サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第61編

 

  まず、本題に入る前に、第60編で取り上げた院内町の場外舟券売り場設置計画について、続報がありましたので 、紹介しておきます。読売新聞朝刊大分版に9月19日付で掲載された「院内町の『場外舟券売り場断念』 大阪の事業者が町に報告」という記事(http://kyushu.yomiuri.co.jp/nsurf/nsurf44/nsu4409/nsu440919d.htm)によると、9月17日、院内町での場外舟券売場設置計画を進めていた事業者(大阪市に本社を置く「トイ・アセットコーポレーション」。不動産・金融コンサルタント業)がこの計画を断念したことが判明しました。理由は明らかにされていませんが、院内町と、東京都にある全国モーターボート競走会連合会に、文書による報告が届いたとのことです。院内町は、建設初期費用(およそ10億円)の負担ができなかったからではないかとみているようです。9月10日には、院内町に、正式な覚書のことについて連絡があったとのことでした。

  

  私がこのホームページ(2004年の4月上旬までは「大分発法制・行財政研究」という名称でした)を立ち上げて間もない2000年夏から継続してきたこの不定期連載も、いよいよ、この第61編で完結となります。当初は数回で終わるだろうと思っていましたが、約4年間、61編まで到達しました。いつの間にか、このホームページのメイン的な地位を占めるようになり、サテライト日田問題のためにホームページを立ち上げたという誤解まで生じたのですが、今、川崎で、そして高島平で振り返ってみても、この問題に関わることができたことには大きな意味を感じています。そして、この問題を通じて、日田市を中心として多くの方々と出会い、意見を交換する機会などを得ることができました。今、皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。

  7月7日に掲載した第60編から5ヶ月以上が経っています。この時は、サテライト日田問題についてあまり述べていませんので、2月26日に掲載した第59編からであれば10ヶ月近くが経とうとしてます。とくに他意はなく、私自身が勤務地を変更し、新たな環境への順応に時間がかかったこと、この不定期連載に取り組む余裕がなかったことが原因です。おそらく、最も長い空白期間になってしまいましたが、今回は、いわば「あとがき」として、私の目で見たサテライト日田問題について振り返ってみたいと考えています。

  (よく考えて見ると、大分大学でこの問題に関わり続けたのは私だけでした。)

  もっとも、これは私自身にとって大きな問題でもあります。2004年3月まで大分大学教育福祉科学部に勤務し、大分県の県庁所在地である大分市に住んでいた私にとって、サテライト日田問題を振り返ることは、2000年夏以降の私自身の生活全体を回顧する、あるいは反省することにつながります。勿論、2000年夏から2003年11月まで、私はサテライト日田問題だけに取り組んでいた訳ではありません。市町村合併の問題にも取り組みましたし、地方税財政制度の研究をも進めてきました。いまだに完成していないのですが、アルベルト・ヘンゼルの財政調整法理論を中心としたドイツ財政法の研究も続けています。これらが、どこかでサテライト日田問題につながっているような気がしているのです(これは、あくまでも私の感覚的なものであり、論理的に説明しうることではありません)。

  サテライト日田問題は、日本の地方自治制度に重要な問題点をいくつも提示しています。その最も大きなものを一言で表すならば、日本国憲法によって保障されているはずの地方自治の現状です。もう少し長めに記せば、地方自治体が有するはずの地域に関する自己決定権、「まちづくり権」の有無であり、地方自治体の独立性の程度でした。三位一体改革が曲がりなりにも進められようとしている中で、この問題は、日本全体に波紋を呼び、地方自治、住民の地位について改めて大きな問いかけをなしたのです。

