地方公共団体の名誉権と市報掲載記事

―大分地方裁判所平成141119日判決の評釈を中心に―

 

(はじめに)

 本論文は、大分大学大学院福祉社会科学研究科紀要第1号(2004年)21頁〜30頁に掲載されたものです。このホームページにも掲載している「サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例―日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例―」(月刊地方自治職員研修2001年5月号27頁〜29頁)、および「場外車券売場設置許可無効確認請求事件  平成15年1月28日大分地裁判決・平成13年(行ウ)10号」〔法令解説資料総覧第256号(2003年5月号)120頁〜122頁〕とともに、不定期連載「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」の姉妹編となるものです。

 なお、この場を借りて、日田市在住の梅木哲弁護士、日田市役所総務部企画課の皆様、朝日新聞大分支局の白石昌幸記者に、改めて御礼を申し上げます。

 

【要旨】 本稿は,全国的にも注目を集めるサテライト日田問題のうち,市報べっぷ平成1211月号掲載の特集記事を巡って日田市と別府市とが対立した事件を扱う。一地方公共団体が,他の地方公共団体の広報誌に掲載された記事により,名誉権を侵害されたと主張して訴訟を提起するという,極めて珍しい事例である。いかなる場合に地方自治体の名誉権が存在し,その侵害が認められうるのか,検討を進める。

【キーワード】 地方公共団体,公権力の行使,名誉権享有主体性

 

 

T  事実の概要

 

 本件は,サテライト日田問題として全国的に有名になった事件のうち,日田市と別府市との対立に関するものである。この問題の事案は,既に様々な論考において紹介されているが1),本稿においても概要を述べておく。

 訴外会社Aは,平成8年7月,大分県日田市に別府競輪場の場外車券売場(サテライト日田)を設置する計画を訴外別府市に示した。同年9月,この計画が日田市によって確認され,日田市民による反対運動が起こり,日田市議会も設置反対の決議を行った。しかし,翌年7月,Aは設置許可の申請をした。設置計画は一時凍結されたようであるが,平成12年になって再浮上し,同年6月7日,当時の通商産業大臣により設置許可がなされた2)。これを受け,日田市は,別府市に設置断念を何度も申し入れるなどの活動を行った。しかし,別府市は設置推進の立場を崩さず,両市の対立は深まった。

 このような状況の中,別府市は,その広報誌「市報べっぷ」平成1211月号を刊行し,別府競輪の特集記事(以下,本件特集記事)を掲載した。その内容は,競輪事業の必要性を訴えるものとなっており,同7頁には,サテライトについての「別府市の考え方」として,次の3項目があげられていた。

 「@競輪は国の許可を得て行う公営競技である。戦後の復旧から現在まで地方財政の健全化に寄与している事業であり,法律に基づいて実施できる競輪事業を,地方公共団体の条例で何らかの規制をすることについては,慎重に検討する必要がある。

 A場外車券売場の通産大臣の設置許可まで,『サテライト日田』の場合3年を要した。反対するのであれば,日田市としては,本来,設置許可が出る前に,許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきだったのではないか。

 B自転車競技法では,当然のことではあるが,場外車券売場は『だれにでも,どこにでも』許可されるものではなく,地域性,商圏性,将来性などの設置基準を厳格に審査したうえで,通産大臣が設置者に許可したものであり,したがって別府市が車券の発売を撤回することはできない。」

 これに対し,日田市は,上記のAについて「事実と異なる」として異議を申し立てた。その後,日田市は別府市に対して,二度,記事の訂正を求める内容証明郵便を送ったが,別府市は応じなかった。そこで,日田市は,平成14年2月5日,別府市を相手取り,本件特集記事の訂正(実質的には謝罪文の掲載)を求める訴訟を提起した。なお,2月8日には,別府市議会臨時会において場外車券売場設置関連補正予算案が否決されている。

 本件の争点は,次の四点である。

 (1)地方公共団体である日田市は,名誉権の享有主体たりうるか。

 (2)本件特集記事の記述が日田市の名誉を毀損するか。

 (3)本件特集記事の記述の真実性,および,別府市の故意・過失の有無

 (4)本件特集記事の訂正(名誉回復措置)の必要性 

U  判旨

  

