行政法試験問題集・その64  採点基準など

 

 

 出題の意図

 本問は、合併前のB町が浄水場用地として甲土地を購入するという契約をCと締結し、B町が購入代金をCに支払ったという事案につき、この購入代金が高額に過ぎるとして、合併後のA市長Yに対し、当時のB町長に対して損害賠償請求を行うように求めたという事案の住民訴訟を題材として、住民訴訟に関する基本的事項および論点の理解、および論述力の評価を問うものである。なお、本問は最二小判平成24年4月23日民集66巻6号2789頁〔一審:宇都宮地判平成201224日判例地方自治33520頁(民集66巻6号2850頁参照)、二審:東京高判平成211224日判例地方自治33510頁(民集662890頁参照)〕を参考にして作成したものであるが、設問3については最二小判平成24年4月20日民集66巻6号2583頁という重要な判例があり、この判例を理解しているか否かが問われることとなる。

 まず、設問1においては、Xが甲土地売買の違法性を主張するための理由付けと、これに対するYの反論のための理由付けをどのように展開するかということが問われる。参照条文として地方財政法第4条第1項を示しておいたが、これと同趣旨の規定である地方自治法第2条第14項を参照し、これらの規定の解釈を織り交ぜながら、甲土地の売買の必要性および買収価格の適正・不適正を論ずることになる。Xの主張の理由付けは比較的に容易にできると思われるが、Yの反論の理由付けについては、売買代金額が時価の2倍以上であったという主張に対し、どのように売買の必要性または価格の適正性を主張するかが難しいところかもしれない。売買契約の締結、またそれに至るまでの内容の決定について、当時のB町長にどこまで裁量が認められるかという点が重要な鍵になる(設問2についても同様である。論点は異なるが、最二小判平成20年1月18日民集6211頁などが参考になるであろう)。

 設問2においては、適正な価格(これが時価であると考えることができる)が具体的に示された上で、地方自治法第2条第14項および地方財政法第4条第1項を参照しつつ、他の複数の不動産鑑定士が示した適正な価格に関し、裁判所がどのように判断すべきかを問うものである。ちなみに、前掲宇都宮地判平成201224日および前掲東京高判平成211224日は、売買価格が適正な価格の3倍を超えていたことにつき、地方自治法第2条第14項および地方財政法第4条第1項の趣旨に反し、裁量権の逸脱・濫用がある上に過失も認められると判断している。設問では二つの例を出したので、それぞれについて裁量権の逸脱・濫用を認めるべきであるかについて、それぞれ検討すべきこととなる。

 そして、設問3においては、住民訴訟係属中に、地方自治法第242条の2第1項第4号による住民側の請求を認容する判決が出されたとしても、当該普通地方公共団体は損害賠償請求権または/および不当利得返還請求権を放棄する旨の議決を当該普通地方公共団体の議会が行った場合に、その議決が適法であると考えるべきか否かが問われている。

 まず念頭に置くべきことは地方自治法第96条第1項第10号にあげられる議会の議決事項であり、同号の解釈が問われることとなるが、本問の事案の場合は、A市議会において議員から提出された議案の議決による損害賠償請求権の放棄の妥当性が争われており、A市長が議会の議決に基づく事務を誠実に執行する義務を負うこと(同第138条の2)、他方で議会の議決に異議があるときはA市長が再議に付しうること(同第176条第1項)から、これらの点への目配りも必要とされるであろう(但し、発展的ではある)。その上で、適法説、違法説のそれぞれについて説得力のある理由付けを行い、続いて議決に関する議会の裁量権を念頭に置き、最二小判平成24年4月20日民集66巻6号2583頁の論旨を参考にしつつ、いかなる法的判断を行いうるか、力量が問われる。

 

 採点の基準

 設問1(配点20

 ▲Xが甲土地売買の違法性を主張するための理由付け(10点)

 ・前述と重なる部分もあるが、甲土地の売買価格が時価の2倍超であり、そのための支出が地方財政法第4条第1項および地方自治法第2条第14項に違反し、B町長が裁量権を逸脱・濫用したことは明白であるという主張が考えられるであろう。そうすると、売買価格と時価の差額がB町(合併後はA市)の損害額となり、B町長に対してA市長が損害の賠償を請求しなければならない、という筋になる。

 ・但し、この主張を行うためには、甲土地を取得する必要性が低かったということも理由として述べる必要性がある。その際には、例えば他の土地(例、乙土地)のほうが、価格、浄水場土地としての優位性が高いと主張し、B町長が考慮すべき事項を十分に考慮したか、他事考慮などがなかったかというように、B町長が裁量権を逸脱・濫用したとする主張に結びつける理由付けを行うとよいであろう。

 ▲Yの反論のための理由付け(10点)

 ・まず、地方財政法第4条第1項および地方自治法第2条第14項が、いずれも地方公共団体の事務処理の指針を示した規定に過ぎないという主張が考えられる(すなわち、これらの規定が契約の適法性・違法性の判断を直接左右する訳ではない、とするのである)。

 ・次に、必要性についての主張である。これについては、Xの主張をなぞり、甲土地以外に適当な候補地がなかった、などの反論が考えられるであろう。

 ・売買価格については、本問において細かい事情を示していないので、取得についての緊急性、手続の適正性を理由としてあげ、正当性を主張することとなる。また、以下は加点要素(5点)であるが、不動産鑑定士の鑑定の適正性(設問2で「他の複数の不動産鑑定士」が登場する)をあげることもできる。

