場外車券売場設置許可無効確認請求事件

平成15年1月28日大分地裁判決・平成13年(行ウ)10号

【判決要旨】

 自転車競技法は、場外車券売場設置予定地の地方自治体の個別的利益を保護するものではない。そのため、当該地方自治体は、場外車券売場設置許可の無効確認または取消しを求める法律上の利益を有しない。

【参照条文】

 自転車競技法一条一項・二条・三条、四条二項・七条の二・第二一条、同法施行規則四条の三第一項、地方自治法一条、憲法三一条、行政事件訴訟法九条・三六条

【事実の概要】

 訴外会社Aは、平成八年七月、大分県日田市に別府競輪場の場外車券売場(サテライト日田)を設置する計画を訴外別府市に示した。同年九月、この計画が日田市によって確認され、日田市民による反対運動が起こり、日田市議会も設置反対の決議を行った。しかし、翌年七月、Aは設置許可の申請をした。設置計画は一時凍結されたようであるが、平成一二年になって再浮上し、同年六月四日、当時の通商産業大臣により設置許可がなされた。

 これを受け、日田市は、別府市に設置断念を何度も申し入れるなどの活動を行った。平成一三年二月には別府市議会臨時会で場外車券売場設置関連補正予算案が否決された。計画は事実上凍結されているが、設置が断念された訳ではなく、設置許可の撤回などもなされなかったので、同月、日田市は、経済産業大臣を相手取り、サテライト日田設置許可の無効確認などを求める訴訟を提起した。

【裁判所の判断】原告の請求を却下

 1 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該行政処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も上記にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである」。これは同三六条についても妥当する。

 2 自転車競技法一条は「競輪を施行する目的が、同条項に例示された公益の増進を目的とする事業の振興に寄与すること、及びこれを施行する市町村の財政の健全化にあることを定めた規定である」。それ故に「住民の生活の安全、福祉、保健衛生、教育、青少年の健全育成、生活環境の保全等地元自治体の公共の利益に関わる事項やその財政の健全化を個別的利益として保護する趣旨で」はない。また、場外車券売場の設置許可制度は「申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業の運営上適当であるか否かを審査することにあり、前記の許可基準等もその目的のために設けられたもの」である。

 3 自転車競技法には「地元自治体の個別的利益を直接保護することを目的とする明文の規定が」なく、「前記許可制度が地元自治体の個別的利益を保護する趣旨であることをうかがわせるような規定」もない。「原告が、本件許可処分によって侵害されたと主張する権能等は地元自治体の個別的利益として法が保護しているということはできない」。

 4 地方自治法の目的(同一条を参照)と自転車競技法の目的は異なるから、「地方自治法の規定によって、本件許可処分の根拠法規である法が地元自治体の個別的利益を保護する趣旨であることを根拠づけようとすることはその前提を誤ったものであ」る。

【コメント】

 1 本件は、サテライト日田問題、あるいは別府・日田戦争などと呼ばれて全国的に有名になったものである。

 近年、概して公営競技の経営状況が悪化する中、場外券売場の設置によって売り上げを回復しようとする動きが各地で生じ、周辺住民の激しい反対運動にあっている。そして、本件の場合、原告である日田市と訴外別府市との激しい対立を生み、市報べっぷ平成一二年一一月号掲載の記事をめぐり、日田市が別府市に対して訂正記事の掲載を求める訴訟を提起するに至った(平成一四年一一月一八日の大分地方裁判所判決で日田市が勝訴した。判決は確定している)。のみならず、平成一三年二月には別府市議会臨時会においてサテライト日田設置関連補正予算案が否決され、別府市議会が混乱する事態も生じた。

 本件は、住民のみならず、設置予定地の地方自治体も反対の意思を示し、地方自治体自らが原告となって場外車券売場設置許可の無効確認および取消を求めて出訴したことで注目を浴びた。のみならず、地方分権推進法制定以後、地方分権改革が曲がりなりにも進められる中、市町村の「まちづくり権」の有無および性質、さらに言えば地方自治、地方分権の意味を全国に問いかけるという意味を有する(拙稿「サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例―日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例―」月刊地方自治職員研修二〇〇一年五月号二九頁を参照。また、村上順「日田訴訟と自治体の出訴資格」自治総研二〇〇二年三月号一九頁も「地方分権改革の成果と真価が問われる重要な事件である」と評価する)。

 2 本件の論点は多岐にわたるが、大分地方裁判所での審理においては、原告である日田市の原告適格、さらに、原告適格より前の段階として出訴資格の有無が最大の争点となった。すなわち、そもそも地方自治体が抗告訴訟(無効確認訴訟、取消訴訟など)を提起できるのかが問題となったのである。日本国憲法制定以後、地方自治体が原告となった訴訟は少なく、しかも、処分の第三者という立場から提起された訴訟は存在していなかったので、行政事件訴訟法制定以降では本件が初のケースとなる。

