地方分権下の市町村合併
(はじめに)本論文は、大分大学教育福祉科学部研究紀要24巻1号(2002年)77頁〜92頁に掲載されたものです。なお、この論文は、下記の註33)にも記した通り、既にこのホームページに掲載している「市町村合併―合併のメリット・デメリット―」(2001年1月27日、千歳村農村環境改善センター。第7回「食と水を考える会」主宰講演会)、および、「地方自治の新たな動き」(2001年9月3日、宮崎県自治会館。宮崎県市町村職員振興協会宮崎県市町村職員研修センター主宰、平成13年度第2回一般職員研修)の草稿を基にしております。
【要旨】 平成に入ってから進められた地方分権改革において,当初から市町村合併が念頭に置かれていたが,平成13年度になってから,市町村合併に関する政府や各都道府県の取り組みが加速しており,市町村の側からも法定の合併協議会設置などの動きがみられる。しかし,市町村合併には地方分権の理念と矛盾する部分がないのか。また,住民自治の面が軽んじられていないのか。本稿は,現在進められようとしている市町村合併の意義を検証するとともに,メリット・デメリットについて検討を進める。
【キーワード】 地方分権改革,広域化,効率化(効率性),過疎化
T 市町村合併への疑問または迷い
平成に入ってから始まった地方分権改革は,平成11年に制定,翌年に施行された地方分権一括法により一通りの形を整えた。そして,平成13年6月14日付の地方分権推進委員会最終報告により,一応は終了したと言いうる。しかし,同委員会委員の西尾勝教授が「未完の改革」と表現され,最終報告においても「第1次分権改革」,あるいは「今次の分権改革の成果は,これを登山にたとえれば,まだようやくベース・キャンプを設営した段階に到達したにすぎない」と表現されているように1),少なくとも国のレベルにおいては,地方分権推進委員会が7月2日に解散し,翌日から地方分権改革推進会議が活動を開始したことにより「第2次分権改革」の段階に入ったということになる。その期間は平成16年7月2日までとされ,地方分権推進委員会から引き継がれた諸課題に取り組むことになる。その課題の一つが市町村合併である。
政府は,市町村合併特例法の改正以来,政府は市町村合併の大きな波を作り,総務大臣を本部長とする市町村合併支援本部を設置するなど,強力に推進する構えを見せている。地方分権推進委員会も,直接的には政府に対し,市町村合併の推進を求めている。これまで,広域連合や一部事務組合などにより広域行政が展開されていたが,市町村合併は広域行政2)の最終目標というべきものとして捉えられており,各都道府県の取り組みも昨年以来活発化している。これは,或る意味において市町村のraison d’etreを問い直すことでもある。
本来,地方自治法第2条第5項に規定されているように,広域行政の担い手は都道府県であると考えられる。しかし,とくに過疎地において,本来であれば市町村が担うべき事務であっても単独では十分になしえない場合も多く,これが広域連合の設立につながった。しかし,広域連合の基本機能は事務処理に過ぎず,国からの権限委譲の受け皿として不十分であるとともに,市町村の持つべき意思決定機能の向上が図られないという指摘がある3)。
また,地方分権の時代には,国および都道府県から委譲された権限を十分に行使しうるだけの自治体を作る必要があるから,市町村合併は必要であるという主張がなされ,いまや支配的な流れとなっている。特例市や中核市も,こうした風潮から登場したものと考えられる。 しかし,上記の意見には,少なくとも単純に考えた場合,論理矛盾が含まれている。現在の地方分権は,どちらかというと都道府県が念頭に置かれている(政令指定都市及び中核市も重要視されている)。そのため,都道府県レベルでみるならば,地方分権は進められるかもしれないが,都道府県から市町村への権限委譲がスムースに行われるかどうかは別の問題である。市町村合併に懐疑的な立場から「小さな町村を合併して大きな市を作るということは,吸収される町村の立場で見れば,大きな市の側に中央集権体制を作られることを意味」するという意見がある4)。私もほぼ同感である。市町村合併により,中核となる市(または町)の領域のみに人口や経済基盤が集中するおそれも,十分にある。市町村合併により,地方分権推進委員会が中間報告や諸勧告において主張するように,都道府県と市町村との関係が本来の対等・協力という性質になることが期待されているのかもしれないが,過剰な期待は禁物であろう。以前,別稿5)において指摘したが,地方分権には二つの立場,すなわち,新自由主義的立場と住民自治的立場とがある。地方分権推進委員会,そして政府の方向は前者の色彩を強く帯びているのではないか。とにかく権限を国から都道府県なり政令指定都市なり中核市に移す。町村や小型の市にそれだけの権限をこなせる力はないので,まとめて大きくする。そして,効率の点などで競争をさせる。部分的には会社合併と似たような発想ではないか。ここには,住民自治,住民の手による地域づくり,住民の主体性という観点がない。あるいは,存在するとしても,市町村合併に関する住民発議制度というように,特定の政策を進めるのに都合が良い一種の道具としてしか意味を与えられない。そのため,一般的な,あるいは他の特定の課題に関する住民投票制度は,議会制民主主義の否定であるなどの理由を付されて拒絶される。
私は,以前から,(第1次)地方分権改革に関して「単に,国の行政の合理化(およびそれによる実質的強化)と地方公共団体の任務(あるいは負担)の強化に終わる可能性も,否定できない」,「本来の地方自治を強化する(あるいは取り戻す)という立場からみるならば,決して手放しで歓迎できない面が少なからず存在する。すなわち,今回の改革により,中央への権限集中を回避することのみならず,地域住民の需要に機敏に反応し,しかも地域住民が積極的に参加しうる地方自治が実現ないし強化されるのか,という観点からは,問題が多いと言わざるをえない」という見解を採ってきた6)。市町村合併が本格的に進められようとしている現在において,国の財政状況の悪化,そして市町村合併が積極的に提言されているタイミングをみると,こうした考え方が弱められるどころか,かえって強化されるような気がしてならない。今回の市町村合併の背後に,あるいは隠された最大の目的として,地方交付税や補助金などの合理化(削減)により国の財政状況を少しでも改善しようとする意図があるのは明白である。その意図とは矛盾すると思われるが,政府は市町村合併特例法の失効時までに様々な財政上の特例措置(合併特例債の発行,地方交付税の配分への優遇措置,など)を設けており,市町村合併推進への強い意向を雄弁に物語っている。
これまで,市町村合併について抱いている私の疑問あるいは迷いを,そのまま記してきた。それでは,この市町村合併により,何が改善されるのか。逆に何が問題とされるのか。様々な議論を紹介し,実際の例に照らし合わせながら,私の意見も述べたいと思う。
U 今回の市町村合併の意義