大分地方裁判所は,原告(日田市)の主張を全面的に認め,被告(別府市)に対し,上記特集記事に関する訂正記事を「市報べっぷ」に掲載するように命じた。その上で,争点について,それぞれ,次のように述べた。

 (1)について:

 地方公共団体は公法人であるが,「国内に多数存在し,行政目的のためになされる活動等は種々異なり,これを含めた評価の対象となり得るものであるから,それ自体一定の社会的評価を有しているし,取引主体ともなって社会的活動を行うについては,その社会的評価が基礎になっていることは私法人の場合と同様であるから,名誉権の享有主体性が認められる」。

 被告は地方公共団体に対する名誉毀損は想定しえないと主張するが「公法分野において公権力行使の主体である一方,私法分野においては私権の享有主体でありうる以上,私人と同様に名誉権に保護が図られるべきである」。

 さらに,本件の場合,被告も原告も地方公共団体であるから「国民主権ないし民主主義の観点から被告の他の地方公共団体に対する批判・論評を当該地方公共団体の住民その他国民による批判・論評と同列に扱うことはできない」。

 (2)について:

 本件特集記事は「原告が本件設置許可前に許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきであったのに同設置許可後に初めて明確な反対意思表示をした趣旨の記載であり,原告の反対の意思表示が時機に遅れて適正でないとの印象を与えるものであるから,本件記述は原告の社会的評価を低下させるものと認められ」る。

 (3)について:

 本件特集記事は「『設置許可が出る前に』意思表示をしていないと記述しているに過ぎず,その始期については何ら限定されていない」。本件において,原告は「本件設置許可申請の前後を通じ,通産大臣に対して,書面によるか又は下部機関である九州通産局への口頭の申し入れを通じて,明確な反対の意思表示をしていた」。また,原告が提出した証拠(甲第2号証ないし第6号証)によると「本件記述がされた当時,原告が実際には本件設置許可に先立って,同設置許可申請の前後を通じ,通産大臣に対して,書面によるか又は下部機関である九州通産局への口頭の申入れを通じて,明確な反対の意思表示をしていたことを被告は容易に認識し得たと認定でき,本件記述による名誉毀損について少なくとも重過失がある」。本件特集記事の記述は「真実に反する」。

 (4)について:

 サテライト日田問題についての日田市民の関心が高いこと,および「社会的信頼性の高い発行物」である市報に本件特集記事が掲載されて「原告の社会的評価は大きく低下した」ことからすれば「本件において原告の社会的評価を回復させるための措置」が必要である。 

V  評釈,検討

 

 1.はじめに

 地方分権改革が曲がりなりにも進む中,地方公共団体の条例制定権などが多少なりとも拡大され,まちづくりなどを主体的に行うための権限も増大した。このこと自体は歓迎されるべきである。しかし,様々な政策を進めることにより,時には,他の地方公共団体との対立が生じ,深まることもありうる。サテライト日田問題には,別府市の競輪事業と日田市のまちづくり(都市環境整備など)とが衝突したという「自治体間対立」としての側面も存在する3)

 本件は,一地方公共団体が,他の地方公共団体の広報誌に掲載された記事により,名誉権を侵害されたと主張して訴訟を提起したという,非常に珍しい事例である。少なくとも,管見の限りにおいて,同様の事案に関する訴訟は存在しない。もっとも,地方公共団体の名誉権の有無そのものについては,新潟地高田支判平成13年2月28日(判例集未登載)および東京高判平成14年2月19日判時1825号75頁がある4)。しかし,両判決とも,上越市が東京放送の番組の内容について同市の名誉毀損を理由として,訂正放送や謝罪広告などを求めて訴訟を提起したという事案に関するものであり,本件の事案とは性質が異なることに注意しなければならない。