 大日本帝国憲法時代、行政裁判所法の下では、地方自治体による抗告訴訟の出訴資格を認めた例が存在する(詳細は、垣見隆禎「明治憲法下の自治体の行政訴訟―行政裁判所判例を中心に―」福島大学行政社会論集一四巻二号(二〇〇一年)一〇二頁を参照)。また、ドイツ、フランスなどにおいては、行政訴訟における地方自治体の出訴資格は肯定されている。このことは、原告側から提出された白藤博行教授、村上順教授の鑑定書においても述べられている。

 3 本件判決は、出訴資格についてとくに判断を下すことなく、専ら、原告適格の点から日田市の請求を却下した。そのため、少なくとも判決の文言上、抗告訴訟における地方自治体の出訴資格は否定されておらず、許可処分に関して「法律上保護された利益」を有すると判断がなされるならば、地方自治体に原告適格が認められることになる。ただ、本件判決において出訴資格の点がどの程度まで意識されていたのか、疑問が残るところではある。

 しかし、仮に日田市の出訴資格を否定するのであれば、例えば、最高裁三小法廷判決平成一四年七月九日(本誌二五〇号八八頁掲載の金子正史教授による解説を参照)が示したように、本件訴訟が裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」に該当しないという理由づけも考えられる。本件判決は、あくまで原告適格にのみ言及しているので、出訴資格を否定しないものと考えるべきである。

 その上で、既に示したように、基本的に「もんじゅ」訴訟最高裁判決(最高裁三小法廷判決平成四年九月二二日・民集四六巻六号五七一頁)に示された判断を受け継いでいる。すなわち、基本的に「法律上保護された利益説」の上に立つ判断がなされている。

 一般に、最高裁判例は、原告適格について「法律上保護された利益説」を採用する。しかし、新潟空港訴訟最高裁判所判決(最高裁二小法廷判判決平成元年二月一七日・民集四三巻二号五六頁)以来、「法律上保護された利益説」をとりつつ、処分の根拠規定のみならず、法律の目的、関連法規などを判断の基準として原告適格の有無を判断するようになっている。そのため、「保護に値する利益説」に接近しているとも評価されている(この点につき、塩野宏・行政法U〔第二版〕(一九九四年、有斐閣)一〇五頁、原田尚彦・行政法要論〔全訂第四版増補版〕(二〇〇〇年、学陽書房)三六一頁なども参照)。

 本件判決も、原告適格の判断の枠組みそのものとしては、右の最高裁判決と同じ流れを受けている。しかし、本件許可処分の根拠規定および関連法規の解釈は、前記最高裁判決と比較すれば、形式的なものに終始しているものと思われる。例えば、本件において一つの鍵となる自転車競技法一条一項について、本件判決は一般的公益を保護する趣旨のものであって、個別の地方自治体の利益を保護するものではないと判断する。しかし、同条項には「公益の増進」と「地方財政の健全化」が掲げられており、規定の上では両者が区別されている。これをどのように解すればよいのか。また、本件判決は自転車競技法の目的と地方自治法の目的とが異なると判断しているが、自転車競技法一条にいう「地方財政の健全化」と地方自治法一条にいう「地方公共団体の健全な発展の保障」が無関係であるとは言えないであろう。仮に無関係であるとすれば、何故に都道府県および指定市町村に競輪事業が認められるのであろうか。

 新潟空港訴訟最高裁判決は、原告適格の判断の際に、定期航空運送事業免許処分の根拠規定である航空法一〇〇条・一〇一条の他、同法中の関連規定をも解釈の要素に含め、周辺住民の原告適格を肯定した。「もんじゅ」訴訟最高裁判決の場合も、原告適格の判断については同様である。両判決とも、根拠規定および関連法規などを実質的に、かつ総合的に解釈し、原告適格を判断した。これに対して、本件判決は、一応は根拠規定および関連法規などを総合的に判断しているが、相互の関連性への配慮に乏しく、法律の規定を形式的に判断するだけで終わっている。

 4 本件判決は、原告適格についてのみの判断をしたため、原告によって提起された諸問題〔本件処分の根拠規定である自転車競技法四条が憲法九二条に違反するか、本件処分が日田市の「まちづくり権」を侵害するか、など〕の実質的判断が残されている。判決言渡しの直後、日田市は福岡高等裁判所に控訴した。控訴審においていかなる判断がなされるのか。審理過程に注目したい。

 

あとがき 1)この論文は、 月刊誌である法令解説資料総覧第256号(2003年5月号)120頁から122頁までに、「判例解説A」として掲載されたものであり、2003年4月の時点において執筆したものです。 なお、雑誌掲載時は縦書きでした。この場を借りて、第一法規株式会社編集部の川戸路子氏に、改めて御礼申し上げます。

(あとがき2)本文中、「【事実の概要】の箇所で「同年六月四日、当時の通商産業大臣により設置許可がなされた。」との記述があります(雑誌では120頁)。これは「六月七日」の誤りです。御迷惑をお掛けしたことについて、お詫びを申し上げます。

(あとがき3)平成15年1月28日大分地裁判決・平成13年(行ウ)10号は、判例タイムズ1139号83頁に掲載されています。

 

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