第19回 行政上の義務履行確保、行政罰、即時強制
1.行政上の強制執行
行政上の強制執行とは、行政法上の義務を負う者がその義務を履行しない場合に、行政主体※が自らその義務の履行を図る制度をいう。強制執行制度により、行政主体は、義務者に義務を履行させ、または義務があったのと同一の状態を実現することになる。
※行政主体とは、行政活動の担い手である法人のことである(京都大学系の行政法学者は行政体という表現を用いる)。具体的には、@国、A地方公共団体(地方自治法第2条第1項)、B公共組合、C特殊法人、D独立行政法人、Eその他(認可法人、指定法人)を指す。行政主体における行政機関の一つが行政庁である(従って、行政庁自体は法人ではない)。
民事法においては自力救済禁止の原則が適用されるが(例外は民法第720条)、行政法の場合は、行政権を行使して、迅速に必要な状態を実現しうるために、そして国民大衆の福利を実現するために、このような例外的権限を認めた。
強制執行は、行政罰と異なる。強制執行は、義務違反状態を除去し、将来に向かって義務内容の実現を図るものである。これに対し、行政罰は、過去の義務違反を処罰するものである。
2.歴史的変遷
以下、とくに近年生じている問題を理解するためにも、ここで歴史的な制度の変遷を簡単に概観しておくこととしよう。
大日本帝国憲法時代には、行政執行法という一般法が存在していた。この法律は、あらゆる場合に対応して様々な強制執行の手段を規定していた。これは、大日本帝国憲法の天皇主権主義とも関係することであり、行政権優位という国法体系の特徴の一端が行政執行法に表されていたのである。
行政執行法第5条は、強制執行を3種類に分けている。ここで規定を紹介しておく(漢字は現代の字体に改めた)。
同条第1項:「当該行政官庁ハ法令又ハ法令ニ基ツキテ為ス処分ニ依リ命シタル行為又ハ不行為ヲ強制スル為左ノ処分ヲ為スコトヲ得
一 自ラ義務者ノ為スヘキ行為ヲ為シ又ハ第三者ヲシテ之ヲ為サシメ其ノ費用ヲ義務者ヨリ徴収スルコト
二 強制スヘキ行為ニシテ他人ノ為スコト能ハサルモノナルトキ又ハ不行為ヲ強制スヘキトキハ命令ノ規定ニ依リ二十五円以下ノ過料ニ処スルコト」
同条第2項:「前項ノ処分ハ予メ戒告スルニ非サレハ之ヲ為スコトヲ得ス但シ急迫ノ事情アル場合ニ於テ第一号ノ処分ヲ為スハ此ノ限ニ在ラス」
同条第3項:「行政官庁ハ第一項ノ処分ニ依リ行為又ハ不行為ヲ強制スルコト能ハスト認ムルトキ又ハ急迫ノ事情アル場合ニ非サレハ直接強制ヲ為スコトヲ得ス」
第1項第1号であげられているのが代執行であり(第2項も参照のこと)、同第2号であげられているのが執行罰である(これについても、第2項も参照のこと)。そして、第3項であげられているのが直接強制であり、これは最終手段として位置づけられていた。いずれも、具体的にいかなるものであるのかについては後述するが、ここで注意しておかなければならないのは、行政行為としての命令が法律に定められている場合には、そのまま、強制執行をすることが認められていた、すなわち、行政行為の執行力が当然に認められていたことである※。命令について法律に明文の根拠を置きさえすれば、強制執行について別に法律の根拠を置く必要はなかったのである。この点は、日本国憲法下の法体系と異なる。
※行政行為の執行力については、第11回を参照し、確認しておいていただきたい。なお、行政執行法は、宇賀克也=交告尚史=山本隆司編『行政判例百選U』〔第7版〕(2017年、有斐閣)535頁、我妻栄編集代表『旧法令集』(1968年、有斐閣)63頁などに掲載されている。
日本国憲法の制定に伴い、行政執行法は廃止された。大日本帝国憲法時代においては、行政執行法などによって広い範囲にわたって強制執行が多用されており、重大な人権侵害を引き起こした事例も少なくなかった。法律による行政の原理の観点からしても不徹底であったと言いうる。
そのため、強制執行の手段を制限することとなり、まずは行政代執行法を一応の一般法とし、金銭債権については国税徴収法を一般法的に扱うこととした。本来、国税徴収法は、文字通り、国税徴収に関する法律であるため、一般法そのものとは言えないが、他の多くの法律などにおいて「例による」とされているため、一般法的な扱いとなっている。
そして、個別の法律に強制執行の規定を置くことで対応することとした。従って、日本国憲法の下においては、強制執行について当然に法律の根拠が必要であるということになる。
また、命令(行政行為)の法律の根拠と、強制執行の法律の根拠とは異なる。すなわち、行政行為の執行力が文字通りに妥当している訳ではない。
