サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第48編
第47編にて紹介し、検討いたしましたように、2002年11月19日(火)の13時10分、大分地方裁判所民事第1部は、日田市対別府市訴訟について日田市全面勝訴の判決を下しました。その日、別府市長は控訴の意向を示すコメントを発表しました。しかし、第47編において述べましたように、現在の別府市は、前市議会議長の政治的疑惑など、様々な問題を抱えており、少なくとも2001年2月のあの与党分裂以来、現在の別府市議会は少数与党という情勢です(その与党分裂については、第23編において取り上げております。第20編および第21編も御覧下さい)。控訴をすれば、2001年2月から3月にかけての別府市議会での混乱の再来は避けられません。それどころか、来年行われる市長選挙が近く、既に数名の立候補が予定されている中では、別府市政が未曾有の状況に追い込まれることも、十分に考えられます。
さて、こうした状況において、別府市は控訴をするのでしょうか。
今回の訴訟は、行政事件訴訟法によるものではなく、民法によるものですから、民事訴訟法が全面的に適用されます。もっとも、行政事件訴訟法には控訴などに関する規定が存在しませんので「民事訴訟の例による」ことになります(行政事件訴訟法第7条。実際には、民事訴訟法がそのまま適用されることが圧倒的に多いのです)。民事訴訟法第281条により、法人たる別府市は、今回の判決(「終局判決」)について控訴をなすことができます。但し、幾つかの条件が必要です。
第一に、理由です。民事訴訟法第286条第1項により、別府市は控訴状を大分地方裁判所に提出しなければなりません。その控訴状には、大分地方裁判所判決の趣旨と「その判決に対して控訴をする旨」が示されていなければなりません(同第286条第2項第2号)。もっとも、この点については、おそらく、別府市の側に問題はないものと思われます。
第二に、控訴期限です。別府市が抱えている問題は、こちらのほうです。民事訴訟法第285条によれば「控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない」とされています。送達は民事訴訟法第98条以下に規定されています。期間の計算については、民事訴訟法第95条第1項により、民法第1編第5章の規定に従うことになります。控訴の場合は、民法第139条および第140条によりますので、判決言渡日は初日に参入しません。そうすると、別府市は、12月3日(火)までに控訴を行わなければなりません。
しかし、既に一週間以上経っている11月28日の時点において、別府市は控訴の手続を全く進めていません。それだけでなく、別府市が置かれている状況からして、控訴は困難であるという見方が強いようです。
この点について、西日本新聞2002年11月29日付朝刊30面(大分)に掲載されている「サテライト日田市報訂正訴訟 別府市控訴、厳しい情勢」という記事によると、別府市助役の三浦義人氏は、28日、弁護士と相談をした上で控訴するか否かの結論を出したいという趣旨を述べたそうです。
別府市議会議長の首藤正氏は、11月20日、つまり、判決が出された日の翌日に、市の総務部長に対し、控訴の場合には臨時市議会を開催するように、という趣旨の要請をしていました。しかし、市議会招集の手続は取られていません。このため、市長の専決処分によって控訴がなされるかもしれないという見通しが、三浦助役によって述べられました。仮にそうなるとすれば、これは「重大案件」であるために「与党少数の同士議会で井上姿勢に対する反発が強まるのは必至」であるため、「市議や市職員に『控訴は事実上不可能』という見方が広がっている」と、西日本新聞は報じています。
このあたりの事情を、行政法学の観点から、いかに説明することができるでしょうか。
第47編において、地方自治法第96条第1項第12号について考えてみました。そこにおいて、私は、次のように述べています。
控訴ということは、市の財政支出を伴うということです。地方自治法第96条第1項第12号は、普通地方公共団体(都道府県および市町村)の議会の議決事項として「当事者である審査請求その他の不服申立て、訴えの提起、和解、斡旋、調停及び仲裁に関すること」をあげており、控訴や上告については明示していません。そのために解釈に自信がないのですが、それを承知の上で考えてみます。
