第24回  取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―

 

 

  3.取消訴訟における原告適格

 〔1〕原告適格とは 行政事件訴訟法第9条は、処分の取消について「法律上の利益」を有する者に、取消訴訟の提起を認める。取消訴訟の原告となりうる資格を与えられるということで、原告適格という。同第1項により、「法律上の利益を有する者」に認められるが、具体的な範囲が問題となる。

 まず、処分または裁決の相手方は、それらの法律上の効果により、直接的に権利を侵害され、または義務を課される者である。そのため、処分または裁決の取消について「法律上の利益」を有すると認められるから、取消訴訟の原告適格を有する。

 次に、処分または裁決の相手方ではないが、実質的な当事者である者も、やはり「法律上の利益」を有すると認められるから、取消訴訟の原告適格を有する。最一小判昭和57年4月8日民集36巻4号594頁(第二次家永訴訟最高裁判決)などがその例である。

 問題となる場合の一つは、処分または裁決の相手方ではなく、実質的な当事者でもない第三者(近隣住民など)が、処分(当事者にとっては授益的なもの)または裁決によって不利益を受ける場合である。もう一つは、道路の公用廃止などの一般処分によって不利益を受ける場合である。果たして、この双方の場合、いかなる範囲において原告適格が認められるのであろうか。

 〔2〕原告適格に関する二つの説

 原告適格については、理論的にいくつかの説を想定することができるが、一般的には二つの説が主張されている。 

 一つは、 法律上保護された利益説である。これは判例が採用する説である(学説においても通説と言いうると思われる)。これは、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かによって、原告適格の有無を判断する考え方である。この説によると、法律に誰の利益を保護するかが示されない場合(日本の立法には極めて多い)、第三者たる原告の訴えはほとんど却下されかねない。

 もう一つの説として、 法的保護に値する利益説がある。これは有力説と考えてよいであろう。この説は、原告が侵害されていると主張する利益が「処分」の根拠法規により保護されているか否かではなく、権利や利益の侵害の実態に着目し、救済すべきとみられる状態にあるときに原告適格を認めるべきである、とするものである。そのため、事実上の利益であっても原告適格が認められうることとなる。

 もっとも、後にみるように、法律上保護された利益説の射程距離は拡大する傾向にある。基本的枠組みは変わらないが、処分の根拠規定のみならず、その法律の目的規定や関連規定まで視野を広げ、原告適格を判断する傾向が見られるようになったのである。これが、平成16年改正法により行政事件訴訟法第9条に追加された第2項につながる。

 同項は、原告適格について、次の事柄を考慮し、判断することを求めている。「法律上の利益」を、処分または裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによるのではなく、

 a.当該法令の趣旨および目的を考慮し(前段)、

 b.その上で、当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮すべきである(前段)。

 c.処分または裁決の根拠となる法令の趣旨および目的を考慮するにあたって、その法令と目的を共通にする関連法令があるときは、その趣旨および目的をも参酌すべきである(後段)。

 d.当該処分において考慮されるべき利益の内容および性質を考慮するにあたって、当該処分または裁決がその根拠となる法令に違反してなされた場合に害されることとなる利益の内容および性質、ならびに害される態様および程度をも勘案すべきである(後段)。

 〔3〕判例の傾向―従来の傾向と、法律上保護された利益説の拡大傾向

 ●最三小判昭和34年8月18日民集13101286

 質屋営業法による新規参入業者への営業許可に対して既存の業者が無効確認を求めた事件である。最高裁判所は、既存の業者の原告適格を否定した。

 ●最一小判昭和37年1月19日民集16巻1号57頁(Ⅱ―170)

 知事YはAに対して公衆浴場の営業許可を与えた。しかし、Aの公衆浴場とXの公衆浴場との距離が条例の定める距離制限に満たず、利用圏内の利用者が2000人を割り込んだため、Xは他の業者とともにAに対する営業許可の無効確認を求めた。最高裁判所第一小法廷は、Xらの利益が単なる事実上の利益に留まらず、公衆浴場法により保護される法的利益であると解した。

 ●最三小判昭和431224日民集22133254頁(東京12チャンネル事件。Ⅱ―173)