なお、行政代執行法は執行罰と直接強制について規定をおいていないため、執行罰と直接強制については一般法が存在しない。もっとも、強制執行の法律上の根拠ということでは、現在も問題を残している。行政代執行法などの法律が強制執行について非常に抑制的な態度を示しているためなのかもしれないが、或る意味においては大日本帝国憲法時代よりも後退していると評価しうるかもしれない。そのことを示す代表的な判例として、第04回で取り上げた最二小判平成3年3月8日民集45巻3号164頁(T―101)がある(事案などについても、第04回を参照されたい)。
これとは別に、法律ではなく、条例を根拠にして強制執行をなしうるか否かという問題がある。行政代執行法第2条は「法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)」と規定しており、代執行については条例も根拠となりうるのであるが、文言解釈からして、同第1条にいう「法律」に条例は含まれないと理解するしかない。
3.代執行
行政執行法時代においても、代執行は行政上の強制執行の中心的手段であったと言えるが、行政代執行法は代執行のみを規定しており、後に説明する執行罰および直接強制が個別法でもほとんど規定されていないことから、強制執行で唯一に近い手段となっている。もっとも、行政実務においては代執行が利用される頻度もかなり少ない。
代執行とはいかなるものであるのか。ここでは、行政代執行法第2条に定められた要件を概観することによって説明をしていく。
第一に、法律により直接成立する義務、または行政庁により命じられた行為(=行政行為によって命じられた行為)の義務が存在しなければならない。ここで、行政庁により命じられた行為は、有効なものであることが必要である(行政行為の公定力と執行力が結び付けられることになる)。
第二に、代替的作為義務でなければならない。代執行は、行政庁自らが、または第三者がこの代替的作為義務の内容を実現し、本来の義務者から費用を徴収する手段である、とされる。作為義務であっても、他人が本人に代わってなすことのできない義務は非代替的作為義務であるから、代執行を行うことはできない。
大阪高決昭和40年10月5日行裁例集16巻10号1756頁は、市庁舎内の組合事務所の明け渡し・立ち退きの義務に付随する組合事務所存置物件の搬出について、この搬出が独立した義務内容でなく、法律が直接命じ、または法律に基づく行政行為により命じられた義務でないことを理由として、代執行の対象にならないとしている。組合事務所存置物件の搬出そのものは代替的作為義務であるが、明け渡しおよび立ち退きの義務は非代替的作為義務であることからして、この判決は妥当であろう。
第三に、「他の手段によつてその履行を確保することが困難で」なければならない。もっとも、「他の手段」とは何かが明白とは言い切れず、問題を残している。
第四に、「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められ」なければならない。義務の不履行が直ちに代執行の要件を充たす訳ではないのである。
以上の要件が揃った上で、代執行の権限の行使については効果裁量が認められる。
次に、行政代執行法第3条以下に定められる代執行の手続を概観しておく。
まず、戒告(第3条第1項)がなされる。これは、代替的作為義務の履行期限を定めた上で、その期限までに履行がなされない場合に代執行をなす旨の予告であり、文書でなされなければならない。この戒告によって代替的作為義務が履行されなければ、代執行令書による通知がなされる(同第2項)。代執行令書には、代執行の時期、執行責任者、費用の概算が示されることとなっている。なお、戒告および代執行令書の手続をとることができない場合については、同第3項に定めがある。
代執行にあたる執行責任者については、第4条による義務が課される。身分証明のための証票を携帯する義務と、要求が出た場合の呈示義務である。
代執行は、行政庁自らが、または第三者がこの代替的作為義務の内容を実現し、本来の義務者から費用を徴収する手段である。費用を徴収することが公平の理念に合致するからであるが、その徴収方法については第5条の規定がある。また、第6条第1項は、費用納付がなされない場合の強制徴収を定めている(「国税滞納処分の例によ」ることとなっている)。
なお、代執行自体には、義務者の身体に対する強制力がないが、物理的排除(義務者による抵抗などの排除)については、代執行への随伴機能として一定の実力行使を認める見解がある。また、警察官職務執行法が適用されることもありうる。
最後に、代執行に対する救済制度について述べておく。戒告および代執行令書による通知は、いずれも法的行為ではなく、事実行為にすぎない。しかし、手続上で重要であり、要件を認定するものでもあるため、取消訴訟の対象となると理解する説が通説であろう。また、義務を課する行為→代執行手続中の行為という形で違法性の承継は認められない。そして、代執行が終了した場合は、戒告や代執行令書による通知についての取消訴訟の訴えの利益は消滅してしまうので、取消訴訟を提起することはできず、国家賠償請求訴訟によって適法性を争うこととなる。
