サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第57編
第56編の続きを 2003年中に終わらせる予定でしたが、私の仕事の関係で年を越してしまいました。何回続くかわかりませんが、2004年になったということで、今回から第五部として不定期連載を続けることとします。
朝日新聞2003年12月17日付朝刊(大分版)に掲載された「場外車券場訴訟終結、市民に経緯説明」という記事によりますと、12月16日、日田市役所で、サテライト日田設置許可無効確認訴訟が終結したことを受けた報告会が行われました。これには、大石市長、寺井一弘弁護士、サテライト日田設置反対連絡会を構成する17団体、日田市議会議員、日田市職員など、およそ100人が参加したそうです。
この記事自体が相当に短く、全文を引用したほうが早いくらいですが、ここではそれを避けておきます。
2000年から2001年にかけて、サテライト日田問題は大分県内、そして日本全国の注目を浴びました。第13編にも記したように、2001年1月7日、この問題を扱った「噂の! 東京マガジン」(TBS系)が、13時から放送されました。2000年12月21日に、私は、この番組の制作を担当するフラジャイルという会社の方の取材を受けました。この模様は録画されていたのですが、数日後、私の携帯電話に、取材のシーンは放映されないかもしれないとの連絡を受けました。取材班の方々は、このホームページを御覧になっていたようで、非常に綿密な取材をなされておりました。それは、当日の放送内容からもわかりました。
その後、大分地方裁判所での口頭弁論が始まりました。昨年の1月28日、日田市敗訴の判決が出た時には、私も大分県庁の記者クラブに行き、記者会見の席に座らせていただきました。おそらく、その頃が、この問題に関する熱気のピークになっていたと思います。福岡高等裁判所での口頭弁論の時には、2度とも傍聴整理券が配られたという表向きの熱気とは裏腹に、実際にはどこか冷めた空気が漂っていました。私自身が感じていたのです。報道も、以前のような大きさではなくなりました。12月16日の報告会がどのような雰囲気だったのかわかりませんが、参加人数が100人というのは、贔屓目に見ても以前より少なくなったように思われます。訴訟などが完全に日田市主導、すなわち行政主導で行われたことには、日田市民の間からも批判がありました。とくに、サテライト設置に反対しながらパチンコ屋の進出を容認するというような状態には、厳しい批判が寄せられてもおかしくなかったでしょう。勿論、パチンコ屋とサテライトでは、根拠法令も所轄の行政庁も異なります。そのため、ただちに両者を同様に論ずることはできません。しかし、青少年への影響という点では、両者にそれほどの違いが見出せません。あるいは、パチンコ屋のほうが大きいかもしれません。2002年度からは、他ならぬ日田市の住民から、パチンコ屋の問題を指摘する声も出始めていました。
上記朝日新聞の記事に戻ります。大石市長は、「市民の結集に感謝する。日田での車券発売を断念した別府市には様々な思いがあったと思うが、同じ県内の観光都市として手を携えて発展を目指したい」という趣旨を述べたとのことです。また、寺井弁護士は「サテライト裁判は法曹界の注目を受けた。弁護団としては控訴審で敗訴しても最高裁で地方自治のあり方を問いたかったが、別府市と日田市の和解を優先させた」と述べています。これは、11月10日にも述べられていることです。
また、サテライト日田設置連絡会も、12月16日をもって解散されたようです。
さて、第56編の続編として、11月10日に 提出された日田市側の「準備書面(第6)」(9月22日付)の内容を紹介し、若干の検討を試みます。今回は「第3、本件訴訟における控訴人の原告適格」です。6頁目から最後の頁まで続く、かなり長い部分です。
