05 租税法の解釈と実質課税の原則
1.文理解釈と実質課税の原則
租税法も法の一分野であるから、法の意味や内容を明確にするために解釈が必要となる点について、他の法領域と異なるところはない。とくに、私人の租税負担は国からの一方的な侵害を意味 すること、および、徴収手続に権力的要素が強く、私人の財産権のみならず人格権(名誉権)さらには人身の自由に対する侵害の危険性が高いことから、租税法の解釈には厳格性が要請される。従って、基本的には文理解釈が求められる。
この点において問題とされるのが、最判平成9年11月11日訟務月報45巻2号421頁である。
物品税法時代、小型普通乗用四輪自動車は課税物品とされていたが、競争用自動車については物品税法に明文の規定がなかった。税務署長Yは、競争自動車の製造販売業者であるXが製造した4台の競争用自動車(フォーミュラーカー)が小型普通乗用四輪自動車に該当するとして、物品税の決定処分および無申告加算税賦課決定処分を行った。Xがこれらの処分の取消しを求めて出訴し、京都地判平成5年1月29日判タ835号191頁はXの請求を認容したが、大阪高判平成6年3月30日税資200号1330頁は原判決を取り消してXの請求を棄却した。Xは上告したが棄却された。
多数意見は、小型普通乗用四輪自動車を特殊の用途に供するものではない乗用自動車と解し、本件の競争用自動車が道路運送車両法に定められた保安基準に適合せず、公道を走行することが許されないものであることを認めた。その上で、人の移動という乗車目的のために使用されるものであることに変わりがなく、乗用と質的に異なる目的のための特殊な構造や装置を採用しているものではないとして、本件の競争用自動車が小型普通乗用四輪自動車に該当すると判断した。
これに対しては尾崎裁判官反対意見(元原裁判官同調)が付されている。反対意見は、課税対象たる小型普通乗用四輪自動車に該当するか否かについて、自動車としての性状、機能、使用目的などの要素や陸運事務所の登録の可否、さらに種別などを総合勘案して判断すべきとした上で、本件の競争用自動車は、通常の乗用自動車とは著しく性状や機能などが異なっており、小型普通乗用四輪自動車に該当しないと述べている。また、反対意見は、小型キャンピングカーが物品税法の課税物品として昭和48年に追加された事実をあげている。
この判決をどのように理解すべきか。競争用自動車にも様々なものがあるが、本件の場合はフォーミュラーカーであり、常識的に考えて一般の小型普通乗用四輪自動車とは全く性質の異なるものであろう。その意味では、完全な拡大解釈である。反対意見も述べているが、自動車は、たとえ貨物用であっても運転手が乗車しなければならないのであるから、人の移動云々だけで判断することはおかしいと言わざるをえない。
上述のように、租税法の解釈には厳格性が求められるべきであり、基本的には文理解釈が求められるべきである。しかし、たとえば所得の帰属については文理解釈のみでは決定しえない場合がある。それを含め、租税法については、他の法領域と異なる事情が存在した。
1976年に廃止されたドイツの旧租税調整法(Steueranpassungsgesetz)は、租税法の解釈に際して経済的意義などを考慮しなければならないという規定を含んでおり、このことから、租税法の文言に囚われることなく経済事象に適合するように解釈がなされなければならないと理解されていた。このような解釈方法を経済的観察法ともいう。しかし、経済的観察法を採用したのでは法的安定性などが阻害されうるし、租税行政庁による自由な、さらには恣意的な解釈が横行しかねない。経済的意義などが考慮される必要性は存在しても、とくに法律が明文でそのことを規定しない限り、経済的観察法のような解釈は許されないと解するべきであろう。
日本においても、実質課税の原則として、上記の経済的観察法と類似する解釈方法が主張される。実定法では所得税法第12条、法人税法第11条、地方税法第24条の2・第74条の2・第294条の2が、実質所得者課税の原則を定める。これらは、いずれも所得の帰属に関する規定である。
以上のように明文の規定がある場合は別として、安易に拡大すべきものではない。
(2)「疑わしきは国庫の利益に反して」(in dubio contra fiscum)
租税法律主義、とくに「合法性の原則」から、一般的に「疑わしきは国庫の利益に反して」という法理が成立するか否かについては、議論の余地がある。
北野弘久博士は、この法理が「法の解釈のみならず要件事実の認定についても妥当する」と述べている※。判決にも、この法理の成立を認めるものがある。これに対し、金子宏教授は、課税要件事実の認定についてこの法理の成立を認めるが、租税法の解釈原理としては否定する
※※。租税手続における納税義務者の権利を確保するためには、「疑わしきは国庫の利益に反して」を法理として認めるほうが妥当とも思われるが、これを安易に認めると法の解釈を放棄するということにもなりうる。 ※北野弘久『税法学原論』〔第六版〕(2007年、青林書院)95頁。但し、所得課税における推計課税は例外とされ、所得税法第155条、法人税法第132条などが「確認的規定」であると理解されている。※※金子宏『租税法』〔第十八版〕(2013年、弘文堂)113頁。
なお、「疑わしきは国庫の利益に」(in dubio pro fisco)が成立しえないことは、現在、学説などにおいて一般的に認められている。
(3)借用概念と固有概念
借用概念とは、他の法分野において明確な意味内容を与えられている概念のことである。利益配当、相続、不動産、配偶者、親族などが該当する。
これに対し、固有概念とは、他の法分野において用いられず、租税法が独自に用いる概念のことである。所得などが該当する。
借用概念、固有概念のいずれも租税法が用いるものであるが、実質課税の原則との関連において、借用概念の解釈が問題とされた。
経済的観察法、あるいは実質課税の原則を強調するならば、借用概念については、税務行政の便宜や公平負担の観点から、他の法の分野と異なる解釈を採ることが許される。あるいは、採ることが要請されると記すほうがよいのかもしれない。しかし、ここで納税義務の淵源となる様々な活動を改めて想起すると、その多くは何よりもまず私法によって規律される。そうであれば、その活動は私法上の効果を有するのであるから、とくに法律の明文の規定がある場合を除いて、私法の領域からの借用概念について異なる解釈を採るべき必然性はないし、同じ解釈を採ることが法的安定性の確保にもつながる。そのため、現在においては、借用概念を本来の法分野におけるのと同じ意義に解釈すべきであると考えるのが通説である。判例も同様である。
これに対し、固有概念の場合は、借用概念のような問題がないため、法律の趣旨や目的に照らして意味や内容を確定すべきことになる。固有概念の代表である所得について、通説および判例は経済的利得を意味すると捉え、行為や事実の法的評価と無関係に判断すべきであるとする。これに対しては、私法上有効な所得のみを所得税法上の所得とする考え方も存在する。しかし、私法行為に瑕疵があっても経済的な利得が現実に発生している場合に、これを所得でないとすれば、かえって公平負担の原則に反することとなりかねない。通説および判例の見解が妥当である。
〔戻る〕
(2011年3月16日掲載)
(2011年3月21日修正)
(2011年3月31日修正)
(2012年8月5日修正)
(2013年8月1日修正)