4.執行罰
執行罰は、民事執行法第172条第1項において定められている執行方法と同じ性質のものであり、一定額の過料を課すことを通告して間接的に義務の履行を促し、それでも義務の履行がない場合に過料を強制的に徴収する、というものである(繰り返すことも可能である)。
行政執行法第5条第1項第2号は、執行罰の対象を非代替的作為義務または不作為義務(の不履行)としていた。しかし、これは必ずしも論理的な制度設計によるものではないと思われる。代替的作為義務についても執行罰は可能であると考えてよいであろう※。
※櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第4版〕(2013年、弘文堂)186頁も「代替的作為義務についても執行罰によることは可能である」と述べ、執行罰がいかなる性質の義務に対しても実行可能であることを示している。
現在の行政代執行法は、執行罰に関する規定を置かず、前述のように、同第1条にいう「法律」には条例を含まないと解されるから、個別の法律に根拠規定が存在しなければ、執行罰を行いえない。従って、条例に執行罰の根拠を置くことは許されない。なお、現在、執行罰の根拠規定は砂防法第36条のみであるが、そこに定められる過料が500円と低額であるため、効果は薄いとされる※。
※砂防法第36条にのみ執行罰が規定されているのは、整備漏れのためであるとも言われる。
ただ、最近、行政法学において、執行罰の復権を主張する見解が出されている。私も、過料の額次第では有効な手段たりうると考えている。とくに、市町村レヴェルにおいては義務の性質の如何を問わずに執行罰を活用しうるであろう。法律の改正などによって条例に執行罰の根拠規定を置きうるようにすべきではないだろうか。
なお、 執行罰は、罰という文字が使用されているが、処罰ではない。このため、行政罰と併科することも可能である。
5.直接強制
直接強制は、義務者が義務(内容を問わない)を履行しない場合に、直接、義務者の身体または財産に実力を加え、義務の履行があったのと同じ状態を実現するものである。権力的な事実行為である点において即時強制と共通するが、義務の履行を前提とする点において即時強制と異なる。直接強制を認める個別法の規定の例として、学校施設の確保に関する政令第21条、成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法第3条第8項があるが、数は少ない。
6.強制徴収
強制徴収は、国税徴収法および国税通則法により定められるものであるが、他の法律により、租税債権以外の国または地方公共団体の金銭債権で、特別の徴収手続を必要とするものについて、国税徴収法に定められる滞納処分の例によって徴収することとされている(行政代執行法上の制度ではないことに注意!)。
強制徴収は、義務者の財産に実力を加えることであるから、直接強制の一種または変種である。
強制徴収が認められるのは、租税債権(かつては公法上の金銭債権とされていた)などの特別なもので、おおよその基準は、大量に発生し、迅速かつ効率的に債権を満足させる必要があるというものである(このようなものに該当しなければ、民事執行法に定められる強制執行手続によることとなる)。
国税の納税請求は、国税通則法第36条による「納税の通知」から始まる。これを行わなければ、具体的な納税義務が発生しないということになる(但し、申告納税方式の場合は同第35条による)。通知は、税額、納期限および納税場所を示した納税通知書によらなければならない。納期限までに完納されない場合に、同第37条に従い、税務署長が督促を行うのであるが、督促状発布の日から起算して10日以内に完納されない場合には、おおむね以下のように滞納処分が行われることとなる。
差押(国税徴収法第47条以下) :徴収職員(税務署長その他国税の徴収に従事する職員)によって、滞納者の財産を差し押さえる。
財産の換価(同第89条以下) :金銭や債権などを除いた差押財産を「公売」または「随意契約による売却」の方法により金銭に換える。
配当(同第128条以下) :順位は、滞納処分費→国税→地方税→公課など、となっている。残余金は滞納者に返還する。地方税については、例えば地方税法第66条第6項、また、その他の行政上の公課・費用については 、行政代執行法第6条第1項、土地収用法第128条第5項などを参照 。
7.強制執行が可能な場合に、司法権に民事上の強制を求めることができるか?
