個人住民税の寄附金控除制度―「ふるさと寄附金控除」制度および「ふるさと納税」制度についての若干の検討―

 

 

T  寄附金控除の復権?―2007年、「格差」に関する議論の頻度が極大値を示した中で―

  昨年(2007年)は日本社会に存在する格差(所得格差、地域間格差など)がこれまで以上に強調され、「格差社会」に関して様々な議論がなされた年であった(注1)

  本稿の主題に関係する地域間格差は、高度経済成長期以来、国土発展の上で長期的な障害になりうる問題として存在しており、それに対する措置として、垂直的財政調整としての地方交付税制度はもとより、1970年の過疎地域対策緊急措置法(注2)などによる過疎地域への財政的支援も行われた。他に首都圏などへの一極集中を是正する諸政策も執られ、第一次および第二次の地方分権改革、市町村合併というように、地方公共団体の体力の強化を目的とした施策も次々に行われた。

  しかし、少子高齢化の影響はとくに過疎地域に顕著に現われ、全国的に、集落の自然消滅、公共交通機関の衰退、中心街の空洞化、地域医療の崩壊など、極度の疲弊状態に陥る地域が増えている。これまでの地方分権改革、とくに第二次地方改革(三位一体改革)は地方公共団体(都道府県、市町村および特別区)の自己責任および自己決定を強調したものであり(注3)、少なくともその一部の結果として、地域間格差の拡大が政治的にも到底無視しえないほどの結果として現われたものと考えられる。

  昨年5月、菅義偉前総務大臣が「ふるさと納税」制度の創設を提唱した。これには唐突な感もあったが、小泉内閣時代に進められた諸改革の負の側面が各地方に現われ、地方の不満が噴出していたことへの反応と言えるであろう。また、現行の地方税法第34条第1項第5 号の4および第314条第1項第5号の4は、既に「ふるさと寄附金控除」と言われる個人住民税の寄附金控除制度を、所得控除制度として定めているのであり、図らずもこの制度が充分に機能していないことが明らかになったと言いうる。ともあれ、総務大臣の提唱を受けて総務省に「ふるさと納税研究会」が設置され、6月から議論が積み重ねられた。10月には研究会が「ふるさと納税」報告書を提出、公表した。そして12月13日に発表された自由民主党「平成20年度税制改正大綱」において「地域間の財政力格差の縮小」のために「偏在性が小さく税収が安定的な地方税体系を構築することを基本に」する施策の一環として、「地域に密着した民間公益活動やわが国の寄附文化を一層促進する観点から、地方公共団体が条例により指定した寄附金を寄附金控除の対象とする制度を創設するとともに、『ふるさと』に対し貢献又は応援をしたいという納税者の思いを実現する観点から、個人住民税の地方公共団体に対する寄附金税制を大幅に拡充し、所得税と合わせて一定限度まで全額を控除する仕組みを導入する」ことが提唱された(注4)

  この「ふるさと納税」制度については、ライフサイクル論などまで持ち出した賛成論(注5)もある一方で、厳しい反対論(注6)、地方公共団体間で税収を移転し合うだけで税収格差の是正の本筋ではないという趣旨の指摘もある(注7)。結局、個人住民税の寄附金控除を現行の所得控除から税額控除に改めるという方向性で決着したが、個人住民税のあり方、さらには地方自治制度のあり方全体に関わる、少なからぬ問題点があるものと思われる。

  私は、かつて「ふるさと納税」制度について意見を述べたことがある(注8)。しかし、それは非常に短いものであり、意を尽くせぬ点も多かった。そこで、本稿においては、地方税法第34条第1項 第5号の4イおよび第314条第1項第5号の4イに定められる個人住民税の寄附金控除制度につき、歴史的経緯なども踏まえながら若干の検討を行うこととする。

  (注1)  2007年3月、総務大臣が夕張市 を地方財政再建促進特別措置法の準用再建団体に指定した。同年6月には「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」が国会で成立している。 ここに至るまでの一連の過程が、地域間格差に関する議論を活発化させる大きな一因となったことは否定できないであろう。

  (注2)  過疎地域対策緊急措置法は時限立法であった。同法の後、1980年に過疎地域振興特別措置法、1990年に過疎地域活性化特別措置法、2000年には過疎地域自立促進特別措置法が、やはりいずれも時限立法として制定され、現在に至っている。 これらの過疎化対策法の効果ないし結果に対する検証は、本来、地域間格差を論ずる際に不可欠である。

