市町村合併――合併のメリット・デメリット――

{第7回「食と水を考える会」主宰講演会、2001年1月27日、19時から21時まで、千歳村農村環境改善センターにて

 

  序:以下は、上記題目の下で行った講演のための草稿です。当日は、時間の関係もあり、項目を選びつつ、適宜要約して話をさせていただきましたが、ホームペ−ジにて公開するにあたり、全文を公表することといたしました。この機会を与えていただき、また、当日にコーディネーターを務められた春野慶司氏(千歳村村議会議員)、そして御来場の皆様には、熱心にお聴きいただき、御意見御質問をいただきました。草稿作成中の段階では、青木透氏(横浜市役所職員)から貴重な御意見をいただき、氏の意見を公表することに同意をいただきました。改めて御礼申し上げます。また、「ひたの掲示板」に御意見をお寄せ下さった方にも御礼申し上げます。

 

T  市町村合併への疑問または迷い

 

  2000(平成12)年12月、大分県は市町村合併推進要綱を公表した。この要綱は、市町村合併特例法が失効する2005(平成17)年3月までに58市町村を14の市に統合することを目指すとして、次のような案を示している。

  @中核的機能を充実させるための市町村合併(人口30万人以上)

  大分市と佐賀関町との合併(中核は大分市)

  A地方中核都市を形成するための市町村合併(人口5万〜10万人程度)

  臼杵市と津久見市との合併(中核は臼杵市)、佐伯市と南海部郡との合併(中核は佐伯市)、日田市と日田郡との合併(中核は日田市)、中津市と下毛郡との合併(中核は中津市)、宇佐市と宇佐郡との合併(中核は宇佐市)、杵築市と速見郡との合併(中核は杵築市)

  B市制移行のための市町村合併(人口3万人〜5万人程度)

  大分郡全町の合併、大野郡全町村の合併(中核は三重町)、九重町と玖珠町との合併(中核は玖珠町)、東国東郡全町の合併(中核は国東町)

  C行財政の基盤を強化するための市町村合併(人口3万人程度)

  竹田市と直入郡の合併(中核は竹田市)、豊後高田市と西国東郡との合併(中核は豊後高田市)

  なお、別府市については、杵築市および速見郡との合併も考えられるとされている。また、日田郡全町村のみの合併、下毛郡全町村のみの合併、杵築市と大田村との合併、武蔵町と安岐町との合併も考えられるとされている。

  大分県は、以前から広域行政について積極的な姿勢を見せている。1996(平成8)年、全国初の広域連合として、大分県に大野連合が誕生したことが一例である。しかし、この時には完全に県主導の下で行われており、多くの県民に市町村合併への線路が敷かれたと思われた。また、住民に対する事前の説明が不十分であったことなど、情報公開の不足が目立った。さらに、「最初に箱物ありき」とも思われるような経過があった。このことから、住民不在の地方分権という印象もぬぐえない《橋本祐輔・大塚広「緩慢なる市町村合併」地方分権研究会編『平松・大分県政の検証』(1999年、緑風出版)190頁[橋本祐輔担当]を参照》。

  また、1999(平成11)年度において、大分県の58市町村中、45市町村が過疎地の認定を受けている。これは、全国の都道府県中、率としては第1位である《大分合同新聞1999年8月21日付朝刊による》。すなわち、過疎化対策としての意味も与えられているはずの全県的地域おこし運動である「一村一品運動」は、この観点からみれば失敗に帰した訳である。

  過疎地の市町村であれば、財政状況は困難を極めるのが通例である。このことから、市町村合併によって市町村の財政力を強化するとともに、過疎化の進行を食い止めようとすることも意図されているのではないかと思われる。しかし、後に述べるが、市町村合併が過疎化対策の一環となりうるのかについては、少なからぬ疑問が残る。

  さらに、地方分権の時代には、国及び都道府県から委譲された権限を十分に行使しうるだけの自治体を作る必要があるから、市町村合併は必要であるという主張がなされ、いまや支配的な流れとなっている(特例市や中核市も、こうした風潮から登場したものと思われる)。

  しかし、上記の意見には、少なくとも単純に考えた場合、論理矛盾が含まれている。現在の地方分権は、どちらかというと都道府県が念頭に置かれている(政令指定都市及び中核市も重要視されている)。そのため、都道府県レベルでみるならば、地方分権は進められるかもしれないが、都道府県から市町村への権限委譲がスムースに行われるかどうかは別の問題である。市町村合併に懐疑的な立場から「小さな町村を合併して大きな市を作るということは、吸収される町村の立場で見れば、大きな市の側に中央集権体制を作られることを意味」するという意見がある。私もほぼ同感である《「ひろば」(掲示板)に、2001年1月12日15時12分、青木透氏から寄せられた意見》。市町村合併により、中核となる市(または町)の領域のみに人口や経済基盤が集中するおそれも、十分にある。市町村合併によって、地方分権推進委員会が中間報告や諸勧告において主張するように、都道府県と市町村との関係が本来の対等・協力という性質になることが期待されているのかもしれないが、少なくとも現在の大分県における市町村合併をみる限り、ごく淡い期待しかもちえない。

  以前、「日本における地方分権に向けての小論」《大分大学教育学部紀要第20巻第2号(1998年)191頁以下》という論文においても指摘したことであるが、地方分権には二つの立場、すなわち、新自由主義的立場と住民自治的立場とがある。地方分権推進委員会の方向は、この両者のうち、前者の色彩が濃いのではないか。とにかく権限を国から都道府県なり政令指定都市なり中核市に移す。町村や小型の市に、それだけの権限をこなせる力はないので、まとめて大きくする。そして、効率の点などで競争をさせる。部分的には会社合併と似たような発想ではないであろうか《「ひろば」に、2001年1月12日16時56分、青木氏への返答(意見)として書いた私の意見》。ここには、住民自治、住民の手による地域づくり、住民の主体性という観点がない。あるいは、そうした観点が存在するとしても、後にも登場する市町村合併に関する住民発議制度というように、特定の政策を進めるのに都合が良い一種の道具としてしか意味を与えられない。そのため、一般的な、あるいは他の特定の課題に関する住民投票制度は、議会制民主主義の否定であるなどの理由を付されて拒絶される。

  私は、以前から、今回の地方分権改革に関して「単に、国の行政の合理化(およびそれによる実質的強化)と地方公共団体の任務(あるいは負担)の強化に終わる可能性も、否定できない」、「本来の地方自治を強化する(あるいは取り戻す)という立場からみるならば、決して手放しで歓迎できない面が少なからず存在する。すなわち、今回の改革により、中央への権限集中を回避することのみならず、地域住民の需要に機敏に反応し、しかも地域住民が積極的に参加しうる地方自治が実現ないし強化されるのか、という観点からは、問題が多いと言わざるをえない」、という見解を採ってきた《森・前掲192頁》。

  市町村合併が本格的に進められようとしている現在において、国の財政状況の悪化、そして市町村合併が積極的に提言されているタイミングをみると、こうした考え方が弱められるどころか、かえって強化されるような気がしてならない。

  今回の市町村合併の背後に(あるいは隠された最大の目的として)、地方交付税や補助金などの合理化(削減)によって国の財政状況を少しでも改善しようとする意図があるのは明白である。一見矛盾するようであるが、市町村合併特例法の失効時までに、合併特例債の発行を認めたり、地方交付税の配分に優遇措置を設けたりするなど、様々な財政上の特例措置を設けることが、国の強い意向を雄弁に物語っている。市町村合併特例法などにより、今回の市町村合併については、市町村、そしてその住民による「自発的な合併」が掲げられている。しかし、実際には都道府県によって主導されるという場合が多く、国も合併特例債や地方交付税などで誘導しようとする。何が、そして何処からが「自発的」であるのかわからない。住民意識などというものは言葉だけの問題なのか。

  これまで、市町村合併について抱いている私の疑問あるいは迷いを、そのまま記してきた。それでは、この市町村合併により、何が改善されるというのであろうか。市町村合併のメリットとデメリットについて、様々な議論を紹介し、実際の例に照らし合わせながら、私の意見も述べて参りたいと思う。

 

U 今回の市町村合併の意義

 

