03 租税法律主義
1.租税法律主義の意義
租税法律主義は、民主主義の根幹を成し、自由主義を経済的に担保する原則である。新井隆一教授によれば、租税法律主義は「私有財産制度の基礎に立つ個人の絶対的財産権に対する国の侵害を、個人の社会的・政治的・経済的自由を保障するために、法律に留保しようとする要請に基づいて生じたものである、ということができる。それゆえ、租税法律主義は、罪刑法定主義とともに、法における近世自由主義思想の一表現である、とされているのである」※。しかし、また、或る意味において、現実において非常に難しい問題を孕むこともある※※。
※新井隆一『租税法の基礎理論』〔第3版〕(1997年、日本評論社)56頁。北野弘久『税法学原論』〔第六版〕(2007年、青林書院)89頁、98頁、水野忠恒『租税法』〔第5版〕(2011年、有斐閣)6頁も参照。
※※租税法律主義に関する最近の論考の例として、小山廣和「租税法律主義」日本財政法学会編『財政法講座1 財政法の基本問題』(2005年、勁草書房)157頁を参照。また、佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(2007年、有斐閣)55頁も参照。
憲法第84条は、租税法律主義を明定する。また、第30条において国民の納税義務が定められているが、同条にも「法律の定めるところにより」という文言があるように、両規定は表裏一体の関係にあると言いうる。ここで第30条を単に国民の納税義務を定める規定であると捉えるならば「宣言的・確認的意義」に留まり、法的には意味の乏しい規定であるということになってしまう※。
※新井・前掲書59頁。
この規定には、さらに積極的な意味が含まれている。新井教授は、次のように述べる。
「日本国憲法は、その近代憲法的な成果からみて、内容的には、人権宣言の部分と、国の統治機構に関する原則規定の部分から構成されているということができる。このような理解からすれば、この三〇条の規定が憲法におかれている積極的な意義は、それを、むしろ、国民の権利の面から解釈して、国民は、法律の定めるところによらなければ、納税の義務を負わない、つまり、法律の規定がない限り国民が租税を賦課されるということはない、ということになる。これこそまさに、租税法律主義の原則の内容にほかならないものなのである。すなわち、憲法三〇条のもう一つの意味というのは、租税法律主義の原則を、国民の権利の側面において把握し、法律(租税法)の規定の不存在を理由とする『不納税の権利』に根拠を与えるものであるということができるのである。」※
※新井・前掲書59頁。
また、租税法律主義は、第83条に定められる財政民主主義の一環でもある、と考えるべきである。このことは、規定の位置関係からも明らかであるし、財政民主主義の内容からしても当然である。財政民主主義と租税法律主義は、規律の程度に違いがあるとしても、質を異にするものではない。
第84条からも明らかであるように、新たな租税を国民に課し、または従来からの租税負担を変更するには、必ず国民、少なくとも国民を代表する機関である国会の承認を必要とする。その理由は、既に述べたように、私人の租税負担が、財産権に対する国からの一方的な侵害を意味するからであり、また、徴収手続に権力的要素が強く、私人の財産権のみならず人格権(名誉権)さらには人身の自由に対する侵害の危険性が高いからである。
そして、日本国憲法が資本主義体制を基本とし、財産権を保障することによって経済活動の自由を保障する以上、法的安定性および予測可能性を確保することが必要である。租税法律主義は、この法的安定性および予測可能性を租税の面において担保するための原則でもある※。
※水野・前掲書7頁を参照。
ここで租税負担の変更とは、増税(税率・税額の上昇)を意味することは当然であるが、減税(税率・税額の下降)をも意味する。減税が全ての国民の利益になるとは限らないからである。租税特別措置法により、各種の租税の減免が行われているが、特定の業種・階層などのみを対象とすることもあり、負担の平等などの観点から問題になることが多い※。
※なお、憲法第84条にいう「租税」の意義については別に考えなければならない。 「財政法講義ノート」〔第5版〕の「02 財政民主主義、租税法律主義」も参照されたい。
2.国税の租税法律主義と地方税の地方税条例主義
地方公共団体は、地方税法の定めるところに従って課税権を有し(地方税法第2条)、地方税の税目や課税対象などを条例により定めなければならない(同第3条第1項)。地方税条例主義がとられている訳である。それでは、地方税条例主義は、憲法上、何処に根拠を求めうるのか。