  (注3)  沼尾波子「三位一体改革の動向と自治体の課題」月刊地方自治職員研修臨時増刊75『改革と自治のゆくえ』(2004年、公職研)71頁を参照。

  (注4)  自由民主党「平成20年度税制改正大綱(平成191213日)」4頁、7頁。

  (注5)  例として、本稿においては菅義偉=青山彰久「ふるさと納税は地方分権を促すか」都市問題2007年8月号28頁、小西砂千夫(インタビュアー)「平井伸治・鳥取県知事に聞く  地方財政制度改革の課題(上)」地方財務200712月号55頁をあげておく。

  (注6)  野口悠紀雄「『ふるさと納税』にだまされてはいけない」週刊ダイヤモンド2007年6月2日号117頁。

  (注7)  小山善一郎「住民税の一割上限に税額控除―ふるさと納税は寄付金税制で―」法令資料解説総覧309号(2007年)45頁。また、森信茂樹「ふるさと納税と税源移譲」本誌2007年8月号105頁も参照。

  (注8)  拙稿「技術的困難性が露呈した『ふるさと納税』」納税通信2995号(2007年)4面。

 

U  所得控除としての寄附金控除―「ふるさと寄附金控除」制度―

  所得税法には、1962年度以来、寄附金控除制度が設けられている。当初は税額控除とされたが、1967年に所得控除に改められ(注9)、現在に至っている(同第78条)。これは、公益の増進を図るものとされる事業や施設の充実整備を図るためには寄附金に高い必要性が認められるために、かような事業への個人の寄附を奨励するという目的のために設けられているものであり、同法に規定される他の類型の所得控除と異なって納税義務者の担税力に着目するものではないという意味において「一種の特別措置」としての性質を有する(注10)

  地方税法は、個人住民税について所得税法とほぼ同様の所得控除を掲げるものの、長らく寄附金控除制度を置かなかった。この点につき、自治省(当時)関係者は「個人の行う特定の団体への寄附が必ずしもその地域の地方団体と直接に関係がなく、また寄付金を受領する団体と寄附金控除を行うこととなる納税地の地方団体とが地域的に異なる場合があり、相互の応益関係が必ずしも認められない場合が多い」と説明していた(注11)

  個人住民税の課税の理念的根拠は負担分任原則(地方自治法第10条第2項)に求められる。これは「その地方公共団体が各種の行政活動を行うにあたって要する経費について、その地方公共団体の住民が負担を分かち合う 」とともに、地方税をはじめとして「普通地方公共団体が住民に課するすべての負担」について「法令の定めるところにしたがって」住民が負担をなすというものであり(注12)、憲法第92条にいう「地方自治の本旨」の一要素としての住民自治の理念にもつながるものと考えられる(注13)。従って、それは法人としての地方公共団体を支える住民の基本的な(多分に倫理的な)義務を示すことにもなるが、義務の中身は法令で定められるのであり、この原則から直ちに応益負担原則が直結的に捉えられうる訳ではない(注14)。むしろ、応益負担と言うからには、納税義務者が行政サービスから享受する利益を、個別的・具体的に、明確に数値として算定すべきであるが、このようなことは不可能である。応益負担原則が完全に誤りであるとは言えないが、受益と負担との的確な(それでも概括的なものにすぎないが)対応関係を見出す必要がある。その上で、納税義務者の担税力など人的要素を考慮する必要がある(注15)。所得控除や税額控除を置く際にも、以上を念頭に置き、制度を設計しなければならない。もとより、住民税においても政策的配慮に基づく軽減措置などを置くことは認められるが、あくまでも例外的なものであることを踏まえる必要がある。

  自治省の上記の説明は、応益負担原則のみを偏重する憾みはあるものの、負担分任原則を踏まえたものである。寄附金控除は、寄附金の支出先によっては納税義務者と地方公共団体との租税負担関係を損ない、負担分任原則に反するのみならず住民自治の理念にも反するという趣旨が含まれるものと思われる。これは重要な視点であり、妥当であろう。また、明言されていないが、寄附金が全国各地の公益事業等に向けられるために、寄附金控除は国税体系において行われるのが望ましいという考えが背景にあるものと思われる。