 原告の日田市は,許可権者である経済産業大臣を相手として,サテライト日田設置許可の無効確認および取消を求める訴訟を提起しており,平成15年1月28日,大分地方裁判所は,日田市に原告適格がないとして請求を却下する判決を下した。現在は福岡高等裁判所に係属中のこの訴訟は,折からの地方分権改革などとあいまって,行政法学や行政学などにおいて注目を浴び,全国に展開されている場外券売場設置反対運動にも大きな影響を与えている。

 これに対し,本件訴訟は,日田市による反対運動においては,むしろ傍流と言いうるものであり,直接,設置許可の取消などに影響を与えるものではない。このため,対経済産業大臣訴訟よりも関心や注目度は低かった。

 しかし,市報べっぷ掲載記事の問題は,サテライト日田問題をめぐる(少なくとも)平成12年6月以降に示された一連の別府市執行部の対応を象徴するものであった。これに対して,日田市民は当然として別府市民や別府市議会からも批判が浴びせられ,平成13年2月の別府市議会臨時会においてサテライト日田設置関連補正予算案が否決される原因ともなった。市報掲載記事問題により,別府市は,一時的ではあれ,実質的にサテライト日田設置推進を凍結せざるをえなくなったのである。その意味において,本件訴訟は重要な意味を有する。

 判決言い渡しの当日および翌日,大分県内の各報道機関が本件判決を取り上げた。その中には「分権型社会に向けて地方の自立が迫られるなか,自治体の社会的評価,名誉権を認めた判決は時代の流れに沿うと言える」という,非常に高い評価もみられる5)。私も「昨年2月,新潟県上越市が放送局などを訴えた裁判の判決で,新潟地裁高田支部は,一般論として地方公共団体にも名誉権が認められると示した。今回の判決は,さらに一歩踏み込んだもので画期的だ。誤った内容を広報の記事とすることは,日田市のみならず,日田市民に対する名誉毀損とも考えられる。/地方公共団体の広報のあり方について一つの基準を示したと評価できる」と述べた(/は,原文改行箇所)6)。しかし,本格的な評釈などはなされておらず,私自身が,この裁判を傍聴し,原告,被告双方の主張を聞いているだけに,地方公共団体の名誉権の有無などについて詳しい分析や評価を加える必要性を感じていた。

 そこで,以下,争点に即して,本件判決の検討を試みる。

 

 2.地方公共団体の名誉権享有主体性(1)

 本件においての最大の論点は,上記争点(1)である。仮に地方公共団体に名誉権享有主体性が認められないとすれば,原告適格が認められず,請求は却下されるからである。

 そもそも,公法人である地方公共団体が基本的人権の享有主体となりうるかという問題については,あまり議論されてこなかったと思われる。これについては,理論上,原則的否定説,原則的肯定説,制限的肯定説が存在しうる7)。そして,行政法学において地方公共団体が公権力の行使を担う主体として扱われていること,基本的人権が,本来,国家権力による侵害から国民の自由を保護しようとする趣旨において主張され,国民と国家との関係において捉えられることからすれば8),原則的否定説が妥当すると考えられてきたものと思われる。

 しかし,近年,行政法学において公法と私法との区別を否定する見解が有力になっている(定着しているという評価も見られる)。そうであるとすれば,地方公共団体を公法人と捉えること自体の妥当性も問われるべきであろう9)。もとより,憲法上,そして地方自治法などの法制度上,地方公共団体が公権力の主体としての性格を有することは否めない。他方,地方公共団体についても,私法上の権利主体となる場面が皆無であるという訳ではない。公法・私法の区別を肯定する見解であっても,国や地方公共団体の行為であるから私法の適用を全く認めないということではなく,権力関係とされるものであっても民法の適用が排除される訳ではない。法の適用は,主体の性格などではなく,事案の性質によって左右される。

