第二部 国の財政法制度
04 国家予算
1.予算とは何か
国であれ、地方公共団体であれ、公的な団体は、その任務を計画的に、かつ能率的に遂行することを求められる。また、国民主権国家において、国家の収入(歳入)および支出(歳出)は、主権者たる国民の予測を可能とし、監督を可能とするようなものでなければならない。こうした要請に応えるために、予算が存在し、法的な規律を受けるのである。
もっとも、憲法など、日本の法制度において用語法に少々の混乱もみられる。例えば、憲法第60条第1項は衆議院の「予算」先議権を定めるが、この条文にいう「予算」は予算案のことであり、国会の議決によって成立する予算ではない。憲法第73条第5号および第86条にいう「予算」も予算案のことである。法律案と法律とを区別する憲法が予算については予算案との区別をなしていないことについては、予算案の作成権および提出権が内閣にあること、法律と予算とが法的性質において異なること、などが理由として考えられる。以下、必要に応じて予算案と予算とを区別して用いる。
憲法は、予算について直接的な定義を規定していない。しかし、日常的な用語としても、予算が一定期間の収入および支出の見込み、ないし計画である、と理解されているはずである。国の予算もまさにそれである。すなわち、予算とは、国の一会計年度における収入(歳入)および支出(歳出)を見積もったものであり、歳入および歳出を系統的に、かつ計数的に表示した計画のことをいう。
これまで、収入、支出、歳入および歳出という用語を、この講義においても何度となく使用してきたが、整理のため、ここで、これらの意味について言及しておく。
財政法第2条は、収入、支出、歳入および歳出のそれぞれについて、定義を示している。
収入とは「国の各般の需要を充たすための支払の財源となるべき現金の収納」であり(第1項前段)、「他の財産の処分又は新らたな債務の負担により生ずるものをも」含む(第2項前段)。この規定から、国の予算においては現金主義が採られていることも理解されよう。この点が、発生主義を採る企業会計と異なり、一部の財政法学者などから批判を受けるところでもある。なお、念のために記しておくが、ここにいう現金は、租税は勿論、課徴金、国債なども含む。
支出とは「国の各般の需要を充たすための現金の支払」であり(第1項後段)」、「他の財産の取得又は債務の減少を生ずるものをも」含む(第2項後段)。
なお、第3項により、「会計間の繰入その他国庫内において行う移換によるものも」収入および支出に含まれることとなっている。
そして、第4項により「歳入とは、一会計年度における一切の収入をいい、歳出とは、一会計年度における一切の支出をいう」と定義される。
また、予算は、国の財政高権を発動するための根拠となる形式とも言える。すなわち、予算は、内閣がその執行になすに際して国会から権限を付与されるために必要なものであり、国(厳密に言えば内閣であろう)が各国家機関に、予定されている歳出金額の範囲内において支出を行う権限を付与するために必要なものである。
見方によっては、内閣などの行政機関による財政高権の発動に対する国会の同意であるとも考えられる。租税法律主義は、元来、かような思考方法に基づくものである。
財政法第16条は、予算を、予算総則、歳入歳出予算(第24条により、予備費も含めることができる)、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為から構成されるものと定義する。中心となるのは歳入歳出予算である。
杉村章三郎『財政法』〔新版〕(1982年、有斐閣)77頁は、歳入歳出予算を狭義の予算と位置づけ、第16条に規定される予算を広義の予算と位置づける。
2.予算の効力など
憲法学の教科書においては、通常、予算の法的性格に関する議論、予算に関する国会の審議権の範囲などが紹介される程度である。しかし、効力などを度外視する訳にもいかない。予算の法的性格とも関連する事項であるが、便宜上、先に効力などについて述べる。
憲法第73条第5号および第86条に規定されるように、予算案の提出権限は内閣のみが有する。しかし、予算となるためには国会の議決が必要である。これが成立要件であり、効力要件でもある。法律と異なり、予算を最後に議決した院の議長から内閣に送付されるに留まる(国会法第65条第1項。なお、憲法第60条第2項を参照)。
後に予算の法的性格に関して検討を加えるが、そこにおいて述べるように、日本国憲法は、予算と法律とを、形式的にも、そして実質的にも区別している。そのため、両者の取り扱い、そして効力などが異なることになる。
法律の場合、規定の性格は雑多なので一概に言えないのであるが、公布され、施行されることにより、国民の権利や自由に大きな影響を与える。すなわち、本来ならば国民が有する権利や自由が制約され、もしくは、新たな義務が課され、または、新たに権利や自由が設定され(確認され)、義務が免除される、というようなことが生じる。行政組織法のように、国民の権利や自由に直接の影響を及ぼさないこともあるが、行政行為などをなす権限を特定の機関に与える、などの規定などは、間接的ながら影響を及ぼすことになる。
これに対し、予算は、基本的に国民の権利や自由に直接的な影響を与えるものではない。予算が国民の納税義務などを確定する訳ではないからである。既に述べたように、予算は、国の一会計年度における収入(歳入)および支出(歳出)を見積もったものであり、歳入および歳出を系統的に、かつ計数的に表示した計画である。そして、国会は、予算により、内閣に執行権限を与えるものである。従って、予算は、国会と内閣との間において効力を発生し、内閣を通じて国家機関を拘束するものであるが、範囲はそこに留まる。
そして、性質上、歳入予算と歳出予算とでは効力が異なる。まず、歳出予算について言うならば、各国家機関は、予定されている歳出金額の範囲内において支出を行う権限を付与され、かつ、その範囲内において支出することを義務づけられる(財政法第31条を参照)。しかも、仮に歳出金額の範囲内であっても、予算の各項目に定める目的以外のもののために支出することは禁じられる(同第32条)。また、省庁の各部局等について定められた金額や経費の金額については、原則として各部局間または各項間にて移用をなすことができない(同第33条)※。さらに、予備費が認められている場合であっても、それを実際に使用するためには、国会の議決または承諾などを必要とする(同第36条)。
※第33条によって移用が全く認められない、という訳ではない。しかし、移用をなす際は、事前に国会の議決を必要とする。従って、予算において認められなければならない。