 事案:Xは第12チャンネルのテレビ放送局の開設を企図し、郵政大臣Yに免許申請をしたが、この申請は五者の競願になった。Yは、審査の結果、Aに予備免許を与え、他の申請を拒否した。Xは自己に対する免許拒否処分とAへの予備免許処分の取消しを求めてYに異議申立てをしたが棄却されたので、Xはこの棄却決定の取消しを求めて出訴した。東京高判昭和40年6月1日行集16巻7号1266頁はXの請求を認容したので、Yが上告したが、最高裁判所第三小法廷はYの上告を棄却した。

 判旨:AとXは競願関係にある。Xの異議申立てに対する棄却決定が違法とされた場合、Yは改めて審査をなし、異議申立てに対する決定をなすべきである。Yによる再審査の結果次第で、Aへの免許を取消し、Xに対し免許を付与することもありうる。そのため、Xの訴えの利益は否定されない。

 ●最三小判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁(Ⅱ―132)

 第21回において取り上げた。一般消費者に原告適格を認めない判例の代表例でもある。

 ●最一小判平成元年4月13日判時1313121頁(近鉄特急事件。Ⅱ-168)

 事案:訴外A(近畿日本鉄道)は、昭和55年2月16日にY(大阪陸運局長)および訴外B(名古屋陸運局長)に対し、特急料金改定(値上げ)のための認可申請を行った。これに対し、Yは同年3月8日、当時の地方鉄道法第21条第1項に基づき、Aに対して認可処分を行った。Aの大阪線、奈良線、南大阪線の特急を通勤のために利用するXらは、この認可処分が違法であるとして取消訴訟を提起するとともに、国を被告とする損害賠償請求訴訟も提起した。一審判決(大阪地判昭和57年2月19日行集33巻1・2号118頁)は、原告の請求を棄却したものの、Yの処分を違法と宣言した。X、Yの双方が控訴し、控訴審判決(大阪高判昭和591030日行集35101772頁)は一審判決を取り消し、XのYに対する請求を却下した。最高裁判所第一小法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「地方鉄道法(大正八年法律第五二号)二一条は、地方鉄道における運賃、料金の定め、変更につき監督官庁の認可を受けさせることとしているが、同条に基づく認可処分そのものは、本来、当該地方鉄道利用者の契約上の地位に直接影響を及ぼすものではなく、このことは、その利用形態のいかんにより差異を生ずるものではない。また、同条の趣旨は、もっぱら公共の利益を確保することにあるのであって、当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することにあるのではなく、他に同条が当該地方鉄道の利用者の個別的な権利利益を保護することを目的として認可権の行使に制約を課していると解すべき根拠はない。そうすると、たとえ上告人らが近畿日本鉄道株式会社の路線の周辺に居住する者であって通勤定期券を購入するなどしたうえ、日常同社が運行している特別急行旅客列車を利用しているとしても、上告人らは、本件特別急行料金の改定(変更)の認可処分によって自己の権利利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるということができず、右認可処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである」。

 ●最二小判平成元年2月17日民集43巻2号57頁(新潟空港訴訟。Ⅱ―192)

 事案:法律上保護された利益説の拡大傾向を示した判決として重要なものである。運輸大臣Yは、新潟―小松―ソウル間の定期航空運送事業免許を訴外航空会社に付与した。これに対し、近隣住民のXが、騒音による健康や生活上の利益の侵害を主張し、取消しを求めて出訴した。新潟地判昭和56年8月10日行集32巻8号1435頁はXの請求を却下し、東京高判昭和561221日行集32122229頁もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は、結局のところXの請求を棄却したが、原告適格を認めた。

 判旨:「法律上の利益を有する者」は「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に」該当する。この判断は「当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関連規定によって形成される法体系の中において、当該処分を通じて右のような個々人の個別的利益をも保護しているものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきである」。航空法第1条の目的には騒音の防止が含まれ、飛行場周辺航空機騒音防止法が運輸大臣に騒音防止のための権限を与えていることからすれば、新規路線免許により生ずる航空機騒音により「社会通念上著しい障害を受ける者には、免許取消しを求める原告適格が認められる」。

 ●最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁・1090頁(「もんじゅ」訴訟。Ⅱ―162・181)