法律により、行政上の強制執行が許されない場合には、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることとなる(但し、後述するように、問題もある)。これに対し、行政上の強制執行が可能な場合には、基本的に、強制執行を行えばよいこととなる。しかし、金銭債権が関係する場合などには、行政上の強制執行が可能であってもそれを用いず、裁判所に民事上の強制執行手続を求めるほうがよいという場合も考えられる。それでは、行政上の強制執行が可能な場合に、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されるのであろうか。
下級審判決の中には肯定するものもみられる(例、岐阜地判昭和44年11月27日判時600号100頁)。しかし、最高裁判所の判例は、行政上の強制執行が可能な場合であれば、裁判所に民事上の強制執行手続を求めることは許されない、とする。
●最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁(T―108)
事案:原告Xは農業共済組合連合会であり、A市農業共済組合を構成員とする。そしてA市農業共済組合は組合員Yらを構成員としている。XはAに対して保険料や賦課金の債権を有し、AはYに対して共済掛金、賦課金、拠出金の債権を有している。Aの債権については行政上の強制徴収が認められている。しかし、農業災害補償法により、YらとAの共済関係は同時にAとXの保険関係を成立させることとされており、仮にYらがAに納付すべき共済掛金などに延滞があれば、AはXに対して保険金などを支払うことができなかった。そこで、XはAの債権を保全するため、Aに代位して共済掛金などの支払いを求める民事訴訟を提起した(民法第423条に基づく債権者代位権の行使)。第一審、第二審ともXの請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。
判旨:農業共済組合が組合員に対して有する債権について農業災害補償法第87条の2が特別の扱いを認めるのは、「農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み、その事業遂行上必要な財源を確保するためには、農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき、租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが、もっとも適切かつ妥当であるとしたから」である。このような行政上の強制執行手続が設けられている以上、民事訴訟上の手段によって債権の実現を図ることは立法の趣旨に反し、公共性の強い事業に関する権能行使の適正を欠く。「元来、農業共済組合自体が有しない権能を農業共済組合連合会が代位行使することは許されない」。
8.非代替的作為義務や不作為義務についての別の問題
行政代執行法は、代執行の対象を代替的作為義務に限定しているため、非代替的作為義務や不作為義務の履行を強制するためには、法律によって行政上の強制執行が認められていない限り、民事訴訟により、義務の履行を求めることになる。しかし、最近、これを認めないとする判決も出ている。
最近までは、民事訴訟による義務の履行が認められた例が多い。例えば、大阪高決昭和60年11月25日判時1189号39頁は、伊丹市の条例に違反する建築物に対して同市が建築中止命令を発したが全く無視されたので、この命令の履行を求めて、同市が建築続行禁止の仮処分申請を求めた、という事案につき、同市の請求を認めた。また、盛岡地決平成9年1月24日判時1638号141頁は、モーテル類似施設の建築工事続行禁止仮処分(民事保全法第23条第1項) が裁判所に請求され、これが認容された、というものである。 この他にも同様の訴訟があり、学説上もこれを認める説が多かった。
しかし、 次に取り上げる最高裁判所第三小法廷の判決は、民事訴訟による義務の履行を認めなかった。この判決については、行政法学において強い批判が出されるなど、様々な議論がなされている。少なくとも、地方公共団体、とくに市町村のまちづくり政策などに大きな影響(打撃?)を与えるものであるとも言える。
●最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁(T―109)
事案:宝塚市は「宝塚市パチンコ店等、ゲームセンター及びラブホテルの建築等の規制に関する条例」(以下、条例)を制定し、施行していた。Yは宝塚市内でパチンコ屋を営業することを計画し、宝塚市長に建築の同意を申請した。市長は同意を拒否したが、Yは同市建築主事に建築確認の申請を行ったが、市長の同意書がないことを理由に申請を受理しなかった。そこでYは、不受理処分の取消しを求めて同市の建築審査会に審査請求を行い、請求を認容する裁決を受けて工事を開始した。市長は条例第8条に基づき、建築中止命令を発したが、Yが建設を続行しようとしたため、同市は建築工事の続行禁止を求める民事訴訟を提起した。第一審判決は、条例が風俗適正化法や建築基準法に違反するとして同市の請求を棄却し、第二審も控訴を棄却した。