歳入予算の場合は、歳出予算と異なる部分がある。それは、歳入予算が見積もりにすぎない点に由来する。例えば、租税収入である。これについては、歳入金額の範囲内における徴収に留まることが望ましいとも言えるのであるが、予算と租税法とが別物であることからすれば、予算に示された歳入金額の範囲を超えることが直ちに違法であるとは言えないであろう。逆に、租税収入が、予算に示された歳入金額に充たない場合であっても、それが直ちに違法と評価される訳でもない。仮にそのような場合になったとしても、租税法の規定を無視してまで、予算に示された歳入金額に達するまで徴税をすることは、それこそ租税法律主義に違反し、許されないこととなる。しかも、このような場合には、課税処分などの形で国と私人との間に具体的な法律関係が生じているため、違法な課税処分であるとして裁判にて争いうることとなる。
しかし、歳出予算と同様に考えることが可能であり、かつ、歳出予算と同様に考えるべき場合もあろう。とくに、国債の発行がそうである。財政法第2条の規定から明らかなように、国債による資金調達は収入とされているが、これは、とりもなおさず債務を負うことに他ならない訳であるから、予定された歳入金額の範囲を超えることは許されない、と考えるべきであろう。また、国有財産の処分についても同様であると思われる。
3.国家の予算制度
(1)予算の法的性格
諸外国の例をみると、予算も法律の形式をとることが多い。例えば、ドイツ連邦共和国基本法第110条によると、連邦の全収入および全支出が計上された予算案(Haushaltsplan)は、会計年度が始まる前に(複数会計年度にまたがる場合は、最初の会計年度が始まる前に)、予算法律(Haushaltsgesetz)によって確定されることとなっている。予算を法律の形式とする例は、アメリカ合衆国憲法第1条第9節第7号、オーストラリア連邦憲法第54条、フランス共和国憲法第47条にもみられる。それだけではなく、ドイツの場合は予算が形式的に法律であるが、アメリカやイギリス、そしてフランスでは、予算は形式的にも実質的にも法律なのである。
手島孝『憲法解釈二十講』(1980年、有斐閣)245頁。
イギリスの場合、憲法典が存在しないが、慣習法として、予算は法律の形式をとることとなっている。これが、他のヨーロッパ諸国に広まったのである。
小嶋和司「日本財政制度の比較法史的分析」『憲法と財政制度』(1988年、有斐閣)3頁を参照。
しかし、日本国憲法は、大日本帝国憲法を引き継ぎ、予算と法律とを区別している。これは、大日本帝国憲法制定の際、プロイセンにおける憲法争議の経験に学んだことに由来する、と言われている。このことが、日本において、予算の法的性格に関する議論を生み出す原因になったようである。
この点については、小嶋・前掲6頁を参照。この論文は、プロイセン憲法争議の解説、そして明治期日本の立法への影響などを分析しており、有益である。
予算の法的性格については、学説上、概ね、次の三説に分けることができる。
@予算行政措置説
既に過去の学説となっており、現在、支持する者は皆無であると思われる。少し細分するならば、訓令説と承認説とが存在する。訓令説は、予算を、天皇から各行政機関に与える訓令であると理解する。承認説は、予算を、議会が国に対して(大日本帝国憲法の下では天皇に対して)行う歳出の承認であると理解する。かように、両説の構成は異なるのであるが、予算を法的規範と捉えず、単なる行政措置として理解する点において共通する。従って、予算の法的拘束力を否定することとなる。しかし、これでは財政民主主義と合致しない。日本国憲法の下において両説を採りえないのは当然である。
A予算法形式説(予算法規範説)
日本国憲法の下においては通説となっている。この説によると、予算は、一種の法規範であり、国会の議決を経て制定される、国法の一形式である。国会の議決によって制定されるという点においては法律と同様なのであるが、法律と異なるものと考えるのである。
この説が広く支持される理由は、主に、日本国憲法の構成に存する。諸規定から明らかなように、法律と予算とでは、提案権の所在が異なり、審議および議決の方式も異なる。また、既に述べたように、法律と予算とでは、その効力範囲も異なる。予算は、基本的に国家そのもの、より精確に記すなら国会と内閣との間において効力を発生し、内閣を通じて国家機関を拘束するものであるが、範囲はそこに留まる。また、日本の場合、歳入に関しては永久税主義が採用されている※。これに対し、予算は、憲法の諸規定からも明らかであるように、会計年度毎に提出され、審議され、成立するのである。これらの点に鑑みれば、予算を法律と同視できない。
※各租税法律は1年限りの効力とされていない。そのために、歳入予算は単なる見積もりとならざるをえない。
B予算法律説
これは、日本国憲法制定以後になってから有力に主張されるものである。既に述べたように、ドイツ、アメリカ、オーストラリア、フランスなどでは、予算が法律の形式によって定められる。予算法律説は、おそらくこの点に着目し、日本国憲法の下においても予算は法律であると理解するのである。
この説は、次のように述べて予算法形式説(予算法規範説)を批判する。
第一に、日本国憲法には予算の効力が明記されていない。そのため、効力について予算と法律とを区別する必要がない。
第二に、憲法第7条第1号において、天皇の国事行為としての公布に予算があげられていないが、そのことを理由として予算の公布を不要と解するのは財政民主主義に反する。
第三に、予算と法律との間に矛盾が生じる場合に、予算法形式説(予算法規範説)によるといかなる解決がなされるべきかという問題が生じる。予算法律説によれば、予算も法律なのであるから、こうした矛盾は起こりえない。予算の中に租税法規の改正法案を含めてしまえばよいからである。
第四に、予算法形式説(予算法規範説)によると、国会の予算修正権に限界が生じ、その範囲についての論議が生じるが、予算法律説であれば、そうした論議は生じない。
しかし、これらの主張について、杉村博士は「根本的に予算の本質として予算が法規範性を有することの本質の問題と、わが国憲法上予算が制度的にどのように位置づけられているのかという形式の問題を混同するものである」と批判する※。私も、同じように考えている。予算法形式説(予算法規範説)の立場からすれば、予算法律説については、次のように批判しうるであろう。
※杉村・前掲書97頁。同書91頁も参照。
