サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第56編

 

  11月10日の控訴審第2回口頭弁論において日田市が訴えの取り下げを申し出て、11月17日に国が訴えの取り下げに同意することにより、一応は解決の方向に向かっているサテライト日田問題ですが、果たして、今後、自転車競技法の改正などが行われることになるのでしょうか。

  第54編において、11月10日の控訴審第2回口頭弁論の模様を報告いたしましたが、その時に提出された準備書面についての検討をまだ進めていません。そこで、今回、控訴人と被控訴人の双方から提出された準備書面の内容を検討することといたしますが、その前に、12月3日から開かれている日田市議会の模様などを眺めてみることとします。

  意外と言えば意外なのですが、このところ、各新聞社のホームページを見ても、サテライト日田に関する記事が掲載されることは少なく、私が確認した限りでは、毎日新聞社のホームページでしか見ることができません。同社の日田支局、楢原義則記者による記事が何度か掲載されており、それらを取り上げておきます。

  既にホームページでの掲載が終了している12月4日付朝刊の記事として、19面(大分)の「サテライト訴訟 国に大きな一石  日田市議会開会」というものがあります 〔19面(大分)〕。この記事によると、3日に開会した議会での冒頭に、大石市長はサテライト日田訴訟の取り下げについて述べました。記事によると「まちづくり権への司法判断は得られなかったが、国に大きな一石を投じ、無駄ではなかった」ということです。

  次に、12月12日付の記事として21面(大分)の「サテライト 日田訴訟事後処理  『国は法改正考えず』  市長  自転車競技法で認識」があります。それによると、11日に行われた日田市議会で、大石市長は、井上利男議員および伊藤哲司議員の質問に対する回答として、国(経済産業省)は自転車競技法の改正を考えておらず、地元の市町村長の同意を必要としない現行の運営を改めない方針も示されているという趣旨を述べたとのことです。

  別府市が設置(正確には設置された場合の車券販売)を断念したということで気になるのは、損害賠償の件です。これについて、やはり12日付記事によりますと、大石市長は、溝江建設と別府市の間の問題であるとして、当面は推移を見守っていくという趣旨を述べました。また、許可が「取り消されて初めて全面解決する」とも述べています。

  一方、別府市のほうですが、やはり市議会が行われています。ただ、新聞報道による限り、サテライト日田問題は正面から取り上げられていないようで、大分合同新聞12月10日付朝刊の記事「別府市議会  競輪事業は今後も継続」によると、12月9日の別府市議会において、自由市民クラブの浜野弘議員が競輪事業の継続について質問したそうです。JR日豊本線亀川駅の近くにある別府競輪場の施設は、私の目にも老朽化しているように見えますが(別府競輪場に入ったことはありません)、建築後30年が経っていて相当に老朽化が進んでいるそうです。浜野議員の質問に対し、別府市の観光経済部次長である藤沢次郎氏は、老朽化を認めつつ、競輪事業によって得られる収益金が別府市の一般会計に繰り入れられていることをあげ、これが別府市の貴重な財源になっていることから、今後も競輪事業の継続に努めるという意向を明らかにしています。

  日田市に話を戻します。もう一つ気になるのが訴訟費用です。毎日新聞大分版12月12日付上記記事によると、大分地方裁判所の段階で1123万円、福岡高等裁判所の段階で565万円だったとのことです。

  さて、11月10日に時間を戻し、準備書面の中身を紹介し、検討を進めることといたします。

  控訴人である日田市側の「準備書面(第6)」は、9月22日付となっております。18頁分あるこの書面は、4月18日付の「控訴理由書」に示された主張を「整理・補完する」ものとなっております。

  これに対し、被控訴人である経済産業大臣側の「第6準備書面」は、11月7日付となっております。こちらは全部で7頁ですが、1頁目は「被控訴人指定代理人」の氏名などが記載されているだけですから、実質は6頁分ということになります。

  想起していただきたいのは、第51編に記した、第1回口頭弁論における裁判長からの注文です。ここでもう一度記すと、控訴人には、原告適格と本案(自治権の主張、自転車競技法の憲法適合性など)とにおいて混然となされている憲法理論を区別することが求められ、被控訴人には、原告適格についての判例が基本的に私人の場合に妥当することが指摘された上で、判例で示された理論などが地方自治体にも妥当するのか否かについて検討するように求められました。果たして、両者は裁判長からの注文に対し、どのように応えたのでしょうか。

  今回は、控訴人である日田市側の「準備書面(第6)」の内容を紹介し、若干の検討を加えます。ただ、訴えが取り下げられたために、今回の両準備書面が最後となります。そのこともあり、今回の両準備書面については丁寧に紹介し、検討を加えたいと思います。日田市側の「準備書面(第6)」は18頁に及び、内容も多岐にわたります。そのため、数回に分けて紹介および検討を試みます。被控訴人である経済産業大臣側の「第6準備書面」についても同様とします。おそらく、来年3月までには終えるでしょう。