かつての通説は、憲法第84条にいう「租税」は直接的に地方税を含むものではないが、規定の趣旨が及ぶと考えた。従って、この説によると、地方税条例主義は租税法律主義の例外であるということになる。しかし、地方税を住民に賦課するのであれば、地方税は、当該地方公共団体の住民代表機関である議会が制定する条例に基づかなければならない。そうすると、この考え方によっても租税法律主義と基本的な趣旨は異ならない。そのため、地方公共団体の課税権は憲法第92条および第94条に由来し、憲法第84条もこのことを予定していると考える説が通説化しているようである。
もっとも、この説は大きく二つに分割される。第一に、憲法第84条が地方税についても適用されるという考え方である※。第二に、第84条は地方税に対して適用されないとする考え方である※※。
※例:碓井光明『要説地方税のしくみと法』(2001年、学陽書房)6頁、小林孝輔=芹沢斉編・『基本法コンメンタール憲法』〔第四版〕(1997年、日本評論社)351頁[牧野忠則担当]。
※※例:新井隆一『財政における憲法問題』(1965年、中央経済社)33頁、金子宏『租税法』〔第十八版〕(2013年、弘文堂)89頁を参照。この他、北野弘久「本来的租税条例主義」日本財政法学会編『財政法講座1 財政法の基本問題』183頁、小山廣和「租税法律主義と租税(地方税)条例主義」同書203頁 、小林孝輔=芹沢斉編『基本法コンメンタール憲法』〔第五版〕(2006年、日本評論社)393頁[三木義一担当]、村上順=白藤博行=人見剛編『新基本法コンメンタール地方自治法』(2011年、日本評論社)266頁[前田雅子担当]を参照。
憲法第92条および第94条が抽象的な地方税立法権などの配分を行っていることを考慮するならば、第一の考え方は妥当と言い難い。しかし、抽象的な地方税立法権などの配分により、それらの行使にあたって地方公共団体にも憲法上の制約が及ぶことは当然であり、具体的な地方税立法権などについても同様であることからすれば、第二の考え方も不十分である。地方税条例主義を採用しても地方税について基本理念を定めた条文が欠落することにはならない。むしろ、憲法第92条および憲法第94条によって地方税立法権などが配分されることにより、地方公共団体にも第83条、第84条、第89条などの趣旨は及ぶものと理解しなければならない※。そうでなければ、何故に地方税立法権などが憲法によって配分されるのかがわからなくなる。
※拙稿「地方税立法権」日本財政法学会編『財政法講座3 地方財政の変貌と法』(2005年、勁草書房)34頁、38頁、39頁。なお、以上に関連して問題となるのが、法定外税の許容範囲である。
3.租税法律主義からの派生原則
租税法律主義からの派生原則として、あるいは、租税法律主義の具体的な内容としてあげられるものについては、見解が分かれる。もっとも、租税法律主義の派生原則として説明されていないものであっても、説明の便宜などによって別の箇所で扱われるのであって、本来であれば派生原則として理解されるべきものも存在する。ここでは、さしあたって金子宏教授の説※を基本として、それぞれの原則(主義)の内容、および関係する論点に触れておくこととする。
※金子・前掲書74頁。
@課税要件法定主義
罪刑法定主義にならって作られたもので、全ての課税要件、租税の賦課・徴収手続が法律によって規定されなければならないという原則である※。
※前述のように、地方税の場合は地方税条例主義がとられる。地方税法第2条・第3条を参照。
この原則については問題が多い。まず、法律と行政立法との関係である。法律の根拠がないのに政令や省令によって新たに課税要件に関する定めを置き、または変更することは認められない。政令や省令が法律に違反することも許されない。
もっとも、憲法は、第73条第6号において執行命令および委任命令の存在を認める。その意味においては、課税要件や賦課・徴収手続に関する規定について法律が政令・省令に委任することは許される。しかし、白紙委任のような一般的・包括的な委任は憲法第41条に反する。個別的かつ具体的な委任が求められているのである※。
※大阪高判昭和43年6月28日行裁例集19巻6号1130頁 、大阪地判平成21年1月30日判タ1298号140頁、大阪高判平成21年10月16日判タ1319号79頁を参照。なお、前掲大阪高判昭和43年6月28日に関する解説・批評として、北村喜宣「政令への委任の限界」金子宏=水野忠恒=中里実編『租税判例百選』〔第3版〕(1992年、有斐閣)8頁などがある。また、前掲大阪高判平成21年10月16日に関する解説・批評として、豊田孝二「使用人賞与の損金算入時期についての法人税法施行令134条の2の定めが租税法律主義に反しないとされた事例」速報判例解説編集委員会編『速報判例解説』(法学セミナー増刊)8号(2011年)265頁 などがある。