第一の点については、明らかに憲法の諸規定を無視した議論である、と評さざるをえない。憲法第86条によれば、予算は「毎会計年度」作成され、国会に提出され、国会の議決を受けなければならない。憲法は会計年度について明示していないが、第52条において通常国会が「毎年一回」召集されることからすれば、会計年度が一年とされているのは明らかである。従って、憲法が、予算の効力を1年としていることは明白である。これに対し、法律については同様の規定が存在しない。
杉村・前掲書97頁は、「法律および予算の効力については憲法の個々の条文から解釈されるべきであって、予算が法律であるかどうかということから一律にその効力が決まるものではない」と述べる。趣旨は理解できるが、やや不明確な論述である。
第二の点については、予算法律説の主張にも一理あるが、予算の公布を不要とすることが直ちに財政民主主義に反するのか、疑問がある。財政民主主義は国会による財政高権の統制に主眼が置かれるのであって、天皇の国事行為とは関係のないことであると言いうる。逆に、わざわざ天皇の国事行為に予算の公布を含めることは、国事行為あるいは公的行為の拡大につながる。憲法学は、こうしたことを望ましいものと考えていないはずである。
第三の点については、予算法律説を採用したから予算と法律との矛盾が生じないと断言しうるのか、という疑問を投げかけておきたい。勿論、こうした矛盾(不一致とも表現しうる)は、全くありえない訳ではないが、生じないのが望ましい。しかし、そもそも、法律にも時限法律があるように、法律予算説であっても予算の効力などについては法律で規定せざるをえない。そうなると、予算たる法律と別の法律との矛盾が生じる可能性もある。
また、予算法律説によると、或る法律が制定されたがそれを執行するための予算案が国会において否決された場合、その法律は予算によって廃止されることになるのであろうか※。後法は前法を破る、などの成文法の一般原則からすれば、肯定せざるをえない。しかし、このように解した場合、予算の効力が一会計年度限りであるとすれば(そのように理解するしかないが)、多くの法律は非常に不安定な状態に置かれることとなる。また、合理的理由もないのにこのような効果を認めるとするならば、立法権の自殺的行為にならないのであろうか。
※宍戸常寿「法秩序における憲法」安西文雄他『憲法学の現代的論点』〔第2版〕(2009年、有斐閣)43頁は、「仮に予算を『法律』と呼ぶとしても、それは『政治のルール』(60条、73条5号)の定めに基づき、内閣の予算(案)作成権、衆議院先議権・衆議院の議決の優越が認められ、一会計年度の効力しかもたないという、特殊な『法律』である」とした上で、予算法律説について「予算の所管事項の捉え方や予算と法律との間に前法・後法関係を想定しうるかどうかの問題である」と述べる。
逆に、或る事項についての法律が存在していなかったが新たにその事項を執行するための予算案が国会において可決された場合、予算によって新たな法律が制定されたことになるのであろうか。予算法律説の主張からすれば、これについても肯定せざるをえない。しかし、予算は、あくまでも歳入(収入)および歳出(支出)の根拠になるだけであって、具体的な作用(行為)の根拠となる訳ではない。或る行政事務について予算が決定されたとしても、例えば、その行政事務を担当し、予算を執行する機関が存在しなければ、予算が法律であったとしても、遵守されえない法律になるであろう。あるいは、予算によってそうした機関が設置されるのであるとしても、具体的な事務の所掌範囲(管轄範囲)や、他の機関との関係などが自動的に決定される訳ではないであろう。それに、予算が、例えば行政行為の根拠規定になるというのは、どう考えてもおかしい。予算の中に行政行為の具体的な根拠規定を置く、というのであれば話は別であるが、立法技術などの観点からすれば、これは非常に困難なことであろう。予算とは別に、行政作用法などの根拠規定を置かざるをえないのである。
第四の点については、たしかに、予算法律説の主張にも肯首しうる部分がある。国会の予算修正権は、なるべく広く解釈するほうが、財政民主主義の趣旨にも合致する。しかし、予算法律説のほうが予算法形式説(予算法規範説)よりも国会の予算修正権を広く認めやすいとは言え、それは傾向的なものであり、論理必然的なものではない、と言えないであろうか※。予算法律説であっても、予算修正権の範囲は、結局のところ、国会法その他の法律によって決定せざるをえない。逆に、予算法形式説(予算法規範説)であっても、予算修正権の範囲を広く解することも可能なのである※※。
※長尾一紘『日本国憲法』〔第3版〕(1997年、世界思想社)510頁も同旨。同書の第4版(2011年、世界思想社)には、この点に関する記述がない。
※※長谷部泰男『憲法』〔第5版〕(2011年、新世社)349頁は、端的にこのことを指摘している。
そればかりか、予算法律説は、憲法において予算案の作成権限および提出権限が内閣にあるということを軽視していないであろうか。
国会法第57条の2は予算修正の動議を、第57条の3は予算増額修正および内閣の意見陳述を規定する。国会による予算修正権が認められている訳である。問題はその範囲であるが、いかに予算修正権が認められるとは言え、予算案の作成権限および提出権限が内閣にあることからすれば、国会の予算修正権が内閣の権限を害する程度にまで行使されることは、許されないと解するべきではないか。
以上から、私は、日本国憲法の下において予算法形式説(予算法規範説)が妥当であると考える。予算法律説は、憲法の構造からして問題があるし、その他にも難点が多く、また、不明確な部分もあり、妥当でないと考える。
なお、手島・前掲書248頁は、基本的に予算法律説の枠組みを採用する「特殊法律説」を提唱する。これは、予算を、とくにそのように呼ぶ法律の一種とするものである。
(2)予算の種類、編成
予算書は、日本の公文書の中で最も難解なものとも評されるもので、その全ての内容を理解しうる者は、予算の作成・編成に関わるほんの数人である、と言われるほどである。私も、第190回国会(常会)の会期中である2016(平成28)年1月24日に衆議院へ提出され、3月29日の参議院本会議において政府案の通りに可決され、成立した平成28年度予算(当初予算)を参照したが、次に示すように、頁数は膨大である。
まず、「平成28年度一般会計予算」(当初予算)は、PDFファイルで1064頁分(表紙、目次および索引の部分を含む。以下同じ)である。しかも、その大半を「平成28年度一般会計予算参照書」、とくに「平成28年度一般会計各省各庁予定経費要求書等」が占める。
