サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第59編

 

 第54編において述べましたように、昨年(2003年)11月10日の午前中、別府市はサテライト日田設置の断念を表明しました。訴訟が福岡高等裁判所に係属しており、第2回口頭弁論が開かれるという日に、突然発表されたのでした。私自身、浜田氏が別府市長に就任してから、サテライト日田問題の解決を予想していたのですが、もう少し時間がかかると思っていました。別府市の表明を受け、第2回口頭弁論においては、日田市側、経済産業大臣側の双方から準備書面が提出された後、日田市側から訴えの全面取り下げの申出がなされました。これは、後に経済産業大臣側の同意を得ており、大分地方裁判所平成15年1月28日判決の効力も完全に失われることとなりました。

 勿論、別府市がサテライト日田の設置を断念したからといって、それで全てが解決された、という訳ではありません。別府市と、設置許可申請者である溝江建設との間の問題が残っているからです。毎日新聞社のホームページに、この問題に関する短い記事が掲載されました。残念ながら、既に削除されていますが、私がこのホームページの掲示板「ひろば」で取り上げていますので、以下、全文を引用しておきます。2042番の「今度は別府市と設置許可申請者との争い?」(2004年2月1日19時46分付)です。

  すっかりと話題にのぼらなくなりつつあるサテライト日田問題ですが、別府市と、設置許可申請者である会社との話し合いが1月28日に行われ、両者の間に見解の相違があるようです。1月29日付の毎日新聞大分版に記事が掲載されています。

  「別府競輪・サテライト問題 溝江建設と円満解決へ…別府市、話し合いで確認」

  http://www.mainichi.co.jp/area/oita/news/20040129k0000c044005000c.html

  両者の話し合いでは、円満解決の確認が行われたとのことです。これはよいとして、設置に関しては、両者に食い違いがあります。別府市は、会社から話を持ちかけられたという見解を示しているのですが、会社は別府市から話を持ちかけられたという立場をとっています。

  これに関連して、1月31日付の毎日新聞大分版に掲載された「[取材帳から]まだ話し合い?」という記事には「市に残る記録では、業者側が設置を申し出たことになっており、設置関連予算は市議会に否決された。となると、市が断念したのは当たり前の話で、話し合いを続ける意味が理解できない」と書かれています。http://www.mainichi.co.jp/area/oita/news/20040131k0000c044006000c.html

 果たして、どちらの言い分が正しいのか、私には知る由もありません。正式な、あるいは正確な記録が残っていないのでしょうか。いずれにせよ、今後は、溝江建設と別府市との間で損害賠償(補償)に関する交渉が行われることになります。両者の間の問題をもう少し細かくみると、大別して賠償額の問題と日田市の負担の問題があります。額はともあれ、日田市の負担とは道理に合わないのではないか、と思われるでしょう。しかし、現実的に想定されうる事柄です。今後、溝江建設、別府市、そして日田市がいかなる態度を示すのか、注目しておく必要があるでしょう。また、損害賠償問題は、おそらく、2004年度まで継続するのではないかと思われます。

 さて、第56編第57編および第58編において、日田市側の「準備書面(第6)」の紹介および検討を 行いました。そこで、予告通り、経済産業大臣側の「第6準備書面」(平成15年11月7日付)を扱うことといたします。

 第56編においても述べましたが、「第6準備書面」は全部で7頁ですが、1頁目は「被控訴人指定代理人」の氏名などが記載されているだけですから、実質は6頁分ということになります。2頁目から、日田市側の「準備書面(第6)」に対する反論を展開しています。

 第51編において、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文について記しました。再び記しておきますと、控訴人には、原告適格と本案(自治権の主張、自転車競技法の憲法適合性など)とにおいて混然となされている憲法理論を区別することが求められ、被控訴人には、原告適格についての判例が基本的に私人の場合に妥当することが指摘された上で、判例で示された理論などが地方自治体にも妥当するのか否かについて検討するように求められました。日田市側の「準備書面(第6)」は、完全ではないのですが、一応は裁判長の注文に応えた形となっています。それでは、経済産業大臣側の「第6準備書面」はどうなっているのでしょうか。

 まず、「第1  控訴人の原告適格の有無に関する判断基準について」という部分を概観します。

 ここでは、日田市側が新潟空港訴訟最高裁判決の趣旨を誤解している、と述べられています。これは、大分地方裁判所での段階で提出されている「第3準備書面」とほぼ同じ趣旨であり、「原告適格の有無において考慮されるべき関連法規は当該行政法規と目的を共通にするものであって、すべての法規が考慮の対象となるわけではない」と主張されています。

 たしかに、原告適格の有無を判断する際に考慮すべき関連法規は、当該行政法規、すなわち、争いの元となっている行政行為(処分)の根拠となる行政法規に関連するものでなければなりません。これは当然のことです。しかし、それでは、日田市側の「準備書面(第6)」において関連法規として示されているもののうち、何が関連法規と言えないものなのでしょうか。これについては一切記されておりません。地方自治法などが関連法規と言えないとしても、自転車競技法第1条および第3条は関連法規と言えないのでしょうか。