次に、税務行政において通達の役割は大きく、税務署も税理士も、法律ではなく通達により動いているほどである。また、法律の定める課税要件を通達が実質的に変更していることも多い。旧物品税法の下、パチンコ遊技機が長らく非課税とされていたが通達により課税されたという事件につき、最判昭和33年3月28日民集12巻4号624頁は、通達の内容が旧物品税法に適合していることなどを理由として課税処分を合法としたが、通達によって扱いが変更されたことこそが問題であるなどとして、批判が強い。たとえ従来の扱いが誤っていたとしても長期にわたってその扱いが継続した場合、一片の通達によって扱いが変更されることは、実質的に、通達によって法律の内容が変更されることを意味する場合があり、租税法律主義に反すると考えるべきであろう。
A租税法規不遡及の原則
新しい法律、または既存の法律の改正規定を施行する際に、施行日より前になされた行為への適用を認めることは、法的安定性や予測可能性の観点からすれば好ましくない。とくに、施行前の行為に対して不利益な効果を及ぼすことは、国民の権利・自由の保障の要請に真っ向から反することとなる。刑事法の領域においては、罪刑法定主義の一内容として、行為時には適法であった行為を事後の立法により処罰することは許されないとする刑罰不遡及の原則が存在し、憲法第39条にも明文で定められている。この趣旨を租税法の分野に取り入れたのが租税法規不遡及の原則であり、課税要件法定主義から発展または派生した原則と考えてよい。
しかし、租税法規不遡及の原則は、刑罰不遡及の原則と異なって日本国憲法において明文で定められていないこともあって解釈上の原則とも考えられ、次のように見解が分かれる。
第一説は、独立した派生原則として扱うか否かはともあれ、納税義務者の信頼保護、法的安定性や予見可能性の阻害を防ぐという意味で、憲法第84条および第30条に定められる租税法律主義の内容または派生原則として租税法規不遡及の原則を理解する※。
※金子・前掲書110頁、北野・前掲書98頁、佐藤・前掲書56頁、64頁、田中二郎『租税法』〔第三版〕(1990年、有斐閣)105頁、清永敬次『税法』〔新装版〕(2013年、ミネルヴァ書房)24頁、水野忠恒『租税法』〔第5版〕(2011年、有斐閣)9頁、増田英敏『リーガルマインド租税法』 〔第4版〕(2011年、成文堂)38頁、257頁を参照。
また、谷口勢津夫『税法基本講義』〔第4版〕(2014年、弘文堂)29頁は、「法律に基づき民主的正当性を有する以上、法律によらない課税とは異なり、一般的・絶対的に禁止されるとは考えられない」としつつ、「そもそも租税法律主義の目的が納税者に不当な不利益をもたらす課税の阻止にあることを考慮すると、遡及立法のうち納税者に不利益な遡及適用を認めるものは、原則として許容されないという考え方は、成り立つであろう」と述べる。そして、谷口教授は、遡及立法が行われる場合であっても「比例原則(憲13条参照)の下では、遡及立法を定める必要性と、遡及課税によって損なわれる利益、との比較衡量が要請されるべきである」と述べる(同頁)。
もっとも、租税法規不遡及の原則はそれほど厳格なものではないという指摘もある※。たしかに、憲法に明文で定められている罪刑法定主義に比較すれば、厳格性は薄れるかもしれない。しかし、人身の自由と財産権との間に存在する性質の相違を考慮に入れるとしても、厳格性を緩めることには慎重である必要がある。むしろ、租税法規不遡及の原則が存在する根本的な理由は、租税法規、とくに租税実体法規が課税要件の形で国民の財産権に対する制約ないし侵害を規定するものであることに求められるべきである※※。
※三木義一「租税法における不遡及原則と期間税の法理」石島弘=木村弘之亮=玉國文敏=山下清兵衛編『納税者保護と法の支配(山田二郎先生喜寿記念)』(2007年、信山社)274頁。谷口・前掲書29頁も同旨であろう。
※※拙稿「租税特別措置法附則27条による同法31条の遡及適用が違憲無効と判断された事例」速報判例解説編集委員会編『速報判例解説』(法学セミナー増刊)3号(2008年)288頁。
第二説は、民主主義を理由として租税法規の遡及適用の範囲を広く認める※。この見解によると、仮に租税法規不遡及の原則が憲法上の原則たりうるとしても、民主主義の観点からこの原則は大きな制約を受け、例外の多い原則となる。従って、原則たりえないという結論に至ることもありうる。また、憲法上の原則でないとすると第三説に近い内容となる。
※碓井光明「租税法律の改正と経過措置・遡及禁止」ジュリスト946号(1989年)122頁〔同『要説地方税のしくみと法』(2002年、学陽書房)21頁も参照〕。また、宮原均「税法における遡及立法と憲法」法学新報104巻2・3号(1997年)95頁、高橋祐介「租税法律不遡及の原則についての一考察」総合税制研究11号(2003年)76頁も参照。
