第11回    行政行為論その3:行政行為の効力

 

 

  行政法学の教科書には、たいてい、「行政行為には特殊な効力が備わっている」という趣旨のことが書かれている。たしかに、民法の法律行為、とくに契約と比較すれば、効力に違いがあることは否定できない。しかし、行政行為は一方的な行為であるから、第9回の冒頭において述べたように、法律行為で言うならば契約などのような双方行為ではなく、単独行為に類似するものと考えるべきであり、契約を引き合いに出すことは妥当性を欠くものと思われる。もっとも、単独行為と比較しても行政行為の効力に特殊性がみられることは否定できない。そこで、行政行為の効力をここで概観しておく。

 

 1.公定力

(1)公定力の意味

 行政行為が違法である場合であっても、無効である場合を除いて取消権限のある者(行政行為をした行政庁、その上級行政庁、不服審査庁、裁判所)によって取り消されるまで、何人もその行為の効力を否定できない。このようなことを指して、行政行為の公定力と表現する。

 公定力は、行政行為の効力の代表的な存在である。行政行為には他にも効力が存在するが、公定力が認められるから拘束力や不可争力などの効力も認められるのであって、公定力のない行政行為は無効であるから他の効力も認められるはずがないのである。

 ●最三小判昭和30年12月26日民集9巻14号2070頁(T―67)

 事案:かねてから賃借権に関して争いのあった農地につき、某村農地委員会が原告に賃借権ありとする裁定処分をしたが、これに不服の被告が上級機関である某県農地委員会に訴願(当時)をし、某県農地委員会は一旦棄却したが、被告の申出によって再審議をした結果、被告に賃借権ありという裁決(これも行政行為である)を下した。そこで、原告は被告に対し、本件土地についての耕作権の確認および引渡を求めた。最高裁判所第三小法廷は、次のように述べて原告の上告を棄却した。

 判旨:「行政処分は、たとえ違法であつても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解すべきところ」、某県農地委員会が行った「前記訴願裁決取消の裁決は、いまだ取り消されないことは原判決の確定するところであつて、しかもこれを当然無効のものと解することはできない。」

 この判決については、公定力の他、後に取り上げる行政行為の不可変更力、行政行為の瑕疵の程度なども論点として存在している。某県農地委員会が出した最初の裁決について不可変更力があるとすれば、現在の行政不服審査法にいう再審査請求の手続がなされていないのに被告の請求により最初の裁決を覆す裁決を出したことには疑問が残る。最高裁判所第三小法廷は、某県農地委員会の行為について重大かつ明白な瑕疵は存在しないと述べているが、手続的にも実体的にも重大かつ明白な瑕疵が存在すると言えないのであろうか。

 (2)公定力の法的根拠

 行政行為に公定力を認めるとするならば、その根拠は何か。実は、行政法学において、このことが問題とされてきた。行政行為が実定法上のものであるからには、実定法に根拠を求められなければならないが、行政作用法には、一般的であれ、個別的であれ、公定力の存在を明示する規定が存在しないからである。

 かつては、規定の有無に関係がなく、行政行為に公定力が存在することが当然の前提とされており、行政行為の公定力は行政行為の適法性を推定させる力であるというような説明がなされた。しかし、これは実定法制度を完全に超越しており、日本国憲法の下において妥当すべき論理ではない。

 そこで、現在は、公定力の根拠を行政事件訴訟法における取消訴訟制度に求める見解が、学説などにおいて多数の見解となっている。行政行為をした行政庁自身が職権により取り消す場合などは別にして、私人が行政行為を取り消してもらいたいと思って裁判所に訴えるならば、取消訴訟制度によらなければならない。このため、取消権を有する者でなければ、私人であれ裁判所であれ他の行政庁であれ、その処分の効力を否定することはできないということになる。

 なお、第19回において述べるように、行政行為の内容に違反する私人に対し、その内容を履行するように行政庁の側から民事訴訟によって争うことがあるが、これは公定力とは関係ない。

 ※しかし、最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(T―109)は、パチンコ店の建築工事中止命令という行政行為の内容を履行するように求める宝塚市の訴えを裁判所法第3条第1項に照らして不適法であると判断し、却下した。

 (3)損害賠償請求との関係

 行政行為によって私人が損害を受けた場合、通説・判例は、直ちに国家賠償請求訴訟を提起してよいとする(すなわち、取消訴訟を先に提起する必要はない)。国家賠償請求訴訟において行政行為の違法性を審査することは当然であるが、行政行為の効力と関係なく、請求を認容しうるからである。

 ●最二小判昭和36年4月21日民集15巻4号850頁

 これは自作農特別措置法に基づく土地買収計画の無効確認を求めた訴訟である。訴訟中にこの買収計画が取り消されたため、訴えの利益がなくなったとして請求は棄却されたが、判決において「行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては、あらかじめ右行政処分につき取消又は無効確認の判決を得なければならないものではない」と述べられている。