市町村合併推進論者の主張を検討して気づくことであるが,多くの場合,市町村合併の意義とメリットとが厳密に区別されていない。これは,或る意味において当然のことであるが,改めて考察をする際に障害になることもある。以下においても,意義論とメリット論とが厳密に区別されないままに論じられるかもしれないが,御了承願いたい。
これまで,明治22年と昭和30年代に大きな市町村合併の波があった。明治の大合併は,市町村制施行という要素もあるが,軍籍の管理と小学校の事務の委任などが契機となっており,それまでの71314町村は39市と15820町村の計15859市町村となった。その後も,昭和初期に合併が盛んに行われた。また,昭和30年代の大合併は,シャウプ勧告を経て昭和28年の町村合併促進法に基づいて行われたものであり,日本国憲法において保障された地方自治の強化を建前として,中学校の事務,国民健康保険などの任務が市町村に与えられたことによる。しかし,昭和30年代には主な交通手段が自転車であったが,高度経済成長の影響などもあり,自家用車が主な交通手段となった現在では,生活圏が拡大したのに行政の単位は市町村のままであり,生活圏と行政との食い違いが拡大したと指摘される7)。自治省(現在の総務省自治行政局)も「今日,私たちの日常生活圏はますます拡大し,住民が必要とするサービスも多様化・高度化して」おり,「このような時代の要請に適切に対処するためには,市町村の連携による広域行政の展開と並んで,市町村の自主的な合併も有効な方策として考えられ」ると述べる8)。 これまでの市町村合併は,現在に至るまで市町村の基盤強化を,少なくとも表看板に掲げて進められてきたものである。しかし,今回の合併は,地方分権改革,さらに行政改革の一つの柱とされている点に,これまでの大合併と異なる意味が認められるものと思われる。 昭和30年代の大合併はシャウプ勧告などを受けた民主化の一方策として行われたが,国が基本方針を示し,これに基づき都道府県が審議会の議を経て市町村合併に関する計画を作成した。これは,市町村財政の立て直し,中学校建設および事務移管,国民健康保険制度の運営など,行政上の課題をも解決するためのもので,中央集権的色彩が濃厚であったことも否めない。これに対し,平成に入って始められた地方分権改革は,市町村合併を推進するための改革であるという側面を有するが,これまでとは違い,単に日本の中央集権体制を(少なくとも理念的には)抜本的に改めるという目的をも持っている。
このことは,既に,地方分権推進委員会中間報告(平成8年3月29日)において示されていた。同報告においては,「地方分権の推進に当たっては,行政及び財政の改革を推進するために,新たな地方公共団体の役割を担うにふさわしい行政体制の整備・確立を図る必要がある」という基本的認識が示されている。その上で,一部事務組合や広域連合制度に言及しつつ,「市町村における行財政能力を充実強化していくためには,自主的な合併を推進していくことも重要な課題である」と述べられ,平成7年に改正された市町村合併特例法(合併協議にかかる住民発議制度が新設されている)や財政措置の充実強化にも触れられている。また,小規模市町村と地方分権との関連について,高齢化および過疎化の進んだ小規模市町村の増大している事実を前提として,こうした小規模市町村に権限委譲を行うとしても「直ちに新たな役割を担うことには,多くの課題が予想される」ため,広域行政による対応や中心都市による連携支援や都道府県による補完支援の仕組みの検討なども指摘されている。
同委員会の第1次勧告(平成8年12月20日)においても,地方分権を推進するためには市町村の行財政能力を充実・強化することが必要であるという前提を述べた上で,市町村合併の強力な推進を提言している。勿論,広域行政として,一部事務組合,広域市町村圏,広域連合などを推進すべきこともあげられている。しかし,解釈の仕方にもよるが,この時点で,地方分権のためには市町村の行財政能力を強化することが必要であり,そのためには市町村の自主的な合併こそ最も相応しい,という論理が,地方分権推進委員会,さらに内閣や自治省(当時)をはじめとする政府の主導的方向性となったと思われる。
そして,閣議決定である地方分権推進計画(第1次。平成10年5月29日)において「地方公共団体の行政体制の整備・確立」として,「行政改革」,「地方議会の活性化」,「住民参加の拡大・多様化」などとともに「市町村合併等の推進」が掲げられ,広域行政などの推進も示されてはいるが,最終的に市町村合併推進を目標とするかのような構成が取られるに至っている。
地方分権推進改革において,多くの都道府県および市町村が望んできた地方税財政基盤の強化,とりわけ地方税を軸とする自主財源の強化について,ほとんど手がつけられていないと評価してもよい状態であった。何よりも,実際の事務量からすれば国と地方との比はおよそ1対2であるのに対し,税収入の比は2対1であるという逆転現象が生じていた。しかし,国の財政状況も非常に悪く,従来のように各地方公共団体に十分な量の地方交付税を配分しえなくなるような状況も見えている。また,財政再建団体に転落し,または転落寸前の状態にまで至った地方公共団体が多くなったとは言え,その実態として無駄の多い行政活動・財政支出が原因であるという部分も多く,情報公開,さらに行政改革を求める世論が高まった。
地方分権は,さしあたり,都道府県への権限委譲であるが,政令指定都市や中核市(その前の段階の特例市)にも多くの権限が委譲される。それだけに,地方分権は,十分な税財源の裏付けがないままに多くの権限が移される,すなわち,任務が増える地方公共団体の行政活動に一層の効率性を求めることになる。
こうした政府の姿勢が簡明に示されたのが,朝日新聞平成13年1月17日付朝刊11版13面掲載の片山虎之助総務大臣へのインタビュー記事である。氏は,市町村の規模や能力に格差がみられることをあげ,「権限や税財源を委譲するにも,きちんとした仕事のできる能力が必要だ」,「どれだけの規模が必要か明確な基準はないが,福祉や都市計画を市町村で意思決定するには今の規模では小さすぎる」9),「合併をすれば長期的には財政は効率化される」と述べる。
これに対し,同じ記事において,北海道ニセコ町長の逢坂誠二氏は,ニセコ町の地方税収入が6億5千万円であるのに対して人件費のみで7億円を必要とすることを認めた上で「専門性をいかに発揮するかが課題となる。強調したいのは,合併だけが解決策でないことだ」と述べる。そして,行財政能力の一面である専門性について,同町のまちづくり基本条例を引き合いに出しつつ,「専門職員がいなくても,人的なネットワークがあれば高度なこともできる。そうした専門性は合併すれば即,備わるというものではない」と述べる。さらに,市町村合併だけが選択肢ではなく,「(自分たちの町という)気持ちを壊さないように財政基盤,効率性,専門性の三つのポイントを確保する方法」を探っていくべきであること,市町村合併については国や都道府県が市町村合併について具体的なシミュレーションを作る必要性を指摘する。
