大分県における情報公開(1)

――大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に――

 

 

 (はじめに)  本論文は、大分大学教育福祉科学部研究紀要22巻2号(2000年)に掲載されたものです。なお、この論文は、校正の段階において、控訴人(原告)側の資料として、福岡高等裁判所に提出されております。

  

 【要旨】全国的に,地方公共団体における懇談会費(食糧費)や旅費など,公金支出の在り方が問題となっている。そして,こうした問題について,情報公開が求められ,さらに,多くの裁判が提起された。大分県も例外ではなく,公金支出を巡って幾つかの事件が裁判で争われた。そのうち,食糧費支出に係る公文書の一部非開示決定を巡る裁判の判決が,平成12年4月3日,大分地方裁判所で言い渡された。

 本稿は,この判決の評釈を中心として,公文書の開示に関する問題を論ずる。このことによって,判決自体の妥当性が検証されるとともに,大分県における情報公開制度の問題点,あるいは,これまでの,情報公開に対する大分県の意識(取り組み方)の一端が明らかにされることとなる。

【キーワード】 情報公開請求権,公務(遂行),プライバシー

 

T 情報公開度における大分県の位置

 

 地方分権が本格的に開始された現在,市民の健全な常識に合致する,公正かつ透明な行財政運営が,地方公共団体にますます強く求められている。情報公開への取り組みの度合いは,地方公共団体を評価する際に,非常に重要な基準となるであろう。

 それでは,情報公開度において,大分県はいかなる位置に立つのか。

 昨年(平成11年)11月,全国市民オンブズマン連絡会議は,情報公開条例などに基づいて,同年8月から10月の間に支出された都道府県知事および都道府県議会議長の交際費,平成10年度の土地保有情報,そして新たに警察関連情報として,平成11年度に支出された信号機の設置工事費について,全国一斉に情報公開請求を行った。その結果が,本年(平成12年)3月8日,同会議から「全国情報公開ランキング」(第4回目)として発表された。

 それによれば,九州・沖縄地方の各県は,沖縄県が13位(前回11位),長崎県が25位(前回33位),熊本県が同じく25位(前回39位),鹿児島県が28位(前回24位),大分県が31位(前回27位),福岡県が38位(前回22位),佐賀県が同じく38位(前回25位),宮崎県が42位(前回41位)となっており,沖縄県を除くならば,情報公開に積極的でないと批判されてもやむをえない結果となった。しかも,長崎県および熊本県を除けば,各県ともに順位を(相対的であるとはいえ)下げている。この点も,非常に気にかかるところである1)

 情報公開度において,大分県は,決して満足しうる位置に立っていない。「全国情報公開ランキング」における順位の変遷を見ると,第1回目(平成9年2月3日発表)では41位(ワースト5位)2),第2回目(平成10年2月23日発表)では40位(失格を除いてワースト3位)であった3)。大分県情報公開条例(以下,県条例)は平成9年に改正されているが「全国各地で条例改正や,運用の改善が急速に進行している」状態であり,「大分県が情報公開に対していつまでも消極的な姿勢を続けるのであれば,透明度の高い行政運営の実現は遅れ,相対的な公開度レベルでは,常に下位を低迷する状態が続くことになる」4)。この言葉が示すような事態に陥らないように期待したいところである。

 また,平成10年3月19日には,大分県の旅費・食糧費の不正支出問題に関する実態調査の経過をまとめた資料が非開示処分となったことに対して訴訟が提起された(この事件については、平成12年5月29日、大分地方裁判所から原告敗訴の判決が下された。なお、現在は福岡高等裁判所に高裁にいるとのことである)。同年8月31日には,この資料が行政不服審査法第14条第1項・第45条に定められた不服申立期間中に廃棄されていたという事実が明らかになった5)。県側は,公開請求の対象となった資料が公文書にあたらないと判断して破棄したと主張したのであるが,行政不服審査法の上記規定および行政事件訴訟法の第14条第1項・第3項の存在を忘れていたようである。

 この他にも,大分県の情報公開をめぐる事件が幾つか提訴されたが,その一つについての判決が,本年4月3日午前10時,大分地方裁判所から下された。本稿は,この判決(以下,大分地裁判決)を検討し,「大分新世紀創造計画」を推進しようとする大分県における情報公開制度の問題点,あるいは,これまでの,情報公開に対する大分県の意識(取り組み方)の一端を探ることを目的とする。

 

U 事案,争点および判旨

 

 〔事案〕

 おおいた・市民オンブズマン(原告)は,平成8年1015日,大分県土木建築部監理課における,平成4年から平成8年まで各3月に実施された懇談会費(食糧費)に関する公文書の公開を請求した。これに対し,大分県知事(被告)は,平成8年1213日付けで,当該公文書のうち「懇談会の出席者」と「事業者の氏名,住所,印影,電話番号,FAX番号,屋号及び振込口座」の部分について非公開とする決定処分(公文書一部公開決定処分。以下,本件処分)を原告に通知した。翌年2月7日,原告が異議申立てを行った。被告は,県条例第11条に基づいて,大分県情報公開審査会に諮問を行った。しかし,答申がなされなかったため,原告は同年9月22日に,本件処分を不服として,全面公開を求めて提訴した。

 なお,判決文からは明らかでない部分もあるが,本件提訴後,同年1020日に大分県情報公開審査会による答申がなされ,これに基づいて,同年1219日,被告は本件処分の内容を一部変更する旨の決定を下した。その結果,本件の非開示部分は,@「支出負担行為決議書,支出負担行為票,支出命令票及び支出命令書における懇談会の相手方出席者の氏名,所属機関名,職名及び県側出席者氏名,職名」,A「支出負担行為決議書,支出命令票,支出命令書及び請求書における事業者の氏名,住所,印影,電話番号,FAX番号,屋号及び振込口座」,B「旅行命令簿,支出命令票,旅費請求書及び復命書における出張者の職名,氏名,印影及び職員番号」,C「復命書添付の出席者名簿の出席者の職名及び氏名」に改められた。

 〔争点〕

 (1)本件の非開示部分は,県条例第9条第1号にいう「個人に関する情報」に該当するか。

 (2)本件の非開示部分は,県条例第9条第3号にいう「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」に該当するか。

