行政法試験問題集・その72  採点基準など

 

 

 出題の意図

 〔1〕本問は、A市が、A市立甲小学校校舎の上水道配管の更新工事を行うこととして指名競争入札を行い、その結果としてB社が落札し、翌日にA市とB社との間で同工事の請負契約が締結されたが、この入札について談合が行われていたとして公正取引委員会がB社などに対して課徴金納付命令を発したという事例につき、A市がB社など4社(以下、B社など)に対して損害賠償請求権を行使しないとして、A市長がB社などに対して損害賠償請求を行うことをA市住民のXが求めたという事案(以下、本件事案)を題材にして、住民監査請求(および住民訴訟)に関する基本的事項および論点の理解、および論述力の評価を問うものである。

   なお、本問は最三小判平成14年7月2日民集56巻6号1049頁(一審:富山地判平成9年4月16日判時164171頁、二審:名古屋高金沢支判平成10年4月22日判時167151頁)を参考にして作成したものである。また、前掲最三小判平成14年7月2日に先立つ判例として、最二小判昭和62年2月20日民集41巻1号122頁がある。これらの判例を理解しているか否かが問われる。

   〔2〕本件事案をみると、本件指名競争入札において談合が行われていたために工事価格が不当に高くなり、A市が損害を受けたにもかかわらず、A市がB社などに対して損害賠償請求権を行使しないという違法性を争う形になっている。すなわち、地方自治法第242条第1項にいう「怠る事実」の違法性が争われているのである。

   しかし、A市がB社と請負契約を締結したこと、および工事金額を決定したことが財務会計法規に違反していたものであると捉えることもでき、そうであれば「怠る事実」を争うべきものではないと考えることもできる。換言すれば、本件について行われた監査請求の対象は「真正怠る事実」、「不真正怠る事実」のいずれであるかが問われる。「真正怠る事実」であれば、同第2項に定められる1年という期間制限の適用はないが、「不真正怠る事実」であれば、この期間制限に服すこととなる。以上が本問における最大(少なくとも本件事案からすれば唯一と表現してもよい)の論点であり、これを見抜くことができるか否かが関門と言えるであろう。

  〔3〕まず、設問1においては、本件事案についてXの主張をどのように組み立て、展開するかということが問われる。「地方自治法の規定に定められる期間制限に留意しつつ」という文言でおわかりになったと思われるが、この「期間制限」は地方自治法第242条第1項に定められるものである(第242条の2第2項と捉えてしまうと、本設問および設問3が成立しない)。ここは本件事案に即しつつ、上記のように、本件指名競争入札において談合が行われていたために工事価格が不当に高くなり、A市が損害を受けたにもかかわらず、A市がB社などに対して損害賠償請求権を行使しないことが、地方自治法第242条第1項にいう「怠る事実」に該当し、違法であるという主張を組み立てればよいであろう。なお、この「怠る事実」が「不真正怠る事実」ではなく「真正怠る事実」であることについての論述は、本設問ではなく、設問3においてなすべきものである。

  また、上記のように、A市がB社と請負契約を締結したこと、および工事金額を決定したことが財務会計法規に違反していたものであるという主張も可能であるが、このように組み立ててしまうと、Xの主張から外れた同第2項の期間制限に服することになる。従って、住民監査請求を行うためには同項ただし書きにいう「正当な理由」があることを主張しなければならない。これについての詳細な論述も、本設問ではなく、設問3においてなすべきものである(但し、設問2および設問3において「怠る事実」を中心に論述を構成しているのであれば、設問1において論じてよい)。

  〔4〕設問2においては、直接的には「C地方裁判所がXの請求を却下した理由」を問うているが、当然、「A市監査委員がXの住民監査請求を却下した理由」が前提となる(というより、実質的には「A市監査委員がXの住民監査請求を却下した理由」こそが問われていると考えるほうがよい)。その上で、Xの請求が「不真正怠る事実」に関するものであり、地方自治法第242条第2項に規定される期間制限に服するものであるとして答案構成を行うこととなる。本設問においては「理由」を記すように求めているので、「採点基準」の欄において示す点が書かれている必要がある.

   なお、Xが「怠る事実」ではなく、A市の財務会計行為の違法性を争うのであれば、期間制限に服するのは当然であるから、その場合には「正当な理由」がないとして却下されることとなる。

   〔5〕設問3は、Xの請求を認容するためにはいかなる理由付けが行われるべきかを問うものである。当然のことであるが、設問1、設問2を踏まえて解答するものであり(記述が重複してもかまわない。むしろ、設問1、設問2について答えたところの概略を繰り返して記すほうが、答案として丁寧であり、読みやすくなる)、基本的にはXの請求が「真正怠る事実」に係るものであることを論証していく必要がある。とくに、設問2において述べた理由を採りえない理由を十分に示さなければならない。その際に最も参考となるのが前掲最三小判平成14年7月2日であり、基本的にはこの判決が示した諸点を踏まえて答案を構成する必要がある。その上で、補強として独自の理由を付け加えられるとよいであろう(勿論、説得力のあるもの、論理的なものである必要がある)。

   一方、財務会計法規に違反するという主張を採った場合には「不真正怠る事実」ということで同項の期間制限に服してしまうため、同項ただし書きにいう「正当な理由」があることを認めなければならない。その場合には最二小判昭和63年4月22日集民15457頁、および最一小判平成14年9月12日民集56巻7号1481頁を参照しつつ、「普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである」という趣旨を書かなければならず、その上で本件事案についてXについて「正当な理由」がある旨を論じていく必要がある(そのため、難度が高まる)。

