大分県における情報公開(2)
――情報公開請求の対象となった文章が廃棄された事例について――
(はじめに) 本論文は、大分大学教育福祉科学部研究紀要23巻2号(2001年)に掲載されたものです。なお、以前、この論文は、「平成12年(行コ)第23号公文書非公開決定処分取消等請求控訴事件及び平成12年(ネ)第664号損害賠償請求控訴事件に関する意見書」として、このホームページで公開していたものですが、追記とともに再録することとしました。
【要旨】 本稿は,福岡高等裁判所第四民事部及び同第五民事部に対して提出された「平成12年(行コ)第23号公文書非公開決定処分取消等請求控訴事件及び平成12年(ネ)第664号損害賠償請求控訴事件に関する意見書」(平成12年11月21日付)の全文である。情報公開請求の対象となった文書(大分県の公金不正支出実態調査に関するもの)が公文書でないと判断され,非開示決定処分がなされた。この処分に対し,原告は訴訟を提起したが,当該文書は被告側により,異議申立期間及び出訴期間中に廃棄されていた。かような場合にいかなる判決が下されるべきであるかにつき,考察を加えたものであり,廃棄処分の不当性・違法性を主張するものである。
【キーワード】 情報公開請求権,決裁,供覧,異議申立期間,出訴期間
T はじめに
この度,平成12年(行コ)第23号公文書非公開取消等請求事件及び平成12年(ネ)第664号損害賠償請求控訴事件につき,控訴人代理人の河野聡氏より,意見書の作成に関する依頼を受けた1)。
両事件の事案は同一であり,両事件の原審判決も大分地方裁判所より平成12年5月29日に下された〔平成10年(行ウ)第二号公文書非公開決定処分取消等請求事件及び平成10年(ワ)第780号損害賠償請求事件〕。そのため,以下,両事件を合わせて本件として扱い,原審判決である大分地方裁判所平成12年5月29日両判決につき,意見を述べる次第である。
U 本件の事案
本件の原審判決に関する意見を述べる前提として,まず,本件の事実を確認する。
控訴人《原告。おおいた・市民オンブズマン》は,平成9年12月15日,公開請求をした。これに対し,被控訴人《被告。大分県(知事)》は,平成10年1月19日,本件非公開決定処分をした。控訴人は,同年1月22日,本件非公開決定処分を受領した。
従って,行政不服審査法第45条及び行政事件訴訟法第14条に従い,異議申立期間及び出訴期間は,平成10年1月23日から起算される。異議申立期間の終了日は同年3月22日であり,出訴期間の終了日は4月22日である。
被控訴人は,平成10年3月18日,本件文書廃棄処分を業者に委託した。翌3月19日,控訴人が本件訴訟を大分地方裁判所に提起した日に,被控訴人の委託を受け,業者が本件文書を廃棄した。
しかし,この廃棄のことについては,当初,被控訴人が提出した平成10年5月11日付の答弁書に記されておらず,8月31日付の控訴人側準備書面にて文書の有無を問いただしたところ,当日,被控訴人側弁護士が口頭で本件文書廃棄処分を明言した2)。そして,10月12日付の被控訴人側準備書面で,改めて本件文書廃棄処分が明らかにされた。
V 争点の整理
原審判決の問題点を,争点との関連においてあげるならば,次のようにまとめられる。
1.情報公開請求権の性質
2.決裁・供覧の意義及び裁量の範囲
3.理由提示(付記)の程度
4.情報公開請求権及び裁判を受ける権利の侵害の有無,ならびに損害賠償請求の可否
5.義務付け訴訟への該当性及びその可否
以下,問題点毎に,原審判決に関する私の意見を述べる。
W 各争点についての意見
1.情報公開請求権の性質
本件において,控訴人は,本件非公開決定処分及び本件文書廃棄処分の違法性を主張し,さらに情報公開請求権に対する侵害,裁判を受ける権利の侵害を主張し,損害賠償を請求している。
情報公開条例が施行されている地方公共団体において,住民は情報公開請求権を有することには異論がない。問題は,情報公開請求権の性質であり,実際に住民が情報公開請求権を行使しうる範囲である3)。
原審判決は,「『知る権利』は憲法二一条の派生原理として導かれるものであるが,それ自体抽象的な権利に過ぎないから,地方公共団体の住民の具体的な情報公開請求権は,知る権利を根拠として認められるものではなく,本件条例が制定されることにより創設されるものである。そうすると,情報公開請求権の範囲は当該地方公共団体の立法政策により確定されるものである」と述べる。原審判決の理解は,本件条例により住民に保障される具体的な情報公開請求権の範囲の画定が,完全に地方公共団体の立法政策に委ねられるという趣旨であろう。
たしかに,知る権利には,法的権利としての内容に不明確な点があることは否めない。知る権利には,憲法第21条第1項により保障される表現の自由の一つとしての知る自由という自由権的側面の他に,請求権的側面があることは,多くの学説によって承認されている。このことを認めるとしても,知る権利が極めて広汎な概念であり,多義性あるいは不明確性が残ることは否定できない。
知る権利の請求権的側面をなすものである情報公開請求権についても,抽象的な権利として存在することが認められるとして,そのことから直ちに具体的な範囲,すなわち,国民が国家または地方公共団体に対し,いかなる情報をいかなる範囲において,さらに言うならばいかなる手続により請求しうるのか,ということが画定される訳ではない。情報公開請求権は「政府の情報公開という作為を求めるものであること,及び権力分立構造下の裁判所の地位というものを考慮するならば」法律または条例による「公開基準と具体的公開請求権の根拠づけを待た」なければならない4)。