私も,逢坂氏の主張に同意したい。小規模の市町村に行財政能力がないと言われるが,そのために合併する必要があるというのは,短絡的な思考にすぎない。そもそも,行政能力とは「法を事実に適用,調和させていくこと」であり「法を現場に適用していく」こと,「法律の趣旨が生きていくように適用していく」ことである10)。その意味において,行政能力の有無は市町村の規模と無関係である。少なくとも,理念的には,大都市だから行政能力が高い,あるいは人口に応じて行政能力の高低が決定される,ということにはならない11)。もっとも,小規模の市町村の財政規模は小さく,国民健康保険制度や介護保険制度の運営を中心に苦しい経営を迫られていることは事実である。しかし,財政能力がないと言われることの根本的原因は自主財源が少ないことにある。憲法において地方自治が保障されているにもかかわらず,これまで,財源を含め,市町村の自治が十分に保障されてきたとは言い難い部分もある。地方税制度の抜本的な見直しがなされないまま市町村合併の口実にされるのであるから,議論が逆転していると思われる。また,国民健康保険制度や介護保険制度などについては,本来ならば国が運営すべきものであり,そもそも保険制度を市町村が運営すること自体に無理があるという指摘もなされる12)。予算がなければ行政活動ができないという主張は,一般的には正当である。しかし,これを過度に強調することは従来の公共事業偏重主義に由来するものであり,問題が残る。しかし,政府,官僚,多くの知識人など,効率性を表看板に掲げる人々が発信する意見は,往々にして国民・住民の意識に積極的に働きかけ,マスコミなどを通じて世論を形成する。
平成12年11月27日,地方分権推進委員会は「市町村合併の推進についての意見―分権型社会の創造―」(以下,「意見」)を内閣に提出した。そこにおいて,市町村合併の必要性をあげている(これが市町村合併の意義と考えられる)。同委員会によれば,次のようになる。
地方分権の推進:「少子・高齢社会の到来に対応し,社会の活力を維持・向上させ,自己決定と自己責任の原則に基づく真の分権型社会を構築していくことが重要である。したがって,これまでの地方分権の推進の成果を十分に活かし,高度化,多様化する行政需要に対応するためには,市町村合併を通して基礎的自治体の自立性と行財政基盤の充実強化を図る必要がある。」
市町村行政の広域化:「住民の日常社会生活圏や経済活動の広域化の進展に伴い,広域的な見地から行政を展開することが益々必要になってきている。特に,介護保険制度の施行やごみ処理の問題等広域的な対応が従来に増して求められてきていることにかんがみれば,基礎的自治体としての市町村が合併を通して圏域の拡大を図ることは必要である。」
国・地方の財政状況への対応:「我が国の財政は,平成12年度末の国・地方合わせた債務残高は約645兆円に達し,その内に占める地方財政の借入金残高は,平成12年度末には180兆円を超えると見込まれているなど極めて厳しい状況にある。その中で,少子・高齢化が急速に進行しており,医療,福祉等の社会保障関係費の増大など財政需要の一層の増大が見込まれている。/こうした国・地方を通ずる厳しい財政状況の下,市町村が,現在の行政サービスの水準を将来にわたって維持していくためには,まず,自らの努力として,市町村合併による簡素で効率的な地方行政体制の整備が必要であると考えられる。」(/は,原文改行箇所)
担税者としての国民の意識への対応:「厳しい地方財政状況の下,地方税の充実確保を図っていくうえで,担税者,生活者としての国民の幅広い理解を得なければならない。そのためには,民間企業等において経営合理化策等が講じられている社会経済情勢や,現行の地方行財政運営の仕組みに対して国民の中には厳しい意見もあることなどにかんがみ,これを見直し,地方公共団体において,徹底した行財政改革を実施するとともに,市町村合併を強力に推進する必要がある。」
また,総務省自治行政局は,今回の市町村合併が求められる理由として,次のように述べる。「高齢化への対応」:「今後,各地域で高齢化が一層進展し,高齢者への福祉サービスがますます大きな課題となってきます。とりわけ高齢化の著しい市町村については,財政的な負担や高齢者を支えるマンパワーの確保が心配されています。」
「多様化する住民ニーズへの対応」:「住民の価値観の多様化,技術革新の進展などにともない,住民が求めるサービスも多様化し,高度化しています。これに対応するため,専門的・高度な能力を有する職員の育成・確保が求められています。」
「生活圏の広域化への対応」:「交通網の発達などにより日常の生活圏が拡大し,これに伴い行政も広域的に対応する必要があります。また,都市近郊では市町村の区域を越えて市街地が連続しており,より広い観点から一体的なまちづくりを進めることが求められています。」
「効率性の向上」:「危機的な財政状況にあるなかで,より効率的な行政運営が求められています。とりわけ,隣接市町村での類似施設の建設には批判があります。」
「地方分権の推進」:「地方分権は,住民に身近な行政の権限をできる限り地方自治体に移し,地域の創意工夫による行政運営を推進できるようにするための取組です。これを円滑に進めるためには,地方自治体にも行財政基盤を強化するための努力が求められています。」
そして,平成12年12月1日,閣議において決定された政府の行政改革大綱が重要である。ここにおいて,@行政の組織・制度の抜本的改革,A地方分権の推進,B規制改革の推進,C行政事務の電子化など電子政府の実現,D中央省庁等改革の的確な実施,E今後の行政改革の推進体制などが柱とされている。また,市町村の数を1000とする目標を掲げている。 一方,市町村合併推進の代表的論者である小西砂千夫氏は,今回の地方分権が国の財政負担に由来することを率直に認めた上で,市町村合併の意義を,役所の機能強化,および住民と役所との関係の再構築に求めている。 まず,役所の機能強化であるが,小西氏は,行政事務の効率的な遂行のためには法令についての十分な知識などが欠かせないとした上で,行政事務が多種多様であることから「すべての事務について一通りのノウハウを持つためには,役所に一定の規模が必要になる」と述べる。そのことから,人口が少ない市町村では人口が小さい自治体では,財政や人事などの管理部門にたくさんの人が割かれ,政策や企画部門には薄くなっていることが読みとれる。分権時代にはそれが致命的になる」としている13)。 次に,住民と役所との関係の再構築である。氏は,ここに力点を置かれている。まず,地域のアイデンティティと現在の市町村とのギャップを,淡路島を例にして問題としている。これを踏まえつつ,「役所」が担うべき本来の役割は「住民の意識の上澄み部分をうまく吸い上げて,公共的課題を解決」することであるが,「昭和の大合併の後,役所こそがまちづくりの主役という意識は,役所の中に定着して」おり,「地方自治を舞台とした利害誘導の仕組み」が規模の大小に関わらず根付いたと述べる。そして,「役所をめぐる人間関係」があらゆる改革の障害になるために,市町村合併はかような障害を破壊することと位置づける。このことから,市町村合併は,市町村の自浄能力の有無を測るための手段でもあり,「地方分権に責任を対応する上で,自治体が一度は真剣に検討せざるをえない重要な課題である」と結論づけている14)。利益誘導の仕組みが市町村合併により解消するのか否かについては,少なからぬ疑問が残る。小西氏は自らが大都市圏の住民であることを述べているが,かような主張には「大都市圏の住民のほうがその他の地方の住民より意識が高い」という一種の偏見(あるいは先入観)があるのではないかと思われる。「役所」の意識や人間関係は,市町村が大型化すれば変わるというものでないことは,川崎市で生じたリクルート事件などをみれば明らかである。そればかりでなく,後に述べるが,基礎的地方公共団体たる市町村の大型化により大型公共事業を行いやすくすることも,市町村合併の目的とされているのではないかと思われる。