 事案:旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団)が敦賀市に建設した高速増殖炉「もんじゅ」の設置許可について、周辺住民などのXらが無効訴訟などを提起したものであり、原告適格の有無と範囲が争われた。福井地判昭和621225日行集38121829頁はXらの請求を却下したが、名古屋高金沢支判平成元年7月19日行集40巻7号938頁は原子炉から半径20キロメートルの範囲内に居住する住民にのみ原告適格を認めた。最高裁判所第三小法廷は、事案を福井地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである」(前掲最三小判昭和53年3月14日、最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁、前掲最二小判平成元年2月17日を参照)。「そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである」(原子炉からおよそ2958キロメートルの範囲内に居住する者に原告適格を認めた)。

 ▲なお、名古屋高金沢支判平成15年1月27日訟務月報50巻9号2541頁は設置許可を無効とする判断を示したが、最一小判平成17年5月30日民集59巻4号671頁は、設置許可に違法な点があるとは言えないとする判決を出した。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250

 事案:業者Aは、川崎市内の急傾斜地にマンションを建築する計画を立て、都市計画法第29条に基づく開発行為の許可の申請を行い、市長Yが許可処分を行った。これに対し、この開発区域の近隣に居住するXらは、開発行為によってがけ崩れや地滑りなどによる生命や身体および生活に関する基本的権利などが侵害されるとして、この許可処分の取消しを求めて出訴した。横浜地判平成6年1月17日訟月41102549頁および東京高判平成6年6月15日民集51巻1号284頁はXらの原告適格を否定したが、最高裁判所第三小法廷は事件を地方裁判所に差し戻した。

 判旨:この判決においては都市計画法第33条第1項第7号および第2項が参照されており、第33条第1項第7号の趣旨・目的、開発許可を通じて保護しようとする利益の内容や性質などに鑑みると、「同号は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである」と述べた。

 ●最三小判平成13年3月13日民集55巻2号283頁(Ⅱ―163)

 事案:業者Aは、岐阜県内の山林をゴルフ場として造成するための開発行為を計画した。そしてY(県知事)に森林法第10条の2に基づく林地開発許可を申請した。Yは許可処分をした。これに対し、近隣住民(居住者の他、立木等所有者、営農者)のXらが、この隣地開発許可処分の取消しを求めた。岐阜地判平成7年3月22日民集55巻2号304頁はXらの原告適格を認めなかったが、名古屋高判平成8年5月15日判タ91697頁はXらの原告適格を認めて事件を岐阜地方裁判所に差し戻した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷は、前掲最三小判平成4年9月22日および前掲最三小判平成9年1月28日を引用し、森林法第10条の2によれば周辺住民の生命や身体の安全などの保護を法益として考えることはできるとして、Xらの一部については原告適格を認めた。しかし、同条の規定が周辺土地の所有権など財産権まで個々人の個別的利益として保護する趣旨を含むと解することは困難である、と判断した。

 ●最三小判平成元年6月20日判時1334201頁(伊場遺跡訴訟。Ⅱ―169)

 事案:浜松市にあった伊場遺跡は、浜松駅に近く、駅前再開発および鉄道高架工事のための代替地の候補となっていた。そのため、静岡県教育委員会は、同県文化財保護条例に基づき、伊場遺跡の指定解除処分を行った。これに対し、学術研究者Xらが指定解除処分の取消しを求めて出訴した。静岡地判昭和54年3月13日行集30巻3号592頁および東京高判昭和58年5月30日行集34巻5号946頁は原告適格を否定した。最高裁判所第三小法廷も原告適格を否定した。

 判旨:文化財享有権が法律上の具体的権利と認められないことを述べた上で、文化財保護条例などに県民などが史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益を個々人の個別的利益として保護すべき趣旨を示す規定は存在せず、むしろそのような利益は公益の中に吸収解消されていると述べている。そして、文化財の学術研究の利益についても、一般の県民などが史跡等の文化財の保存・活用から受ける利益を超えて保護を図ろうとする趣旨は条例などから見出されないと述べられている。

 ●最一小判平成101217日民集52巻9号1821頁(国分寺市パチンコ店営業許可事件。Ⅱ―166)

 事案:東京都公安委員会Yは、Aに対し、パチンコ店の営業許可処分を行った。これに対し、近隣住民のXらは、このパチンコ店の駐車場が第一種住居専用地域(都市計画法第8条第1項第1号。東京都風俗営業適正化法施行条例により、風俗営業所の設置禁止区域に指定されていた)にはみ出しており、違法であるとして、営業許可の取消しを求めて出訴した。東京地判平成7年1129日行集4610111089頁および東京高判平成8年9月25日行集47巻9号816頁はXらの原告適格を否定した。最高裁判所第一小法廷もXらの原告適格を否定した。