  1989年度の地方税法改正により、個人所得税の寄附金控除が所得控除として設けられた。この時は納税義務者の住所地の都道府県に所在する共同募金会(当時の社会福祉事業法第72条第2項 、現在は社会福祉法第113条第2項)への寄附金に限定された。1991年度改正では、納税義務者の住所地に所在する日本赤十字社都道府県支部に対する寄附金が対象に追加された。これらについては「自らの地域福祉の増進を地域住民の手で行う」ことが「寄附と受益との間に地域的な応益関係」に明確に結びつくものとして正当化されている(注16)。ここまでは、寄附金控除にも負担分任原則が充分に考慮されたと言いうる。

  地方税法第34条第1項第5号の4および第314条第1項第5号の4に、イとして「ふるさと寄附金控除」制度が設けられたのは、1993年度の地方税法改正においてである。これは「第二次ふるさとづくり」の一環として創設され(注17)、都道府県、市町村または特別区に対して10万円を超える寄附金を支出した場合に、その10万円を超える部分について所得控除をなすというものである。なお、寄附金の支出先となる地方公共団体について、とくに制約は設けられていない。

  自治省関係者は、創設の理由として「地域の公益増進」や「個性豊かな魅力ある地域づくりの推進」をあげるとともに、「地方団体は一方で寄附金控除を行う立場に立つとともに、他方で寄附金を受領する立場に立つものであるので、それぞれの地方団体が相互に寄附金控除を認めることによってそれぞれの地方団体に受益が認められること」をあげる(注18)

  しかし、この主張は、寄附金控除制度を正当化するものとしては理解し難い。地方税で言われる応益性は、地方公共団体とその住民たる納税義務者との応益負担関係において述べられるはずである。地方公共団体間の受益云々は納税義務者と無関係であり、実質的に地方公共団体間で「水平的補助金」を収受し合っていることと何ら変わりはない(注19)

  上記の共同募金会や日本赤十字社都道府県支部が行う公益事業は、地方公共団体の行政活動(財政支出など)に浅からぬ関係を有するとともに、その地方公共団体の住民に何らかの利益を与えるものである。その意味において、これらの法人への寄附金について所得控除(税額控除であってもよい)が認められうる意義はあろう(注20)。しかし、これらの法人に対する寄附金と地方公共団体への寄附金とを同列に置いて論じることはできない。

  たとえば、東京都に住所を有する納税義務者甲が東京都に寄附金を支出する場合であれば、一種の受益負担関係が認められるであろうが、住所を有さず、事務所や家屋敷なども有しない乙県に寄附金を支出するのであれば、乙県は利益を受けるものの、甲が乙県から直接的な利益を受ける訳ではない。甲が乙県の出身であり、過去に乙県から何らかの利益を受けていたとしても、少なくとも現在の行政サービスから何らかの利益を受けているとは評価できず、負担分任原則に照らせば甲は部分的に責任を逃れたことを意味する。過去に乙県から受けた利益については尊重する必要があろうが、これを法的な利益と評価することは不可能であろう(注21)。さらに、甲の出身地でもなければ住所も事務所や家屋敷などを有したこともない丙村に甲が寄附金を支出したとすれば、基本的には民法の贈与契約と同様に考えるべきであって、甲と丙村との間の受益負担関係を成立させない。

  「ふるさと寄附金控除」はあくまでも政策的に設けられた所得控除制度であり、負担分任原則や受益負担関係から距離を置かなければ説明しえない。地方税法に定められる個人住民税の所得控除の中でも「ふるさと寄附金控除」は全く異質であり、負担分任原則や住民自治の理念からは逸脱する。とくに、住民自治の理念からの逸脱は、憲法第92条の趣旨に照らして疑念が残る。また、適用下限額が10万円と高いことは、高額所得者に有利である一方で低額所得者などには不利であるため、応能負担原則の観点からすれば妥当性に疑問が生じるところである(注22)

  それでは「ふるさと寄附金控除」制度が実際にいかなる成果を示したのであろうか。

  自治省関係者によると(注23)、初年度である1993年度においては、地方公共団体への寄付金の総額が99億9400万円で前年度より11.4%増加し、寄附金控除の適用を受ける寄附の総額は93億1000万円で前年度より11.1%増加した。寄附をした人の総計は35342人で40.1%増加したというが、寄附金控除の適用を受けた人は6819人、寄附をした人のうちの19.3%でしかなく、決して高い適用率とは言えない。また、寄附金支出の対象は住所地の地方公共団体が70.8%であるのに対し、非居住地の地方公共団体が28.8%であったという。この割合にも注目しておきたい。