 (3)本件の非開示部分は,県条例第9条第7号に定められた非開示事由に該当するものと言いうるか。

 〔判旨〕

 大分地方裁判所は,原告の請求を一部認め,@については県側出席者および相手方出席者の氏名を除いた部分,Aについては事業者の印影および振込口座を除いた部分,Bについては出張者の氏名および印影を除いた部分,Cについては出席者の氏名を除いた部分について,本件処分を取り消した。そして,上記争点については次のように述べている。

 (1)について:

 1.県条例第9条第1号にいう「個人に関する情報」とは「一切の個人に関する情報をい」う。また,同号の但し書きは「公開すべき場合を同但し書のイないしハに限定し例外を認めない趣旨の規定と解釈すべきではなく,(中略)当該情報の公開が個人のプライバシーを侵害するものではなく,右公開により侵害されるプライバシーを保護する利益よりも県民が当該情報を公開されることにより受ける利益の方が明らかに大きいと考えられる情報の場合には,実施機関に当該情報を公開することを義務付ける趣旨の規定と解する」。

 2.県側の懇談会出席者の氏名,出張者の氏名,印影は「それ自体によって特定の個人が識別される情報であるから,個人識別情報であ」る。また,県側の懇談会出席者の職名や出張者の職名は「個人識別可能情報に当た」るので,いずれも県条例第9条第1項本文に該当する。これに対し,懇談会の相手方出席者の所属機関名は,公開によって特定の個人が識別される訳ではないので県条例第9条第1号本文に該当しない。

 3.食糧費関係公文書や旅費関係公文書は「法令及び条例の定めるところにより,何人でも閲覧することができる情報,公表することを目的として作成し,又は取得した情報或は法令及び条例の規定により行われた許可,免許,届出等に際して作成し,又は取得した情報ではな」く,県条例第9条第1号但し書きのイないしハに該当しない。もっとも,大分県は,公表することが慣行となっている情報については県条例第9条第1号但し書きのロに該当するものとして解釈・運用をしていたが,県の職員の氏名,印影及び職名はこのような情報にあたらない。

 4.「職務遂行情報は,公務員個人の活動に関する情報の側面をも有するが,本質的には行政事務に関する情報であって,その中の公務員個人の情報についても,当該職務を遂行した者を特定し,その責任の所在を明らかにする情報であって,(中略)職務遂行に関する公務員個人の情報は公的な立場で活動したことに関する情報であって,一般的にいえば,そのプライバシーの保護すべき程度は,私生活に関する情報よりも低いものであるから,職務遂行情報を私生活に関する個人の情報と同列に扱うことはでき」ないが「開示の対象となる公文書に記載されている者は公務員であると同時に一個人でもあり,その氏名などが開示されれば,当該公務員の一個人としての生活等の情報が開示されることになる(中略)から,プライバシー権と無関係であるとはいえない」。このことを前提とするならば,職名は公務員の職務遂行ないし責任所在を明示するなど重要な情報であることなどからして「プライバシー侵害の程度は著しいとはいえず」,県条例第9条第1号の例外にあたる。これに対し,氏名および印影の場合は,これらが公開されるならば「直ちに当該公務員個人が識別されて,当該公務員の活動内容が明らかにな」るから,公開すべき情報にはあたらない。また,「職名公開後の職等級号及び職員番号は,特定の個人が識別され得る個人情報」であり,職名が公開された以上,これらを「公開する公益上の必要性はない」。但し,旅費関係公文書に記載された出張者の職員番号は,公にされている情報ではなく,これが公開されても「通常の方法により入手し得る情報とを組み合わせることにより,特定の個人が識別され得ることはない」。

 (2)について:

 県条例第9条第3号にいう「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」は「秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用なる技術上又は営業上の情報にして公然知られざるものに該当する情報であって,競争上の地位その他正当な利益に実質的な被害が客観的に生じる場合に限られ」ず,「当該事業者に事業経営上の支障,生産・技術上の支障,信用・経理上の支障又は労務管理上の支障が生じた場合」にもあてはまる。食糧費関係公文書に記載された事業者の印影および振込口座は「当該事業者の経理事務にとって重要な情報であり」,これを公開することは「当該事業者の正当な利益である信用・経理上の利益を害すると認められる」。一方,「事業者の氏名,住所,電話番号,FAX番号及び屋号」は,公開されることによって「当該事業者の正当な利益」が害されると認められない。

 (3)について:

 本件において問題となった「懇談会の相手方は他の地方公共団体の職員か国の職員であるから,これらの懇談会は,県の機関と他の地方公共団体の機関や国の機関との事務打合せのための懇談会であると推認され」る。このため「懇談会の相手方出席者の所属,職,氏名」や「事業者の氏名,住所,印影,電話番号,FAX番号,屋号及び振込口座」を公開すると「相手方との信頼関係が著しく損なわれ」るなどの「不都合が生じるとは考えがた」い。

 なお,大分地裁判決に対し,4月10日に原告から福岡高等裁判所に控訴がなされ,14日に被告からも控訴がなされた。

 

V 評釈,検討

 

 本件は,平成9年改正前の県条例の解釈をめぐって争われたものである。県条例第9条は公文書の非公開に関する規定であり,本件において問題となった第1号は個人情報を,第3号は法人等の「競争上の地位その他正当な利益」に関わる情報を,第7号は県または国の機関が行う監査などの事務事業に関する情報で,公開することによって目的が損なわれ,または「公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」を,それぞれ非公開事由として掲げている(第1号但し書きのイないしハ,および第3号但し書きのイないしハを除く)。平成9年の改正により,第1号但し書きには,公務員の職務遂行に関する「情報に含まれる当該公務員の職及び氏名に関する情報」を非公開事由から除外するニが追加され,第3号但し書きには「県の機関との契約に係る当該機関の支出に関する情報に含まれる当該支出の相手方である法人等又は個人の情報であつて,公開しても,当該法人等又は当該個人の事業に著しい支障を生ずるおそれがないと認められるもの」を非公開事由から除外するニが追加されている。そのため,現在において本件と同様の事件に関して訴訟を提起するならば,多少とも異なる内容の判決が下されるものと思われる。