 判旨:この判決においても前掲最判平成4年9月22日および最三小判平成9年1月28日が引用されており、その上で風俗営業適正化法第1条の目的規定から「風俗営業の許可に関する規定が一般的公益の保護に加えて個々人の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取る」のが困難であるとされた。また、同法第4条第2項第2号による営業の制限地域の指定についても、公益的見地を超えて居住者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているとは解しがたいと述べる。

 ▲なお、事案の性質は異なるが、最三小判平成6年9月27日集民173111頁は、「風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律四条二項二号、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行令六条二号及びこれらを受けて制定された風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行条例(昭和五九年神奈川県条例第四四号)三条一項三号は、同号所定の診療所等の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務を運営するという利益をも保護していると解すべきである」と述べて、パチンコ店営業許可の取消しを求める開業医の原告適格を認めている(結局は請求を棄却している)。

 ●最二小判平成12年3月17日集民197661頁(大阪府墓地経営許可事件)

 事案:大阪府知事Yは、宗教法人Aに対し、墓地経営を許可する処分を行った。大阪府の墓地等の経営の許可等に関する条例は住宅等から300メートル以上という距離制限を原則としていたが、Xらは300メートル以内に居住しており、この許可処分が条例に反するとして取消しを求めて出訴した。大阪地方裁判所、大阪高等裁判所は、いずれもXらの原告適格を否定した。最高裁判所もXらの原告適格を否定した。

 判旨:墓地、埋葬等に関する法律第10条第1項は許可の要件についてとくに規定しておらず、許否の判断を知事の広汎な裁量に委ねている。これは公益的見地によるものと解される。このことから、同項が周辺住民の個別的利益を保護しているとは解しがたい。また、大阪府上記条例についても、距離制限の解除が「専ら公益的見地から行われるものとされている」ことからすれば「ある特定の施設に着目して当該施設の設置者の個別的利益を特に保護しようとする趣旨を含むものとは解し難い」。

 

 4.取消訴訟における(狭義の)訴えの利益

 〔1〕狭義の訴えの利益の意味

 狭義の訴えの利益は、客観的訴えの利益ともいい、原告が請求について本案判決を求める必要性、その実効性を意味する。「処分」が取り消されたとき、現実に法律上の利益を回復することができなければ、訴訟を提起する意味はない。また、取消判決によって現実的な救済を与えることができなければ、取消判決の意味がない。そのため、協議の訴えの利益の有無は、原告が、具体的に訴訟において処分の法律上の効果を法律の規定に基づいて現実に受け、取消判決が下された場合に原告の具体的な権利や利益が回復するか否か、という問題となる。

 行政事件訴訟法第9条第1項は、狭義の訴えの利益についても定めている(条文中にある括弧書きの部分である)。そして、狭義の訴えの利益についても「法律上の利益」の有無が問題となる。

 〔2〕「処分」の効果が完了した場合

 この場合には、狭義の訴えの利益が消滅する。

 ●最二小判昭和591026日民集38101169頁(Ⅱ―174)

 訴えが提起された時点において問題とされている建築物が完成している場合、建築基準法による建築確認の効果も完了しているので、訴えの利益は消滅する。

 ●最三小判平成111026日集民194907

 都市計画法第29条に規定される開発許可による開発行為の工事完了後には、開発許可の取消しを求める利益も消滅する。

 ●最三小判昭和48年3月6日集民108387

 代執行の戒告に対する取消請求がなされた場合であっても、建物が除却されてしまうと、取消請求の利益も消滅する。

 〔3〕期間の経過によって「処分」の効果が完了する場合

 処分や裁決の効果が、期間の経過などの理由によって消滅した後には、当然に訴えの利益も消滅する、とも考えられる。実際に、行政事件訴訟法制定以前にはこのような考え方も存在した。

 しかし、これは単純に過ぎる。本体たる「処分」の効果がなくなっても付随的な効果が残る場合が存在するからである。

 例えば、或る地方議会の議員が除名処分を受けたとする。この議員が除名処分の取消しを求めて出訴したが、係争中に任期が満了したという場合には、除名処分を取り消しても、既に任期が満了しているために議員たる身分を回復することはできない。しかし、「処分」に付随する効果として、任期満了までの歳費請求権が残っている。 これは立派な法的効果であり、除名処分が取り消されるならば、任期満了時までの歳費請求が可能であり、地方公共団体には歳費を支払う義務が再び発生することとなる。

