サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例
―日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例―
近年、公営競技(競馬、競輪、競艇など)の場外券売場設置をめぐる紛争が、全国のいくつかの市町村において生じている。その中で、自治体(行政)と市民が一体となって反対運動を展開し、注目を集める所がある。大分県日田市である。
別府競輪場の場外事券売場(サテライト)を日田市に設置するという計画を巡り、平成八年秋以来、別府市と日田市が激しく争っている。これがサテライト日田問題である。一時は沈静化していたが、昨年六月七日、設置許可が当時の通商産業省から出されたことで再燃した。両市の対立はエスカレートする一方で、一二月九日には、日田市長、日田市議会議長、日田商工会議所会頭を先頭とし、日田市議会議員全員と日田市民による一七団体が参加した反対デモ行進が、別府市中心部で行われた(別府市民も参加した)。そして、今年二月五日、日田市は、この問題を扱った「市報べっぷ」平成一二年一一月号掲載の記事の訂正を別府市に対して求める訴訟を提起した。さらに、日田市は、三月一九日、経済産業省に対する設置許可無効等確認訴訟を提起した。
この問題は、別府市議会の情勢にも大きな影響を与えている。昨年一二月の議会において継続審議とされたサテライト日田設置関連補正予算案は、今年二月に行われた臨時会において否決されたが、この議決の影響もあり、三月議会において、議会運営委員会委員の選任を巡って議会が空転し、議長不信任案が可決されるという事態が生じた。
サテライト日田問題は、単に場外車券売場の設置の是非に留まらず、条例制定権の限界、まちづくりの進め方、市民意思の反映の仕方、市町村関係の在り方など、地方自治における重要な諸課題が凝縮されたものである。以下、この問題を紹介し、若干の問題点を検討する。
1 設置許可までの経緯
サテライト日田の設置計画が、設置許可申請者である建設会社から別府市に示されたのは平成八年七月である。別府市は、同社が建設した施設を賃借して場外車券売場の事業を営むこととなる。この計画を日田市が確認したのは同年九月である。日田市では、市民による反対運動が起こり、日田市議含も設置反対の決議を可決した。しかし、翌年七月末に設置許可の申請がなされている。
設置計画は一時凍結されたようであるが、平成一二年になって設置計画が再び浮かび上がり、六月四日、日田商工会議所など一七の団体から成る「サテライト日田設置反対連絡会」が署名活動を行った。
同月七日、通商産業大臣(当時)により、サテライト日田設置許可が出された。これを受け、一二日、日田市長および市議会議長が別府市役所を訪問し、設置反対の要望書を提出したが、別府市長が面会せず、両市の対立が激しくなった。その間、日田市長のイニシアティヴにより、「公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」(以下、本条例と記す)案が作成された。本条例案は六月二七日に日田市議会において可決された。同日、本条例は第四〇号として公布され、即日施行された。
2 本条例について
本条例は全五条から構成される。名称が示す通り、場外車券売場のみを射程距離に置いたものではない。提案理由においては「本市の目指すまちづくりの理念及び青少年の健全育成の観点」から場外券売場の規制をなすことという目的が打ち出されており、第一条においても「良好な生活環境を保全」するという目的が示されている。第三条は、設置者に対し、建築確認申請書の提出時点までに、市長に対して施設などの設置の申請をし、かつ市長の同意を求めることを義務づけている。これに対し、市長は、第四条により「施設等の設置が現在及び将来の日田市民の健康で文化的な生活環境の保全に資するものか否かの意見を付し、議会の同意を得て、これを決定する」。
また、本条例第五条は、公営競技施行者に対しても「日田市内において当該競技の場外券を発売しようとするときは、日田市のまちづくりの基本理念を十分勘案し、市長の同意を得る」責務を負わせている。この規定によれば、サテライト日田が設置された場合、別府市は日田市長の同意を得なければ、事券を販売することができなくなる(但し、本条例に罰則規定はない)。
しかし、この条例には、法的にみて問題があると考えられる。
そもそも、地方公共団体が条例を制定しうるのは「法令の範囲内」においてである(地方自治法第一四条第一項。憲法第九四条も参照)。この点は「地方分権推進計画」においても確認されている(なお、拙稿「日本における地方分権に向けての小論」大分大学教育学部研究紀要二〇巻二号一九五頁も参照)。
この点を踏まえ、本条例と自転車競技法との関係を検討する。
場外車券売場の設置に関する根拠規定の自転車競技法第四条には、設置場所となる自治体の長の同意は設置許可の要件としてあげられていない。このことから、条例において、設置許可に際して市長の同意という上乗せ規制が可能であるという解釈もありうる。しかし、これは、同法第三条との関連を考慮に入れるならば、第四条の解釈として妥当でないと思われる。
同法第三条第二項によれば、経済産業大臣は、競輪場の設置または移転の許可をなす前に、都道府県知事の意見を開かなければならない。また、同第三項によれば、経済産業大臣は、都道府県知事が意見を述べる前に公聴会を開いて「利害関係人」の意見を聴かなければならない。ここにいう「利害関係人」には、市町村長も含まれると解釈しうる。しかし「関係都道府県知事」であれ「利害関係人」であれ、許可に際しては同意を必要としていない。
これに対し、第四条には、第三条第二項および第三項と同趣旨の規定がない。これは、場外事券売場の設置に関して、設置場所となる市町村(の長)の意見は「利害関係人」の意見として扱われることも予定されていないことを意味する。まして、第三条と同様に「利害関係人」の同意は予定されていないのである。
このような構造である以上、自転車競技法は、場外車券売場の設置に関して上乗せ規制を予定していないものと考えざるをえない。