   情報公開請求権の性格

 まず,本件において直接の争点となっていないが,争点(1),さらに情報公開制度そのものを検討するための前提として,情報公開請求権の性格を検討する。

 大分地裁判決は「『知る権利』は憲法二一条の派生原理として導かれるものであるが,それ自体抽象的な権利に過ぎず,地方公共団体の住民の具体的な情報公開請求権は,条例によって創設されるものであり,その範囲は当該地方公共団体の立法政策により確定されるものである」と述べ,被告の主張をほぼ全面的に取り入れている。同旨の判断は,京都地判平成7年1027日判タ90465頁においてもなされている。

 たしかに,日本において知る権利がクローズアップされるようになったのは第二次世界大戦後,とくに昭和50年代になってからのことであり,そのこともあって法的権利としての内容に不明確な点があることは否めない。知る権利には,憲法第21条第1項により保障される表現の自由の一つとしての知る自由という自由権的側面6)の他に,請求権的側面があることは,多くの学説によって承認されている7)。それでも,知る権利が「きわめて広汎な概念であり,また人の生活行動のすべての範囲において成り立つものともいうことができる」ものであり8),多義性あるいは不明確性が残ることは否定できない。また,このことと関係するが,知る権利の憲法上の根拠を第21条第1項以外に求めることも可能である(知る権利および情報公開請求権を理解するにあたって重要である)9)

 知る権利の請求権的な側面をなすものである情報公開請求権についても,(その必要性を認められるがそれを権利として捉えるには,なおも論理的には脆弱なところがあることも否定できない10。この点を措くとしても,抽象的な権利として存在することが認められるとして,そのことから直ちに具体的な範囲,すなわち,国民が国家または地方公共団体に対し,いかなる情報をいかなる範囲において(さらに言うならばいかなる手続により)請求しうるのか,ということが画定される訳ではない。結局,情報公開請求権は「政府の情報開示という作為を求めるものであること,および権力分立構造下の裁判所の地位というものを考慮するならば」法律または条例による「開示基準と具体的開示請求権の根拠づけを待た」なければならない11。その意味において抽象的権利である(尤も,抽象的権利は,結局のところ,存在するが行使しえない権利であるということになるが)。

 しかし,このことから直ちに,具体的な情報公開請求権が「条例によって創設されるものであり,その範囲は当該地方公共団体の立法政策により確定されるものである」と断言しうるのであろうか。「創設」という表現自体にも若干の疑問が残るが12,具体的な情報公開請求権の範囲の画定が,完全に地方公共団体の立法政策に委ねられるという趣旨であるならば,このような立論には根本的な疑問を抱かざるをえない。

 当然のことであるが,憲法第21条第1項により保障される表現の自由は,民主主義の根幹をなす国民の政治参加のために必要不可欠な基本的人権である(自己実現の価値という側面も重要であるが)。民主主義は国民による政治であり,「指導者と被指導者との同一性,支配の主体と客体との同一性を意味し,国民に対する国民の支配を意味する」13。国民が政治に参加するためには自らの意見を表明しうる状態を与えられなければならないが「まずあらゆる事実や意見を知る自由をもたなければ自らの意見を正しく形成することはできない」14

 歴史的にみても,既に1789年フランス人権宣言第15条は「社会は,すべての官吏に対し,その行政について報告を求める権利をもつ」と規定していた。カントも,公法の先験的公式として「他人の権利に関係する行為で,その格率が公表性と一致しないものは,すべて不正である」と主張する15。民主主義においては公開政治が原則であり,本来的に「国民主権から出発すれば,情報公開は当然である」1619世紀には,知る自由は表現の自由によって自動的に保障されるとみられており,送り手の表現の自由に重点が置かれていた。しかし,度々説かれるように,20世紀に入って,知る権利の請求権的側面が注目され,主張されるようになる。その理由として,第一にマス・メディアの巨大化・集中化,第二に政府の行政機能の拡大があげられる。後者について言うならば,国民に対する行政の影響度が拡大するとともに,国家秘密・行政秘密の増大が民主主義社会の根本を揺るがしかねなくなったのである。その意味において,知る権利は,民主主義(あるいは国民主権)の原理を採用する国家において,理念と実態との乖離を是正するために認められる権利であるということができよう。

 また,日本において「地方団体は第二次世界大戦の終結までは統治機関として機能していたので,現在でもその伝統が残っていて,現在の地方公共団体は情報公開に積極的でない。地域住民を統治するためには地方公共団体と地域住民の間に情報の格差があったほうが地方公共団体には好都合である」という指摘もなされている17。憲法第92条にいう「地方自治の本旨」には団体自治と住民自治とが含まれるが,知る権利(とくに情報公開請求権)は住民自治と結び付けられるべきものである。住民自治を実現するためには,情報公開請求権が欠かせない。このことは,曲がりなりにも地方分権が本格的に始動した現在,とくに強く要請されるところである。地方公共団体が住民参加を進めることによって,地方分権は完成するのである18

 このように考えるならば,知る権利は,自由権的側面であれ請求権的側面であれ,憲法第21条第1項で保障されていることに異論はないが,請求権的側面としての情報公開請求権については,単純に表現の自由としての側面のみを捉えるのではなく,民主主義の側面から捉えることも求められると解すべきである19

 従って,情報公開請求権の具体化に際しては,完全に立法政策あるいは立法裁量に委ねられるとする議論は,本末転倒とまでは言わないまでも,国民主権および住民自治の原理を軽視するものとも考えられ,妥当ではない。むしろ,地方公共団体が情報公開請求権を条例によって具体化し,画定する際には,そして,解釈・運用の際には,憲法第21条第1項の趣旨,目的は勿論,前文,第1条,さらに第92条による拘束を受けるものであると解すべきである20