また,市町村合併推進論者の中には道州制導入論者なども含まれるのであるから一概に言えないのであるが,少なくとも,今回,日本国憲法の枠内において市町村合併をするのであるから,都道府県という地方公共団体の問題を差し置いたまま,市町村合併の議論がなされることに,違和感を覚えるのは,私だけではないであろう。
しかし,現実の問題として,例えば,IT化(電子政府構想の実現など)を推進する場合,小規模の市町村において困難を伴う。また,国民健康保険や介護保険(とくに後者)など,政令指定都市などであれば別であろうが,やはり一般の市町村が保険者となって運営するには財政面や人材面などにおいて困難を伴う。本来であれば,前述のように保険事業を市町村が行うこと自体に無理がある。とは言え,これらの点について根本的な見直しがなされない限りにおいて,市町村合併とまで行かずとも,広域行政にはやむをえない点があるかもしれない。
V 市町村合併のメリット
地方分権推進委員会は,前述の「意見」において,市町村合併のメリットを「@広域的視点に立ったまちづくりの展開や施策の広域的調整が可能になること,A行政サービスの拡大や公共施設の広域的利用等による住民の利便性の向上,B専門的知識を持った職員の採用・増強や専任の組織の設置が可能になること,C行政組織の合理化,D公共施設の広域的・効率的な配置などが挙げられている」と捉えている。 この「意見」との対応関係は必ずしも明白でないが,総務省自治行政局は,市町村合併が求められる理由として「高齢化への対応」,「多様化するニーズへの対応」,「生活圏の広域化への対応」,「効率性の向上」,「地方分権の推進」をあげる。より具体的には,@「高齢者などへの福祉サービスが安定的に提供でき,その充実も図ること」,A「保健,土木などの専門的・高度な能力を有する職員を確保・育成すること」および「行政サービスの向上」,B「窓口サービスや文化施設,スポーツ施設などの公共施設の広範な利用」,C「広域的な視点から,道路や市街地の整備,文化施設,スポーツ施設などの整備を効率よく実施することができ,一体的なまちづくりを進めること」,D「重点的な投資」による「目玉となる大型プロジェクト」の実施,E「行政経費が節約され」ることによる「少ない経費でより高い水準の行政サービス」の実現,F「地域のイメージアップ」および「若者の定着や職場の確保」,これらが市町村合併により可能になるという。
以上を読むと,いかにも思いついたメリットを羅列しただけという印象を受けるのは,私だけではなかろう。しかも,それぞれの関連を,総務省自治行政局が示すメリットの具体的な例を参照しつつ検証すると,相互に矛盾が見られる。
例えば,行政経費の節約をうたいながら大型公共事業の推進の可能性を主張している(さすがに「重点的な投資」なる表現を用いる)。地域のイメージアップという点にも問題がある。そこに掲げられている具体例は,ニュータウンの建設,工業団地などの産業拠点開発,大学や新幹線の駅などの誘致,テクノポリスやテレトピアなど重要プロジェクトの指定である。これらは,他の具体例(排煙規制や排出規制など)とも矛盾しかねない。市町村合併により,国または都道府県の主導による大型公共事業(プロジェクト)をこれまでよりも行い易くするために広域行政を推進するのではないかと批判されてもやむをえない15)。また,メリットとしてあげられているもののなかには「ワールドカップ開催の会場になることに成功」したこと,あるいは「県庁所在地以外では初めてインターハイの主会場に」なったことなど,滑稽とも言いうる例があげられる。その一方,過疎化の進行を阻止できたというような例はあげられていない。
市町村合併論者は,多くの場合,行政の効率性を最大のメリットとしてあげる。その際,注目されるのが市町村職員数および人件費である。ここでは吉村弘氏の議論を紹介しておく。
吉村氏によると,市町村職員数は,人口の少ない市町村ほど,人口1000人あたりの職員数が増加する。そして,大都市圏,地方圏とも,人口あたり1000人あたりの職員数の最小値は人口32万から33万の市において得られる16)。従って,あらかじめ,市町村の規模に応じた標準職員数を想定しておいた上で,小規模の市町村が合併するならば,余剰の職員が生じることになるから,職員削減数が明確になるということになる。また,人件費については,人口あたり人件費の最小値が人口27万から29万の市において得られる17)。この分析から得られる結論は,効率性という観点からすれば,人口が30万人前後の市が最も適切であるということになる。そのため,町または村においては行政の効率性が発揮されないということになる。
この他に,目に見えるメリットはあるのか。小西氏は,市町村合併の前後で住民の税負担がそれほど変わらないことを指摘しつつ,税外負担については異なると主張する。氏によれば,水道料などの公共料金や介護保険料などに自治体間格差があり,市町村合併によりこれらの負担が最も低い(合併前の)市町村の水準に設定される可能性があるという18)。すなわち,市町村合併により,その対象とされる複数の市町村のうち,住民の負担は最も低いレベルに,サービスは最も高いレベルに設定される可能性がある訳である。実際,浦和市,与野市,大宮市の三市が合併して誕生した「さいたま市」をみると,ごみの収集手数料について,与野市だけが有料であったが,合併後は無料化されるという。しかし,ごみの分別収集については,具体的な分類や収集方法などが異なることもあり,一本化されないという19)。
平成13年に入り,市町村合併の結果として西東京市およびさいたま市が誕生したことを契機に,政府は,市町村合併の推進への動きを強めつつある。8月5日から,山口県下松市および三重県伊賀町を皮切りに,市町村合併を推進するための全国リレーシンポジウム(第2回目)を始めた20)。主に土曜日と日曜日に開催するとのことで,その名の通り,来年3月までに全都道府県において開催し,地元の首長らを交えた討論会や合併例の報告などをする。問題は合併例の報告のあり方にあるものと思われる。このシンポジウムには,総務省の幹部,そして各省庁の副大臣が参加することとなっている。そのため,市町村合併のデメリット例が紹介されないなど,議論の進め方に難点が生じるのではないかと予想される。また,政府は,建前としてあくまでも「自主的な」市町村合併を強調するが,このようなシンポジウムを開催すること自体,政府が強制的に市町村合併を進めることを意味するのではないかという疑問も生じる。