  本来であれば、地方自治の理念からして、地域のことは、地域の公共団体(統括団体)である地方自治体、そして何よりもその地方自治体に居住する住民によって決定されるべきであるはずです。ところが、日本国憲法の下でも、地方自治体や住民の自己決定権は、全く否定されることこそなかったものの、実際には、財政、その他の手段などにより、かなり制約されておりました。高度経済成長期には、それでもよかったのかもしれません。しかし、日本社会が成熟の度を増すに従い、弊害が目立つようになりました。その早い現われが公害問題です。そして、バブル期には通称リゾート法などにより、国が補助金などの誘導策によって実質的に地方自治体の自己決定権(および能力)を喪失させ、地域住民の意思にそぐわないような(そして、どこもかしこもゴルフ場などという、まるで金太郎飴のような没個性的でもある)大規模な開発が行われました。宮崎市にあるシーガイアが典型的な例です。この巨大施設がある一ツ葉地区の悲劇は、決して忘れられてはなりません。バブルの崩壊によってリゾート計画が軒並み破綻すると(当然のことですが)、今度は景気対策ということで、国の指図に従ってこれまた大規模な、そして住民の意思やニーズから乖離した大規模公共事業が展開されていきます。こうして、地方財政は悪化の一途をたどり、地方自治体は当事者能力を失って無責任になる、というような結果に陥りました。

  地域の住民が、自らの力で暮らしやすい街(地域)をつくる。この当然のことが、中央集権的な日本においてなかなかできなかったのです。サテライト日田問題も、まさにその類の問題でした。

  勿論、住民がただ黙っていた訳ではありません。しかし、地域のニーズに合わせた事業を行おうとしても、法律などの壁がありました。地域の自己決定が生かされないような法制度になっていたのです。地方自治法そのものにもこうした色彩の規定がありましたし、個別の法律をあげればきりがないでしょう。

  自転車競技法もそうです。地域に公営競技が必要であるのか否かについて、住民の役割は何も規定されていません。この法律には、国、都道府県および市町村(指定された)が登場しますが、競輪事業を営まない市町村は最初から対象の外に置かれていますし、事業を営むか否かにかかわらず、市町村の住民が登場する幕は全く存在しないのです。私は、この不定期連載において、公営競技そのものに反対している訳ではないことを何度も強調しています。公営競技は、歴史的にみても、地方自治、地方財政などに対する一定の役割を果たしてきました。このことは率直に認めなければなりません。しかし、川崎市に生まれ育ち、起点に競輪場と競馬場、途中の駅の近くに東京競馬場、終点に競輪場があるというJR東日本の某路線の沿線を利用している私は、競輪や競馬などを一度もやったことがないものの(このことで或る先生から叱られましたが)、人の心理や街の環境などにどのような影響を与えるかを知っています。そして、住民よりも事業者の利益を優先している現行の法体系に何らかの問題がないのかと考え続けていました。

  憲法第92条以下によって、地方自治体(地方公共団体)には自治権が保障されています。しかし、それは、憲法によって直ちに具体化するものとは言い難いものであり、法律や政令など、国の法によって範囲が定められます。これを具体化というのですが、見方を変えれば、具体化とは、抽象的には広汎であるはずの権限などが狭められるということでもあります。そして、範囲をどのように定めるかについては、日本国憲法自体が国の法律によることを明示しています。

  地方自治については、憲法学にいう制度的保障説が通説の地位を占めています。制度的保障説は、ドイツの公法学者シュミット(Carl Schmitt)が『憲法論(Verfassungslehre)』という研究書において提唱したもので、これに該当するものとして(論者によって違いがありますが)私有財産制度や大学の自治、政教分離、婚姻などがあります。シュミット自身は、ヴァイマール憲法第127条を例として、まさに地方自治制度が制度的保障であることを述べています。この説の内容を簡単に示すと、さしあたり、上に記したことになるのですが、これでは乱暴かもしれませんのでもう少し丁寧に記しておきます。

  憲法の規定の中には、国民の基本的人権(基本権)を保障するのではなく、その基本的人権(基本権)に関わる制度の存在を保障するものがあります。憲法第29条は国民の財産権を保障していますが、それだけでは不十分ですから、私有財産制度をも保障すると考えるのです(私有財産制度が否定されるところで財産権の保障を主張してもほとんど意味がないでしょう)。この、制度の存在を憲法が保障するという 考え方を制度的保障説というのです。