次に、「平成28年度特別会計予算(当初予算)は、PDFファイルで578頁分である。
これらに、128頁分の「平成28年度政府関係機関予算」(当初予算)、1096頁分の「財政法第28条等による平成28年度予算参考書類」が加わる。他にも参考資料が存在する。
基本的には、いかなる事項にいくらだけの歳出予算が認められるのかを理解できるようになっているが、項の箇所に省庁が、目の箇所に費目が書かれているだけで、細目はわからない。大枠だけが国会で決定されればよいというように割り切るならば、それも一つの考え方である。しかし、中身に入る前に、その量に圧倒され、読み切ることは難しいかもしれない。
そのようなものであるから、国会において予算案が審議されるとは言え、その程度がどのようなものであるか、疑わしいとも言いうる。国会が有する予算審議権は、行政権に対する統制権限の中で最も重要なものであるが、実際には予算案についての審議が行政権に対する有効な統制になっているのかと問われるならば、積極的に肯定的意見(解答)をなすことは難しい。これは、地方財政についても同様である。場合によっては、地方議会のほうが根深い問題なのかもしれない。
いずれにせよ、予算がいかなる構成により、いかなる内容を盛り込むものであるかを知ることは、様々な意味において必要である。
[1]予算の種類
@一般会計予算と特別会計予算
既に示したように、内閣によって提出される予算案は、一般会計予算、特別会計予算、政府関係機関予算および「財政法第28条による予算参考書類」から構成される。それぞれは別個の議案であり、特別会計予算については全てが一つにまとめられた上で、国会に議案として提出される。このうち、純粋な政府予算案は一般会計予算と特別会計予算であり、財政法第13条第1項もこの区別を行う。
既に述べたように、財政法の諸原則の一つとして、会計統一の原則がある。本来であれば、全体的な財政状況を容易に把握するためにも、歳出および歳入が単一の会計の下に置かれ、統一的に管理・経理されることが望ましいのであるが、実際には、一般会計予算と特別会計予算とに区分されている。
第13条第2項は「国が特定の事業を行う場合、特定の資金を保有してその運用を行う場合その他特定の歳入を以て特定の歳出に充て一般の歳入歳出と区分して経理する必要がある場合に限り、法律を以て、特別会計を設置するものとする」と規定する。また、特別会計については、財政法の規定に対する特例を定めることができる(第45条)。現在、17種類の特別会計が存在し、それぞれについて法律が定められている。これらは、企業的な事業、投資的な事業、資金運用的な事業などからなり、一般予算および決算と同様に現金主義を採用するもの、企業会計と同様に発生主義を採用するものなどが混在している。
●ここで、平成28年度特別会計予算目録による特別会計を概観しておく。番号などは、便宜上、私が付したものである。
A.内閣府、総務省及び財務省所管 |
1.交付税及び譲与税配付金 |
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B.財務省所管 |
2.地震再保険 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
3.国債整理基金 |
|||
4.外国為替資金 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
|
C.財務省及び国土交通省所管 |
5.財政投融資 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
D.文部科学省、経済産業省及び環境省所管 |
6.エネルギー対策 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
E.厚生労働省所管 |
7.労働保険 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
8.年金 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
|
F.農林水産省所管 |
9.食料安定供給 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
10.森林保険 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
|
11.国有林野事業債務管理 |
|||
H.経済産業省所管 |
12.貿易再保険 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
13.特許 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
|
I.国土交通省所管 |
14.自動車安全 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
J.国会、裁判所、会計検査院、内閣、内閣府、復興庁、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省及び防衛省所管 |
15.東日本大震災復興 |
繰越明許費が計上されている |
国庫債務負担行為が計上されている |
また、「財政法第28条による予算参考書類」は、その名の通り、第28条各号に規定される、国会に予算案を提出する際に添付すべき書類である。一般会計予算と特別会計予算は別個に議案として提出されるし、特別会計予算には17種類の特別会計についての案が一括して提出される。一般会計予算と特別会計予算との間、特別会計とされるものの間、そして一特別会計の各勘定間において繰り入れが行われるなど、重複する場合もあるので、それを差し引いての予算純計を出す必要がある。これは、第3号に規定される調書として提出される。この他、歳入予算明細書(第1号)、「各省各庁の予定経費要求書等」(第2号)、などが提出される。
そして、政府関係機関予算は、財政法に規定がないものの、沖縄振興開発金融公庫の予算及び決算に関する法律※第4条第2項、同第5条、株式会社日本政策金融公庫法第30条第2項、同第33条、独立行政法人国際協力機構法第18条第4項、同第21条などの規定により、国会の議決を経る必要があるものをいう※※。これらの場合、企業会計の原則などが採用されているが、政府からの借入金などによって運営されることからすれば、国会の議決を経るとされているのは当然であろう。
