サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第25編

 

 提訴後、しばらくの間、この問題について目立った動きは存在していませんでした。また、このところ、中津競馬の廃止問題のほうが大きく取り上げられたこともあります(補償問題などを考えると当然のことです)。さらに、4月に入って、門司競輪の廃止の可能性が浮上しています。公営競技の経営状態が厳しいという状況は、長らく続いてきましたが、今年に入って、ますます深刻な状態になっている、と言えるのではないでしょうか。

 しかし、私自身の中では、片時も、サテライト日田問題が頭から離れたことがありません。まず、3月の段階でしたが、月刊地方自治職員研修の編集部から御依頼を受け、この問題に関する論文を記しました。今まで、この「大分発法制・行財政研究」に書き続けてきたこと、さらに、第22編にも掲載している読売新聞2月24日付朝刊36面(大分地域ニュース)の記事を基にしていますが、私の問題意識を端的にまとめたものとしてお読みいただければ幸いです(同誌5月号に掲載されています)。

 また、4月4日と10日の2回、サテライト日田問題に関する話を聞きたいということで、私の研究室に、NHK大分放送局の方が来られました。私は、現時点での意見を、とくに経済産業省に対する訴訟に関して述べました。この模様は、まだ放映されていません。

 さらに、4月21日、大分放送の番組でサテライト日田問題が取り上げられます。

 さて、前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう。今回は、4月18日、大分地方裁判所で行われました、別府市に対する訴訟の第1回口頭弁論の模様をお伝えします。

 この裁判は、平成13年(ワ)第93号訂正記事掲載請求事件と名付けられています。前日、大分地方裁判所に電話をし、講義の一環として裁判傍聴を行う際には常にお世話になっている事務官の方から御教示をいただき、18日、列車で大分駅へ向かい、13時少し前、大分地方裁判所に到着しました。既に報道関係者が待機しています。13時を少し過ぎて、原告である日田市の職員4氏が、日田市の公用車(ISO14001を取得している所らしく、白いプリウスでした)で来られました。私は、早速、あいさつをしました。そこで、今回の裁判について、色々な話を伺うことができました。別府市側は答弁書を、ぎりぎりの段階で提出しました(日付などもわかっているのですが、ここでは記さないこととします)。既に待ち構えていた報道陣が、早速取材などをしています。その傍らで、私は、様子を見つつ、意見交換をしたりしていました。その後、原告代理人の梅木哲弁護士が到着、我々は法廷に向かいました。また、5月8日の対経済産業省訴訟では、マイクロバスで日田市民の方々が来られるとのことで、大分地方裁判所の事務官の方も、この日は傍聴整理券を発行する可能性があると言っておられました。

 既に、写真撮影などが行われており、別府市の職員氏も複数おられました。また、大分大学の学生も2名おりました。被告代理人は内田健弁護士、情報公開関係訴訟では常に被告大分県側の代理人を務めておられる方です。

 13時半、既に、法廷撮影のために第1号法廷におられた須田啓之裁判長など3氏によって、裁判が始まりました。口頭弁論は、ものの5分で終わりました。訴状の提出、答弁書の提出、書証の提出がなされ(新聞記事では陳述したと書かれていますが、多くの場合、提出で終わります)、須田裁判長から、日田市に対し、毀損された名誉の概念、具体的に毀損された名誉の内容、原告適格について、次回の口頭弁論までに書類を提出し、主張するように求められました。そして、次回の口頭弁論は6月19日(水)、10時からということが決められ、終了しました。

 終わってから、私は、学生に指示をした後、しばらく、日田市側と行動をともにしました。梅木弁護士とも意見交換(と言うほどのものでもないですが)をして、14時過ぎ、大分地方裁判所を離れました。

 この第1回口頭弁論は、大分合同新聞2001年4月19日付朝刊朝F版21面、朝日新聞同日付朝刊13版30面、西日本新聞同日付朝刊15版33面などにおいて伝えられていますが、記事はいずれも短いものです。

 今回、別府市側の答弁書(被告代理人作成)を入手しました。そこで、検討を加えることとしてみます。なお、今回は、暫定的なのものであり、本格的には、さらに考察を進めていかなければならないということ、さらに、日田市の原告適格に関する部分のみであることを、あらかじめお断りしておきます。