 ▲もっとも、租税債権のように金銭債権・債務が関係する行政行為については、議論がある。国家賠償請求権、租税債権のいずれも金銭債権であるためである。

 以前から争われていたのが、課税処分の公定力と国家賠償訴訟との関係である。もし、課税処分が違法であるとして、国税通則法に定められた不服申立手続を経ることなく(租税法の場合は、不服申立前置主義が妥当する)、ただちに国家賠償請求訴訟を提起できるとすれば、不服申立手続を置く意味がなくなりかねない。国家賠償請求訴訟で裁判所の認容判決が出れば、実質的に課税処分の取消と同じ法的効果が生じてしまうからである。そのため、租税の場合については、行政争訟制度を利用せずに直ちに国家賠償請求を訴訟を提起することに否定的な見解が有力に主張されていた。

 私は、速報判例解説編集委員会編『速報判例解説(法学セミナー増刊)』第5号(2009年、日本評論社)315〜318頁に掲載されている「固定資産税等の課税客体の評価の誤りについて国家賠償請求が認められた事例」において、神戸地判平成20年7月18日判例集未登載への解説・批評の形で課税処分の公定力と国家賠償請求訴訟との関係を論じた。詳細は同論文、および注に掲記した諸文献を参照されたいが、そもそも国家賠償法と行政争訟法とは目的を異にすることからして、課税処分の公定力を理由に国家賠償請求訴訟を認めないとする理由に乏しい。不服申立期間、出訴期間のいずれも徒過していなければ、国家賠償請求訴訟を認めないことに理はある。しかし、いずれの期間も徒過している場合に公定力を強調し、国家賠償請求訴訟を認めないとするのであれば、行政庁の側からの職権取消または減額更正処分を待つしかなくなる。そうであるとすれば、国税通則法第23条第1項が(減額)更正の請求の期間を5年としていること、地方税法第17条の5第1項が、原則として、法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後において更正・決定処分をなすことができない旨を定めることから、結局は一切の法的救済の途を閉ざすことになりかねない。

 従って、私は、課税処分のように金銭債権が内容に含まれている行政行為についても、不服申立期間または出訴期間を徒過している場合については、公定力とは無関係に、ただちに国家賠償請求訴訟を提起しうると解する。次の判決も参照されたい(長めに引用した)。

 ●最一小判平成22年6月3日民集64巻4号1010頁(U―233)

 事案:原告は名古屋市内に冷凍倉庫を所有していた。ところが、昭和62年度より平成18年度まで、名古屋市長はこの倉庫を一般倉庫と評価し、固定資産税および都市計画税の賦課処分を原告に対して行っていた。この処分に従って原告は両税を納めていたところ、同市の某区長(同市長から権限の委任を受けていた)は平成18年5月26日付で、原告所有の倉庫が冷凍倉庫に該当するとして、登録価格を修正した旨の通知を原告に対して行った上で、平成14年度から平成18年度までの5年度分については固定資産税および都市計画税の減額更正をした。さらに、名古屋市長は原告に対してこの5年度分の納付済み税額と更正後税額との差額を還付した。そこで原告は、昭和62年度から平成13年度までの分について固定資産税および都市計画税の過納金相当額等の支払を請求する訴訟を提起した。名古屋地判平成20年7月9日判例自治332号43頁は原告の請求を棄却し、名古屋高判平成21年3月13日判例自治332号40頁も控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、以下のように述べて原審判決を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻した。なお、引用文中の黄色マーカーは私による強調箇所である。

 「国家賠償法1条1項は、『国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。』と定めており、地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは、当該地方公共団体がこれを賠償する責任を負う。前記のとおり、地方税法は、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は、同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定するが、同規定は、固定資産課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって(435条1項参照)、当該価格の決定が公務員の職務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となるものではない」。

 「原審は、国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額に係る損害賠償請求を許容することは課税処分の公定力を実質的に否定することになり妥当ではないともいうが、行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては、あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではな」く(前掲最二小判昭和36年4月21日参照)、「このことは、当該行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており、その違法を理由とする国家賠償請求を認容したとすれば、結果的に当該行政処分を取消した場合と同様の経済的効果が得られるという場合であっても異ならないというべきであ」り、「他に、違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い」から、「たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても、公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは、これによって損害を被った当該納税者は、地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでもなく、国家賠償請求を行い得るものと解すべきである」。

 この判決には二つの補足意見がある。

 まず、宮川光治裁判官は「不服申立手続及び抗告訴訟」と国家賠償請求とは「目的・要件・効果を異にして」いることを指摘する。その上で、「公務員の不法行為について国又は公共団体が損害賠償責任を負うという憲法上の原則及び国家賠償請求が果たすべき機能をも考えると、違法な行政処分により被った損害について国家賠償請求をするに際しては、あらかじめ当該行政処分についての取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないというべきである。この理は、金銭の徴収や給付を目的とする行政処分についても同じであって、これらについてのみ、法律関係を早期に安定させる利益を優先させなければならないという理由はない」と述べている。