いずれにせよ、第二説に対しては、次のような批判が可能であろう。民主主義を理由として租税法規の遡及適用を広く認めるならば、租税法律主義のもう一つの根幹でもある自由主義を損なうことになりかねない。少なくとも、民主主義と自由主義との均衡を崩すことになりかねない。これは、憲法第29条、および第25条の自由権的側面に抵触する。
第三説は、租税法規の不遡及が租税法律主義の内容ではないとする※。従って、租税法規不遡及の原則は成立しない。この考え方は、憲法第30条の存在意義を失わせかねず、妥当とは到底言えな い。
※図子善信「税務行政における遡及適用の課題」税63巻6号(2008年)5頁、15頁 。
租税法規不遡及の原則の内容や適用の有無が争われた判決は少なくないが、福岡地判平成20年1月29日判時2003号43頁※および東京地判平成20年2月14日訟務月報56巻2号197頁※※をきっかけにして、再び活発な議論がなされている。いずれも、「長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、同法その他所得税に関する法令の規定の適用については、当該損失の金額は生じなかつたものとみなす」として、譲渡所得と他の所得との損益通算(所得税法第69条)を認めないとする趣旨 に改められた租税特別措置法第31条が、平成16年3月に公布された法律第14号(租税特別措置法附則)第27条により「個人が平成十六年一月一日以後に行う同条第一項に規定する土地等又は建物等の譲渡について適用」されるとして、一種の遡及適用を定めたことが端緒となっている。
※この判決は、控訴審判決である福岡高判平成20年10月21日判時2035号20頁によって破棄された。原告が上告しなかったため、この福岡高等裁判所判決が確定している。しかし、学説においては前掲福岡地判平成20年1月29日を支持する見解が多いようである。※※控訴審判決として東京高判平成21年3月11日訟務月報56巻2号176頁、上告審判決として最二小判平成23年9月30日集民237号519頁がある。
前掲福岡地判平成20年1月29日の詳細については省略し※、ここでは、上記の問題について一応の決着をつけた最一小判平成23年9月22日民集65巻6号2756頁※※を取り上げる。
この最高裁判所第一小法廷判決においては、「所得税の納税義務は暦年の終了時に成立するものであり(国税通則法15条2項1号)、措置法31条の改正等を内容とする改正法が施行された平成16年4月1日の時点においては同年分の所得税の納税義務はいまだ成立していないから、本件損益通算廃止に係る上記改正後の同条の規定を同年1月1日から同年3月31日までの間にされた長期譲渡に適用しても、所得税の納税義務自体が事後的に変更されることにはならない」と述べつつも、「長期譲渡は既存の租税法規の内容を前提としてされるのが通常と考えられ、また、所得税が1暦年に累積する個々の所得を基礎として課税されるものであることに鑑みると、改正法施行前にされた上記長期譲渡について暦年途中の改正法施行により変更された上記規定を適用することは、これにより、所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきである」と述べられる。所得税が暦年課税に服することを過度に強調する嫌いは否めないが、この部分に関しては妥当な判断を下していると見ることが可能であろう。
その上で、前掲最大判平成18年3月1日民集60巻2号587頁を参照しつつ、次のように述べられる。
「憲法84条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであるが、これにより課税関係における法的安定が保たれるべき趣旨を含むものと解するのが相当であ」り、(最大判昭和53年7月12日民集32巻5号946頁を参照して)「法律で一旦定められた財産権の内容が事後の法律により変更されることによって法的安定に影響が及び得る場合における当該変更の憲法適合性については、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案し、その変更が当該財産権に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかによって判断すべきものであ」り、「暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用によって納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