 ・なお、本問の設例の場合、B町長は水道事業管理者であり、その行為については地方公営企業法の適用があるが、今回はこの法律に触れる必要はない。

 設問2(配点30

 本設問においては、「他の複数の不動産鑑定士」による適正な価格(鑑定額)が2つ示されている。従って、それぞれについて判断を示すこととなる。

 なお、取得の必要性と価格の適正性は別個の事項であることに注意されたい。従って、取得の必要性については、有、無のいずれとも判断しうる。むしろ、本問においては価格の適正性に関する判断が重要である。

 ・まず、地方財政法第4条第1項および地方自治法第2条第14項については、単に地方公共団体の事務処理の指針を示す規定に留まらず、契約の締結などの行為に関する普通地方公共団体の長の裁量権を根拠づけるとともに、裁量権の制約を示す規定であると判断すべきこととなろう(5点)。

 ・続いて、甲土地の取得の必要性である。これについては、本設問において詳細な事情を示していないので、必要性の有、無のいずれと判断してもよいであろう(5点)。

 ・複数の不動産鑑定士が実際の購入価格よりも低い額を適正な価格であると判断したことからすれば、実際の購入価格は高きに失すると判断されることとなる。ここで適正な価格が2つ示されているので、場合分けを行う。

 ・適正な価格が14350万円であった場合については、B町長に裁量権の逸脱・濫用があったという結論を導くのは容易であろう(逆の結論のほうが難しいかもしれない。そのため、逸脱・濫用があったとする場合について記しておく)。B町長は、購入価格決定のための調査などを行ったとは言えないことから、B町長が甲土地の取得価格を3億円とし、実際に支出したことは、地方自治法第2条第14項および地方財政法第4条第1項の趣旨に反し、裁量権の逸脱・濫用が認められるので違法である(5点)。その上で、B町長は違法を認識し(え)たものとして過失も認められると判断すべきであろう(5点。過失を認定しないという判断もありうるが、その場合には補強的な根拠が必要となる。加点要素として5点)。

 ・適切な価格が2億8750万円である場合には、B町長に裁量権の逸脱・濫用があったかどうかについて、結論が分かれうる。そのため、14350万円であった場合よりも簡潔な記述でかまわないが、裁量権の逸脱・濫用の有無について判断を示し(5点)、その上での過失の有無の判断を示す(5点)。

 設問3(配点50

 ▲論点の摘示(10点)

 普通地方公共団体の議会による、当該普通地方公共団体の損害賠償請求権等を放棄する旨の議会の議決(地方自治法第96条第1項第10号)は、議会の裁量権の逸脱または濫用に該当せず、適法であるか。また、この議決は住民訴訟(4号請求)の意味を没却することにならないか。いずれかの趣旨が書かれていればよいが、両方書かれているとなおよい。10点。

 なお、加点要素であるが、改正条例成立・公布による附則の施行についてのA市長の誠実執行義務(同第138条の2)との関連、A市議会議員の議案提出権(同第112条第1項)のいずれかを含めた場合には5点を加えることとした。

 ▲適法説の論拠(10点。少なくとも二つ、できれば三つ以上をあげるのが望ましい):以下、例をあげる。

 ・地方自治法第96条第1項第10号は、債権放棄について何らの制限も定めていない→議会に政策的裁量が認められる。

 ・住民訴訟が提起されたからと言って、住民代表機関である議会が住民訴訟における個別的な請求に反する議決に出ることまで妨げられるものではない。

 ・地方自治法に、普通地方公共団体の長が自らに係る議案を提出することを禁止する規定はなく、仮に権利放棄の議案を提出したとしても同第138条の2に違反するものではない。

 ▲違法説の論拠(10点。やはり、少なくとも二つ、できれば三つ以上をあげるのが望ましい):以下、例をあげる。

 ・議会による権利放棄の議決は、地方公共団体の執行機関が行った違法な財務会計上の行為を放置することに等しく、損害の回復など、是正の機会を放棄することに等しい。

 ・議会による権利放棄の議決は、住民訴訟制度を根底から否定することを意味し、議決権の濫用に該当する。

 ・住民訴訟は、地方公共団体の執行機関または議会が、執行機関または職員の財務会計上の行為または「怠る事実」の適否ないしその是正の要否について、職責を十分に果たしていない場合に、住民が地方公共団体に代わって違法の防止または回復を図ることを目的とする制度であり、最終的には裁判所の判断を得て判断の客観性と措置の実効性を確保するためのものである。

 ・債権放棄の議決は、これによる利益を得る者に対して補助金を交付することに等しい効果を有するため、少なくとも「公益上必要がある場合」(同第232条の2)という要件を充足する必要がある。

 ・長、議会のいずれも善管注意義務を負う。

 ▲前掲最二小判平成24年4月20日(およびこれに依拠した前掲最二小判平成24年4月23日)の趣旨(10点):基本的に適法説に立ちつつ、議決による損害賠償請求権等の放棄が地方自治法の趣旨等に照らして不合理であり、議会が有する議決に関する裁量権の逸脱・濫用にあたると認められるときに、その議決が違法となり、当該放棄は無効となる、と判示した。これが判決により示された基準であると捉えてよく、基本的にはこの基準に沿いつつ、本問の事案に当てはめて結論を出すこととなるであろう。なお、この基準(判旨)に対する批判を記してもよい。

 ▲上記基準を本問の事案に当てはめ、結論を導く(10点)。

 ・議会(および普通地方公共団体の長)が有する裁量を前提としつつ、逸脱・濫用がみられるか否かについて検討し、結論を導く。論旨展開に重きを置き、適法と解するにせよ違法と解するにせよ、その根拠、裁量に対する統制の論拠が十分に示されているか否かが、評価のポイントとなる。

 

(2017年10月25日掲載)

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