25    相続税その2  相続税の課税物件、課税標準および税額の計算

 

 

 1.相続税の課税物件

 相続税の課税物件を相続財産という。これは相続等によって得られた財産である。その範囲は広汎であり、財産権の対象となる一切の物および権利である。従って、動産、物産、無体財産権、鉱業権、漁業権、私法上の債権、公法上の債権、経済的価値に対する支配権は、相続財産である。

 ※民法第896条本文も「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めている。このことからも相続財産は財産権の対象となる一切の物および権利であると言える。但し、同条ただし書きは「被相続人の一身に専属したものは、この限りでない」と定めるので、このような場合には相続財産にならない。

 具体的に何が相続財産であるかについて争われることがある。例えば、被相続人が土地の譲渡契約を締結し、所有権が他者に移転する前に被相続人が死亡した場合の相続財産は、その譲渡契約の対象となった土地であるのか、譲渡代金の残金の請求権であるのか。

 東京高判昭和56年1月28日行集32巻1号106頁は、「売買代金の支払完了時に目的物件の所有権が移転するという特約がある売買においては、代金未払の間は所有権が売主に留保され、買主には移転しないのであるから、右所有権と対価関係にたつ売買代金債権も確定的に売主に帰属するに至らないとみるのが相当であ」り、「本件のように所有権留保の特約がある場合には、右のような法的及び経済的変動は代金支払の完了時まで確定的には発生していないとみられる」から「売買代金債権は確定的には被控訴人らに帰属せず、したがって、同債権を課税物件と解するのは相当でないものというべく、本件土地の所有権をもって課税物件と解すべきである」と述べる。金子教授は、この判決の論旨を支持する。ちなみに、同判決は、通常の売買の場合には「売買の成立と同時に、目的物件の所有権は売主から買主に移転すると同時に売主は売買代金債権を取得し、これに伴って、資産的価値も所有権が債権に転化するとみられる」とも述べる。

 ※金子宏『租税法』〔第十八版〕(2013年、弘文堂)542頁。

 これに対し、上告審である最二小判昭和6112月5日訟務月報33巻8号2149頁は、このように土地の所有権が被相続人に残っている場合であっても「実質は売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎ」ず、相続人が相続した「土地の所有権は、独立して相続税の課税財産を構成しない」と述べている。

 次に、被相続人が土地の譲渡を受けたが、所有権が移転する前に死亡し、相続が開始された場合はどうであろうか。農地の買受人が県知事の許可前に死亡したという事案について、東京高判昭和55年5月21日訟務月報26巻8号1444頁は、相続財産は農地自体ではなく、農地の所有権移転請求権であると判示した。また、これとは別事案ではあるが、農地を買受ける契約をして手付金を支払った被相続人が知事の許可を得る前に死亡したという事案について、最二小判昭和6112月5日訟務月報33巻8号2154頁は、相続財産は農地自体でなく、農地の売買契約に基づく所有権移転請求権や所有権移転登記請求権などの総体であり、その評価は契約金額によるべきである、と判示した。

 一方、上記のように、第12条により、公益を目的とする事業の用に供することが確実なものなど、一定の範囲で非課税財産が定められている。また、租税特別措置法第70条、同法施行令第40条の3および第40条の4により、民法上の公益法人など一定の法人に対する財産の贈与などがあった場合には、課税の対象外とされることがある。これは寄付を奨励するための特別措置である。

 相続税法第3条は、みなし相続財産を定め、課税の対象とする。法律上は相続等によって得られた財産ではないが、やはり被相続人、遺贈者、贈与者の死亡を機にすることから、実質的に同じであるとしてみなし相続財産としたのである。みなし相続財産には、次のものがある。

 (1)保険金

 被相続人の死亡により、相続人その他の者が生命保険または損害保険の契約に基づいて取得した保険金のうち、被相続人が負担した保険料に対応する部分である(第3条第1項第1号)。但し、第12条第1項第5号により、一定の非課税枠が設けられている。