しかし,このことから直ちに,具体的な情報公開請求権の「範囲は当該地方公共団体の立法政策により確定されるものである」との主張を導くことはできない。むしろ,こうした主張は,情報公開請求権,さらに知る権利に対する誤解を含むものであり,妥当でない。
まず,創設とは,抽象的な権利としても存在しないものを条例によって具体的な権利として規定した場合を指すものと考えるべきである。抽象的な権利として存在するものを法律や条例等に規定することは,権利が存在することの確認を経た具体化にすぎない。抽象的な権利が具体化される場合において,或る程度の限定や制約に服することはやむをえない。しかし,それは創設を意味しない。
大分県情報公開条例第1条(以下,とくに注記なき場合は平成9年12月改正前のものとし,本件条例と記す)も,知る権利という言葉をこそ用いていないが「県民の公文書の公開を求める権利を明らかにする」ことを掲げている。この文言から,条例が情報公開請求権を創設したと読み取ることは不可能である(「明らかにする」とは具体的にするということであり,創設するという意味ではない)。
最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁は「各人が,自由にさまざまな意見,知識,情報に接し,これを摂取する機会をもつことは,その者が個人として自己の思想及び人格を形成,発展させ,社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないものであり,民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達,交流の確保という基本的原理を真に実行あるものたらしめるためにも必要であつて,このような情報等に接し,これを摂取する自由は,右規定[憲法第21条第1項のこと:引用者注]の趣旨,目的から,いわばその派生原理として当然に導かれるところである」と述べている(最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁も同趣旨を述べる)。
これを受ける形で,鹿児島地判平成9年9月29日判例地方自治173号9頁は,次のように述べる。
「知る権利のうち,政府・行政情報の開示請求権としての『知る権利』(狭義の『知る権利』)は,民主主義・国民主権の原理にも由来する。憲法上,首長等の直接選挙(九三条二項)が保障され,九二条を受けて,地方自治法により,地方自治の本旨に基づく諸制度が整備され,これに基づき,原告ら住民は,首長・議員を選定・罷免し,あるいは,条例制定等の直接請求を行い,県の財務会計行為の監査を求め,非違行為の是正を請求する原理を有するのであるが,これら直接民主制に近い統治機構を与えられている住民による権限行使を実行あらしめるためには,その資料となる行政機関保有の情報が広く住民に開示される必要がある。」
このことから,情報公開請求権は,抽象的であるとは言え,憲法第21条第1項の趣旨を踏まえて具体化することが可能であると言いうる(前掲鹿児島地判も同旨と思われる)。従って,地方公共団体が情報公開請求権を条例によって具体化し,画定する際には,そして,解釈・運用の際には,憲法第21条第1項の趣旨及び目的による拘束を受けるものであると解すべきである。
さらに,地方公共団体の条例において情報公開請求権を具体化する場合,憲法第92条にいう「地方自治の本旨」との関係が重要である。
憲法第21条第1項により保障される表現の自由は,民主主義の根幹をなす国民の政治参加のために必要不可欠な基本的人権である。民主主義は国民による政治であるから,国民が政治に参加するためには自らの意見を表明しうる状態を与えられなければならない。情報公開法《正式には「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」》第1条も「行政文書の公開を請求する権利」が「国民主権の理念にのっと」ることを明言している。
このことは,当然,地方自治においても妥当する。憲法第92条にいう「地方自治の本旨」には団体自治と住民自治とが含まれることは,周知の通りである。
知る権利(とくに情報公開請求権)は住民自治と結び付けられるべきものである。住民自治を実現するためには,情報公開請求権が欠かせない。住民が,居住する地方公共団体に関する情報を適切に得ることができなければ,地方自治は十分に実現しえない(前掲鹿児島地判が説示する通りである)。被控訴人自身も,情報公開制度が「活力に満ちた開かれた県政の推進は,県民の英知と熱意を結集することによってはじめて実現されるものであり,そのため」の前提と述べている5)。
原審判決は,かような国民主権及び地方自治(とりわけ住民自治)の原理を無視又は軽視している。そのために,情報公開請求権の具体化に際しては,憲法の構造を忘れ,完全に立法政策あるいは立法裁量に委ねられるとする,本末転倒の議論に結びつくのである。
2.決裁・供覧の意義及び裁量の範囲
本件条例第2条第2項によれば,「公文書」とは「実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び写真(これらを撮影したマイクロフィルムを含む。)であつて,決裁又は供覧の手続が終了し,実施機関が管理しているもの」であると定義される。
そして,「決裁」は,大分県事務決裁規程(乙第1号証。以下,決裁規程という)第2条第1号において「知事若しくは出納長又はそれらの補助機関が,その権限に属する事務の処理について最終的に意思決定を行なうこと」と定義され,その手続については,大分県文書管理規程(乙第2号証。以下,管理規程という)第17条等に定められている。