  市町村合併推進論者の主張を検討して気づくことであるが、多くの場合、市町村合併の意義とメリットとが厳密に区別されていない。これは、或る意味において当然のことであるが、改めて考察をする際に障害になることもある。以下においても、意義論とメリット論とが厳密に区別されないままに論じられるかもしれないが、御了承願いたい。

  これまで、明治22年と昭和30年代に、大きな市町村合併の波があった。明治時代の大合併は、市町村制施行という要素もあるが、軍籍の管理と小学校の事務の委任などが契機となっており、それまで71314あった町村は、39市と15820町村となった(計15859市町村)。その後も、昭和初期に合併が盛んに行われた。また、昭和30年代の大合併は、シャウプ勧告を経て昭和28年の町村合併促進法に基づいて行われたものであり、日本国憲法において保障された地方自治の強化を建前として、中学校の事務、国民健康保険などの任務が市町村に与えられたことによる。しかし、昭和30年代には主な交通手段が自転車であったが、高度経済成長の影響などもあり、自家用車が主な交通手段となった現在では、生活圏(買い物圏)が拡大していったのに行政の単位は市町村のままであり、生活圏と行政との食い違いが拡大していったと指摘されている《小西砂千夫『市町村合併ノススメ』(2000年、ぎょうせい)48頁》。自治省(現在の総務省自治行政局)も「今日、私たちの日常生活圏はますます拡大し、住民が必要とするサービスも多様化・高度化して」おり、「このような時代の要請に適切に対処するためには、市町村の連携による広域行政の展開と並んで、市町村の自主的な合併も有効な方策として考えられ」ると述べている。

  これまでの市町村合併は、現在に至るまで市町村の基盤強化を、少なくとも表看板に掲げて進められてきたものである。しかし、今回の合併は、地方分権改革、さらに行政改革の一つの柱とされている点に、これまでの大合併と異なる意味が認められるものと思われる。

  昭和の大合併は、確かに、シャウプ勧告などを受けた民主化の一方策として行われた。しかし、国が基本方針を示し、これに基づいて都道府県が審議会の議を経て市町村合併に関する計画を作成した。ここには、市町村財政の立て直し、中学校建設および事務移管、国民健康保険制度の運営など、行政上の課題をも解決するために行われたものであり、中央集権的な色彩が濃厚であったことも否めない。

  これに対し、1990年代に始まった地方分権改革は、市町村合併を推進するための改革であるという側面を有するが、これまでとは違い、単に日本の中央集権体制を(少なくとも理念的には)抜本的に改めるという目的をも持っている。

  このことは、既に、地方分権推進委員会中間報告(平成8年3月29日)において示されていた。すなわち、同報告において「地方分権の推進に当たっては、行政及び財政の改革を推進するために、新たな地方公共団体の役割を担うにふさわしい行政体制の整備・確立を図る必要がある」という基本的認識の上で、一部事務組合や広域連合制度に言及しつつ、「市町村における行財政能力を充実強化していくためには、自主的な合併を推進していくことも重要な課題である」と述べ、1995(平成7)年に改正された市町村合併特例法により合併協議にかかる住民発議制度の新設や財政措置の充実強化にも触れている。また、小規模市町村と地方分権との関連について、高齢化および過疎化の進んだ小規模市町村の増大している事実を前提として、こうした小規模市町村に権限委譲を行うとしても「直ちに新たな役割を担うことには、多くの課題が予想される」ため、広域行政による対応や中心都市による連携支援や都道府県による補完支援の仕組みの検討なども指摘されている。

  同委員会の第1次勧告(平成8年12月20日)においても、地方分権を推進するためには市町村の行財政能力を充実・強化することが必要であるという前提を述べた上で、市町村合併の強力な推進を提言している。勿論、広域行政として、一部事務組合、広域市町村圏、広域連合などを推進すべきこともあげられている。しかし、解釈の仕方にもよるが、この時点で、地方分権のためには市町村の行財政能力を強化することが必要であり、そのためには市町村の自主的な合併こそ最も相応しい、という論理が、地方分権推進委員会、さらに内閣や自治省をはじめとする政府の主導的方向性となったと思われる。

  そして、閣議決定である地方分権推進計画(平成10年5月29日)においては「地方公共団体の行政体制の整備・確立」として、「行政改革」、「地方議会の活性化」、「住民参加の拡大・多様化」などとともに「市町村合併等の推進」が掲げられ、広域行政などの推進も示されているものの、最終的に市町村合併推進を目標とするかのような構成が取られるに至っている。

  地方分権推進改革において、多くの都道府県および市町村が望んできた地方税財政基盤の強化、とりわけ地方税を軸とする自主財源の強化について、ほとんど手がつけられていないと評価してもよい状態であった。何よりも、実際の事務量からすれば国と地方との比はおよそ1対2であるのに対し、税収入の比は2対1であるという逆転現象が生じていた。しかし、国の財政状況も非常に悪く、従来のように各地方公共団体に十分な量の地方交付税を配分しえなくなるような状況も見えている。また、財政再建団体に転落し、または転落寸前の状態にまで至った地方公共団体が多くなったとは言え、その実態として無駄の多い行政活動・財政支出が原因であるという部分も多く、情報公開、さらに行政改革を求める世論が高まった。

  地方分権は、さしあたり、都道府県への権限委譲であるが、政令指定都市や中核市(その前の段階の特例市)にも多くの権限が委譲される。それだけに、地方分権は、十分な税財源の裏付けがないままに多くの権限が移される、すなわち、任務が増える地方公共団体の行政活動に、一層の効率性を求めることになる。

  以上のような政府の姿勢を簡明に示したのが、朝日新聞2001年1月17日付朝刊11版13面に掲載された総務大臣の片山虎之助氏へのインタヴュー記事であろう。同氏は、現在の3228市町村の規模や能力に格差がみられることを指摘し、「権限や税財源を委譲するにも、きちんとした仕事のできる能力が必要だ」、「どれだけの規模が必要か明確な基準はないが、福祉や都市計画を市町村で意思決定するには今の規模では小さすぎる」(介護保険を念頭に置いている)、「合併をすれば長期的には財政は効率化される」などと述べている。

  これに対し、同じ朝日新聞のインタヴュー記事において、北海道ニセコ町長の逢坂誠二氏は、ニセコ町の地方税収入が6億5千万円であるのに対して人件費のみで7億円を必要とすることを認めた上で「専門性をいかに発揮するかが課題となる。強調したいのは、合併だけが解決策でないことだ」と述べる。そして、行財政能力の一面である専門性について、昨年12月に可決・成立したまちづくり基本条例を引き合いに出しつつ、「専門職員がいなくても、人的なネットワークがあれば高度なこともできる。そうした専門性は合併すれば即、備わるというものではない」と述べる。さらに、市町村合併だけが選択肢ではなく、「(自分たちの町という)気持ちを壊さないように財政基盤、効率性、専門性の三つのポイントを確保する方法」を探っていくべきであること、市町村合併については国や都道府県が市町村合併について具体的なシミュレーションを作る必要性を指摘している。

  私も、逢坂氏の主張に同意したい。小規模の市町村に行財政能力がないと言われるが、そのために合併する必要があるというのは、短絡的な思考にすぎない。たしかに、小規模の市町村の財政規模は小さく、国民健康保険制度や介護保険制度の運営を中心に、苦しい経営を迫られている。しかし、本来、市町村は基礎的な地方公共団体であり、住民と最も密接に関係するものである。財政能力がないと言われることの根本的原因は、自主財源が少ないことにある。憲法において地方自治が保障されているにもかかわらず、これまで、財源を含め、市町村の自治が十分に保障されてきたとは言い難い部分もある。地方税制度の抜本的な見直しがなされないまま、市町村合併の口実にされるのであるから、議論が逆転していると思われる。また、国民健康保険制度や介護保険制度などについては、本来ならば国が運営すべきものであり、そもそも保険制度を市町村が運営すること自体に無理があるという指摘もなされている。

  しかし、国民・住民の意識はともあれ、政府、官僚、多くの知識人など、効率性を表看板に掲げる人々が発信する意見は、往々にして国民・住民の意識に積極的な働きかけをして、マスコミなどを通じて世論を形成する。

  平成12年11月27日、地方分権推進委員会は「市町村合併の推進についての意見――分権型社会の創造――」を内閣に提出した。そこにおいて、市町村合併の意義として、最初に必要性をあげている。同委員会によれば、次のようになる。