8月下旬には,政府による「市町村合併支援プラン」の概要が明らかになった21)。これは,各省庁が連携して取り組む総合的な支援策と位置づけられており,8月30日に開催された政府の市町村合併支援本部(本部長は片山虎之助総務大臣)において最終決定され,平成14年度予算に反映されることとなる。
まず,このプランは,支援策の対象として,都道府県の市町村合併支援本部が「合併重点支援地域」に指定した市町村,または平成17年3月(市町村合併特例法の期限)までに合併する市町村を選んでいる。このうち,「合併重点支援地域」として,茨城県のつくば市・茎崎町,同県の取手市・藤代町,岐阜県の高富町・伊自良村・美山町,三重県の上野市・伊賀町・島ケ原村・阿山町・大山田村・青山町,徳島県の鴨島町・川島町・山川町・美郷村,大分県の佐伯市・上浦町・弥生町・本匠村・宇目町・直川村・鶴見町・米水津村・蒲江町が掲げられている。
より具体的には,次のような分野について支援策がまとめられることになる22)。
@社会基盤:「道路,トンネル,離島架橋の重点整備」,「地方バス事業の補助要件を緩和」,「公共賃貸住宅を重点投資」,「合併記念公園の整備促進」
A生活環境:「1日100トン以上の廃棄物焼却炉の優先整備」,「水道検査施設整備の補助要件を緩和」,「流域下水道の補助要件を緩和」,「消防の広域再編に財政支援」,「市町村間の情報格差の是正」(過疎地域における光ファイバーの敷設に対する支援などが検討されているようである)
B保険,医療,福祉:「介護保険運営の広域化でシステム経費を支援」,「シルバー人材センターの国庫補助減に激変緩和措置」
C教育・文化:「学校の統廃合による教員定数減に激変緩和措置」
D産業振興:「農産品の生産団地などのアクセス道路整備」,「都道府県商工会連合会に商工会合併の指導員を設置」
E住民交流:「地域交流センターの整備を支援」
この他を含めて60項目があげられているが,内容をみると,或る程度やむをえないとはいえ,従来型の公共事業によるバラマキ行政の姿が見えてこないであろうか。少なくとも構造改革とは矛盾する。後に市町村合併の問題点としてデメリットを概観するが,そのデメリットに拍車をかけるものではないかと思われるのである。実際,後にも述べる通り,合併を進めない小規模市町村については地方交付税の配分額を減らす方針が示されているが,合併を推進した地方自治体に対しては公共事業を重点的に配分するのである。この場合,特別に地方債の起債が認められることを考え合わせると,財政事情の改善にはつながらないと思われる。
さらに,政府の市町村合併支援本部は,8月30日,静岡市と清水市との合併を念頭に置き,政令指定都市の要件緩和(但し,合併に限る)を方針として決定した23)。政令指定都市は,地方自治法上,人口50万人以上が要件とされているが,実際には人口100万人以上が一つの目安となっている(千葉市の場合は人口が87万人であったが)。しかし,静岡市と清水市とをあわせても70万人未満である(静岡市・清水市合併協議会が示した中間報告において,平成24年の人口を70万6千人と予測されていた)。そのため,市町村合併本部が指定要件を70万人前後に引き下げることとした。これにより,静岡市と清水市の合併を推進するのみならず,堺市,新潟市,川口市などについても合併を推進しようとするものである。しかし,静岡市と清水市の場合,8月29日に「新市建設計画」(最終素案)をまとめたとは言え,両市が合併しなくとも単独で行いうる事業の羅列だという指摘もなされているようである。
W 市町村合併のデメリット
今回の市町村合併についての検討をなす際に,そのデメリットが何かを考察することは,或る意味において非常に困難な作業である。市町村合併が推進されようとしている現段階において,推進する側がデメリットを述べることは,自ら合併の障害を作り出すようなものである。それでは話が進まないから,デメリットについては直接的な言及を避けている場合が多い。総務省自治行政局も,メリットについては様々な点を掲げて,しかも,前述のように相互に矛盾する,あるいはナンセンスとも評価できる事柄を掲げているのに対し,デメリットについては明示していない(しかし,推進策の概要を読めば,何がデメリットかを推察することは可能である)。他の市町村合併推進論者についても,多くの場合は同様である。
平成10年4月24日付の(第25次)地方制度調査会「市町村の合併に関する答申」は,「合併を進める上での障害,合併に消極的となる理由」を「@合併の必要性やメリットが個別・具体の事例において明らかになりにくい場合があること」,「A合併後の市町村内の中心部と周辺部で地域格差が生じたり,歴史や文化への愛着や地域への連帯感が薄れるといった懸念があること」,「B住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供ができにくくなるという懸念があること」,「C関係市町村間の行政サービスの水準や住民負担の格差の調整が難しいこと及び市町村によりは財政状況に著しい格差があること」および「D合併に伴い新しい行政財政需要が生じることや一定期間経過後交付税が減少することなど」をあげる。
また,地方分権推進委員会「意見」は,デメリットとして「@行政との距離が遠くなることによる住民の利便性の低下,A住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供が困難になること,B合併後の中心部と周辺部との地域格差の発生,C地域の連帯感の喪失,Dサービス水準の低下や住民負担の増加などが指摘され」,そのために「市町村や住民が合併に対して消極的になっている場合もある」と述べる。これらについて具体的な指摘はなされていないが,「合併についての関係市町村の協議の中で十分な検討を行い,合併についての行財政措置を十分に活用することなどにより,その解消を図る必要がある」としている。
市町村合併による急激な変化を避けるために,また,おそらくは合併のデメリットへの対策としての意味をも含めているものと思われるが,地方分権推進委員会は「市町村合併の推進方策」として,市町村合併特例法の「期限である平成17年3月までに十分な成果が上がるよう,既に講じられている措置に加え,新たに次の措置を講ずることとする。なお,合併特例法の財政措置は,原則として法の期限内に合併するものについてのみ適用されるものであることを関係者は認識して取り組む必要がある」として,次の6点を提案している。
第一点は「合併支援体制の整備」である。これに基づく形で,政府に市町村合併支援本部が設置され,「国民への啓発とともに,市町村合併の推進の観点から,国の施策に関し,関係省庁間の連携を図る」こととなっている。
第二点は「住民発議制度(市町村合併特例法第4条第1項を参照)の拡充と住民投票制度の導入」である。「合併協議会の設置を求める住民発議が行われた場合には,住民発議に係る議会の議案審議に際して請求代表者の意見陳述を認めることとし,合併協議会が設置される場合,合併協議会そのものへの参加も認めることとする」としている。また,「住民発議が行われても合併協議会設置に至らない場合が多いことにかんがみ,住民の意向がより反映されるよう,住民発議による合併協議会設置の議案が議会で否決された場合に,合併協議会の設置を求める住民投票制度の導入を検討する」としている。さらに,「住民発議により合併協議会が設置された場合には,一定期間内に市町村建設計画を作成するものとする」とされている。