また,「供覧文書」は,管理規程第21条括弧書きにおいて「収受し,又は作成した文書のうち施行を要しない文書」と定義されている。このことから,「供覧」とは,上司その他の関係職員による閲覧の手続が取られるものをいう。その手続については,管理規程第21条により定められている。
なお,「決裁又は供覧」の手続が取られるべき基準は,決裁規程にも管理規程にも示されていない。被控訴人の主張に目を通しても,いかなる文書が「決裁又は供覧」の手続を経なければならないのか,明快な基準は存在しないようである。
そして,決裁規程及び管理規程は「大分県訓令」であり,条例の下位法であるとともに,県の内部基準であり,外部的効力を予定していないものと解せられる(地方自治法第16条第5項を参照)。従って,決裁規程及び管理規程が条例の解釈・運用にとって重要な手掛かりになることは当然であるが,必ずしも外部に対する唯一の絶対的基準となる訳ではない。
本件において問題となる事実は,形式的に「決裁又は供覧」の手続を経ていない文書が控訴人による公開請求の対象とされ,非公開決定がなされた後,行政事件訴訟法第14条による出訴期間,又は行政不服審査法第45条による異議申立期間が経過する前に廃棄されたというものである。
本件において廃棄された文書は,県の公金不正支出実態調査にまつわるものであり,平成6年度から平成8年度までの大分県知事部局における旅費及び食料費の支出に係る実態調査の報告書(以下,本件報告書)を作成する段階において作成されたものである(本件報告書は,平成9年11月6日に公表されている)。このことから,本件文書は,形式的に「決裁又は供覧」の手続を経ていないものの,実際には供覧に準じた扱いがなされていたものと考えられる。
そうすると,本件文書が本件条例にいう「公文書」に該当するか否かが問題となる。
原審判決は,管理規程が本件条例より先に制定され,本件条例が管理規程を前提として立法された事実を捉え,「本件条例二条二項の文言についての解釈は,文書管理規程におけるそれと同様に行うべきである」と述べる。
しかし,前述の通り,決裁規程及び管理規程は「大分県訓令」であり,条例の下位法であるとともに,県の内部基準である。この点において,国家行政組織法第14条第2項にいう「訓令又は通達」に類似する。「訓令又は通達」は,法令の解釈基準として行政組織内部を拘束するが,外部的効力を持たない(判例により確認されているところである)。そのため,裁判所が事案を処理するにあたって「訓令又は通達」に拘束される訳ではない。地方自治法第16条第5項に規定される規程も同様のものであり,裁判所は,あくまでも本件各処分が本件条例の趣旨に合致するか否かを審査すべきである。そうでなければ,決裁・供覧について明示的基準のない現状において,行政機関の恣意的な裁量を許し,ひいては情報公開条例制度の趣旨を没却するような運用となる。文書管理事務は,少なくとも部分的には情報公開制度の円滑な運用のためにあるのであって,情報公開制度が文書管理事務の円滑な運用のためにあるのではない。この点,被控訴人の主張及び原審判決の論理は逆転しており,妥当ではない。
原審判決は,被控訴人の第一次的認定権を尊重しており,そのこと自体は妥当であるとしても,それに留まってよいという理由はない。例えば,国家公務員法第100条第1項にいう「職務上知りえた秘密」については形式秘説と実質秘説とがあるが,判例上,実質秘説で固まっている(最一小決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁等)。これは,この秘密についての第一次的決定権が行政庁側にあることを認めつつも,最終的な判断権が裁判所に委ねられていることを意味している。情報公開条例についても,同様の認識が必要であると思われる。
また,原審判決は「本件条例二条二項にいう『決裁』及び『供覧』の概念が,文書管理規程において規定されるそれよりも広範な概念であると解すると,文書管理規程に基づく管理を行う必要がない文書であったとしても,本件条例に基づく情報公開請求が将来あり得ることに備えて文書の管理を行わなければならない事態に陥り,文書管理事務の円滑を著しく阻害する結果となってしま」うと述べる。
しかし,大分県企画部文化振興課長の後藤州一氏による陳述書(乙第8号証)によれば,平成9年11月6日に本件報告書が公表された時点において,本件文書は不用になったというのである。そうであるならば,その時点において廃棄されるべきものである。まして,後藤氏は,陳述書において「プライバシーを保護する必要性」を述べているのである。それにもかかわらず,本件文書は,異議申立期間満了の3日前まですべて存在しており,しかも原審判決別紙二「文書目録」に記されたものの一部のみが廃棄されている。この点において,原審判決の言う「文書管理事務の円滑を著しく阻害する結果」が存在しなかったことは明らかであるし,実際に「プライバシーを保護する必要性」が認識されていたのか,疑問なしとしない。
ちなみに,宇賀克也教授は,「事案処理手続を経ていない文書は管理が不十分であるので,これを情報公開条例の対象としても,適切な対応をなしえないという懸念も存在するように思われる。しかし,すでに,神奈川県,岐阜県のように,事案処理手続を経ていない文書を対象として情報公開条例を運用している例も存在する。また,著者が現地視察した浦和市のファイリング・システムのように,事案処理手続を経ていない文書も含めて,すべて組織的に管理するファイリング・システムを実施しているところもあり,事案処理手続を経ていない文書を情報公開条例の対象とすることは決して不可能ではない。(中略)現状の文書管理体制を所与として,情報公開の対象文書を限定するのではなく,アカウンタビリティという観点から情報公開が必要な文書は情報公開の対象としたうえで,それに対応しうる文書管理体制を整備すべきであろう」と指摘する6)。被控訴人が提出した乙第21号証《大阪府公文書等公開条例》及び乙第22号証《栃木県公文書の開示に関する条例》は,単に本件条例と同種の規定の存在を示したにすぎない7)。