 ※最三小判平成22年7月6日民集64巻5号1277は、保険金に年金の方法により支払われるものも含まれるとした上で、「年金の方法により支払を受ける場合の上記保険金とは、基本債権としての年金受給権を指し」、相続税法第24条第1項「所定の定期金給付契約に関する権利に当たる」と述べた。所得税法第9条第1項第16号も参照されたい。

 (2)退職手当金等

 被相続人に支給されるはずであった退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与で、死亡後3年以内支給が確定したものである(第3条第1項第2号)。被相続人の死亡によって相続人が得た場合に、相続等によって取得したとみなされるのである。公務員の死亡退職手当の受給権も、みなし相続財産に含まれる(鳥取地判昭和55年3月27日行集31巻3号727頁)。これについても、第12条第1項第6号により、一定の非課税枠が設けられている。

 (3)生命保険契約に関する権利

 これは、上記の保険金とは別のものである。相続開始時にまだ保険事故が発生していない生命保険契約のうち、被相続人が保険料の全部または一部を負担しており、かつ、被相続人以外の者が契約者である場合に、被相続人が負担した保険料に対応する部分については、その保険の契約者が相続等によって取得したものとみなす、というものである(第3条第1項第3号)。

 (4)定期金に関する権利

 生命保険契約を除く定期金給付契約(郵便年金契約など)で、被相続人が掛金の全部または一部を負担しており、かつ被相続人以外の者が契約者である場合に、被相続人が負担した掛金に対応する部分は、その定期金給付契約の契約者が相続等によって取得したものとみなす、というものである(第3条第4号)。

 (5)保証期間付定期金に関する権利

 定期金給付契約のうち、定期金受取人に対し、その生存中または一定期間にわたり定期金を給付し、受取人が死亡した時には遺族などの者に対して定期金または一時金を給付する契約については、第3条第5号に規定がある。この場合は、被相続人が負担した掛金に対応する部分は、継続受取人または一時金受取人が相続等によって取得したものとみなされる。

 (6)契約に基づかない定期金に関する権利

 第3条第6号に規定される。被相続人の死亡により、相続人などが定期金に関する権利で契約に基づくもの以外のものを取得した場合について、定期金を受ける権利は、相続等により取得されたものとみなされる。この規定に該当するものは、法令等の定めによって相続人等が直接取得する定期金に関する権利である

 ※国家公務員共済組合法、地方公務員共済組合法、厚生年金保険法などによる遺族年金については、これらの個別法によって相続税の課税が除外される。

 (7)特別縁故者への分与財産

 民法第958条の3によって、被相続人と特別の縁故があった者に財産分与がなされた場合は、厳密に言えば相続等に該当しないが、相続税法第4条は被相続人から特別縁故者に遺贈がなされたものとみなすことを定めている。

  (8)著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた者

 遺言によって著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた者は、その対価と財産の時価との差額に相当する金額を遺贈によって取得したものとみなされる(第7条。ただし書きも参照のこと)。

 (9)債務免除等による利益

 対価を支払わずに、または著しく低い価額の対価により、債務の免除、引き受け、または第三者のためになす債務の弁済による利益を受けた場合には、それらがあった時点において、その債務の金額を、債務の免除などを行った者から遺贈によって取得したものとみなされる(第8条。ただし書きも参照のこと)。

 (10)その他の利益

 第9条は、対価を支払わずに、または著しく低い価額の対価により、第4条ないし第8条に規定されているもの以外の利益を受けた場合について、その利益の価額に相当する金額を遺贈によって取得したものとみなす、という規定である(ただし書きも参照のこと)。

 (11)信託受益権

 新しい信託法(平成181215日法律108号)が制定されたことに伴い、相続税法に第9条の2ないし第9条の6が新設された。これらの規定は相続税にも贈与税にも適用される。概説などは省略するが、これらの規定をここに掲載しておく。

 第9条の2:「信託(退職年金の支給を目的とする信託その他の信託で政令で定めるものを除く。以下同じ。)の効力が生じた場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。以下この節において同じ。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