 かつて、行政事件訴訟特例法には、このような場合に関する規定が存在しなかった。そのためもあって、上の地方議会の議員のような事例について、最大判昭和35年3月9日民集14巻3号355頁は、訴えの利益を否定した。しかし、行政事件訴訟法が制定され、第9条第1項(制定当時は第1項しかなかった)の括弧書きにより、このような問題については狭義の訴えの利益を認めることとした。

 ●最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721

 事案:Xは名古屋郵政局管内の某郵便局に勤務する郵政省の職員であったが、昭和24年8月、名古屋郵政局長によって罷免された。その後、Xは免職処分の取消を求めて出訴したが、昭和26年4月にXは三重県内の某市議会議員に立候補し、当選した。名古屋地判昭和35年5月30日民集19巻3号729頁はXの請求を棄却し、名古屋高判昭和37年1月31日行集13巻1号84頁はXの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷は、事件を名古屋地方裁判所に差し戻した。なお、本件係属中の昭和3710月1日から行政事件訴訟法が施行されたことから、最高裁判所大法廷は狭義の訴えの利益について行政事件訴訟法を適用する旨を述べている。

 判旨:「原判決(その引用する第一審判決)の認定にかかる前示事実に照らせば、本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は市議会議員に立候補したことにより郵政省の職員たる地位を回復するに由ないこと、まさに、原判決(および第一審判決)説示のとおりである。しかし、公務職免職の行政処分は、それが取り消されない限り、免職処分の効力を保有し、当該公務員は、違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件免職処分の効力を排除する判決を求めることは、右の権利、利益を回復するための必要な手段であると認められる」から、Xが「上告人が郵政省の職員たる地位を回復するに由なくなつた現在においても、特段の事情の認められない本件において、上告人の叙上のごとき権利、利益が害されたままになつているという不利益状態の存在する余地がある以上、上告人は、なおかつ、本件訴訟を追行する利益を有するものと認めるのが相当である」。

 ●最三小判昭和551125日民集34巻6号781頁(Ⅱ―176)

 Xが運転免許停止処分を受けた。Xはこの処分の取消しを求めて出訴した。その際、Xは、免許停止処分が期間の到来によって抹消されたとしても処分を受けたという事実は残り、事実上の不利益な取り扱いや名誉などに関する不利益を被るおそれがあると主張していたが、判決は、Xのこうした主張を認めなかった。事実上の不利益な取り扱いや名誉などに関する不利益は、法律上のものではないから、という理由による。

 〔4〕取消判決を出したとしても原状回復が困難である場合

 ●名古屋地判昭和531023日行裁例集29101871

 公有水面の埋立免許について争われている間に埋立が完成した場合には、原状回復が不可能であるから狭義の訴えの利益がなくなる。

 ●最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁(Ⅱ―178)

 事案:知事Yは、A町営土地改良事業の施行認可処分を行った。A町はこの認可の後に工事に着手し、完了させ、半年後には換地計画を定めた上でYに換地計画の認可を申請した。Yは約3か月後に換地計画を認可し、A町が換地処分を行った上で登記を完了した。これに対し、Xは、この事業が国道バイパス建設のためのもので土地改良法第2条第2項の事業に該当しないことなどを理由として土地改良事業施行認可処分の取消しを求めた。

 判旨:土地改良事業施行認可処分の後に行われる換地処分などの手続および処分は施行認可処分の有効性を前提としており、施行認可処分が取り消されれば換地処分などの法的効力が影響を受ける。そして、施行認可処分が取り消された場合に事業施行地域を原状に回復することが「本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条 (事情判決に関する規定)の適用に関して考慮されるべき事柄であ」り、Xの法律上の利益は消滅しない。

 ●最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ訴訟。Ⅱ―177)

 航空自衛隊基地の建設に伴う保安林指定解除処分について、保安林の代替施設が完成し、洪水や渇水の危険が解消されて保安林の存続の必要性がなくなったと認められるに至れば、保安林指定解除処分の取消しを求める狭義の訴えの利益は失われる。