 このようなことからすれば,原則的否定説は,その趣旨などについては理解しうるし,基本的には正当であると思われるものの,地方公共団体が私法上の権利主体としての活動をなしうるという点を看過する点において,単純に過ぎ,妥当ではない。逆に,原則的肯定説については,地方公共団体が有する公権力の主体としての性格を無視する見解であり,憲法の人権規定の存在意義と矛盾することになるため,採りえない。このため,制限的肯定説を採用するのが妥当であろう。地方公共団体が公権力の主体として行為をなす場合(私人との間に権力関係が成立する場合)には,国民主権の原理に鑑み,地方公共団体の基本的人権享有主体性は否定されざるをえない。これに対し,地方公共団体が私法上の権利主体として行為をなす場合(権力関係が成立しない場合)には,基本的に地方公共団体の基本的人権享有主体性は肯定されるべきであろう。但し,その場合であっても,権力関係と非権力関係との区別が相対的であることなどを考慮すると,私人と全く同じ程度の基本的人権享有主体性を認めることは難しい。

 そして,本件のような名誉権の場合,地方公共団体にそれを認めるとしても,私人が有する表現の自由などを過度に制約する可能性も高いため,実際に私人が地方公共団体の名誉を毀損する行為をなしたのか,そして,その行為についての損害賠償請求や謝罪広告などの請求を認めるか否かについては,慎重な判断がなされなければならない。

 最近,私人に人格的利益の一環としての名誉権が憲法第13条によって保障されること,法人や権利能力なき社団などにも名誉権が存在し,地方公共団体も地方自治法第2条第1項により法人とされることから,地方公共団体にも名誉権があるとする説が出されている10。たしかに,地方公共団体も社会的な評価を受ける主体である。しかし,憲法が第92条ないし第94条において,地方公共団体を公権力の行使をなす主体として位置づけていることに鑑みれば,無制約に名誉権を認めることはできない。地方公共団体の活動は,絶えず,国民・住民からの監視を受けることが前提とされる。その監視を否定するような動きは国民主権原理の否定につながるし,かえって私人の基本的人権を侵害する結果に陥る。そのため,仮に私人が地方公共団体の名誉を侵害したとしても,刑法第230条や民法第709条・第710条・第723条が適用されるような事案はほとんど存在しないと考えるべきではなかろうか。現に,前掲新潟地裁高田支部判決および東京高等裁判所判決は,上越市の名誉権享有主体性を肯定しつつも,その請求を棄却している。

 但し,以上のことは,地方公共団体と私人との関係について論じたことであり,本件のように地方公共団体間の紛争については,別に考察を必要とする。この場合には,私人同士の関係の場合と類似するものであると考えうるからである。項を改め,さらに検討を進める。

 

 3.地方公共団体の名誉権享有主体性(2)

 本件において,被告は「名誉毀損の保護法益は,私人の権利保護をはかるべきものとして生まれたものであり,公権力行使の主体である国,地方公共団体に対する批判・論評に対して観念されたものではない」とした上で,「公権力の行使について国民が自由にこれを批判し,論評することができることが国民主権・民主主義制度の根幹であり,国・地方公共団体の公権力の行使に対する批判については名誉毀損法による保護をうけるものではない」として,地方公共団体の名誉権を完全に否定していた。

 これに対し,本件判決は,前述のように,地方公共団体が公法人であることを前提にしつつ,私法上の権利主体ともなりうることに着目し,地方公共団体の名誉権享有主体性を肯定する。

 本件判決においては引用されていないが,前掲新潟地裁高田支部判決は,やはり地方公共団体が公権力の行使の主体であることを前提にしつつも「公権力は法律の定める範囲内(憲法94条)でのみ行使されるものであり,公権力行使の主体としては制限的なもので,国と同視することはできない。国については名誉毀損の客体とはならないとしても,地方公共団体について当然に名誉毀損の対象とはならないということはできないと言うべきである」と述べている。

  一般論としては,被告が主張するように,名誉毀損の保護法益は,第一に私人の名誉であることは当然である。公権力の行使云々の箇所も,刑法第230条の2などの存在を考慮に入れるならば妥当である(但し,この場合であっても,公人に関しては,名誉毀損罪に問われる可能性が減少するだけであり,皆無になるということではない)。しかし,公法人であるから地方公共団体の名誉毀損が成立しないという法律上の明文の根拠も存在しない。この点については,憲法上の根拠を含め,より精緻な議論が必要とされたのではなかろうか。そればかりでなく,本件の場合は原告も被告も同格の地方公共団体であるから,私人と地方公共団体との関係と全く同様に考えることには無理がある,と言わざるをえない。被告に私人と同一の法的主体性を認め,やはり公権力の主体たる性格を有する他の地方公共団体に対する批判の自由など表現の自由一般を認めることはできないであろう。