  しかし、よく考えて見ると、制度の存在を保障するということは、それほど明確な説明になっていません。例えば私有財産制度の存在を保障すると言っても、制度の中身が何であるのかはわかりません。むしろ、国が法律によって明確にしなければならないのです。そして、制度を保障する意味は、基本的人権(基本権)の保障につながります。そこで、制度的保障説は、制度を保障することの意義として、憲法に定められた基本的人権(基本権)の中心的な部分を立法権による侵害から守るというところにある、と述べます(立法権という部分に注意して下さい)。そして、制度の存在自体を前提として、具体的な中身を法律によって形成する権限(と記してよいでしょうか)を導き出します。

  ここで再び財産権および私有財産制度を取り上げますと、抽象的に財産権といっても中身が明らかになりませんので、財産権が保障されるための私有財産制度を考えます。日本の場合は、一般的に民法で具体化を行っており、この他、商法、労働法、経済法など諸分野の法律による具体化を行っています。この結果、物権については民法などの法律によって定められたもの以外には認められないということが起こります( 民法に規定されておらず、慣習法として、判例法によって認められた譲渡担保などは例外的な存在です)。 抽象的に考えれば、物権にも様々なものが存在しうるでしょう。しかし、法律によって具体化されるとともに、我々が行使しうる物権には制約が加えられているのです。

 制度的保障論は、基本的人権(基本権)に中心的な部分と周辺的な部分とがあると考えます。制度についても同様です。従って、基本的人権(基本権)、制度そのものを否定することはできません(憲法によって保障されているからです)。そして、基本的人権(基本権)、制度の中心的な部分については、立法権による侵害(規制)をなすことができません。これに対し、周辺的な部分については、立法権による侵害(規制)が正当化されること になります。もっとも、このように主張しうるとしても、何が中心的な部分であり、あるいは周辺的部分であるのかについては、結局、中心的部分をどのように考えるかに係ってきます。

 (簡単な図を作ってみましたので、をクリックして参照して下さい。)

 地方自治が制度的に保障されるということは、とりもなおさず、上記のような問題点を抱えることを意味します。そもそも、地方自治の中心的な部分とはいかなるものなのでしょうか。憲法第92条にいう「地方自治の本旨」が該当すると考えることもできます。しかし、これも決して明確な言葉ではありません。一般的には団体自治と住民自治を意味すると説かれていますが、両者とも、具体的な中身が法律によって決められるのですから、答えとしては不十分です。そして、中心と周辺との境界が曖昧にされていたため、日本国憲法における地方自治の規定は、或る意味において、むしろ中央集権体制の強化に資する結果をもたらしたとも言えます。

  このことを、私は別の形で指摘しています。僭越ながら、日本租税理論学会編『相続税制の再検討(租税理論研究叢書13)』(2003年、法律文化社)に掲載された私の論文「ヘンゼルの地方財政調整法制度論」から引用させていただきます(同書177頁。なお、これは、2002年11月16日、中央大学駿河台記念館にて行われた同学会第14回大会における個別報告が基となっています)。

  「日本国憲法は第九二条ないし第九五条において地方自治に関する規定を置くが、これらの規定には、地方公共団体(都道府県および市町村)の税財政制度の基本的枠組みに関する内容は含まれていない。むしろ、日本国憲法は、ドイツ連邦共和国基本法第一〇四a条以下(とくに、第一〇五条ないし第一〇七条)などと異なり、地方公共団体の税財政制度については具体像を示さず、沈黙していると評価してもよい。

  もとより、憲法第九二条により『地方自治の本旨』が謳われ、第九四条により『地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有』するのであるから、地方公共団体が独自の税財政制度をもつことは許容される。しかし、第九二条および第九四条から明らかであるように、地方公共団体の税財政制度の基本的枠組みは『法律でこれを定める』のである。したがって、地方税財政制度が中央集権的なものとなるか地方分権的なものになるかは、日本国憲法の上では必ずしも明らかでなく、地方自治法、地方財政法、地方税法、地方交付税法などに委ねられざるをえない。その際、制度的保障論が援用されることも考えられるのであるが、地方税財政制度のいかなる部分が核心的であるのか、必ずしも明らかではない。そればかりでなく、制度的保障論そのものが中央集権的観点に立つものでもある。結局のところ、地方税財政制度の設計は、最終的に中央政府の決定事項となる。日本国憲法の場合、その要素が非常に強いと思われる。」( 注などは省略)