まず、自転車競技法の解釈です。まず、自転車競技法第1条について、「機械産業、体育事業その他の公益事業の振興と自治体財政のための収益事業として競輪事業を位置づけて、これを規律しているのである」と評価しています。その上で、 「ある市が営む競輪事業に係る場外車券売場を他の市町村の地域に設けることは(同法4条1項)、その地元市町村が競輪事業を営むことによって獲得されるはずの収益に多大の負の影響を及ぼすことは明らかである」として、今回の問題で言えば日田市の財政上の利益は「法律上保護された利益」にあたると主張されています。もし、日田市が競輪事業を営むのであれば、こうした財産的利益を得ることが可能となります(もっとも、自転車競技法において競輪事業の主体となりうるのは都道府県と、総務大臣が指定する市町村だけですから、日田市がこの指定を受けなければなりませんが)。
しかし、日田市の場合、競輪事業を営むことによって得られる利益ではなく、「営まないことによって得られる地域環境的な利益」を主張しています。これが競輪事業を営むことによって得られる利益と不即不離の関係にあると即断できるかどうかについては、疑問もあります(日田市が競輪事業の主体として指定を受けていないとすれば、このように主張できないのは明らかであるからです)。ただ、まちづくりという観点からすれば、都道府県、および総務大臣が指定する市町村は、競輪事業を行うか否かについて選択権があり、これが地方自治体の政治・行政の方針を決定することになります。日田市が指定を受けようとすれば、(これまでにもその機会はありえた訳ですから)総務大臣の判断により、指定を受けて競輪事業を営むことが可能でしょう。その意味では、日田市側の主張も成立しえます。ただ、今回の問題は、指定を受けた市町村である別府市が日田市において場外車券販売事業を営もうとすることですから、少々次元の違う話ではないかとも思われます。
いずれにしても、日本の市町村には、地域設計、まちづくりに関する基本的な法的権限がない、または、あるとしても非常に不十分です。これは、私だけが述べている訳ではなく、何人かの方が書かれており、私も同感したものです。この年末年始、横浜の青葉台と渋谷で何冊かの本を購入し、読んだのですが、その中の1冊に書かれていました。今回の地方分権改革では、結局のところ日本をどのような国家にするのかに関する基本方針が明確にされているとは言い難く、とりあえず市町村合併を進めてそれから具体的に権限を配分するという方法が採られています。これでは、市町村に期待されるべき本来の役割が明確にされないままに終わる可能性が非常に強くなります。サテライト日田問題は、こうした地方分権改革の論議に一石を投じるものとなりえたはずなのですが、実際にはそのようになっておりません。
「準備書面(第6)」に戻ります。既に示した、日田市側による自転車競技法の解釈は、地方自治法の解釈にも結び付けられ、自転車競技法が、地方自治法第2条第11項ないし第13項にいう「地方公共団体に関する法令」であり、「地方自治体の財政に直接関わる法律でさえある」として、経済産業大臣側の主張に反論を加えています。なお、日田市側は、「地方公共団体に関する法令」について「『単に地方自治法、地方公務員法、地方財政法のよう主として地方公共団体だけを対象とした法律の規定のみを指すのではなく、いかなる法令についても、いやしくも地方公共団体に関する事項を規定した条文があれば、すべてを含むものと解すべきである』とされている」と述べていますが(引用は原文のまま)、出典などが示されていません。「地方公共団体に関する法令」について、地方自治法に特別な解釈の方法を示す規定が存在しない以上、日田市側の解釈は妥当でしょう。
ここまで、自転車競技法との関連で日田市側の原告適格に関する主張を概観しました。基本的には一審段階からの主張のまとめと言うべきものであり、内容に大きな変化などはありません。これからさらに深められる可能性もあったのですが、訴えの取り下げにより、可能性で終わっています。
「準備書面(第6)」は、続いて自転車競技法施行規則を取り上げ、その保護する利益について論じています。
この施行規則は経済産業省令で、自転車競技法第4条第2項を受けた施行規則第4条の3は場外車券売場設置許可の基準を示すものです。日田市側は、この中の第1号と第4号をあげています。
