サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第20編

 

 俗に別府・日田戦争とも呼ばれ、私自身は日田・別府戦争とも呼んでいるこの問題も、また新たな段階を迎えました。2月8日、多くの日田市民が傍聴する中、別府市議会がサテライト日田設置関連補正予算案を否決したのです。しかも、最大会派でサテライト日田設置に賛成の立場にあるはずの自民党会派からも反対者が出ました。別府市では新たな政治的問題が生じそうな気配です。

 第19編掲載以後、この問題に関して大きな動きが二つありました。今回は、その流れを追っていきます。

 2月1日の日田市議会臨時会の議決を経て、週明けの5日、日田市総務部長の森山建男氏など日田市職員計7氏が、訴訟代理人の弁護士、梅木哲氏とともに、大分地方裁判所日田支部にて訴訟提起の手続を済ませました。当日の大分合同新聞夕刊夕F版は、このことを大きく取り上げております。日田市は、今回の訴訟において損害賠償を請求しないとした上で、市報べっぷ11月号掲載記事(その概要は第2編において紹介しております)について、読者に対し、あたかも設置許可が出されるまでの3年間、日田市が明確な反対の意思を明示していなかったとの誤信を与えたものとしております。また、この記事が設置を早急に実現するために書かれた「悪意に満ち」たものであって、日田市の「名誉を著しく毀損する違法な内容」であると主張しております。日田市が主張する事実は、別府市が通産省(当時)や九州通産局(当時)から受け取った文書などにも、日田市、日田市議会、日田市内の地域住民が設置に反対しているという指摘が書かれていることなどです。また、訴状には日田市が要求する訂正文も添えられております。

 森山氏は、提訴後、裁判によって真実を明らかにし、日田市の信用を回復する旨を述べております。一方、別府市は、既に、市報べっぷに掲載された記事が客観的事実であると反論しており、2月5日にも、助役の大塚茂樹氏により、「裁判の過程で別府市の考え方などを主張してまいりたいと考えております」というコメントがなされてます。しかし、日田市における反対運動が当時の通産省に把握されていたのであれば、別府市がこの事実を知らなかったということはありえない話であるだけに、別府市がいかなる主張(反論)をなすのか、注目されます。

 別府市に対する訴訟のことについては、既に第14編において取り上げておりますが、ここで第14編に記したことを引用しつつ、この訴訟について再び検討してみます。

 訴訟要件の点ですが、第14編において、私は、日田市が法人であること(地方自治法第2条第1項)を理由として名誉権も認められると記しました。しかし、通説や判例に従うならば、日田市のような公法人に名誉権があるのか、公法人に対する名誉毀損がありうるのかという問題が生じうることになります。

 仮に公法人に名誉権が認められないとするならば、日田市の訴訟は却下されることになるでしょう。しかし、この立場は、あまりに形式的かつ先験的な公法と私法との二分論に立脚しており、妥当とは言えません。

 まず、地方自治法にも民法にも、名誉権などについて、公法人に適用されるべき特別の規定はありません。勿論、公法人には私法人と異なる部分が多いことを否定すべきでもないのですが、それは地方自治法など、あくまでも法律の明文によるものであり、単純に性質論で区別できる問題ではありません。その意味において、法人が名誉を毀損された場合に損害賠償請求権が認められるとする最判昭和39年1月28日民集18巻1号136頁の趣旨は、原則的に公法人にも認められるべきであると考えます。

 次に、一般的に言うならば、市報掲載記事が特定の住民あるいは私法人の名誉を毀損したということがありうるでしょうが、別の市の名誉を毀損するという事案は、ほとんどなかった、あるいは問題にされなかったと思われます。しかし、そのことによって公法人の名誉権を否定するのは筋違いです。今後、このような問題が別の市町村において発生しないという保障もありません。仮に公法人の名誉権を否定するとすれば、例えば、A市が事実無根の記事を市報に掲載して産業廃棄物処理場設置に反対するB市の名誉を毀損し、B市の信用を失墜させたとしても、A市は何ら責任を問われません。従って、A市は、産業廃棄物処理場設置を推進する場合、市報にB市の名誉を毀損する内容の特集記事を幾度となく掲載して市民感情を形成することができるということになります。これが極めて不当な結論であることは言うまでもありません。

 そのため、名誉毀損に限らず、不法行為に基づく損害賠償請求を民法に従ってなすことは、公法人についても認められると解するのが妥当です(勿論、国家賠償法が適用される場合も考えられますが、名誉毀損は、通常、国家賠償法の問題ではありません)。