 被告としては、当然ですが、訴えの却下または棄却を求めています。却下は、日田市に原告適格がないことを理由としています。一方、棄却のほうですが、事実については、かなりの部分を認めつつも、全面的に争う姿勢を示しています。

 まず、原告適格のほうですが、答弁書は、「名誉毀損の保護法益は、私人の権利保護をはかるべきものとして生まれたものであり、公権力行使の主体である国、地方公共団体に対する批判・論評に対して観念されたものではない」とした上で、「公権力の行使について国民が自由にこれを批判し、論評することができることが国民主権・民主主義制度の根幹であり、国・地方公共団体の公権力の行使に対する批判については名誉毀損法による保護をうけるものではない」という主張し、英米法に関する研究を参照しています。

 たしかに、歴史的に見るならば、名誉毀損の保護法益は私人の名誉です。公権力の行使云々の箇所も、刑法第230条の2などの存在を考慮に入れるならば、一般的には妥当です(但し、この場合であっても、公人に関しては、名誉毀損罪に問われる可能性が減少するだけであり、皆無になることはありません)。

 しかし、この主張は、私人が公権力の批判や論評をするということを前提とするのであればそのまま通用しますが、今回のような事案については問題が残ります。

 まず、この答弁書は、あたかも別府市が私法人であって日田市の姿勢を批判したり論評したりしているかのように読みうるのですが、別府市も公法人ですから、この主張自体が成立しません。双方とも公法人であるということは、とりもなおさず、私人対私人と同様に考えることも可能なのです。

 次に、別府市の市報発行は、公権力の行使と言いうるものではありません。これは事実行為です。仮に法的行為であったとしても、権力的行為ではありません。このようなことは、行政法を学んだことのある方であれば、すぐにおわかりでしょう。もし、市報の発行が公権力の行使であるとするならば、必ず法律の根拠を必要としますし、何らかの強制力を伴います。そうでないことは明らかです。また、公権力の行使であるとすれば、逆に別府市の市報発行は国家賠償法第1条の適用を受ける可能性があることになります。

 また、別府市報の記事が取り上げている日田市の行動も、何ら公権力の行使としての性格を有しておりません。しかし、答弁書は市報の発行を公権力の行使、あるいはそれに対する批判として捉えています。これがおかしな主張であることは言うまでもありません。

 日田市も別府市も、普通地方公共団体であり、公法人ですから、公権力の行使の主体であることは当然ですが、その場合であっても、ア・プリオリに公権力の行使の主体である訳ではないのです(このことも、行政法のイロハに近いでしょう)。むしろ、公権力を行使するには、具体的な法律(政令や条例の場合もあります)の根拠を必要とします。答弁書には、この点を(意識的かどうかわかりませんが)混同しています。

 英米法の業績についてですが、日本の民法は、英米法ではなく、ドイツ法を基礎としてできております。ドイツ法の判例を調査する必要もありますが、英米法をそのまま援用できるとは思えません。英米法の研究業績を参考にすることが悪いと言っているのではありません。一般的には、それなりに有益な話です。しかし、答弁書の主張が妥当と認められるためには、公法人に名誉毀損が成立しえないとされた判例(勿論、アメリカやイギリスのものです)が示される必要もあるでしょう。しかし、本件のような公法人対公法人の問題について、何ら実際例も示されず(存在しないのかもしれませんが)、具体性に欠けます。

 さらに言うならば、公法人だから名誉毀損が成立しないという法律上の根拠もありません。民法は、私法の一般的な法律ですが、公法の分野で全く適用がない訳でもないのです。例えば、滞納処分に関しての事件で民法第177条が適用された例もあります。答弁書の主張が正しいと言うのであれば、もう少し、具体的な根拠が必要です。例えば、憲法上の根拠です。

 もう一つ、付け加えておきます。市報において、他市町村の姿勢を批判することは、一般的には許されることでしょう。しかし、批判することと、名誉を毀損することとは、おのずから意味が異なります。真実に基づかない「批判」は本当の批判とはなりえず、誹謗中傷、名誉毀損になることは言うまでもないのです。

 答弁書に書かれている棄却請求の理由については、機会を改めて検討します。また、原告適格についても、もう少し精密な検討を試みたいと考えております。

 

(2001年4月20日)

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