  (注9)  酒井克彦「所得控除と税額控除―両控除の性格付けについて―」本誌2007年6月号104頁、松原有里「物的控除は必要か―社会保険控除、保険料控除、寄付控除」税研136号(2007年)47頁を参照。

  (注10)  金子宏『租税法』〔第12版〕(2007年、弘文堂)169頁、同「総説―所得税における所得控除の研究」『所得控除の研究』(日税研論集522003年)13頁。逸見幸司他「平成元年度地方税法改正法案解説」地方税40巻3号(1989年)30頁もほぼ同旨。酒井・前掲(注9)102頁、松原・前掲(注9)44頁も参照。

  (注11)  逸見他・前掲(注1031頁。 自治税務局「第166回国会における地方税に関する重要な論議について」地方税58巻9号(2007年)23頁も参照。

  (注12)  松本英昭『要説地方自治法―新地方自治制度の全容―』〔第五次改訂版〕(2007年、ぎょうせい)125頁。

  (注13)  但し、田中治「住民税の法的課題」『地方税の法的課題(日税研論集46)』(2001年)104頁を参照。

  (注14)  碓井光明『要説地方税のしくみと法』(2002年、学陽書房)80頁。 林宜嗣「地域格差問題と地方税改革」地方税58巻10号(2007年)6頁も参照。

  (注15)  応益負担原則と応能負担原則は、しばしば対立的概念と理解されがちであるが、必ずしもそうではない。応能負担原則も、国・地方公共団体が供給する何らかの行政サービスから国民・住民が利益を享受するという事実を無視する訳ではない。むしろ、そのことを前提として、納税義務者の担税力をもう一つの核的要素と位置づけるのである。 なお、武田公子「税源移譲の積み残し課題」地方税58巻7号(2007年)12頁、15頁を参照。

  (注16)  岩尾隆他「平成三年度地方税法改正法案解説」地方税42巻3号(1991年)36頁。

  (注17)  佐々木敦朗「ふるさと寄附金控除制度の活用状況について」地方税46巻3号(1995年)121頁。 なお、「ふるさと創生一億円事業」とも言われる「自ら考え自ら行う地域づくり事業」は1989年度より施行され、1990年度より1992年度までは「地域づくり推進事業」などの「ふるさと創生関連施策」が実施された。

  (注18)  鷲坂長美他「平成五年度地方税法改正法案解説」地方税44巻3号(1993年)23頁。

  (注19)  池上岳彦「地方税と財政調整制度―『ふるさと納税』論及び『法人二税の分割基準見直し論』をめぐって―」税2007年9月号8頁。 小山・前掲(注7)47頁も同旨。

  (注20)  なお、池上・前掲(注19)8頁を参照。

  (注21)  池上・前掲(注19)6頁、7頁も参照。

  (注22)  個人住民税に超過累進税率が採用されていた当時はもとより、比例税率が採用されている現在においても同様である。 なお、武田・前掲(注15)15頁、16頁も参照。

  (注23)  佐々木・前掲(注17123頁。 月刊「地方税」において自治省(総務省)関係者が成果を示したのは、この論文のみである。

 

V  税額控除としての寄附金控除―「ふるさと納税」制度―

  既に述べたように、「ふるさと納税」制度は2007年5月に当時の菅義偉総務大臣により提唱された。もっとも、この原型は1980年代に提唱されていたようであり(注24)、谷垣禎一元財務大臣も2006年の自民党総裁選挙の際に「ふるさと共同税」の構想を表明していた(注25)

  「ふるさと納税」の当初の目的は、@「都会に転出した者が成長する際に地方が負担した教育や福祉などのコストに対する還元のしくみ」を作ること、A納税義務者の「生涯を通じた受益と負担のバランスをとるべきではないかという意見」や、B「都会で生活している納税者」が「ふるさと」に貢献や応援をしたいという心情に対応しうる制度を構築することとされた。いずれも、東京圏や大阪圏の税収を何らかの形で他の地方に移転させることを目的とするものと言いうる。