判旨:最高裁判所第三小法廷は、破棄自判の上、宝塚市の訴えを却下した。まず、民事事件で裁判所が対象としうるのは裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に限られるとして「板まんだら」事件最高裁判決 (最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)を引用した。その上で「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものではあって、自己の権利利益の保護救済を求めるものということはできないから、法律上の争訟として当然似裁判所の審判の対象となるものではな」いと述べた。そして、行政代執行法が認めるのは基本的に代執行のみであること、行政事件訴訟法などの法律にも「一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起する特別の規定は存在しない」などと述べている。
9.給付拒否、公表、課徴金、加算税
既に述べたように、行政執行法は、行政上の強制執行の手段として、代執行、執行罰および直接強制をあげていた。行政代執行法は代執行のみを規定するが、行政執行法を廃止した上で制定されたものであるため、やはり代執行、執行罰および直接強制が前提となっている。しかし、行政上の義務を履行させる手段は、これら三種に限られるものではない。そこで、行政執行法の時代には存在せず、行政代執行法においても予定されていない手段をあげておく。
(1)給付拒否
何らかの事柄に関する私人の対応が適切さを欠いていると見られる場合に、生活に必要とされる行政サービス(例、上水道)の供給を拒否し、それによって対応の是正を図る。あるいは、拒否を留保しておくことにより、私人の行動を規制する。 現在のところ、この方法を正式に制裁手段として規定する法律はない(水道料金を支払わない私人に対し、契約違反として給水を拒否することは、ここでいう給付拒否にあたらない) が、 東京都公害防止条例や建築指導要綱(これは行政規則であり、法規としての性格を有しない)などに規定される。
給付拒否は、 義務履行確保のための法制度として明確に位置づけられている訳ではないが、実質的にはその役割を果たしている。しかし、問題が多い。 ここで、判例をあげておくこととしよう。
給付拒否の判例は、水道法第15条第1項にいう「正当の理由」 の有無が問題となった事例に関するものが多い。
●最一小判昭和56年7月16日民集35巻5号930頁
豊中市内に賃貸用共同住宅を所有するXは、増築工事を行い、豊中市の建築主事に対して建築確認の申請をした。この増築部分は建築基準法に適合しなかったので建築確認が得られなかったが、Xはそのまま同市水道局に給水装置新設工事の申込みをした。水道局は、建築基準法違反の是正を行い、建築確認を受けた後に申し込むよう勧告し(給水制限実施要綱に基づいていた)、受理を拒否した。1年半ほど後になり、Xは給水装置工事の申込みをした。これは受理され、工事が完成した。Xは、最初の申請の受理を拒否したことが水道法第15条第1項に違反するとして損害賠償を請求した。
第一審は、最初の申請の受理が違法であるとしつつも請求を棄却し、第二審は、最初の申請の受理を拒否したことが行政指導の限界を超えているとは言えず、水道法第15条第1項に違反することが不法行為法上の違法と評価することはできないとして控訴を棄却した。
最高裁判所第一小法廷は、最初の申請の受理を拒否することが、同市職員がXの「給水装置工事申込の受理を違法に拒否したもの」であるとして同市が「不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらない」として、上告を棄却した。
この他に、第15回において取り上げた最二小決平成元年11月8日判時1328号16頁(T―92)、および、第14回において取り上げた最一小判平成11年1月21日民集53巻1号13頁(志免町給水拒否事件)がある。三つの判決を比較検討していただきたい。
(2)公表
私人の側に義務の不履行があった場合、または私人が行政指導に従わなかった場合に、その事実を一般に公表することにより、心理的に義務を履行させようとし、または行政指導に従わせる、というものである(実定法では国土利用計画法第26条に例がある。また、条例で制度を設けることもできる)。公表自体には処分性が認められないので、事前の差止請求か事後の損害賠償請求による権利救済が可能である(但し、事後に救済する訳にいかない場合もある)。
(3)課徴金
広義では罰金や公課を含む(財政法第3条)が、狭義では、国民生活安定緊急措置法第11条第1項、独占禁止法第7条の2第1項などに規定されるような、法の予定するところ以上の経済的利得(これが直ちに違法となるか否かを問わない)を放置することが社会的公正に著しく反する場合に課されるものをいう。強制執行の手段ではないが、機能的に義務履行確保の手段としての性格をみせる。
なお、このような制度については、刑事罰(罰金など)との併科として憲法第39条に違反するのではないかという疑問も生じるが、最裁平成10年10月13日判 時1662号83頁は、独占禁止法第7条の2第1項に規定される課徴金について合憲としている。
