サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第32編

 

 このところ、地方分権、地方財政、そして市町村合併の諸問題に追われております。どれも常に新しい動きがあり、フォローするだけでも大変です。しかし、そうも言っていられません。まして、このサテライト日田問題については、昨年から追い続けております。私の知る限り、この問題について論文を作成したり、ホームページで取り上げているのは、少なくとも行政法学者では私しかおりません。義務感のようなものが、私にある、などと書くと大袈裟ですが、大分大学に勤める者として、地方自治における多くの課題が凝縮されたサテライト日田問題を取り上げ続ける所存です。勿論、新聞報道などからでも、事実を知ることはできます。しかし、これをさらに深く、多少とも専門的な立場から取り上げることが、このホームページにおける諸記事の存在意義であり、独自性を主張できる点です。

 最近、日田市では、保育所の民間委託問題が大きな焦点になっています。「ひたの掲示板」でも議論されておりますが、ここには日田市の行政が抱える幾つかの問題点が浮き彫りになっています。とくに、今月開催された市の説明会では、日田市と住民との間で議論が平行線をたどった挙句、日田市長などが途中退席するということがあったようです。これが少なからぬ市民の反発を買っていることは、言うまでもありません。

 さて、本題のサテライト日田問題に移りましょう。

 8月28日、正午のニュースを聴いてから、大分地方裁判所に向かいました。昼食を済ませ、裁判所に入ってしばらくすると、原告側代理人の梅木哲弁護士が来られました。原告側準備書面と被告側準備書面の双方を読ませていただき、話をしました。ほどなく、日田市職員数氏も来られました。すぐにNHK大分の中島記者などが梅木弁護士にインタビューを始めます。私は、サテライト日田建設予定地の状況を尋ねました。すると、職員氏から、建設予定地を示す柵代わりの鉄板が全て撤去され、駐車場に戻っているという返事をいただきました。別府市は、6月市議会へのサテライト日田建設関連予算案の提出を見送っております。こうしたことから、設置者である 溝江建設は、半分ほど設置をあきらめたのでしょうか。

 今日も1号法廷で第3回の口頭弁論ということになるのですが、前回よりも傍聴人が多いようです。よく見たら、13時10分から、同じ法廷で判決言渡しが2件、13時30分から国を被告とする民事訴訟が行われるということで、そのために多かったのでしょう。

 13時10分、まずは2件の判決言渡しがありました。それからすぐに第3回口頭弁論が行われました。基本的に準備書面および書証の提出だけで、乙第4号証ないし第7号証の取調べということになりました。しかし、裁判所側から、別府市報の根拠条例に関する質問がなされました。被告側代理人の内田健弁護士の声が、いつもと違って聞き取りにくかったのですが、条例発行に関する根拠条例はないということでした。また、日田市の主張する名誉が今ひとつ明確でないという主張もなされました。

 次回は、11月6日の13時10分、対経済産業大臣訴訟と同じ日になりました。しかも、対経済産業大臣訴訟は13時30分からです。おそらく、多くの日田市民が、13時10分から傍聴することとなるでしょう。

 また、今後の訴訟進行に間する協議が、9月26日の16時から行われます。これは打ち合わせ程度のもので、非公開です。

 これで口頭弁論は終わりました。13時20分をまわったころです。準備書面などについて話をした後、大分大学へ向かいました。

 準備書面の内容に触れておかなければなりません。これについては、判決などについて私も若干調べたのですが、入手できないものがありました。乙第4号証として提出された新潟地方裁判所高田支部平成13年2月28日判決(判例集未登載)です。この事件については、第30編において概略を示しております。