 2  受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

 3  受益者等の存する信託について、当該信託の一部の受益者等が存しなくなつた場合において、適正な対価を負担せずに既に当該信託の受益者等である者が当該信託に関する権利について新たに利益を受けることとなるときは、当該信託の一部の受益者等が存しなくなつた時において、当該利益を受ける者は、当該利益を当該信託の一部の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して当該利益を受けた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

 4 受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、当該給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた時において、当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた者は、当該信託の残余財産(当該信託の終了の直前においてその者が当該信託の受益者等であつた場合には、当該受益者等として有していた当該信託に関する権利に相当するものを除く。)を当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

 5 第一項の「特定委託者」とは、信託の変更をする権限(軽微な変更をする権限として政令で定めるものを除く。)を現に有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者(受益者を除く。)をいう。

 6 第一項から第三項までの規定により贈与又は遺贈により取得したものとみなされる信託に関する権利又は利益を取得した者は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなして、この法律(第四十一条第二項を除く。)の規定を適用する。ただし、法人税法(昭和四十年法律第三十四号)第二条第二十九号(定義)に規定する集団投資信託、同条第二十九号の二に規定する法人課税信託又は同法第十二条第四項第一号(信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用の帰属)に規定する退職年金等信託の信託財産に属する資産及び負債については、この限りでない。」

 第9条の3:「受益者連続型信託(信託法(平成十八年法律第百八号)第九十一条(受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例)に規定する信託、同法第八十九条第一項(受益者指定権等)に規定する受益者指定権等を有する者の定めのある信託その他これらの信託に類するものとして政令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)に関する権利を受益者(受益者が存しない場合にあつては、前条第五項に規定する特定委託者)が適正な対価を負担せずに取得した場合において、当該受益者連続型信託に関する権利(異なる受益者が性質の異なる受益者連続型信託に係る権利(当該権利のいずれかに収益に関する権利が含まれるものに限る。)をそれぞれ有している場合にあつては、収益に関する権利が含まれるものに限る。)で当該受益者連続型信託の利益を受ける期間の制限その他の当該受益者連続型信託に関する権利の価値に作用する要因としての制約が付されているものについては、当該制約は、付されていないものとみなす。ただし、当該受益者連続型信託に関する権利を有する者が法人(代表者又は管理者の定めのある人格のない社団又は財団を含む。以下第六十四条までにおいて同じ。)である場合は、この限りでない。

 2 前項の「受益者」とは、受益者としての権利を現に有する者をいう。」

 第9条の4:「受益者等が存しない信託の効力が生ずる場合において、当該信託の受益者等となる者が当該信託の委託者の親族として政令で定める者(以下この条及び次条において「親族」という。)であるとき(当該信託の受益者等となる者が明らかでない場合にあつては、当該信託が終了した場合に当該委託者の親族が当該信託の残余財産の給付を受けることとなるとき)は、当該信託の効力が生ずる時において、当該信託の受託者は、当該委託者から当該信託に関する権利を贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生ずる場合にあつては、遺贈)により取得したものとみなす。

 2 受益者等の存する信託について、当該信託の受益者等が存しないこととなつた場合(以下この項において「受益者等が不存在となつた場合」という。)において、当該受益者等の次に受益者等となる者が当該信託の効力が生じた時の委託者又は当該次に受益者等となる者の前の受益者等の親族であるとき(当該次に受益者等となる者が明らかでない場合にあつては、当該信託が終了した場合に当該委託者又は当該次に受益者等となる者の前の受益者等の親族が当該信託の残余財産の給付を受けることとなるとき)は、当該受益者等が不存在となつた場合に該当することとなつた時において、当該信託の受託者は、当該次に受益者等となる者の前の受益者等から当該信託に関する権利を贈与(当該次に受益者等となる者の前の受益者等の死亡に基因して当該次に受益者等となる者の前の受益者等が存しないこととなつた場合にあつては、遺贈)により取得したものとみなす。

 3 前二項の規定の適用がある場合において、これらの信託の受託者が個人以外であるときは、当該受託者を個人とみなして、この法律その他相続税又は贈与税に関する法令の規定を適用する。