第三点は「合併推進についての指針への追加」である。この時点において各都道府県は市町村合併推進要綱を作成していた。この「状況を踏まえ,国は現在の指針に,合併協議会設置に係る知事の勧告の基準を示すことや,各都道府県に知事を長とする市町村合併のための全庁的な支援体制を整備することの要請などを追加する」としている。
第四点は「財政上の措置」である。市町村合併特例法の失効日までに「合併する市町村に対し,合併後の財政需要に対する交付税措置を一層充実する」とともに「地方税の不均一課税の適用期間の延長その他合併に伴う税制への配慮を検討する」としている。
第五点は「旧市町村等に関する対策」である。政府の取り組みとして,「住民サービスの維持向上を図り,住民の意向がより反映されるよう,地域審議会の活用,当分の間旧市町村の意向が議会において反映される措置,災害等緊急時の役場機能の維持など旧市町村等を単位とする多様な仕組みを検討する」としている。
第六点は「情報公開を通じた気運の醸成」である。政府の取り組みとして,「都道府県知事に対し,要綱の周知を図るよう要請するとともに,市町村に対し,住民が市町村合併の是非について的確な判断ができるよう行財政情報の公開を徹底するよう要請する」としている。
総務省自治行政局も,市町村合併のデメリットを意識しており,「市町村の自主的な合併が円滑に行われるよう」に,様々な「支援策」を用意し,抵抗を少なくしようとしている。
第一に,「合併後のまちづくり」に対する「手厚い財政措置」である。総務省自治行政局は,「合併直後の市町村では,地域間の道路整備や住民サービスのための施設整備,格差是正のための施設整備など新たなまちづくりのために多額の経費を要」すると述べている。すなわち,これは(少なくとも)短期的なデメリットである。市町村合併により「スケールメリットによりさまざまな経費が節約され」るというが「合併後直ちに節減できるものでは」ない。そこで,合併特例債の発行を認めて「合併後一定の期間,合併前の財源を保障」するというのである。しかし,これは地方債制度の濫用であると考えられるばかりでなく,長期的にみても地方財政の健全化や行財政の効率化と矛盾するのではないかと考えられる。
また,地方分権推進委員会は「意見」において「昨今,地方交付税による財源保障が市町村合併の推進を阻んでいるとの声があることも事実であるが,国・地方を通じた厳しい財政状況を考慮すれば,むしろ財政構造改革の論議の中で地方交付税制度の一層の簡素・合理化を検討すべきであると考える」と述べる。しかし,市町村合併に際し,地方交付税制度が促進のために活用されるという方針が明らかにされている。「自主的な」合併を進める市町村に対しては地方交付税の配分に際して優遇し,逆に合併を進めない小規模市町村については配分額を減らすというものである。これは,実質的に中央集権的な強制的合併であり,地方交付税制度の濫用ではなかろうか。また,地方交付税制度の見直しとは逆行する部分も含まれ,疑問が残る。
第二に,市町村議会議員の定数および任期に関する特例である。地方分権推進委員会の意見においても,市町村合併の最大のデメリットとして,住民自治の稀薄化が指摘されているし,総務省自治行政局もその点を意識しているものと思われる。そのため,市町村合併特例法第6条において,「合併関係市町村の協議により,市町村の合併後最初に行われる選挙により選出される議会の議員の任期に相当する期間に限り,同項に規定する定数の二倍に相当する数を超えない範囲でその議会の議員の定数を増加することができる」としている(第1項本文)。しかし,このことについても疑問が残る。まず,暫定的ではあるが議会の議員数を増加させることができるということについては,やむをえない部分もあるが,地方行政の簡素化とは矛盾する。また,合併後の議員定数配分などの問題がある。
そこで,既に指摘した点を含め,かつて論じたことを基調としつつ24),再検討を試みたい。
前述のように,今回の地方分権改革においては,市町村の「自主的な」合併を前提とした内容となっている。例えば,第一次勧告は「市町村の行政能力の充実強化」を不可欠とした上で,市町村の自主的合併を推進する必要性について触れる。すなわち,市町村の広域化(大規模化)である。合併が困難な場合には,広域行政,中心都市による連携・支援(中核市制度や地方拠点都市地域指定制度がこれに該当すると考えられる),都道府県による補完・支援という対策をとるべきであるとも述べられている。
しかし,第一に,市町村の行政能力の有無は,市町村の規模とは無関係である。少なくとも明確な関連性はない。このことについては既に述べたので,ここでは繰り返さない。
第二に,広域化は住民の意識を育てにくくする傾向を強く有する。この点については,多言を必要としないであろう。さらに,市町村合併に向けた住民発議制度との関連で記すならば,合併後の住民の意見などをどのように反映するかという課題がある。また,都道府県と市町村との関係が具体的にどのようになるのか,ヴィジョンが示されていない。 第三に,広域化は住民の需要を汲み上げるに適さないことがありうる。例えば,高齢者福祉を例にして考えるならば,高齢者の生活状況を調査し,高齢者の意見や要望を的確に把握して,きめ細かく対応することは,少なくとも役所の担当課職員だけでは不可能である。これまで以上に,住民,ボランティア団体,NPOとの緊密な連絡・連携が要請される。 第四に,広域化は過疎化に対する適切な対応と言えない。少なくとも,過疎化対策の決め手にはならない。今後,市町村合併がさらに推進されるとするならば,過疎化町村が中核市などに合併されることが予想される25)。その場合,過疎化町村の消滅に伴ってそれらの地方公共団体の財政問題などは解決されるが,それらを抱え込んだ地方公共団体の側は,一層の過疎化対策(地域振興策)を迫られることになるであろう。また,広域化・大規模化に伴って財政規模が拡大することにもなり,財政の合理化が緊急課題ともなる26)。そうなれば,大規模化した市町村は,板挟み状態となるであろう。市町村合併により,過疎化問題は,表面上(あるいは計算上)隠避されるが,これでは根本的な解決にならない。市町村合併論者の主張をみても,この問題に対する真剣な回答はみられない(と言うより,回答を避けているように思われる)。第五に,既に述べたように,今回の市町村合併により大型公共事業の推進が容易になるとすれば,対象となる地域の環境破壊につながる可能性が高くなることである。その際,地域住民の反対運動などが展開しにくくなるのではないかと懸念される。そればかりでなく,合併後の市の財政がかえって悪化すること,行政の非効率性が助長されることなどの危険性もある。
X 大分県における市町村合併構想
