サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第58編
今回も、第56編および第57編の続きです。これで、11月10日に日田市側から提出された「準備書面(第6)」(9月22日付)の紹介および検討も終わりです。
この不定期連載をお読みの方であれば、今回の訴訟で問題とされているのが場外車券売場の設置許可であることは、すぐにおわかりでしょう。しかし、よく考えると、この設置許可の法的性質は不思議なものです。この点については、第37編および第51編において記しました。第37編作成時においては許可説を採用したのですが、日田市側弁護団の一員である藤井弁護士は特権付与的許可という言葉を使用しています。今の時点で考えると上手い表現です(実は不正確ですが)。第37編においても述べましたように、法律の条文に「許可」と書かれているからといって、その法的性質が全て同じであるという訳ではありません。むしろ、行政法学でいう許可なのか認可なのか、あるいは特許なのかを、様々な事情に関連付けて考えなければならないのです。
今の私の考え方は、たしかに場外車券売場の設置許可は行政法学上の許可であるが、単純な警察許可ではなく、特許的な性格、あるいは認可的な性格を多分に有した許可である、というものです。純粋な特許とは言い切れないし、認可であるとも言い切れないのですが、少なくとも純粋な警察許可ではない、としか言えません。
その理由をあげておきましょう。第37編にも記したように、自転車競技法は、自転車競技事業の運営主体を、都道府県、および総務大臣が指定する市町村に限定しています。そのため、場外車券売場にて車券を販売できるのも都道府県、および総務大臣が指定する市町村に限られます。また、警察許可であるとすれば、設置自体は誰でも可能であるということになります。法律上はそのようになっています。しかし、実際には、設置者が車券を販売することはできません。そればかりでなく、仮に自転車競技法の規定がなければ、競輪事業施行者以外の者が場外車券売場を設置した場合、刑法第186条第2項に規定される賭博場開帳等図利罪などに問われかねないはずです。
次に、場外車券売場設置許可を得たとしても、設置許可を受けた者はまさに設置を認められただけであり、車券の販売まで認められる訳ではありません。もし、そこで車券を販売しようとする競輪事業者を見いだすことができなければ、設置許可を受けようとする者は存在しないでしょう。そして、設置許可を受けた者は、設置した施設を競輪事業者に賃貸し、そこで収入を得ようとするはずです。そうすると、実際に設置された場外車券売場で車券を販売する事業者が必要となるという点において、認可の性質に近くなります(純粋な認可ではないのですが)。
また、警察許可という場合、本来であればその許可を受けなければならない事業は私人の自由に属するものである、という前提があります。第51編に記したことを再び取り上げておきますと、パチンコ屋や雀荘、ゲームセンターであれば、距離制限などに服するとは言え、営業の自由が認められますから、地域独占的な利益が生じるとは言い切れません。風営法が適用される喫茶店を考えるともっとわかりやすいでしょう。しかし、場外車券売場などの場合、営業の自由が認められ、その結果として地域内における競争がありうる、という訳ではありません。事業者が限定されているからです。
警察許可としての性格も認められるのですが、それだけでは割り切れないもの、それが場外車券売場の設置許可ではないでしょうか。
さて、「準備書面(第6)」はどのような論理展開を見せるのでしょうか。
大分地方裁判所平成15年1月28日判決は、場外車券売場設置許可がその「設置に関する一般的禁止を解除するにとどまるもの」であるとしています。しかし、控訴人である日田市側は、この見方を「本件許可処分を単体として捉え」るものでしかないと考えているようです。むしろ、「場外車券売場で車券を販売する行為に関して何らかの届出や許可を要するとする規定がな」いこと(これは、競輪事業者が都道府県および総務大臣の指定を受けた市町村に限定されているからです)などをあげ、「本件許可は単に場外車券売場を適法に設置しうるのみならず、そこで車券の販売行為を行い、それによって利益を得ることをも同時に許容する法的効果を有するものと解すべきである」と述べています。この部分だけ読むと自転車競技法を誤解しているようにも思われるのですが、「公営ギャンブルは刑法の例外として施行者に認められたいわば『特権』であり、本件許可は申請者が本来有する行動の自由を回復する性格ではない」というように、法の構造を捉えています。また、「本件許可の根拠規定が通商産業大臣(引用者注:本件設置許可がなされた時点においてのこと)の裁量を認めていること」から、「事案の特性に応じ通商産業大臣が裁量権を適切に行使することが期待される」許可なのであると論じています。