  長く引用しました。このことは、公営競技などについても妥当すると考えられます。公営競技は地方財政法の一分野でもあるからです。そればかりでなく、地方、さらに住民がどれだけ主体性を持ちうるかという問題にもつながるからです。最終的には、あらゆる法制度が中央政府の手によって形成されるのですが、そこに地方、そして住民の立場がどのように生かされるべきなのか。サテライト日田問題を通じて、自転車競技法が抱える、地方分権の理念に矛盾する性格が露見しました。場外車券売場の設置に際して、地域住民の意向は無視される。それが法律によって正当化される、というより、法律は地域住民なり市町村なりの意向に全く配慮をしない。そして、地域の声を集約しようとする条例を制定すると、それが法律に矛盾するものとして問題になる。しかし、憲法に照らすと、法律にも問題があることがわかる。サテライト日田問題を法律の点からみると、こんなことになります。

 日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例(以下、日田市条例と記します)と自転車競技法との関連について、このホームページにも掲載しているサテライト日田をめぐる自治体間対立と条例」に記したことについて、掲示板「ひろば」に、大分大学での同僚から批判を受けました。これには正直に言って呆れたとしか言いようがなく、地方自治に関して憲法学者がいかに貢献をしていないかがわかったほどでした(最近の議論を概観すればわかりますが、例えば地方分権改革や市町村合併を日本国憲法と照らし合わせて論じている憲法学者は非常に少ないのです。多くは行政法学者によってなされています)。私は、法律と条例との関係を規定する地方自治法第14条に照らせば、日田市の条例には問題があると思っています。どう読んでも、自転車競技法の趣旨と合わないからです。自転車競技法には、そもそも、場外車券売場の設置場所となる市町村、およびその住民の意見を反映させる手続を定めた条文がありません。立法資料に目を通しておりませんので詳しいことはわかりませんが、第1条に地方財政の改善などが謳われていることからして、市町村、住民の意見聴取などは当初から考えられていなかったものと思われます。私は、当初から憲法レベルと法律レベルの議論を分けて論じているのです。これは、実定法学に携わる者の常識に属することだと思われます。

 私がこの問題にかかわりはじめた2000年6月下旬は、まさにこの日田市条例が日田市議会で可決され、制定された時期でした。制定即公布即施行という条例でした。大分合同新聞社からこの件についてコメントを求められた時、直感で、これは行政法学的に大きな事件だと感じました(事実はその通りに進みました)。そこで、条例をファックスで送っていただき、コメントをしたのでした。あの時の意見については、当の日田市役所で反発を受けたということを、2001年3月2日、日田市役所での取材の際に知りました。私が別府市を支持していると考えられた方もおられたようです。しかし、2000年秋、私が新聞などでこの問題を追うに従って、別府市の態度に疑問を抱き始めました。それは小さくなるどころか大きくなる一方でした。市報べっぷ2000年11月号の記事を知った時には、「こんなことを市報の記事として書くものなのか?」、「この時期にこの特集をやるというのはどういうことなのか?」などという疑問が湧きました。この他にも、誠実さに欠けるとしか言いようのない態度には、単なる一大分県民として憤りを感じたほどでした。同じような感想を、私は別府市民の方からもうかがっています。

 そして、2000年12月9日、あの別府市でのデモが行われました。情報を得ていたので、私は見に行きました。少なくとも日本において、これほど珍しいデモもないでしょう。何しろ、市長を先頭に、日田市議会、市内の商工会議所など17の団体が、別府市の北浜から別府駅東口までの道路を往復したのです。今悔やんでいるのは、カメラと録音機を持っていかなかったことです。しかし、あの熱気は、私が大分県に住んでいた7年間で最高のものでした。私にも、その時の日田市の意思が痛いほどに伝わってきたのです。今も、時折ですがあの日のことを思い出します。