  日田市側の「準備書面(第6)」は、控訴理由書と同様に「第1、原判決の判断の誤り」から始められています。

  控訴人側は、大分地裁判決が原告適格について「当該行政法規が個別的利益の保護を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、保護利益の内容・性質等」によって判断すべきであるという趣旨であることについて「最高裁の到達点を大きく後退させる」と批判しています。それでは、「最高裁の到達点」からいかなる事柄が判断されるべきなのでしょうか。控訴人側は、次のような点を示しています。

  「@法律の合理的解釈」

  「A関連法規の関係規定との関係における根拠法規の位置付け」

  「B根拠法規の規則によって保護される法益の性格」

  「Cその他規則内容、立法趣旨、下位法規による規制など」

  ここでいう最高裁判例は、既にこの不定期連載においても何度か登場している新潟空港訴訟最高裁判決のことです。大分地裁判決も、形の上では新潟空港訴訟最高裁判決の枠組みを踏襲していますが、私が、判例解説の「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」〔法令資料解説総覧第256号(2003年5月号)120頁から122頁まで〕において述べましたように「形式的なものに終始して」おり、「一応は根拠規定および関連法規などを総合的に判断しているが、相互の関連性への配慮に乏しく、法律の規定を形式的に判断するだけで終わってい」ます。「準備書面(第6)」はさらに厳しく、大分地裁判決が「当該行政法規だけの解釈に終始して」いると評価しています。

  自転車競技法の解釈については、大分地裁判決が「@自治体の個別的利益を直接保護する明文の規定がないこと、A本件許可制度が自治体の個別的利益を保護する趣旨をうかがわせる規定がないこと、B許可基準に具体的規定がないこと、などから自治体の個別的利益を保護していないと結論付けていること、などから自治体の個別的利益を保護していないと結論付けている」と評価しています。私も、上記判例解説において自転車競技法第1条第1項の解釈を取り上げて疑念を示しましたが、新潟空港訴訟最高裁判決の趣旨からすれば、「自治体の個別的利益を直接保護する明文の規定」でもなければ「自治体の個別的利益を保護する趣旨をうかがわせる規定」でもない自転車競技法第1条第1項について合理的かつ体系的な解釈が求められます。「準備書面(第6)」も、大分地裁判決が示す@〜Bが自転車競技法第1条第1項に規定されていないことを認めつつ「最高裁は、各根拠法規の合理的解釈を通じて地域住民等の原告適格を導出した」と述べています。

  そして、場外車券売場設置許可の性質については、再び、警察許可ではなく「一種の設権的行為」(認可)と理解すべきであると主張しています。

  これについては、第37編において取り上げ、第51編において再び述べていますが、私は警察許可と理解せざるをえないと考えておりました。この点においては、控訴人側の主張と異なります。

  しかし、単純に許可と考えることに問題があることは、私も承知しております。自転車競技法第4条によって、場外車券売場は競輪事業者以外の者であっても、許可を得て設置することができます。しかし、いかに設置の自由があるといっても、車券を販売する自由は存在しません。競輪事業者である都道府県および指定市町村が、設置許可を得た場外車券売場にて車券の販売を行わないのに、例えば私が許可を得て場外車券売場を設置しても無意味です。そうすると、許可を純粋な許可と考えることには問題が生じます。

  ただ、それでは認可と考えるべきなのでしょうか。第37編においても述べたように、認可は、鉄道やバスの運賃の改定、農地の売買などが代表例で、私人の行為を補充して法律上の行為を完成させる行為のことです。認可を得なければ、運賃の改定や農地の売買は無効です。農地の売買を例に取ると、認可を得なければ、農地の売買契約が完成しないのです。

  また、認可の場合、それを得られない行為は無効であるため、その行為を行っても罰則がないのが普通です。しかし、場外車券設置許可の場合、その許可を得ないで場外車券売場を設置しますと、自転車競技法に罰則がないとは言え、刑法第186条第2項に規定される賭博場開帳等図利罪などに問われかねないでしょう。もっとも、認可を得られない行為は無効であり、その行為を行っても罰則がないというのは、あくまでも行政法学の教科書に書かれている原則であり、法律に示されている実際の構造について話が別であることも考えられます。

  自転車競技法の場合、設置許可を得る者と競輪事業者は別でありえます。そうすると、設置許可を得ることと車券を販売することとは別の話ですから、設置許可を得れば、競輪事業施行者でない者であっても場外車券売場としての建物を造ることはできます。これが被控訴人側の主張です。しかし、設置許可の実際をみても、設置許可が出されるまでの審査過程において、許可申請に係る場外車券売場において競輪事業者が車券を販売する意思を有するか否かが問題となります。仮に、競輪事業者がその場外車券売場において車券を販売しないというのであれば、おそらく、場外車券売場設置許可は出されないものと思われます。従って、競輪事業者が場外車券売場で車券を販売することが許可の効力を完成させる要件であると考えるべきでしょう。それが常識的な解釈でもあるはずです。