仮に,被控訴人が主張し,原審判決も是認する「文書管理事務の円滑を著しく阻害する結果」を招くというのであれば,何故に,被控訴人は,旅費等調査検討委員会が旅費等調査検討結果報告書を作成し終えた時点,あるいはそれより早い時点で本件文書のすべてを廃棄せず,控訴人が大分地方裁判所に訴訟を提起した日まで保有していたのか,そして,一部のみを廃棄したのかという疑問が生じる。しかし,被控訴人はこの点を全く明らかにしていない。単に「決裁又は供覧」の手続を経ていないというだけでは,全く説明にならない。逆に,本来であれば「決裁又は供覧」の手続を経るはずであったが,何らかの理由によってその手続を採らなかったと考えられたとしても,不思議ではない。
そもそも,本件条例のように,公文書の定義に「決裁又は供覧」の定義を加えることについては,かねてから批判のあるところである。
まず,阿部泰隆教授は,次のように述べている。
「前者[公文書の定義が決裁・供覧済み文書とされていること。引用者注]は,決裁・供覧済みの文書だけが公文書なので,公文書の範囲は明確になろうが,行政が実際に利用していながら,公文書はありませんという事態を招きやすい。(中略)では,決裁を経ていないにもかかわらず,職員が組織的に用いるものとして行政機関が保有しているものとは何か。
たとえば,エイズ関連のいわゆる郡司メモといったものも,個人で管理しているのではなく,元厚生省課長郡司氏が転任しても厚生省内に残してあることからわかるように,組織としての共用文書になっていたと解される。この種の文書でも,決裁・供覧はされていないので,決裁・供覧型では個人メモ扱いで,公文書は不存在ということになる。(中略)審議会の提出資料などは,これまでは決裁などは行われていなかったのではないかと推測される(あるいは,黙示の決裁という扱いかもしれない)が,それでも組織としての共用文書にはなっている」8)
本件文書は,まさに阿部教授が指摘されるような種類のものである。
藤原静雄教授は,「自治体条例において文書管理規程と対象文書の定義が連動している場合に,決裁・供覧という基準自体によっても,またその運用によっても,情報公開の対象から外れる文書が多いという実態があること」,「組織による利用・保有という捉え方がわが国の行政の意思形成のあり方にも合致するものである」と指摘する9)(傍点は,引用者による強調)。
また,宇賀教授は,次のように指摘する。
「決裁・供覧等の事案処理手続を終了したものを対象文書とする理由としては,@事案決定前の文書に記載されている内容は,まだ最終的に決定されたものではなく,組織的に認知され安定した情報とはなっていないので,事案決定前の文書に記載されている内容については責任を持った対応ができないこと,A事案決定前の文書を公開することによって,特定の個人または団体に不当な利益をもたらしたり,あるいは,不測の損害を被らせたりするおそれがあること,B事案決定前の文書が公開され,その後,当該文書の内容に変更が生じたこと等により,無用の混乱が生じ,行政に対する信頼を失わせ不信感を招くことが予想されることなどが挙げられてきた。しかし,これらの理由は,いずれも,いわゆる意思形成過程情報の非公開規定により対応しうる問題であり,対象文書から除外する理由にはならないといえよう。」10)
本件文書についても,まさに藤原教授及び宇賀教授の指摘が妥当する。
なお,被控訴人は,タクシーチケットを公文書に該当しないとした判断を妥当と解する名古屋高等裁判所平成12年2月10日判決(乙第17号証)を引き合いに出すが,これが本件の文書と全く性格を異にすることは明らかである。付言するならば,領収書等を「公文書」に該当しないとしながらも公開の対象とする地方公共団体も存在する11)。
一方,名古屋地方裁判所平成10年12月21日判決(乙19号証。乙第17号証の原審判決)は,タクシーチケットの非公開決定処分を取り消したのであるが,その理由中において「決裁,供覧の手続の終了した文書を公開しながら,決裁,供覧の手続が予定されていないような文書を公開の対象から除外すべき合理的な理由はないから,同項[愛知県情報公開条例第二条第二項のこと。引用者注]は,決裁,閲覧の手続の予定されていない文書については,その事案処理のための使用が終了し,かつ,その文書を基に作成された文書の決裁が終了した段階で機関意思が加わったものとして,公開の対象となる公文書に含める趣旨である」と述べている。
さらに,被控訴人は,神戸地判平成9年12月8日判時1653号138頁(乙第18号証)をも援用する。しかし,同判決において問題となっている事案は,本件事案と異なる部分があり,適切な例ではない。
第一にビデオテープが公文書に該当するか否かである。同判決は,兵庫県情報公開条例第2条第2項にいう「公文書」は「可視的な記録媒体に限定している」と判断した。この点は,本件と事案の性質を異にするもので,全く参考にならない。
第二に,このビデオテープが廃棄された経緯も十分に明らかにされておらず,同判決に記された事案を読む限り,重大な事故の貴重な証拠を廃棄し,(少なくとも結果的に)隠滅したという点において,本件と同様に悪質であり,元来の校門圧死事件と同様に世論の非難を浴び,行政への信頼を損なわせるものである。