 原告側の準備書面ですが、比較的簡略なものです。今回は、原告適格の点に絞っています。まず、日田市の名誉権についてですが、先の新潟地方裁判所高田支部平成13年2月28日判決(判例集未登載)を参照しつつ、地方公共団体についても社会的評価が存在すること、それを低下させる行為というものが考えられうること、従って名誉毀損が成立しうることが述べられてます。次に、広報紙の記事による他地方公共団体の名誉の毀損については、高知地判昭和60年12月23日判時1200号127頁を援用しつつ、成立を認めるべきであると主張しております。そして、名誉回復措置については、市報べっぷの発行部数が51200部で、これらが各世帯に配布されていることなどから、市報べっぷの記事による名誉毀損については、同じ市報べっぷによって名誉回復措置が取られなければならないと主張しています。ここでも、広島地判三次支判平成5年3月29日判例時報1479号83頁を参照しています。

 なお、原告の日田市が主張する日田市の名誉への侵害の結果と言えるのかどうかわからないのですが、第20編においても紹介しましたように、大分合同新聞2001年2月10日付朝刊朝F版29面には、日田市の姿勢を批判する別府市民の声が掲載されています。この市民が市報べっぷ2000年11月号の記事を読んだために日田市への批判の思いを持ち続けたかどうかは不明です。しかし、その記事を読んだことによって日田市に反感などを抱いたという別府市民が存在したとしてもおかしくありません。しかも、この記事の概要は新聞(大分合同新聞200011月1日付朝刊朝F版25面など)で報道されています(第2編も参照して下さい)。

 次に、別府市側の準備書面です。こちらは6ページからなります。まず、市報べっぷの発行についての概略を示した上で、問題の記事について述べています。それによれば、平成9年の許可申請から平成12年までの許可までについて記事が「正確に事実を摘示したもの」としています。

 そして、次からが重要です。記事において問題とされている箇所は「反対するのであれば、日田市としては、本来、設置許可が出る前に、許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきだったのではないか」という箇所です。これについて、別府市側の準備書面は「本件論評は、原告が設置許可申請から設置許可までの3年間に設置に全くの反対の意思表示をしなかったとしているのではなくて、この3年間に原告が通産大臣に対し、設置反対の要望書の提出などをしていないとの事実を認識したうえで、明確な反対の意思表示をするべきだったのではないかとの論評をしたのである」と主張し、「本件論評の前提となる事実の認識に誤りはなく、そのように信じて論評したことに故意過失もない」と結論づけています。

 しかし、私自身が入手した資料によると、当時の通商産業省は、日田市、日田市議会および日田市民(設置予定場所の近隣住民など)が設置に反対していることを明確に認識しています。このことからすれば、何らかの形によって日田市は反対の意思表示をしていることが推測できます。しかも、別府市も明確に認識していることが、同じ資料から判明します。別府市は、平成12年2月25日付で、通商産業省機械情報産業局長宛ての確約書を提出しています。ここには「なお、日田市、日田市議会及び地元住民に対する地域社会の調整については、設置者である 溝江建設株式会社の責務であると考えていますので、設置者に対して今後とも地域住民の理解取得をするよう要請いたします」(原文では会社名が実名で記載されています)と書かれているのです。そのため、別府市は、日田市が何らかの形で反対の意思表示をしていたことを知っていたと考えられないでしょうか(なお、このホームページを読まれた方から、経済産業省が公開した資料をも入手しております。遅ればせながら、御礼を申し上げます)。

 準備書面に戻ります。今度は、原告が求めている訂正文のことです。これについては、まず、この記事が公益を目的とすること、「地方公共団体の方針や具体的な行政活動を批判し、論評し、その論評を文書にして広く住民に訴えることも表現の自由に属し、また行政という公権力の行使について、これを批判・論評する自由が保障されていることが民主主義の根幹であるというべきである」としております。

 この部分については、まず、市報が「地方公共団体の方針や具体的な行政活動を批判し、論評し、その論評を文書にして広く住民に訴えること」を目的とするものかどうかということに疑問が残ります。否、市報は、発行する市自身の方針や行政活動を市民に対して知らせるものであって、他の市町村の方針や具体的な行政活動を批判したり論評したりする場ではありません。必要以上にかようなことをすること自体、市報の範囲を逸脱していないでしょうか。また、別府市側の準備書面は、無視し難い錯誤を犯しています。市報に表現の自由が全くないとは言いませんが、他の市町村の「批判・論評する自由」は、私人に対して認められるものであって、地方公共団体に対して無制約に保障されるものというべきではないはずです。どうやら、名誉毀損について私人と地方公共団体との立場は異なると表明しながら、無意識に混同していないでしょうか。