 ただ,本件判決において,地方公共団体が名誉権享有主体性を認められるとしても,それがいかなる場合におけるものであるのか,という点は不明確である。判決を読む限り,地方公共団体の公権力の行使主体としての性格と「取引主体」としての性格が列挙されていることから,名誉権享有主体性は「取引主体」としての性格が問題となる場合に認められると理解することもできる。しかし,本件判決は,地方公共団体の「行政目的のためになされる活動等は種々異なり,これを含めた評価の対象となり得るものであるから,それ自体一定の社会的評価を有している」と述べており,公権力の行使主体としての性格が問題になる場合においても名誉権享有主体性を認められると判断しているようにも読解しうる。本件事案の性質上,両者の区別をする必要が認められなかったのかもしれないが,それは事案の特殊性によるものであるから,名誉権享有主体性が認められる範囲について,より一般的かつ明確な判断が求められるものと思われる。公権力行使の主体としての一面に関連する場合に,地方公共団体の名誉権侵害が問題とはならないであろうし,問題とされるべきではない。この歯止めがなければ,逆に妥当性を欠くことにもなる。

 前掲新潟地裁高田支部判決は,地方公共団体について「名誉毀損が成立しうる範囲は法人を含む私人とは大いに異なる」と述べる。この判断も不明確さを残すが「地方公共団体の行政運営に対する批判は,当該地方公共団体そのものに対する批判とは別個のものと解するのが相当であ」ると述べていることから,公権力行使の主体としての一面に関連する場合には,地方公共団体の名誉権侵害が問題となりえないという判断を示したものと解しうる。

 また,上記と関連することであるが,地方公共団体の名誉を毀損した者が私人であるのか,本件のように他の地方公共団体であるのかにより,地方公共団体の名誉権享有主体性についての判断は分かれうるはずである。本件判決においては,その点も明確にされていない。本件のように,場外車券売場などの設置に反対する地方公共団体の意思表示などは,公権力の行使としての性格を有しておらず,周辺住民による反対の意思表示と同様の性格であると考えられる。他方,市報の編集や発行は,それ自体が事実行為であり,公権力の行使としての性格を有するものではない。このため,両者の関係は私法人間の関係とほぼ同様のものとして捉えられる。

 但し,市報は,いかなる編集形態によるものであれ,市の公式見解などを住民に示すものと考えるべきである。従って,仮に市報の編集の自由,記事作成の自由などが存在するとしても,それらの自由は相当に制約されたものでしかない。そして,市報において他の市町村を批判する自由が存在したとしても,結果的に虚偽の事実によってその市町村の評価を貶めるようなことは許されない。本件判決も指摘するように「国民主権ないし民主主義の観点から被告の他の地方公共団体に対する批判・論評を当該地方公共団体の住民その他国民による批判・論評と同列に扱うことはできない」のである。

 このように考えるならば,本件判決の論旨は,地方公共団体の公権力の行使主体としての性格が問題となっていない場合であり,かつ,他の地方公共団体の広報誌などによって真実と相違する報道がなされた場合,掲載記事が批判の領域にあるとは言い難い表現や内容である場合などについてのみ妥当する,と考えるべきである。

 また,市町村の広報誌掲載記事ということに着目するならば,本件訴訟における被告の主張は,別府市が地方公共団体であることはなく,あたかも一個人であるかのような内容であった。これは無視し難い錯誤である。市報に表現の自由が全くない訳ではなかろう。しかし,他の市町村に対して「批判・論評する自由」は私人に対して認められるものであって,地方公共団体に対して無制約に保障されるものというべきではないはずである。名誉毀損について私人と地方公共団体との立場は異なると表明しながら,無意識に混同しているきらいもあったのではないかと思われる。