(4)加算税
これは租税法上の義務履行確保の手段であり、国税通則法第65条以下に定められている。
過少申告加算税は、国税通則法第65条に定められるものである。確定申告の期限内に申告書が提出された場合で、確定申告の期限後に修正申告書が提出され、または更正処分がなされた場合に課される。
無申告加算税は、同第66条に定められるものである。@確定申告の期限内に申告書が提出されなかった場合で、期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定(同第25条)がなされた場合、または 、A期限後に申告書が提出され、もしくは税額等の決定がなされた後に修正申告書が提出され、もしくは更正処分がなされた場合に課される。
不納付加算税は、同第67条に定められるものである。源泉徴収などによる国税が法定期限内に完納されなかった場合に課される。
重加算税は、同第68条に定められるものである。過少申告、無申告または不納付が、納税すべき税額の計算の基礎となる事実の全部または一部についての隠蔽または仮想に基づいている場合に、過少申告加算税、無申告加算税または不納付加算税の代わりとして課される。
いずれの場合についても、加算税とともに刑罰が科されることがある(所得税法、法人税法、相続税法などを参照)。これについては、二重処罰の禁止を定める憲法第39条に違反しないのか、という問題がある。
●最大判昭和33年4月30日民集12巻6号938頁(T―111)
会社Xは昭和23年度の法人税について申告納税を行った。これに対し、税務署長Yは更正決定を行い、追徴税(現在の加算税に相当する)を課した。また、国税局はXが法人税の逋脱(脱税)行為を行ったとしてX自体とその担当部長を検察庁に告発した。その後両者は起訴され、有罪の判決を受けた。Xは、追徴税の課税が憲法第39条に違反するとして取消を求めたが、第一審、第二審ともに請求を棄却した。最高裁判所大法廷も、次のように述べて請求を棄却した。
追徴税は「申告納税の実を挙げるために、本来の租税に附加して租税の形式により附加せられるものであって、これを課することが申告納税を怠ったものに対し制裁的意義を有することは否定し得ない」。しかし、法人税法による罰金が脱税者の反社会性や反道徳性に着目して制裁として科されるものであるのに対し、追徴税は「納税義務違反の発生を防止し、以って納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であ」り、刑罰として科されるものではない。従って、罰金と追徴税との併科は憲法第39条に違反しない。
10.行政罰
(1)行政罰の定義
行政罰とは、行政法上の義務違反に対して、過去の行為に対する制裁として科せられる罰の総称である。 ここにいう義務は、法令によって科せられる場合と、法令に基づく行政行為によって科せられる場合とがある。
行政上の強制執行は、現に存在している義務違反に対して将来的に行われるものであり、または、将来の或る時点において存在しうる義務違反に対して、さらにその先の時点において行われるものである。強制執行は、義務違反に対する制裁としての性格を持たない(仮に持つとしても、行政罰ほど濃厚ではない)。むしろ、義務違反者に義務を履行させること、それが実現されなかった場合には行政主体が自ら義務の内容を実現するか第三者に実現させることを主眼としている。
これに対し、行政罰は、過去の行為に対する制裁であり、義務違反の状態を是正させる、あるいは自ら是正するという性格はない。仮にあるとしても、強制執行より薄い。
行政罰は、性質によって行政刑罰と秩序罰とに分けられる。
(2)行政刑罰
行政刑罰とは、刑法に刑名のある罰のことである。すなわち、刑法第9条に規定される刑罰が適用されることとなる(多くの場合、懲役と罰金である)。
行政法学や刑法学においては、行政犯(法定犯)と刑事犯(自然犯)との区別が語られる。行政犯は、行政処罰を科せられる義務違反(非行)のことであり、通説的見解によると、行政犯の行為それ自体は反道義性や反社会性を有しないが、その行為が行政目的のためになす命令・禁止に反することによって反道義性や反社会性を有するに至るということになる。
もっとも、このような区別は絶対的なものではない。例えば道路交通法に定められる右側通行・左側通行の別のように、当初は行政犯だったものが刑事犯として扱われるようになっているというものもある。
行政刑罰については、以前、刑法総則の適用の有無が争われていた。これは、行政刑罰と刑法第8条との関係 として議論されていたのである。有力説は、刑法第8条但し書きなどの明文で定められる場合以外に、刑法総則の適用について特別の扱いをすべきであると主張する。この立場は、過失犯などについて、行政刑罰の特殊性を強調する。しかし、刑事罰と行政刑罰との区別が相対的であることからして、行政刑罰に特殊性を強く認めなければならないということの根拠はない。また、明文の規定があれば別として、存在しない場合に、刑法総則の規定と異なる扱いをするならば、刑法の明確性の原則に抵触するおそれがある。従って、行政刑罰についても、刑法第8条に定められた原則に従うべきであると考えるのが妥当である(通説・判例)。
