憲法と地方自治―地方税立法権を中心に―
日本国憲法第八章に規定される地方自治の概念、さらに地方分権の理念を明らかにしようとする際、様々な角度からの検討が可能である。その中で、地方自治体の存立基盤に直接関わるという意味において、地方税財政制度の観点からの検討は最も重要な作業である。
これまで、地方分権改革、およびそれに関係する市町村合併、道州制などの諸問題は、主に行政法学、行政学、財政学などにおいて論じられてきた。これらは国家の体制に直接関わるために憲法論として扱われるべきであるが、それは不十分であったのではないか。他方、昨年度より部分的な税源移譲が行われたものの、財政調整制度などに対する本格的な再検討は不十分なままに「ふるさと納税」制度(1)が導入された。これは、懸案の道路特定財源問題とともに地方自治体間の態度の相違を明らかにしただけでなく、財政面の地方分権の本筋から外れたものであり、地方分権の停滞を招く懸念が存在することは否めない。
日本国憲法の下における地方自治のあり方については、様々な論点が存在する。本稿においては、このうちの若干の事柄について述べることとしたい(2)。
(一)憲法と抽象的地方税立法権
地方分権は、一定の事務に関する決定権限を、国が独占するのではなく、地方自治体に分け与える、あるいは移譲するということを意味する。そして、税財源、より一般的に言えば税財政における権限配分がなされ、相当程度に地方自治体が自立できなければ、地方分権は完成しない。従って、地方分権改革は地方自治体の課税権を強化する結果につながらなければならず、税財源の配分も事務の配分に相応するものでなければならない。
地方公共団体の課税権は、地方税立法権、地方税収入権および地方税行政権(徴収権)に分類される。このうち、地方税立法権は自治体財政権の根幹を成し、法定外普通税・目的税について端的に現われるように、地方税の課税要件などに関する立法権限であるとともに、地方自治体の収入権および行政権を創設し、規律するものである。これに対し、地方税収入権は、地方交付税や地方譲与税にみられるように、租税収入の配分に関する権限であり、課税要件などに関する決定権限を含まない。地方分権型社会においては上記の三種が保障される必要があるが、とくに憲法上の問題となりうるのは地方税立法権である。
日本国憲法には地方自治体の課税権についての明文の規定が存在しない。しかし、このことは、地方税財政制度の全般について中央政府の決定権限権(とくに国会の立法裁量)に委ねられていることを意味しない。むしろ、憲法は第九二条および第九四条により、抽象的ではあるが、地方自治体に地方税の税目、課税標準などの課税要件、租税行政権などに関する立法権を創設したことを意味する。このことは、福岡地方裁判所昭和五五年六月五日判決(訟務月報二六巻九号一五七二頁。大牟田訴訟)においても認められている。憲法を受け、地方税立法権、地方税収入権および地方税行政権は、地方自治法第二二三条および第二八三条、地方税法(とくに第二条および第三条第一項)、地方財政法、地方交付税法などによって配分される。その上で、法令により、地方税立法権、地方税収入権および地方税行政権の規律および調整が行われる。これにより、地方自治体の財政権を具体化するとともに、地方自治体間の財源の偏在、財政力の格差を解消し、国民の経済的負担の公平を確保することになる。
周知のように、憲法学や租税法学などにおいて地方税法律主義と地方税条例主義との対立が存在した。しかし、これは財政調整などの観点が欠落しており、抽象的地方税立法権と具体的地方税立法権との区別が意識されなかったために生した議論である(3)。課税権が立法権に属することは明らかであり(4)、憲法がその権限を国と地方自治体とに配分していることから、抽象的地方税立法権について地方税法律主義が成立する余地はない。
(二)憲法と具体的地方税立法権
抽象的地方税立法権から地方自治体の具体的な課税権が全面的に生じる、という訳ではない。憲法は、第八章の諸規定において地方自治制度の基本的事項を法律で定めるとしており、法令によって地方税立法権、地方税収入権および地方税行政権の規律および調整を行う必要があることは否定しえない。ここに具体的地方税立法権の存在を認める必要性がある。地方税法律主義と地方税条例主義との対立は、実際には具体的地方税立法権に関する憲法上の根拠をめぐる議論におけるものであった、とみることができよう。