  1 市町村合併の必要性

  (1)地方分権の推進

  少子・高齢社会の到来に対応し、社会の活力を維持・向上させ、自己決定と自己責任の原則に基づく真の分権型社会を構築していくことが重要である。したがって、これまでの地方分権の推進の成果を十分に活かし、高度化、多様化する行政需要に対応するためには、市町村合併を通して基礎的自治体の自立性と行財政基盤の充実強化を図る必要がある。

  (2)市町村行政の広域化

  住民の日常社会生活圏や経済活動の広域化の進展に伴い、広域的な見地から行政を展開することが益々必要になってきている。特に、介護保険制度の施行やごみ処理の問題等広域的な対応が従来に増して求められてきていることにかんがみれば、基礎的自治体としての市町村が合併を通して圏域の拡大を図ることは必要である。

  (3)国・地方の財政状況への対応

  我が国の財政は、平成12年度末の国・地方合わせた債務残高は約645兆円に達し、その内に占める地方財政の借入金残高は、平成12年度末には180兆円を超えると見込まれているなど極めて厳しい状況にある。その中で、少子・高齢化が急速に進行しており、医療、福祉等の社会保障関係費の増大など財政需要の一層の増大が見込まれている。

  こうした国・地方を通ずる厳しい財政状況の下、市町村が、現在の行政サービスの水準を将来にわたって維持していくためには、まず、自らの努力として、市町村合併による簡素で効率的な地方行政体制の整備が必要であると考えられる。

  (4)担税者としての国民の意識への対応

  厳しい地方財政状況の下、地方税の充実確保を図っていくうえで、担税者、生活者としての国民の幅広い理解を得なければならない。そのためには、民間企業等において経営合理化策等が講じられている社会経済情勢や、現行の地方行財政運営の仕組みに対して国民の中には厳しい意見もあることなどにかんがみ、これを見直し、地方公共団体において、徹底した行財政改革を実施するとともに、市町村合併を強力に推進する必要がある。

  また、総務省自治行政局は、今回の市町村合併が求められる理由として「高齢化への対応」、「多様化するニーズへの対応」、「生活圏の広域化への対応」、「効率性の向上」および「地方分権の推進」をあげている。

  今、市町村合併が求められる理由としては、次のようなことがあげられます。

  《高齢化への対応》

  今後、各地域で高齢化が一層進展し、高齢者への福祉サービスがますます大きな課題となってきます。とりわけ高齢化の著しい市町村については、財政的な負担や高齢者を支えるマンパワーの確保が心配されています。

  《多様化する住民ニーズへの対応》

  住民の価値観の多様化、技術革新の進展などにともない、住民が求めるサービスも多様化し、高度化しています。これに対応するため、専門的・高度な能力を有する職員の育成・確保が求められています。

  《生活圏の広域化への対応》

  交通網の発達などにより日常の生活圏が拡大し、これに伴い行政も広域的に対応する必要があります。また、都市近郊では市町村の区域を越えて市街地が連続しており、より広い観点から一体的なまちづくりを進めることが求められています。

  《効率性の向上》

  危機的な財政状況にあるなかで、より効率的な行政運営が求められています。とりわけ、隣接市町村での類似施設の建設には批判があります。

  《地方分権の推進》

  地方分権は、住民に身近な行政の権限をできる限り地方自治体に移し、地域の創意工夫による行政運営を推進できるようにするための取組です。これを円滑に進めるためには、地方自治体にも行財政基盤を強化するための努力が求められています。

  そして、2000年12月1日、閣議において決定された政府の行政改革大綱が重要である。ここにおいて、@行政の組織・制度の抜本的改革、A地方分権の推進、B規制改革の推進、C行政事務の電子化など電子政府の実現、D中央省庁等改革の的確な実施、E今後の行政改革の推進体制などが柱とされている。そして、市町村合併は、合併によって市町村の数を1000とする目標を掲げている。

  さらに、市町村合併推進の代表的論者である小西砂千夫氏は、今回の地方分権が国の財政負担に由来することを率直に認めた上で、市町村合併の意義を、役所の機能強化、および住民と役所との関係の再構築に求めている。少々長くなるが、氏の議論を紹介しておこう。

  まず、役所の機能強化であるが、小西氏は次のように述べられている《小西・前掲書22頁》。

  行政事務を効果的に行うためには、法律やその細則に十分通じておく必要がある。日毎に変わる法令に通じているのは日頃からの勉強が必要であるし、他の自治体での上手な運用方法について知る必要がある。いわば自治体職員はたくさんのノウハウをもった専門家でなければならない。しかし行政事務の種類は数多い。すべての事務について一通りのノウハウを持つためには、役所に一定の規模が必要になる。たとえば、人口三〇万人の都市と一万人未満の町で職員配置を比較してみれば、人口が小さい自治体では、財政や人事などの管理部門にたくさんの人が割かれ、政策や企画部門には薄くなっていることが読みとれる。分権時代にはそれが致命的になる。

  次に、住民と役所との関係の再構築である。氏は、ここに力点を置かれている。ここで注意していただきたいが、氏が、既に地域のアイデンティティと現在の市町村とのギャップを、淡路島を例にして問題としている。この点を頭に入れておいていただきたい《小西・前掲書22頁》。

  役所はまちづくりの主役ではなく、欠くことのできない脇役が適役だ。住民の意識の上澄み部分をうまく吸い上げて、公共的課題を解決していかなければならない。しかし昭和の大合併の後、役所こそがまちづくりの主役という意識は、役所の中に定着しているように思われる。住民のほうにも役所は苦情を持ち込み、お金を引き出すところであるという感覚が定着している。地方自治を舞台とした利害誘導の仕組みは、規模の大きい小さいはあるが根付いており、通常は水面下だが、ときに事件として表面化し地方自治への信頼を損なってきた。

  役所をめぐる人間関係は、地域によって濃淡はあるが、濃い地域ではがんじがらめになっており、市町村合併でなくすべての改革の足かせとなる。市町村合併はそれを一度破壊してしまうことだ。それだけに抵抗は大きいが、成功すれば役所と住民の関係の健全化へのチャンスである。役所にぶら下がってご飯を食べている組織や個人は少なくない。合併は彼らの平和と秩序を破壊する。しかし財政難が続けば、いずれはぶら下がろうにもぶら下がれなくなる。市町村合併ができない自治体は、そうした構造に自らメスを入れられないことであって、自己浄化の能力がないことを意味する。市町村合併はしたがって、地方分権に責任を対応する上で、自治体が一度は真剣に検討せざるをえない重要な課題である。

  利益誘導の仕組みが市町村合併によって解消するのか否かについては、少なからぬ疑問が残る。小西氏は、自らが大都市圏の住民であることを述べているが、かような主張には、大都市圏の住民のほうがその他の地方の住民より意識が高い、という一種の偏見(言葉が強すぎるのであれば先入観)があるのではないかと思われる。「役所」の意識や人間関係は、市町村が大型化すれば変わるというものでないことは、川崎市で生じたリクルート事件や福岡市で生じた地下鉄建設に関する汚職事件などをみれば明らかである。

  むしろ、後にも述べるが、市町村合併によって基礎的地方公共団体たる市町村の大型化(おそらく、郡、町および村という名称は消滅し、市に統一されることになるものと思われる)により、大型公共事業を行いやすくすることも、目的の中に入っているのではないかと思われる。そうでないとしても、例えばリゾート法の下で第三セクターなどの方式を利用して大型公共事業を積極的に推進し、利権、利益誘導の仕組みを培ってきたのは、むしろ都道府県のほうではなかろうか。市町村合併推進論者の中には連邦制導入論者なども含まれるのであるから、一概に言えないのであるが、少なくとも、今回、日本国憲法の枠内において市町村合併をするのであるから、都道府県という地方公共団体の問題を差し置いたまま、市町村合併の議論がなされることに、違和感を覚えるのは、私だけではないであろう。

  しかし、現実の問題として、例えば、IT化(電子政府化、行政の電子化など)を推進する場合、小規模の市町村において困難を伴う。また、国民健康保険や介護保険(とくに後者)など、政令指定都市などであれば別であろうが、やはり一般の市町村が保険者となって運営するには、財政面や人材面などにおいて困難を伴う。本来であれば、保険事業を市町村が行うこと自体に無理がある(財政学者などから指摘されている)。とは言え、これらの点について根本的な見直しがなされない限りにおいて、市町村合併とまで行かずとも、広域行政にはやむをえない点があるかもしれない。