大分県における市町村合併は,昭和42年,宇佐町,駅川町,長洲町および四日市町が合併して宇佐市が誕生して以来,行われていない(この点は,広島県などと異なる)。
しかし,大分県は,以前から広域行政について積極的な姿勢を見せている。平成8年,全国初の広域連合として大野連合が誕生したことが一例である。この時には完全に県主導の下で行われており,市町村合併への線路が敷かれたと多くの県民に思われた。また,住民に対する事前の説明が不十分であったことなど,情報公開の不足が目立った。「最初に箱物ありき」と思われるような経過もあった。このことから,住民不在の地方分権という印象も拭えない27)。
そして,平成12年12月,大分県は市町村合併推進要綱を公表した。この要綱は,市町村合併特例法が失効する平成17年3月までに58市町村を14の市に統合することを目指すとして,次のような案を示している。
@中核的機能を充実させるための市町村合併(人口30万人以上)大分市と佐賀関町との合併(中核は大分市)
A地方中核都市を形成するための市町村合併(人口5万〜10万人程度) 臼杵市と津久見市との合併(中核は臼杵市),佐伯市と南海部郡との合併(中核は佐伯市),日田市と日田郡との合併(中核は日田市),中津市と下毛郡との合併(中核は中津市),宇佐市と宇佐郡との合併(中核は宇佐市),杵築市と速見郡との合併(中核は杵築市) B市制移行のための市町村合併(人口3万人〜5万人程度) 大分郡全町の合併,大野郡全町村の合併(中核は三重町),九重町と玖珠町との合併(中核は玖珠町),東国東郡全町の合併(中核は国東町) C行財政の基盤を強化するための市町村合併(人口3万人程度) 竹田市と直入郡の合併(中核は竹田市),豊後高田市と西国東郡との合併(中核は豊後高田市) なお,別府市については,杵築市および速見郡との合併も考えられるとされている。また,日田郡全町村のみの合併,下毛郡全町村のみの合併,杵築市と大田村との合併,武蔵町と安岐町との合併も考えられるとされている。大分県は,市町村合併(広域行政)の必要性の理由として,「日常社会生活圏の拡大」,「高度情報化の進展」など新たな行政課題の増大28),「少子・高齢化の進展」,「地方分権の推進」,「国・地方を通じた財政の著しい悪化」をあげている。大分県の場合,1市町村あたりの人口が「全国平均,九州平均を大きく下回って」いること,「自主財源比率が低く,経常収支比率等も引き続き高い水準にあるなど,財政構造の硬直化が進んでいる」こともあげている。大分県内58市町村のうち,人口が増加しているのは大分市,中津市,杵築市,日出町,挾間町,三重町および三光村のみであり,別府市および佐伯市は減少している。県内11市のうちの5市が人口5万人未満であり,47町村のうちの37町村が人口1万人未満の町村である。県全体の高齢化率は21.3%,全国平均の16.7%よりも約10年早いペースで進んでいると指摘されている。また,平成11年度において,大分県の58市町村中,45市町村が過疎地の認定を受けている。これは,全国の都道府県中,率としては第1位である29)。
それでは,大分県における市町村合併のメリットは何か。市町村合併要綱においては,大きく「@行政サービスを行う上での無駄を減らす(県民),行政の無駄をなくし,財政基盤を強化する(有識者)など」,「A地域を一体的に整備し,地位間の格差を是正する(県民)」および「B福祉サービス等,住民に身近な行政サービスの充実を図る(県民)」があげられている。その細目は,基本的に総務省自治行政局と同様である(やや詳細であるが)。
他方,デメリットは何か。要綱において,「@市町村の区域が広くなり,地域の声が行政に反映されにくくなるおそれがある」,「A市役所や役場が遠くなり,不便になるおそれがある」,「B合併後は中心部だけよくなり,周辺は取り残されるおそれがある」,「C福祉サービス等,住民に身近な行政サービスの充実が図れなくなる」ことが指摘されている。これらに対しては,それぞれ対応策が考えられている。しかし,これらのデメリットを解消するためには,大分県自身の情報公開に委ねられている部分が多い。
この合併により,市町村の行財政基盤の強化などが期待されているが,実際にはどうであろうか。合併への動きが最も進んでいるとされている佐伯市および南海部郡の状況を例に取ると,平成11年度決算状況において,自主財源比率30)は,佐伯市で37.3%,米水津村は9.8%である。また財政力指数31)をみると,佐伯市は0.491であるのに対し,南海部郡の各町村は0.094ないし0.243である。佐伯市の財政力も高いとはいえないが,南海部郡各町村の財政力は格段に低い。財政という観点だけから考えるならば,南海部郡各町村の状況は,少なくとも短期的には解決する。しかし,佐伯市は,南海部郡を吸収することにより,財政状況が悪化する32)。
また,この合併案には,市町村合併の是非を別としても,問題があるものと思われる。
まず,大分県は,上記要綱の概要を示す部分において「通勤・通学,買物,通院など住民の日常生活行動においては,大分市や別府市への集中もみられるが,それぞれの地域の中心都市への依存度が高く,また,産業経済活動や行政上のまとまりからみても,旧郡を単位に強い類似度やつながりがみられる」として,これらを総合的に判断して統合案を示したとしている。しかし,大分県が示す「他の市町村への就業・買物動向」を参照すると,中核となる市または町とその他の町村との結びつきは一様でなく,とくに,山国町と中津市,竹田市と直入町,三重町と朝地町,杵築市と山香町,杵築市と日出町,国東町と国見町,臼杵市と津久見市との経済的な結びつきが非常に弱いことが示されている。他方,他地域との経済的結びつきが強い例としては,日田市と玖珠町,大分市と臼杵市,別府市と日出町などがある。勿論,中核となる市または町との関係のみをみて判断することは早計であるから慎まなければならないが,このような場合に,同じ郡であるなどの理由により統合するとしても,地域的一体感が生まれるには相当の時間がかかるであろう。
そればかりでなく,都道府県と実際の経済圏とのズレという問題もある。小西氏が地域のアイデンティティと市町村とのギャップを指摘されていることについては前に触れたが,実際には,都道府県とのギャップも存在するのである。場合によりは,後者のギャップのほうが大きいであろう。勿論,中核となる市または町との関係のみをみて判断することは早計であるから慎まなければならないが,このような場合に,同じ郡であるなどの理由により統合するとしても,地域的一体感が生まれるには相当の時間がかかるであろう。また,地域によりは非常に広大な領域になることも,行政サービスなどの面,さらに住民自治の面からみて問題である。
このことは,地方分権推進委員会も理解している。「意見」にも「最後に,市町村合併が飛躍的に進展することになれば,広域的自治体としての現在の都道府県の在り方の見直しも視野に入れ,地方自治の仕組みについて,中長期的に本格的な検討課題として取り上げていくことが必要になることを指摘しておきたい」と記されている。