 〔5〕原告が死亡した場合

 ●最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟。Ⅰ―16)

 生活保護受給権は、「単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的利益であ」るが、「被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であ」り、他人に譲渡しえず、相続の対象ともなりえない。従って、生活保護受給権を根拠とする「つ不当利得返還請求権は、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が右に述べたように一身専属の権利である以上、相続の対象となり得ない」。

 ●最三小判昭和491210日民集28101868頁(旭丘中学校事件、Ⅰ―115)

 事案:Xらは京都市立中学校の教員であったが、昭和29年4月1日に同市立の別の中学校への転補処分を受けた。しかし、Xらはこれに従わなかったため、いずれも懲戒免職処分を受けた。Xらはこの処分の取消を求めて出訴した。京都地判昭和30年3月5日行集6巻3号728頁はXらの請求を認容し、大阪高判昭和34年5月29日行集10巻5号1046頁も京都地裁判決を支持したが、最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号928頁は原判決を破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。同裁判所係属中の昭和401023日にX1が死亡し、大阪高判昭和431119日行集19111792頁は、X1について訴訟の終了を宣言して妻X4の受継申立を棄却し、X2およびX3については請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、X2およびX3については上告を棄却したが、X4については原判決を破棄し、大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:X4は本訴継続中に死亡したから「もはや将来にわたつて公務員としての地位を回復するに由ないこととなつたことは明らかであるが、本件免職処分後死亡に至るまでの間に公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利を主張することができなかつたという法律状態は依然として存続しており、その排除、是正のためには遡つて右処分の取消しを必要とするのであるから、将来における公務員の地位の回復が不可能になつたというだけでは、右処分の取消しを求める法律上の利益ないし適格が失われるものではない」(行政事件訴訟法九条および前掲最大判昭和40年4月28日を参照)。「右の場合、原告である当該公務員が訴訟係属中に死亡したとしても、免職処分の取消しによつて回復される右給料請求権等が一身専属的な権利ではなく、相続の対象となりうる性質のものである以上、その訴訟は、原告の死亡により訴訟追行の必要が絶対的に消滅したものとして当然終了するものではなく、相続人において引き続きこれを追行することができるものと解すべきである。けだし、免職処分を取り消す判決によつて給料請求権等を回復しうる関係は、右取消しに付随する単なる法律要件的効果ないし反射的効果ではなく、取消訴訟の実質的目的をなすものであつて、その訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益とみるべき」であり、「右利益が相続によつて承継されるものであるときは、これに伴い原告適格も相続人に継承されると解するのを相当とするからである」。

 ●前掲最三小判平成9年1月28

 この判決は、訴訟の最中に死亡した一部原告の遺族による訴訟承継を否定している。本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は一身専属的であり、相続の対象にならない、という理由による。

 〔6〕その他

 ●最二小判平成21年2月27日民集63巻2号299

 事案:Xは、平成16年4月に普通乗用自動車を運転していたところ、道路交通法に違反する行為を行ったとして神奈川県警から交通反則告知書・免許証保管証の交付を受けた。その後、同年10月にXは運転免許証更新処分を受けたが、前記の違反行為の故に道路交通法第92条の2第1項にいう一般運転者に該当するとして、有効期間は5年であるが優良運転者である旨の記載(同第93条第1項)がない運転免許証の交付を受けた。Xは神奈川県公安委員会に対して異議申立てをしたが棄却決定を出されたため、この棄却決定の取消を求めて出訴した。横浜地判平成171221日民集63巻2号326頁はXの請求を却下したが、東京高判平成18年6月28日民集63巻2号351頁は原判決を取消し、事件を横浜地方裁判所に差し戻す判決を下した。最高裁判所第二小法廷も同旨の判決を下した。

 判旨:「免許証の更新処分は、免許証を有する者の申請に応じて、免許証の有効期間を更新することにより、免許の効力を時間的に延長し、適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせるものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」が、「免許証の更新を受けようとする者が優良運転者であるか一般運転者であるかによって、他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否並びに更新時講習の講習事項等及び手数料の額が異なるものとされているが、それらは、いずれも、免許証の更新処分がされるまでの手続上の要件のみにかかわる事項であって、同更新処分がその名あて人にもたらした法律上の地位に対する不利益な影響とは解し得ないから、これ自体が同更新処分の取消しを求める利益の根拠となるものではない」。しかし、「道路交通法は、優良運転者の実績を賞揚し、優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で、優良運転者であることを免許証に記載して公に明らかにすることとするとともに、優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに、優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば、同法は、客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを、単なる事実上の措置にとどめず、その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を、交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため、特に採用したものと解するのが相当である」。従って、「客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有することが肯定される以上、一般運転者として扱われ上記記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は、上記の法律上の地位を否定されたことを理由として、これを回復するため、同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである」。