地方税条例主義の根拠は地方税法第三条であるが、文言解釈によれば地方税法律主義に分があることも否定できない(5)。しかし、具体的地方税立法権について、法律による具体化ないし制約が認められる可能性が存在するのは、憲法第八章の趣旨に基づき、地方税立法権などの具体化および調整を行う必要性が認められるためである。地方税法律主義が認められるとすれば、その範囲に限定されると理解すべきである。従来、地方税法の標準法または枠法的性格が論じられてきたのはこの趣旨であり、具体的地方税立法権を法律によって創設し、または委任する趣旨ではない。地方税の標準的基準が地方税法によって示されること自体は憲法が許容するところであり、その基準に従って地方自治体が地方税条例を定めることは、国会の制定法たる地方税法に従うことでもあるから、同法が違憲でない限り、国民主権原理にも合致する。しかし、地方税法第三条第一項の規定が示すように、地方自治体は地方税条例を制定しない限り、課税権を行使しえない。その意味において、具体的地方税立法権においても地方税条例主義が妥当するのであり、地方税法律主義は、地方税法が標準法または枠法(準則法)的性格であるという意味においてのみ成立する。
地方税条例主義を採るとしても、憲法によって抽象的地方税立法権および具体的地方税立法権が地方自治体に与えられる以上、その行使にあたっては当然、憲法による制約に服する。憲法第八三条に示される財政民主主義、憲法第八四条に示される租税法律主義、およびその派生原則(課税要件法定主義、課税要件明確主義など)は、地方税条例主義にも妥当する。また、憲法第一四条より、租税公平主義(租税平等主義)および租税中立主義も要請されることとなる(6)。
さらに記すならば、地方税条例主義も、課税の公平などを解決するために標準法または枠法 (準則法)を置くことそのものを否定している訳ではない。このことに注意を要する。
なお、近年、地方税条例主義(さらに租税法律主義)の射程距離が問題となっている。これは、最高裁判所大法廷平成一八年三月一日判決(民集六〇巻二号五八七頁。旭川市国民健康保険条例訴訟)(7)および最高裁判所第三小法廷平成一八年三月二八日判決(判例時報一九三〇号八〇頁。旭川市介護保険条例第二次訴訟)(8)によって提起された問題であるが、詳細については別稿に委ねたい。
(三)地方税制度の基本的なあり方
以上において、憲法によって地方自治体に保障される地方税立法権の構造について述べてきたが、ここから即座に具体的な地方税財政制度が一義的に導かれる訳ではない。まして、地方自治法第一〇条第二項に定められる負担分任原則から直ちに応益負担原則が導かれるものでもない(9)。地方分権改革によってまずなされるべきことは、地方自治体に配分される事務の性質、地方自治体に期待される役割の明確化である。これまでの地方分権改革に関する議論において、ともすればこのことが蔑ろにされてきたように思われるが、住民による地方税の負担は、地方自治体の任務や使命と密接な関係を有する。まさにそのために、憲法は地方自治を保障し、地方税立法権を保障しているのである(10)。
ヨーロッパ地方自治憲章第九条は、地方自治体が「国の経済政策の範囲内において、その権限の範囲内で自由に処分しうる十分な固有の財源に対する権利を有する」とした上で、財源が地方自治体の責任に比例すべきこと、「財源の少なくとも一部は、地方自治体が法令の範囲内で率を決定する権限を有する地方税及び課徴金から得」られるべきであることなどを要請する(11)。その基本的な趣旨は、一九九三年六月に採択された世界地方自治宣言の第八条、そして二〇〇〇年四月に作成された世界地方自治憲章草案(12)の第九条にも示される。いずれにおいても、地方自治体の事務遂行に関する決定権限に見合った財政権限が認められなければならず、地方税立法権の維持ないし拡充が保障されなければならない、とされている。今後の日本にも大きな示唆を与えるものであり、幾度となく参照されるべきであろう。
(1)