 

V    市町村合併のメリット

 

  地方分権推進委員会は、前述の意見において、市町村合併のメリットとして、「@広域的視点に立ったまちづくりの展開や施策の広域的調整が可能になること、A行政サービスの拡大や公共施設の広域的利用等による住民の利便性の向上、B専門的知識を持った職員の採用・増強や専任の組織の設置が可能になること、C行政組織の合理化、D公共施設の広域的・効率的な配置などが挙げられている」ことを述べている。

  この意見との対応は必ずしも明白でないのであるが、総務省自治行政局は、今回の市町村合併が求められる理由として、「高齢化への対応」、「多様化するニーズへの対応」、「生活圏の広域化への対応」、「効率性の向上」、「地方分権の推進」をあげ、次のように述べている。

    1.高齢者などへの福祉サービスが安定的に提供でき、その充実も図ることができます。

    2.保健、土木などの専門的・高度な能力を有する職員を確保・育成することができ、行政サービスの向上が期待できます。

    3.窓口サービスや文化施設、スポーツ施設などの公共施設の広範な利用が可能になります。

    4.広域的な視点から、道路や市街地の整備、文化施設、スポーツ施設などの整備を効率よく実施することができ、一体的なまちづくりを進めることができます。

    5.重点的な投資が可能になり、目玉となる大型プロジェクトを実施できるようになります。

    6.行政経費が節約され、少ない経費でより高い水準の行政サービスが可能となります。

    7.地域のイメージアップにもつながり、若者の定着や職場の確保が期待できます。

  以上を読むと、いかにも考え付くだけのメリットを羅列しただけという印象を受けるのは、私だけではなかろう。しかも、それぞれの関連を、総務省自治行政局が示すメリットの具体的な例を参照しつつ検証すると、相互に矛盾が見られる。

  例えば、行政経費の節約をうたいながら大型公共事業の推進の可能性を主張している(さすがに「重点的な投資」)という表現を使っている)。地域のイメージアップという点にも問題がある。そこに掲げられている具体例は、ニュータウンの建設、工業団地などの産業拠点開発、大学や新幹線の駅などの誘致、テクノポリスやテレトピアなど重要プロジェクトの指定である。これらは、他の具体例(排煙規制や排出規制など)とも矛盾しかねない。市町村合併により、国または都道府県の主導による大型公共事業(プロジェクト)をこれまでよりも行い易くするために広域行政を推進するのではないかと批判されてもやむをえない《大野連合を端緒とする、大分県における広域行政に対して、このような批判がなされている。久慈力「問題だらけの平松県政」地方分権研究会編『平松・大分県政の検証』38頁を参照》。

  また、メリットとしてあげられているもののなかには「ワールドカップ開催の会場になることに成功」した、「県庁所在地以外では初めてインターハイの主会場に」なった、など、滑稽とも言いうる例があげられている。その一方、過疎化の進行を阻止できたというような例はあげられていない。

  市町村合併論者は、多くの場合、行政の効率性を最大のメリットとしてあげる。その際、注目されるのが市町村職員数および人件費である。ここでは、吉村弘氏の議論を、やや単純化して紹介しておく。

  吉村氏によると、市町村職員数は、人口の少ない市町村ほど、人口1000人あたりの職員数が増加する。そして、大都市圏、地方圏とも、人口あたり1000人あたりの職員数の最小値は人口32万から33万の市において得られる《吉村弘『最適都市規模と市町村合併』(1999年、東洋経済新報社)43頁。なお、詳細な分析は同書17頁以下を参照》。従って、あらかじめ、市町村の規模に応じた標準職員数を想定しておいた上で、小規模の市町村が合併するならば、余剰の職員が生じることになるから、職員削減数が明確になるということになる。また、人件費については、人口あたり人件費の最小値が人口27万から29万の市において得られる《吉村・前掲書80頁。なお、詳細な分析は同書69頁以下を参照》。この分析から得られる結論は、効率性という観点からすれば、人口が30万人前後の市が最も適切であるということになる。そのため、町または村においては行政の効率性が発揮されないということになる。

  この他に、目に見えるメリットはあるのであろうか。小西氏は、市町村合併の前後で住民の税負担がそれほど変わらないことを指摘しつつ、税外負担については異なると主張する。氏によれば、水道料などの公共料金や介護保険料などに自治体間格差があり、市町村合併によってこれらの負担が最も低い(合併前の)市町村の水準に設定される可能性があるという《小西・前掲203頁を参照》。すなわち、市町村合併によって、その対象とされる複数の市町村のうち、住民の負担は最も低いレベルに、サービスは最も高いレベルに設定される可能性がある訳である。実際、日本経済新聞2001年1月15日付朝刊「地域総合」の欄において紹介されている、浦和市、与野市、大宮市の三市が合併して誕生する「さいたま市」をみると、ごみの収集手数料について、与野市だけが有料であったが、合併後は無料化されるという。しかし、ごみの分別収集については、具体的な分類や収集方法などが異なることもあり、一本化されないという。

 

V 市町村合併のデメリット

 

  今回の市町村合併についての検討をなす際に、そのデメリットが何かを考察することは、或る意味において非常に困難な作業である。市町村合併が推進されようとしている現段階において、推進する側がデメリットを述べることは、自ら合併の障害を作り出すようなものである。それでは話が進まないから、デメリットについては直接的な言及を避けている場合が多い。総務省自治行政局も、メリットについては様々な点を掲げて(しかも、前述のように相互に矛盾する、あるいはナンセンスとも評価できる事柄を掲げて)いるのに対し、デメリットについては明示していない(しかし、推進策の概要を読めば、何がデメリットかを推察することは可能である)。他の市町村合併推進論者についても、多くの場合は同様である。

  第25次地方制度調査会「市町村の合併に関する答申」は、「合併を進める上での障害、合併に消極的となる理由」を「@合併の必要性やメリットが個別・具体の事例において明らかになりにくい場合があること」、「A合併後の市町村内の中心部と周辺部で地域格差が生じたり、歴史や文化への愛着や地域への連帯感が薄れるといった懸念があること」、「B住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供ができにくくなるという懸念があること」、「C関係市町村間の行政サービスの水準や住民負担の格差の調整が難しいこと及び市町村によっては財政状況に著しい格差があること」および「D合併に伴い新しい行政財政需要が生じることや一定期間経過後交付税が減少することなど」をあげる。

  前述の地方分権推進委員会意見は、市町村合併のデメリットとして「@行政との距離が遠くなることによる住民の利便性の低下、A住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供が困難になること、B合併後の中心部と周辺部との地域格差の発生、C地域の連帯感の喪失、Dサービス水準の低下や住民負担の増加などが指摘され」るとして、これらが「市町村や住民が合併に対して消極的になっている場合もある」と述べる。これらについての具体的な指摘はなされていないが、「合併についての関係市町村の協議の中で十分な検討を行い、合併についての行財政措置を十分に活用することなどによって、その解消を図る必要がある」とされる。

  市町村合併による急激な変化を避けるために、また、おそらくは合併のデメリットへの対策としての意味をも含めているものと思われるが、地方分権推進委員会は「市町村合併の推進方策」として、市町村合併特例法の「期限である平成17年3月までに十分な成果が上がるよう、既に講じられている措置に加え、新たに次の措置を講ずることとする。なお、合併特例法の財政措置は、原則として法の期限内に合併するものについてのみ適用されるものであることを関係者は認識して取り組む必要がある」として、次のような措置を提案している。

  (1)合併支援体制の整備

  市町村の合併に対する取組を総合的に支援するため、政府部内において「市町村合併支援本部」(仮称)を設置することとし、国民への啓発とともに、市町村合併の推進の観点から、国の施策に関し、関係省庁間の連携を図る。

  (2)住民発議制度の拡充と住民投票制度の導入

  合併協議会の設置を求める住民発議が行われた場合には、住民発議に係る議会の議案審議に際して請求代表者の意見陳述を認めることとし、合併協議会が設置される場合、合併協議会そのものへの参加も認めることとする。