  

 5.被告適格

 被告適格は、行政事件訴訟法第11条に定められる。平成16年度改正前は、被告が行政庁とされていた。行政庁は権利主体ではないが、とくに被告としての当事者能力を認められていた。そのため、原告は、権限ある行政庁を被告として、そして処分後に権限の承継があった場合には、前行政庁の事務を承継した現行政庁を被告として、取消訴訟を提起しなければならないとされていた(行政事件訴訟法第11条旧第1項)。

 平成16年度改正により、被告適格は、次のように改められた。

 行政庁が国または公共団体に属する場合:その行政庁が属する国または公共団体(行政事件訴訟法第11条新第1項)。この場合には、訴状に行政庁を記載する(同第4項。そして、同第5項により、被告が行政庁を明らかにしなければならない)。

 行政庁が国または公共団体に属しない場合:その行政庁(同第2項)。行政庁が指定法人(法律によって一定の行政事務を行うものとして行政庁から指定を受けた法人。民法上の法人である)である場合などが該当する。

 被告とすべき国もしくは公共団体または行政庁がない場合:処分または裁決に係る事務の帰属する国または公共団体(同第3項)。この場合も、訴状に行政庁を記載する(同第4項)。

 なお、被告を誤ったことについて善意かつ無重過失である原告には、出訴期間に関して救済される旨の規定がある(同第15条第1項・第3項)。

  

 6.出訴期間

 行政事件訴訟法第14条は、取消訴訟の出訴期間を定める。この期間を経過してしまうと、私人の側から訴えを提起することは出来ず、提起したとしても却下される。

 出訴期間には、主観的出訴期間客観的出訴期間とがあり、前者が原則となっている。

 平成16年度改正前の第1項は、主観的出訴期間を「処分又は裁決があつたことを知つた日から三箇月以内」と規定していた。しかも、同旧第2項により、不変期間とされていた。改正後の第1項は、原則として「処分又は裁決があつたことを知つた日から六箇月」以内とし、「正当な理由があるときは、この限りでない」と定めている。

 主観的出訴期間は、当事者(処分の相手方など)が「処分又は裁決があつたことを知った日」の翌日から起算する〔最一小判昭和271120日民集6巻101038頁(Ⅱ―188)〕。そして、「処分又は裁決があつたことを知った日」とは「当事者が書類の交付、口頭の告知その他の方法により処分の存在を現実に知った日を指す」が、「処分を記載した書類が当事者の住所に送達される等のことがあって、社会通念上処分のあったことを当事者の知り得べき状態に置かれたときは、反証のない限り、その処分のあったことを知ったものと推定することはできる」(同判決)。

 客観的出訴期間は、現在の同第2項(同旧第3項)により、原則として、処分又は裁決の日から1年間とされている。これも、「正当な理由があるときは、この限りでない」。このときも初日は算入しない。

 また、同第3項は特殊な(?)出訴期間を定める。これは、審査請求をすることができる場合、または誤った教示によって審査請求がなされた場合に、実際に審査請求がなされたときの規定である。なお、この場合は「裁決があったことを知った日」あるいは「裁決の日」を初日とし、期間に算入する。

 なお、ここで、取消訴訟の管轄に触れておく。

 行政事件訴訟法第12条第1項は、取消訴訟を被告の所在地を管轄する裁判所、または処分もしくは裁決をした行政庁の所在地を管轄する裁判所に属するものとした。但し、不動産・特定の場所に関わる処分の取消訴訟は、その所在地の裁判所にも提起できる(同第2項)。また、処分に関し、事案の処理にあたった下級行政機関所在地の裁判所にも提起してよい(同第3項)。以上に関し、民事訴訟法の準用がある(同第7条)。なお、行政事件訴訟は、地方裁判所本庁に提起することとされるのが一般である。

 

20171025日掲載)

(2017年12月20日修正)

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