第三に,高校の職員会議録が公文書に該当しないとされた点であるが,この点については,藤原教授及び宇賀教授の指摘のように,高校職員の組織共用文書であり,意思形成過程情報として対応しうるものと考えることができ,実際には決裁・供覧に準じた手続がなされていたと解釈すべきである。
被控訴人が乙第20号証として提出した大分県情報公開審査会「大分県情報公開制度の充実について(答申)」(平成12年9月)の5頁にも,現行条例の改正についてではあるが「県の諸活動を県民に対し説明する義務(説明責任)を全うするという観点からは,できるだけ公開請求対象公文書の範囲を拡大すること必要であ」ると記されている。この説明の背景として,実質的には「決裁又は供覧」の手続を経た文書と変わらないものが,形式的に「決裁又は供覧」の手続を経ていないという理由により公開されないことの弊害が,一般的に指摘されているということがあるものと思われる。すなわち,この答申自体,県側の裁量による形式的な「決裁又は供覧」の手続の有無が,情報公開制度の趣旨を少なからず損なわせることがあるということを認め,指摘しているのである。被控訴人が上記答申を証拠として提出していることは,図らずも,本件文書に関する取扱が妥当でなかったことを,自ら認めているということを意味する結果となる。
従って,本件文書は,その性質からみても,管理の実態からみても,本件条例にいう「公文書」に該当するものである。
3.理由提示(付記)の程度
本件条例第6条に基づく情報公開請求は,県行政手続条例第2条第3号にいう「申請」に該当する。本件条例第7条に基づく非公開決定については,同第4項に基づき「申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならない」12)。
本件条例第7条第4項前段は,県行政手続条例第8条第1項と同趣旨であり,一般的な行政手続の法理である理由提示の原則が情報公開制度にも当然に適用されるものとして,確認的に規定したものであり,県行政手続条例第8条第1項に対する特別法としての意味を有していない12)。従って,本件条例第7条第4項前段による理由提示は,県行政手続条例第8条第1項の趣旨に従い,適切に行われなければならない。
なお,この点につき,控訴人は県行政手続条例第14条違反を主張しており,原判決も,この主張を受ける形で,本件非公開決定の理由の記載が同条に違反しない旨を述べる。しかし,「申請」を拒否する処分が同第2条第5号にいう「不利益処分」は該当しないことは,同第2条第5号ロに明示されている。従って,同第14条違反の主張は,同第8条第1項違反の主張に改められなければならない。
次に,理由提示の程度についてであるが,最三小判昭和60年1月22日民集39巻1号1頁によれば「いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して」拒否処分がなされたのかを「申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければなら」ず,「具体的に記載することを要する」。
本件非公開決定処分が記された「公文書非公開決定通知書」(公文書非公開決定処分取消等請求事件原審判決別紙一)中の「公文書を公開しない理由」の欄には「公文書不存在のため」としか書かれていない。この点につき,原審判決は「『公文書不存在』との理由付記は,決裁文書又は供覧文書である公文書の中に公開請求された当該文書が存在しないことを端的に表現したものであって,文書が物理的に不存在であることを表現する『文書不存在のため』とは異なる表現である」こと等を理由として,「公文書不存在のため」という理由提示を適法と解している。
しかし,原審判決における説示は,行政行為及び行政手続の法理からみて,妥当性を欠いている。
まず,前述のように,本件非公開決定処分には,理由として「公文書不存在のため」としか示されておらず,本件条例の該当条文が摘示されていない。これでは「いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して」本件非公開決定処分がなされたのかが不明瞭である。
次に,「公文書不存在」が「文書不存在」と異なるとしているが,たしかに,本件条例の該当条文が摘示されているのであれば,「公文書不存在」と「文書不存在」との差異が了知されることも考えられる。しかし,該当条文が摘示されていない以上,「公文書不存在」と「文書不存在」との差異は明確でないことはいうまでもなく,「申請者においてその記載自体から了知しうるもの」とは言いえないことは明らかである。「公文書」は本件条例第2条第2項に定義されているのであるから,同項にいう公文書がない旨の理由を示すべきであった。そうであれば,「公文書不存在」と「文書不存在」との差異が,多少とも明らかになる(但し,両表現の差異について,県職員等,内部に通じている者であれば理解されやすいが,一般的には必ずしも明快なものではない,という問題点は残る)。
さらに,原審判決は理由提示について「端的に表現したものであ」れば足りると読みうる説示をしているが,その趣旨であるならば前掲最高裁判所判例の趣旨と矛盾する。
4.情報公開請求権及び裁判を受ける権利の侵害の有無,ならびに損害賠償請求の可否
(1)情報公開請求権の侵害の有無
まず,控訴人が有する情報公開請求権の侵害の有無について検討する。
控訴人は,本件非公開決定処分を不服として,本件条例第11条に基づき,行政不服審査法による異議申立てをなすこともできた。また,異議申立てを経ることなく,本件非公開決定処分の取消訴訟を提起することもできた。