※この法律は、平成19年法律第58号による改正までは「公庫の予算及び決算に関する法律」という名称であり、国民生活金融公庫、住宅金融公庫、農林漁業金融公庫、中小企業金融公庫、公営企業金融公庫および沖縄振興開発金融公庫を規律していた。この他、政府関連予算として国会の議決を経る機関として、中小企業総合事業団信用保険部門、日本政策投資銀行および国際協力銀行が存在した。
※※独立行政法人国際協力機構の経理は、独立行政法人国際協力機構法第13条に規定される業務に係る勘定(一般勘定)と有償資金協力業務に係る勘定(有償資金協力勘定)とに経理を区分することとなっている(同第17条)。このうち、有償資金協力勘定について「収入及び支出の予算を作成し、主務大臣を経由して、これを財務大臣に提出しなければならない」とされる(同第18条第1項)。
A当初予算(本予算)と補正予算
この区別は、度々耳にするものであろう。財政法に規定されるのは当初予算(本予算)である。これは、言うまでもなく、前年度中に内閣から国会に提出され、国会の議決を経て、当該年度の当初から施行されるものである。一会計年度に生じるはずの全歳入および全歳出を網羅するものであり、これが変更を受けることなく執行されるのが原則であるし、そうであることが望ましい。
しかし、予算作成後に、何らかの事情が変化し、やむをえず、予算の追加または変更をしなければならない場合が生じうる。このようなときに、当初予算を変更せずに執行することが不可能になり、さらに国政が停滞しては困ることになる。
そこで、財政法第29条は、補正予算の作成および提出を内閣に認めている。但し、常に作成および提出をなしうるとするのでは、当初予算(本予算)の意味を失わせてしまうので、第29条は、次の場合にのみ補正予算の作成および提出を認める。
「法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となつた経費の支出(当該年度において国庫内の移換えなどにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行なうため必要な予算の追加を行なう場合」(第1号):この場合は、義務費の不足、および予算作成後の事情の変化に限られている。なお、ここで「特に緊要となつた」とあるが、その判断は内閣に委ねられている。
「予算作成後に生じた事由に基づいて、予算に追加以外の変更を加える場合」(第2号):当初予算(本予算)を作成した後に生じた事由により、歳出予算の金額を減らすこと、繰越明許費を減額すること、国庫債務負担行為の金額を減らすこと、などの必要がある場合に、補正予算が認められる。
なお、第29条の規定は歳出予算の変更を想定しており、歳入予算の補正については定めていない。しかし、歳入予算が歳入(収入)の見積もりにすぎないとは言え、公債発行額を増額する場合などについては、予算の補正が必要であろう。
作成および提出の手続は、当初予算(本予算)に準ずる。勿論、当初予算(本予算)の国会提出時期(前年度の1月中を常例としている)に関する第27条の適用などはない。このこともあり、また、国会法第59条ただし書きの存在もあって、当初予算(本予算)が成立する前であっても補正予算の提出は可能と理解されている※。
※兵藤広治『財政会計法』(1984年、ぎょうせい)55頁。
B当初予算(本予算)と暫定予算
上述のように、財政法第27条は、当初予算(本予算)について国会提出時期の常例を前年度の1月中としており、前年度内に国会の議決を経て成立することとなっている。しかし、これまでにも、国会の審議状況により※、例えば、国会が予算を否決した場合に、前年度内に予算が成立しないことが何度かあった。また、衆議院が解散している場合には、当然ながら予算の審議を行いえないので、予算が成立しない。稀に、予算案が前年度内に内閣から国会に提出されないこともありうる。
※直近の例では平成27年度予算があげられるが、ここでは平成24年度予算について触れておく。第180回国会は、本来ならば補正予算を処理する必要があったが召集が遅れた。また、衆議院と参議院とで多数党が異なるという政治状況などが原因となり、平成24年度予算(当初予算)の審議が遅れた(衆議院においては可決されたものの、参議院では予算委員会における審議が終わらずに平成23年度が終了した)。このため、1998(平成10)年度以来14年ぶりに暫定予算が編成されることとなり(朝日新聞2012年3月24日付朝刊9面14版掲載の「復興特会も暫定予算編成 一般会計は3兆円台後半 政権方針」を参照)、平成24年度暫定予算は、3月30日の衆参両院の本会議において可決・成立した(朝日新聞2012年3月31日付朝刊4面14版掲載の「暫定予算 14年ぶりに成立」、日本経済新聞2012年3月31日付朝刊2面14版の「暫定予算が成立」も参照)。
なお、平成24年度予算(当初予算)は、2012年4月5日の午後に成立した。同日に行われた参議院予算委員会においてこの予算案は否決され、同院本会議においても否決された。両院協議会も開かれたが意見がまとまらなかったため、憲法第60条第2項に従うこととなった(朝日新聞2012年4月5日付夕刊2面4版掲載の「今年度予算、午後成立 4月ずれ込み14年ぶり」、朝日新聞2012年4月6日付朝刊7面14版掲載の「96.7兆円 成立 今年度予算」を参照)。
このような場合、大日本帝国憲法第71条に規定されていたように、前年度の予算を執行するということも考えられる。しかし、「01 財政および財政法」において述べたように、理念的にみれば財政民主主義の否定につながりかねないし、故意に法律の執行を妨害することにもつながるなど、国会の立法権を実質的に否定することにもなりかねない。
但し、私自身は「或る程度」という留保を付すものの、大日本帝国憲法第71条を評価する。三権分立の趣旨からして、行政権から立法権への牽制として、また、国家の円滑な運営を図るためにも、この種の事柄を憲法の規定に盛り込むことは必要であると考えられるのである。
日本国憲法には、予算不成立の場合に関する規定が存在しないが、現実的な問題として、予算が不成立になった場合には、当該年度の国政が完全に運営不能となる。「01 財政および財政法」において述べたように、日本国憲法の欠陥の一つである、と評価してよい。それはともあれ、当初予算が成立しない場合には、とりあえず、応急措置を行わなければならない。その応急措置が暫定予算であり、財政法第30条に規定されている。