施行規則第4条の3第1号について、日田市側は「学校その他の文教施設や病院その他の医療施設の設置・運営主体の文教・保健衛生に係る利益は、自転車競技法及びその施行規則によって個別的利益としても保護された法益であるということができ」ると主張しています。従来であれば、こうしたものは単なる公益であり、個人などにとっては反射的利益であって、法律が直接保護する利益ではないと理解されたのです。しかし、これでは結局のところ行政庁の裁量権を統制することができなくなりますし、そうでなくとも地域の主体性などを無視することになります。また、何故に文教施設や医療施設に関連する距離制限が置かれているのかについて、趣旨を不明確にするおそれがある、と言えないでしょうか。今回の訴訟は日田市という地方自治体が原告なのです。日田市は、文教施設や医療施設の設置場所などを決定する権限を有するはずです(あくまでも、市営の施設についてですが)。また、都市計画などについても、日田市には一定の権限があるはずです。そうであれば、自転車競技法施行規則第4条の3第1号が、場外車券売場が設置される市町村の法的利益を個別のものとして保護しないと解釈することは、市町村の都市計画に関する権限などを全く無視することにならないでしょうか。今後、日田市側としては、さらに都市計画法などをも援用して自説を補強する必要があったと思われます。
日田市側は、原告適格を基礎付けるために最三小判平成6年9月27日判時1518号10頁を引き合いに出しています。この判決は、治療所を経営する者がパチスロ店の営業許可の取り消しを求めた事案に関するもので、結局は請求が棄却されていますが、原告適格が認められています。この事案の場合、治療所からパチスロ店までが30mを少し超える程度しか離れておらず、これは実体審理をしてみなければわからないというものでした。そのため、原告適格を審査するにしても本案審理と同一の手続をしなければならなかったのでした。そこで仮にこのパチスロ店が制限区域内に存在しないことが明らかになったとしても、本案について何らかの判断をするほどに審理が熟している、とされたのです。
サテライト日田の場合も、距離制限に関して言うならば、結局は本案審理に入り込まなければならないということなのでしょう。実際、距離制限を争う場合、それが訴訟要件の問題なのか本案の問題なのかと問われるならば、どちらにも該当すると考えられます。距離制限が許可の要件に入っているのですから、本案の問題に立ち入らざるをえません。訴訟要件の問題で済ませるとすれば、法の保護する利益が何であるのかという点(原告の個別的利益を保護するのか、公益を保護するにすぎないのか)で判断するしかないのですが、このような態度では、裁判を受ける権利(憲法第32条によって保障されている)を没却することになりかねません(準備書面も、この最高裁判決に付されている園部逸夫裁判官の補足意見を引用しています)。
次に、施行規則第4条の3第4号です。これは「周辺環境との調和」という、行政庁の広い裁量を許すかのような文言を出しています。そのためでしょうか、「準備書面(第6)」は、最高裁判例の傾向から「場外車券売場予定地周辺地域の環境上の利益を、自転車競技法及び施行規則によって個別的利益として保護された利益とまではいえず、それは一般的公益に改称されるものと解さざるを得ない」ことを認めています。しかし、これは原告が私人であるからこそであって、原告が地方自治体であれば別である、とも主張されています。公益保護規定であるからこそ「地方自治体のみが原告適格を有しうることの根拠となる」というのです。これは極端な解釈で、日田市側もそれを認めています。そこで、「地方自治体の原告適格を根拠づけうる公益保護規定は、当該地方自治体に関わる地域的な公益の保護規定である必要があり」、「当該公益保護規定と原告地方自治体の主張する利益との間に、後者が前者の保護範囲に包摂されるものである必要がある」と述べています。
ここは少々わかりにくいかもしれません。端的に記せば、「周辺環境との調和」というものは地方自治体が判断すべき事柄である、ということになるでしょう。勿論、私人であっても判断できるのですが、最高裁判例は私人の個別的利益と公益とを比較考量する方法論を採用していますので、実際には無理が生じます。そこで、「周辺環境」という、まさしく地方自治体に関係する事柄については、まさしく公益を実現するために存在する地方自治体に整備などをする権限があり、それが地方自治体の法的利益でもあるということを主張しています。そして、このことが、日田市側が主張する「まちづくり権」につながっていくのです。