 4 前三項の規定の適用がある場合において、これらの規定により第一項又は第二項の受託者に課される贈与税又は相続税の額については、政令で定めるところにより、当該受託者に課されるべき法人税その他の税の額に相当する額を控除する。」

 第9条の5:「受益者等が存しない信託について、当該信託の契約が締結された時その他の時として政令で定める時(以下この条において「契約締結時等」という。)において存しない者が当該信託の受益者等となる場合において、当該信託の受益者等となる者が当該信託の契約締結時等における委託者の親族であるときは、当該存しない者が当該信託の受益者等となる時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を個人から贈与により取得したものとみなす。」

 第9条の6:「受益者等の有する信託に関する権利が当該信託に関する権利の全部でない場合における第九条の二第一項の規定の適用、同条第五項に規定する信託財産の給付を受けることとされている者に該当するか否かの判定その他この節の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定める。」

 

 2.相続税の課税標準および税額の計算

 「24    相続税その1  相続税と贈与税との関係、相続税の性質、納税義務者において述べたように、現在の日本の相続税は、遺産取得税方式を基本としつつも遺産税方式を加味した法定相続分課税方式による遺産取得税方式によっている。その方法は第11条以下に規定されているが、ここでその概要をみることとしよう。

 前提として、相続財産の評価がなされなければならないが、これについては「27  財産の評価」において取り上げる。

 第一段階として、各相続人または受遺者の課税価格を計算しなければならない(第11条の2)。結局のところは、各相続人または受遺者が相続等によって得た財産の価額の合計額である。その上で、相続人および包括受遺者については、その合計額から、そのものに属する被相続人の債務の金額および葬式費用の金額を控除し、さらに非課税とされる財産(第12条)の総額を控除して得られた金額を課税価格とする(第13条第1項)。この控除されるべき債務は、確実と認められるものでなければならない(第14条第1項)。

 次に、各相続人または受遺者の課税価格を合算する。この際に、相続開始前3年以内に被相続人から贈与された財産がある場合は、贈与税額を控除した上で課税価格に加算する※。但し、婚姻期間が20年以上の配偶者から贈与を受けた居住用不動産またはその取得のための金銭のうち、2000万円以下の部分を特定贈与財産といい、これは加算の対象に含まれない(第19条。第21条の6第1項も参照)。また、相続時清算課税を選択した場合には、やはり贈与税額を控除した上で課税価格に加算する。さらに、配偶者については特別に軽減措置がとられる(第19条の2。後に説明する)。

 ※相続開始前3年以内に被相続人から贈与された財産がある場合の相続財産への加算について、小池正明『知っておきたい相続税の常識』〔第18版〕(2017年、税務経理協会)89頁は、次のように説明する。

 「相続税には、被相続人が一生の間に蓄積した財産に対し、相続を機会に清算的に課税するという趣旨がある。そうすると、被相続人が生前に贈与した財産ももともとはその蓄積財産の一部であり、相続時の財産に加えて課税しないと一生の蓄積財産に対する清算ができないこととなる。/そこで、生前贈与財産を相続税の課税価格に加算する制度が設けられている」。

 この説明は、遺産税型の相続税について妥当するものであり、遺産取得税型の相続税についてはそのまま妥当しない。小池氏も同書7頁において「現行の相続税法は、遺産取得課税方式を基本とし、計算方式の一部に遺産課税方式を取り入れた折衷方式を採用している」と説明しているが、相続開始前3年以内に被相続人から贈与された財産がある場合の相続財産への加算は、遺産税方式を取り入れたことにより設計された制度と理解すべきであろう。

 以上のように得られた合計課税価格から、基礎控除を差し引く(第15条第1項)。基礎控除は、2014(平成26)年12月31日までは、5000万円と、1000万円に相続人の数を乗じて得られた額との合計額とされていたが、2015(平成27)年1月1日より、3000万円と、600万円に相続人の数を乗じて得られた額との合計額である。これを数式化すると、

 (基礎控除の額)=3000万(円)+600万(円)×(相続人の数)