暫定予算は「一会計年度のうちの一定期間に係る」もので「必要に応じて」作成され、提出されるものであり(第1項)、作成および提出は、当初予算(本予算)と同様に内閣の専権事項である。しかし、暫定予算であっても、国会に提出されるということは、国会の議決を経なければ成立しないということである。従って、国会の審議状況によっては暫定予算すら成立しないまま、新会計年度に移行するということもありうる。このような場合に関する規定は財政法などにも存在しないが、これまで何度か生じ、一種の空白状態が生じたことがある。
暫定予算は、既に述べたところから明らかであるように、応急措置としての性格を有する。そのため、内容は必要かつ最小限のものに留められるべきであろう。しかし、場合によっては、当初予算(本予算)に計上すべきである新規施策に係る経費も暫定予算に計上する必要があろう。公債発行も、やむをえない場合には認められざるをえない。
当初予算(本予算)※が成立すれば、暫定予算は失効する。これは当然のことである。そして、暫定予算に基づいて支出や債務の負担がなされた場合には、当初予算(本予算)からなされたものとみなされる(同項)。これも当然のことである。
※財政法第30条第2項にいう「当該年度の予算」である。
なお、暫定予算は、通常であれば歳出超過型の予算となる※。本来、このような予算は財政法第12条によって禁じられるのであるが、暫定予算は、あくまでも当初予算(本予算)が成立するまでの予算であり、当初予算(本予算)が成立すれば失効する、すなわち、実質的には当初予算(本予算)に吸収されるのであるから、当初予算(本予算)に重大な影響を与えるようなものでなければ、歳出超過型であってもとくに問題はない。
※平成24年度一般会計暫定予算も歳出超過型予算となっていた(歳入118億3672万円、歳出3兆6104億9637万8千円)。平成27年度一般会計暫定予算も同様である(歳入262億8907万5千円、歳出5兆7592億9003万5千円)。
[2]予算の内容
財政法第16条は、予算を、予算総則、歳入歳出予算※、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為から構成されるものと定義する。中心となるのは歳入歳出予算である。
※第24条により、予備費も含めることができる。
@予算総則
財政法第22条に定められるものであり、文字通り、当該年度予算の総則としての意義を有する。一般会計予算にも特別会計予算にも、予算総則が設けられる。
予算総則には、歳入歳出予算、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為に関する総則的な規定が置かれ、ここで、総額などが示される。そして、公債または借入金の限度額、公共事業費の範囲、日本銀行の公債の引き受けまたは借入金の借り入れの限度額、財務省証券の発行および一時借入金の借り入れの最高額、国庫債務負担行為の限度額、予算の執行に関し必要な事項、などが規定される。なお、特別予算の場合には弾力条項が置かれ、収入が増加した場合に支出も増加するようになっている。なお、この場合、具体的な支出目的が規定されていないなど、予備費と異なった特徴がみられる。
詳細は、兵藤・前掲書61頁を参照。
とくに、予算の執行に関し必要な事項は、予算全体を運用するに際して国会の議決を受けるべき事柄が多く掲載されている(実際に、予算書を参照していただきたい)。
また、特別会計の予算総則には財政投融資計画に関する規定も置かれる。それは、財政投融資の中身が特別会計の予算と関連するからである。
A歳入歳出予算
予算書で甲号と称される歳入歳出予算は、予算の中心あるいは本体である。財政法第23条および第31条第2項、そして予算決算及び会計令第14条によると、歳入歳出予算は次のように区分される。
収入(歳入)について
部局等の組織の別(財務省のうち、歳入事務を部分的に管理するもの。主管)
部(性質に応じて。例、租税及び印紙収入)
款(例、租税)
項(例、所得税)
目(財政法に規定がない)
支出(歳出)について
所管官庁および部局等の組織の別(●●省、●●本省というように定められる)
項(目的に応じて)
目(財政法に規定がない)
目の細分(財政法に規定がない)
歳出予算の目の区分と各目の細分については、各省各庁の長と財務大臣との協議によって定められ(予算決算及び会計令第14条第2項)、その他は財務大臣によって定められる(同第1項)。
いずれも、部・款・項については予算に計上されて国会の議決の対象となるが、目および目の細分については、財政法第28条に定められる予算に添付する参考書類に掲げられ、審議の参考となるに留められている。このため、部・款・項を立法科目といい(議定科目と言われることもある)、目および目の細分を行政科目という。
なお、歳入歳出予算には予備費が設けられる。憲法第87条を受け、財政法第24条により、「予見し難い予算の不足に充てるため」に計上されうるものである。この場合は具体的な使途が定められていないのであるが、形式的に歳出予算に入れられ、所管が財務省、項が予備費とされることとなる。
B継続費
予算書においては乙号と称される。継続費については「01 財政および財政法」および「03 財政法の構造と原理―財政法に示された財政の原則―」において解説を加えたので、意味などについてはそちらを参照していただきたい。なお、これについても、部局等の区分、項の区分は財務大臣によって定められ(予算決算及び会計令第14条第1項)、目の区分および各目の細分は、各省各庁の長と財務大臣との協議によって定められる(同第2項)。
C繰越明許費
予算書においては丙号と称される。繰越明許費については「03 財政法の構造と原理―財政法に示された財政の原則―」において解説を加えた。
D国庫債務負担行為
国の債務負担行為については、いかなるものであっても国会の議決が必要である。国庫債務負担行為は、財政法第15条第1項・第2項において定義されるものである(同第5項)。
このうち、第1項の国庫債務負担行為は、法律に基づく債務負担、歳出予算の金額、もしくは継続費の総額の範囲における債務負担以外のものとされている。これは少々わかりにくい規定であるが、法律に基づく場合など、上記に列挙されるものであれば、当初から債務を負担する権限が与えられていることになるのである。しかし、そうでない場合は、国会に、その権限を付与するように議決を求めなければならないのである。当該年度中に債務負担行為が行われるが実際における経費の支出が翌年度に行われる場合などに、この方法が採用される。