 なお、この問題について、日田市提訴後に或る高名な行政法学者の方から電子メールをいただきました。しかし、御本人の意向もあり、その内容をお示しできません。

 2月5日には、訴訟提起とは別の動きもありました(これも大分合同新聞2001年2月6日付朝刊朝F版19面などにおいて報道されております)。日田市長の大石昭忠氏は、井上信幸別府市長、全別府市議会議員(32名。なお、別府市議会の定数は33で、欠員が1)、助役、担当部課長などに宛てて、直筆の「直訴状」(A4の用紙2枚)を記し、送付しました。勿論、2月8日の別府市議会臨時会にてサテライト日田設置関連補正予算案が否決されるべきことを訴えたものです。内容は、サテライト日田が設置された場合の売上を約17億円と試算し、日田市に支払われる環境整備費(これは別府競輪主催のレースが行われた時などに、売上の約1%が支払われるというものです)が約1000万円と推定しております。1月7日に放送された「噂の! 東京マガジン」でも環境整備費のことが報道されましたが、1000万円から2000万円の間の金額であったと記憶しております。これに対し、別府市は総売上の25%にあたる約4億3200万円を収入とすることになります。これについても、大石市長は「市民らが場外車券に吸い取られる金額が市税収入に及ぼす影響は大きい」とされております。また、私も知っている現地の様子に触れ、交通渋滞の可能性をもあげております。

 大分合同新聞2001年2月10日付朝刊朝F版1面の「東西南北」においても指摘されておりますが、この「直訴状」に限らず、サテライト日田問題に関し、日田市長と別府市長は、対応あるいは活動の面において、非常に対照的です。別府市の場合、大塚茂樹助役などが対応にあたっており、市長自らはあまり積極的な活動を見せておりませんが、日田市の場合、市長自らが先頭に立ってサテライト日田設置反対運動を進めております。別府市中心街における12月9日の反対行動(第8編を御覧下さい)は象徴的です。「噂の! 東京マガジン」においても、日田市長のコメントのシーンが放映されました。

 2月5日には、サテライト日田設置反対連絡会の構成団体の一つである「サテライト日田設置反対女性ネットワーク」も動き、設置阻止を呼びかけるビラを配布しました。

 2月7日の夜、日田市中央公民館にて、別府市によるサテライト日田設置の説明会が開かれました。この説明会は、別府市議会12月定例会における指摘を受けて行われたものですが、直接の設置許可申請者でないとは言え実質的当事者であるはずの別府市による説明会は、この日になって初めて行われました(私自身、この点について全く理解できません)。別府市側は、大塚助役、首藤観光経済部長を始めとした執行部、 溝江建設の相談役氏が参加、日田市側は、市民約60人に加え(サテライト日田設置反対連絡会は不参加)、大石市長も出席しました。大分合同新聞2001年2月8日付朝刊朝F版21面は、この説明会について「冒頭から“押し問答”」という題をつけて報じております(私も傍聴したかったのですが、翌日のことを考えて取り止めました)。記事によれば、説明会の冒頭、大石市長が質問を求めて詰め寄り、これに対して別府市側も応酬するという状況でした。大石市長は、進出についての別府市側の態度に対する批判を込めた質問をし(この中には年間僅か5200万円の利益という言葉が登場します)、日田市民からは設置に対する疑問の声や、日田市のことは日田市民自らが決定するという趣旨の発言などが相次ぎました。これらに対し、別府市側は、法律の認める範囲の中で行っていて「ごり押し」ではない、などと返答しており、日田市側と別府市側の主張は平行線をたどったままでした。大石市長は、この説明会について「一般的な解説に終始し」たと不満を表明し、別府市の大塚助役は「直接、日田市民や大石市長と話し合えて有意義だった」、「別府市の考え方を十分に伝え、理解していただけたと思う」旨を述べています。

 ここで、念のために記しておきます。私は、地方公共団体が競輪などの公営競技事業を営むこと自体に反対している訳ではありません。従って、私がサテライト日田問題を取り上げている理由は、公営競技事業に反対するためではありません(第12編も御覧下さい)。この点を誤解しないでいただきたいのです。私の出身地である川崎市には、川崎競輪場と川崎競馬場があります(いずれも川崎区にあります)。その収益が様々な公益のために役立てられていることも知っております。問題は公営競技事業そのものにあるのではなく、他市町村の地域づくりとの関連にあります。また、先ほど記しましたように、説明会一つをとっても、別府市の対応には疑問ばかりが残ります(やはり「第12編」においても述べました)。たしかに、設置許可申請者は 溝江建設であり、別府市ではありません。しかし、別府市は、溝江建設に賃貸料を支払い、別府競輪場の場外車券売場として車券を販売するのです。従って、別府市は実質的当事者に他なりません。そうである以上、早い段階から、別府市は、日田市および日田市民に対して設置計画などを説明する義務(法的なものではないとしても)があったはずです。設置許可が出されてから、既に半年以上が過ぎています。今さら説明会だと言われても、市民の理解を得ることは不可能でしょう(少なくとも、非常に困難です)。この問題に関して、これほどまでに強烈な日田市側の反発を招き、大分県外からも別府市に対する批判と日田市への支持が集まったのも、別府市側の態度あるいは対応のまずさに由来する部分が大きい、と評さざるをえません。

