電子自治体と行政法体系―導入部的・試論的な考察―

 

  1.行政手続の電子化の意味

  政府が進めているe-Japan構想の重要な一環として、電子政府の構築をあげることができる。また、これに伴う形で、電子自治体への取り組みも進められているところである。既に多くの論考において示されているように、電子自治体により、様々な手続が簡略化および迅速化し、ワンストップ・サービスあるいはノンストップ・サービスが可能になるなど、行政スタイルを一新する可能性ないし期待が語られている。

  しかし、これまで、電子自治体については、技術的な側面から、あるいは行政改革の視点などからトピックとして取り上げられることは多いものの、法的な、とくに行政法学的な視点から検討を試みた研究は、管見の限りではほとんど存在しない(電子政府についても同様である)。一方、電子政府・電子自治体の実現に向けての法整備は着々と進んでいる。このとき、電子自治体は、行政法理論といかなる関係に立つのであろうか。

  まず、情報伝達手段が電子化されたとしても、意思の伝達のあり方などの根本的な要素がすべて変更される訳ではない、ということを念頭に置かなければならない。例えば、電子商取引が活発化しているからといって、民法に定められる法律行為のあり方が完全に変わることはない。意思表示の方法が変わるのである。勿論、従来の法律では口頭あるいは書面しか想定されていないから、電子的手段による表示方法については、新たに規定を置かなければならない〔既に、「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法)、「書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律」(証券取引法、保険業法、割賦販売法などの改正に関わる)などが存在する。また、商業登記法も改正され、電子公証制度が創設されている)。

  行政手続についても、同様のことが言える。例えば、ここで申請を考える。従来は紙(書面)による申請が通例であった。これが電子的な手段による申請に置き換えられる。たしかに、見た目は大きい変化かもしれない。しかし、行政手続(あるいは、一連の過程)としては、根本的に同じ構造を保っている。そのため、行政手続法・行政手続条例などにおいて定義される申請、届出、処分などの用語に変化はないし、その必要もない。

  但し、これまでの法制度では、電子申請などに十分な対応をとることが出来ない。現在の行政手続法・行政手続条例など、行政手続に関連する法規は、そもそも、行政手続、とくに処分について必ずしも書面によることを求めない場合もある(行政手続法第8条などを参照)。また、要式行為である場合は、書面主義である。この場合の書面は紙を指すのであって、電子的伝送手段は想定されていない。

  そこで、法令による一定の修正などが必要となる。従来のままでは、オンラインによる行政手続を実現することができないからである。また、電子申請などを実現するためには、当然のことながら、基盤整備が必要であり、そのための法令の整備をも要する。

  2.現在進められている法整備の体系的理解(試論)

  現在、政府は、電子政府および電子自治体の構築を進めるための法整備を進めている。これは、まだ完了した訳ではないが、現段階において、電子政府・電子自治体を構成する(すべき)法体系について、若干ではあるが私見を述べる。なお、紙数の関係もあるので、本格的な検討は機会を改めて行うこととしたい。

  まず、電子申請に着目した場合、第1段階として、基盤整備の段階における法令が存在する。その例として、住民基本台帳ネットワークの根拠となる住民基本台帳法(改正後のもの)をあげることができる。また、電子署名法は、電子自治体に限られたものではないが、基盤整備の段階を規律する法律としてあげることができよう。

  次に、第2段階として、行政手続法を根幹としつつも、オンラインによる行政手続(電子申請など)を実現するために、同法に修正を加える法律が必要となる。本稿執筆段階においてはまだ法律として成立していないが、行政手続法に修正を施すべき法律として「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」案が、今年の6月、国会に提出されている。この法律(案)によれば、「書面等」(第2条第3号)による行政手続について「電子情報処理組織」を用いた場合については、他の法律の文言に関わりなく「書面等により行われたものとみな」す(第3条ないし第6条)ことにより、申請、処分の通知などのオンライン化が図られることとなる。

  立法技術的には、行政手続法自体に同様の条文を追加することも可能であったと考えられる(1)。しかし、日本において個別分野の法律の存在を念頭に置いた場合、行政手続法の適用を除外する規定が多く、しかも「第○章の規定」というように包括的な除外規定も少なくないことからすれば、「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」案のような特別法を置くほうが容易であろう。各都道府県および各市町村の行政手続条例も、基本的には行政手続法と同様の構造を持っている。このため、今後、電子自治体の整備のための条例を整備する際にも、同様の条例を制定することになると思われる。

  上記の法律(案)を受けて各分野の法律に修正(変更)を加えるべきものとして「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」案も同時に提出されている。これにより、先行法令との調整が図られることになる。また、71の法律が改正されることになり、主務省令、手数料の納付方法、手続の簡素化などに関する規定が整備されることとなる。地方自治体についても、同種の条例を制定し、整備する必要が生じる。