  2001年2月には、別府市議会臨時会における関連議案の否決という衝撃的な事実が起きました。前日の委員会審議では可決されていたのに、本会議では逆の結果になったのです。これも、日本の議会運営ではあまり生じないことです。これがいわば転換点になります。その後、別府市では、サテライト日田設置関連議案が提出されなくなりました。同じ頃には、日田市が経済産業大臣を相手取った行政事件訴訟(設置許可処分無効確認訴訟など)と別府市を相手取った市報記事訂正請求訴訟が日田市議会で可決され、実際に提訴されます。

  今振り返ってみると、サテライト日田問題は、この頃が最も熱気に溢れていたように思われます。とにかく、2001年1月と2月には、この問題に関する報道が多かったのでした。また、私自身も、当時日田市のホームページに設置されていた掲示板に登場しては書き込みなどをしていました。別府市議会には多くの日田市民が傍聴に訪れ、議案の審議などを見つめていました。これが無言の圧力になったのかもしれません。

  その後、訴訟が始まってから、私は、なるべく時間を見つけて大分地方裁判所へ出かけました。今だから書けるのですが、日田市対別府市訴訟のことで日田市役所、さらに梅木哲弁護士の事務所を訪れるため、大分医科大学(現在の大分大学医学部)の講義を休講にしたことがあります(これは、打ち合わせのためです)。日田市対別府市訴訟については、何回か傍聴できなかったことがありますが(全てこの連載で記しています)、日田市対経済産業大臣訴訟は、大分地方裁判所、そして福岡高等裁判所で行われた口頭弁論の全てを傍聴しています(これも今だから書けるのですが、福岡高等裁判所での口頭弁論は月曜日に行われたため、大分医科大学医学部医学科の「法学」と大分大学教育福祉科学部の「日本国憲法」を休講にしています)。

 日田市対別府市訴訟においては、地方公共団体に名誉権が認められるか否かが最大の争点になりました。この判決は2002年11月19日に出され、日田市が勝訴しました。判決は、2004年になってから判例タイムズ1139号154頁に掲載されましたが、今のところ、この判決に対する評釈は、私が知る限りにおいてですが、私の「地方公共団体の名誉権と市報掲載記事(大分大学大学院福祉社会科学研究科紀要第1号(2004年)21頁〜30頁)のみです。

 これに対し、日田市対経済産業大臣訴訟は、日田市対別府市訴訟と全く同じ裁判官(三氏)で行われたのですが、この連載においても示したように、実際には日田市の原告適格の有無が最大の争点になりました。原告適格は訴訟の要件の問題ですから、本来であれば、これが最大の争点になること自体が妙なのですが、行政事件訴訟の現状からしてやむをえなかったのです。判決は2003年1月28日に出されました(余談ですが、熊本県立大学総合管理学部の集中講義「財政法」のお話をいただいたのがこの頃です)。見事に敗訴、しかも却下判決でした (やはり判例タイムズ1139号の83頁に、この判決が掲載されています)。この判決についても、私は「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」という評釈を書きました。判決言い渡しの後、日田市役所の方々などと話したのですが、「こんなものなのか?」というような声を聞きました。私も落胆していました。その後、大分県庁にある記者クラブでの会見の席に行きたいと申し出たところ、了解を得て行きましたが、私まで記者会見の席に出されるとは思っていませんでした。遠慮したのですが、どうしてもというので座らせていただきました。興奮していたので、まともに意見を話せたかどうか疑われるような状態でした。