 また、日田市側は、控訴人である日田市が地方自治体であるために「当該法令によって保護される利益が、公益とは区別して個別かつ直接に保護されるものであることは要しないと主張する」のですが、「このような解釈は、抗告訴訟が主観訴訟であることを定めた行訴法9条の解釈に反し、到底採用できるものではない」と述べられています。

 この批判も、正当な部分を含んでいます。元々、行政事件訴訟法第9条は、行政行為(処分)の相手方たる私人が、例えばその行政行為の取消処分(これも行政行為です)の違法性を争うというような場面を想定しています。その違法性によって、私人の利益が侵害されるということになりうるからです。主観訴訟という言葉は、まさに原告自身の利益が侵害されたか否かを争う訴訟のことをいいます。民事訴訟を考えていただければ理解しやすいと思うのですが、例えば、金銭貸借事件であれば、金銭を返してもらったか否かは貸主の利益に関係します。行政事件訴訟法も、基本的には同じ構造となっています。抗告訴訟は、原告の利益を侵害すると考えられる場合に提起できるものです。そのため、住民訴訟などは原告の利益を(少なくとも直接的には)侵害するようなものではないとして、法律に特別な規定が存在しない限り、提起できないことになっています(これを客観訴訟といいます)。

 第57編において述べましたように、日田市側の「準備書面(第6)」は、地方自治体の原告適格について極端な解釈をしています。日田市側もそのことを認めていますので、「地方自治体の原告適格を根拠づけうる公益保護規定は、当該地方自治体に関わる地域的な公益の保護規定である必要があり」、「当該公益保護規定と原告地方自治体の主張する利益との間に、後者が前者の保護範囲に包摂されるものである必要がある」というように主張されているのです。

 しかし、地方自治体も法人ですから、サテライト日田問題のような事件の場合に、地方自治体の主観的利益を想定することはできないのでしょうか。やはり法人である企業などであれば、それ自体の主観的利益は当然存在するでしょう。企業と地方自治体とを単純に同列に並べる訳にいかないのですが、大分地方裁判所平成14年11月19日判決では、地方自治体の名誉権が(一定の条件の下において)認められています。このことからすれば、やはり一定の条件あるいは制約の下においてではありますが、地方自治体の主観的利益を想定することも可能ではないでしょうか。ここは問題提起に留めておきますが、今後、検討を加えなければならない問題です。

 次に、「第2   控訴人の自転車競技法の解釈について」です。この部分も、幾つかの点についての反論が加えられていますが、かなり短いものとなっています。

 一つは、自転車競技法第1条第1項の解釈で、経済産業大臣側は「場外車券売場設置許可制度の目的は、申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業上適当であるか否かを審査することにあるのであって、当該許可によって事実上影響を受ける可能性がある他の地方自治体の財政の健全化を目的としていると解することはできない」と主張しています。 そして、地方自治法と自転車競技法第4条とが目的を異にするとして、地方自治法を関連法令と考えることはできないと述べています。

 これは、既に何度も主張されていることの繰り返しに留まっています。そのことは、経済産業大臣側の代理人も文中で示しています。従って、詳しい理由は述べられておりません。

 しかし、地方自治法はともかくとして、自転車競技法第1条第1項が同第4条と無関係なのでしょうか。競輪場(競技場)と場外車券売場という違いはあるものの、競輪事業を行うものにとっては共通する目的が存在しないのでしょうか。

 次に、日田市が学校設置管理者としての原告適格を有すると主張する点についてです。これについても、被控訴人側は第5準備書面の主張を繰り返し、「競技法4条2項、規則4条の3第1号は、控訴人が指摘する上記最高裁判例の事案における風営法4条2項2号、同法施行令6条1項ロとは異なり、文教施設あるいは医療施設の設置者の個別的利益を保護していると解することはできない」と述べるに留まっています。この点は、日田市が主張している周辺環境配慮主体としての原告適格についても同様で、完全に否定しています。

 ここまでの段階で、被控訴人である経済産業大臣側は、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文について何の配慮もしていないように読み取れます。その必要がないということなのでしょうか。

 第6準備書面の検討を続けます。日田市側は、自転車競技法が「同一自治体内実施原則」なるものを定めていると主張していました。自転車競技法第1条が根拠とされます。これに対して、被控訴人側は、「各地方自治体が競輪事業を実施すると決定し、あるいはこれを実施しないと決定したとしても、このことから直ちに控訴人がいうところの『同一自治体内実施原則』(中略)が論理的に導かれるものではない」と主張します。実際に、1950年、川越市が西武園競輪場(所沢市)で競輪を開催しており、同じように浦和市が大宮競輪場(大宮市。現在は浦和市、与野市とともにさいたま市となっている)で競輪を開催しています。しかし、日田市の主張の真意は、A市がB市の競輪場で競輪事業を行うということではなく、C競輪場の場外車券売場がD市にあり、その事業をC市が行っているという例は存在せず、それが「同一自治体内実施原則」の一部である、ということでしょう。経済産業大臣側は、これについて全く応えていません。