  また、住民発議が行われても合併協議会設置に至らない場合が多いことにかんがみ、住民の意向がより反映されるよう、住民発議による合併協議会設置の議案が議会で否決された場合に、合併協議会の設置を求める住民投票制度の導入を検討する。

  なお、住民発議により合併協議会が設置された場合には、一定期間内に市町村建設計画を作成するものとする。

  注:今回の市町村合併については、自発的な合併を推進するための手段として、市町村合併特例法により住民発議制度が設けられている。すなわち、同第3条による合併協議会を「政令で定めるところにより、その総数の五十分の一以上の連署をもつて、その代表者から、市町村の長に対し、当該市町村が行うべき市町村の合併の相手方となる市町村(以下この条において「合併対象市町村」という。)の名称を示し」て設置を請求できるとされている(同第4条第1項)。

  (3)合併推進についての指針への追加

  各都道府県が要綱を作成しつつある状況を踏まえ、国は現在の指針に、合併協議会設置に係る知事の勧告の基準を示すことや、各都道府県に知事を長とする市町村合併のための全庁的な支援体制を整備することの要請などを追加する。

  (4)財政上の措置

  合併特例法の期限内に合併する市町村に対し、合併後の財政需要に対する交付税措置を一層充実する。

  また、地方税の不均一課税の適用期間の延長その他合併に伴う税制への配慮を検討する。

  (5)旧市町村等に関する対策

  国は、住民サービスの維持向上を図り、住民の意向がより反映されるよう、地域審議会の活用、当分の間旧市町村の意向が議会において反映される措置、災害等緊急時の役場機能の維持など旧市町村等を単位とする多様な仕組みを検討する。

  (6)情報公開を通じた気運の醸成

  国は、都道府県知事に対し、要綱の周知を図るよう要請するとともに、市町村に対し、住民が市町村合併の是非について的確な判断ができるよう行財政情報の公開を徹底するよう要請する。

  総務省自治行政局も、市町村合併のデメリットを意識しており、「市町村の自主的な合併が円滑に行われるよう」に、様々な「支援策」を用意し、抵抗を少なくしようとしている。

  第一に、「合併後のまちづくり」に対する「手厚い財政措置」である。総務省自治行政局は、「合併直後の市町村では、地域間の道路整備や住民サービスのための施設整備、格差是正のための施設整備など新たなまちづくりのために多額の経費を要」すると述べている。すなわち、これは(少なくとも)短期的なデメリットである。市町村合併によって「スケールメリットによりさまざまな経費が節約され」るというが、「合併後直ちに節減できるものでは」ない(当然のことである)。そこで、合併特例債の発行を認めて「合併後一定の期間、合併前の財源を保障」するというのである。しかし、これは地方債制度の濫用であると考えられるばかりでなく、長期的にみても地方財政の健全化や行財政の効率化と矛盾するのではないかと考えられる。

  また、地方分権推進委員会は、前述「意見」において「昨今、地方交付税による財源保障が市町村合併の推進を阻んでいるとの声があることも事実であるが、国・地方を通じた厳しい財政状況を考慮すれば、むしろ財政構造改革の論議の中で地方交付税制度の一層の簡素・合理化を検討すべきであると考える」と述べている。しかし、市町村合併に際しては、この地方交付税制度が促進のために活用されるという方針が明らかにされている。すなわち、「自主的な」合併を進める市町村に対しては地方交付税の配分に際して優遇し、逆に合併を進めない小規模市町村については配分額を減らすというものである。これは、地方分権と言いつつも実質的には中央集権的な強制的合併でもあり、地方交付税制度の濫用ではなかろうか。また、地方交付税制度の見直しとは逆行する部分も含まれており、疑問が残る。

  第二に、市町村議会議員の定数および任期に関する特例である。地方分権推進委員会の意見においても、市町村合併の最大のデメリットとして、住民自治の稀薄化が指摘されているし、総務省自治行政局もその点を意識しているものと思われる。そのため、市町村合併特例法第6条において、「合併関係市町村の協議により、市町村の合併後最初に行われる選挙により選出される議会の議員の任期に相当する期間に限り、同項に規定する定数の二倍に相当する数を超えない範囲でその議会の議員の定数を増加することができる」としている(第1項本文)。

  しかし、このことについても疑問が残る。まず、暫定的ではあるが議会の議員数を増加させることができるということについては、やむをえない部分もあるが、地方行政の簡素化とは矛盾する。また、合併後の議員定数配分などの問題がある。市町村合併を勧めることにより、例えば衆議院議員選挙および参議院議員選挙、そして都道府県議会議員選挙における一票の格差が解消される方向に進むのであろうか。

  なお、「広域行政アドバイザー」という制度も置かれている。これは「講演会や研修会などに学識経験者や自治省(総務省)職員を派遣し、市町村合併について幅広くアドバイス」するというものである。

  地方分権推進委員会や総務省が提唱する対策を概観しても、「@行政との距離が遠くなることによる住民の利便性の低下、A住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供が困難になること、B合併後の中心部と周辺部との地域格差の発生、C地域の連帯感の喪失、Dサービス水準の低下や住民負担の増加など」の懸念が完全に解消されるとは考えられない。とりわけ、大分県の場合、1999年度に過疎市町村率全国一となっていることもあり、市町村合併を過疎化対策の一環として位置づけているのではないかと考えられるだけに、特定の地域に人口や経済基盤が集中するという危険性は薄れていない。

  そこで、既に指摘した点を含め、かつて論じたこと《森・前掲201頁を参照》を基調としつつ、再検討したい。

  既に述べたように、今回の地方分権改革においては、市町村の「自主的な」合併を前提とした内容となっている。例えば、第一次勧告は「市町村の行政能力の充実強化」を不可欠とした上で、市町村の自主的合併を推進する必要性について触れる。すなわち、市町村の大規模化である。合併が困難な場合には、広域行政、中心都市による連携・支援(中核市制度や地方拠点都市地域指定制度がこれに該当すると考えられる)、都道府県による補完・支援という対策をとるべきであるとも述べられている。

  しかし、第一に、行政能力とは「法を事実に適用、調和させていくこと」であり「法を現場に適用していく」こと、「法律の趣旨が生きていくように適用していく」ことである《1996年11月、神奈川県が主催した「地方分権シンポジウム」における長野県栄村村長高橋彦芳氏の発言。引用は、保母武彦「農村から問う、『行政能力』とは何か」法学セミナー509号(1997年)104頁による》。その意味において、行政能力の有無は市町村の規模と無関係である。少なくとも、理念的には、大都市だから行政能力が高いとか、人口に応じて行政能力の高低が決定される、ということにはならない。このことは、ニセコ町のまちづくり基本条例制定などをみれば理解しうる《「ひろば」に、2001年1月16日0時34分、青木氏から寄せられた意見。私も同意見であることは、上述のところから理解されよう》。予算がなければ行政活動ができないという主張は、一般的には正当であると思われる。しかし、これを過度に強調することは、これまでの公共事業偏重主義に由来するものであり、問題が残る。

  第二に、大規模化は、住民の意識を育てにくくする傾向を強く有する。この点については、多言を必要としないであろう。さらに、市町村合併に向けた住民発議制度との関連で記すならば、合併後の住民の意見などをどのように反映するかという課題がある。また、都道府県と市町村との関係が具体的にどのようになるのか、ヴィジョンが示されていない。

  第三に、大規模化は、住民の需要を汲み上げるに適さないことがありうる。例えば、高齢者福祉を例にして考えるならば、高齢者の生活状況を調査し、高齢者の意見や要望を的確に把握して、きめ細かく対応することは、少なくとも役所の担当課職員だけでは不可能である。これまで以上に、住民、ボランティア団体との緊密な連絡・連携が要請される。