今回、別府市は敗訴し、訴訟費用も負担することとなっています。控訴は「訴えの提起」ではないので、文字通りであれば議会の議決は不要とも考えられますが、控訴の場合であっても一定の費用を要することは「訴えの提起」の場合と変わりません。次に、控訴は高等裁判所に司法判断を求めることですから「訴えの提起」と類似します。さらに、控訴を「訴えの提起」と完全に区別するならば、首長以下の執行部に対する議会の統制権を弱めることになります。地方自治法第96条第1項第12号で「当事者」と規定されているのは、普通地方公共団体が被告ではなく、原告として裁判の当事者になることを想定しているからでしょう。そうであれば、控訴人は原告と同様に訴えを起こす側として捉えられるはずです。少なくとも、控訴に踏み切るのであれば、議会の同意を得なければ、地方自治、とくに議会制民主主義の趣旨を没却します。
今回は、松本英昭『新版逐条地方自治法』(2001年、学陽書房)という、おそらくは総務省関係者による解釈・見解の集大成とも言いうる定番の逐条解説書を参考にしつつ、別府市の控訴の可能性について検討を加えます。
まず、地方自治法第96条第1項第12号について、上記逐条解説書322頁は「普通地方公共団体が民事上または行政上の争訟及びこれに準ずべきものの当事者となる場合に議会の議決を必要とする旨の規定である」と述べています。但し、この場合、条文では「訴えの提起」となっておりますから、普通地方公共団体(都道府県および市町村) が被告となる場合は含みません(第47編において述べたとおりです)。そして、「訴えの提起」は「第一審たる訴訟の提起のみならず、上訴の提起をも含むものである」とされています(同頁。なお、上訴とは、控訴と上告とをまとめた言い方です)。
ただ、「第一審の訴訟提起の際の議決に当たつて議会が特に上訴につき改めて議会の議決を得べき旨を明確に示して議決した場合を除き、上訴につき改めて議決を経る必要はないものと」解釈されており、これについて、昭和5年(同書322頁からでは月日などが不明)の大審院判決が参照されています。
しかし、今回、別府市は原告でなく、被告でしたから、この説明は妥当しません。そのため、第46編にて私の解釈を示しましたように、判決に不服があるとして控訴する場合、別府市は、市議会の議決を得る必要があります(同頁)。
既に触れたように、別府市議会は、判決の翌日、市に対して臨時議会の開催を要請しています。しかし、詳しい事情は不明ですが、市側は議会の招集をしていません。地方自治法第101条第2項は、議会の招集について、原則として、都道府県であれば開会日の7日前、町村であれば3日前に告示をしなければならないと規定しています(但書で「急施を要する場合は、この限りではない」とされてはいますが)。市議会での討議が何日もかかるような案件とは思えませんので、臨時議会の招集は可能であったはずです。あるいは、市側としては、臨時議会を開催した場合、2001年2月と同様に否決される可能性が高いとみて、敢えて招集手続を取らなかったのかもしれません。しかし、そうであるとすると、地方自治法第179条第1項との関係で問題が生じてきます。
この地方自治法第179条は、上記西日本新聞掲載記事に登場する専決処分の根拠条文です。規定を引用しておきましょう。
第1項:普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第百十三条但書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会を招集する暇がないと認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。
第2項:議会の決定すべき事件に関しては、前項の例による。
第3項:前二項の規定による処置については、普通地方公共団体の長は、次の会議において、これを議会に報告し、その承認を求めなければならない。
第1項にいう「議会を招集する暇がない」とは、議会を招集して議決を経るほどの時間的余裕がない場合、例えば、控訴期間が経過してしまうような場合、という意味です。但し、この判断は、長(都道府県知事、市町村長)の自由裁量に属するものではなく、羈束(きそく)裁量の事項であるというのが、上記逐条解説書による解釈です。私も、同じ解釈を採用したいと考えます。従って、市議会の同意が得られないと予想された場合であっても、そのことが専決処分を正当化する事由にならないはずです。
さて、専決処分は、第1項において示されているように、本来であれば議会が議決すべき事項について、都道府県知事または市町村長が議会を経由せずに決定などを行う訳です。或る意味では緊急手段です。憲法第73条第3号に規定される条約の締結で、それ自体は内閣の職権に属する事柄であるとは言え、事前に国会の承認を得るだけの時間的余裕がなかった場合と似ています。おそらく、そのような理由のため、第3項によって議会の承認が求められることになるのでしょう。なお、ここでいう「次の会議」には、臨時会を含みます。