刑法総則の適用の有無に関する争いは、過失犯の扱いにも関係する。上記有力説は、明文の規定がない場合であっても過失犯を罰しうるとする立場をとるのであるが、刑法第38条第1項の規定に反する。罪刑法定主義の原則からすれば、行政犯であっても、原則として故意犯のみが罰せられ、過失犯は明文の規定がなければ罰せられない、と理解すべきである〔最一小判昭和48年4月19日刑集27巻3号399頁も参照〕。
但し、行政刑罰に全く特殊性がないという訳ではない。
第一に、両罰規定がある。これは、法人の代表者、法人または本人の代理人、使用人その他従業者の違反行為について、行為者の他に、その法人または本人をも罰する規定のことである。業務主の監督上の過失を推定することもある。このような規定は刑法典に存在しない。
そもそも、刑法典には法人を処罰する旨の規定が存在しない。
第二に、白地刑罰法規(空白刑法) がある。これは、法律自体において、法定刑だけは明確に定められているが、刑罰を科せられる行為(すなわち、犯罪の構成要件)の具体的内容の全部または一部が、他の法律、命令などに委任されているもの をいう。
広義では補充規範が同一法律中あるいは他の法律によって規定されている場合も含むが、狭義では、狭義の法律以外の命令または行政処分に基づく場合をいう。
刑法典中には第94条(中立命令違背罪)のみが存在するが、行政刑罰には非常に多い。
白地刑罰法規は、犯罪の構成要件の具体的な内容を他の規定に委任するものであるため、憲法第73条第6号但書との関連で問題となる。白地刑罰法規が合憲たるためには、いかなる基準で具体的な違反事実を定めるかの大枠を法律自体で示すことが必要となる(例.政令325号事件に関する最大判昭和28年7月22日刑集7巻7号1562頁)。また、最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号392頁(猿払事件)は、国家公務員法第102条第1項・第110条第1項第19号・第102条の委任による人事院規則14-7を違憲でないと判断した。これに対し、少数意見は、刑事罰の対象となる行為と懲戒罰の対象となる行為を何ら区別せずに包括的委任をなすことを違憲としている。
行政刑罰の手続は、原則として刑事訴訟法による。 しかし、例外として簡易手続が定められることがある。例として、簡易裁判所にて行われる交通事件即決裁判手続(交通事件即決裁判手続法)、国税局長・税務署長による通告処分(国税通則法第157条および第158条、関税法第138条第1項)、および警察本部長による交通事件犯則行為処理手続〔反則金制度。道路交通法第125条以下〕がある。このうち、通告処分および交通事件犯則行為処理手続は、犯罪の非刑罰的処理として論じられることがある。但し、通告を受けた者がこれに従わないときや、反則金納付の通告を受けた者が一定の期間の経過後も反則金を納付しなかった場合には、正規の刑事訴訟手続がとられることになる。
(3)秩序罰
秩序罰は、行政刑罰とは異なり、純粋な行政処罰であって、過料を科する行政処罰のことをいう。
なお、道路交通法第125条〜第132条に規定される「反則金」も行政処罰であるといえる。
「通常の行政上の秩序罰」は、非訟事件訴訟手続法に従って地方裁判所が課すものである。但し、他の法令に別段の定めがある場合(例、住民基本台帳法第44条第2条)は簡易裁判所により課せられる。
「地方公共団体の条例・規則違反に対する科罰」は、地方自治法第231条の3(など)に従って、地方公共団体の長が科す。期間内に納めない者については強制徴収を行うことができる。
行政刑罰と秩序罰は、一応、別個の性質を有するものである。しかし、実際には、行政刑罰と秩序罰とを併科しうる旨を定める法律の規定が多い。そこで、刑法第39条に違反するか否かが問題となる。
●最二小判昭和39年6月5日刑集18巻5号189頁
事案:この事件の被告人らは、別の裁判で住居侵入等被告事件の証人として出廷し、宣誓を行ったが、裁判官からの尋問に対し、正当な理由がないのに証言を拒んだ。そのため、被告人らは刑事訴訟法第160条による過料に処された。その後、同第161条違反として起訴された。第一審は被告人らに免訴を言い渡したが、第二審は第一審判決を破棄し、事件を差し戻す判決を下した。そのため、被告人らが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。
判旨:刑事訴訟法第160条は「訴訟手続上の秩序を維持するために秩序違反行為に対して(中略)科せられる秩序罰としての過料を規定したものであり」、同第161条は「刑事司法に協力しない行為に対して通常の刑事訴訟手続により科せられる刑罰としての罰金、拘留を規定したものであって、両者は目的、要件及び実現の手続を異にし、必ずしも二者択一の関係にあるものではなく併科を妨げないと解すべきであ」る。これらの規定は憲法第31条および第39条後段に違反しない。
11.即時強制
(1)即時強制と即時執行
