第13回    行政行為論その5:行政行為の職権取消と撤回

 

 

 ★はじめに

 第9回の冒頭において「行政行為に限らず、行政契約などを含めて行政作用を学ぶ際には、まず、民法学の法律行為論を復習していただきたい」と記した。第10回において扱った行政行為の附款は、民法の附款論と土台を共通とするし、第12回において扱った行政行為の瑕疵も、実は民法学における法律行為論の応用であることがおわかりいただけるのではないかと思う。今回取り上げる行政行為の取消も、基本となるのは法律行為論である。

 

 ★★本論

 

 1.裁判所(の判決)による取消と行政庁による取消

 行政行為の取消という場合、裁判所による取消と行政庁による取消とがあるが、日本の行政法学においては双方を取消と称するために、混乱を避ける意味で、この講義ノートにおいては行政庁による取消を職権取消と表わすことにした。ドイツにおいては、裁判所による取消をAufhebung、行政庁による取消をRücknahmeというのが一般的である。ちなみに、撤回はWiderrufである。

 

 2.行政行為の職権取消

 (1)職権取消の意味

 行政行為の職権取消とは、既に述べたように行政庁による取消である。取消とは、違法な行政行為の効力を、原則として行政行為がなされた時点まで遡って失わせることである。法律関係を元に戻すということでもある。この点において、法律による行政の原理の回復であると言いうる。

 取消権を有するのは、第一に行政行為を行った行政庁である。その他、その行政庁の上級行政庁は、監督権限の行使の一環として取消権を有する。なお、行政不服審査法に基づく不服申立の結果として、不服審査庁が行政行為を取り消す場合は、ここにいう職権取消に該当しない。

 ※民法第121条は「取消しの効果」として「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。ただし、制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う」と定める。

 (2)職権取消の根拠

 行政行為の職権取消も、行政行為である。そのため、第9回において示した行政行為の定義などからすれば、職権取消にも法律の根拠が必要ではないかと思われるかもしれない。

 しかし、通説(・判例)は、職権取消について法律の根拠を不要と解する。問題はその理由であるが、塩野宏教授は「法治国原理の要請するところ」と主張している。取消が法律関係を瑕疵のない状態に戻すことを意味し、また取消が法律による行政の原理の回復であると理解することができるので、妥当な見解であろう。

 ※塩野宏『行政法I』〔第五版補訂版〕(2013年、有斐閣)170頁。

 (3)行政行為の職権取消に制約はあるのか?

 職権取消は、行政庁が瑕疵ある行政行為の効力を失わせるものである。しかし、そのことから行政庁が職権取消を無制約になしうるという訳ではない。これについては、対象となる行政行為の性質に照らして検討をなすべきである。

 まず、賦課的行政行為(不利益処分)の職権取消については、とくに問題はないと考えられる。但し、行政行為の相手方にとっては賦課的行政行為であっても、他の関係者など第三者にとっては授益的行政行為であるというような場合には、第三者の利益を保護する必要性から、制約があるものと考えられる。

 これに対し、授益的行政行為(許可、認可など)については問題がある。私人は行政行為の存続を信頼している。そこで、信頼保護の観点からの制約、さらに法的安定性の観点からの制約が存在すると考えられるのである。学説は、一般論としてこうした制約を認めているが、具体的にいかなる場合にこうした制約が認められるか、答えることは難しい。

 (4)職権取消の効果

 既に記したように、一般的には行政行為がなされた時点にまで遡り、行政行為の効果は失われる。これを「取消は遡及効を有する」と表現する。但し、学説は、授益的行政行為の職権取消について遡及効を持たない取消(つまり、将来に向かってのみ効果を生ずる取消)の余地を認める。


 3.行政行為の撤回

 行政行為の撤回とは、成立時には適法であった行政行為を、その後の事情によって効力を存続させるのが望ましくなくなったときに、将来に向かってその効力を失わせることである。法令上は取消しという言葉を使うが、全く意味が違う。

 ※法律によっては、特別な場合に撤回に遡及効を認めている。

 職権取消と同様に、行政庁による撤回行為も行政行為である(このように考えないと説明がつかない)。しかし、通説・判例は、撤回についても、とくに法律の根拠を必要としないとする。実はその理由が明確であると言えないのであるが、一つの考え方は公益適合性である。また、処分権限に法的根拠を求めることも可能であるかもしれない

 ※田中二郎『新版行政法上巻』〔全訂第二版〕(1974年、弘文堂)155頁。塩野・前掲書173頁も参照。

 ※※塩野・前掲書174頁も参照。

 これに対し、授益的行政行為の撤回については法律の根拠を要するという説も有力である。もっとも、撤回については法律に明文の根拠を置く場合が多い。

 ●最二小判昭和63年6月17日判時1289号39頁(T―89)

 事案:Xは産婦人科などを開業する医師であり、医師会Yから優生保護法第14条第1項の指定を受けていた。しかし、Xは実子斡旋行為を行っており、これを公表した。こうした事実などが存在したため、Yは指定を「取り消した」。Xは指定取消処分などの取消と損害賠償を求めて出訴した。

 判旨:最高裁判所第二小法廷は、撤回によってXが不利益を受けることを考慮しても、その不利益を公益上の必要性が上回るような場合には、法令に直接の根拠がなくともYはXに対する指定を撤回することができると判断した

 ※ちなみに、この判決の事案がきっかけとなって、民法に特別養子制度の規定が追加されることになった。

 なお、職権取消の場合と異なり、行政行為をした行政庁のみが撤回をなしうる(上級行政庁が外されている点に注意すること)。

 (2)撤回に制約はあるのか?

 撤回は、違法な行政行為の効力を失わせる行為ではない。敢えて言うなら公益などに照らした上で(適法ではあるが)不当な行政行為の存続を断ち切る行為である(そのために、遡及効がないとされるのである)。その上で、とくに法律の根拠が必要とされていないために、制約については職権取消以上に問題がある。学説などにおいては、職権取消と同様に、対象となる行政行為の性質に照らして議論を展開させている。

 まず、賦課的行政行為の撤回については、原則として自由であると解される。これは、適法性の問題ではなく、行政行為の相手方の利益保護という問題に由来するものであると思われる。

 これに対し、授益的行政行為の撤回については、やはり信頼保護などの問題がある。適法な行政行為の効力を失わせるのであるから、行政行為の相手方の利益保護という観点は欠かせない。他方、公益上の要請など、適法ではあっても行政行為の存続が望ましくないという場合もありうる。そのため、基本的に比較衡量的な視点に立って考察を進めなければならない。

 制約については、おおむね、次のような原則が立てられることとなるであろう。

 @行政庁は恣意的に撤回することが許されない。

 A公益上の理由による撤回については、既得権保護の要請を上回るものでなければならず、認められたとしても、私人の既得権益などとの調整を必要とする。

 B授益的行政行為を受けた相手方が、その行政行為の根拠となる法律に定められた義務に違反した場合など、有責事由をなした場合には、撤回が認められる。このような場合については、明文で定めることが多い。

 C当初は許可要件などが私人に存在したが、その後消滅した場合にも、撤回が認められる。このような場合についても、明文で定めることが多い。

 このうち、Aについては、期間の定めがあれば(法律の規定により、または附款により)、期間内の撤回が許されないと解することが可能である。そうでない場合には撤回をなしうるが、その際に相手方に補償をすべきか否かという問題が残る。

 ●最三小判昭和49年2月5日民集28巻1号1頁(T―90)

 第29回において扱う。

 

(2015年11月30日掲載)

(2017年10月26日修正)

(2017年12月20日修正)

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