  第四に、大規模化は、過疎化に対する適切な対応と言えない。少なくとも、過疎化対策の決め手にはならない。この点を、重森暁氏は(多田憲一郎氏の研究「過疎地域市町村の行財政構造と地域政策―京都府与謝郡伊根町を事例として―」京都大学経済学会経済論叢別冊・調査と研究第7号(1994年)65頁を引用しつつ)京都府与謝郡伊根町を例として説明している。それによれば、同町において、1970年代から80年代にかけて計1億8千万円の「過疎債」による過疎対策事業が行われたのであるが「そのうちの八割以上が町の中心部の漁村地区の道路や港湾の整備に使われ、一九五四年に合併された四つの旧村のうち山村地区にはほとんど事業の効果は及ばなかった。その結果、山村地区集落の人口減少はいっそう深刻化した」《重森暁「柔らかい地方分権への税財政改革」自治体問題研究所編『解説と資料 地方分権の焦点』(1996年、自治体研究社)82頁。この点につき、詳細は、多田・前掲72頁以下を参照》。私の知る限りではあるが、1963年に大野郡大野町から一部が編入された安藤地区など、過疎化地域(厳密な意味においてではないかもしれない)が見られる。従来の市内過疎化地域については、今後の宅地地域の拡大によっては、部分的には解決するかもしれない。しかし、今後、市町村合併がさらに推進されるとするならば、過疎化町村が中核市などに合併されることが予想される。その場合、過疎化町村の消滅に伴ってそれらの地方公共団体の財政問題などは解決されるが、それらを抱え込んだ地方公共団体の側は、一層の過疎化対策(地域振興策)を迫られることになるであろう。また、広域化・大規模化に伴って財政規模が拡大することにもなり、財政の合理化が緊急課題ともなる(このことは、過疎化地域ではないが極端な財政赤字を抱え込む地方公共団体の合併についても、基本的に妥当するものと思われる)。そうなれば、大規模化した市町村は、板挟み状態となるであろう。これまで、国による過疎化対策は、根本的な解決策を見出しうるようなものでなかった。今回の市町村合併は、過疎化問題の深刻化を解決することが目的ではない。そのため、この問題は、表面上(あるいは計算上)、隠避されるにすぎない(先送りと評価してもよい)。市町村合併論者の主張をみても、この問題に対する真剣な回答はみられない(と言うより、回答を避けているように思われる)。

  この点について、大分県の東国東郡を構成する町村による東国東広域連合を取り上げておきたい。東国東広域連合は、合併を明確に否定した上で設立された。何故、合併を明確に否定する必要があったのか。その背景には議員や役場職員の意識という問題もあるが、合併により、中心部に比べて周辺部の比重が軽くなること、これまでの地域づくりの意味が失われるという問題もあった《以上、詳細は、大久保圭一「合併を否定し分権の受け皿めざす小さな組織に全国から熱い視線」月刊地方分権3号(1999年)60頁を参照》。この地域は、仮に合併しても4万人を超えない。

  第五に、大規模化は、阪神・淡路大震災における神戸市の例を振り返ればわかることであるが、大規模災害などが発生した際の市町村の対応を鈍くする。震災直後、神戸市民がまず駆け寄ったのは、市役所ではなく、区役所であった。この時、区役所に実質的権限が多く与えられていたら、あれほどの被害と混乱は避けられた可能性もあることが、多くの論者から指摘されている。規模を大きくするならば臨機応変な対応ができなくなることは、大都市などをみれば明らかであるが、地方分権推進委員会など国の機関は、この教訓を全く理解していない。

  但し、この点については、反論も考えられる。むしろ、市町村合併による広域化によって、災害に対する対応がしやすくなる、それが市町村合併のメリットの一つである、という主張も考えられる。同じ阪神・淡路大震災の時に問題となったことは、例えば消火栓の構造などが市町村によって異なるということである。神戸市への応援のために他市から消防車が駆けつけたが、消火栓の構造などが違うために消火活動ができなかったという事例もある。しかし、このようなことは、市町村合併などをしなければ対応しえないという訳ではない。むしろ、かような場合こそ、国(または都道府県)による統一的な基準が必要であり、それによって対応すればよい話である。

  第六に、既にメリットの箇所において述べたように、今回の市町村合併によって大型公共事業の推進が容易になるとすれば、対象となる地域の環境破壊につながる可能性が高くなることである。その際、地域住民の反対運動などが展開しにくくなるのではないかと懸念される。そればかりでなく、合併後の市の財政がかえって悪化すること、行政の非効率性が助長されることなどの危険性もある。

  また、これは直ちにデメリットと言いえないかもしれないが、市町村合併後、しばらくの間は混乱が続く可能性もある。東京都に新しく誕生した西東京市の問題を、毎日新聞2001年1月13日付夕刊4版1面の記事によりつつ、紹介しておきたい。

  西東京市は、2001年1月21日、田無市(人口は約78000人であった。面積は、日本の市の中では小さいほうから数えて4番目であった)と保谷市(保谷市の人口は約103000人であった。面積は、日本の市の中では小さいほうから数えて10番目であった)とが合併して誕生した、人口約18万の都市である。合併が決定されたのは2000年夏のことであり、一時は全国における市町村合併の模範とまで評価された。しかし、西東京市の初代市長の座を巡り、田無市の末木達夫市長と保谷市の保谷高範市長とが対立している。昨年8月までは合併推進に向けて協調姿勢を取っていたが、9月、新市長の件についての話し合いにおいて決裂、自民党田無支部・保谷支部での調整も図られたが実らず、12月13日、両氏は、今年2月下旬投開票予定の西東京市初代市長選挙に出馬を表明した。保谷市長は「依然として保谷、田無それぞれの市に対する意識が強いのが現実。住民たちの『新しい市にはおらが市長』の意識は抑えられない」と語り、末木市長は「合併の途中で不満は口にしないようにしてきたが、心は別だ」と語っている。

  最後に、今回の市町村合併に関して、やはり危機的な状況にある都道府県の財政状況が等閑に付されている点を指摘しておきたい。

 

X 大分県における市町村合併構想

 

  大分県における市町村合併は、昭和42年、宇佐町、駅川町、長洲町および四日市町が合併して宇佐市が誕生して以来、行われていない(この点、広島県などと異なる)。しかし、前述のように、大分県は広域行政の展開に積極的であった。そして、冒頭に掲げた内容を持つ大分県市町村合併推進要綱を作成・公表し、市町村合併の機運を高めようとしている。

  大分県は、広域行政さらに市町村合併の必要性の理由として、「日常社会生活圏の拡大」、「高度情報化の進展」など新たな行政課題の増大(ダイオキシン対策や介護保険制度などがあげられている)、「少子・高齢化の進展」、「地方分権の推進」、「国・地方を通じた財政の著しい悪化」をあげている。大分県の場合、1市町村あたりの人口が「全国平均、九州平均を大きく下回って」いること、「自主財源比率が低く、経常収支比率等も引き続き高い水準にあるなど、財政構造の硬直化が進んでいる」こともあげている。

  また、大分県内58市町村のうち、人口が増加しているのは大分市、中津市、杵築市、日出町、挾間町、三重町および三光村のみであり、別府市および佐伯市は減少している。また、11市のうちの5市が人口5万人未満であり、47町村のうちの37町村が人口1万人未満の町村である。また、大分県全体の高齢化率は21.3%、全国平均の16.7よりも約10年早いペースで進んでいると指摘されている。

  それでは、大分県における市町村合併のメリットは何か。市町村合併要綱18頁においては、大きく「@行政サービスを行う上での無駄を減らす(県民)、行政の無駄をなくし、財政基盤を強化する(有識者)など」、「A地域を一体的に整備し、地位間の格差を是正する(県民)」および「B福祉サービス等、住民に身近な行政サービスの充実を図る(県民)」があげられている。その細目は、基本的に総務省自治行政局と同様である(やや詳細であるが)。

  他方、デメリットは何か。要綱20頁以下において、「@市町村の区域が広くなり、地域の声が行政に反映されにくくなるおそれがある」、「A市役所や役場が遠くなり、不便になるおそれがある」、「B合併後は中心部だけよくなり、周辺は取り残されるおそれがある」、「C福祉サービス等、住民に身近な行政サービスの充実が図れなくなる」ことが指摘されている。これらに対しては、それぞれ対応策が考えられている。しかし、これらのデメリットを解消するためには、大分県自身の情報公開に委ねられている部分が多い。

  この合併により、市町村の行財政基盤の強化などが期待されているが、実際にはどうであろうか。合併への動きが最も進んでいるとされている佐伯市および南海部郡の状況を例に取り、検討を進めてみる《朝日新聞の大分 asahi.com/ニュース「市町村合併/県の推進要綱を受けて」(2001年1月14日付)も参照した》。