これに対し、第2項の国庫債務負担行為は、災害復旧など緊急の必要がある場合のものとされている。これについては、毎会計年度、国会が議決した金額の範囲内で認められる。
以上、解説を加えたが、前述のように、実際に予算書を読んでみていただきたい。
[3]予算の編成
既に述べたように、予算案の作成権および提案権は内閣に専属する(憲法第73条第5号、第86条。内閣法第5条も参照)。予算書には、国会、裁判所そして会計検査院の予算案も示されているが、これらについても、最終的な作成権および提案権は内閣に専属する(財政法第17条第1項も参照)。しかし、予算の作成の全過程を内閣が行う訳ではない。実際には、予算案が作成される過程において各国家機関が関与する。この、予算案が作成され、国会に提出されるまでの過程を予算の編成という。
当該年度の予算案は、前年度に編成されることとなる。財政法には規定されていないが、毎年、夏頃に翌年度予算案への概算要求について、閣議での了解がなされる。ここで、概算要求枠と言われる限度枠(いわゆるシーリング)などが定められている。
これを受け、財政法第17条に規定されるように、各国家機関の長は、歳入、歳出、継続費、繰越明許費および国庫債務負担行為の見積もりに関する書類を作製する。そして、国会(衆議院および参議院)、最高裁判所長官そして会計検査院長は、この書類を8月31日までに内閣に送付する。その後、財務大臣に「回付」される(予算決算及び会計令第8条)。内閣総理大臣および各省大臣は、やはり8月31日までにこの書類を財務大臣に送付する(同条)。
そして、財務大臣は、送付を受けた見積もりを検討した上で調整をなし、概算の原案を作製する。この原案が閣議に提出され、その決定を受けることとなる(財政法第18条)。ここでなされる概算の原案作成は、実際のところはかなり大きな影響をもつものである。法的には、見積もりの検討、調整、そして概算の原案は、特段の効力を有する訳ではない。しかし、財務省主計局(実際に担当する部署)は、各省各庁から示された概算要求書(見積もりのこと)について説明を求めたり、査定を行ったりする。その査定の結果が概算の原案につながる。そして、12月に閣議が行われ、予算編成方針の決定、そして財務省原案の内示が行われる。その後に、年末恒例の復活折衝が行われる。最終的には大臣折衝になるが、実質的には次官級折衝の段階が重要であると言われる。
なお、財務大臣による調整などについては、とくに第18条第2項および第19条の規定が存在する。国会、裁判所および会計検査院については、第18条第1項の決定をするに際し、歳出の概算について衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官および会計検査院長の意見を聞かなければならず(同第2項)、歳出の見積もりを減額する場合には、詳細を歳入歳出予算に付記し、国会が増額修正をしようとする場合に必要な財源を明記しなければならない(第19条)。これは、三権分立主義(会計検査院については憲法上の独立性)を保障するためのものである。
概算が決定されると、財務大臣は歳入予算明細書を作製し(第20条第1項)、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官、会計検査院、内閣総理大臣、そして各省大臣に概算を通知する(予算決算及び会計令第9条第1項)。これを受けて、これらの機関の長や大臣は、その概算の範囲内において予定経費要求書、継続費要求書、繰越明許要求書および国庫債務負担行為要求書を作製し、財務大臣に送付しなければならない(同第2項)。財務大臣は、これらを基にして予算を作成し、閣議の決定を経る(第21条)。これで、予算案が作成されたということになるのである。
(3)予算の審議、執行
@予算案の提出
財政法第21条に定められた閣議において予算案が決定された場合、直ちに国会に提出されることとなる。財政法第27条によると「内閣は、毎会計年度の予算を、前年度の一月中に、国会に提出するのを常例とする」。この規定は、通常国会(憲法や法律では「常会」)が毎年1月中に召集されることを常例とする国会法第2条の規定に対応するものである。
財政法第27条は、おそらくは平成3年度に改正されたと思われるが、改正前は「前年度の十二月中」とされていた。しかし、実際には、12月中に提出されたことはほとんどない。また、その時も「常例」とされていたにすぎない。
法律案と異なり、予算案については、先に衆議院に提出されなければならない(憲法第60条第1項)。これに伴い、予算関連法案も先に衆議院に提出されることが多い。なお、国会法第58条は「内閣は、一の議院に議案を提出したときは、予備審査のため、提出の日から五日以内に他の議院に同一の案を送付しなければならない」と規定するため、予算案については参議院にも予備審査のために送られることとなる。
A予算案の審議
予算案の審議は、基本的に国会法の規定に基づくものである。そこで、国会法の諸規定に基づきつつ、予算の審議過程を概観する。
国会法などには規定がないが、内閣総理大臣の施政方針演説に続き、財務大臣による財政演説が行われる。ここで予算の概要が示される。これは、衆議院、参議院に共通する。
衆議院議長は、国会法第56条第2項に従い、衆議院予算委員会(第41条第2項第14号)に付託する。よく指摘されるように、予算などについての実質的な審議は、本会議においてではなく、予算委員会において行われる。予算案についても「真に利害関係を有する者又は学識経験者から意見を聴く」ために公聴会が行われる。第51条第2項により、公聴会の開催は必須とされる。そして、予算委員会の議決(第47条によれば「審査」)を経た後、本会議に予算案が送られ、審議される。衆議院本会議で可決されれば、参議院に送られ(国会法第83条を参照)、ほぼ同様の手続を経ることとなる(参議院予算委員会は第41条第3項第13号)。参議院本会議で可決されれば、予算が成立する。しかし、衆議院本会議で可決されていれば、参議院本会議での否決は必ずしも予算の不成立を意味しない(なお、国会法第83条の2第3項を参照)。憲法第60条第2項に定められるように、国会法第85条に規定される両院協議会を開催しても意見が一致しない場合、または、衆議院が可決した予算案を参議院が受け取ってから30日以内(休会中を除く)に議決がなされない場合には、衆議院の議決により、予算が成立することとなる。
予算案の審議について、以前から問題とされているのが、修正権の範囲である。具体的には、減額修正の可否および程度、増額修正の可否および程度である。これについては、既に予算の法的性格との関連にて述べたが、ここで補足をしておく。