次に、自転車競技法第3条が取り上げられています。これは競輪場の設置許可に関する規定で、第3項において都道府県知事に公聴会の開催などを義務づけています。しかし、この規定は場外車券売場の設置許可に関する第4条において準用されていません。大分地方裁判所判決も、この点を捉えて「地元自治体の個別的利益を保護する趣旨とはいえない」と判断しています。これに対し、日田市側は「施行規則に定める競輪場設置許可の要件と場外車券売場設置許可の要件はほぼ同じであ」ることなどをあげ、「合理的な解釈により説明する必要がある」と述べています。
この後、「準備書面(第6)」は「場外車券売場の設置に関する法規制の沿革」について述べています。ここでは自転車競技法第1条が登場します。元々、場外車券売場は例外的なもので、新設を簡単に許容する制度ではなかったこと、「当該自治体内の民主的な意思形成によって競輪事業を実施することを決定し、かつ当該自治体の財政状況等が競輪事業の実施を必要とすると自治大臣(当時)が認めてはじめて競輪事業を実施することができる」ことから、「競輪場をはじめとする競輪事業のための施設は基本的に施行される自治体内部に設置されることが想定されているのである(同一自治体内実施原則)」と述べられています。このことからすると、場外車券売場の設置許可について公聴会などの手続が必要とされていないのは、自転車競技法制定当時の事情によるものであって、サテライト日田問題のような場合を想定していないということになります。
しかし、競輪事業者である自治体とは別の自治体に場外車券売場が設置される場合は、最近多くなっているようですが、これに対応しうる規定が法律に存在しません。「準備書面(第6)」によれば「不十分」ですが「場外車券売場の設置に関する指導要領について」(平成7年4月3日付。7機局第164号)です。これは通達です。そのため、行政規則として行政内部にのみ効力を有するものです。行政の外部に対しては、せいぜい、行政指導の指針にすぎないものです。しかし、「準備書面(第6)」も指摘するように「独立型場外車券売場を許容する施行規則改正にあわせて出されたもの」であり、サテライト日田のような事案にはそれなりの機能を果たしてきたのです。
「準備書面(第6)」は、「平等原則に違反する本件許可処分」という小項目を置いています。サテライト日田のように、地元の自治体や住民が反対の意思を明確に示しているにもかかわらず、設置許可がなされるような例はほとんどありません。そこで、「準備書面(第6)」は「たとえ地元同意の取り扱いが指導要領に基づくものであるとしても、同様の事例において同様の取り扱いがこれまでなされてきたにもかかわらず、本件だけがそのような取り扱いを合理的理由なく受けないとするならば、行政法上の一般原則である平等原則に反する故に違法な処分となることは明らかである」と述べています。サテライトひたの場合、この不定期連載においても述べたように、日田市、日田市民の反対姿勢に留意していたにもかかわらず、2000年6月7日に許可が出されました。これが、「手続的に見ても本件処分は本来履行すべき手続を欠く違法な処分なのであり、控訴人はその手続的地位の侵害を理由とする原告適格を有する」と主張される理由となっています。
さて、「準備書面(第6)」は、大項目として三つ目の「憲法が保障した自治権に基づく原告適格について」に入ります。これが最後の部分となっています。今回の訴訟は、日田市という地方自治体が提起したという点が最大の特色なのですが、それだけに、原告適格の有無に関する判断が難しくなっていました。少なくとも、日本国憲法制定以後の判例の蓄積もありません。結局、訴え全体が取り下げられたので、地方自治体の原告適格という問題点についての最終的な司法判断はなされずに終わったのですが、それだけに、今後もさらに検討を加える必要があると言えるでしょう。
日田市側は、「憲法上保障され、地方自治法により具体化された自治権(まちづくり権)に基づき自治体が抗告訴訟を提起しうることは、学説においては極めて有力な見解である」として、塩野宏『行政法V』193頁以下(これは初版か第2版か、手元にないので不明)および芝池義一『行政救済法講義』〔第2版〕45頁(現在は第2版補訂版です)が示されています。
そこで、大分地方裁判所で争われていた時に提出された鑑定書の趣旨が、福岡高等裁判所の段階においても主張されることとなるのです。とくに、日本の地方自治法制度は、歴史的な経緯から、大体、ドイツ法からの流れとアメリカ法からの流れが融合したようなものとなっています。大分地方裁判所に提出された鑑定書も、ドイツ、アメリカの事情、さらにフランスの事情を参考にしようとするものです。また、「準備書面(第6)」は、戸松秀典『憲法訴訟』(2000年、有斐閣)97頁を援用し、「事実上の損害のテスト」を必要とすると述べています。これは、「憲法の定める地方自治の基本構造、問題となっている法的行為の根拠規定やその周辺にある法的しくみの解釈に加え、その法的行為による自治権の具体的な内容や程度の検討」を中身とするものです。こうして、私人が抗告訴訟を提起する場合と区別して理論構成をすべきである、と主張されるのです。