本件条例第11条は「不服申立て」がなされた場合に「明らかに不適法であるときを除き,大分県情報公開審査会に諮問し,その答申を尊重して裁決又は決定を行うものとする」と規定する。その趣旨は,公平かつ客観的な判断を担保すること,及び,大分県知事の第一次的判断権による非公開決定又は一部公開決定に対する再検討の機会を置くことと解せられる。また,同条にいう「明らかに不適法であるとき」とは,行政不服審査法第47条第1項と同様に,不服申立人に不服申立適格が備わっていない場合,不服申立期間を徒過した場合等のように「不服申立て」の要件が不備である場合を指すと解せられる。本件の場合のように,公文書であるか否かの判断は,要件に関する判断ではなく,内容に関する判断であるから「明らかに不適法であるとき」に該当しない。
また,本件条例第11条ないし第13条の規定より,県情報公開審査会は「公文書の公開その他のこの条例に定める情報公開の運営」について「調査審議」し「意見を述べる」ことができる。このことから,県情報公開審査会は,公開請求の対象となった文書が公文書に該当するか否かについても判断を下すことができるものと解される(このことを明文で否定する規定は存在しないし,公文書該当性の判断は「情報公開の運営」に関係することと解される)。
従って,第一に,本件の場合には実際のところ異議申立てがなされていないとは言え,本件文書廃棄処分は,本件条例第11条及び行政不服審査法第45条により認められる異議申立ての機会あるいは意義を失わせ,控訴人の情報公開請求権を侵害することは明らかである。のみならず,本件文書廃棄処分は,本件非公開決定処分に関する県情報公開審査会の判断ないし答申の機会をも奪い,ひいては県の情報公開制度全体の構造を損なうことになる。
第二に,本件文書廃棄処分は,控訴人による大分地方裁判所への訴訟提起と同日になされた。それにもかかわらず,訴訟が提起されてから5ヶ月以上も経った後,法廷にて被控訴人側弁護士によって明らかにされている。被控訴人が準備書面にて事実を認めたのはさらに後のことである。この経過をみる限り,被控訴人による一連の行為は(少なくとも結果的にみれば)きわめて悪質であると評価せざるをえない。あるいは,行政事件訴訟法第14条による出訴期間,または行政不服審査法第45条による異議申立期間が忘れ去られていたとするならば,杜撰であり,(重)過失であると評価せざるをえない。
原審判決は,以上の点について全く検討を加えておらず,被控訴人の文書管理の便宜のみを考慮している(事実に照らして,これが妥当でないことは,既に述べた)。また,本件文書が「決裁又は供覧」を経ていない文書であるから公文書でないとして,控訴人の情報公開請求権を認めず,「県職員による本件文書の廃棄行為は,原告の情報公開請求権の侵害行為に該当しない」,さらに「本件文書の廃棄により実質的に損なわれた利益は(中略)事実上のものにすぎず,法的な保護には値しない」としている。
しかし,この判旨は,次に掲げる理由から,全く妥当性を欠いている。
第一に,本件非公開決定処分が「処分」性を有することは当然であり,その結果,控訴人は本件非公開決定処分の取消を求める法律上の利益を有する14)。
従って,本件に関して損なわれた控訴人の利益は法的な保護に値する利益である。また,本件の場合は,被控訴人の故意又は過失により,本件文書が廃棄され,控訴人の権利が実効的に救済される機会が失われていることも,看過してはならない。
第二に,原審判決の趣旨を敷衍するならば,結果として,本件条例第11条ないし第13条の規定による県情報公開審査会の「調査審議」権限及び「意見を述べる」権限が否定されることにつながり,情報公開制度の構造及び趣旨も否定されることになる。
第三に,前述の通り,本件の場合,被控訴人が主張する「文書管理事務の円滑な事務を著しく阻害する結果」が招来されたという事実が全く存在していなかったことは明らかである。
(2)裁判を受ける権利の侵害の有無
控訴人は,裁判を受ける権利を侵害されたこと,及び情報公開請求権を侵害されたことを主張しており,被控訴人は,公文書でないものに情報公開請求権等認められないから裁判を受ける権利も問題にならないと主張している。
この点につき,原審判決は,裁判を受ける権利が「日本国憲法により司法権を行使すべきものとされる裁判所に訴訟を提起し裁判を求める権利をいうところ,本件において,原告は,当裁判所に本件文書にかかる非公開決定処分の取消しを求める訴訟を提起して,裁判を求めており,県職員が本件文書を廃棄した行為により右提訴行為が阻害されているわけではないから,本件文書を廃棄した行為が,原告の裁判所の裁判を受ける権利を侵害する行為であるとはいえない」と判示した。
たしかに,控訴人は本件非公開決定処分の取消訴訟を提起した。その点において,裁判の提起が本件文書廃棄処分によって侵害された訳ではない。
しかし,或る事件に関して原告が訴訟を提起することは,単にそれだけで済まされるものでなく,その訴訟の原告が何らかの権利又は法的利益を侵害したとして訴えることである(当然である)。そのため,その原告は裁判所に対し,実効的な救済を求めているのである。さもなければ,裁判の場において証拠保全等の意味が失われ,さらに裁判自体の意義も消滅する。このことは,行政不服審査法による不服申立制度についても妥当する15)。
ましてや,本件の場合,事実及び前述のところから明らかであるように,被控訴人の行為は,控訴人による情報公開請求権の救済を妨害するものに他ならない。また,こうした行為は,裁判所の判断権をも実質的に侵害する行為であると評価することも可能である16)。