得る場合においても、これと同様に解すべきものである」から「暦年途中で施行された改正法による本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定の暦年当初からの適用を定めた本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するか否かについては、上記の諸事情を総合的に勘案した上で、このような暦年途中の租税法規の変更及びその暦年当初からの適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当と解すべきである」。
やや長きにわたって引用したが、ここに「租税法規不遡及の原則がそれほど厳格でなく、比較的広い例外を認めうるものである」という趣旨の思考が垣間見える、と評価することができるのではないであろうか。
そして、租税特別措置法租税特別措置法第31条が同法附則第27条により一種の遡及適用がなされたことについては、次のように述べられる。
「上記改正は、長期譲渡所得の金額の計算において所得が生じた場合には分離課税がされる一方で、損失が生じた場合には損益通算がされることによる不均衡を解消し、適正な租税負担の要請に応え得るようにするとともに、長期譲渡所得に係る所得税の税率の引下げ等とあいまって、使用収益に応じた適切な価格による土地取引を促進し、土地市場を活性化させて、我が国の経済に深刻な影響を及ぼしていた長期間にわたる不動産価格の下落(資産デフレ)の進行に歯止めをかけることを立法目的として立案され、これらを一体として早急に実施することが予定されたものであったと解される。また、本件改正附則において本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を平成16年の暦年当初から適用することとされたのは、その適用の始期を遅らせた場合、損益通算による租税負担の軽減を目的として土地等又は建物等を安価で売却する駆け込み売却が多数行われ、上記立法目的を阻害するおそれがあったため、これを防止する目的によるものであったと解されるところ、平成16年分以降の所得税に係る本件損益通算廃止の方針を決定した与党の平成16年度税制改正大綱の内容が新聞で報道された直後から、資産運用コンサルタント、不動産会社、税理士事務所等によって平成15年中の不動産の売却の勧奨が行われるなどしていたことをも考慮すると、上記のおそれは具体的なものであったというべきである。そうすると、長期間にわたる不動産価格の下落により既に我が国の経済に深刻な影響が生じていた状況の下において、本件改正附則が本件損益通算廃止に係る改正後措置法の規定を暦年当初から適用することとしたことは、具体的な公益上の要請に基づくものであったということができる」。その一方、「このような要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは(中略)納税者の納税義務それ自体ではなく、特定の譲渡に係る損失により暦年終了時に損益通算をして租税負担の軽減を図ることを納税者が期待し得る地位にとどまるものである。納税者にこの地位に基づく上記期待に沿った結果が実際に生ずるか否かは、当該譲渡後の暦年終了時までの所得等のいかんによるものであって、当該譲渡が暦年当初に近い時期のものであるほどその地位は不確定な性格を帯びるものといわざるを得ない」。結局、納税義務者にとっては「損益通算による租税負担の軽減に係る期待に沿った結果を得ることができなくなるものの、それ以上に一旦成立した納税義務を加重されるなどの不利益を受けるものではない」から「納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものと解するのが相当である。したがって、本件改正附則が、憲法84条の趣旨に反するものということはできない」。
以上の判断については、様々な批判をなしうるところと考えられる。たとえば、判旨は平成16年度税制改正大綱の内容が新聞で報道された事実を重視しているが、実際のところ、この大綱が取りまとめられたのは平成15年12月17日であり、その翌日に報道されたとは言うものの、日刊紙では日本経済新聞のみであり(しかもごく小さなスペースの記事であったという)、あとは住宅関係の雑誌で取り上げられた程度であるという。これでは、国民のどの範囲までが知りえたかについて疑問が生ずるであろう。いくら業者側が駆け込み売却を煽るとしても、それほど売却需要を見込めたのか。