となる。例えば、甲が死亡し、配偶者の乙、両者の間に生まれた実子の丙、丁および戊が相続人である場合には、基礎控除の金額は5400万円となる。こうして課税遺産額が得られる。 

 ここからが少々ややこしくなる。まず、実際の相続分など、遺産分割の方法をいったん無視し、民法に定められた範囲の相続人が法定相続分に応じて相続財産を取得したと仮定し、各相続人または受遺者に按分する。

 上の例で、課税価格が1億1400万円とすると、基礎控除の金額が5400万円と算定されているので、課税遺産額は6000万円である。ここで法定相続分に応じて相続財産を取得したと仮定するから、乙の法定相続分(取得金額)は3000万円、丙、丁および戊の法定相続分(取得金額)はそれぞれ1000万円となる。この額に、第16条に掲げられた税率表を適用し、仮の相続税額を算出する。この税率は、所得税法第89条と同じく、超過累進税率である。従って、上の例については、次のようになる。

 乙:1000万円×0.1+(3000万円−1000万円)×0.15100万円+300万円=400万円

 丙、丁および戊:1000万円×0.1100万円

 そして、これらの額を合算する。これが相続税の総額である(相続税法第16条)。上の例では、乙の400万円に丙、丁および戊の100万円を合計するから、700万円が相続税の総額である。

 この相続税の総額を、今度は課税価格に応じて按分する。すなわち、実際の相続割合に応じて按分することになる。こうして、各相続人または受遺者が納めるべき相続税の金額が算出される。但し、相続人または受遺者が被相続人の一親等の血族でも配偶者でもない場合には、その者については相続税額に20%加算される(第18条)。

 ※代襲相続人は一親等の血族として扱われる(民法第887条第2項、相続税法第18条第1項)。

 さらに、税額控除に該当する場合には、その控除を行った後に得られる額を算出する。こうして、最終的な納税額が確定することとなる。相続税の税額控除は、贈与税額控除(第19条)、配偶者軽減控除(第19条の2)、未成年者控除(第19条の3)、障害者控除(第19条の4)、相次相続控除(第20条)、在外財産控除(第20条の2)である。

 贈与税額控除は「相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前三年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合」を前提とする。この場合には、その贈与によって取得した財産の価額が相続税額に加算される。その上で、贈与税が課されている場合には、加算された相続税額から贈与税額が控除される。

 ※第21条の8の規定による控除前の税額とされる。また、延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税に相当する税額は除かれる。

 配偶者軽減控除は、配偶者が被相続人の財産形成に貢献しているという事実が認められる場合が多いこと、配偶者の老後の生活保障を図るべきこと、短期間に相続が発生することが多いことから、相続税の負担が過度に重くなることを防ぐこと、などの趣旨によって置かれている。これについては、次のような手順で算出することとなる。

 まず、配偶者について算出された相続税額から贈与税額を控除する。これをAとしておく。

 次に、相続によって財産を取得した者全員にかかる相続税の総額を出しておく。これをB1とする。これにB2(当該相続などで財産を取得した者全員にかかる相続税の課税価格の合計額に、配偶者の相続分を得られた額。なお、1億6000万円に満たない場合には、1億6000万円とする)またはB3(相続によって財産を取得した配偶者にかかる相続税の課税価格に相当する金額)のいずれか少ない金額が、その相続税等により取得した者全員にかかる相続税の課税価格の合計額のうちに占める割合を乗じる。こうして得られた金額をBとしておく。

  そして、AからBを控除する。こうして得られた残額が配偶者の納税額である。これをCとすると、配偶者の取得財産が全相続財産に比して法定相続分以下である場合には、A−B≦0となるので、結局、納税額は0円となる。

 未成年者控除は、名称の通り、相続による財産の取得者が未成年者である場合に適用される。未成年者である相続人が20歳に達するまでの年数に10万円を乗じた金額を相続税額から控除する、という制度である。