(3)損害賠償請求の可否
これまでに述べたように,被控訴人は,「文書管理事務の円滑な事務を著しく阻害する結果」が全く認められないにもかかわらず,故意又は過失により,本件文書廃棄処分を行った。しかも,被控訴人は,その事実を,控訴人が原審の大分地方裁判所に訴訟を提起して,かなりの時間が経過してから明らかにした。前述のように,このことは,控訴人の情報公開請求権の救済を妨害し,訴えの利益を失わせた(原審判決は,この点を捉え,本件非開示決定処分取消について訴えを却下した)。のみならず,被控訴人による本件文書廃棄処分は,本件条例に対する県民の信頼を失わせかねない,きわめて悪質なものであると評さざるをえない。従って,国家賠償法第1条第1項(又は民法第709条)を適用し,控訴人の損害賠償請求を認容すべきである。
5.義務付け訴訟への該当性及びその可否
最後に,控訴人が請求している,原審判決中の別紙二「文書目録」記載の文書公開に関し,意見を述べることとする。
原審判決は,この請求に関して「右請求が被告に別紙二記載の各文書を公開することを義務付ける内容である以上,本件処分の取消訴訟を前提とするか否かを問わず,義務づけ訴訟に該当する」とした上で,一義的明白性,緊急性及び補充性の三つの要件をあげ,本件に関しては緊急性及び補充性が欠けるとして不適法であるとする。
義務づけ訴訟については,行政事件訴訟法に明文の規定がないこともあり,許容性等について争いがあるが,判例は補充説(制限的肯定説ともいう)を採っており,原審判決もこの説に従っている。
本件の場合,既に述べたように,本件非公開決定処分に付された「公文書不存在」という理由では,理由提示としてあまりに不十分である。
そこで,控訴人の主張を義務づけ訴訟を求めるものとして検討を加えるならば,本件の場合,仮に本件非公開決定処分が取り消されたとしても,廃棄された文書については公開されえないことになる。また,被控訴人が原審判決時において保有していない文書,及び作成していない文書があることは,少なくとも控訴人が大分地方裁判所に訴訟を提起した段階においては知られていなかった。また,仮に本件非公開決定処分を取り消したとしても,行政事件訴訟法第33条第2項に規定される取消判決の拘束力により,当然に改めて被控訴人が公開決定処分をなすとは言い切れない。別の理由,すなわち,本件文書が公文書に該当するとした上で本件条例第9条に定められた非公開事由にあたるとして,被控訴人が再び非公開決定処分をなすこと(乙第8号証の主張からもすれば,このようになるであろう)は,同条に反する訳ではない17)。
また,被控訴人の一連の行為をみるならば,裁判所が事前審査を行わない場合,本件各文書はさらに廃棄される等,被控訴人がすべてを保有しなくなるということも十分に考えられる。
以上から,本件の場合,緊急性及び補充性の要件を充たすと考えるべきである。
X 結論
以上に述べたところから明らかであるように,控訴人の請求を却下・棄却した原審判決は,妥当ではない。
平成12年(行コ)第23号公文書非公開決定処分取消等請求控訴事件については,原判決を廃棄し,非公開決定処分を取り消したとしても,当該文書が既に廃棄されている等,被控訴人が保有していないのであるから,請求は棄却されざるをえない。しかし,既に述べたように,本件の場合,文書廃棄処分,及びそれが明らかにされた経緯に鑑みるならば,妥当性を欠いていることは明白であるので,行政事件訴訟法第31条に従い,本件文書廃棄処分が違法であることを宣言すべきである。
そして,平成12年(ネ)第664号損害賠償請求控訴事件については,本件文書廃棄処分が違法であるから,損害賠償請求を認容すべきであり,原審判決は取り消されるべきである。
Y 追記
本年(平成13年)2月7日,控訴審判決が福岡高等裁判所から下された。結果は控訴棄却である。内容も,原審判決をほぼ踏襲したものとなった。意見書を作成した私としても残念な結果であったが,予想はしていた。控訴人は,この判決を不服として最高裁判所に上告した。 控訴審判決は,基本的に原審判決を妥当なものと判断しているが,控訴人が控訴審において補足した部分についても判断を下している。
このうち,理由付記については,次のように判断されている。
「本件手続条例1条2項によれば,『他の条例に特別の定めがある場合は,その定めるところによる』とされており,本件処分に係る理由付記については,『他の条例』である本件条例7条4項の規定(非公開処分をしたときの理由付記を定めた規定)が適用され,本件手続条例14条の規定は適用されない。(中略)本件条例7条4項が,非公開処分をしたときはその理由を付記しなければならない旨規定している趣旨は,非公開処分について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してその恣意を抑制するとともに,非公開処分をしたときの理由の記載は,請求者が非公開処分の理由を記載自体から容易に了知し得るように具体的に記載すべきである。」控訴審判決は,県手続条例第14条と本件条例第7条とを結び付けている。しかし,前述の通り,本件非公開決定処分は県行政手続条例第2条第5号にいう「不利益処分」出ないことが,同第2条第5号ロに明示されている。そのため,「本件手続条例14条の規定は適用されない」のは当然である。しかし,そうであるとしても,本件条例第7条第4項前段が県手続条例(第8条第1項)の特別法であるという見解は変えられておらず,妥当ではないと考えられる。既に示した通り,本件条例第7条第4項前段は,県行政手続条例第8条第1項と同趣旨であり,一般的な行政手続の法理である理由提示の原則が情報公開制度にも当然に適用されるものとして,確認的に規定したものである,と解すべきである。少なくとも,特別法と解すべき理由が,私には判然としない。仮に本件条例第7条第4項前段のごとき規定が存在しなくとも,県行政手続条例第8条第1項に従い,理由付記は適切に行われなければならない。