 そして、2月8日です。冒頭にも記しました通り、別府市議会臨時会においてサテライト日田設置関連補正予算案は否決されました。これについては、大分放送のホームページにて同日の午後に記事が掲載されました。また、西日本新聞2001年2月9日付朝刊16版1面および3面、大分合同新聞2001年2月9日付朝刊朝F版1面などでも報道されました。私も、このホームページの「ひろば」に速報として記しました。当初、市議会の最大会派である自民党会派が賛成することにより、補正予算案は可決されると思われましたが、事前の申し合わせに反し、議長経験者でもある長老格の議員3氏が反対にまわり、賛成13(自民12、他会派1)対、反対17(公明、共産など)、棄権1で否決されたのでした。反対にまわった自民党会派の議員3氏に対し、自民党議員団は会派退会の要請書を送り、会派長を務める浜野弘氏も会派長を辞任する意向を示しました。

 大石市長も驚きの表情を示しておりましたが、私も驚きました。2月1日の別府市議会経済観光委員会においては補正予算案が可決されたからです。しかし、最も驚いたのは井上市長でしょう。大分合同新聞2001年2月9日付朝刊朝F版1面によれば、別府市政を担って初めて議案が否決されたのですし、自らの支えでもある自民党会派から造反者が出たのですから。地方公共団体の議会においてこれほどの「逆転劇」も、そう多くないでしょう。もっとも、大分合同新聞2001年2月10日付朝刊朝F版1面の「東西南北」によれば、込み入った問題になると一筋縄では行かなくなるのが別府市議会の傾向であるそうですが。

 いずれにせよ、議会はサテライト日田設置関連補正予算案を否決しました。この意味は大きいものです。西日本新聞2001年2月9日付朝刊16版1面の見出しにあるような「事実上白紙に」という状態には直ちに結びつきませんが、再検討を強いられることは間違いありません。日田市側は、既に提起している別府市に対する訴訟および国(経済産業省)に対する訴訟について判断を保留していますが、市長同士の会談なども行われる可能性が高くなっています。

 しかし、別府市執行部は、あくまでも設置するという姿勢を変えておりません。井上市長は、議会の採決を「真摯に受け止める」としつつも、設置許可が適法であり、事業も正当であるとして、日田市を批判しつつ、設置に向けて努力することを表明しました。また、補正予算案の再提出も検討されております。しかし、3月定例議会が2月26日に始まる予定であるということからすれば、大分合同新聞2001年2月10日付朝刊朝F版29面にもあるように、6月定例議会に持ち越される可能性があります。

 この議決に関して、経済産業省車両課課長補佐の鈴木繁雄氏による、「予算案の否決について直接コメントする立場にない。両氏の動向をみながら、対立解消に向けて話し合う場を持つことを検討している」というコメントが、西日本新聞2001年2月9日付朝刊16版1面に掲載されております。

 また、この議決に対し、或る別府市民は日田市の姿勢を批判しております。しかし、別の別府市民はサテライト日田設置計画を白紙に戻すべきだと述べております。12月9日に話をした別府市民も、別府市政に批判的な意見を示していました。時々、私は、大分大学で学生にサテライト日田問題を話すのですが、公営カジノ設置問題で揺れる宮崎県出身の学生などからも、別府市批判が聞かれました。或る学生は私に「先生、場外車券売場は日田のイメージに合いませんよ」という意見をくれました。

 大分合同新聞2001年2月10日付朝刊朝F版29面掲載の記事の内容を、もう少し紹介します。別府市は、2月9日、大塚助役が経済産業省に、首藤観光経済部長が九州経済産業局に経過報告をしました。経済産業省は別府市と 溝江建設の対応を見守るという姿勢を示しています。また、別府市議会議長の三ケ尻正友氏は、再提案について執行部の判断に委ねつつも、今回の議決を謙虚に受け止め、サテライト日田設置断念を検討したほうがよいと述べております。さらに、共産党北部地区委員会および同党別府市議員団は、補正予算案否決は民意の結果であって設置計画を断念することを求めるという趣旨を文書により申し入れました。

 私自身、この問題に関しては、当初は、法的な側面を始めとして、別府市が有利であると思っておりました。しかし、徐々に形勢が逆転していきました。別府市のホームページにはサテライト日田問題に関する記事がなく、掲示板もないので、別府市民などがこの問題をどのように考えているのか、よくわからない部分があります。これに対し、日田市のホームページは、サテライト日田問題に関する記事が載り、掲示板には日田市民を始めとする方々が意見を寄せられております。私も、別府市のホームページでは意見を表明できないので、日田市のホームページにある掲示板に、何度か意見を記しました(余談ですが、私自身、多くの収穫を得ることができました)。TBSが「噂の! 東京マガジン」においてこの問題を報じた後、大分県外から、多くは大分県出身者から別府市に対する抗議の電子メールなどが寄せられたと聞いております。勿論、日田市民の中にも、日田市によるサテライト日田問題の扱い方などに関して批判的な意見を持たれている方がおられます。それは当然のことでしょう。しかし、議論の余地もないところに、健全な発展はありません。サテライト日田問題は、おそらく、日田市、別府市の両方に、これからの地域づくりをどのように進めていくかという問題を提起しています。

 

(2001年2月11日)

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