  そして、第3段階として、電子申請を発端とする行政手続を円滑にするために必要な法令が必要となる。主なものとして、やはり今年の6月に国会に提出された「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」案(本稿執筆段階)があげられる。これを受けて、印鑑条例などの改正が必要となるであろう。

  さらに、第4段階である。これは、電子申請に限られない、関連法としての位置づけである。個人情報保護法・条例、情報公開法・条例などの整備が求められる。この段階で、地方自治体の行政スタイルが問われることとなろう。これとの関連において、現在の電子政府・電子自治体への取り組みは、主に行政手続の電子化が中心となっているのであるが、電子自治体を推進するには、行政情報の公開、行政情報の利用促進を欠かすことはできない。そうでなければ、電子自治体を構築しても低い利用率に留まるという結末に陥りかねない。幾つかの地方自治体のホームページ設けられている電子会議室が、住民の意見、さらにニーズを知るためにも有用であろう( 2)

  3.電子申請の一般的課題―若干の例について―

  電子自治体を構築し、行政手続を電子化する場合、いくつかの一般的な課題がある。本稿では、若干のものを取り上げ、指摘しておきたい(法的問題に限られない)。

  (1)申請の書式

  あまり注意されていないことであるが、電子申請が可能になると言っても、一般国民・住民から度々主張される「書式」のわかりにくさ、あるいは面倒さが電子申請にも引き継がれるならば、申請の電子化の意義を半減させる。冒頭にも示したように、電子自治体の推進は行政サービスの改善を要請するものである。

  (2)文書の原本性の問題

  行政手続の電子化に伴い、文書管理規程に電子文書に関する規定を置かなければならない。しかし、電子文書は、紙文書に比して原本性を確保する必要性が格段に高い。容易にコピーすることができるうえ、原本性の確認が紙媒体よりも困難になるからである。

  このことを念頭に置いた上で、文書管理規程に盛り込むべき内容は、主なものだけをあげるならば、@電子署名電子認証(作成者による電子署名など)、A改変履歴の記録など、改竄の防止策、アクセスの制限、アクセスの記録(機密性の確保)、C記録媒体(文書の消失などを防ぐためである)、そしてD保存管理期間(記録媒体とも関連する)、ということになるであろう。

  (3)業務改善(市町村合併との関係において)

  電子自治体構想を進めるとしても、現在の市町村の規模には大きな格差が存在する。そもそも、規模によっては電子自治体の構築ないし運営が困難だという市町村も存在するであろう。この点を念頭においてであろうか、総務省は「共同アウトソーシング・電子自治体推進戦略」において、複数の自治体が業務を共同化し、その上でアウトソーシングを図ることにより、コストの削減と民活の活用を実現するとしている。このことにより、@住民サービスの向上、A地方自治体の業務改革、B雇用の創出による地域経済の活性化、この3点が実現するという。果たして確実にそのようになるのであろうか。

  この点については、市町村合併の動向を注視しなければならない。合併が進み、市町村の広域化によって役所(役場)が遠くなって行政サービスが不便になるという懸念が、少なからぬ国民の間に存在する(3)。これに対し、電子自治体の構築により、住民へのサービスをインターネットに提供することによって利便性を維持ないし拡大させる可能性も存在する。そもそも、財政面などの問題もあり、現在の規模では電子自治体の構築ないし運営が難しいという場合もある。サービス低下の懸念を払拭するためにも、合併協議の際には、電子自治体の構築を重要な課題としなければならない。

  この他、電子署名をはじめ、行政手続の電子化などによって生じうる法的問題には様々なものがありうるのであるが、紙数の関係もあり、機会を改めて論じることとしたい。

 

  (1)  租税行政手続に関してではあるが、ドイツにおける法令整備などについて、拙稿「ドイツの電子申告制度における現状と課題」(税務弘報2001年1月号所収)も参照。

  (2)  拙稿「インターネットによる広報を考える―地方自治の視点から―」(広報2002年2月号 所収)も参照。

  (3)  拙稿「地方分権下の市町村合併」〔大分大学教育福祉科学部研究紀要24巻1号(2002年) 所収〕も参照。

 

(付記)

  この論文は、2002年9月30日、大分県市町村会館にて行われた「第37回ハイパーフォーラム」(「市町村電子自治体研修」)で、私が行った報告「電子自治体と法について」の内容に、若干の修正を加えたものである。大分県発行(財団法人ハイパーネットワーク社会研究所編集)の雑誌「ハイパーフラッシュ」第25号(2002年11月)6〜7頁に掲載されている。なお、雑誌掲載時には「第37回ハイパーフォーラム」の際の顔写真が載せられていたが、省略した。

 

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