 

 4.本件記述の名誉毀損性

 上記争点(2)は,争点(1)と密接な関係にあり,基本的には同旨が妥当する。判決もその点を確認している。その上で,市報べっぷ掲載記事は「原告の反対の意思表示が時機に遅れて適正でないとの印象を与えるものであるから,本件記述は原告の社会的評価を低下させるものと認められ,その名誉を毀損するものである」と述べている。被告は,この点について表現の自由と名誉の保護との比較考量を持ち出していたが,判決は,別府市が地方公共団体であることを理由にして,別府市の主張を認めていない。事案の性質上,当然のことであろう。上述のように,市報について表現の自由が認められるとしても,それは相当に制約された範囲におけるものでしかない。

 その上で,判決は,別府市の主張が「地方公共団体の行政運営に対する社会的評価とこれとは別の地方公共団体自身の社会的評価が峻別できることを前提とするものであるが,これらを果たして峻別できるかどうかははなはだ疑問である」と述べている。この部分は,前掲新潟地裁高田支部判決と異なっており,一般論として妥当性があるか,疑問が残る。しかし,本件判決の場合は,両者の区別が問題とならない事例であり,公共事業にまつわる不正入札や汚職などが問題とされた事案ではないので,峻別の必要性が認められなかったのであろう。

 

 5.本件記述の真実性および故意・過失

 上記論点(3)は,既に述べた市報の性質についての私見と関係する。

 被告は,原告の請求について「平成8年から9月から設置許可申請のあった平成9年7月までの日田市の行動や,平成8年1220日の日田市の決議,平成9年1月13日の要望書の提出などについては,本件論評では全くふれていない部分であり,過大な要求」であるなどと主張し,本件特集記事における論評は「同申請後3年間の行動についての認識とそれをふまえた批判である」と述べていた。

  これに対し,本件判決は,本件特集記事の記述が「『設置許可が出る前に』意思表示をしていないと記述しているに過ぎず,その始期については何ら限定されていない」と述べ,事実認定からしても被告の主張は採用できないと判断した。

 市報掲載の記事を読む限り,問題となった箇所から,平成9年1月13日の要望書の提出などが論評されていないと読むことには無理がある。申請から許可まで3年間を要したということと,その間に反対運動がなされたか否かということとは別の事柄であり,市報の記事には「その間に」というような文言もないので,被告が裁判で主張した記事の意図あるいは意味は,記事からでは読み取ることができないものと思われる。

 また,訴訟において,被告は,原告が提出した証拠を覆すようなものを,何一つ示さなかった。例えば,甲第5号は,平成14年1月14日付で別府市長に宛てられた通商産業省機械情報産業局車両課長名義の「競輪場外車券売場(サテライト日田)の設置問題について」という文書であり,甲第6号証は,同年2月25日付で通商産業省機械情報産業局車両課長に宛てられた別府市長名義の「確約書」であった。これらの文書には,被告の主張する期間にも原告による反対の意思表示がなされていたことが示されている。

 

 6.名誉回復措置の必要性

 名誉毀損に関する訴訟において,名誉権の侵害が認められたからと言って,直ちに損害賠償や名誉回復のための措置の請求が認められる訳ではない。とくに,本件の場合,原告が受けた名誉毀損の具体的な損害を評価することが困難であるため,回復措置が必要か否かについては慎重な判断が求められるであろう。このために,上記争点(4)があげられる。

 本件判決は,既に述べたように原告の「社会的評価は大きく低下したと認められる」と判断し,訂正記事の掲載が「相当である」と判断した。

 これまでに,市町村の広報誌が私人の名誉を毀損したとして,損害賠償および謝罪広告(または謝罪文)の掲載を求めた訴訟がいくつか存在する。このうち,高知地判昭和601223日判時1200127頁は,土佐清水市の市報に掲載された記事が原告会社の社会的評価を低下させたことは明らかであるとして,損害賠償請求を認めた。判決においては「地方公共団体の反論を広報として配布する場合には,広報に名を借りた個人攻撃とならないよう,前提事実の認定及び差別性の判断は慎重になされるべきである」とした上で,広報掲載記事の掲載などについて市の企画課職員の過失を認定している。しかし,謝罪広告(謝罪文)の掲載については,原告が自らの主張を何度か文書として公表していること,問題となった市報の発行から7年が経過していることなどを理由として,請求を棄却した。