「ふるさと納税」制度については、拙稿「技術的困難性が露呈した『ふるさと納税』」納税通信二九九五号(二〇〇七年)四面、同「個人住民税の寄附金控除制度―『ふるさと寄附金控除』制度と『ふるさと納税』制度についての若干の検討」税務弘報五六巻三号(二〇〇八年)一〇五頁、およびその注で示した各文献を参照。(2) 本稿の主題については、既に拙稿「地方税立法権」日本財政法学会編『財政法講座三地方財政の変貌と法』(二〇〇五年、勁草書房)二九頁以下において私見を詳細に述べているので、参照されたい。なお、同書に掲載されている諸論文は、いずれも地方税財政制度を考察する際には必読である。
(3) 最近では両者の区別が意識されるようになりつつある。渋谷秀樹『憲法』(二〇〇七年、有斐閣)七〇四頁などを参照。
(4) 新井隆一「租税法律主義の憲法的意義」『財政における憲法問題』(一九六五年、中央経済社)三五頁、北野弘久『税法学原論』〔第六版〕(二〇〇七年、青林書院)一〇四頁などを参照。
(5) 秋田周「地方税の課税の根拠―地方税法と地方税条例」日本財政法学会編『現代財政法学の基本課題(日本財政法学会創立十周年記念論集)』〔一九九五年、学陽書房〕三〇〇頁、二九八頁を参照。また、下級審判例の中にも、地方税法律主義を採用するものが見受けられる。その代表例として、東京地方裁判所平成二年七月三〇日判決(判時一三七五号五九頁。不動産取得税の課税標準に関する判決)を参照。他方、秋田地方裁判所昭和五四年四月二七日判決(行集三〇巻四号八九一頁)、および仙台高等裁判所秋田支部昭和五七年七月二三日判決(行集三三巻七号一六一六頁)(いずれも秋田市国民健康保険税条例訴訟)は、地方税条例主義の採用を明確に述べる。
(6)
現在施行されている法定外普通税および法定外目的税には、これらの原則に照らして疑問とされるものが少なくない。なお、法定外普通税および法定外目的税については、総務大臣の同意を要する事前協議制度(地方税法第二五九条・第六六九条・第七三一条)の問題があるが、紙数の都合上、本稿においては検討を省略する。
(7) この判決については、とくに北野・前掲書三三頁、同「国民健康保険料と本来的条例主義」税経新報五四七号(二〇〇七年)二五頁、拙稿「租税法律主義・地方税条例主義の射程距離(上)―旭川市国民健康保険条例訴訟最高裁大法廷判決の検討を中心に」税務弘報五四巻一二号(二〇〇六年)一二九頁、同「租税法律主義・地方税条例主義の射程距離(下)―旭川市国民健康保険条例訴訟最高裁大法廷判決の検討を中心に」税務弘報五四巻一四号(二〇〇六年)一三五頁を参照されたい。
(8) 拙稿「旭川市介護保険条例(第二次)訴訟最高裁判決」会計と監査五九巻二号(二〇〇八年)三〇頁を参照。この他にも判例評釈が存在するが、租税法律主義・地方税条例主義に関する部分についての詳細な評釈は、管見の限りにおいて拙稿以外に見当たらない。
(9) 碓井光明『要説地方税のしくみと法』(二〇〇二年、学陽書房)八〇頁、拙稿・前掲税務弘報五六巻三号一〇七頁。
(10) この点において、地方自治法第七四条第一項において「地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収」を条例制定改廃請求権の対象から除外していることには、疑問が残る。負担分任原則を強調するのであれば、議会に対する住民のコントロールが、支出面のみならず収入面に対しても及ぶのが当然である。また、「地方税の賦課徴収」などを条例制定改廃請求権の対象にしても、その請求の内容に対する長の審査権、議会の審査権が否定される訳ではない。地方税立法権についても、財政民主主義(憲法第八三条)は貫徹されなければならないのである。
(11) 条文の邦訳は、全国知事会自治制度研究会『地方自治の保障のグランドデザイン』資料編四頁(全国知事会、二〇〇四年)による。
(12) 結局、制定は頓挫した。
(あとがき)
これは、住民と自治541号(2008年5月号)の「特集 今、改めて憲法を考える」のコーナーに掲載されたものであり、日本財政法学会編『財政法講座3 地方財政の変貌と法』(2005年、勁草書房)に第2章として掲載されている拙稿「地方税立法権」の要約とも言えるものです。住民と自治541号には 、編集部の方による前書き(?)、私の略歴、顔写真も掲載されていますが、こちらでは省略しました。 この場を借りて、編集部の中島正博氏に御礼を申し上げます。
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