しかし,それ以上に問題だと思われることがある。控訴審判決は,理由付記の具体性を一般論として示しつつも,本件非公開処分の理由付記については正当なものとしている(より精確には,何も述べていない)。この点に関する私の判断は,前述のところから明らかであろう。
次に,公文書の意義については,次のように判断されている。
「公開対象となる公文書の意義について,決裁・供覧手続きの終了を要件としないで,単に実施機関が管理している文書を公開対象とする条例を制定している地方公共団体が神奈川県等多数存在すること」,「大分県情報公開審査会が平成12年9月に本件条例の対象となる公文書の範囲について決裁・供覧の終了の要件を廃止して『実施機関の職員が組織的に用いるもの』に拡大するよう答申していること(乙20)などにかんがみると,控訴人指摘のとおり,本件条例2条2項にいう『決裁』及び『供覧』の意義を文書管理規程より広範と解したとしても,必ずしも文書管理事務の円滑を著しく阻害することになるとは認め難いが,住民の具体的な情報公開請求権が本件条例によって創設されたものであることのほか,本件条例の制定経過を考えると,このことが直ちに本件条例の前記条項の解釈に影響を及ぼすものではない。」(傍点は,引用者による強調)
なお,今回の意見書は,控訴人代理人により,同種の別事案についても提出された。その事案に対する判決が3月8日に,同じく福岡高等裁判所から下された。判決の主文は控訴棄却である。しかし,理由において,情報公開請求の対象となった文書(公文書と認定されていない)の破棄に緊急性がなく,文書廃棄「決定の適法性は,最終的には裁判所の公権的判断で確定するという法治主義の基本的な仕組みに照らせば,適切な措置だったとは言い難い」と判断されている18)。
註
1)本稿は,「要旨」にも記した通り,福岡高等裁判所第四民事部及び同第五民事部に提出された意見書であり,若干の修正,および「Y 追記」を加えた他は,原文のままであることをお断りしておく。なお,本文中の《 》は,理解の便宜のために付加した部分であり,原文にはない。
2)この点については,西日本新聞平成10年9月2日付朝刊16版30面等で報道された。なお,西日本新聞の記事には,私のコメントも掲載されている。
3)以下,情報公開請求権の性質に関しては,森稔樹「大分県における情報公開(1)―大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に―」大分大学教育福祉科学部研究紀要22巻2号(2000年)431頁を基にしている(この論文は,校正の段階においてであるが,控訴人(原告)側の資料として福岡高等裁判所に提出されている)。詳細はそちらを参照されたい。なお,この論文のことについては,意見書の段階において記載していない。
4)佐藤幸治『憲法』〔第三版〕(青林書院,1995年)516頁。また,この点を指摘する判決の例として,京都地判平成7年10月27日判タ904号65頁,鹿児島地判平成10年10月30日判例地方自治185号34頁,熊本地判平成10年7月30日判例地方自治185号42頁,東京高判平成10年12月25日判例地方自治193号40頁,東京地判平成11年1月28日判例地方自治193号43頁がある。
5)大分県総務部総務課県政情報室『大分県情報公開事務のてびき』〔再訂版〕(1998年)1頁。
6)宇賀克也「情報公開条例の論点」『行政手続・情報公開』(1999年,弘文堂)189頁。
7)付言するならば,昭和59年に制定された川崎市情報公開条例第2条第1項等のように,制定当初から決裁又は供覧を要件としていない規定も存在する。
8)阿部泰隆『論争・提案情報公開』(1997年,日本評論社)11頁。
9)藤原静雄「情報公開法要綱案(中間報告について)」『情報公開法制』(1998年,弘文堂)36頁。傍点は,引用者による強調箇所。
10)宇賀・前掲188頁。
11)最近の例では,昨年(平成12年)11月14日,船橋市議会が,議会内会派の政務調査費に関して,領収書のコピーを市民に提供することを決めた。なお,この情報は,船橋市議会議員の安藤信宏氏から得たことを記しておく。
12)宇賀克也『情報公開法の逐条解説』[第2版](2000年,有斐閣)70頁。北沢義博・三宅弘『情報公開法解説』(1999年,三省堂)32頁も参照。
13)宇賀・前掲書70頁も参照。
14)東京高判昭和59年12月20日行裁例集35巻2号2288頁,福岡高判平成3年4月10日行裁例集42巻4号536頁等を参照。
15)なお,この点については,佐藤・前掲書612頁,松井茂記『日本国憲法』(1999年,有斐閣)510頁等も参照。
16)なお,(1)及び(2)については,大分県立芸術文化短期大学専任講師高橋義人氏の御教示を得たことを記しておく。改めて,この場を借りて御礼を申し上げる。
17)行政事件訴訟法立法関係者の見解である。南博方編『注釈行政事件訴訟法』(1972年,有斐閣)310頁[阿部泰隆担当],園部逸夫編『注解行政事件訴訟法』(1989年,有斐閣)424頁[村上敬一担当]等も参照。
18)判決文を入手しえなかったので,大分合同新聞平成13年3月9日付朝刊朝F版25面の記事による。
(2001年11月6日掲載)
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