している。
(1)給与所得控除は、所得税法第28条第3項に規定されている。A氏の場合は、収入が1000万円ちょうどであるので第4号が適用されることになる。同号は「前項(注:第2項)に規定する収入金額が660万円を超え1000万円以下である場合」に「186万円と当該収入金額から660万円を控除した金額の100分の10に相当する金額との合計額」と規定する。「以下」という言葉、そして第5号に登場する「超える」という言葉に注意する必要がある。
従って、1,860,000+(10,000,000−6,600,000)×0.1=1,860,000+340,000=2,200,000
給与所得控除は
220万円である。(2)給与所得の場合は(給与所得)=(総収入金額)−(給与所得控除)であるから、A氏の給与所得は
780万円である。(3)給与所得の額から、該当する所得控除の額を次々に引いていくと課税総所得金額が得られる。A氏の場合に適用される所得控除は上述のとおりであるから、所得控除の総額は
189万円である。従って、A氏の課税総所得金額は591万円である。(4)ここでA氏の納税額を計算することとなる。所得税の税率は第
89条に規定されている。設問に従い、計算する。まず、単純累進税率の場合は、第
89条の表の前に示されている方法を無視して、いきなり表の税率を適用することになる。A氏の課税総所得金額は591万円であるから「330万円を超え900万円以下の金額」に該当することとなる。この時の税率は20パーセントであるから、5,910,000×0.2=1,182,000となる。単純累進税率ならば、A氏の納税額は118万2千円である。一方、第
89条は超過累進税率を規定する。この方法に従い、つまりは第89条の文言に忠実に計算する(実際には簡便な計算法があるが、超過累進税率の基本を理解していただくため、簡便な計算法は利用しない)。まず、
591万円を「330万円以下の金額」と「330万円を超え900万円以下の金額」とに分割する。5,910,000=3,300,000+(5,910,000−3,300,000)であるから、右辺は二つの要素に分解されることとなる。そして、その一つずつに税率をあてはめる。まず、「
330万円以下の金額」の部分には10パーセントの税率がかけられるので、3,300,000
×0.1=330,000…………………………………………………@となる。
次に、「
330万円を超え900万円以下の金額」の部分には20パーセントの税率がかけられるので、(
5,910,000−3,300,000)×0.2=2,610,000×0.2=522,000…………Aとなる。
第
89条で、以上の計算によって得られた金額を合計するように指示されているので、@の金額とAの金額を合計すると、852,000円となる。結局、A氏の納税額は
85万2千円となる。●よく見受けられた誤りについて
第一に、給与収入、給与所得、給与所得控除
第二に、単純累進税率と超過累進税率との違いについてよくわかっていないと思われるレポートも散見された。
たとえば、単純累進税率として、次のように計算する例が見られた。
5,910,000×0.2−330,000=852,000
これは、超過累進税率を採用する際に計算が複雑になってしまうため、簡便にするための計算法なのである。すなわち、単純累進税率ではなく、超過累進税率を採用する場合の計算例なのである。実際に、所得税法第89条の文言に忠実に計算してみて欲しい。
3,300,000×0.1+(5,910,000−3,300,000)×0.2=5,910,000×0.2−330,000=852,000
となる。
単純累進税率と、超過累進税率を採用した場合の簡便な計算法を混同することにより、超過累進税率を採用した場合の計算が訳のわからないものになってしまう。残念ながら、その数が少なくなかった。
講義で簡便な計算法を用いなかったのは、超過累進税率の基本を理解していただくため、所得税法第89条の読み方を理解していただくためである。
また、生命保険控除を勝手に37500円と設定したものもあった。上記の設問は、私が(自らの例を含めて)様々な例を参照した上で作ったものであり、生命保険料控除を最高の5万円と設定したのである(A氏が1年間に10万円以上の生命保険料を支払っていると仮定している。講義でも、口頭ではあるが述べたはずである)。
この週末課題に限らず、設問で出された条件を勝手に変更するようなことは、絶対にしないで欲しい。もし、私が生命保険料控除の額を算出して欲しいという趣旨で出したのであれば、生命保険料控除の額を5万円と記すようなことはしない。むしろ、1年間に支払った生命保険料が5万円であったら生命保険料控除はいくらになるか、という設問を立てるであろう。
(5)について
不適切と思われる設例が少なからず見受けられた。例えば、甲の給与所得が900万円の場合と901万円の場合を取り上げて比較する際に、単純累進税率であればともあれ、超過累進課税の場合にも、900万円×0.3=270万円と900万円×0.3+1万円×0.37=270万3700円としているものがあった。現行の所得税法に照らせば、ともに誤りとなってしまうので、注意されたい。
最も簡単な例として、甲の給与所得が330万円の場合と331万円の場合(330万1000円であってもよい)とを取り上げてみる。
単純累進税率の場合であれば、
3,300,000×0.1=330,000
3,310,000×0.2=662,000 (ちなみに、3,301,000×0.2=660,200)
ここから、甲の給与所得が330万円であれば、所得税を徴収された後に残る額が297万円となるのに対し、給与所得が331万円であれば、所得税を徴収された後に残る額は264万8000円となる。すなわち、1万円だけ所得が増えると手許に残る額が32万2000円も少なくなる。これは不合理であろう。
そこで、超過累進税率を用いると、給与所得が330万円である場合には上と同じであるが、331万円である場合には次のようになる。
3,300,000×0.1+10,000×0,2=330,000+2,000=332,000
ちなみに、簡易な計算方法を用いると、3,310,000×0.2−330,000=662,000−330,000=332,000 となる。
いずれにせよ、このように計算すれば、手許に残る額は297万8000円となるから、単純累進税率のような不合理は生じない。
それでは、課税所得金額が900万円の場合と901万円の場合とを取り上げて、単純累進税率の場合と超過累進税率の場合とに分けて計算してみよう。
まず、単純累進税率であれば、次のようになる(所得税法第89条の表を用いる)。
9,000,000×0.2=1,800,000
9,010,000×0.3=2,703,000
この場合であれば、課税所得金額が900万円の人なら納税後に残る額が720万円であるのに対し、901万円の人なら630万7000円が残ることとなる。課税所得金額であるとは言え、わずか1万円の差が、納税後に89万3000円の差になり、しかも逆転現象が生じてしまう。
次に、超過累進税率であれば、次のようになる(やはり所得税法第89条の表を用いる)。
3,300,000×0.1+(9,000,000−3,300,000)×0.2=330,000+1,140,000=1,470,000
(9,000,000×0.2−330,000=1,470,000)
3,300,000×0.1+(9,000,000−3,300,000)×0.2+(9,010,000−9,000,000)×0.3=330,000+1,140,000+3,000=1,473,000
(9,010,000×0.3−1,230,000=1,473,000)
この場合であれば、課税所得金額が900万円の人なら納税後に残る額が753万円であるのに対し、901万円の人なら753万7000円が残ることとなる。これなら、逆転現象などの不合理な結果は生じない。
また、自ら例を設定した人の中には、所得税法第89条を無視した結果(?)、実は同じ税率内の数字について計算し、結果を得た人もいる。自ら例を設定する場合には、税率を仮定するなどの丁寧な作業を必要とすることも、ここで注意しておきたい。
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