 日田市は直ちに控訴しました。そして、2003年6月23日と11月10日、いずれも雨の日に福岡高等裁判所での口頭弁論が行われました。4月に別府市長選挙が行われ、市長が交代したことで、サテライト日田問題は解決の方向に向かう可能性が高まったのですが、11月10日、日田市は訴えを取り下げることを明らかにしました。その日の午前中、別府市は、溝江建設に設置断念(正式には車券販売の断念)の通告を済ませ、経済産業省には確約書の撤回を申し入れたという説明がなされました。こうして、日田市にとってのサテライト日田問題は終わりを告げたのでした。

 訴訟の取り下げによってこの問題そのものは終わりました。しかし、もう少し一般化して考えると、この問題について解決されていない部分があります。日田市対経済産業大臣訴訟は、結局、原告適格問題で終始しました。そのため、本案審理に入っていないのです。いわば途中で打ち切られた形になったので、未解決の事柄が残されています。

 1.地方自治体の出訴資格

 そもそも、地方自治体は行政事件訴訟法に定められている抗告訴訟(取消訴訟や無効等確認訴訟)を提起することができるのか。2004年6月に行政事件訴訟法の改正法律が公布され、2005年4月1日に施行されますが、この点については議論されなかったようで、改正にも生かされていません。従って、この問題はそのままの形で残されています。

 2.地方自治体の原告適格

 実は、「地方自治体の」という言葉は不要かもしれません。住民が同じような訴訟を提起した場合には、やはり原告適格の問題が出てくるからです。行政事件訴訟法の改正法律により、第9条に第2項が追加されました。これは、新潟空港訴訟最高裁判決(最二小判平成元年2月17日民集43巻2号56頁)やもんじゅ訴訟最高裁判決(最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁)などの趣旨が生かされたものと解説されています。しかし、日田市対経済産業大臣訴訟においては、新潟空港訴訟最高裁判決やもんじゅ訴訟最高裁判決で示された基準の適用あるいは解釈をめぐって、日田市側と経済産業大臣側が争いました。所詮は法律の解釈だから見解が分かれるものであるとも言いうるのですが、基本的に、原告適格である以上は原告に多少とも有利な解釈がなされ、なるべく本案審理に移行するようでなければならないでしょう。

 そして、サテライト日田訴訟がもたらした原告適格の問題は、これまでの原告適格に関する学説の盲点を突くものです。行政事件訴訟法は、原告が私人であることを基本線としています。そのために、私人が訴訟において主張する利益が、法律によって私人の法的な権利あるいは利益として保護されるものであれば原告適格が認められ、公益という性格に過ぎなければ原告適格が否定されます。しかし、地方自治体の場合は、私人であれば法的な権利あるいは利益ではなく公益であるという場合であっても、それがまさに地方自治体の法的な権利あるいは利益であるとも考えられるのです。最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁のように、地方自治体が原告として提起した建築工事続行禁止請求の民事訴訟が裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に該当しないとして却下されるという例があることからすれば、地方自治体が訴訟を提起すること自体が難しいのかもしれません。いずれにせよ、地方自治体と訴訟との関係については、さらに検討を加える必要があります。

 3.地方自治体の「まちづくり権」

  おそらく、「まちづくり権」という言葉が用いられるようになったのは、サテライト日田訴訟が最初でしょう。寺井弁護士によるのか、木佐教授によるのか、私にもわからないのですが、いずれにせよ、最近では一般化しつつあります。しかし、実は、この「まちづくり権」という権利は、具体的な中身がまだ十分に詰められていないのです。

 「まちづくり権」は、大分地方裁判所の段階における原告側の準備書面(第1)において登場します。ここにおいても未熟な議論が展開されていますが、整理すると、憲法上の根拠として第92条および第94条があげられるようです。そして、地方自治体のまちづくり計画に際して地方自治法第1条の2第1項および第2条第4項(こちらは計画策定義務を定める)があげられています。直接的には、地方自治体の計画策定権を意味するようなのですが、前提として地方自治権があげられ、既に失効している地方分権推進法第2条なども援用されています。