 なお,情報公開法に知る権利という文言は明示されなかったが,同第1条には「国民主権の理念にのっとり,行政文書の開示を請求する権利」という文言がある21。一方,情報公開条例の中には,大分市情報公開条例(以下,大分市条例)第1条,熊本市情報公開条例(以下,熊本市条例)前文のように,住民の知る権利を(何らかの形において)明示するものがある。知る権利が情報公開法(および同法要綱案)に明示されなかったことについては,批判的な見解が多く出されている22。しかし,私は,知る権利が法律や条例に明示されるべきか否かという問題を,或る意味において表面的なものであり,重要なものではないものと考えている23。大分県も,情報公開制度が「活力に満ちた開かれた県政の推進は,県民の英知と熱意を結集することによってはじめて実現されるものであり,そのため」の前提であると述べている24。住民自治(住民参加)にとって重要なことは,熊本市情報公開条例前文を借りるならば「公正で民主的な市政運営を図るためには,市政に関する諸活動の状況が明らかにされ,市民に説明されることであ」り,「市民の市政への参加及び市政への監視を促す」ことである。大分市も,情報公開制度の目的を「自主的な行政運営の参画あるいは意見の表明など市政に対する市民参加を推進し,さらにその求めに応じて市が保有する公文書を公開することにより,市民の市政に対する理解を深め,市民と市政とのより一層の信頼関係を確立し,公正で開かれた市政を実現すること」としている25。今後,大分県においても,こうした目的が実現されるように,情報公開条例が運用されなければならないし,県民の側も監視を続けなければならない。

   公務員の職務遂行とプライバシー

 本件における最大の論点が,上記争点(1)であることは言うまでもない。前述のように,現在の県条例第9条第1号但し書きのニは,公務員の職務遂行に関する「情報に含まれる当該公務員の職及び氏名に関する情報」を非公開事由としての個人情報から除外する。このことから,争点(1)に関する検討をなすことは,あるいは不要であるかもしれない。しかし,本件は改正前の条文の解釈に関するものであり,ニのような規定が存在しなかったため,公務員の職務遂行に関する情報が問題となった。また,被告もこの点に関する判断を不服として控訴しているので26,検討する意味は存在するであろう。

 公務員の職務遂行に関する情報のうち,当該公務員の職名および氏名が,情報公開条例における非開示事由としての個人情報から除外されるか否かについて,判決は二分される。除外されるとする判断を示した判決の代表例として,仙台地判平成8年7月29日判時157533頁がある。この判決は,地方公共団体の情報公開制度運営に大きな影響を与えたと考えられる。県条例第9条第1号(および第3号)の改正にも,この判決の影響が認められる27。そのため,この判決を先例と考えることができるであろう。この判決と同様に公務員の職名および氏名が非開示事由から除外される旨を示す判決として,他に,東京高判平成9年2月27日判時160248頁,東京高判平成10年3月25日判例自治188号9頁,東京地判平成10年6月25日判例自治18714頁,熊本地判平成10年7月30日判例自治18542頁,鳥取地判平成11年2月9日判例自治19042頁などがある。これらの判決と反対の趣旨を述べる判決としては,札幌地判平成11年2月26日判例自治19249頁などがある28。しかし,公務員の職名および氏名を非開示事由から除外する判断が大勢を占める。

 大分地裁判決は,先に示したように,県条例第9条第1号にいう「個人に関する情報」を「一切の個人に関する情報」としつつ,個人情報であっても公開すべき場合は同但し書きに列挙された事由に限定されず,同但し書きは「プライバシーを保護する利益よりも県民が当該情報を公開されることにより受ける利益の方が明らかに大きいと考えられた場合を列挙したにとどま」る旨を述べる。その理由として,プライバシーの概念が抽象的であること,その概念が「変化し又は明確化される」可能性を有することをあげている。その上で,県側の懇談会出席者の氏名,出張者の氏名,印影を個人識別情報とし,県側の懇談会出席者の職名や出張者の職名を個人識別可能情報としている。

 一般論として,公務員の職名,氏名および印影が個人識別情報に該当すること自体は,異論のないところであろう。そして,当然ながら,個人識別情報(および個人識別可能情報)は,常に当該個人のプライバシーと関わるという訳ではない。公務員の純粋な私生活面における個人識別情報(例えば,自宅の所在地および電話番号,本籍)は,当該公務員のプライバシーに関わる場面が多いと言えよう。これに対し,公務員の職務遂行に関する情報が,公務員のプライバシーと関わるか否かについては,議論のあるところである。

 大分地裁判決は,既に示したように,公務員の職務遂行に関する情報が「本質的には行政事務に関する情報であって,その中の公務員個人の情報についても,当該職務を遂行した者を特定し,その責任の所在を明らかにする情報であ」り,「職務遂行に関する公務員個人の情報は公的な立場で活動したことに関する情報であって,一般的にいえば,そのプライバシーの保護すべき程度は,私生活に関する情報よりも低いものであるから,職務遂行情報を私生活に関する個人の情報と同列に扱うことはでき」ないことを認める。しかし,「開示の対象となる公文書に記載されている者は公務員であると同時に一個人でもあり,その氏名などが開示されれば,当該公務員の一個人としての生活等の情報が開示されることになる」と述べている。

 しかし,この部分に関する大分地裁判決の論旨には,疑問が残る。

 原告が本件について提訴する誘因ともなった仙台地判平成8年7月29日判時157533頁は,公務員の「職務遂行に際して記録された情報に含まれる当該公務員の役職や氏名は,当該公務を遂行した者を特定し,場合によっては責任の所在を明示するために表示されるにすぎないものであって,それ以上に右公務員の個人としての行動ないし生活に関わる意味合いを含むものではない」と述べている。その理由として,宮城県情報公開条例第1条の規定,および宮城県が作成した「情報公開事務の手引」に公務員の氏名や役職が個人情報の例として掲げられていないことなどがあげられる。

 このような判断に対して,まず,条文の文理解釈に適合しない旨の批判が寄せられる29

 たしかに,条例において,公務員の職務遂行に関する「情報に含まれる当該公務員の職及び氏名に関する情報」が非公開事由から除外する旨の規定がない場合には,直ちにこのような情報を公開すべしという解釈を導くことはできないであろう。

 しかし,文理解釈から全てが導かれるという訳でもなかろう。むしろ,条例が個人識別情報を原則として非開示とした理由を検討し,解釈に生かすべきであろう。本稿の検討対象である大分地裁判決も,県条例第9条第1号但し書きについて,立法経緯に遡り,文面上は限定列挙の形式をとることを認めつつも,プライバシーの保護と公益とを調整した結果としてイからハまでの除外事由を規定した旨を述べる。県条例も含め,情報公開条例は,公文書開示の原則をとり,非開示は例外として捉えるべきであるから,或る情報が非開示事由にあたるか否かは,目的適合的に解釈すべきであろう(全く文理を無視せよと言うのではない)。