  このため、私は、この不定期連載において述べた従来の見解を改め、場外車券売場設置許可を認可またはその亜種と理解する立場を採ることといたします。

  「準備書面(第6)」の「第1  原判決の判断の誤り」は「憲法が保障した自治権に基づく原告適格について」で終わります。趣旨は、大分地裁判決が憲法による自治権およびそれに基づく原告適格について全く判断を行っていないこと、最高裁判例においても外国の法制度などが日本の法律の解釈の根拠などになりうるのに大分地裁判決が無視していること、これらを批判しているのです。そして、地方自治体の原告適格について「日田市の『まちづくり権』が@どのような態様で、Aどの程度拘束を受けるのか、Bどの程度の財政的な措置が強いられるのか、Cその結果、日田市のまちづくりはどのように変質を余儀なくされるのかという視点から主張したのである」と述べています。

  続いて、「第2、最高裁判例の原告適格の考え方」に移ります。ここは、行政事件訴訟法第9条の解釈に関する部分です。今回の訴訟は行政事件訴訟法第36条に基づく無効等確認訴訟を中心としていますが、原告適格については取消訴訟と基本的に同じであるため、行政事件訴訟法第9条の解釈論が必要です。

  「準備書面(第6)」は、次のように最高裁判例の流れを整理しています。なお、以下の引用には準備書面からのものと、判決からのもの(とは記していますが、孫引きです)とがあります。

  @主婦連ジュース訴訟(最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁):「処分の名宛人以外の第三者が処分の取消を求める場合には国民一般が持つような抽象的利益の侵害を主張するのでは足りない」。

  A長沼ナイキ訴訟(最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁):この判決では「意見書の提出や公聴会の開催といった、処分における参加手続の存在に着目して行政法規が個人の個別的利益の保護をも含む趣旨を読み取る手法をとった」。

  B伊達火力発電所訴訟判決(最判昭和60年12月17日訟務月報32巻9号2111頁):これは新潟空港訴訟最高裁判決の前段階と言える内容を含んでいます。原告適格の有無を判断する際には「行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益」も「処分の法律上の影響を受ける権利利益」に含め、「行政法規による行政権の行使の制約とは、(中略)直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含む」と述べられているのです。

  C新潟空港訴訟最高裁判決(最判平成元年2月17日民集43巻2号56頁):これについて、判決の引用は不要でしょう。「準備書面(第6)」が述べているように「処分の根拠となっている規定のみならず関連法規を含む『法体系』の中で原告適格が判断されるべきであることを明確に示している」ことをあげておけば十分でしょう。

  Dもんじゅ訴訟最高裁判決(最判平成4年9月22日民集46巻6号571頁):新潟空港訴訟最高裁判決以降、最高裁判例は「当該行政法規によって保護されている法益の性質にも注目して原告適格を柔軟に解釈するようになってきている」と評価されています。「準備書面(第6)」は、これについて司法研修所編『改訂・行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究』(2000年、法曹会)90頁を参照しています。もんじゅ訴訟最高裁判決は「被侵害利益が生命・身体等の重大なものであることを加味して、根拠法規の文言だけからでは個別的保護法益を抽出しづらい場合にも原告適格を拡張した」。そして、これが、都市計画法や森林法などに関する事件にも適用されることになり、保護法益も生命・身体や財産権、さらに日照の利益にも拡張されている、と指摘されています。

  ここで、「準備書面(第6)」は最近の行政事件訴訟法改革(改正)への動向について触れています。上記のように、次第に原告適格の範囲が拡大されてきているとは言え、基本的には今も原告適格の範囲が厳格に解される傾向が残っており、私人の権利や利益の救済に対する障害となっています。また、これまでの判例では、地方自治体ではなく、私人が処分の第三者であることが想定されています。これまでの経緯からすればやむをえないのですが、地方自治体が原告である場合には別の要素に関する検討が必要とされます。実際、「準備書面(第6)」も、小早川光郎「抗告訴訟と法律上の利益・覚え書き」西谷剛他編『政策実現と行政法(成田頼明先生古稀記念)』(1998年、有斐閣)47頁を参照しつつ、これまでの判例理論を次のようにまとめています。

  @「当該処分が原告にとって不利益であ」ること、

  A「その利益が、当該処分に関する法令で保護されている利益の範囲に含まれ」ていること、

  B「当該法令による保護が、原告らの個別関係者の利益を、単にその法令によって保護される公益の一部として位置づけるのではなく、公益とは区別して個別かつ直接に保護するものである」こと。

  上記3点が、第三者たる私人に原告が認められるための要件です。地方自治体の場合は、@およびAは適用可能としても、Bが難しくなります。そこで、地方自治体についてはBの要件が不要であるとして、次のように整理しています。

  @「当該処分により特定の自治体に具体的な不利益が」及ぶこと、

  Aその上で「その不利益が当該処分を定めた行政法規やその関連法規の保護する利益の範囲にあると解釈でき」ること。

  このようになるのは「もともと原告適格論は抗告訴訟が客観訴訟ではないことを前提として、どの範囲まで処分の取消の主張を認めるかを画するために発展した議論であ」るからで、「主張資格の限界付けに困難を来さない本件のような場合には」公益云々への言及などが不要になる、というのです。

  これについては、本来であればこの場において検討を加えるべきですが、既に長くなっておりますし、今、私に余裕などがないため、機会を改めることとします。

 

(2003年12月14日)

戻る