第五章  川崎市市民オンブズマン条例の今後に向けて

 

 前章まで、オンブズマン制度についての一般的考察、および川崎市市民オンブズマン条例についての検討を行なってきた。前述した内容と問題点を有しつつも、着実に施行されてきた川崎市市民オンブズマン条例の今後の展望ないし予測を試みることは、決して容易ではない。しかし、日本においてオンブズマン制度が拡大・定着するか否かは、川崎市での成否如何が鍵を握っている。

 これまでの諸外国の例を見ると、オンブズマン制度を設置した国または州などにおいてオンブズマン制度を廃止したケースはほとんど存在しない。そのため、篠原氏は「日本でオンブズマン制度が有名無実のものとなって、その廃止が論議されるようになったら、それは日本の政治にとって一つの恥辱とならざるを得ないであろう」と述べる(136)

 しかし、オンブズマン制度と言っても国毎にその内容は異なるのであり、制度の存続はその国の歴史的・社会的・法的事情によるところが大きい。諸外国において成功したからと言って、わが国も同様であるとは言い切れない。逆の結果を生ずる可能性も当然存在する。わが国に合うオンブズマン制度とは、そしてわが国独自の行政国家現象に対する効果的抑止策とは何かを問わなくてはならないであろう。

 川崎市市民オンブズマン制度は、条例施行以来、着実に成果をあげているようである。市民の間にも定着しつつあり、川崎市側も制度の発展のための努力を怠っていない。

 だが、苦情申立件数はまだ僅少であり、裁判例のような蓄積はない。今後の展開は運用次第であるが、我々市民が、および行政法学の研究者が、絶えず制度の運用を注視しなくてはならないであろう。とくに、「苦情申立人自身の利害」と「正当な理由」の判断、勧告のあり方については、川崎市の掲げる「市民主権」の理念に合致する方向にあるか否かを、常に監視しなくてはならない。また、地方自治法などの法律による制約が解消することが望ましい。

 最後に、わが国の中央レヴェルにおけるオンブズマン制度導入論議とも絡むが、川崎市の制度を含めてわが国のオンブズマン制度の真価が問われるべき時は、行政手続法典制定などの行政手続法の整備、および行政救済法の再検討が終了した段階であろう。適正な行政運営を図るためにも、行政手続法の整備は必要不可欠と考えられる。行政不服審査法や行政事件訴訟法なども改善の余地は多く存在するので、充実化を図り、より国民の人権擁護に資する制度に変える努力をしなくてはならない。オンブズマン制度は、行政手続法や行政救済法と連動して作用することこそ、真に実効性を発揮するであろうし、それが理想であろう。高度な行政手続法典を有しつつオンブズマン制度を導入したオーストリア(137)、連邦レヴェルでは一般オンブズマン制度を導入していないが、やはり高度な行政手続法典を有し、社会裁判所・行政裁判所・労働裁判所など特別裁判所制度を有するドイツ連邦共和国、この両国の事情を研究することにより、わが国のオンブズマン制度(導入論議)について何らかの示唆を得ることも可能と思われる。もっともそれは、私の将来の課題でもある。

 (136)  篠原・前掲40頁。

 (137)  オーストリアのオンブズマン制度については、古野豊秋「オーストリアにおけるオンブズマン制度」法学新報86巻1・2・3号289頁を参照。

 

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