 次に,公務員の職務遂行に関する情報が全くプライバシーと無関係であると言いえない旨の批判がある。換言すれば,公務員の職務遂行に関する情報が完全に非開示事由から除外されるべきかという問題である。

 たしかに,例えば「旅行伺文書に出席者として記された公務員の氏名は,上司などの他人が記載したものであって,本人が記載したものでないから,これ(―開示の対象。引用者注)には該当せず,明文の規定なくしても当然に開示されるべきであるとは,必ずしも言えない」という主張30には,一理があるものと思われる。職務遂行に関する情報に,公務員個人のプライバシーに関する情報に関する問題が全く存在しえないとは断言できない。例えば,公務員甲は欠勤していたが本人の知らない間に上司乙によって虚偽の内容を含む旅行伺文書が作成された,あるいは,甲の知らない間に乙によって懇談会の出席者とされた,というような場合には,こうした情報が公開されることによって甲のプライバシー侵害が問題となるであろう。

 しかし,このようないわば例外的な場合を別とすれば,甲の職務遂行に関する情報に甲の職名および氏名が示されており,それが開示されたとしても,プライバシーの問題を抱えるとは言えないのではなかろうか。

 本来,プライバシーは,私生活をみだりに公開されない権利として,さらに私人の私的な情報の保護を求める権利(あるいは自己の私的情報を管理する権利)として捉えられるべきものである。問題の舞台として想定される場面は,私人と私人との関係,あるいは私人と公権力との関係である。その意味において,原則として,職務遂行に関する情報について当該公務員のプライバシーは問題にならないと考えるべきであろう。一般的な道理として,職務遂行と私生活とは区別すべきものである。

 また,公務員が職務を遂行する場合,職名および氏名(さらに印影)は,前記仙台地方裁判所判決および大分地裁判決も述べるように,責任の所在を示すために重要である31

 通常,職務遂行に関する情報に記載される公務員の職名および氏名(さらに印影)が開示された場合,当該公務員の私生活に関する情報まで開示されることを意味しない。また,その情報が記された公文書を閲覧した者が当該公務員の私生活に関する情報までを読み取ることはできないのが普通であろう。読み取ることができたとすれば,多くの場合,閲覧した者が当該公務員の私生活を既に知っているということを意味する。そのことによって,当該公務員のプライバシーに関わる問題が発生することは考えられなくはないが,これは当該公務員と閲覧した者との私的な関係における問題であって,職務遂行とは全く別の問題である。

 勿論,開示された情報に公務員の職名および氏名(さらに印影)が示されていた場合に,当該公務員のプライバシーが侵害されて平穏な私生活が損なわれ,さらに,場合によっては当該公務員に生命・身体上の危害が加えられる,という結果を惹起することも,全く考えられない訳ではない。その場合には,職務遂行に関する情報であっても非開示とすることもできると考えられる。しかし,これは別の非開示理由に該当するものであろう32

 このようにみるならば,争点(1)に関する大分地裁判決の論旨は,プライバシーの概念を不当に拡張したきらいがあり,妥当と言い難い。また,大分地裁判決は,職員番号について,これを公開しても「特定の個人が識別され得ることはない」から非公開事由にあたらないとしているが,公にされていない職員番号のような情報を開示することにどれほどの意味があるのか,疑問である。

 なお,情報公開法第5条第1項第1号但し書きハは,公務員の職務遂行に関する情報も「個人に関する情報」であることを前提としつつ,職名および職務内容については非開示事由から除外している。氏名については,同但し書きイによることになる33

   事業者に関する情報

 本件において問題となった懇談会は,大分県の職員と,国または他の地方公共団体の職員を参加者とし,機関同士の事務打ち合わせを目的として,外部の飲食店において行われたものである34。そのため,飲食店発行の請求書や領収書など,懇談会の会場となった「事業者」に関する情報のうち,いかなるものが県条例第9条第3号により非公開とされる「競争上の地位その他正当な利益」に関わる情報に該当するかということが問題となる(争点(2))。

 前述の通り,大分地裁判決は,事業者の氏名,住所,電話番号,FAX番号および屋号については県条例第9条第3号の非開示事由にあたらないとしている。これに対し,事業者の印影および振込口座は非開示事由にあたるとしている。しかし,この判断にも若干の疑問が残る。

 大阪府水道部が行った懇談会などに関する公文書の一部非開示決定の妥当性に関する判決である最三小判平成6年2月8日民集48巻2号255頁は,問題となった「債権者請求書と経費支出伺とが添付された支出伝票」に懇談会の会場となった飲食店の名称(など),費用(金額)や明細などが示されていたことについて,これらが「業者の営業上の秘密,ノウハウなど同業者との対抗関係上特に秘匿を要する情報が記録されている訳でな」く,これらが公開されることによって「業者の社会的評価が低下するなどの不利益を被るとは認め難いので,本件文書の公開により当該業者の競争上の地位その他正当な利益を害するとは認められない」とした35。判決文からは明らかでないが,ここには事業者の氏名,住所などの他に印影および振込口座も示されていたものと思われる。そうであるとするならば,事業者の印影および振込口座が直ちに非開示事由にあたる訳ではないであろう。仙台地判平成8年7月29日判時157533頁も,事業者の氏名などについては上記最高裁判決とほぼ同旨を述べた上で,印影および口座番号については「事業活動を行う上での内部管理に関する情報ではあるが,通常飲食業者が秘密に管理している性質の事柄ではない」などとして,非開示事由にあたらないと述べている36。熊本地判平成10年7月30日判例自治18542頁も同旨である37

 これに対し,事業者の印影および口座番号が非開示事由に該当すると述べる判決も存在する。例えば,大阪地判平成9年3月25日判例自治16313頁は,事業者の印影および口座番号が「法人等又は個人が事業を営む上で必要とされる,事業に係る金銭の出納にかかわる情報であり,どの範囲で誰にこれらの情報を明らかにするかは当該法人又は個人の経営にかかわる部分が大きいといえる」ことなどをあげて,被告(大阪市長)によるこの部分の非開示決定を適法としている。浦和地判平成9年2月17日判例自治16531頁も同様の判断を示している(事業者の氏名などについては非開示事由にあたらないとする)。そして,大分地裁判決も事業者の印影および振込口座は「当該事業者の経理事務にとって重要な情報であ」ると述べる。