そればかりか、この判決は、あたかも与党の大綱が法律と同じ程度の存在であるかのように捉えている。これはどのように考えてもおかしい。大綱は、それがいかに実際上の影響力を発揮するとしても、党などの政策方針に過ぎない。しかも、この大綱に示された内容が正式に閣議決定されたのは平成16年1月になってからのことであり、改正法律案が内閣から国会に提出されたのは同年2月のことである。最高裁判所は国会を軽視しており、とくに立法過程、国会での審議、さらに野党の存在を軽視しているのではないか、という疑念すら起こりうる。
また、この判決は「租税法規は、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断及び極めて専門技術的な判断を踏まえた立法府の裁量的判断に基づき定立されるものであり、納税者の上記地位もこのような政策的、技術的な判断を踏まえた裁量的判断に基づき設けられた性格を有する」と述べているが、納税義務者の地位があまりにも軽く見られている点は重大な問題であろう。これでは納税義務者が租税法律関係において何らの権利も自由も持たない、とは言わないまでも、納税義務者の地位は広範な立法裁量の下に置かれ、従属的な地位に甘んじなければならない、ということになり、憲法第30条および同第84条の意味が失われかねない。
結論として、前掲最一小判平成23年9月22日は、実質的に租税法規不遡及の原則を無にしかねないほどに例外の範囲を広く認めるものと考えられ、妥当ではないと解すべきであろう。
B課税要件明確主義
法律(その下における政令・省令の場合も含む)における課税要件および賦課・徴収の手続に関する規定は、なるべく一義的かつ明確でなければならない。このため、租税行政庁に自由裁量を認めることは原則として許されず、不確定概念の使用も慎重でなければならない。もっとも、実際のところ、不確定概念の使用はやむをえない場合もあり、必要な場合すらある。しかし、不確定概念の多用を指摘する声もある。不確定概念と裁量は、一応区別しうるが、実際にはどちらに該当するかが判別困難である場合も存在する。
秋田地判昭和54年4月27日行裁例集30巻4号891頁および仙台高秋田支判昭和57年7月23日行裁例集33巻7号1616頁は、秋田市国民健康保険税条例において課税要件を定めていた規定が一義的明確性を欠くので憲法第84条に違反すると判断した。一方、東京地判平成2年3月26日判時1344号115頁は、消費税法における「事業」、「事業者」、および「対価」について「社会通念に従って解釈すればその通常の意味内容が容易に確定できる」と述べている。
C合法性の原則
租税法は強行法規である。課税要件が充たされているならば、租税行政庁には租税を減免する自由、さらに徴収しない自由はない。不正が生じるおそれがあるし、納税者間の平等を損なうおそれがあるからである。従って、租税行政庁は、法律で定められた通りに税額を徴収しなければならない。納税者との間で和解や契約をなすことはできないのである。但し、実際には類似する現象もあるが、課税要件事実の認定に留まるならば違法ではない。
この原則に対しては制約があると言われる。第一に、納税者に有利な行政先例法が存在する場合には、租税行政庁はこれに拘束される※。第二に、納税者に有利な解釈・適用が一般になされ、是正措置もとられていない場合には、合理的な理由がないのに特定の納税者を不利益に扱ってはならない(判例も同旨)※※。第三に、信義誠実の原則(禁反言の原則)が認められるべきである。但し、判例は消極的な態度を示している。
※但し、「課税要件法定主義」の箇所を参照。
※※但し、「05 租税法の解釈と実質課税の原則」を参照。
D手続的保障原則
租税の賦課・徴収が公権力の行使であることは当然であるが、これが適正な手続で行われなければならず、これに対する争訟は公正な手続によって解決されなければならない。この原則は憲法第31条からも導かれうる。この原則に基づくものとして、青色申告に対する更正処分・青色申告承認取消処分の理由付記、執行機関と審査機関との分離などがある(審査機関として国税不服審判所がある)。日本における租税行政手続は、国税通則法などの法律に基づいているが、行政手続法は適用を除外されており、納税義務者の権利保護について十分な配慮がなされているとは言い難い面が多いこともあって、課題を残している。また、先進諸国において納税者権利憲章が制定されている例が多いが、日本には存在せず、税務当局も非常に消極的である。
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(2011年3月16日掲載)
(2011年3月21日修正)
(2011年3月31日修正)
(2012年8月3日修正)
(2012年8月5日修正)
(2013年3月29日修正)
(2013年8月1日修正)
(2014年3月3日修正)