 また、地元自治体や地元住民の同意について、日田市側は、その同意なくして許可がなされた事例はないので、本件許可は平等原則違反であると主張しています。これに対する経済産業大臣側の反論は、私が読む限りでは反論になっていません。経済産業大臣側は、許可の申請から許可処分まで2年10ヶ月を要していること、しかもこれは場外車券売場設置許可については最長であること、行政指導によって地元との調整が行われていたことをあげているのですが、肝心の地元住民の同意については触れられていないのです。行政指導による調整と同意とは別の話です。

 さて、ここからが、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文に対する経済産業大臣側の回答(解答)というべき部分です。

 日田市側は、「憲法上保障された地方自治の内容を具体化した地方自治法上の基本構想(同法2条4項)のしくみで認められた一般的計画団体としての地位に基づき、憲法を直接の根拠として本件許可処分の無効確認・取消しを求める原告適格を有すると主張」しています。これに対する、経済産業大臣側の反論は「当審における被控訴人の答弁書の第3の5(9〜10ページ)において主張したとおり、このような控訴人の主張は、行訴法9条の解釈に反するものであ」るというものです。ちなみに、日田市があげている塩野宏教授の論文については、反対説として藤田宙靖教授(現在は最高裁判所裁判官)の「行政主体相互間の法律関係について―覚え書き―」という論文があげられています(今、手元にないので参照できません)。

 これはいかにも不十分で、注文に応えていないと言われても仕方のないところでしょう。行政事件訴訟法第9条の解釈に反するというだけでは、何故なのかがわからないからです。既に記したように、行政事件訴訟法は、基本的に、私人が、行政行為の効力を争うことを念頭に置いています。そのことは規定の構造から理解できます(例えば、第7条において、行政事件訴訟法に規定されていない事柄については「民事訴訟の例による」とされています)。答弁書を引き合いに出すに留まらず、より積極的な反論が期待されていただけに、残念です。

 ただ、裁判長からなされた注文については、これで回答(解答)が終わる訳ではありません。「第2   控訴人の自転車競技法の解釈について」の最後となる「7」については、全文を引用しておくこととします。

 

 ところで、原審における被控訴人の第1準備書面の第1の2(1)(3ページ)、当審における被控訴人の答弁書の第2の2(1)(3ページ)において主張したとおり、競技法は、競輪事業における様々な局面における公正・円滑な運用、安全・秩序を確保し、もって収益を公共的な目的に用いることを規定したものである。

 そして、場外車券売場設置許可制度の趣旨については、原審における被控訴人の第1準備書面の第1の2(2)(4〜5ページ)、当審における被控訴人の答弁書の第2の2(2)(4ページ)において主張したとおり、競輪場設置許可制度の目的と同じく申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業場適当であるか否かを審査することにあるというべきである。

 この点に関して、同様の判断を示した東京地裁平成10年10月20日判決、その控訴審である東京高裁平成11年6月1日判決、その上告審である最高裁平成13年3月23日第二小法廷決定における事案は、場外車券売場の周辺住民が当該場外車券売場設置許可処分の取消しを求めたものであり(乙第14号証)、場外車券売場が設置される予定場所の地方自治体である控訴人が本件設置許可処分の無効確認及び取消しを求めた本件とは確かに事案を異にしている。しかし、法律上、場外車券売場設置許可制度の目的が何であるかを解釈するに当たっては、条文、競技法の目的、競走場設置許可制度との比較等を検討し、その目的を客観的に探求することになるものの、場外車券売場設置許可処分の無効確認ないし取消しを求める者が誰かということは、その解釈に影響を及ぼすものではない。したがって、場外車券売場設置許可制度の目的に関する上記裁判例等の判断は、本件においても妥当するというべきである。

 

 要約しますと、場外車券売場設置許可の無効確認または取消しを、近隣住民が求めようが地方自治体が求めようが、原告適格については同じように判断すべきである、従って、訴訟では原告適格がないとして却下すべきである、ということになるでしょう。

 単純明快と言えばそうかもしれません。しかし、これでは、結局のところ、作ったものが勝ちということであり、地域住民などが求める良好な環境などはどうでもよい、ということになりかねません。場合によっては、その環境などを守るべき地方自治体も、全く責任を果たすことができない、ということになります。そもそも、よその市町村に公営競技の場外券売場を設置する際に、その市町村の意向を法的に無視してもよいという構造は、いかに規制緩和の時代であるとしても、地域を無視したものではないでしょうか。日本の都市景観などが先進諸国などに比べて劣ると言われて久しいのですが、それは、こうした法律の構造、さらには根本的な立場に基づくものではないでしょうか。開発者などの利益が優先し、実際に都市などに居住する者の生活感、住みやすさなどは軽視されるのです。場外車券売場問題にも、根本的に同じものを感じます。

 これで、2003年11月10日に福岡高等裁判所にて行われた第2回口頭弁論における両者の主張を全て紹介しました。内容としては今回で終了ということになるのですが、私がサテライト日田問題に関わるようになってから現在までの総括をしてみたいと考えていることもあり、第60編を3月中に掲載することといたします。

 

(2004年2月26日)

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