 原告側は、何度も準備書面中で「まちづくり権」を述べていますし、寺井弁護士も、そのものずばりの『まちづくり権』という著書において「まちづくり権」の主張を展開しています。しかし、「まちづくり権」を具体的な法的権利とするには、多方面からの分析が必要になるでしょう。地方自治法第1条の2や第2条などは、地方自治体の権限に関する基本的な事項を規定するに留まりますし、地方自治体の法的権利として権限を定めたものと解釈することは難しいと思われます。

 そもそも、「まちづくり権」は、どの地方自治体に認められるのでしょうか。都道府県および市町村に認められるのか、基本的には市町村に限られるのか。都道府県にも認められるとするならば、都道府県の「まちづくり権」と市町村の「まちづくり権」との抵触が起こりえます。その時、都道府県の権利のほうが優越するとなれば、逆に地方自治法に違反しかねません。両者が対等であるとするならば、結局は裁判所、または国の行政機関において調整せざるをえないということになります。

 また、市町村の「まちづくり権」がぶつかり合うということも考えられます。例えば、サテライト日田問題で「まちづくり権」を使うとすれば、別府市にとっては競輪事業を十分に展開することが「まちづくり権」の一環であり、日田市にとっては自らの区域内に公営競技関連施設を作らせないことが「まちづくり権」の一環です。法律によって公営競技関連施設を設置することが認められており、しかも区域に制限がないことからすれば、別府市が日田市に別府競輪場の場外車券売場を設置することも、「まちづくり権」の正当な行使ということになります。これが不当であるというのであれば、法律によって何らかの制限を加えなければなりませんが、それではいかなる制限を加えることができるのでしょうか。例えば、大分市が青少年向けの施設を日田市に作ることは認められないのでしょうか。

 4.自転車競技法の構造

 サテライト日田問題においては、自転車競技法の構造自体が争われました。憲法第31条などとの関係において、適正な行政手続を定めたものとはいえず、(第4条などの特定の条文が)違憲ではないのか、という疑いが寄せられたのです。関係すべき市町村あるいは住民の意思を全く反映させないという点において、この法律には問題が多いのですが、経済産業省は、既に、自転車競技法の第4条などを改正する意思がないことを明確にしています。現に、サテライト新橋訴訟など、原告住民の法的利益を保護する旨の規定が自転車競技法に存在しないと判断された判決がいくつか出ています。そうすると、今後も公営競技の場外券売場設置許可に関する訴訟は続き、原告適格がないとして却下あるいは棄却され続けるのではないでしょうか。

 自転車競技法は、主に地方財政の改善と産業振興を目的としています。このこと自体が誤っているとは思えません。しかし、それらとともに、地域という視点を常に念頭に置かなければならないでしょう。その意味において、自転車競技法、競馬法などの公営競技関連法律については、地方分権の観点からの見直しが求められるのではないでしょうか。

 

 このホームページにおいて、私は、サテライト日田問題を報告しています。全てを取り上げられた訳ではないのですが、半分以上はあげられたでしょうか。そして、今、私の自宅には、この訴訟に関連する資料を収めたファイルが数冊あります。判決文のコピーは当然として、原告側および被告側の準備書面、答弁書、鑑定意見など、様々な資料を得ました。本来ならば全てを紹介すべきなのでしょうが、鑑定意見などについては著作権などの問題があります。スキャナで読み取り、PDFファイルか何かにして公開するという手もあるのですが、準備書面の要点などは既にこの連載で紹介しておりますし、私の意見などについても、執筆の時点において十分に示したつもりです。今後、この不定期連載の内容が単行本などになることはないものと思われますが(「なればいいなあ」とは思っています)、仮に単行本として出版されるようなことがあるならば、準備書面、答弁書、鑑定意見などもできる限り収録したいと考えています(その際には、鑑定意見を書かれた先生方の御承諾を得たいと考えていますので、よろしくお願いします)。