  これらは、一見すると少なからぬ国民の心理を強く動かし、もっともな主張のように思われよう。しかし、これらについては、Uにおいて私が述べたことを反論としてあげてお く。付言すれば、Bについては、既に「ふるさと寄附金控除」制度が存在しているのであって、単にこれを改良すれば済む。@およびAについては、そもそも多義的にして主観的な言葉である「ふるさと」を法的に定義づけない限り、成立しえない議論である。「ふるさと」が単一の地方公共団体であれば、コスト、受益と負担に関する概算結果を得ることも可能である(注26)。しかし、個人のライフスタイルは現代において多種多様であり、「ふるさと」が複数存在しうるのであれば、コストなどを評価することは非常に難しくなる。@の「地方が負担した」という言葉はあまりに感情的であり、教育行政や福祉行政のしくみ、地方交付税や国庫補助負担金などの存在を考慮すれば不正確でもある(注27)。地方交付税などの財政調整制度は、まさしく@やAの主張に対処するための制度であるはずであり、その改善や充実こそが第一次的に必要である(注28)

  「ふるさと納税研究会」における議論では、当初から、税収格差の是正への決定打にはならない、地方分権や税源移譲という根本的な問題も議論すべきである、というように冷静な議論も展開されており、所得控除を税額控除に改めるという方向性も打ち出されていた。しかし、「ふるさと寄附金控除」制度については、適用下限額が高いという点が反省点としてあげられる程度であり、「第二次ふるさとづくり」などの一連の政策を含めての根本的な再検討などは、少なくとも公表されている議事要旨からは見受けられない。

  また、同研究会の議論においては、納税義務者が住民税の一部を、自らの意思により全く別の地方公共団体に「納める」という方式(分納方式)も想定されていた。これに対しては負担分任の原則や住民税の性格との抵触、分納方式の技術的困難性などが指摘されており、同研究会も「過去の居住の事実に基づいて、過去の居住地の地方団体に課税権を認めること」の困難性や「条例の効力」、「租税の強制性」などをあげて、技術的に困難であるとしていた(注29)。しかし、分納方式を実現させるためには、地方税法の他、戸籍法、住民基本台帳法、公職選挙法などの見直しを必要とする。一個人が複数の住所を持ち(注30)、住民登録を複数の市町村に行いうるという法制度を確立しなければ、施行は不可能であろう。少なくとも現行の法制度においては、技術的困難性などを持ち出すまでもなく、分納方式は成立しえないのである。これについては、Uにおいてあげた例より理解しうると考えるが、念のため、別稿においてあげた例を基にして説明を加えておく(注31)

  A市の住民Xが、A市に納めるべき住民税の一部をXの出身地であるB村に「納付する」とする。ここで、XとA市との間には住民税の租税債務関係が法的に成立するが、XはB村の住民でなく、B村地方税条例 (地方税法第3条第1項を参照)の効力はXに及びえないので、甲とB村との間には課税関係が成立しえない。それでもXは自発的にB村に住民税の一部を「納付する」。B村には Xに対する課税権がなく、租税債務関係がないのにXはB村に債務を履行する。したがって、これは納税ではなく、Xが住民税の一部に相当する金額をB村に寄附、すなわち贈与することを意味する。「ふるさと納税」が分納方式ではなく、寄附金控除方式に落ち着いたのは当然である。あとは所得控除か税額控除かの問題に過ぎない。

  同研究会の報告書を経て、自由民主党「平成20年度税制改正大綱」は、平成21年度分以後の個人住民税につき、寄附金控除の対象となる寄附金を拡大して「現行の所得控除方式を税額控除方式に改め」るとともに、「都道府県又は市区町村に対する寄付金については、(中略)当該寄附金が5千円を超える場合、その超える金額に、90%から寄附を行った者に適用される所得税の限界税率を控除した率を乗じて得た金額(個人住民税所得割の額の10分の1を限度とする。)の5分の2を道府県民税から、5分の3を市町村民税からそれぞれ税額控除する」としている(注32)

  寄附金控除の適用下限額を5,000円に引き下げ、税額控除方式に改めたことは評価しうる。しかし、Uにおいて述べた寄附金控除の問題点は、基本的にそのまま残されることとなる。否、税額控除方式となれば、負担分任原則や住民自治の理念からの逸脱の程度は拡がるであろう。これを「自治意識の強化」と評価するのは妥当でない。一方、「ふるさと寄附金控除」と同じく「ふるさと」の意味の解釈については納税者の意思に委ねるとしているので、納税義務者が支援(応援、貢献など)したいという地方公共団体が「ふるさと」でなくともよいということになる。「自治体間競争」を期待する向きもあるが、これが「ふるさと」への思いとどの程度まで親和性を有するかについては、さらに検討の余地があるし、本来「自治体間競争」は地方自治全体の問題であり、寄附金集めに留まるものではない。 そもそも、地方公共団体の行政にどの程度まで競争原理が働くべきなのか、疑問なしとはしえない。