 また、金築誠志裁判官は、取消訴訟と国家賠償請求訴訟とでは制度の趣旨・目的が異なることを指摘し、「一般的には、取消判決を経なければ国家賠償訴訟を提起できないとか、取消訴訟の出訴期間を徒過したときはもはや国家賠償請求はできないなどと解すべき理由はない」と述べる。その上で、「固定資産の価格評価は、法的な側面、経済的な側面、技術的な側面等、専門的判断を要する部分が多く、専門的・中立的機関によって審査するにふさわしい事柄であり、また、大量の同種処分が行われるものであるから、固定資産評価審査委員会の審査に強い効力を与えて、その早期確定を図ることは合理的と考えられ、国家賠償訴訟によって同委員会の審査が潜脱されてしまうのは不当であるように見える。しかし、こうした問題は、取消訴訟に前置される他の不服申立てに係る審査機関にも多かれ少なかれ共通するものであり、同委員会を特に他の不服申立てに係る審査機関と区別するだけの理由はないし、固定資産課税台帳に登録された価格の修正を求める手続限りの不服申立前置であっても制度的意義を失うものではないから、不服申立てを経ない国家賠償請求を否定する十分な理由になるとはいえない」と述べる。

 (4)刑事訴訟との関係

 行政行為に違反した者が刑事訴追を受けた場合、行政行為が違法であると主張するに際して、刑事訴訟において主張すれば足りるのか、別に取消訴訟を提起して行政行為の取消判決を得る必要があるか、という問題がある。最二小判昭和53年6月16日刑集32巻4号605頁(T―72)、そして学説も、犯罪の構成要件の解釈と公定力とは無関係であることなどを理由として、刑事訴訟において主張すれば足りると解している。

 

 2.拘束力

 行政行為が成立すると、それは行政機関そのものに対する拘束力を有する。そして、相手方に対し、法律上あるいは事実上の効果を及ぼし、拘束力をもつ。ここから、行政行為の無効とは、行政行為の効力のうち、拘束力が欠けた状態のことである、と言い換えることも可能である。

 なお、最近は、拘束力を行政行為の効力としてとくにあげる必要はないとする見解が有力である。たしかに、私人に対する法律上の拘束力は公定力によって説明をなしうる。しかし、公定力自体によって行政行為をなした行政庁自身に対する拘束力を説明することはできないものと考えられる。

 

 3.不可争力(形式的確定力)

 一定の期間を経過すると、私人の側から行政行為の効力を争うことができない。この根拠も、一般的には行政事件訴訟法第14条および(旧)行政不服審査法第14条、(新)行政不服審査法第18条に求められる。但し、無効の行政行為に不可争力は存在しない。また、行政庁の側からの職権取消や撤回を妨げない。

 なお、個別法により、別に出訴期間が定められることもある。この期間が極端に短い場合には、憲法第32条に違反するものと評価されることになる(最大判昭和24年5月18日民集3巻6号199頁を参照)。

 

 4.執行力

 相手方の意思に反して行政行為の内容を行政権が自力で実現できる力を、執行力という。行政庁がその適法な行政行為を執行する際に、裁判所その他の第三者機関によって(相手方の)義務の存在が確認されなくとも、自力で義務の履行を執行でき、相手方の争訟提起があっても当然に執行を妨げられない。「自力執行力」とも呼ばれ、行政不服審査法第34条第1項、行政事件訴訟法第25条第1項で認められる。

 但し、実際には、執行力が認められるためには行政代執行法などの根拠を要する。このため、正確には執行付与力というべきであろう。

 

 5.不可変更力と実質的確定力

 或る種の行政行為(裁決など)について、公権力の側においてもこれを変更しえない場合がある。その行政行為をした行政庁自身がこれを変更できない場合のことを不可変更力という。

 さらに、上級行政庁や裁判所であってもこの行政行為の取消や変更をなしえず、またはこれに反する行為をなしえない場合がある。このことを実質的確定力と表現する。

 これらについては、実定法の根拠規定が存在しない。不可変更力、実質的確定力のいずれも、学説・判例によって構成されたものである。これらが認められるのは、行政庁がなす権利確定行為や争訟裁断行為が裁判所の判決と同様の効果を有するからであるとされるのであるが、やはり実定法の根拠なしに認めることには問題があるものと思われる。とくに、実質的確定力については、本来であれば明文の根拠が必要ではなかろうか。不可変更力についても、行政不服審査法などに規定することは可能であると思われる。

 不可変更力に関する代表的な判決として、最一小判昭和29年1月21日民集8巻1号102頁(T―69)がある。これは、自作農創設特別措置法に基づく農地委員会の裁決に不可変更力を認めた判決である(裁決が実質的に裁判所の判決と変わらないことが理由とされている)。

 また、実質的確定力に関する判決として、最三小判昭和42年9月26日民集21巻7号1887頁(T―70)がある。自作農創設特別措置法に基づく農地委員会の買収計画および取消決定と再度の買収計画に関するもので、取消決定が確定したことにより、行政庁もそれに拘束される結果として、再度の買収計画が違法であると判断された。

  

(2015年11月30日掲載)

(2017年10月26日修正)

(2017年12月20日修正)

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