 また,広島地三次支判平成5年3月29日判時147983頁は,某市内の小学校に勤務する教諭(原告)の職員会議における発言がその市の広報誌および教諭が居住する別の市の広報誌に掲載され(仮名による),名誉を毀損されたとして損害賠償および謝罪文の掲載を請求した事案について,市の広報誌が「市民にとって正確で,重要な情報を提供すべき使命を有していると同時に,市民からも高い信頼性を勝ち得ていること」から「格別の真実性が要請されている」ことを理由として,「原告の損害の回復は慰謝料の支払いだけでは十分でなく,同一の媒体を通じて名誉回復措置がとられなければならない」として,原告の請求を認容した。

 市町村の広報誌が有すべき性格については,前掲広島地裁三次支部判決の説示が妥当であろう。既に述べたように,市町村の広報誌は,その地方公共団体の公式見解などを住民に示すものと考えるべきである。また,原告は,たしかに,広報ひた号外(2001年3月15日付)に原告の主張を掲載しているし,その主張を掲載した新聞報道もなされている。しかし,市町村の広報誌は,基本的に当該市町村の住民を対象とするものであり,発行部数もその範囲に限定される(+αもあろうが)。そのため,域外に居住する住民が当該市町村の広報を参照しうる機会は非常に限定されたものである(この点は前掲の両判決と異なる)。本件に即して言うならば,市報べっぷに掲載された記事を日田市民が読むことは,それほど容易ではない。他方,別府市民にとっては,まずは市報べっぷ掲載記事の内容を信頼することになるであろう。仮に広報誌の記事が新聞などによって報道されたとしても,それは概要でしかない(何らかの編集が加えられることもあろう)。そのため,被告の領域に居住する住民の範囲において原告の名誉が毀損されたとしても,原告が被告の領域内において完全なる反論などをなしうる機会がない限り,原告の広報誌における記事などによって名誉を回復しうるか否かは疑問である。

 このように考えれば,本件判決の説示は妥当であると考えられる。

 

 

W  結論,および判決後の経過

  

 以上から,私は,本件判決をおおむね妥当と評価する。但し,地方公共団体の名誉権享有主体性については不明確さが残り,この部分については疑問を示しておく。

 本件判決が出された後,別府市は,当初,控訴の意向を示していた。地方自治法第96条第1項第12号は,普通地方公共団体(都道府県および市町村)による「訴えの提起」を議会の議決事項としてあげている。控訴や上告については明示していないが,控訴の場合であっても一定の費用を要することは「訴えの提起」の場合と変わらず,また,控訴は高等裁判所に司法判断を求めることであるから「訴えの提起」と類似する。このことから,控訴についても,原則として議会の議決事項であると考えるべきである。

 しかし,別府市は市議会を開催しなかった。このことから,同第179条により,首長の専決処分として控訴することも考えられた。その場合には,同第1項にいう「普通地方公共団体の議会が成立しないとき,第百十三条但書の場合においてなお会議を開くことができないとき,普通地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき,又は議会において議決すべき事件を議決しないとき」のいずれかに該当するか否かが問われたであろう。結局,別府市は控訴を断念した。このため,判決が確定し,本件判決で命じられた訂正記事は市報べっぷ平成15年1月号に掲載された。

 その後,別府市による表立った動きはなかったが,今年4月の市長選挙で現職を破って当選した浜田博氏は,就任直後にサテライト日田の設置を断念するという意向を示した。そして,8月27日に,別府市は,この問題のサテライト日田設置の「円満解決」を目指し,設置許可を得た建設業者との交渉を開始した。詳しいことは不明であるが,7月下旬には「同市の担当職員が九州経済産業局を訪れ,同問題に関する意向も伝えた」とのことである11