なお、平成七年四月三日、通商産業省機械情報産業局長名で発せられた通達「場外車券売場の設置に関する指導要領について」の四は「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」と規定する。これは設置者に対しての指導の基準であり、設置場所となる市町村の長を当事者とするものではない。
また、本条例第五条についても、自転車競技法第七条によって競輪事業施行者に認められる車券販売権を制約しようとするものであり、自転車競技法の趣旨に反するし、行政手続の観点からも問題とされよう。
従って、日田市の条例は、自転車競技法の趣旨に反するものであり、条例制定権を逸脱し、自転車競技法に違反するものと考えられる。
かような問題を抱える本条例であるが、日田市のまちづくりの姿勢を明確にしたものであり、住民意思を汲み取るものとして評価しうる。また、他市町村に場外車券売場を設置しようとする際に当該市町村の同意を得る必要がないとする自転車競技法は、地元住民の意見を十分に反映させる仕組みを予定していないという点において、住民自治の観点からは問題視されなければならない。
3 市報べっぷ掲載記事問題
サテライト日田問題において両市の対立を決定的なものとしたのが、前述の「市報べっぷ」掲載記事である。これは、別府競輪の特集記事であり、競輪事業の必要性を訴えたものである。同記事には「別府市の考え方」という項目があり、その中には「A場外事券売場の通産大臣の設置許可まで、『サテライト日田』の場合三年を要した。反対するのであれば、日田市としては、本来、設置許可が出る前に、許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきだったのではないか」という記述がある。これに対し、日田市は「事実と異なる」として異議を申し立てた。日田市は、その後、別府市に対し、二度、訂正を求める内容証明郵便を別府市に送ったが、別府市は全くこれに応じなかった。そのため、前述の通り、日田市が別府市を相手取って訴訟を提起するに至った。別府市は、この記事について、いまだ見解を十分明らかにしていない。また、同市は、サテライト日田設置について、今年二月まで一度も日田市での説明会を行っていなかった。
これらをはじめとして、サテライト日田問題に関する別府市執行部の一連の対応には、日田市側は当然のこととして、別府市議会や別府市民からも批判が浴びせられ、サテライト日田設置関連補正予算案が否決される原因にもなった。
4 経済産業省に対する設置許可無効等確認訴訟の提起
前述の通り、日田市は、経済産業省に対し、サテライト日田設置許可無効等確認訴訟を提起した。これは二月の日田市議会臨時会において同意されている。設置許可が出されたのは昨年六月であるから、行政事件訴訟法第一四条第一項により、設置許可取消訴訟を提起することはできない。そのため、無効等確認訴訟の提起に踏み切らざるをえなかった。
この訴訟において、日田市側は、地元の自治体の同意を得ずに場外車券売場の設置許可を出すことは自治権の侵害であるという主張を前面に押し出し、自転車競技法第四条の違憲性を主張するようである。
しかし、この訴訟について、日田市に設置許可の無効等の確認を求める法律上の利益を有すると認められるのか。とくに、法律上の利益については、自転車競技法の解釈上、また判例の傾向からみても、日田市に認めることは難しいと思われる。仮に訴訟要件を充たすとしても、設置許可に係る行政裁量、さらに自転車競技に係る立法裁量という壁にぶつかる。これを突破することは非常に難しいと思われる。
但し、この訴訟が無意味であるかと問われるならば、否と答えなければならない。日田市の提訴は、地方分権が進められる中、地方自治体、そして何よりも地域住民が主体的にまちづくり(地域づくり)をすることを認めなかった(あるいは予定していなかった)従来の法体系(さらに行政)に対する重大な異議としての意味を有する。地方自治法第一条の二第二項にも「国(中略)住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない」と規定されている。されば、地域の声が十分に反映されない仕組みの法制度は、見直されなければならない。一大分県民として、今後の展開に注目したい。
付記:本稿執筆に際し、日田市総務部企画課から貴重な御教示を得ました。ここに記し、御礼申し上げます。また、サテライト日田問題については、私のホームページ(http://www.h2.dion.ne.jp/~kraft/)でも扱っておりますので、参照していただければ幸いです。
(あとがき1)
この論文は、月刊地方自治職員研修2001年5月号27頁から29頁までに、特集「分権と条例制定権とまちづくり条例」の一つとして掲載されたものであり、2001年3月の時点において執筆したものです。当「大分発法制・行財政研究」に不定期連載している「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」第24編までの総集編に近い内容ですが、改めて、ここに掲載いたします。なお、雑誌掲載時は縦書きでした。また、敢えて古いアドレスを掲載しています。
2001年3月2日、日田市役所にて私の取材などに応じて下さった日野和則氏(当時、日田市役所企画課企画調整係長)、および、月刊地方自治職員研修編集部の中嶌いづみ氏および友岡一郎氏に、改めて御礼申し上げます。
(あとがき2)
この論文が発表されてから、早いもので11年が経過しようとしています。もう話題にものぼらなくなった、と思っていたのですが、西南学院大学大学院法務研究科教授の石森久広先生の著書『ロースクール演習行政法』(2012年3月、法学書院)の248頁以下に、「第20問 場外車券売場設置許可と地元地方公共団体」としてサテライト日田建設問題が取り上げられています。その中で、「事件当時、地元で事件の推移を見守った森稔樹教授」のこの論文が引用されています。お読みいただければ幸いです。〔2012年3月18日〕