 たしかに,事業者の印影および口座番号は,事業者が事業を営むに際して必要不可欠なものである。しかし,これらが公開されると,具体的にいかなる支障が生じるのであろうか。大分地裁判決を含め,事業者の印影および口座番号を非開示事由とする判決は,この点について,何も述べていないに等しい(本件被告の主張も同様である)。本件原告も主張するように,請求書や領収書などは,その事業者を利用する者に対して発行されるものであるから,事業者の営業上の秘密などが示されるはずがない(そのような請求書や領収書は,通常であれば存在しえない)。本件被告は,印影や口座番号が事業者の「極めて重要な内部情報であって,みだりに不特定多数に知られることは事業者の信用・経理上の支障を生じさせる」と主張するが,これらは「不特定多数の者に広く公表されるものではない」としても、取引の際に相手方など外部に表示されるものである。事業者の印影は,請求書,領収書,約束手形,小切手などに示されるものであるし,口座番号は,取引の際に振込先として請求書や振込用紙などに示されるものである。その意味において,印影や口座番号は,本来的に外部に公表されるべき性質を有する(そうでなければ取引活動そのものが不可能である)。大分地裁判決は,事業者の氏名,住所などについては非開示事由にあたらないとしているのであるから,印影および口座番号を公開することによって事業者に何らかの支障が生じるおそれがあるというのであれば,その点についての具体的な主張・立証が必要であると思われる(そうしなければ,趣旨が一貫しない)。勿論,他人による盗用・冒用などの危険があることも指摘されうる(大分地裁判決もその旨を述べている)が,それは情報公開と直接的な関係をもたないことである。情報公開によってそのような危険が増えるとは言えないからである。

 以上から,争点(2)に関する大分地裁判決の論旨のうち,事業者の氏名,住所,電話番号,FAX番号および屋号に関する部分は妥当であると解されるが,事業者の印影および口座番号に関する部分は妥当ではないと解される。

 なお,前述のように,平成9年の改正により,県条例第9条第3号但し書きにニが追加されている。大分県は,ニについて「県の機関との契約により当該機関が支出をする際に作成し,又は取得した文書(支出負担行為決議書,支出命令書,請求書,領収書等)に記載された当該法人等や事業を営む個人の氏名,住所等の情報であって,公開してもその事業に著しい支障を生ずるおそれがないものと認められるものが記録されている公文書は,公開することができるとする趣旨である」と説明している38。しかし,何が「著しい支障を生ずるおそれ」に該当するかについて県側に裁量の余地があることは否定できない。

   懇談会の相手方出席者

 最後に,本件の争点(3)について検討を加える。

 前述のように,県条例第9条第7号は,県または国の機関が行う監査などの事務事業に関する情報で,公開することによって目的が損なわれ,または「公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」を非公開事由として掲げる。懇談会が同号にいう事務事業に該当するかという問題について,原告は,これが「官官接待であって,実質的に保護に値する正当なものとはいえないもの」であって該当しないと主張し,被告は,同号に示される監査などが例示的な列挙に留まるものであるから懇談会は同号に該当すると主張していた。

 大分地裁判決は,懇談会が同号にいう事務事業に該当することを前提としている(この点については,他の判決も同様であろう)。しかし,最三小判平成6年2月8日民集48巻2号255頁を参照しつつ,被告側が主張する「事務事業の執行に著しい支障を生じるおそれ」が生じるとは認め難いとして,被告の主張を退けている。

 この最高裁判決は,問題となった文書に,懇談会に参加した相手方出席者の氏名などがほとんど記されていなかったという事案に関するものであるが,懇談会の情報が開示されることによって「事務の公正かつ適切な執行に著しい支障を及ぼすおそれがあるとは断じ難い」と述べ,「著しい支障を及ぼすおそれ」の存在に関する事実の主張・立証を要求する。仙台地判平成8年7月29日判時157533頁も「情報交換を円滑に行うべく関係者との一般的な情報交換,友好関係を図るための単純な事務打合わせ目的の懇談会の場合は,相手方の氏名等を開示しても,県財政課の事務事業の執行に支障が生じるとは考え難い」と述べ,上記最高裁判決と同旨を述べる。浦和地判平成9年2月17日判例自治16531頁,大阪地判平成9年3月25日判例自治16313頁,および熊本地判平成10年7月30日判例自治18542頁も同旨を述べる。判例は,この点についてほぼ固まっているのではないかと思われる。大分地裁判決も,この流れを汲んでいる。

 そして,上記判決におけるいずれの事案においても,懇談会の相手方出席者の所属,職名および氏名を公開することが具体的にいかなる支障をもたらすのか,被告側から具体的な主張・立証がなされていない(あるいは,このようなことの主張・立証は困難であるかもしれない)。この点は,大分地裁判決においても同様である。

 本件のように,県の職員と国または他の地方公共団体の職員との懇談会が「県の機関と他の地方公共団体の機関や国の機関との事務打合せのための」ものであるとするならば,それは,一応,県の職員のみならず,相手方職員にとっても公務であると考えられる(その意味において,参加者のプライバシーが問題となる余地は僅少であろう)39。そうであるとするならば,懇談会に関する情報が公開されたからと言って,直ちに「相手方との信頼関係が著しく損なわれ」るなどの「不都合が生じる」と言いうるであろうか。例えば県庁内で行われる場合であれば,懇談会の内容に関する情報については非開示とすべき事由が存在しうるが,懇談会の相手方出席者の所属,職名および氏名を公開することに,とくに支障はないと考えられる。懇談会が公務として捉えられる以上は,どのような場所においても成立しうるはずである。仮に,県庁など県の施設で行われた懇談会であれば,参加者の氏名などに関する情報が開示され,それ以外の場所で行われたならば情報が開示されないとするならば,懇談会が常に正当な公務と言いうるのであろうか。かえって住民の疑念を増幅させるだけであろう。