即時強制とは、義務の履行を強制するためにではなく、目前急迫の行政法規違反の状態を排除する必要上、義務を命ずる余裕のない場合、または、性質上義務を命じることによっては目的を達成しがたい場合に、直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現することをいう。
但し、上記の定義の中には行政機関による情報・資料収集活動も含まれている。塩野宏教授が指摘するように、即時強制の定義には「強制隔離・交通遮断のように、それ自体行政目的の実現にかかる制度」と「臨検検査、立入りの観念にみられるような行政調査の手段」とが含まれているのである※。
※塩野宏『行政法』〔第六版〕(2015年、有斐閣)277頁。
行政法学においては、即時執行という概念が用いられることもある。即時執行とは、即時強制から行政機関による情報・資料収集活動を除外したものをいう。従って、即時執行は「相手方に義務を課すことなく行政機関が直接に実力を行使して、もって、行政目的の実現を図る制度」に限定される※。
※塩野・前掲書277頁。
即時強制、即時執行のいずれについても、法律の根拠を必要とする。
(2)実力を加える対象
即時強制(即時執行)により、実力を加える対象の例をあげておこう。
まず、身体である。例として、後に取り上げる警察官職務執行法第3条ないし第5条などをあげることができる。
次に、家宅・事業所などである。例として、警察官職務執行法第6条、国税犯則取締法第2条などをあげることができる。
そして、財産である。例として、銃砲刀剣類所持等取締法第11条などをあげることができる。
(3)警察官職務執行法が定める即時強制の例
現行法においては、行政上の強制執行と異なり、即時強制(即時執行)に関する一般法と言うべき法律は存在しない。ここでは、即時強制(即時執行)を多く定める警察官職務執行法を概観しておくこととする。
・個人の生命・身体・財産の保護:保護措置(第3条)。24時間が限度とされるが、延長許可も認められる。
・避難などの危害防止:「警告」→「引き留め」・「避難」。第4条に認められた権限である。措置は公安委員会に報告される。他の公的機関に共助が求められる。
・犯罪の予防・制止:第5条。生命・身体の危険または財産の重大な侵害を生ずるおそれがある場合に、犯罪を制止できる。
・立入権限:第6条により認められた権限である。
・武器の使用:第7条。但し、人に危害を加えることができるのは刑事訴訟法第213条・第210条、警察官職務執行法第7条、刑法第36条・第37条の場合に限定される。
その他にも、行政法令の定める即時強制が存在する(例.消防法第1条)。個々の国民・住民の生命・身体の保護その他公衆衛生上の理由によるもの、風俗警察上の規制権限を行使するためのものなどがある。立入権限は、国税犯則取締法第2条・第3条、労働基準法第101条など、認める法令も多い。
(4)行政上の強制執行(とくに直接強制)との違い
行政上の強制執行とおよび即時強制(即時執行)には、行政権による実力行使を認めるという面において共通する点がある。とくに、行政上の強制執行の一種としての直接強制と即時強制(即時執行)は、外観上酷似しており、見分けが付きにくいこともある※。そればかりか、即時強制・即時執行が直接強制の代替として用いられる傾向にあるとも言われる。
※塩野・前掲書279頁注(2)や櫻井・橋本・前掲書192頁にあげられている、道路交通法に違反する放置車両の移動の例を参照。
しかし、行政上の強制執行と即時強制(即時執行)は、概念上において全く異なるものであり、次のように整理することができる。各自で表を作成し、まとめてみることをおすすめする。
・行政上の強制執行は、私人の側に履行義務が存在することを前提とする。これに対し、即時強制(即時執行)は、私人の側に履行義務が存在することを前提としない。
・行政上の強制執行は、法律のみを根拠としうる(代執行が条例を根拠としうるのは、行政代執行法第2条により、法律の委任を受ける場合に認められるためである。直接強制については法律に限定される)。これに対し、即時強制(即時執行)は、条例を根拠としうる(法律による委任がない場合についても同様である)。
・行政上の強制執行には、一応の一般法として行政代執行法がある(強制徴収については国税徴収法がある)。これに対し、即時強制(即時執行)に関する一般法は存在しない。
(5)即時強制(即時執行)の処分性
法律に基づいて実施する身柄の拘束、物の領置という例から明らかであるように、即時強制(即時執行)は、行政機関が行う事実行為の中でも、強制的に人の自由を拘束し、継続的に受忍義務を課す作用である。従って、即時執行(即時強制)は公権力の行使にあたる行為であり、処分性を有する。これに不服があれば、行政不服申立て・行政訴訟の手続で救済を求めなければならない(参照、行政不服審査法第2条第1項)。なお、この場合、出訴機関の制限を認めて、その起算点を身柄などの拘束時間とみるべきか、拘束時間が継続している間は、出訴期間とは無関係に随時不服申立てないし抗告訴訟を提起できるとすべきか、争いがある。
(2015年10月20日掲載)
(2017年10月26日修正)
(2017年12月20日修正)
(2018年7月23日修正)
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