 なお、日田市対経済産業大臣訴訟は,福岡高等裁判所に係属していたが、11月10日に別府市が設置の断念を表明したことにより、日田市が訴えを取り下げた。

 

 1)拙稿「サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例―日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」地方自治職員研修467号(以下,拙稿@)27頁が,行政法学における,サテライト日田問題に関する最初の論考である。その後,木佐茂男編『〈まちづくり権〉への挑戦―日田市場外車券売場訴訟を追う―』(平成14年,信山社)など,この問題を直接的に,または間接的に扱う論文が多く公表されている。しかし,その多くは,サテライト日田設置許可の効力をめぐる日田市対経済産業大臣訴訟に関するものである。管見の限りにおいて,市報掲載記事問題に言及する論考は,拙稿@29頁および木佐編・前掲書16頁しか見当たらない。いずれも,口頭弁論が開始された頃に執筆したもの,または刊行されたものであるため,事案の経過などを紹介するに留まっている。

 なお,日田市対経済産業大臣訴訟の一審判決である大分地方裁判所平成15年1月28日判決の評釈としては,拙稿「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」法令解説資料総覧256号(以下,拙稿A)120頁がある。

 2)拙稿A120頁においては6月4日と記しているが,正しくは,本文に記したとおり,6月7日である。ここで訂正させていただくとともに,お詫びを申し上げる。

 3)拙稿@27頁も,端的にではあるが「サテライト日田問題は,単に場外車券売場の設置の是非に留まらず,条例制定権の限界,まちづくりの進め方,市民意思の反映の仕方,市町村関係の在り方など,地方自治における重要な諸課題が凝縮されたものである」と指摘する。

 4)新潟地方裁判所高田支部平成13年2月28日判決は,本件訴訟において被告側から乙4号証として提出されている。この判決については,原告側の訴訟代理人である梅木哲弁護士の御厚意によって入手しえたことを記し,この場を借りて,改めて御礼を申し上げる。なお,判例時報1825号75頁は、新潟地方裁判所高田支部判決の言渡日を平成13年2月19日としているが、本文に示したように同年2月28日が正しい。

  5)西日本新聞平成141120日付朝刊2816版(社会面)。

 6)朝日新聞平成141120日付朝刊3413版。本文のコメントは,朝日新聞大分支局の白石昌幸記者によってまとめられたものである。白石氏には,本件判決文の入手についても御協力をいただいた。この場を借りて,改めて御礼を申し上げる。

 7)この整理は,長尾一紘『日本国憲法』〔第3版〕(平成9年,世界思想社)102頁に基づく。但し,同書において「公権力の主体としての側面については否定し,私経済の主体としての側面については肯定する見解」と表現されるものを,本稿において制限的肯定説としている。

 8)周知のように,憲法学においては,憲法の人権規定に関して間接効力説が通説である。判例もこの説を採用する。

 9)私も,公法・私法二分論については疑問を抱いている。この理論に基づいて公法と私法とを区別するとしても,実際に何が公法であり,私法であるかを判断することは難しい。また,公法・私法二分論によって全てを割り切ることはできない。行政法学においても,従来からの行政行為論などとともに,行政契約論,その他,私法的行為に関する議論がなされざるをえなくなっている。しかし,行政法において,民法や商法などと異なる部分が存在することは,否定のしようがないところであろう。公法・私法の分類を否定する見解は,行政法の特質とは何かという問題に十分な回答を出していない,と思われる。ただ,本稿は公法・私法二分論を主題とするものではないので,機会を改めて論じることとしたい。

 10)木佐茂男編・前掲書19頁。

  11)西日本新聞平成15年8月30日付朝刊30面(大分)。また,別府市と建設業者との協議については,毎日新聞平成15年8月29日付朝刊19面(大分)も報じている。

 

Recht auf Ehren der Kommune

Toshiki Mori

 

サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第一部 サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第二部 サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第三部
サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第四部 サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第五部 サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例
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