第57編において、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する日田市側の主張を概観しました。自治権侵害の主張との関連性が問題となるはずですが、そこが稀薄である、あるいは混同されているようにも思えます(混同については仕方のない面もあります)。それはさておき、日田市側は、今回のような場合、抗告訴訟の原告適格は「本件処分の根拠規定によって判断されるべきではなく、本件許可処分によって場外車券売場が設置される地元自治体であることから当然に認められると考えるべきである」と述べています。ここは、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する主張と関連する点です。「本案の主張」として記載されている内容は、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する日田市側の主張の変奏曲(ヴァリエーション)でもあります。もっとも、だからこそ、地方自治の本旨という憲法上の理念と抵触する、ということになるのですが。
いずれにせよ、日田市側は、今回のような場合において、地域に生じうる具体的な不利益を自己の利益として主張しうるのは日田市しかありえないこと(これは「利益の特定性」とされています)、自衛権の防御的機能(これは塩野教授の表現です)が問題とされていることから、「当該処分の根拠法規の文言からのみ原告適格を判断することは論理的に不可能である」と述べています。そして、「わが国の地方自治の基本構造を前提とすれば、本件のような事例で原判決の論理により自治体の原告適格を否定することは、憲法で認められた自治権が国によって侵害された場合の救済手段を全面的に認めないこととなる。このような結論は日本国憲法が予定した地方自治の基本構造とは相容れないはずである」として、地方自治法第2条第4項による一般的計画団体としての地位により「憲法を直接の根拠として本件処分の無効確認・取消を求める原告適格を有する」と述べられ、閉じられます。
日田市側は「地方自治体の権能の中には法律によっても侵しえないものがあ」ると述べています。おそらくは制度的保障論に基づくものでしょう。ただ、問題は、この制度的保障論そのものにあります。これによると、地方自治を制度として保障することは、個々の地方自治体に具体的な人権(法人としての権利)を認めるものではなく、制度の核心を保護することを目的とするのである、ということになります。しかし、それでは、制度の核心とは何でしょうか。これが非常に不明確なものとなりやすいのです。具体的に検討しなければならないことは当然ですが、それでもわかりにくいものとなります。また、制度の核心でなければ、すなわち、周辺部分であれば、改変などは可能なのです。
おそらく、自治権、まちづくり権は、制度的保障論の枠組みに留まる限り、発展は望めないでしょう。仮に多少の成長が見込まれるとしても、すぐに大きな壁に衝突します。市町村合併との関連もあり、多少とも具体的な人権として構成できないのでしょうか。勿論、地方自治体は、例えば株式会社などの社団法人と異なります。しかし、法人を二種類に分けるとすれば社団法人と財団法人であり、地方自治体は社団法人です。社団法人などを公法人と私法人とに分けることも可能ですが、両者にどれほどの絶対的な差異が存在するのでしょうか。たしかに、統治機能については、公法人以外に認めることはできないでしょう。しかし、公法人といえども私法人と同様の機能を果たす場合がありえます。それに、自然人であっても日本人と外国人では保障されうる範囲が異なりますし、法人に至っては様々な種類が存在し、保障されうる権利の範囲も異なります。単純に公法人・私法人の区別で論じられえないことは明らかです。
もし、制度的保障論云々を言うのであれば、法人制度自体が制度的保障論によって説明されうる、いや、説明されるべきものでしょう。おそらく、これは暗黙の前提になっているでしょう。しかし、これでは議論が進まなくなるおそれもあります。
ホームページという場を借りて、かなり挑戦的な論を試みたつもりです。あくまでも試論であり、これから具体的な論をつめていこうと考えています。
これで、日田市側の「準備書面(第6)」の紹介および検討を終えることができました。経済産業大臣側の「第6準備書面」(平成15年11月7日付)については、第59編にて扱うことといたします。
(2004年1月26日)
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