日田市は、第4次総合計画においてまちづくりを理念として掲げています(これもかなり抽象的な文言で、具体的にどのようなまちづくりを進めるのか、注目しておく必要があります)。また、日田市議会が全会一致で場外車券売場設置反対の決議を行っていること、さらに「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」を制定していることをあげ、場外車券売場などが設置された場合に生じうる「周辺環境への配慮に努めようとしている」と述べて、最終的に「日田市の主張する地域環境にふさわしいまちづくりの権利・利益は、公益としての地域環境に責任を負う自治体の『まちづくり権』と評すべき法益であり、自転車競技法とその施行規則によって保護された利益として、原告適格を認めるに足りるものと考えられるものである」と主張しています。
「まちづくり権」は、今回の訴訟において初めて登場したもので、おそらくは日田市側の弁護団も認めると思われますが、まだ未熟なものです(だからこそ、行政法学者などに理論の充実が求められているということになりますが)。「準備書面(第6)」では地方自治法第2条第4項が引き合いに出されていますし、同14頁以降において自治権の一環として主張されています。しかし、憲法学説などをみると、日本国憲法の下における地方公共団体の権利主体性を認める説は非常に少ないようです。ドイツの学説などにおいては、連邦共和国基本法第28条の解釈から、(法律の留保の下に置かれているとは言え)地方自治体であるゲマインデには権利主体性が認められるというのが一般的であるようです(但し、個人に認められる基本権の享有主体性はありません)。実際、ドイツの連邦憲法裁判所や連邦行政裁判所の判例をみると、ゲマインデが原告となって訴訟を提起する例が多くみられます。しかし、日本の場合、そもそも地方自治体が原告となって訴訟を提起したという例がほとんどなく、行政事件訴訟法に規定される抗告訴訟(取消訴訟や無効等確認訴訟など)に至っては、日本国憲法施行下においてサテライト日田訴訟が初めてのことです。
今後の課題は、日本国憲法第92条ないし第95条の解釈論を深めること、そして地方自治法第2条などの解釈論を前進させることです。一つの道具として、北野弘久教授が主張される新固有権説が考えられます。元々は地方税財政に関する理論ですが、地方税財政が地方自治体の存立にとって根幹を成すものであることからすれば、まちづくり権への応用なども可能であるはずです。そして、地方自治法第2条第1項において、地方自治体が一つの独立した法人格を有するとされていることを忘れてはなりません。これまでの行政法学の理論などでは、法人について公法人と私法人とに分類して性質を議論していたのですが、精度としては非常に粗いものであることは否定できないでしょう。その意味において、第47編において取り上げた大分地方裁判所2002年11月19日判決(日田市対別府市)が参考になるでしょう。この判決は、公法人である地方自治体にも一定の範囲内において名誉権が認められるという判断を示しましたが、理由として、地方公共団体も法人であって「行政目的のためになされる活動等は種々異なり、これを含めた評価の対象となり得るものであるから、それ自体一定の社会的評価を有しているし、取引主体ともなって社会的活動を行うについては、その社会的評価が基礎になっていることは私法人の場合と同様である」ことをあげています。勿論、公法人を完全に私法人と同様に扱うことはできません。しかし、公法と私法との区別が相対化し、さらには公法と私法との区別を不要とする説も有力になっていることを想起すべきです。要は、公法人というものを先験的に把握するのではなく、活動内容に応じて個別的・具体的に判断する必要があるということです。また、地方自治体が住民から構成される一種の社団法人であり、住民代表たる首長および議会などの機関が置かれていることも、重要な鍵になるのではないでしょうか。
この後、「準備書面(第6)」は、場外車券売場設置許可の法的性質などについての検討を行っていますが、これについては、機会を改めて取り上げることとします。
(2004年1月7日)
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