 そして、やはり新潟地方裁判所高田支部平成13年2月28日判決(判例集未登載)を引用しておりますが、こちらは「名誉毀損が成立する範囲(損害)は、法人を含む私人とは大いに異なり、損害の発生する可能性は極めて小さい」と述べ、同判決から次の部分を引用しています。

 「地方公共団体が国と並ぶ公権力行使の主体であること、国民主権の下、わが国においては民主主義の原理で地方公共団体の運営が行われていることから、地方公共団体に名誉毀損が成立しうる範囲は法人を含む私人とは大いに異なる。」

 さらに、日田市が求める謝罪文について、「被告の本件市報の本件論評の範囲を超えた謝罪を求めるものであり、到底容認できない」と評価しています。これについて、別府市は、「平成8年から9月から設置許可申請のあった平成9年7月までの日田市の行動や、平成8年12月20日の日田市の決議、平成9年1月13日の要望書の提出などについては、本件論評では全くふれていない部分であり、過大な要求」である、「本件記事及び論評が訴外会社の設置許可申請をする前の原告の行動までを批判するものであるとする誤った認識を前提として、主として同申請以前の原告の反対行動をあげている」などとして、「原告は被告の本件論評に対する曲解に基づいて本件市報に虚偽事実が記載されているなどとして被告に訂正記事の掲載などを求め」ていると評価しています。さらに、昨年12月9日に行われたデモなどに言及し、今年3月15日付の日田市報号外についても「本件論評が設置許可申請以前の日田市の行動をも批判しているとの誤った見解を前提とし」ているとして、「本件論評は、同申請後3年間の行動についての認識とそれをふまえた批判である」、「平成9年7月31日から設置許可がなされるまでの間、日田市議会が反対決議をしたことも大石市長が通産大臣に反対の要望書を提出したこともない」と述べています。

 そして、結論として、「原告主張の謝罪文の掲載の要求は、本件論評の範囲を超えた訂正を求めるものであるうえ、本件論評と訂正文との比較衡量、本件論評に対する原告の謝った解釈とそれを前提とした原告の広報紙(号外)の発行及び報道機関に対する反論の発表の諸般の事情を考慮すれば、原告主張の謝罪文の掲載を命じる必要性はないというべきである」と主張されています。

 たしかに、原告が求める訂正文には、平成8年9月に明らかとなったサテライト日田設置計画、平成9年1月13日に通商産業大臣(当時)に提出された要望書のことが記されています。しかし、市報べっぷの記事のうち、問題となった箇所からでは、平成9年1月13日の要望書の提出などが論評されていないと読むことは、少々無理という気もします(しかも、原告が求める謝罪文でも、この部分が中心とされていません)。さらに、別府市側の準備書面では引用されていないのですが、例の記事には平成8年9月から昨年の7月まで実務担当者が日田市などを訪問しているという記載がなされています。そうであるとすれば、日田市が設置反対の意思表示をしていないと捉えるのも無理があります。ただ、問題は、日田市が平成10年と翌年にいかなる意思表示をしていたかということではないでしょうか。

 最後に、余談めきますが、最近になってデザインなどが新しくなった別府市のホームページについて触れておきましょう。

 別府競輪のホームページにある質問コーナーにも、次々に回答が書かれるようになりました。また、新しい質問も出るようになって、冬眠状態から醒めたようです。もっとも、サテライト日田問題に関する質問に対しては、訴訟中なのでコメントできないという趣旨の回答がなされていましたが、これは仕方のないことでしょう。それにしても、質問コーナーが、サテライト日田問題によって活性化したというのは、皮肉な現象と言う他にありません。

 

(2001年8月29日)

戻る