  1999年度決算状況において、自主財源比率(普通地方公共団体の歳入額に占める地方税などの割合を指す)は、佐伯市で37.3%、米水津村は9.8%である。また財政力指数をみると、佐伯市は0.491であるのに対し、南海部郡の各町村は0.094ないし0.243である。佐伯市の財政力も高いとはいえないが、南海部郡各町村の財政力は格段に低い。財政という観点だけから考えるならば、南海部郡各町村の状況は、少なくとも短期的には解決する。しかし、佐伯市は、南海部郡を吸収することにより、財政状況が悪化する。

  注:財政力指数は、普通交付税算定に用いる基準財政収入額を基準財政需要額で序して得た数値であり、地方公共団体が標準的な行政活動を行う場合に必要とされる経費のどの程度までを独自の税収入により賄えるかということを意味する。この数値が1を超えるならば、普通交付税は交付されない。また、この数値が0.44以下であることなどが過疎地域として指定される要件となっている。

  また、この合併案には、市町村合併を是とするか非とするかは別として、問題があるものと思われる。また、既に新聞などにおいても報道されているように、県の姿勢に反して、市町村側の対応は鈍いようである。

  まず、大分県は、上記要綱の概要を示す部分において「通勤・通学、買物、通院など住民の日常生活行動においては、大分市や別府市への集中もみられるが、それぞれの地域の中心都市への依存度が高く、また、産業経済活動や行政上のまとまりからみても、旧郡を単位に強い類似度やつながりがみられる」として、これらを総合的に判断して統合案を示したとしている。しかし、大分県が示す「他の市町村への就業・買物動向」を参照すると、中核となる市または町とその他の町村との結びつきは一様でなく、とくに、山国町と中津市、竹田市と直入町、三重町と朝地町、杵築市と山香町、杵築市と日出町、国東町と国見町、臼杵市と津久見市との経済的な結びつきが非常に弱く、または皆無であることが示されている。他方、他地域との経済的結びつきが強い例としては、日田市と玖珠町、大分市と臼杵市、別府市と日出町などがある。

  勿論、中核となる市または町との関係のみをみて判断することは早計であるから慎まなければならないが、このような場合に、同じ郡であるなどの理由により統合するとしても、地域的一体感が生まれるには相当の時間がかかるであろう。実際、山国町は、経済的には日田市との結びつきが強い(地理的にみても当然のことである)。

  次に、今回の場合、自治省(総務省自治行政局)や大分県の啓発活動不足に由来するのかもしれないが、あまりにも県主導の色彩が濃く、住民の関心を呼んでいない。

  2001(平成13)年1月14日に投票が行われた臼杵市長選挙においても、合併問題は争点になっていないし、後藤國利市長も、市町村合併については何も語っていない。

  また、1998年から翌年にかけて、中津市と三光村との合併の動きが存在した。中津市議会と三光村議会とに合併問題調査特別委員会が設置され、1998年末に両委員会の合同会議も開かれているが、その後の動きはない。その原因として、合併に向けての気運が住民に存在していないことがあげられている。これを住民の意識が低いとして責めることは誤りであろう。

  そして、統合される場合、地域によっては非常に広大な領域になることも、行政サービスなどの面、さらに住民自治の面からみて問題である。日田市長の大石昭忠氏は、2000年12月議会の席上、「日田市郡で合併するとしたら面積があまりにも広すぎるのではないか」と発言した。尤も、その後、大石氏は合併に積極的な態度を見せるようになったという話もある。

  それでは、実際のところ、大分県民は、今回の市町村合併についてどのような意見を持っているのか。何を問題と考えているのであろうか。

  本来であれば、全市町村の住民を対象に調査すべきところであるが、時間の関係もあり、それはかなわなかった。しかし、全く行わないということにも問題がある。そこで、今月、私は、日田市と日田郡との合併について、日田市のホームページに設置されている「ひたの掲示板」を通じて、一般市民の意見を聞こうと考え、次のような質問を出した(なお、当初は中津市ホームページの掲示板にも同様の質問を出そうと考えていた。しかし、掲示板のレベルなどを検討し、見送った)。

  「No.429 大分発法制・行財政研究管理人 大分 01年1月15日21:12

  今、仕事の関係で、市町村合併について考えております。

  そこで、この掲示板を利用されている皆様の御意見を伺いたいと存じます。

  1.日田市と日田郡との合併の案について、日田市長は否定的な見解を述べられておりますが、皆様はどのように評価されますか?

  2.山国町は日田市の隣ですが、中津市などと合併するという案が示されております。この点についてのご意見がございましたら、お願い致します。

  3.総務省自治行政局(旧自治省)は、市町村合併をすることによって、

  (1)高齢化に対応できる

  (2)多様化する住民ニーズに対応できる

  (3)生活圏の広域化に対応できる

  (4)隣接市町村で類似施設(例、文化ホール、体育館)の建設を回避するなど、効率的な行財政運営を期待できる

  (5)地方分権の推進のためには、地方自治体の財政基盤を強化することが必要であり、そのためにも合併が必要である(とくに小規模の市町村の場合)

  ということを述べています。皆様はどのように思われるでしょうか。

  御意見は、この掲示板でもよろしいですし(出来れば返信でお願いします)、私に直接メールを下さっても結構です。

  御協力をお願い申し上げます。」

  これに対し、4氏から意見が寄せられた。

  まずは、ハンドルネーム「I LOVE HITA」氏から、2001年1月19日00:27付で寄せられた意見(返信の形を取っている。なお、誤字などを修正している)。

  「1への意見。

  合併することにおおむね反対ではない。ただ、実際の行政をあずかっている大石市長としては、むしろ当然の発言のようにもおもえる。面積が広くなるだけで、 あまりいい効果が期待できるとは正直思えない。

  人口増は、15000人(日田郡全てで)に対して、面積は現在の日田市より、 倍以上広くなるとか? その上、法人税などが期待できるような、大きな規模の企業などもないようだし、これでは慎重にならざるを得ないのは、仕方ない。

  しかし平松天皇には逆らえなかったようだが……。

  2への意見。

  これは山国の方でないと現実的な話は難しいが、山国町は、経済的な部分(日田の高校に通う人も多い)では、 日田とのつながりが深いような気がするが昔から、選挙区の区割りも違い近くて、遠い町のように思えてならない。

  3への意見。

  高齢化にはすでに対応済みなのでは、介護保険は広域市町村圏でやっているはず。

  多様化する住民ニーズに対応できる。かどうかは、よくわからない。

  生活圏の広域化に対応できるは、可能性はあるでしょう。

  隣接市町村で類似施設は、日田郡からすれば、おおいに期待できるところでしょう。

  日田市も、現在市民会館の建て替えが議論されているところだし早めに対応していかないと、人口増の分をまかないきれなくなるぞー。

  地方分権の推進……は、市町村合併より、かねてより、平松知事(なぜかここでは畏敬の念をこめる)が、いっている九州府構想など、のほうがよりよい効果が期待できるのでは。」

  次に、ハンドルネーム「天孫降臨」氏から、2001年1月15日22:42付で寄せられた意見(新規投稿の形を取っている。No.430。なお、誤字などを修正している)。

  「素人の考え方で申し訳ないのですが。

  流域を一つのブロックと考えた場合、日田市は、玖珠郡、日田郡という視野をいれなければいけません。

  それと日田は、基本的には福岡県です。大分に属してなくても良いのではと思うことも事実です。2世紀以前は、日田は筑紫と深いつながりがあったし、豊の国より筑紫の勢力だったと個人的に思ってます。

  合併については基本的には賛成です。ただ、その地域の独自性、が失われるのと、過疎化が進んで行くように思える。

  小さな行政は必要です、広域合併は必然なのかもしれませんね」

  私は、同日23:52付で返信した。

  「いや、私も素人です(少なくとも、この問題に関しては)。だから、迷っている訳です。それに、日田を歩いていると、何となくですけど、大分県というには「?」という気もします。大分市からだと100km近く離れていますしね。実は、ひたの掲示板に書き込んだのは、福岡県や熊本県に近いからという理由もあります。たまたま総務省のホームページを見ていたら、都道府県の枠組みなど取り払え、という意見も多いのです(ただ、少々古いのが気になります)。考えてみれば、大分県は豊後と豊前とが合わさってできたところで、しかも豊前は福岡県も含む。今の都道府県の割り方が不自然なのかという気もします。ちなみに、私の出身地である神奈川県は、川崎市と横浜市の大部分が武蔵ですが、後は相模です。また、町田市は、今は東京都ですけど、100年程前は神奈川県だったのです。