 以上から,争点(3)に関する大分地裁判決の論旨は妥当と解される。ただ,争点(1)に関する判断との整合性を欠くのではないかという疑問も残るところである。

 なお,上記判旨に示したように,大分地裁判決は,事業者の氏名,住所,電話番号,FAX番号,屋号および口座番号が県条例第9条第7号の非開示事由にあたらないと述べているが,前述のように,口座番号については第3号の非開示事由にあたるとされた。

   総合的評価

 総合的にみるならば,大分地裁判決は,現在の情報公開に関する判例の傾向と照らし合わせると,後退した印象を受ける。また,論旨には不徹底なところが多く,全面的に判旨に賛成するとは言い難い。福岡高等裁判所がいかなる判断を示すか,注目される。

 

W おわりに

 

  本稿を執筆するにあたり,本件訴訟の原告であるおおいた・市民オンブズマン事務局長の永井敬三氏,および,本件訴訟の原告代理人を務められた河野聡弁護士(市民総合法律事務所)から,多大な御協力をいただきました。ここに記し,御礼を申し上げます。

 

 

  1 今回発表されたランキングにおいては,前回は最下位であった愛知県が5位に上昇する一方,前回は7位であった千葉県が30位に後退するという劇的な変化も見られる。しかし,ランキングを見る限りにおいて,若干の順位の変化が見られるものの,情報公開度の高い都道府県と低い都道府県とが,それぞれ位置を定着させ,両者の格差が広がる傾向がうかがわれる。なお,このランキングについては,日本経済新聞2000年3月9日付朝刊1238面を参照した。

  2)日本経済新聞1997年2月4日付朝刊1439面による。

  3)永井敬三「平松県政の情報隠しと公金不正支出―[情報公開]」地方分権研究会編『平松・大分県政の検証』(1999年,緑風出版)165頁などによる。

  4)永井・前掲166頁。

  5)この事件に関する私のコメントが,西日本新聞1998年9月2日付朝刊1630面に掲載されている。

  6)橋本公亘『日本国憲法』〔改訂版〕(有斐閣,1988年)260頁は「表現の自由を別の面から見ると,それは,知る自由,聞く自由,読む自由となる」と指摘する(原文にはゴシック体による強調箇所があるが,引用に際しては省略した)。石村善治「国民の知る権利」奥平康弘・杉原泰雄編『憲法学2』(昭和51年,有斐閣)54頁,芦部信喜『憲法』〔新版補訂版〕(岩波書店,1997年)161頁も参照。また,最大判昭和441015日刑集22101239頁における色川裁判官反対意見も参照。

  7)例,芦部・前掲書161頁(「国務請求権ないし社会権」と表現する),佐藤幸治『憲法』〔第三版〕(青林書院,1995年)526頁。初宿正典『憲法2基本権』(1996年,成文堂)298頁,小早川光郎編著『情報公開法―その理念と構造―』(1999年,ぎょうせい)5頁[長谷部恭男担当],辻村みよ子『憲法』(2000年,日本評論社)235頁も同旨と思われる。これに対し,「知る権利」を請求権的側面に限定する説の例として,橋本・前掲書423頁がある。

  8)佐藤功『憲法(上)』〔新版〕(1983年,有斐閣)193頁。奥平康弘『憲法V―憲法が保障する権利―』(1993年,有斐閣)200頁も参照。

  9)現在の学説において,憲法第21条第1項以外の条文に根拠を見出す説は,それほど多く主張されている訳ではない。例えば,佐藤功・前掲書192頁は憲法第21条を最も直接的な根拠としてあげるが,憲法第13条によって保障される幸福追求権(人格権)の一内容としても捉えている(しかし,情報公開請求権のような知る権利の請求権的側面に,幸福追求権がどのように結びつくかという点について,疑問も残る)。この側面に触れている判決の例として,最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁がある。また,石村・前掲53頁は,知る権利の根拠として,憲法前文,第1条,第21条第1項および第25条をあげ,「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法第25条第1項)の中に,個人の生存を維持するための情報や知識を収集および取得する権利を含ませて考える。例えば,公害のように,直接我々の生存や生活に脅威を与える事実に関する情報を得ることによって,それに対抗する手段を講じうる,というのである。

  10)阪本昌成「『知る権利』の意味とその実現」ジュリスト884号(1987年)207頁,阿部泰隆『論争・提案情報公開』(1997年,日本評論社)6頁も参照。辻村・前掲書235頁も参照。

  11)佐藤幸治・前掲書516頁。最近の判決でこの点を指摘するものの例として,京都地判平成7年1027日判タ90465頁,鹿児島地判平成101030日判例自治18534頁,熊本地判平成10年7月30日判例自治18542頁,東京高判平成101225日判例自治19340頁,東京地判平成11年1月28日判例自治19343頁がある。世田谷区情報公開条例第1条に関する東京地判平成10年6月26日判例自治18416頁も同旨であろう。また,山代義雄『新・地方自治の法制度』(2000年、北樹出版)84頁は,知る権利「自体は抽象的規範であり,情報公開制度は立法政策の結果,条例に基づき創設されたものとする見解」を支持し,その理由として「情報公開制度は,知る権利の自由権的側面ではなく,社会権的側面である」ことをあげる(この主張と同旨を述べるものと考えられる判決の例として,京都地判平成7年1027日判タ90465頁がある)。阿部・前掲書7頁も参照。しかし,このように自由権的側面と請求権的側面を明確に区別できるものであろうか(私は,これらの言葉を,検討の便宜のために用いている)。松井茂記『日本国憲法』(1999年,有斐閣)329頁が述べるように「自由権の中に政府による侵害に対する裁判所による排除を求める請求権を読みとる立場では,権利はすべて請求権である」。物権的請求権の一種である妨害排除請求権(民法第198条を参照)は文字通りの請求権であるが,これを社会権と捉える者は存在しないであろう。

  12)本来,創設とは,抽象的な権利としても存在しないものを条例によって具体的な権利として規定した場合を指すものと考えるべきであろう。抽象的な権利として存在するものを法律や条例などに規定する場合,それは単なる具体化にすぎない。或る意味においては存在の確認である。具体化される場合において,或る程度の限定や制約に服することはやむをえないが、それは創設を意味しない。

  13Hans Kelsen, Vom Wesen und Wert der Demokratie, 2. Auflage, 1929 (Neudruck 1981), S. 14.訳は私自身による。