 ※この相続税額は、贈与税額控除および配偶者減額控除を行った後の金額である。

 障害者控除は、名称の通り、相続による財産の取得者が障害者である場合に適用される。障害者である相続人が85歳に達するまでの年数に10万円(特別障害者の場合は20万円)を乗じた金額を相続税額から控除する、という制度である。

 この相続税額は、贈与税額控除、配偶者減額控除および未成年者控除を行った後の金額である。

 相次相続控除は、第一次相続によって被相続人が財産を取得し、それから10年以内に被相続人が死亡して第二次相続が開始された場合に適用されるものである。第二次相続における相続税額から、被相続人が第一次相続によって取得した財産について課せられた相続税額に相当する金額に第20条の各号に掲げる割合を順次乗じて算出した金額を控除することとなる。

 ※但し、延滞税、利子税、過少申告加算税、無申告加算税及び重加算税に相当する相続税額を除く。

 第20条に掲げられる割合は、次のように規定される。

 第1号:「第二次相続に係る被相続人から相続又は遺贈(被相続人からの相続人に対する遺贈を除く。次号において同じ。)により財産を取得したすべての者がこれらの事由により取得した財産の価額(相続税の課税価格に算入される部分に限る。)の合計額の当該被相続人が第一次相続により取得した財産(当該第一次相続に係る被相続人からの贈与により取得した第二十一条の九第三項の規定の適用を受けた財産を含む。)の価額(相続税の課税価格計算の基礎に算入された部分に限る。)から当該財産に係る相続税額を控除した金額に対する割合(当該割合が百分の百を超える場合には、百分の百の割合)」

  第2号:「第二次相続に係る被相続人から相続により取得した財産の価額(相続税の課税価格に算入される部分に限る。)の第二次相続に係る被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者がこれらの事由により取得した財産の価額(相続税の課税価格に算入される部分に限る。)の合計額に対する割合」

 第3号:「第一次相続開始の時から第二次相続開始の時までの期間に相当する年数を十年から控除した年数(当該年数が一年未満であるとき又はこれに一年未満の端数があるときは、これを一年とする。)の十年に対する割合」 

 在外財産控除は、相続または遺贈によって日本国外の財産を取得し、その財産について他国から相続税に相当する租税が課せられた場合に適用され、相続税額から相続税に相当する租税の税額に相当する金額を控除する、というものである(第20条の2ただし書きに注意)。

 さて、法定相続分課税方式による遺産取得税方式は、既に示したように実際の算定がかなり複雑になる。その上、第一節において述べたように、不合理な結果を生み出している。

  まず、実際の相続分(取得財産価額)は同じであるが、遺産総額(さらに課税遺産総額)が異なる場合である。次に示す@およびAの例をとって説明を試みる。

 @甲が死亡し、配偶者のA、実子のBおよびCが相続した。Aは2億5000万円分、Bは1億円分、Cは15000万円分を相続している。

 A乙が死亡し、配偶者のD、実子のEおよびFが相続した。Dは5億円分、Eは1億円分、Fは4億円を相続している。

 まず、@の場合、基礎控除の額は3000万円+600万円×3=4800万円となるので、課税遺産総額は4億5200万円となる。これを法定相続分で分割すると、Aが2億2600万円、BおよびCはそれぞれ1億1300万円となる。これらの額に税率を適用し、仮の税額を算出する。

 A:2億2600万円×45%−2700万円=7470万円

 B、C:1億1300万円×40%−1700万円=2820万円

 これらを合計すると、7470万円+2×2820万円=1億3110万円となる。

  この合計額を実際の相続分に応じて分割すると、次のようになる。

 A:B:C=2.51.5:1=5:3:2であるから、Aは6555万円、Bは3933万円、Cは2622万円が納税額となる。

 次に、Aの場合、基礎控除の額は@と同じであるあら、課税遺産総額は9億5200万円である。これを法定相続分で分割すると、Dが4億7600万円、EおよびFはそれぞれ2億3800万円である。