次に,今回の場合,自治省(総務省自治行政局)や大分県の啓発活動不足に由来するのかもしれないが,あまりにも県主導の色彩が濃く,住民の関心を呼んでいなかった。例えば,平成13年1月14日に投票が行われた臼杵市長選挙においても合併問題は争点になっていなかったし,後藤國利市長も,市町村合併について何も語っていなかった。但し,最近は,佐賀関町,宇佐市および宇佐郡などにおいて関心が高まっているようである33)。
Y 終わりに
昨今の地方分権改革や市町村合併などの議論を概観すると,本当の住民自治が忘れられているように思われる。近隣市町村の住民が合併を望むのであればそれでよいが,無理に市町村の領域を拡大しても上手くいくとは思えない。首長や議員などの身分などが問題なのではない。体裁なども問題ではない。本来,市町村は基礎的な地方公共団体であり,住民と最も密接に関係するものである。合併するか否かは住民が決定することである。市町村合併は,住民が真に暮らしやすい地域を作るための一手段,しかも一選択肢にすぎない。行政の効率化も重要であるが,それは人口規模だけで測れるものではなく,住民の生活を支配すべきものでもない。地域のことは,地域の住民こそが最善の選択をなしうる。
註
1)地方分権推進委員会の委員長を務めた諸井虔氏は,平成13年8月31日,地方分権改革推進会議に招かれ,やはり地方分権改革の前途の険しさを強調している。また,首相官邸との意思疎通の重要性を訴えている。朝日新聞平成13年9月2日付朝刊13版4面による。
2)広域行政は「都道府県または市町村の区域を超える事柄に関する行政およびその事務である」と定義することができる(園部逸夫・大森政輔編『新行政法辞典』(平成11年,ぎょうせい)281頁[上本仁士担当]なども参照)。
3)小西砂千夫「市町村合併問題の本質とは何か」ガバナンス4号(平成13年)24頁。氏は,広域連合制度が一部事務組合の「ガバナンスの弱さをそのまま引き継いでいる」こと,広域連合の場合は「構成市町村が全員一致でないと決定できない」ことも指摘する。
4)平成13年1月12日,横浜市職員の青木透氏からいただいた意見。
5)森稔樹「日本における地方分権に向けての小論」大分大学教育学部紀要第20巻第2号(平成12年)191頁。
6)森・前掲192頁。
7)小西砂千夫『市町村合併ノススメ』(平成12年,ぎょうせい)48頁。
8)地方分権推進委員会など,政府関係の機関の文書,および大分県市町村合併推進要綱については,煩雑になるため,原則として出典の明示などを省略した。
9)介護保険が念頭に置かれている。
10)平成8年11月,神奈川県が主催した「地方分権シンポジウム」における長野県栄村村長高橋彦芳氏の発言。引用は,保母武彦「農村から問う,『行政能力』とは何か」法学セミナー509号(平成9年)104頁による。
11)平成13年1月16日,青木氏からいただいた意見。
12)神野直彦『地方自治体壊滅』(1999年,NTT出版)100頁を参照。
13)小西・前掲書22頁。
14)小西・前掲書22頁。
15)大野連合を端緒とする大分県における広域行政に対し,このような批判がなされる。久慈力「問題だらけの平松県政」地方分権研究会編『平松・大分県政の検証』(1999年,緑風出版)38頁を参照。
16)吉村弘『最適都市規模と市町村合併』(平成11年,東洋経済新報社)43頁。同書17頁も参照。
17)吉村・前掲書80頁。同書69頁も参照。
18)小西・前掲書203頁を参照。しかし,氏の見解に対して,地方税財政制度の観点から疑問が残る。例えば,地方税法第701条の30に規定される事業所税である。これは,政令指定都市,中核市,特例市などが課税権を持つものである(この要件に合致する市は課税しなければならない)。仮に,中核市のA市とB町とが合併する場合,B町の領域には新たに事業所税が課せられることとなる。実際にどの程度の事業所がこの税の負担を負うことになるかは具体的な事案に委ねざるをえないが,事業所税非課税市や町村に事業所を置く企業にとっては税負担の増加を意味することになる。
19)日本経済新聞平成13年1月15日付朝刊「地域総合」の欄において紹介されている。
20)朝日新聞平成13年8月5日付朝刊13版4面による。
21)西日本新聞平成13年8月26日付朝刊16版1面による。
22)西日本新聞平成13年8月26日付朝刊16版1面による。
23)朝日新聞平成13年8月31日付朝刊13版30面による。
24)森・前掲201頁を参照。
25)森・前掲201頁を参照。また,重森暁「柔らかい地方分権への税財政改革」自治体問題研究所編『解説と資料 地方分権の焦点』(平成8年,自治体研究社)82頁,多田憲一郎「過疎地域市町村の行財政構造と地域政策―京都府与謝郡伊根町を事例として―」京都大学経済学会経済論叢別冊・調査と研究第7号(平成6年)65頁も参照。なお,この点について,多田憲一郎「中山間過疎地域における広域合併問題と地方行財政システム―『地域特性』および住民組織の役割との関連を中心に―」日本地方財政学会編『環境と開発の地方財政』(平成13年)179頁,大久保圭一「合併を否定し分権の受け皿めざす小さな組織に全国から熱い視線 大分県・東国東広域連合」月刊地方分権3号(平成11年)60頁も参照。
26)このことは,過疎化地域ではないが極端な財政赤字を抱え込む地方公共団体の合併についても,基本的に妥当するものと思われる。
27)橋本祐輔・大塚広「緩慢なる市町村合併」地方分権研究会編『平松・大分県政の検証』190頁[橋本祐輔担当]を参照。
28)ダイオキシン対策や介護保険制度などがあげられている。
29)大分合同新聞平成11年8月21日付朝刊による。
30)普通地方公共団体の歳入額に占める地方税などの割合を指す。
31)普通交付税算定に用いる基準財政収入額を基準財政需要額で除して得た数値であり,地方公共団体が標準的な行政活動を行う場合に必要とされる経費のどの程度までを独自の税収入により賄えるかということを意味する。この数値が1を超えるならば,普通交付税は交付されない。また,この数値が0.44以下であることなどが過疎地域として指定される要件となっている。
32)なお,朝日新聞平成13年1月14日付朝刊33面(大分版)も参照した。
33)平成13年9月3日,宮崎県自治会館において行った講義「地方自治の新たな動き」(平成13年度第2回一般職員研修。宮崎県市町村職員振興協会宮崎県市町村職員研修センター主宰)の草稿には,福岡県,佐賀県,長崎県などにおける市町村合併の動きに関する記述も含まれている。しかし,紙数の関係により,本稿に取り入れることはできなかった。なお,本稿は,平成13年1月27日,第7回「食と水を考える会」主宰講演会として千歳村農村環境改善センターにて行った講演「市町村合併―合併のメリット・デメリット―」の草稿をも基にしており,両者に大幅な加筆修正を施したものである。関係各位に対し,この場を借りて,改めて御礼を申し上げる次第である。
Probleme der Konsolidation der Kommunen in Japan
Toshiki Mori
(2002年4月26日掲載)
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