専決処分について議会の承認が得られるならば、問題は生じません。しかし、承認が得られなかった場合には、専決処分の効力はどうなるのでしょうか。地方自治法には明文の規定がありません。本来、専決処分は、あくまでも議会制民主主義の例外ですから、議会の承認が得られなかったら専決処分は無効である、あるいは失効する、という解釈もできるでしょう。しかし、行政実例は、この場合、承認が得られなくとも専決処分の効力に影響がないという解釈を採用しています。その理由ですが、上記逐条解説書538頁は次のように説明しています。
「本条の専決処分は、議決機関たる議会がその本来の職責を果たし得ない場合又は果たさない場合に長が補充的に議会に代わつてその機能を行うものであり、かつまた時間的に猶予できないために処分するものであるから、議会の承認が得られないためその処分が無効になるとすれば、すでに行われた処分に関係する者の利益を害し、行政の安定をそこない、当該処分の目的を達成することも不可能になる場合も考えられ、本条制定の趣旨が全く没却される虞れがあるからである。」
勿論、「議会が専決処分そのものでなく、その処分の内容について不満があり承認を与えないような場合には、長にその政治的の責任は残るのであつて、後日、予算の修正、条例の否決、不信任決議等の原因となることも考えられる」とも述べられています。いずれにせよ、承認が得られなかったからといって、法的効力は否定されないということになります。この点も、憲法第73条第3号の解釈と類似します(条約の締結について、事後に国会の承認が得られなかったとしても、少なくとも条約の対外的効力は否定されません)。
果たして、行政解釈が妥当であると言いうるのでしょうか。一般的な感覚からすれば、事後に議会の承認が得られなかったのに専決処分の法的効力が否定されないという結論は、議会制民主主義の否定につながると思われるでしょう。たしかに、そのように言える面はあります。議会の承認が得られないような専決処分が全く存在しないとは言えませんし、行政解釈では、議会のチェック機能を軽視することになり、行政の専横が増大する懸念が増えるかもしれません。
しかし、議会の議決を経た処分によってであれ、専決処分によってであれ、処分がなされるならば、普通地方公共団体と他者との法的関係が形成されることになります。その場合、例えば、契約を考えますと、相手方にとっては、普通地方公共団体の内部的事情によって効力が左右されるようでは、安心して契約をなしえません。行政行為についても同様で、例えば、専決処分によって行政行為がなされるとして(そのような実例がどれほどあるのかわかりませんが)、議会の承認が得られなかったためにその行政行為が失効する、あるいは当初から無効であるとすれば、相手方の法的地位は著しく不安定になります。また、法的関係は複数成立しえますし、周辺にも新たな法的関係が築かれることになります。そのため、専決処分の法的効力を議会の承認にかからしめることは、多くの法的関係を否定することにもなり、不測の侵害を与えかねません。従って、ここでは行政実例の解釈を妥当としておきます。
このように考えるならば、別府市は、12月2日または3日に、市長の専決処分として控訴手続を取ることができます。仮に専決処分が承認されないとしても、そのことから直ちに控訴の取り下げをするという義務が生じる訳ではありません(勿論、市議会の意向を尊重して自発的に控訴を取り下げることは可能です)。
但し、これはあくまでも法的な話であって、政治的な側面は捨象しています。現在の別府市の状況を念頭に置くと、控訴は別府市政に一層の混乱を招くでしょう。
別府市の状況は、裁判の場において図らずも示されたと言えます。別府市は、日田市の主張に対して何ら有効な反論をなしえなかったのです(控訴の場で新たな証拠を提出することも考えられなくはないのですが)。準備書面においても、判決が批判したように、別府市は、問題となった市報掲載記事について、文面からは到底読み取れそうもないような、相当に強引な解釈をせざるをえなかったのです。このような状態で控訴したとしても、別府市が勝訴するとは思えません。そればかりでなく、日田市民、そして少なからぬ別府市民から反発を招くだけでしょう。日田市の名誉権侵害が争われたとは言え、この問題で名誉なり評価なりを落としたのは、日田市というよりも別府市です。
(2002年11月30日)
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