  14)橋本・前掲書260頁。

  15Immanuel Kant, Zum ewigen Frieden, Ein philosophischer Entwurf, Anhang, in: Immanuel Kant, Schriften zur Anthoropologie, Geschichtsphilosophie, Politik und Padagogik 1, Werkausgabe Band XI, 1977, S.245.〔宇都宮芳明訳『永遠平和のために』(1985年,岩波文庫)100頁〕

  16)山崎正『住民自治と行政改革』(2000年,勁草書房)56頁注(4)。同書132頁においても「直接民主主義が発展して代議制民主主義が採用されたとすれば,(中略)地域住民にとって地方政府の情報公開は当然である」と述べられている。このような端的な指摘は,住民の情報公開請求権よりも,地方自治の在り方という観点からなされたものと思われる。そのため,同書の立場を敷衍すれば,少なくとも住民の情報公開請求権は憲法第92条から導かれる,ということになるのであろうか。また,情報公開請求権に関する議論は不要ということになるのであろうか。

  17)山崎・前掲書132頁。

  18)地方分権一括法案が衆議院を通過した時点で,これに関連する私のコメントが,朝日新聞1999年6月12日付朝刊1327面(大分版)に掲載されている。そこにおいても同旨を述べた。しかし,住民自治は,ともすれば軽視されがちである。市町村合併,広域連合などにその傾向がみられる。さしあたり,森稔樹「日本における地方分権に向けての小論」大分大学教育学部紀要第20巻第2号(1998年)199頁・201頁を参照。また,大分県(知事)は,以前から「一村一品運動」など,一般的には地方分権を推進する立場をとる(とされる)ことで知られているが,これについては,永田秀樹「『日本合州国』の虚像と実像―平松知事の分権論に対する疑問―」大分大学経済論集第50巻第5号(1999年)129頁を参照。

  19)知る権利を民主主義的側面から捉える見解の例として,石村・前掲53頁,長尾一絋『日本国憲法』〔第3版〕(平成9年,世界思想社)216頁を参照。後者は,知る権利を「国民主権原理(一条)の理論的前提であり,人格権(一三条)および思想・良心の自由(一九条)の内容をなすものであることに留意する必要がある」としている。最大決昭和441126日刑集23111490頁,最大判昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁も参照。また,阿部・前掲書7頁も参照。

  20)小早川編著[長谷部]・前掲書8頁も参照。

  21)県条例第1条も,知る権利を明示していないが「県民の公文書の公開を求める権利を明らかにする」ことを掲げている。

  22)右崎正博・田島義彦・三宅弘編『情報公開法―立法の論点と知る権利―』14頁・24頁・30頁,および同書34頁・35頁に掲記された諸文献を参照。

  23)結論同旨,小早川編著[長谷部]・前掲書4頁など。宇賀克也『情報公開法の逐条解説』(1999年,有斐閣)15頁も参照。

  24)大分県総務部総務課県政情報室『大分県情報公開事務のてびき』〔再訂版〕(1998年)1頁。

  25)大分市『情報公開事務の手引き』(1998年)1頁。

  26)大分合同新聞2000年4月15日付朝刊朝F23面による。

  27)大分市条例第7条第2号但し書きエも,県条例第9条第1号但し書きニと同旨の規定である(大分市条例は平成10年3月27日に公布され,同10月1日から施行されている)。熊本市条例(平成1110月1日施行)の場合は,第7条第2号但し書きエによって「公務員(中略)の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職に関する情報であって,開示しても,当該公務員の権利を不当に侵害し,又は生活に不当に影響を与えるおそれがないと認められるもの」,および同オによって「規則で定める公務員の職務の遂行に係る情報であって,開示しても,当該公務員の権利を不当に侵害し,又は生活に不当に影響を与えるおそれがないと認められるもの」を,不開示情報から除外する。このような除外が実際上,どのように解釈され,運用されるかが問題になるものとも考えられるが,本稿の目的から外れるため,検討を控える。

  28)審議会などの議事録については,若干の問題がある。東京地判平成10年6月26日判例地方自治18416頁,鹿児島地判平成101030日判例自治18534頁などを参照。

  29)平松毅・判例批評・判例評論45838頁(判例時報1591200頁,1997年)を参照。また,阿部・前掲書19頁・91頁も,この仙台地裁判決に批判的である。

  30)平松・前掲40頁(202頁)。また,同41頁(203頁)においては「決裁権者と異なり,上司の命令によって単に会合に出席しただけの職員についても,公務員という理由でその氏名を明らかにすることが,『公正で開かれた行政』を確保するために不可欠とはいえない」と述べられている。

  31)宇賀克也「情報公開条例の論点」『行政手続・情報公開』(1999年,弘文堂)196頁は「個人識別情報型の情報公開条例の場合,少なくとも,公務員の職務遂行に係る情報に含まれる当該公務員の職に関する情報については,アカウンタビリティという観点から開示を義務づけるべきと思われる」と述べている。

  32)大分市・前掲書24頁は,このような場合を想定し,大分市条例第7条第4号の非開示事由(生命等保護情報)に該当する旨を述べる。県条例第9条第8号もほぼ同旨の規定であるため,同じ結果となるであろう。情報公開法第5条についても同様である。宇賀・前掲『逐条解説』49頁を参照。なお,本稿註27)も参照。

  33)宇賀・前掲『逐条解説』48頁を参照。

  34)当然,このような懇談会(あるいは接待)が行われる必要性自体も問題なのであるが,本稿においては触れないでおく。

  35)より精確に記すならば,この判断は,第一審判決(大阪地判平成元年411日,民集48巻2号334頁に掲載)および第二審判決(大阪高判平成2年5月17日,民集48巻2号358頁に掲載)を是認したものである。

  36)平松・前掲42頁(204頁)は,この判断を妥当とする。

  37)この判決においては,旅費などが振り込まれる熊本県職員の口座番号などが非開示となったことも争点とされたが,判決は,非開示とした熊本県の決定を適法と判断している。私も,この判断を妥当と解する。口座番号は公務員の個人的範疇のものであり、私生活と重要な関係を有するからである。情報公開とはいえ,特別な場合を除けば,ここまで公開をする必要性はなかろう。

  38)大分県・前掲書69頁。

  39)註34)を参照。

 

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