予算案の修正というが、問題となるのは歳出予算、継続費、および国庫債務負担行為の修正である。とくに、歳出予算についてはどこまで増額修正が可能なのかという問題が生じうる。この点について、予算法律説は、予算を法律と考えるために無制約の修正が可能であると考え、予算法形式説(予算法規範説)よりも修正権を広く認めることになると主張する。しかし、前述のように、これは傾向的なものであって論理必然的なものではない。
日本国憲法の下においては、減額修正、増額修正のいずれも、それ自体としては認める。実定法上も、国会法第57条の2が予算修正の動議を、第57条の3が予算増額修正の動議を規定するのであるから、(両規定の関係はあまり明確なものと言えないのであるが)国会に減額修正権および増額修正権が認められているのは明らかである。問題はその範囲であるが、結局のところ、内閣の予算作成権および提出権との関係を重視し、均整のとれた解釈をせざるをえないであろう。
宍戸・前掲43頁は「権力分立の観点からは国会の予算修正権の論点も重要であるが、『統治プログラム』としての重要性からすれば、予算作成権が内閣にあるからといって修正権を否定・限定すべきでないことはもちろん(中略)予算案作成過程への国会の一定の関与を制度化することも、許されると解すべきであろう」と述べる。
減額修正については、一定の制約があるという説もあるが、無制約と解するのが妥当であろう※。その理由として、日本国憲法が財政民主主義を採ること、憲法第60条の解釈から国会に予算の否決権があることは明らかであること、そして、大日本帝国憲法第67条に相当する規定が日本国憲法に存在しないことをあげることができる。
※杉村・前掲書116頁。
これに対し、増額修正の範囲については議論が分かれており、学説上は今も決着をみていない。
無制約説を採る見解の例として、長尾・前掲書〔第3版〕509頁を参照。なお、同書第4版においては両説が簡潔に紹介されているのみである。
既に述べたように、私は、予算案の作成権限および提出権限が内閣にあることからして、国会の予算修正権が内閣の権限を害する程度までに行使されることは許されない、と解する。1977(昭和52)年に出された政府統一見解も同じ説である。減額修正は、単に或る項目の削減を目的とするが、増額修正の場合は性格が異なる。場合によっては新たな費目(項目)を作り出すのであり、それに応じた法律案の提出なども必要とされる。場合によっては大幅な法律の改廃などが行われることになるが、この点をどのように考えるのか。また、いかに国会の議決があるとは言え、国民の負担をいたずらに増やす結果につながりかねないような予算の増額を無制約に認めることは、国政運営を困難に陥れることにもなりかねない。
国会法第57条の2が、予算の修正の動議に衆議院議員であれば50人以上、参議院議員であれば20人以上の賛成を求めていること、および、第57条の3が予算増額修正の動議について内閣が意見を述べる機会を規定しているのは、内閣の予算作成権および提出権を尊重するための規定であろう。なお、地方自治法第97条第2項は、地方議会に予算の増額修正権を認めているが、ただし書きにおいて「普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない」と定めている。
B予算の執行
予算が成立したからと言って、直ちに予算に定められた支出を行いうる訳ではない。そこで、歳入歳出予算、継続費および国庫債務負担行為について予算の配賦が行われる。これは、財政法第31条第1項によって内閣の権限とされている。この際、国会において議決された予算の項は目に区分されることになる。配賦が行われた場合には、財務大臣が会計検査院長に通知しなければならない。
配賦の後に予算が執行されることになるが、その際には、支出負担行為が行われ、それから支払いが行われることになる。それらについて、公共事業費など、財務大臣が指定するもの(毎年度の告示による)について、財務大臣が実施計画を承認することにより、支出負担行為が認められることになる(財政法第34条の2、予算決算及び会計令第18条の4、会計法第12条を参照)。
なお、支出負担行為は、財政法第34条の2によって「国の支出の原因となる契約その他の行為」と定義されるものである。
支払いについては、支払い計画の承認という手続が求められる。これは同第34条に規定されるもので、各省各庁の長が、配賦予算に基づいて支出担当事務職員ごとに支出の所要額を定め、支払いの計画に関する書類を作成し、財務大臣に送付した上でその承認を経なければならないこととなる。財務大臣が「国庫金、歳入及び金融の状況並びに経費の支出状況等を勘案して、適時に、支払の計画の承認に関する方針を出し、閣議の決定を経なければならない」とされている(同第2項)。
予算を執行する際には、第33条第1項により、原則として、移用(部局間における融通または部局内での項間における融通)、流用(各目間での融通)は禁じられる。しかし、全く認められないというのでは、かえって執行に不都合を生じる場合があるため、予算決算及び会計令第17条、および財政法第33条第1項ただし書き・第2項に規定される手続を経て、移用や流用などが可能となる。このうち、移用については、予め国会の議決を経た上で財務大臣の承認を得る必要がある。これに対し、流用については財務大臣の承認のみでよい。
なお、財政法には規定されていないが、移替えという制度が存在する。これは部局間の間で行われるもので、或る部局に計上されている金額を別の部局に移した上で執行させるというものである。予算総則において示されている。
繰越については、既に述べた。
予備費については、第35条第1項により、財務大臣が管理することとされている。各省各庁の長が予備費の使用を必要と認める場合には、その理由、金額および積算の基礎を明示した調書を作製した上で財務大臣に送付しなければならず(第2項)、財務大臣は、調整をした上で予備費使用書を作製し、原則として閣議の決定を求めることとされている(第3項)。そして、実際に支弁された予備費については、各省各庁の長が調書を作製し、財務大臣に送付しなければならず(第36条第1項)、財務大臣は総調書を作製し、内閣が総調書などを国会に提出して承諾を求めることとされている(第2項および第3項)。
(2014年4月1日掲載)
(2014年5月17日修正)
(2016年6月28日修正)
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