 私がこの不定期連載を続けてきたのは、大分県に住む行政法学者として、大分県内に地方自治の根本に関わる大問題が存在するということを、情報として発信したかったからです。元々が飽きっぽい性格なので、よくぞ続けてこられたと思っていますが、それは、おそらく、日田市を中心とする熱心な方々と、或る部分で思いを共通にしていたからでしょう。私にとっても、このホームページにとっても、サテライト日田問題は重要なものでした。何度か記していますが、この問題に、偶然であったとはいえ出会ったことにより、私自身の行政法学者としての立場を見直すことができました。今後も、この体験が私の研究生活に何らかの影響を与えることであろうと思われます。

 そして、うれしかったのは、この不定期連載が私の予想を超える反響を得たことでした(何しろ、サテライト日田問題のためにホームページを開いた学者と、大分合同新聞に書かれたくらいです)。学習院大学の高木光教授のホームページでも取り上げられていますし(但し、アドレスが大分時代のままになっています)、Yahoo!の掲示板などでも取り上げられたようです。一般の掲示板ということで私は警戒していましたし、強烈な悪口の一つや二つは覚悟していましたが、好評だったようです。少しだけ私もみたのですが、この連載のアドレスが記されていて「この件については森先生のこれを読め」というようなことが書かれていたのです。これには驚きました。「本当にいいのか?」と、大分大学の研究室で考え込んだくらいです。この他、行政実務家のホームページに取り上げられたり、私が書いたこの問題の関連論文などが引用または紹介されたりしていました。青森県六戸町の町長さんから、場外車券売場関係の記事を送っていただいた時には、驚愕と感激で言葉が出なかったほどです。

 実は、この不定期連載については、当初から、理解しやすい文章で構成するつもりでいました(別にこの連載に限ったことではないのですが)。専門家以外の方にはわからないようなものにしたくなかったのです。事柄の性質上、専門的な事柄を取り上げ、検討せざるをえないのですが、その場合でも、関心がある方であればどなたにでも理解していただけるような文章にするつもりでした。解説、説明などが多くなっているのはそのためです。どこまで実現しているかはわかりませんが、私の大学院時代の恩師でもある新井隆一先生(早稲田大学名誉教授)から受けた御指導を、この連載に存分に生かそうと考えていたのです。そして、行政法学者としての私の見方をふんだんに盛り込んでいますが、それだけでなく、一大分県民、一大分市民としての私の立場を前面に押し出しました。記事を作成している時(大部分は、自宅としていた大分市大字宮崎の賃貸マンションの4階の一室で書いたものです)には、行政法学者としての立場を一度捨てて、一大分県民、一大分市民の立場で記すように心がけていました。勿論、行政法学者としての立場を出す必要がある場合もあります。

 もしかしたら、また何かの機会にサテライト日田問題を取り上げ、論文などを書くこともあるかと思います。そして、この問題に関する解説や評釈なども書かれることでしょう。しかし、現在の時点において、この長期不定期連載を終わらせることが、大分県を離れた私にとっての一つの区切りになります。この事件は、私にとって、行政法学者としての立場と大分県民としての立場とが交錯するようなものになりました。 これは、既に記したように、意図的に行いました。

 今回、第61編をもって、4年以上にわたった不定期連載を終わります。 私にとっても、このホームページにとっても、サテライト日田問題は重要なものでした。そのため、全ての編の掲載を続けます。

  何度か記していますが、この問題に、偶然であったとはいえ出会ったことにより、私自身の行政法学者としての立場を見直すことができました。今後も、この体験が私の研究生活に何らかの影響を与えることであろうと思われます。

 最後に、この問題で顕彰されるべきは、誰よりも日田市民の皆様方です。遠い所からになりますが、これからも、私は日田市の行政事情などを観察し、応援し続けていきたいと考えています。そして、日田市には、この問題での経験を通じて、住民自治の理念を最大限に生かした行政活動を展開していただき、常に最先端を切り開いていくような地方自治体に成長して欲しいと願っています。 サテライト日田問題は、日田市、そして日田市民にとって、むしろ、これからの良き日田市を作り上げ、発展するためのスタートラインに過ぎないのです。このことを最大限に強調して、連載を終えます。応援して下さった方々に 、この場を借りて感謝を申し上げます。

 

(2004年12月22日)

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