 D:4億7600万円×50%−4200万円=1億9600万円

 E、F:2億3800万円×45%−2700万円=8010万円

 これらを合計すると、1億9600億円+2×8010万円=3億5620万円

 この合計額を実際の相続分に応じて分割すると、D:E:F=5:1:4であるから、Dは1億7810万円、Eは3562万円、Fは1億4248万円が納税額となる。

 以上から、@のBとAのEは、相続分は同じであるのに、納税額が異なることが明らかである。純粋な遺産取得税方式であれば、このようなことは起こりえない。

  次に、遺産総額が同じであるが法定相続人数が異なる場合である。この場合には、実際の相続分(取得財産価額)によって結果などが左右されうるのであるが、次に示すBおよびCの例をとり、法定相続分に応じた相続として、説明を試みる。

 B丙が死亡し、配偶者のG、実子のHおよびIが相続した。Gは1億円分、HおよびIはそれぞれ5000万円分を相続している。

 C丁が死亡し、配偶者のJ、実子のK、L、M、Nが相続した。Jは1億円分、K、L、MおよびNはそれぞれ2500万円分を相続している。

 まず、Bの場合は、基礎控除額が3000万円+3×600万円=4800万円となるから、課税遺産総額は1億5200万円となる。これを法定相続分で分割すると、Gは7600万円、HおよびIはそれぞれ3800万円となる。これらの額に税率を適用し、仮の税額を算出する。

 G:7600万円×30%−700万円=1580万円

 H、I:3800万円×20%−200万円=560万円

 これらを合計すると、1580万円+2×560万円=1580万円+1120万円=2700万円

 この合計額を実際の相続分で分割すると、G:H:I=1:0.50.5=2:1:1であるから、Gは1350万円、HおよびIは675万円が納税額となる。

 次に、Cの場合は、基礎控除額が3000万円+5×600万円=6000万円となるから、課税遺産総額は1億4000万円となる。これを法定相続分で分割すると、Jが7000万円、K、L、MおよびNがそれぞれ1750万円となる。これらの額に税率を適用し、仮の税額を算出する。

 J:7000万円×30%−700万円=1400万円

 K、L、M、N:1750万円×15%−50万円=212.5万円

 これらを合計すると、1400万円+4×212.5万円=2250万円となる。

 この合計額を実際の相続分で分割すると、J:K:L:M:N=1:0.250.250.250.25であり、結局はJ:K:L:M:N=4:1:1:1:1であるから、Jが1125万円、K、L、MおよびNはそれぞれ2812500円が納税額となる。

 以上から、遺産総額が同額であっても法定相続人数によって納税額が異なることが明らかである。このため、法定相続人を多ければ多いほど、相続税の納税額ないしその合計額が軽減されることとなる。純粋な遺産取得税の場合には起こりうることであるが、純粋な遺産税であれば、このようなことは起こりえないであろう。また、法定相続人を増やして租税回避を行おうという動機が発生することとなるが、現在は対策がなされている。

 なお、相続税法第16条に規定される税率と速算表(簡易課税法)を示しておく。

取得した金額が1000万円以下 10% (取得した金額)×10%=(仮の相続税額)
取得した金額が1000万円を超えて3000万円以下 15% (取得した金額)×15%−50万円=(仮の相続税額)
取得した金額が3000万円を超えて5000万円以下 20% (取得した金額)×20%−200万円=(仮の相続税額)
取得した金額が5000万円を超えて1億円以下 30% (取得した金額)×30%−700万円=(仮の相続税額)
取得した金額が1億円を超えて2億円以下 40% (取得した金額)×40%−1700万円=(仮の相続税額)
取得した金額が2億円を超えて3億円以下 45% (取得した金額)×45%−2700万円=(仮の相続税額)
取得した金額が3億円を超えて6億円以下  50% (取得した金額)×50%−4200万円=(仮の相続税額)
取得した金額が6億円を超える 55% (取得した金額)×55%−7200万円=(仮の相続税額)
 

  

 

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(2011年3月16日掲載)

(2011年8月19日修正)

(2012年8月12日修正)

(2013年3月28日修正)

(2013年10月17日補訂)

(2017年10月18日修正)

(2017年11月12日修正)

(2017年12月4日修正)