 

  採点の基準

  設問1(配点25)

   ▲地方自治法第242条第1項および第2項(とくに後者)の趣旨、期間制限について(5点)

本設問に限ったことではないが、事例問題においての争点は法律の規定の解釈をめぐるものとなることが多いので、まずは地方自治法第242条第1項および第2項の趣旨を説明することから始めるのがよい(但し、本設問の冒頭でなくとも設問2以下を含めて何処かにこのことが書かれていれば、減点などは行わない)。

 ▲Xの主張の組み立て方:地方自治法第242条第1項に照らせば二つの主張が考えられる。但し、問題文に書かれている事案を読めばおわかりのように、@のほうが妥当性は高い。Aは、@の主張では認められないと思われる場合に、いわば予備的に組み立てるものであると考えてよい。

 @上記のように、本件指名競争入札において談合が行われていたために工事価格が不当に高くなり、A市が損害を受けたにもかかわらず、A市がB社などに対して損害賠償請求権を行使しないことが、地方自治法第242条第1項にいう「怠る事実」に該当し、違法であるという主張である。従って、A市の損害賠償請求権の不行使が違法であるということになる。このように主張を組み立てるならば、同第2項に定められる期間制限に服することはなくなる(20点)。

 AA市がB社と請負契約を締結したこと、および工事金額を決定したことが財務会計法規に違反していたものであるという主張である。ただ、このような主張では同項の期間制限に服することになるので、住民監査請求を行うためには同項ただし書きにいう「正当な理由」があることを主張しなければならない(5点。なお、「正当な理由」の主張については5点の加点要素とする)。

 設問2(配点25

 ▲「不真正怠る事実」の意味(5点)

 設問1においてXの主張をA市の損害賠償請求権の不行使という「怠る事実」として組み立てた場合には、A市監査委員がこれを「不真正怠る事実」であるとして却下したことが考えられる(C地方裁判所の却下理由も同じであろう)。従って、まずは「不真正怠る事実」の意味を記しておく必要がある(必ずしも冒頭で記さなければならないという訳ではない)。

 「不真正怠る事実」は、監査請求の形式的な対象が「怠る事実」ではあるが、実質的には財務会計上の行為の違法性または不当性である場合をいう。この点が書かれていればよい。

 ▲Xの請求が「不真正怠る事実」に係るものであるとする理由(各5点)

 上記のように、判例に従いつつ、次のような点が書かれている必要がある。

 ・監査請求の具体的な対象については、請求人が何を対象としたのかを、監査請求書の記載内容、添付書面等に照らして客観的、実質的に判断すべきである。

 ・Xの監査請求の対象は、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違反である、またはこれが違法かつ無効であるから発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実であり、このような場合には当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生する。

 ・そのため、監査委員は、当該行為が違法であるか否かを判断しなければ「怠る事実」の監査をなすことができない。

 ・従って、Xの住民監査請求は、実質的には財務会計上の行為を違法または不当と主張してその是正を求める趣旨のものであり、1年の期間制限に服するものであり、本件の場合は1年を超えているために却下される。

 〔なお、「不真正怠る事実」ではなく、財務会計上の行為の違法性または不当性に関するA市監査委員または/およびC地方裁判所の却下理由について記されている場合は加点要素とする(5点)が、「不真正怠る事実」についての記述が不十分である場合にはこの限りでない。〕

 設問3(配点50

 本設問においては、Xの請求が「真正怠る事実」に関するものであって「不真正怠る事実」に関するものではないから、住民監査請求について地方自治法第242条第2項に規定される期間制限に服しない旨を述べる必要がある。従って、上記のように、設問2において述べた理由を採りえない理由を十分に示さなければならない。

 上記のように、ここで最も参考になるのが前掲最三小判平成14年7月2日であり、同判決が述べた点を踏まえておかなければならない。次の通りである。

 ・「怠る事実」について期間制限が及ばないことが原則であり、「監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには、特定の財務会計上の行為の存否、内容等について検討しなければならないとしても、当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には、(中略)当該怠る事実を対象としてされた監査請求は、本件規定の趣旨を没却するものとはいえず、これに本件規定を適用すべきものではない」(一般論または一般的基準と捉えられる。10点)。

 ・本件においては、Xの住民監査請求を認容するとなれば、A市の監査委員は、A市がB社と請負契約を締結したこと、工事代金が不当に高額なものとなったか否かを検討しなければならない(10点)。

 ・しかし、本件事案の場合、A市とB社の契約締結や工事代金の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて、B社などに対するA市の損害賠償請求権が発生する訳ではない(10点)。

 ・むしろ、B社などが談合を行ったこと、この談合に基づくB社の入札およびA市との契約が違法の評価を受け、これによりA市に損害が発生したことなどが確定されれば十分である(10点)。

 ・従って、Xの監査請求を認めても地方自治法第242条第2項の趣旨は没却されるものではない(10点)。

 なお、以上を踏まえた上であれば、独自に説得力のある、論理的である理由付けを行ってよい(10点の加点要素とする)。

 なお、最終的に、主文として、C地方裁判所の判決を取り消してXの控訴を認容する、またはC地方裁判所に事件を差し戻すかを記すことになるが(民事訴訟法第307条、同第305条、行政事件訴訟法第43条、同第7条を参照)、これは加点要素とする(10点)。

 

(2018年10月1日掲載)

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