  (中略)皆様からの御意見、お待ち申し上げます。」

  三番目に、ハンドルネーム「勇気凛凛」氏から、2001年1月17日23:46付で寄せられた意見(新規投稿の形を取っている。No.432。なお、誤字などを修正している)。

  「市町村合併って、よくわからないことが多いね。

  もし仮に県の言うとおり、日田市と日田郡が合併した場合、オレたち住民の生活は一体どう変わるんだろうね。した場合としなかった場合、本当はどっちが得なんだろうね。

  市町村合併は、地方行政をスリム化させて地方財政を建て直すことが目的のようだけど、結局は、国が地方に配る地方交付税を減らすことが本当の目的のようだから、まあ、日本国の存亡のためにも、最終的には合併は必要なこととは思うけどさ、国の財政再建のために、地方が、特に田舎が犠牲になることを考えると、何か納得がいかないんだよね。

  新聞報道によると、昨日、平松知事と大石市長の意見交換があったようだけど、これまで慎重派だった大石市長が、県知事のツルの一声で合併協議会の設置を発表するなど、一転して推進派に変わったみたいだね。

  市長として納得した上での心境の変化だったらいいけど、単なる県知事の圧力に屈しただけの心変わりだったら許せないね。

  日田郡に親戚がいるから、合併について聞いてみたら、「合併の良し悪しは、よくわからないけど、○○村在住が日田市在住になるのは魅力だね」っていう応えが返ってきた。まあ、ブランド志向のようなものかな。日田市がブランドには思えないけどさ。つまり、日田郡に芽生えつつある合併の機運というやつは、この程度のものじゃないのかい。

  要するに、国県が、合併した場合としなかった場合の市町村財政の具体的な数字や、住民生活への具体的な影響なんかのシミュレーションを示してくれないと、オレ達住民は、合併について良いとか悪いとか、判断のしようがないと思うよ。

  わずかな交付税のアメをしゃぶらせて無理やり合併させておいてさ、10年ぐらい経ったら、合併しなかった市町村の方が得してたってことだけはごめんだよな。」

  私は、1月18日11:12付で返信した。

  「先月の日田市議会では市長さんが否定的見解を述べていたはずです。たしか、面積が広大になってしまうというようなことを理由としていたのです。それが推進のほうに傾いたとなると、これは理由を伺ってみたいものです。

  勇気凛凛さん、意外と『市』という名称には魅力があるようですよ。大分県でも、郡がなくなってすべてが市になるようですね。

  それで、大分県は、市町村合併のシミュレーションをしているようで、大筋のことは大分県のホームページでも紹介されています。愛知県や広島県だと、プリントアウトして何十頁にもなるシミュレーションを作っています。でも、住民生活への具体的な影響となると、まるで選挙のスローガンで、この点がよくなります、どうなりますくらいしかない(中には、ワールドカップの開催地になれたなどという、どうでもいいようなことがメリットとしてあげられている)。それと、過疎化対策のことには全く触れられていないと評価してもよい。合併すると、中心となる市は過疎地を抱え込むことになる訳で、表面的には過疎地域がなくなるかもしれないけど、大分市のように、住宅密集地と過疎地とが同居するということになりかねない。あるいは、人口密度が減少する。

  大型公共事業をやりやすくするための市町村合併だとすると、少々首を傾げてしまいます。」

  最後に、ハンドルネーム「I・T」氏から、2001年1月25日23:35付で寄せられた意見(私が書いたNo.447への返信の形をとっている)。

  「県境の日田は間違いなく福岡の経済圏に属しています。ショッピングにしても遊びにしても、福岡や久留米、鳥栖あたりに出かけていきますね。高速道路使ってわずか1時間で行けますからね。

  大分市とも数年前に高速道路でつながり、1時間弱で行けるようにはなったんですが、それでも、わざわざ大分市までショッピング等で行く人いないと思いますね。トキハのわさだタウンがオープンしましたが、日田の人はまだ行ってない人が多いんじゃないでしょうか。日田は大分県には属していても気持ちは福岡に向いてますからね。

  日本全国、都府県の枠組みと、実際の経済圏がかなりずれているところ多いんじゃないですか。経済の自立なきところに地方自治はないなんてことも言われますので、大分県がつくった市町村合併のモデルを、あのまま推進すると、失敗するところがかなり出てくるのではないですか。」

  こうしてみると、市町村合併自体には賛成であるとしても、無条件なものではないこと、また、住民に十分な情報が提供されていないこと、などが理解できる。また、「市」に対する一種のブランド志向が伺われる(これは、たいした根拠のあるものでない)。さらに、都道府県の実際の経済圏とのズレを指摘する重要な意見もある(実は、日田市および日田郡の位置からすれば、これは予想の範囲内でもある)。小西氏が地域のアイデンティティと市町村とのギャップを指摘されていることについては前に触れたが、実際には、都道府県とのギャップも存在するのである。場合によっては、後者のギャップのほうが大きいであろう。

  このことは、地方分権推進委員会も理解しているようである。実際、前述の意見にも「最後に、市町村合併が飛躍的に進展することになれば、広域的自治体としての現在の都道府県の在り方の見直しも視野に入れ、地方自治の仕組みについて、中長期的に本格的な検討課題として取り上げていくことが必要になることを指摘しておきたい」と記されている。

 

Y 終わりに

 

  以前から考えていて、少々論文などでも記していることを、ここでより詳しく書いておく。昨今の地方分権改革や市町村合併などの議論を概観すると、本当の住民自治が忘れられているように思える。近隣市町村の住民が合併を望むのであればそれでよいが、無理に市の領域を拡大しても、上手くいくとは思えない。首長や議員などの身分などが問題なのではない。体裁なども問題ではない。合併するか否かは住民が決定することである。市町村合併は、住民が真に暮らしやすい地域を作るための一手段、しかも一選択肢にすぎない。行政の効率化も重要であるが、それは人口規模だけで測れるものではなく、住民の生活を支配すべきものでもない。地域のことは、地域の住民こそが最善の選択をなしうる。

 

付記:住民発議による市町村合併手続の概要

 

  市町村合併特例法第4条により、市町村合併に関する住民発議制度が設けられている。それによれば、市町村の住民は、有権者の50分の1以上の署名により、合併に関する関係市町村の話し合いの場である合併協議会の設置を請求しうることとなっている(第1項。この場合、合併の相手方となる市町村の名称を示さなければならない。なお、総務省自治行政局によれば、「近年、合併を目指した住民や経済団体などの活発な取組が、全国的に見られ」る。これは事実である。しかし、その取り組みのうち、かなりの部分が経済団体によるものではないかと思われる)。

  その請求がなされた場合、請求を受けた市町村の長は、合併請求市町村の長として直ちにその要旨を公表し、合併の対象となる市町村の長に意見を照会しなければならない(第2項。都道府県知事への報告義務も課されている)。

  合併対象市町村長は、90日以内に、合併協議会設置協議について議会に付議するか否かを回答しなければならない(第3項)。

  付議しないという回答がなされた場合には、合併協議会は設置されない。

  付議するという回答がなされた場合(この場合は、関係する市町村長の回答が全て付議するという内容でなければならない)には、関係市町村の長は、60日以内に議会を招集し、長の意見を付して合併協議会設置協議について付議しなければならない(第5項。なお、第6項および第7項も参照)。

  関係市町村議会の全てが合併協議会設置を可決した場合には、同会が設置されることとなる(第8項。その規約も定めなければならない)。従って、関係市町村議会のうち、一つでも設置を否決した場合には、同会は設置されないこととなる。

  合併協議会が設置されると、第5条により、市町村建設計画が作成されることとなる(都道府県知事への協議も義務づけられている)。同計画が作成され、合併の合意が得られた場合には、関係市町村議会の議決を経て、関係市町村により、都道府県知事への申請がなされる。都道府県知事は、都道府県議会の議決を経て合併に対する決定を下し、総務大臣へ届出をする。

 

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