  また、申告手続については今後の課題とされている。現行法では普通徴収または特別徴収とされているので、とくに給与所得者のために簡易な方法が求められることになる。

  さらに、所得税法の寄附金控除との関係について調整が済まされていない。同法の寄附金控除は所得控除であるが、「ふるさと納税」制度では税額控除となる。それだけでなく、寄附金控除が認められる範囲の差異が残されたままである。 本来、この種の寄附金控除は所得税のそれに一本化されるのが望ましいと考えられる(注33)。そのことを脇に置くとしても、所得税法と地方税法とで寄附金控除の方法が異なることが合理的であるのか、寄附金控除が認められる範囲が異なることで制度が複雑化しないのか、という問題があり、総合的な再検討を必要とする。

  (注24)  小山・前掲(注7)46頁によると、磯村英一教授が「個人住民税の一割程度を生まれ故郷である地方自治体などに納めるという」構想を提唱していた。また、「第1回ふるさと納税研究会」(2007年6月1日)の議事要旨(総務省のサイトで公開)も参照。しかし、いずれにおいても出典が明示されておらず、確認できなかった。

  (注25)  谷垣禎一「『ふるさと納税』構想は税制全体の大枠の中で検討されるべき」税理2007年7月号2頁。

  (注26)  「ふるさと納税研究会報告書」(200710月)7頁は「子どもの出生から18歳までの間に教育・福祉・医療等の費用として、1人当たり平均約1,600万円の公費負担が行われているという試算がある」と述べる。

  (注27)  三位一体改革の推移に注意しなければならないが、どの地方に育つ児童・生徒であれ、一定の割合の国費が支出されているのであり、その意味においては地方に関係なく、日本に居住する個人が教育や福祉に関する費用を負担し、利益を得るのである。

  (注28)  同旨、池上・前掲(注1913頁。また、小山・前掲(注7)47頁は「都市と地方との地方自治体間の税収格差の是正はやはり、国から地方への権限移譲とセットで、税財源を移譲するという地方分権改革として実現を図るのが筋であろう」と述べる。 林・前掲(注14)2頁、8頁も参照。

  (注29)  「ふるさと納税研究会報告書」10頁。

  (注30)  民法学における学説や判例の状況については、さしあたり、四宮和夫=能見喜久『民法総則』〔第七版〕(2005年、弘文堂)64頁、潮見佳男『入門民法(全)』(2007年、有斐閣)15頁を参照。

  (注31)  拙稿・前掲(注8)4面。

  (注32)  自由民主党平成20年度税制改正大綱(平成191213日)23頁。

  (注33)  その意味において、池上・前掲(注19)9頁の見解にも賛同しうる。

 

W  おわりに

  「ふるさと納税」制度は、地方間格差の議論を一層高めるとともに、個人住民税の寄附金控除のあり方や問題点に関する議論を喚起したという点に、一定の役割を認めることができる。しかし、地方間格差は、単に税収格差(注34)に終わらず、財政調整制度、国土計画など、多くの行政分野に通低し、日本の将来を左右しかねない問題である。「ふるさと納税」制度の導入による寄附金控除の見直しは、今後、日本の垂直的および水平的財政調整のあり方について新たな、しかも大きな課題を提起したと評価しうる。

  (注34)  本稿において充分に検討しえなかったが、地方公共団体間の税収格差は長期的に縮小傾向にあることが指摘される。林・前掲(注14)3頁、4頁、井戸敏三「第2期文献改革における地方税財源の充実について」地方税58巻8号(2007年)3頁、阿部孝夫「地方分権改革と今後の地方税のあり方」地方税58巻11号(2007年)5頁、前田高志「高齢社会と地域間格差の視点からみた地方税のあり方」税2007年12月号13頁を参照。

 

あとがき)

  これは、税務弘報56巻3号(2008年3月号)の「租税制度研究室」のコーナーに掲載されたものであり、納税通信2995号(2007年10月22日号)4面の「一筆啓上」のコーナーに掲載された「技術的困難性が露呈した 『ふるさと納税』」の続編、あるいは詳細版とも言えるものです。税務弘報に掲載された論文のほうには私の略歴、顔写真も掲載されていますが、こちらでは省略しました。なお、税務弘報掲載時の誤表記などを訂正しております。

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